ルイズとルイスR   作:どっとはるか

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ただ契約のキスして終わりだなんて、そんなの許さないんだから

それはあり得ないことだった。

 

異世界、ハルケギニア大陸、トリステイン国内、魔法学院にてのこと。

 

「わが使い魔を召喚せよ!」

 

この世界の貴族たちは、その生まれと血筋から持つ事のできる力、魔法を使う。

 

春の空の下……魔法学院の二年生たちは、サモン・サーヴァントという"召喚する"魔法を用いることで、自身の使い魔となるしもべを喚び出していた。進級試験も兼ねるこの魔法を用いた儀式にて、彼らは己の理想のパートナーを呼び出すためにその魔力を高め、気合を入れて試験へと臨み杖を振るう。

 

試験管であり監督官でもある教師の前では、生徒が一人ずつ召喚の呪文を唱えて光る鏡のような形をした門を開くと、そこから使い魔となる者たちが主人と定めた貴族……メイジの為に現れる。その種族は龍のような幻想的で大型のものから、カエルのような現実的で小型なもの、はたまた不定形な目玉の異形、悪魔と呼ばれそうな生き物まで様々だった。

 

だからといってこれはないだろう、と最後まで召喚の魔法が成功せず取り残されていた少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは世界の理不尽さに、もしくは運命というものの残酷さに辟易していた。彼女はこと魔法に関しては、いつだってろくな目に遭わない。

 

「あら? ふふふ、懐かしい瞬間じゃない。」

 

現れたのは人間で、美少女。サモンサーヴァントの召喚のゲートは確かに鏡らしきモノだ。だからといって、本当に鏡みたいに映すなんてことがあって良いのだろうか。そこにいるのは間違いなく自分で、身長も肌の色も、瞳も髪も、何もかもが同じの、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが立っていた。

 

「あはははははは! おいルイズ、サモン・サーヴァントで自分を召喚してどうするんだよ!?」

 

彼女が進級できるのか、何を召喚するのか。ルイズを見守っていた生徒たちは、もたらされたその結果にたまらず噴出した。

 

「いや、良く見ろよ! あれなら本人よりも良いんじゃあないか!?」

 

「何よあれ。あの胸……胸よね?」

 

その鏡映しな使い魔は、ひとつだけルイズとは差があった。圧倒的な胸が、おっぱいが、お乳がついているのだ。人の頭、などという生易しい大きさではない。正直生活する場合は邪魔の領域を通り越して、もはや障害といえる大きさの胸だ。それは、ルイズという小柄な少女についているせいでより大きく、たわわに実っているように見える。彼女の腹部辺りまでが胸に阻まれて見えるか怪しいと言えば、おかしさの具合が伝わるだろう。ルイズの体系ならば背丈と比べてもバストサイズのが大きいかもしれない。

 

「それにしても、すごい恰好ね……男に乱暴でもされたのかしら。」

 

「いや、男でもあれは流石に好みとしては人を選ぶんじゃないかな。ボクもちょっと悩む――ぐはぁ!」

 

「変なことを言いながら、私という彼女の横で鼻の下をのばすな!」

 

鏡から現れたもうひとりのルイズの格好は、乱暴をされたかのようにひどくボロボロだった。貴族の証であるマントはもはや二の腕くらいまでしか残っておらず、学院の制服に似た白のシャツは胸のせいもあってかボタンは全てちぎれ、左右に開いた布地はかろうじて乳輪辺りまでの胸を隠しているに過ぎない。風が吹けば捲れるどころか、走れば揺れて胸が沈み、その桜色の小さな果実を晒け出すだろう。下半身に至ってはスカートすら残っておらず、今にもちぎれそうな下着だけが、どうにか彼女の秘部を守っている。

 

だというのに、彼女は自分の見た目を特段気にしている様子がなかった。あごを人差し指の先に軽く乗せて何かを考え、うんうんと一人でうなずいたり、おでこやこめかみ辺りをトントンと叩いて思案を続けている。

 

「ちょ、ちょっと! あああアンタ服、服!! わたしの顔したままそんな恰好してんじゃないわよ!」

 

「え、ああそうだったわ。何せ人と合うのなんて久しぶりも久しぶりなのよ……。」

 

そういうと彼女は自分の胸の谷間から杖を取り出す。その杖もまた、このたわわなルイズを喚んだ平たい胸のルイズが愛用している杖と、同じ形をしていた。

 

「うわ、こっちのルイズも杖を出したぞ!」

 

「みんな逃げろ!」

 

たわわなルイズのソレを間近で見ようと、集まって来ていた厭らしい顔をしたやじ馬たちが、一斉に踵を返してふたりのルイズから離れた。平たい方の彼女が最後の一人になるまでサモン・サーヴァントができなかった理由、それは順番が最後だったわけではない。何度やっても彼女の魔法は、どんな呪文だろうと全てが爆発へと変わってしまうからだ。繰り返し爆発をしては最後尾に並び直し、後ろに並ぶ生徒が誰もいなくなって一人となっても、それでも諦めなかった果てに、自分を喚びだしたのだ。

 

彼女と同じことが、たわわな方のルイズでも起きないと思えるような、そんな生易しい失敗の回数ではない。彼らが逃げるのは当然のことだった。

 

「ほいっと、これで良いかしら?」

 

間に合わないと、周りの人間が頭を抱えて地に伏せた次の瞬間だった。彼女は簡単に土の系統の呪文……錬金を唱えると、その服を新品同様の、だれも見たことのないドレスへと作り変えていた。俗にいうゴスロリというドレスを身にまとった彼女は、凹凸はそのままくっきりと残しているものの、露出は極端に減らされている。爆発の代わりに一陣の風が成功を祝福するかのように吹いてきても、スカートすら翻らなかった。

 

「は……ええっ!?」

 

これに一番驚かされたのは、召喚したルイズ本人だ。周りの人間が叫ぶまでは、自身の裸体が衆目にさらされている羞恥心で忘れていた事だが、彼女自身も自分が杖を振って、爆発させずに魔法を成功させるなどとは思ってもいなかった。あり得ないことへの動揺と、自分もできるのではないかという期待を籠めて、ルイズがルイズを見る。

 

「ねえ、あんた――んむっ。」

 

「契約。」

 

どうやったの、コツはあるの……?

 

心の中でぐるぐると渦巻く思いを持つ彼女が、この程度のことは何ともないといった顔をした自分へ尋ねようとした最中、その言葉はもう一人の自分から伸びてきた指で唇を抑えられ、遮られてしまう。

 

「するの? しないの?」

 

「あ……。」

 

自分は今、進級試験の真っただ中だということを思い出したルイズは、質問することをやめてもうひとりのルイズの唇を見た。

 

契約をするということはつまり、自分から自分へ契約の魔法であるコントラクト・サーヴァントをするわけで。

 

それはつまり、自分のファーストキスを自分へと捧げなくてはいけないということに他ならない。正直、今見せたもう一人の自分が持つ力の片鱗には魅かれる思いがあるものの、人間であり自分である彼女へのキスは抵抗があった。本当に鏡に写っていた自分ならばともかく、生きた相手に自分の初めてを捧げる事に彼女は躊躇ってしまう。

 

「えと……あの、その……。」

 

その光景を脳裏に描いたのか。平たいルイズが頬を紅潮させてうつむき、しどろもどろな口調を上目遣いをしながら繰り返していると、大きなルイズは肩をすくめて、溜息を吐きながらに見下すような視線を向ける。

 

「はあ、こんなことを気にするようなお子様じゃ、わたしのご主人様は務まらないかもしれないわね……。」

 

カチンとくる、あからさまな態度が平たいルイズの恥ずかしさを吹き飛ばし、その上気していた頬の熱を、怒りの力と勢いへと変えた。これから使い魔とする相手に舐められるなどあってはならないと、彼女は拳を強く握ると同じくらい力の籠った視線をもう一人の自分へと向ける。そこに躊躇いによる瞳の揺れはなく、しっかりとした視線が相手の瞳をとらえていた。

 

「やるわよ、やるに決まってるでしょ! たとえあんたがわたしでも、あんたはわたしが喚んだ使い魔なのよ!? 使い魔が主人である私にやるかどうかですって? 笑わせないでちょうだい。あんたが嫌でもわたしは契約するわ!!」

 

「そう。それでこそルイズ、貴族として正しいルイズよ。」

 

挑発した本人はルイズの決意を馬鹿にもせず、まるでそれを待ち望んでいたかのように、優しく微笑みながら彼女を賛美した。

 

「我が名は『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』! 五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え我の使い魔となせ!!」

 

片方のルイズがもう片方のルイズの顔を押さえ、同じ顔をした者の契約のキスが交わされる。

 

しかし、その契約はそこで終わりを迎えることはなかった。使い魔の誘う甘い罠へと、ルイズは引き寄せられていた。

 

「ふひゅっ!?」

 

「んむ……ちゅっ……。」

 

不意に、使い魔として喚ばれた者はご主人様となる少女の体と頭を抱きしめると、驚いた隙に開いた口の中へと舌を滑り込ませ、その口腔内をまさぐったのだ。それは彼女には未知の体験であり、違和感を混じらせながらも、どこか快感を覚える麻薬だった。舌を舌で絡め捕られつつ、的確に彼女の弱点がつつかれ、ねぶられ、吸われる。

 

「ちょ、やめ――はぷっ。」

 

「んっ……はぁ……っ。」

 

恋人同士が褥の中でも早々することはないだろう、そんな艶かしいベーゼを、少し口を離してはルイズ同士が繰り返す。何度も何度も繰り返される度、片方のルイズはその抱かれた体を快感で跳ねらせていた。

 

「ん、んんんんんんっ!!」

 

彼女たちの淫らな声と流れてくる雰囲気に中てられて、生徒たちは思わず錯覚する。

青空と緑の爽やかな風が香る春の大地に自分たちは今もいるはずだ。なのに、どうしてだろうか。彼女たち二人を見ていると、桃色の小さな見せ物小部屋にいるかのような気持ちにさせられしまうのだ。

 

どんどん過激に唇を重ね合わせ続け、唇から糸がひかれるふたりの痴態に、ちらほらと限界を迎えた子達が目をそらし始めた頃。何度目かの一瞬の気絶を迎えた主の腰が砕けたことにより、長々と続いていたコントラクト・サーヴァントの儀式はようやく終わった。

 

「やだもう、まだまだこれからなのに……。しょうがないご主人様ね。」

 

「あ……ひゃん。」

 

使い魔はそう言って、快感の向こう側へと達してしまったであろう主人に呆れつつも、いつの間にか使い魔のルーンが刻まれた手で優しく抱き支える。

 

同時に主人はこの手が支えるものではなく、逃がさないためのものだと悟った。このままではまだ終わらないということを。優しさの中にどこか、獲物やご馳走を見つめる獣の激しさを混ぜた視線で、使い魔が自分を見つめているからだ。

 

抵抗しようにも体に力は入らず、その震える内股にある疼きと熱に、もじもじとふとももを擦ることしか今の彼女にはできない。それどころか、自分自身だからなのだろうか。抱き締める使い魔にルイズは嫌悪感を覚えることは無く、腕と胸に包まれる感触と香りは優しさと安らぎを与え、これからされるであろう事への不安を麻痺させている。

 

使い魔は周りの人間になど目もくれず、再び杖で飛翔の呪文を唱えた。その方角は、これから愛の巣へと変わり果てるであろう主人の住む寮室だ。

 

「は、離ひてぇ。」

 

「ダメよダメよ。続きはベッドで……ね?」

 

使い魔の大きな胸に、震えた手で猫の乳もみ運動のような動きをして抵抗する主人を、使い魔は離すどころかより愛おしく抱きしめて囁きながら、その耳をなめる。

 

「だ、め……汚い、ふゃぁ……っ。」

 

びくりと震えたルイズがどうなるかなどお構い無しに、もうひとりのルイズはベッドまでたどり着く間にも彼女を愛し、ご馳走である体の仕込みを済ませていく。

 

後にハルケギニアで伝説と呼ばれることになる使い魔は、英雄色を好むなどいうレベルでは表せないほどの色ボケだった。語り継がれた物語も英雄譚などではなく、伝説を得るためにこんな目にあった主人の悲劇や、巻き込まれた人々のエロ本だったとか。

 

「や、やらぁ……やらあぁ……。」

 

呂律の回らないルイズの声が聞こえなくなってからしばらくして、ようやく生徒たちと監督官が我に返ると、無事に進級試験は終了した。

 

 

 

「はあ……はあ……いやあっ。」

 

「かわいい、かわいいわよ……ルイズ。」

 

高速で飛ぶことで駆け抜ける風がもたらした冷たさも虚しく、ゆで上がるほどくたくたに熱くなったご主人様を自室のベッドへと寝転がすと、使い魔はその火照った体の背中を抱きしめて身を寄せつつ、指を這わせた。

 

ルーンの刻まれた手が、はだけてお腹を晒したご主人様のシャツの隙間から入り込み、指がそっと小さな胸を包む。風で冷えた指の温度に怯えるかのように震えたその胸を、優しく彼女が円を描くように撫でて愛していくと、ご主人様の口からは甘い吐息が漏れ出てきた。

 

「イヤなんて言って、本当は嬉しいくせに。素直じゃないんだから……。」

 

「そんなこと……無いわ。だ、だめよこんなの……誰かに聞かれちゃう。ま、まだお昼なのよ……?」

 

満足そうな声で耳もとに息を吹きかける使い魔のルイズへ、主人であるルイズがせめて体裁だけでも取り繕おうと、必死に体をくねらせてモラルを訴えた。そんなものが使い魔にあれば、草原で自分があんな姿を晒していないということは解っていても、色欲に負けて抵抗をやめることを、彼女のプライドは許さなかったからだ。

 

「大丈夫よルイズ。今はみんな授業中だもの。それに周りの部屋は、みんな同級生じゃない……今ごろは外で、わたしたちみたいに主と使い魔の絆を深めている頃よ。」

 

「はぁっ……みんなはこんなことして絆なんて……あんっ、深めない、わ……っ。」

 

「そうかも。でも、人と人が絆を深め会うのなら、深く愛し合うのが一番じゃない。わたしたち、何も間違ってなんかいないはずよ。」

 

「そんな……ふあっ!? あ、あんたもわたしも、女の子なのに……ルイズなのに。出逢ったばかりでこんなの、絶対におかしいわよ……!」

 

「そんなことないわ。だってあなたの体が……こんなに悦んでくれているもの。」

 

話ながらも休めること無く動く使い魔の手は、ルイズの上半身を堪能し尽くしたのか。スカートの留め具を外すと、その奥へと手を伸ばしていく。

 

「だ、だめ……そこだけはだめっ!」

 

主人であるルイズの手が、とっさに使い魔であるルイズの手を止めた。そこだけは、本人すらも触れたことは殆んど無い。いかに自分であろうと躊躇いが生まれる部位に意識が向かったことで、初めてベッドの上で明確な拒絶の意思をルイズは持つことができた。

 

「大丈夫よ、ルイズ。」

 

「やっ、ぁ……。」

 

しかしそんな意思は使い魔にとって、吹けば飛ぶ程度のものでしかない。拒むご主人様の手にもうひとつの手を重ねると、彼女はその首を甘噛してからキスマークをひとつ、プレゼントする。

 

「だってあなた……『たまって』いるもの。今日への不安を紛らわせようとして、ホントは昨日『する』つもりだったでしょう? でも、キュルケが珍しくひとり静かに部屋で過ごしていたみたいで、声を聞かれたくなかったから……できなかったのよね?」

 

「な、んななな、何言って……わたし、そんなはしたないことなんて……しないもん。」

 

サモン・サーヴァントで巡り逢う前の、誰にも知られたくない過去を言い当てられたことに、空気を求めて火照った口でルイズは息を飲んだ。熱で麻痺していた体と思考は、冷や水を浴びせられたように引き締まり覚醒していく。

 

「隠さなくて良いわ。だってわたしは貴女だもの。今この時を除いて、あなたがどんな思いでサモン・サーヴァントまでの日々を過ごしていたのか……昨日も、今朝も、全部覚えてるもの。だからわたしが手伝ってあげるの。使い魔としてご主人様の目や耳にはなれないから、代わりに貴女の指や舌になってあげちゃう。」

 

「い、いらない! いらないから!! それなら、使い魔を喚べて嬉しかった思い出だけにしなさい――」

 

「ふふ、隙あり。」

 

「うひ……っ!?」

 

ご主人様の手が一瞬緩み、その隙に残された最後の布に素早く使い魔の指が蛇のように滑り込むと、その奥にあるルイズの――

 

※ただいまルイズがルイズににゃんにゃんと鳴かされて、レモンちゃんで大人な世界を彷徨っています。しばらくお待ちください。

 

 

 

「最低!」

 

一瞬だけ自分を取り戻したのもつかの間。自分の全てを識るかのような使い魔の指と舌に、何度も何度も弱いところをまさぐられ、ルイズは艶声をあげ続けた。そんな彼女が果ててから意識を取り戻すと、開口一番に叫んでいた。

 

「バカ、変態! エロのルイズ!!」

 

時刻は既に月が登り始めている。日が傾き始めた辺りからは、「もうやめてぇ……。」と、「降参、降参だからぁ!」以外何を自分が口にしたか覚えていない。だが自分の体に何をされたかは、朧気ながら未だに残る体の感触から、嫌でも思い出すことができてしまう。

 

大切なものを失ってしまった。彼女はその怒りと、使い魔のアブノーマルっぷりの際立つテクニックに、自身につけられた嫌な二つ名に似たものを叩きつけた。もちろん決して誉めてなどいない。

 

「ええ~、後半はあなたが自分から――。」

 

「そ、そそそそんなことない! 言ってないっ!」

 

確かに少し自分は『たまって』いたかもしれない。でもこれは無理矢理よ、やめてやめてと叫んでた"はず"だもん、自分からなんて言ってないわ。ルイズは必死に使い魔の発言を否定した。

 

「でも我慢できずにおもら――」

 

「ちえぇいっ!!」

 

何かとてつもないことを言いかけた口は、ベッドのシーツをひっぺがして彼女を転がしてご主人様が塞ぐ。ころころとベッドの隅へと転がされた使い魔は、悪びれもせずにその大きな胸を両腕で挟みつつ、しなを作っていた。

 

「やだ、ルイズったら……二回戦? 今度は私を攻めるつもりなの? それとも、もう一回して欲しいくらい病みつきになったのかしら?」

 

「あぁん? 誰が! 何でそうなるのよ!!」

 

この使い魔は本当に腹立たしい。だが言動にルイズの腸が煮えくり返るものの、本気で使い魔を嫌うことが出来なかった。それはやはり、彼女にされて気持ち良かったのだろうか……あるいは、自分を否定することが嫌なのかもしれない。仮にそれが、色欲に染まりきってしまった変態のルイズであってもである。

 

そんな渦巻く気持ちに服を着るのも忘れ、全裸のまま仁王立ちでご主人様は使い魔を見下ろしている。しかし、その視線を受けた使い魔は、ただ寝転げたままに彼女にとっての絶景……股間という秘境を眺めてうっとりするだけで、全くルイズの真剣さや苦悩は伝わっていないらしい。

 

「この……はっ!? ~~~っ!!」

 

ふざけた態度のままな使い魔の、その無駄にでかい乳を踏みつけてやろうかとルイズが足をあげた時、ようやく彼女は使い魔の視線がどこにあるのか気がつくと、さっと股を手で隠しつつぺたんと座りこんだ。

 

何をしても必ず自分が恥ずかしい思いをさせられていることが、ルイズはたまらなく悔しい。

 

「くっ……なんであんた、コントラクト・サーヴァントの時あんなことしたのよ。」

 

「だってぇ、久しぶりな誰かとのキスが嬉しくて、もう我慢できなかったわ。」

 

「信じらんない……あんた、本当にわたしなの?」

 

「何度もそう言ってるじゃない。何? まだ同じ人にしかわからない力加減で弄って『わからせて』欲しいの?」

 

四本足の動物のような姿勢をとって迫る使い魔が伸ばす手を、主人はその手をはたくように払い除けた。もう今日は勘弁してほしい、いや、普段もやめてほしい。

 

そうやって赤面するルイズを、使い魔はにまにまとした顔で楽しそうに見つめてくる。

 

改めてそのぶら下がっている、膝肘をついた四つん這いでもベッドから先が離れない、そんなふざけた乳以外同じ自分をルイズは見つめる。

 

そこでふと、気がついた。

 

この使い魔は確かに自分の姿をしているし、自分を良く知っている不思議な存在だ。だが、ルイズには彼女が何も理解できない。こんな変態な思考回路を自身はしたことがないのだから。

 

そうやって理解できないものをどうすれば良いか。その事にずっとルイズはとらわれていたが、冷静に考えると悩むべきはそこではないのではないか?

 

大切なのは使い魔と主人の関係のはずだ。ルイズはルイズを理解することを放棄した。同時に、やる気がむくむくと沸き上がってくる。

 

躾してやる。本当に自分だろうが構うものか、彼女は自分の使い魔だ。寧ろ自分だからこそ、さかりのついた犬になり下がった自分なんざ、正して真人間に戻すべきだ。わたしと言う貴族はわたしらしくあるべき。

 

「とにかく、もうやめなさいよね。」

 

「それは無理ね。」

 

「どうしてよ! あんたはわたしなんでしょ。だったらわたしと同じように、せ、せせ性欲くらい、抑えられるでしょ!」

 

「だってわたし、淫魔だもの。」

 

こんないかれた存在をそのままにしていては、同じ顔だとか以前に、ご主人様である自分の評価や噂にも繋がってしまう。何としても躾けなければと会話を始めた直後に、とんでもない爆弾が投げ込まれてきた。

 

淫魔。それはひとの性欲を啜る魔物や亜人のはずだ。断じてルイズはそんなものではない。

 

「何、言って……あんた、どうみてもわたしで人間じゃない……。」

 

現実で見たことの無い、文献や物語でしか知らない存在だとは信じられずにルイズがおののいていると、使い魔は横を向きながら、そのボリュームのある髪を耳元から頭頂へかきあげた。

 

「なっ……!?」

 

そこにあるのは、頭皮に根付く小さな丸い骨のようなもの。頭から切り株のように残る、人間が持っていないはずのそれは、先に何がついていたかを連想させるには十分だった。

 

「切り落としちゃった。」

 

「切り落としちゃった……って。」

 

「当時は何だか、人じゃなくなった事が嫌で嫌で仕方なかったんだもの、ほら……こっちも。」

 

そういって初めて真面目な顔で語る使い魔は、すっかりルイズの汗や汁で汚れ、よれよれになってしまったドレスを半分脱ぐと、その背中も髪をあげながらに主人へ向けた。

 

「あんた……それ。」

 

見たことのない光景に、思わずルイズは両手で口許を抑えた。頭と同じく髪で隠されていた肩付近と腰付近にはより生々しく、何かを切り落とした痕がある。傷の中心近くには白い骨のようなものが飛び出しており、頭と同様その先に何かが繋がっていたことは明らかだった。

 

角、羽、尾を削いだ残りが彼女。つまり、このルイズは本当に人でなくなった自分だということ。

 

「いやはや……わたしも若かったわ。今となってみれば勿体ないことをしたって気分で一杯よ。」

 

「若かったってあんた、いったい歳いくつなの……?」

 

「うーん? 500超えた辺りから数えるのもやめたから、もう解んないわね。」

 

理解できなくて当然だった。人の寿命すら越えた先の自分など、どうなっているか今の彼女には想像が出来ない。

 

「なんで、そんなモノに……。」

 

「……さあ? 何か大切な理由もあった気がしたけれど、忘れたわ。」

 

その一見あっけらかんとした態度に、彼女の最後の言葉が嘘だとルイズは確信した。使い魔の態度が魔法を失敗した時の強がる自分、ルイズ・フランワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールとあまりにも同じだったからだ。理解することを放棄した直後なのに、初めて彼女の気持ちを読むことができたせいで、ルイズは複雑な気持ちを抱いた。

 

ルイズからルイズへの憐憫に似た気持ちを相手も察したのか、使い魔の彼女はひらひらと手をはらうように振る。

 

「別になんでも良いじゃない、そんなの。所詮は二度と変えられない、戻れない世界と過去よ。」

 

「でも……。」

 

「あら、初めてを奪っちゃった相手にそんな顔するなんて、ルイズは優しいのね。ますますわたし好みのご主人様だわ……あ、ねえどうしよう? また、キスから全部したくなってきちゃったけれど、良いかしら。」

 

「心配したわたしがバカだったわ……ちょ、ほんとに来ないでよぉ!!」

 

しんみりした過去より今の性欲なのだろうか。迫る使い魔は顔をぐいぐいと押し返されながらも、ちょっと間抜けな格好でルイズへ語りかける。

 

「そう、大事なのは今よ。わたしと貴女の関係は使い魔とご主人様で、他は関係ない、そうでしょう?」

 

使い魔の儀式はこの淫魔に陵辱されてしまったが、確かに本来は貴族にとって大切であり神聖なものだ。仮に出てきたのが世紀の大悪党だろうと、人々が忌み嫌う亜人(エルフ)だろうと……こんな真っ昼間から襲ってくる淫魔だとしても、運命に導かれてやって来た相手とルイズは契約しなければならず、結ばれたその関係が揺らぐことはない。

 

だったら、やはり使い魔らしくしてほしいなとルイズは思った。少なくとも他の使い魔は主人を襲わない。物理的にも、性的にも。

 

「そう思うならもう少しは……っ! 使い魔らしく、わたしに傅きなさいよ!」

 

「だからちゃんと気を回してあげたじゃない、ご主人様の性欲処理。」

 

「そこは気を使わなくて……いいのよ!」

 

「淫魔らしくて良いと思ったんだけれど? 難しいわね、こういうのって。」

 

柔らかなぷにぷにの頬を、ルイズの柔らかな手で押し返された顔のままに使い魔がまじまじと悩む。彼女は女性同士でスることに、一切迷いを見せておらず、その事がルイズを焦らせた。

 

まずいわ……このまま体を求められ続けたら、隣の淫乱と何も変わらなくなっちゃうじゃない!

 

隣に済むツェルプストー家の女が、ルイズは嫌いだ。家同士も仲は悪く、時には殺しあいにまでエスカレートする程である。そんな隣では、しょっちゅう色々な男が部屋を訪れては宜しくやっているのだ。

 

「そんなツェルプストーの女みたいな気遣い、由緒正しいヴァリエール家には不要よ!」

 

同じに成り果てるなど許せなかった。先ほどまでは何処かで許せていた体の関係すらもが嫌なものへルイズは感じられて、今という危機を逃れるべく力が沸いてくる。顔と肩を掴んで使い魔を強く押し返すと、ルイズと比べてたいして力の差が無い使い魔は、意外なほどにあっさりと力負けした。ご主人様はそのまま攻勢に転じて使い魔をベッドへ押し倒すと、手首を押さえつけて反抗の視線を向ける。

 

「きゃ、押し倒されちゃった。ルイズの狼~。」

 

「狼はあんたでしょう!」

 

しかし、先ほどしなを作っていたときと同じで、使い魔は攻められるのすらも楽しいのか全く堪えてくれない。だが今度はルイズの真剣さをくみ取ってくれたのか、にまにまとした微笑みのままなのに、どこかしっかりとした目をして見つめ返している。

 

「もう……何? ご主人様は主としての義務を放棄するつもり?」

 

その言葉の声色は、先ほどの色欲まみれのものとは違って真面目で、まるで仕事の話をしているようだ。

 

「え、えっちなことが何の義務なのよ。淫魔だからって、それに乗じて好き勝手してんじゃないわよ!」

 

「餌。」

 

「へ?」

 

「だから、わたしの餌よ。使い魔のご飯も用意しないつもりなの?」

 

「あんたの……餌?」

 

「そうよ、貴女がえっちに気持ち良くなると発せられる、とろとろの蜜みたいな魂の震えが淫魔の餌なの。」

 

えっちが……食事ですって?

 

ルイズは石になった。なんだそのひどく面倒な食事はという突っ込みだけではなく、生きるために必須だということが、彼女の脳裏に嫌な未来を浮かばせたからだ。

 

食事だというのであれば毎晩……? いや、下手をすれば朝昼晩と、自分が日々の糧を食べた後に使い魔と、仲良く"食後の運動"を毎日する羽目にこれからはなるのだ。そうなればもはや、ツェルプストーなど恐れるに足らずといった淫乱ぶりである。もちろん、こんなことで勝っても何一つルイズは嬉しくはない。

 

どうにか己に迫り来る桃色の責務から逃れようと、ルイズは必死に頭を働かせた。

 

「そ、それならお金を渡して頼んでおくから、使用人からもらいなさい。」

 

餌をあげるのはメイド任せの主人もいる。自分もそうしよう。

 

「無理よ、メイジじゃない子に精神力なんて無いもの。」

 

「ツェルプストーなら、ほぼ毎晩乱れてるわ! 壁に立ってればおこぼれくらい――」

 

これなら、腹のたつ相手の邪魔もできるかもしれない。

 

「わたし、男のが混じってるのは食べないのよ。」

 

「じゃ、じゃあ……。」

 

何か、何か無いか。ルイズの祈るような思いは救われることはなく、代わりに淫魔が囁き死刑を告げる。

 

「どうするの? わたしは飢えたらきっと、この寮にいる女の子を貴女に貪りついたような勢いで、誰彼構わずに取って食べちゃうわよ?」

 

嫁入り前の少女たちを生け贄に差し出せば、自分は食われなくて済むと、使い魔が暗に言う。そんな揉め事を起こせば、国内の貴族たちから実家へと浴びせられる非難と苦情はどれほどになるというのか。最悪な話、責任は使い魔の主たる自分へと向かい、良くて廃嫡や勘当、悪ければ死だ。

 

「そんな……どうして。」

 

始祖よ、わたしが何をしたというのですか……そうルイズは涙を流しつつ、使い魔の胸へと顔を埋める。世界の厳しさに潰された彼女に選択肢など無く、理不尽な運命を受け入れるしかなかった。

 

「おねがいだから、ホントに必要な時に、必要な量だけにして……。」

 

「はいはい。大丈夫よ、ちゃんと優しくしてあげるから。」

 

結局まぐわう事に変わりはないので、使い魔の言葉は何の慰めにもならないのだが、今のルイズには違ったらしい。

 

「本当? ホントに優しくしなさいよ!? 痛くしたら許さない……許さないんだから。」

 

一方的に押しきられ続けるご主人様と使い魔の体という、国家間条約の協議における最後の最後だけは何とか守りきれたことが信じられず、すがるような目でルイズが使い魔を見る。

 

使い魔の胸から顔をあげて、潤んだ瞳を覗かせる彼女にご主人様としての威厳などなく、怯える子猫のような表情は使い魔の理性を破壊しかけた。

 

しかし、いくら使い魔のルイズが色欲にまみれた淫魔でも、この顔をした女の子を裏切れば、二人の信頼関係がどうなってしまうのかは解る。食事のお礼に気持ちよくしてあげるのは好きでも、食事のために無理矢理して泣かせるのは自己の流儀にも反するし、それでは淫魔の食事にはならない。

 

尤も……泣かせるのではなく、鳴かせてあげられるのならば、今すぐにでも二回戦を彼女は始めるつもりなのだが。

 

「……危ないから、そんな顔しちゃダメよルイズ。」

 

「……?」

 

すんでのところで使い魔はご主人様の、怯えと寒さのせいかふるふると柔らかく揺れるお尻を掴み、蹂躙しかけた手を肩と頭にまわして抱きしめた。

 

先ほど行われていた情事の時の様な激しさは無く、優しくあやす抱きかたと、胸のクッションで泣きつかれたご主人様が目をとろけさせたその瞬間、激しい運動の後から続いていた緊張が切れたせいで彼女のお腹が鳴る。

 

「お腹すいたわ……。そういえば、あんたのせいでお昼食べてなかった。」

 

「今からいけば、夕飯には間に合うはずよ。」

 

「めんどくさいわ。あんた、下まで行ってメイドに持ってこさせなさいよ。」

 

「いいけど、止めた方がいいと思うわ。」

 

「何でよ。餌あげたんだからそれくらい働きなさい。」

 

「こんなに女の子の匂いでいっぱいの部屋に呼んだら、何をしていたかバレちゃうわよ?」

 

「やっぱりいいわ。」

 

ベッドにしていた使い魔の上からルイズはどいて立ち上がると、クローゼットへと視線を向ける。

 

「服、着せて。」

 

「畏まりましたご主人様。」

 

そう言って自分の服を新品同様に錬金し直した使い魔を、ルイズは本当に異質だと今になって理解した。

 

品質はともかくとして、麻のシャツとスカートなら錬金するのは難しくはないのだろう。属性、系統に目覚めていない"ゼロ"の自分にはできないことだが、鎧辺りも同級生の土属性の力を持つドット(1)メイジ、つまりは底辺クラスの力量でもゴーレムとして作れるので不可能ではないはずだ。だが、呼び出した使い魔の服は細かすぎる。何層にもフリルを重ね、装飾を施したそのドレスは漆黒でありながらとても細かくかつ派手だ。日常では動きにくく、葬儀では派手すぎ、宴で黒は華やかさにかけると、一見どこで使うのかルイズとしては判断に困るのだが、そのドレスの出来は自分の手持ちと比べても悪くない。杖の一振りでボロきれからこんなものを作られては、服飾の仕事を持つ人間ならば平民貴族問わず悲鳴をあげるだろう。

 

しかも本日二度目であるにも関わらず、使い魔は疲労を見せていない。土属性のスクウェア(4)、最上位の人間を家族や親しいものに持たないルイズは知らないが、金装飾を一月にひとつ作れたかどうかのはずである。服とはいえ刺繍まである服を作るような、こんな滅茶苦茶なことを何度もできるはずがない。いれば今ごろは王宮内で姫様や他の権力者のドレスを作ることに追われ、金を錬金する暇も、必要も無いはずだ。

 

「あんた……ひとりで乗法魔法でも使えるの?」

 

クローゼットから自分の下着を取り出している使い魔へ何となく声をかけると、きょとんとした顔で彼女は振り替える。

 

「錬金の魔法なんか、ドットのギーシュでもそこそこ器用に使えることじゃない。」

 

「誤魔化さないで。錬金で作れるものには上限だってあるはずよ。」

 

先ほどのルイズが頭の中で考察に用いた対象の名前を出されるが、それではおかしいから聞いているのだとルイズは真剣な眼差しを向けた。

 

「別に、誤魔化してなんかいないわ。ただ単に精神力の量がわたしは人よりとても大きいだけ。技量に関しては、そうね。長い年月の賜物かしら。」

 

肩を竦めておどけた使い魔は、服を持ってご主人様の側へ寄ると、服を着せながら何気ないことのように話しかけてきた。

 

「だから、期待して良いわよルイズ・フランワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。貴女は、こんなにたくさんの精神力を持っているのだから。」

 

嘘だとルイズは思った。しかし、今度はこの使い魔は自分が嘘をつく時に見せるしぐさを一切していない。

 

「そんな、嘘よ。」

 

「嘘じゃないわ。だってわたし、精神力は人間の頃からたくさんあったもの。」

 

ならば、本当に? 魔法の力がないから、録な精神力が無いから、自分はまともに魔法を使えない……そう思っていた自身への価値観を、使い魔の一言は粉々に砕いた。

 

「それなら……わたしは――ひゃん!?」

 

思いがけぬ希望と期待にルイズの胸が膨らみかけたところで、その15になっても未だ膨らみかけの胸を、使い魔がペロリと舐めた。未だ快感よりも不思議や未知の感覚の方が強いルイズからおかしな声がこぼれるのも構わず、使い魔は舌で弄んでいる。

 

「ちょっ……ぁ、あんた……っ! さっき、最低限って。」

 

「ええ、最低限よ。まだ、やっぱり足りなかったみたい。貴女に下着を着せながら体を見てたら……もうダメ、限界。」

 

「そんな、わたし……ふぁんっ。」

 

「れろ……んっ。ああ、小さいのも良いって気持ち、今ならよく解るわね。」

 

先程ご主人様が押し倒したように、昼間は後ろからで自分が楽しめなかった、正面にあるルイズの肢体を使い魔は丁寧に舐めてゆく。

 

「やだ、もう今日は限界……だってばぁ。」

 

たった少しの舌による愛撫で、ルイズはまるっきり抵抗ができなくなった自分が信じられなかった。いくら相手が敏感なところや弱点を知り尽くした自分自身でも、こんなことはあり得ない。何か、何か理由があるはずだと必死に考えを巡らすものの、原因は解らなかった。

 

「はぁ、あぁっ……。あんた、わたしに何かした……そう、でしょ?」

 

思い浮かぶのはもはや言いがかりだけ。自分の使い魔は淫魔なのだからという、安直なものだった。

 

「別に? 何もしてないわ……ただ、理由ならわかってるつもりよ。」

 

「何、何で……こんなになっちゃうの?」

 

着せたばかりのショーツを、またゆっくりと股下までルイズに脱がされていくのも気づかないまま、ご主人様は使い魔の怪しげに光る瞳から目が離せなかった。

 

「最後にしたのはいつだったかしら?」

 

「そんなの……。」

 

恥ずかしくて言えないのもあるが、もう細かい日付は覚えていほどに昔だった。こっそり、実家の自分の寝室で最後までして、1X歳にもなって漏らしたという誤魔化しをした記憶しか残っていない。

 

「使い魔の召喚という嬉しさ、生まれてからずっと失敗し続けたせいで、今日留年するかもしれないという、そんなストレスからの解放。それと、自分でするよりもすごく良かった快感に、無意識に貴女の心のタガが外れてるから……違う?」

 

「そんな、こと……。」

 

ない。自分はそんな人間ではない。なのにどうしてか、ルイズの体はまさぐる使い魔の手を止められない。

 

「ね? もう一回くらいなら、良いでしょ?」

 

おねだりのように甘えた声で、使い魔が堕落した世界へと彼女を誘う。

 

「ダメよ……今度こそ、みんなに聞かれちゃう。」

 

昼間のやりとりを繰り返すように、ご主人様はモラルを訴えて抗う。

 

でも、でも逆に……それが無ければわたしは構わないと思っているんじゃないかしら。

 

ずっとずっと毎日の、掛け替えの無い青春という時間の全てを、失敗し続ける魔法の練習と、その弱点を補い克服するための勉学でつぶしてきた少女に、この蜜は甘すぎた。

 

「それならほら、えい。」

 

静寂(サイレント)の魔法を使い魔が唱えると、ルイズの耳から音が消えた。

 

「どうかしら? わたしの声すら、ここからじゃないと……届かないでしょ。」

 

大切である杖を使い魔が遠くへ放り投げた音も、顔を寄せてきたときに軋んだはずのベッドの音も、擦れるシーツの音も聞こえない。耳元で優しく囁く使い魔の言葉と、激しく鳴り続ける自分の脈動だけしか、ルイズに音は残されてなかった。

 

ひとつ。

 

「無理矢理は……しないって約束したはずでしょ?」

 

「無理矢理じゃないわ。ルイズったらさっきよりも、全然怖がってないもの。」

 

またひとつと、ルイズは建前という自分の砦へ使い魔を向かわせては、それを破壊させていく。

 

「お腹のすいたご主人様に……何てことするのよ。」

 

「大丈夫、そんなことも忘れるくらい……たくさんして貴女も満たしてあげちゃうから。」

 

「そんなの、わたし壊れちゃ――んむっ。」

 

※さあキスと共に始まりました二回戦、残念ながら実況することは年齢制限により許されません。申し訳ありませんが、KOルールの無いこの試合の全ラウンドが終わるまで、しばらくお待ちください。

 

 

 

「もういや。」

 

流された後から来るのは、やはり嫌悪感。静寂の魔法のせいで誰にも聞こえないからこそ、感覚の麻痺したルイズは叫び、乱れすぎた。

 

今度は淫らな使い魔にだけではなく、声が枯れ果て、かすれた音しかでない喉になっている自分すら許しがたく、恥ずかしさからくる頬の火照りがおさまらない。

 

迫り来る快楽に流されて獣のような声を出したことだけが、明滅する世界の中ではっきりと記憶に残っている。

 

そんな耳まで赤くなった彼女は、布団を頭巾のように被りながら体育座りでうずくまっていて、使い魔としては非常にかわいかった。

 

「はい、お水。」

 

「……飲むわ。」

 

しかし、流石に、本当に、もうこれ以上ご主人様を犯すわけにはいかない。恐らく彼女はもう『たまって』いない。それは使い魔自身が満たされた具合や、過去の経験からもなんとなく解っていた。

 

そんな主を(いたわ)る、もしくは(ねぎら)うかのように、使い魔は錬金でルイズの描かれた不思議なコップを作り、風と水の魔法で氷水を注いで手渡した。

 

「あれ、この水……おいしい。」

 

本来、魔法で作られたものは一時凌ぎであり、食べ物も飲料も本物には叶わない。しかし、やはり使い魔の魔法はどこか規格外なのか。普段飲む水よりも美味しいとルイズは感じられた。

 

「ルイズの天然水を再利用したからかしら?」

 

「ぶふぅっ!?」

 

「冗談よ。ちょっとコツがあるだけだから、安心して飲んでくださいなご主人様。」

 

「途端に躊躇いが生まれたのだけれど……。」

 

「流石にわたしも、飲尿健康法なんて信じるほどバカじゃないし、からかうにしたってそんなの、やりたくないわ。」

 

「どこの風習よそれ!?」

 

「んーと……東?」

 

「ひ、東にある大陸ってそんな変な所なの?」

 

様々な魔法の失敗を経てなお不屈、もしくはめげないルイズの精神の強さを利用してご主人様の恥の雰囲気を、使い魔が怒りと驚きで使い魔が塗り替えると、彼女はまた新しい主の下着と服を取り出して微笑んだ。

 

「それじゃ今度こそお夕飯、食べに行きましょうルイズ。」

 

「あんたね、もうとっくにそんな時間は過ぎてるわよ……。」

 

何度敗北したか覚えていないが、窓から見えていた月が今は見えない。少なくとも真上近くにあるはずだ。夕食どころか、使用人すら早番の者ならばもう寝ているであろう時刻だというのに、この使い魔は何を言いだすのかとルイズはあきれた。何故なら、まさか本気で考えてなかったのだろうかと疑いたくなるほどに、使い魔が驚いているのだ。

 

「そっか……コンビニみたいにはいかないわよね。」

 

「こんびにって何、ていうか、うう……わたしのご飯。」

 

裸のまま半日過ごしたせいでルイズは感覚が少しずれてしまったのか、何も恥じらうことなく自身のお腹をそのままさすると、くぅと柔らかな音が鳴る。

 

そんなご主人様を見て申し訳なさを感じたのか、使い魔は何かを悩み、しばらくしてぽんと手を打つと杖を拾い直して、もう見慣れたよれよれの服をまた新調しながら振り返った。

 

「……それなら、もう少し夜遊びしましょう。」

 

「は……? イヤ! 絶体にもう嫌よ!!」

 

「違うわ。そっちじゃなくて……えい。」

 

「きゃっ!?」

 

杖を振るった使い魔が、新しく取り出していた下着を錬金して服へと作り替えながら纏わり付かせてルイズに着せる。それは彼女が着ている服と色が違うこと以外は、ほとんどが同じデザインだ。

 

「魔法学院の制服のまま出歩くわけにはいかないでしょう?」

 

そう言って使い魔は窓を開け、昼間したように飛翔の魔法で空へと浮かぶと、戸惑ったままに窓まで追いかけてきたご主人様へ手を差し出した。

 

「トリスタニアなら、まだやってるお店もたくさんあるわ。」

 

「あんた……トリスタニアまでわたしを抱えて飛んでいく気なの?」

 

無理だ。そんなことが風のスクウェアメイジにできれば、風龍を始めとする騎乗用の空飛ぶ魔物は必要とされていない。今頃は王宮で……と、土のスクウェアメイジの錬金を考察した時のようなことをルイズは考え、同時に悟った。

 

そうだ、この使い魔はどこまでも淫乱で、一日に主を二桁に近いほど天に昇らせたり、にゃんにゃんと鳴かせて犯しつくすようなどうしようもない色ボケだが、同時にとてつもなく規格外なのだ。

 

メイジの力量を見たくばその使い魔を見よ。そんな格言がこの世界にはある。

 

そして、彼女がご主人様に告げた言葉。

 

繰り返す変態行為と初体験で忘れていたが、今更ながらに自分が召喚した使い魔の異質さに驚かされ、改めて期待で胸が膨らむ。

 

今度は使い魔はそれを妨げることはなく、手を伸ばしたご主人様を抱き寄せると、夜空へと舞い上がった。

 

「……すごいわ、トリステインの騎兵隊なんかよりも、もっと早いかも。」

 

流星のような速度で、使い魔が空をかけていく。その早さは飛竜の中でも早さに優れた風竜を越えているかもしれない程の、人間離れした飛翔だった。確かに使い魔は人間ではないが、元は人間だ。幾ら技量を歳と共に積んだとはいえ、精神力という出力面までは、努力すれば必ず実るというものでもない。人だったころからどこまで伸ばしたかは解らないものの、限度というものはあるはずだ。

 

だというのに、この使い魔の飛翔は周りの世界が闇の絵の具のように流れるほどに速く、冷たい風が頬を叩くこともない。悔しい話だが、ルイズは使い魔に嫉妬しつつも格好いいと思った。

 

「わたしも、あんたみたいになれるのかしら……?」

 

それを成しているのが自分であるということから、そんな言葉が弱音のようにこぼれる。そ風で聞き流されそうなか細いルイズの声を、しっかりと聞き逃さなかった使い魔が抱える腕に力をいれて応えた。

 

「大丈夫……貴女はきっとわたしなんかよりも、ずっとすごいものになれるわ。」

 

優しい声がルイズの胸に響く。さっきまで愛を囁く時に変態が出していた声色と同じなのに、全く違う気持ちにさせられるのが不思議だった。

 

そして、でも……と使い魔は忠告めいた厳しい口調でご主人様に釘もさす。

 

「絶対にわたしみたいにはさせないわ。」

 

「え……それってどういう意味よ。」

 

「貴女は……人として生きて、人として幸せに死になさい。わたしみたいなモノになるなんて、そんなのダメよ。」

 

やはり彼女は亜人、もしくは魔物であろう体になったことを後悔している。嘘の素振りを色欲でごまかされたルイズだったが、今ので彼女の疑惑は確信に変わった。いつか理由を話してもらえるのだろうかと思いつつも、今はただ頷くことだけにして、彼女は前を向いたままの使い魔を見つめる。

 

「ならないわよ……。」

 

「なら良いわ。」

 

「使い魔の癖に、先生面しないで。」

 

「しょうがないじゃない、文字通り貴女の先を生きてきたんだから……。」

 

「正直、おばさんくさい。」

 

「……。」

 

思った以上にダメージを与えられたのか、隙あらば変なことを言う使い魔が、急に黙って自分の視線から顔をそらした。大きすぎる胸に似た何かと色欲さえ除ければ、自分の理想系のような使い魔の意外な弱点に、たまらずルイズが笑う。

 

「はあ……人の幸せ、ね。正直大変だわ、こんなえっちな使い魔がついてくるのを許容できる殿方なんて、誰か居るのかしら?」

 

「あら、わたしが殿方になってあげても良いんだけれど。」

 

「は? こんな脂肪ぶら下げて何言ってんのよ。」

 

抱かれながらにルイズが、彼女ではないルイズのみが持つ胸を揉む。大きすぎて、大人の男性の手のひらでさえ鷲掴み出来そうにない乳をもつ夫など聞いたことがない。子供が出来ようものならそれは父親ではなく乳親だ。

 

「……スッゴい疲れるけれど、やろうと思えばナマモノの錬金すら、今のわたしには出来るのよ。」

 

「は?」

 

「痛いしもとに戻すのにも魔力がいるし、流石に構成が複雑すぎて生き物丸ごとは、今でも無理だけどね。」

 

「???」

 

突然の話題転換に思えたルイズには、使い魔の言いたいことがわからない。

 

「だからね、生やせるのよ。」

 

「生やす?」

 

「そう、わたしのあそこにおちん――もがっ。」

 

「わあ、わああぁっ!!」

 

ようやくナニを錬金するつもりなのか察したご主人様は、慌てて使い魔の口を手で塞ぎ、その先の言葉が現実に出てくるのを妨げた。

 

「ぷはっ……ちょっと、危ないじゃない。落ちたらどうするつもりなの?」

 

「あああ、あんた! それ、絶対にわたしに挿入()れ……つ、使うんじゃないわよ!!」

 

食事に体を許しても、操の証まで奪われてはたまらない。そこだけは夫になるものの為に死守すべきだと、ルイズは考えている。

 

「安心して。わたしがその気なら、貴女のはじめてはもう何も残ってないから。」

 

「ほんとに、絶対だからね! 気の迷いでもそんなことしたら、いくら使い魔でも殺すわよっ!!」

 

「そうね、せいぜい頂戴っていつかおねだりされるように頑張るわ。」

 

「言わない! 言わないわよ!!」

 

「どうかしら? 昔の貴女は恋なんてしないと言ってたけれど、それなら伴侶はわたし(使い魔)でも良いと思わない?」

 

「思うもんですかぁ――――っ!」

 

「もう、じゃあ貴女につけてあげようかしら? わたしは別に側室でも……やっぱりダメ、ムカつくわ。」

 

「いらないわよ! そういう問題じゃないわよ! 自分勝手に何言ってるの!?」

 

確かに、姫様と次女である姉の前でそんなことをいった気がする。だが、だからといって恋人ではない相手のを身籠りたいとは思わない。まして使い魔の、しかも自分との子供などもはや訳がわからない。生まれてくる子も自分なのではないかと嫌な未来を思い浮かべると、ルイズは頭が痛くなってきた。

 

「さて、明るい家族計画も楽しみだけれど、お話はそろそろおしまいかしら。」

 

「え、う、嘘……もうトリスタニアに着いちゃったの?」

 

まだ空を飛び始めてから半刻も経っていないはずなのに、気がつけば闇夜の奥にはちらほらと、明かりの残る町が見えてきた。本来は馬で二時間、人なら二日かかる距離である。

 

「この辺りで降りましょうか。城門は流石に閉まってるでしょうけれど、下町あたりはまだまだ元気みたいだし……直接降りると目立つもの。」

 

町まで囲う城壁の門前に立っている見張りたちに見つからぬよう、少しだけ離れた位置にふたりのルイズが降りるその時に、ふと自分はこの使い魔をあんたとしか呼んでいないことに気づく。しかし、彼女のことをルイズと呼ぶのは、性格や魔法の差など、良い面からはコンプレックスが、悪い面からは一緒にされたくない抵抗感より生まれて躊躇われた。

 

「ねえ、そういえばあんたのこと……何て呼べばいいの?」

 

「ん?」

 

「わたしがルイズって呼ぶのはともかく、他のみんながこのままじゃ苦労するでしょ。」

 

「うーん、そうね……特にわたしは気にしないけれど、確かに胸のある方のルイズとか、胸のルイズとか言われたら貴女が嫌よね?」

 

確かに自分は建前を求めていたが、そんな理由や比較をルイズは考えていたわけではない。思わぬことを言われた怒りで、しがみついてい手に力が籠る。

 

「ふ、ふふふ。考えたことなかったわ……ご忠告の出来る、良くできた使い魔だこと。」

 

「あ、ちょ……痛い痛い痛い痛い! 胸掴まないで、もう飛翔弱くなってるからわたしの力だと、貴女って結構重いのよ!?」

 

「ご、ご主人様を重いですって!」

 

初めて会ったときや、今自分を持って飛べるのもこの不思議な飛翔のお陰かと理解しつつ、更に余計なことをぬかす使い魔にルイズはお仕置をすることにした。

 

「ちょ、千切れる! 乳首とれちゃうからぁ!!」

 

「あんたこそこの無駄なものの中身、少しは搾って軽くしたらどうなのよ。この……こうしてやる、こうしてやるんだから!!」

 

そんな漫才をしていては、当然やかましいわけで。

 

「誰だ!?」

 

見張り番をしていた衛士に気づかれないわけがなかった。大慌てで使い魔はルイズの口を塞いで近場の木の裏に隠れると、静寂を唱えてその場をやり過ごそうとする。

 

「気のせいか……いや、そんなはずは……。」

 

しかし、甲高い女性の声を気のせいなどと済ませられるはずもなく、衛士は辺りに何か手がかりがないかと探り始めた。

 

「ちっ……面倒だわ。」

 

静寂を解きながら舌打ちなどという、主からすれば下品と思える行動をとる使い魔に、何かルイズが言いかけるよりも速く、使い魔はその杖で新たな魔法を唱えた。

 

「イル・ウォータル……それっ……。」

 

始めに水の魔法を、とても少ない量でやや遠くにある大きめの木へと円を描くようにかける。

 

「ウル・カーノ……えいっ。」

 

「ちょ……。」

 

続けて火の魔法で発火の弾をひとつ、かわいたままの木の中心へと飛ばして、小さな火をつけてしまった。

 

「イル・アース……よっと。」

 

最後に、いつもの錬金で作ったいくつかの石を飛ばしてうろの近くを小突けば、小気味良い音が響いて衛士が目を向ける。

 

「か、火事だ!」

 

こうなれば、最早彼が今すべきことは探索ではない。慌てて持っていた槍の石突きで木を叩いて消そうとするが、精神力で作られている魔法の火はなかなか消えない。

 

「今のうちよ、こっち!」

 

「ちょっと、どこ行くのよ。」

 

「それっ、もいっちょ錬金~。」

 

城壁に錬金で穴を開けると、二人が素早くそこを潜り抜けると同時に使い魔は再度錬金を唱えて穴を塞いでしまった。無茶苦茶な侵入方法に、思わず自身を盗人と錯覚して罪悪感をルイズが覚えたことなどお構いなしに、手を繋いだまま使い魔は大通りまで駆けていく。

 

「ちょっと、あれ大丈夫なの!?」

 

「周りは水で湿らせてるし、拡がるなんてことはないから平気よ平気……多分。」

 

「多分って!?」

 

むしろここは、恐らく防衛の為にかけられていたであろう錬金や劣化、腐食の対抗魔法であり、重ねがけの出来る"固定化"の魔法がかかった壁に穴を開けたことに、ルイズは驚くべきだったのかもしれない。いくら平民街の方が王宮より固定化が弱いとはいえ、これは異常現象だ。しばらく城下町まで攻めこまれるような戦争がなかったせいで、固定化自体が弱くなっている可能性はあるものの、こんなことを涼しげな顔で行うのはトライアングル()クラスのメイジところか、スクウェアクラスでも絶対に無理だろう。しかし、この使い魔の規格外にすっかり麻痺していたせいか、彼女がそれに気づくことは無かった。

 

駆け抜けた大通りに見える酒場は未だ賑やかで、外には人こそ残っていないものの、街路にもまだ火が灯されている。そのまま先にある広場まで走り抜けきるると、息を切らしていたルイズ二人は噴水の縁へと座りこんだ。

 

「あ、あんたの考えること為すこと全部、はぁ……どうしてこう、ふう……心臓に悪いのよ。」

 

「ふ、ふふ。でも、楽しかった……でしょう?」

 

「……。」

 

確かに魔法のいたずらと、逃げて街を走り回ったことに、ルイズは年甲斐無く気持ちが昂るのを感じていた。認めたくなくて口をつぐむルイズを側で眺めながら、使い魔は走る時に胸のボタンとボタンの隙間から差し込み、谷間へと挟んでいた杖を取り出し直す。

 

「はー。走ったから暑いわね、もう。」

 

ひょいと、また彼女が杖を振るえばルイズふたりの足から靴が消えていく。大地のざらりとした嫌な感触に、ルイズは足をあげて抱えた。あぐらに近いそのポーズは、制服のミニスカートのままにここに来ていたならば、周囲に薄い三角布をさらしていたことだろう。

 

「ちょ、何すんのよ……。」

 

「何って、こうするのよ?」

 

使い魔は、今日はもう水のでなくなっている噴水へと向きを変えると、呪文をまたひとつ唱えて水をきれいに浄化しながら迷わずに足を入れた。

 

「はぁん……気持ちいい~。」

 

「は、はしたないわよそんなの。」

 

「平気よ、だってわたしたち今は二人とも、貴族じゃないもの。」

 

「あ……。」

 

そういえば今はこっそり遊んでいたのだとルイズは思い出したが、彼女がそれを忘ていたのも無理もない。あまりに使い魔が魔法の連発をするのだ。寧ろ学院にいる最近よりも魔法が身近にあったころを思い出させる。それは、マントをつけずに領地をうろついていた実家での貴族暮らし。魔法の失敗すらコンプレックスにならない、そんな頃の感覚に今は近かった。

 

そうやって過ごした幼い頃の幸せな日々が、先程走ることで得られる高揚感をもたらしていたのかもしれない。

 

現に、きれいな水場を前にした彼女はうずうずと、そこへと足を入れたい衝動にかられている。いたずらもしていた子供時代ならばともかくとして、今の自分ならば絶対にしないだろう。

 

「ほら、ご主人様のためにしたんだから、はやくはやく。」

 

「し、仕方ないわね。そこまで言うなら、あんたの気持ちに報いてあげるわ。」

 

建前を貰って、ご主人様が"仕方なく"白い透き通る足をちゃぷりとつければ、冷たさが彼女の体に染み込んできた。不意打ちの寒さに大きく身震いをしたものの、今日は散々体を火照らせた上に今も熱を孕むルイズに、それはたまらない快感だった。

 

「あぁ~、確かにこれは良いわぁ。」

 

だらしなくふにゃけた顔でご主人様が満足そうに崩れると、使い魔は暫く彼女の観察を楽しんだ後で、もう一度杖を振るった。

 

「せっかくだから……もうひとつ、ね?」

 

「今度は何を……え? 暖かい。これってお風呂?」

 

「こっちも悪くない、そうでしょ?」

 

使い魔が、今度はフリーダムにも足湯へと本日の営業を終えた噴水を変えてしまう。

 

湯船に浸かる前に少しの間腰かけることはあるものの、足だけのお風呂などというものを初体験するルイズ。お湯の熱がその疲れた体をじんわりと温めて、血行を良くすることでしばらくすると、また彼女は溶けてきた。

 

「ふにゃー。」

 

「あらあら、はしたないは何処に言ったのよ。」

 

「そんなこと、いったわねそういえば……ああ、らめよこんにゃの。」

 

「ちょっと、ここで寝ないでよ?」

 

プールの程ではないものの、冷えた体を再動させるための熱と血を脳からとられて、ルイズは眠りの世界へと誘われかけている。二回戦、合計10ラウンド近くで敗北し続けた疲労もあって、堪えられる限界をとうに越えていた少女は止めを刺されていた。

 

「はうん。」

 

かくりと、意識を無くしたご主人様が使い魔の肩と胸に寄りかかる。

 

「しまった、やりすぎたわ。」

 

「むにゃ……。」

 

「ちょっと、失敗したみたいね。だって、しょうがないじゃない……ずっとひとりぼっちだったし、初めてだったんだもの。淫魔だもの。」

 

ご主人様が寝ているのを良いことに、言い訳を並べて仕方ないじゃないと言い続けている仕草は、まさしくルイズそのものである。

 

実はこちらのルイズも、人の精を吸うのは初体験だった。淫魔となってから初めて出会った人間で、高い精神力を持つごちそうであるルイズ。そんなものを前にしても、彼女は自身に起こった事態の把握優先のため、最初はつとめて平静に振る舞っていた。

 

だからこそ契約は早めに済ませようと思ったし、なんだか人を見た時からムラムラが止まらないが、夜まではなんとか大人しくしていよう……そう思っていたのだ。

 

そもそも、精による生命維持に性行為を本当は必要としていない。他の淫魔はどうか知らないからあの様に答えたが、魔法を放つための精神力も性的快楽から来る精力も、感情の高ぶりから生み出せるのは同じだったからだ。

 

魂とでも言うべき所から来ているのか、定期的に眠って精神力を回復すれば彼女のお腹が空くことは無かったし、むらむらと来た時に"自家発電"をして性欲を発散していれば、狂ったような性衝動にとらわれることも、対象が居ないせいか無かった。

 

淫魔としての美貌は衰えることも無く、寿命があるかも怪しいままに彼女は生きていた……そうでなければ、ルイズへ言ったような長い時を、ひとりで過ごせるはずがない。

 

しかし、コントラクト・サーヴァント混じりのキスは、彼女に甘すぎた。後で蕩けたご主人様同様に、彼女も淫魔から来る欲情と、使い魔のルーンから来る愛情の激流に敗北し、沸騰した頭で欲望の限りご主人様の精を貪り尽くしたのだ。

 

絶頂から来る、焦点の合わない視界になっている主は気づかなかったが、一回戦の時の使い魔は人に見せられる顔ではない。後ろから襲ったのもそれを見られない為であり、この時彼女の息は荒くはぁはぁと音が漏れており、口も半開きによだれを垂らしていた。その姿はまさに変態である。

 

それからも、主であるルイズに歳を重ねた自分が負けるのはプライドが許さず、なんとかマウントをとろうと企てた。歳経て培った一人遊びの指使いや、からかうような話術でご主人様を手玉にとり、淫魔らしい言動をすることで己が本能からくる欲望を発散しつつ、優位に立つことで気持ちを落ち着かせる。

 

しかし、他人の性欲から生まれる精の味を知ってしまった彼女は、完全に淫魔としての本能が目覚めてしまった。

 

性行為への衝動を抑えることはもうできそうになく、下品な例えになるが……女性の月のモノや男性の精衝動を、人間がどうやっても止められないのと同じ状態である。

 

いずれこのままでは、一回戦の時に見せたような顔で誰かを襲うことを彼女は自覚しており、同時にそんな自分を嫌悪している。淫魔としては間違っていなくても、人間としてはなんだか浮気のように思えるためだ。彼女は色ボケだがご主人様一人を愛していたい気持ちは変わらず、誰彼構わずに股を開くつもりも、舐めるつもりもないのである。

 

結果として納得出来る建前をしっかりと作る事で、ご主人様への肉体要求契約書に否応無く判を押させた彼女は、主との関係において望んだ環境を作り出すことに成功する。

 

だがそれは決して主を利用しているのではなく、召喚することで孤独から救ってくれたルイズを愛しい本気で思っているからだ。

 

それならばもっと素直に口説けばいいのではないか……彼女自身もそう思っているのだが、適度にエロいことを迫る、喋る、触ると何かをしていないと、未だ慣れていない彼女はあっという間に性欲が爆発しそうになってしまう。ルイズと言う少女の時にあったツンデレのツンツン部分が、ご主人様を見てからはエロエロになっているような困った状態なのだ。

 

つい目の前にある肢体の誘惑に負けて二回戦へと突入してしまったものの、この夜のデートも、ご主人様に短くても楽しい時間を過ごして欲しいデレから来ている。

 

「……絶対に貴女を幸せにしてみせるわ。」

 

そうやって寝息をたてるご主人様の頭を撫でる彼女の声は、どこまでも清廉に透き通っており、誓いの言葉に聞こえた。デレ時はひと味違うらしい。

 

「その為には……ただの男と女ってだけでいいはずよね。わたしは女だけど。」

 

かつて自分の使い魔がそう言ったように、自分も同じことを口にしてから、彼女は左手を月へとかざす。

 

「異性じゃなくて同性だから、道は遠そうだけどね。とりあえず、あんたみたいにまずはっちの関係から、私も信頼を築いていこうと思うわ……。淫魔だから、体は先に食べちやったけど良く考えたら、あんたもお城でわたしにしようとしてたし、まあ良いわよね?」

 

その手の甲にはとても懐かしく、彼女にとって忘れられないルーンが浮かんでいる。どこかルーンが光ったような気がして見つめていると、いったい自分は何をしているのかと手を慌てて引っ込めて、ルイズを抱き直した。

 

「うわ……恥ずかしい。年甲斐無く格好つけすぎたわ。」

 

使い魔がセンチメンタリズム、もしくはロマンチストな自分に赤面していると、何やら後ろからも懐かしい声が聞こえてきた。

 

「トレビア~ン!」

 

「……は?」

 

ルイズが振り替えると、そこにこれまた忘れようもない、たくましい髭と胸毛を生やした筋骨隆々な、珍妙な格好のオカマが立っている。

 

「愛に性別なんて関係無い……アナタのその誓い、とってもトレビア~ン!!」

 

「スカロン……店長。」

 

「あっらぁ? アナタとワタシ、どこかで前に会ったことあるかしら? そんなすごい乙女の武器を持った子、ワタシが見てたら間違いなくウチにスカウトしてたと思うし、忘れるはず無いんだけれど……。」

 

「あー……いえ、ほら、魅惑の妖精亭は結構有名だから。」

 

確か、名前はこうだったはず。まるで歳経た老婆のように、遥か昔の記憶を必死にルイズは呼び起こす。自分のことは覚えていても、些細なことまではさすがにいつまでも記憶していられない。

 

「嬉しいこといってくれるじゃなぁい、そんなアナタ……良ければ宿代、お安くしとくわよ。」

 

色々と思い出そうとしていた彼女は突然の勧誘に目が点になり、ぱちくりと開かれた。

 

「お連れの子、寝ちゃったんでしょ?」

 

「ん……ん? ええ、そうねぐっすりよ。」

 

「なんか逃げるくらいの速さで走る人影をお店の外に見つけて来てみたら、小さな子供が夜の街に二人でいるんですもの……驚いたわん。アナタたち、こんな夜に外で野宿する気なの? そんな格好で危ないわよ、怖いわよ?」

 

ああ、とルイズは男の心配を理解する。まさかマントをつけていない上に杖が胸のなかで見えない、一見派手なだけの平民が、飛んで町から魔法学院へ帰るとは思いもしないだろう。馬もこんな時間に借りられるわけもない。街頭が消えれば町中でも野宿は危険だ。昔ならいざ知らず、いまは自分の胸にも自信があるのだから尚更だ。

 

そうした理由から、外のいびつ具合と反比例するかのような、清らかな心をしたこの男は自分達に声をかけてきたのだ。

 

「それに、なんか賊が今町に潜んでるって話よ……信じらんないことに城壁を錬金して入るような、凄いメイジの悪党が街のどこかに居るんですって。」

 

「えっ。」

 

正直な話、まだまだ精神力には余裕がある。なので、丁重にお断りをした後で杖を取り出して飛翔を唱え、学院の自室へ帰ろうと思っていたのだが、思いもよらない情報に彼女は手を止めた。代わりに、冷や汗がどっと溢れて流れ出してくる。

 

「そ、そそそ、それは大変ね。」

 

「ええ、だからアナタも早くどこかに泊まった方が良いわよ。もうそろそろ宿つきの酒場だって閉まっちゃうもの。ホラ、ウチじゃなくてても良いから……一緒に探してあげるわん。」

 

「……。」

 

使い魔は天を仰いだ。この男はいくら遠慮しても多分本当に離れない。そして杖を取り出して空を駆ければ、めでたく容疑者のトップに自分は躍り出るだろう。

 

奇抜な格好をした頭より大きな胸を持つ桃色髪の少女……と、胸以外そっくりな双子。どうやってもすぐに誰か解るし、休日である虚無の曜日にでもなれば、この街に遊びに来た生徒たちから魔法学院にも噂が届く。自分はともかく、愛しのご主人様までもが下手すればこの街を歩けなくなるし、停学やらを言われるかもしれない。

 

そして更に大変なことに彼女は気がついた。それは自分達が今着ているものが服だけで、中身はノーパンノーブラ……ということの方ではなく、ご主人様も自分が錬金した着の身着のまま出てきたことである。

 

財布がないわ。

 

金を錬金してそのお金で泊まるまで元気にピンピンしてたら、この男はともかく役所の人間にはやはり疑われるだろう。土の呪文だけは今はもう、あまり人前で使いたくない。

 

まずい、詰んだ。

 

「それは嬉しいけれどわたしたち、ちょっとワケあってお金がなくて……。」

 

なんだか懐かしいシチュエーションだ。ルイズはこの後に何を言われるか、何となく予想ができていた。

 

「あら、だったらウチで少し働くといいわ! 大丈夫よアナタ、そんなに凄いもの持ってるんだもの……あと二時間もすれば店じまいだけど、宿代くらいあっという間に稼げるはずよ!!」

 

そう、昔の自分もこうやってこの人に連れていかれ……もとい救われたのだ。

 

「やっぱり、そうなりますよね……。」

 

でも、早すぎる。なんだか夜の町へデートという自分の思いつきのせいで、思い出に残っている歴史と大分違う方向へと世界がたった今、歩み始めた気がした使い魔だった。

 

 

 

「あー。そういえばギーシュのヤツどうしようかしら。本当ならわたしが明日の昼にボコボコ……じゃないけれど、プライドはズタズタにしてやらないといけないんだけど。」

 

「ちょっと、ギーシュって誰だいルイ()ちゃん。ボコボコ、って言うなら彼氏じゃないんだろうけれど、他の男の話なんてしないでさぁ……お酒、おかわりするからもう一杯ついでよ。」

 

「あーもう、仕方ないなぁ……おいしくなぁれ、おいしくなーぁれっ♪ もえもえきゅんっ!」

 

「くっはぁ……ヤバすぎるよそれ!」

 

案の定、酒場・魅惑の妖精亭の制服である、胸をおおきくはだけさせて背中ががらあきな衣装を着た使い魔は、残っていた客に大ウケした。

 

その規格外の胸を間近で見たいと、誰もが指名や注文で引っ張りだこになり、仕方なく誰かのテーブルに固定するのは無しとなったほどだ。お酒を注ぐ彼女の姿勢や態度はそこまで良いものでは無かったものの、その際にオマケとして彼女が行うおまじないに皆が湧いている。

 

ちょっとエッチな二次元世界のメイド喫茶で見かけるような、ハートを両手の指で作って大きく回してから"片"胸にあて、その手を料理や酒に向けて伸ばす。それがルイスのしている、美味しくなるおまじないだ。胸に合うサイズの服がなく、他の女の子達よりも純粋にカップが機能しておらず、弾む度に今にもこぼれそうなことが、彼女の魅力をより際立たせている。

 

ハートを押しつけた胸の中心から、何か母性の象徴が出てきたと錯覚しそうになる淫靡なおまじないと……その腕の回転や二の腕に挟まれたりすることで、むぎゅむぎゅ、たゆたゆと形を変えて揺れる見たことの無い大きな胸に、店員の女性たちすらも羨ましさやら面白さやらで注目していた。

 

あまりの騒ぎに辺りの酒場からも見物客が現れ、その上階にあるそれぞれの宿屋で寝ていた者たちすらも、今では彼女を一目見ようと起きている。

 

ルイ"ス"自身もこの事は幸いだった。金銭の問題もあるが、今の状況が、自分に触れる相手がいないアイドル状態になっているからだ。

 

もしも誰かが肩を抱こうものならば拳が飛び出し、胸を揉まれようものなら踵で脳天を砕かんと、容赦なく自分はその足を振り下ろしていただろう。おかしい、過去の記憶を呼び返すと、当時よりも過激になっているかもしれない。

 

……誰かを愛することを知ってしまったんだもの、仕方ないじゃない。

 

その人以外に体を許すなんてあり得ないと、淫魔らしからぬことを思いながら、彼女は水を飲みにキッチンへ向かって一息つくと、二階へと続く階段へと視線を向けた。

 

彼女が愛するご主人様は、今も上ですやすやと寝ている。そこは安宿の部屋……昔ルイスが泊まった覚えのある、貴族としてはとても寝られないくらいに嫌な具合の所なのだが、既に寝ている人間には大した問題にはならない。

 

「んんー……さて、もうひと頑張りといきますか。」

 

仕事場に戻ると、待ってましたと言わんばかりに再度みんなの視線が集まり、その店の稼ぎ頭である子が寄ってきた。

 

「何かしら。」

 

「ちょっとサービスに付き合ってくれない? 貴女がいないうちに、閉店前に二人一緒に見てみたいって皆がうるさくて。」

 

「ああ、そういうこと。良いわよ、ほら。」

 

常時トップの人気を誇る、スカロンが産み出した貴族と比べても奇跡の可愛さを持つ娘のジェシカと、突如現れた爆乳を越えた胸を持つゲストであるルイス。ふたりが抱き合って、胸を寄せ合うセクシーなツーショットに、深夜なのを忘れて口笛までもが吹かれ始めた。

 

「すごいじゃないのルイス、今日はみんなあんたに釘付けじゃん。わたしも胸には自信あったんだけどなぁ……完敗。ていうか反則よ、それ。」

 

「そんなことないわ、所詮わたしがしてるのは一過性のことだけよ。きっと見慣れたらみんなも飽きておしまい。でも、貴女は色んな駆け引きを知ってるし、素直に凄いと思うわ。」

 

自分が初めてここで働いていた時は、そんなこと気づかないで壁の花だったなと、ちょっと昔を思い出して笑うルイスの顔がまたとてもかわいらしく、客のハートを射抜いていく。ふたりに見惚れて客のテンションが最高潮に達した時、それはやって来た。

 

「ほう、その子が日銭を稼ぎに現れた一日限りのゲストかね?」

 

ふくよか、というより肥満が過ぎる腹を揺らしながら、一人の偉そうな貴族が数人のメイジと共に入ってきたのだ。

 

それを見たテーブルについていた客たちは、おそれ多いと言わんばかりにうつむき始め、立ち見客も彼らでごった返していた店内外だというのに、身を寄せ合うほどに下がりながら道を作っていく。

 

それは、魔法の使えない平民がいかに貴族を恐れているかを如実に物語っていた。

 

「げっ、チュレンヌ……。まさか今日も来るなんて……!」

 

「あー……あーあーあー、なんか居たわねあんなの。まさか今日も来るなんて……。」

 

記憶が正しければ、とっても失礼なことを言われたので、踏みつけてやった覚えがあったなと回想しつつ、冷めた目でルイスはチュレンヌと呼ばれた男を見ていた。だが、今回その男がルイスへと向けた視線は以前とは異なっている。

 

「むほ、むほほほっ、確かにこれは凄い!」

 

その男は下卑た視線をルイスの二つの乳房へと向けると、のっぺりとした頬と顎に張り付いた髭を撫でながらふんぞり返り、無駄に派手で悪趣味な杖を向ける。

 

「小娘よ、気に入った。お前はわたしの屋敷でしばらく買ってやろう。金ならば、こんなところで稼ぐよりも、もっとたくさんくれてやるぞ。」

 

女を買っていく……それはつまり、ここで行われる酌や戯れでは済まされないこと、淫らな意味での夜伽をやらせるということに他ならない。そして、そんな横暴に平民は命知らずでもない限り、逆らうことはできないのだ。

 

咄嗟にジェシカが、小さなルイスの肩にのせていた腕で庇うように抱き寄せた。

 

「ありがとう、ジェシカ。大丈夫よ。」

 

「でも、ルイス……くっ。」

 

「看板娘がなんて顔してるの、可愛い顔が台無しよ。」

 

自分達がスカウトしたせいで、少女が貴族につれていかれてしまう罪悪感から、苦渋の顔をジェシカは浮かべていた。そんな彼女の頬をルイスは撫でると、びくりと震えて一瞬力が抜けたジェシカの腕をほどき、チュレンヌの前へと進み出た。

 

「お断りいたしますわ。」

 

だが、口からでたのは従順な言葉ではなく拒絶である。

 

「ルイス!?」

 

ジェシカの叫びを皮切りに、ざわりと空気が震えた。その空気が作り出した雰囲気は、周りの平民たちの心臓へ重りでもつけたような息苦しさをもたらす。目の前で自分達のアイドルが処刑されかねないのだ。

 

「なっ……貴様! アンリエッタ姫さまのお膝元であるこのトリスタニアで、その徴税官たるわたしに意見を申すか!?」

 

「ええ、だってわたくしは既にもう、ご主人様に仕えておりますもの。主の勝手も無しにその様なこと、致しかねますわ。」

 

「ほう、ならばその主とやらとわたしが話をつけてやろう。今すぐここへ連れて参れ。」

 

「申し訳ありませんが、ご主人様はたいそうお疲れでお眠りになられております故……また来週にでもどうぞ。」

 

「わたしの命がきけぬというのか!」

 

「はい。」

 

言葉遣いこそ丁寧だが、あからさまにつっけんどんな態度に、周りの貴族共々チュレンヌはその顔を怒りで染め上げた。

 

「き、きさ……貴様ぁ! 主ごと打ち首にされたいのか!!」

 

「徴税官様とやらこそ、わたしのご主人様の眠りを妨げになるおつもりですか?」

 

「喧しい! 貴様のようななめた真似をする女は、わたしが一から死ぬまで躾け直してやる! おい、こいつを捉えろ!!」

 

「はあ、仕方ありませんわね。」

 

そう言ってルイスは胸の谷間に深く自分の手を挿し入れると、胸元の少し下、締め上げるコルセットに隠してある杖を引き抜いた。

 

「な、貴様……メイジか!」

 

その杖に、貴族も平民も驚かされていた。どんな理由があろうと、どこまで落ちぶれようと、魔法が使えることに選民意識を持ちやすいのがメイジという存在だ。それを隠したままに、平民に晩酌をする酒場で働いているなどと誰も思いもしなかった。色を鬻ぐにしたって、本来ならば金の羽振りが良さそうな貴族を相手に取るだろう。

 

「決闘ですわ徴税官様。面倒ですからまとめてお相手してあげます……さあ、とっとと表に出なさい!」

 

かくして、独りの使い魔に対して七人の兵と一人の将という、歴史に近い戦いの幕が開かれる。

 

ルイスを見に来ていた多くの客がギャラリーとなり、固唾を飲んでその行方を見守っている。彼らが手に持つ多くのランプ明かりと月の光だけが、中心にいる九人のメイジを照らしていた。

 

「そのふざけた言動と自惚れた態度を後悔させてやるぞ。こちらが勝てば、貴様は一生わたしたちが飼う雌犬だ。」

 

「あら。それならわたしが勝った時は、そうね……あんたたち全員、二度と周りの店に腐った権力を振りかざすんじゃないわよ。」

 

「ふん、没落貴族が夢物語を。弱者の勇者でも気取ったつもりか! 月の影が二の刻を告げたときが決闘の合図であり、貴様の人生の外で過ごす最後の時だ……良いな!!」

 

「いちいち口のうるさい男ね本当に。はいはい、解ったわよ。」

 

端から見れば絶体絶命の中でも、ルイスは何一つ動じていなかった。しかし周りはそうもいかない。彼女になだめられたジェシカもその一人だ。

 

「あの子、殺されちゃうよ……!」

 

窮地に陥っているであろうルイスを見ていられず、彼女は慌てて上階へとかけた。今の状況で、そっくりな双子のような恐らくは妹であろう子を、寝かせたままにしておくなど出来なかったからだ。

 

勢いよくルイ()の眠る寝室の扉を開けると、ジェシカはその肩をつかんで激しく揺さぶった。

 

「ちょっとあんた! 起きな!!」

 

「んにゃ、やだ……まだ真っ暗じゃない。」

 

「寝ぼけてんじゃないよ、あんたの連れが殺されちまうかもしれないのに……っ!」

 

「……は、はえ? え、ちょっと、殺されるってどういうことよ!?」

 

二時間弱とはいえ仮眠を経たことと、使い魔が死ぬという言葉に、一度寝るとぐっすりなルイズも飛び起きた。慌ててジェシカに問い詰めると、彼女は屋根裏であるこの部屋のむき出しな窓へとルイズを案内する。

 

その先にあるのは、恐ろしい光景だった。数多の灯が自分の使い魔を取り囲み、彼女の前には幾人もの杖を持ったメイジが立っている。使い魔がまるで火刑に処される寸前のように見えたのだ。

 

「ちょ、ちょっとあんた! それどういうことよ、説明しなさい!!」

 

月に照らされながら、ルイズがルイスへ悲鳴に近い声で叫ぶ。

 

「あら、ご主人様! 起きちゃったの?」

 

「いったいどうして、そんなことになってんのよ!?」

 

錯乱しているかのような慌てぶりの主の問いに、ルイスが答えるよりも早くにチュレンヌが鼻息をならしながら会話に割り込む。

 

「こやつは貴族に対して無礼を働いたのだ。よって、その罪をさばくためにここで引っ捕らえる。」

 

「違うわよご主人様。このデブが貴族の身分と権力を振りかざして、わたしを屋敷に連れてくなんてふざけたことを言ったのよ。だから、決闘で黙らせてやろうって話。」

 

二人の意見を聞いたルイズは崩れ落ちる。

 

どうしよう、いくら使い魔でもあれだけのメイジを同時に相手にして勝てるはずがないわ。いくら強くても一人で唱えられる魔法は一つだけなんだもの。

 

敗北、死。そんな言葉が脳裏に浮かんで彼女の頭蓋の中へと根を伸ばしていく。じわじわと侵食されるような痛みで冷静になれない思考回路のなか、使い魔が言っていた権力という言葉に、ルイズは一筋の光明を見た。

 

そうだ、権力だ。あの男が何者かは自分は知らないが、公爵家である自分の名を明かせば、この戦いを治められる。

 

「ちょっと、今すぐやめなさいよ!! 貴方が手を出そうとしているその子はわたし、ヴァリエール家の――」

 

「ご主人様は黙ってなさい!!」

 

立ち上がり再度窓から顔を出して叫ぼうとしたルイズを、ルイスがより大きな声で止めた。

 

出会ってから一日と経っていないが、様々な声を聞いた使い魔の聞いたことが無いほどの怒号に、ルイズはびくりと震えて言葉につまった。

 

「貴女……こんな時間に、いったいどこの誰がここに居るって言うつもり? ばれたらどうなると思ってんの?」

 

そういえば、この使い魔は自分が起きてから一度も名前を口にしていない。ただ自分をご主人様と呼ぶだけだ。ルイズも散々あんたとしか言わなかったせいで、無意識だが彼女をルイズとは呼んでいなかった。

 

「だって……そうしないとあんたが!」

 

しかし、今はそんな状況ではないはずだとルイズが目で訴えるものの、もうひとりのルイズは首を振るだけで、頑なにそれを良しとしない。

 

「ふん、そんな猿芝居で私たちが騙され、杖を下げると思っておるのか? 平民へと没落した貴族の家名など、何も怖くはないわ!」

 

そんな二人のやり取りを、はったりだと受け取ったチュレンヌは主であるルイズを見て盛大に笑いだした。

 

「ぐはははははっ、しかしあれがお前の言うご主人様か? はっはっは! さしずめ没落貴族に残された最後の家族……あの娘は妹か何かで、お前はそれを守るナイトといったところか!」

 

勘違いを加速させたままに二人を見比べて、安宿で休む妹のために体を張って金を稼ぐ姉とは、なんとも泣かせる光景だとチュレンヌは皮肉を告げる。

 

「そのふざけた真似さえなければ、姉妹二人して仲良く可愛がってやったものを……あの貧相な栄養の足りてない体の方はいらんな。」

 

その言葉に、ぴくりとルイスが腕を震わせた。

 

「可哀想に、あの洗濯板のような体だ。貴様のせいで独りになった彼女は、もはや生きていくこともままならずに野たれ死ぬだろうよ……。」

 

「誰が、何ですって……?」

 

「……何?」

 

なおもバカにし続けるチュレンヌが視線を決闘相手へと戻すと、その手にある杖は刃の魔力を短剣のようにまとわせる魔法、ブレイドを発現させていた。既に会話の途中、決闘の始まる時刻は過ぎている。

 

「洗濯板はないんじゃない……ねえ?」

 

「ぬっ、皆の者……用心せい!」

 

魔力が高いのか、その手の甲までもが魔力の光と思わしきものに包まれていた光景に、チュレンヌは思わず怯んだ。しかし、直ぐに数の有利から落ち着きを取り戻すと、その差で十分に押しきれるだろうと杖を振り下ろし、部下たちへ突撃の指示を出す。

 

「ふん、貧相な体をそう呼んで何が悪いと言うのだ。そらかかれ、多勢に無勢だ……やってしまえ!」

 

チュレンヌの部下である七人のメイジたちが、突撃の隊列を組み、ルイスへ向かって走りながら呪文を唱え始める。だが次の瞬間、彼らの開けた口からルーンの言葉が唱えられることはなかった。

 

「わたしの愛しいご主人様を……木っ端役人がバカにしてんじゃない! 覚悟しなさいよね!!」

 

その言葉と共に、迎え撃つ形で相手へと向かっていたルイスが一瞬で七人をすり抜け、杖を構えてチュレンヌの前にたっていたからだ。

 

「な、何!? いつの間に!」

 

「おのれ、ウル・カーノ……バカな!? 杖が全員切られている!」

 

ぼとり、からん、どさっ。様々な音を立てて、己が誇りと命の象徴である七人の杖の中ほどから先が、天より降ってきた。

 

「すごい……。」

 

「信じられないわ。」

 

遠目に上から見ていたジェシカとルイズだけが、どうやったかはともかくとして、何が起きたかだけは理解できていた。使い魔が勢いよく七人の懐に飛び込むと、彼女の魔力の光が起こした剣閃が七度だけ、まばたきよりも早そうな速度で迸る光景が見えたのだ。

 

つまりルイスのしたことは、一撃のもとにそれぞれの杖を斬り飛ばしたということ。

 

ジェシカはルイスの素早い剣技に、ルイズは使い魔が刃の魔法でメイジの杖を切ったことに驚いていた。

 

繰り返しになるが、杖はメイジの誇りであり命だ。これがなければメイジは魔法が使えず、チュレンヌのような体を鍛えず魔法頼りっきりなタイプの貴族ならば、平民以下に何もできなくなってしまう。

 

その為に幾重にも上質な固定化を始めとして、破損、紛失を避けるために色々な方法で、頑強さが杖には普通ならば与えられている。

 

だというのに、自分の使い魔は。

 

街の城壁の時のように錬金で固定化を無効化したわけでもなく、純粋に魔法の刃で叩き斬る?

 

精神力に天と地の差があっても、それだけでは出来ないことだからこそ驚き、ルイズは疑問にかられた。コツがある……そういえば水を作ったときにも、彼女はそんなことを言っていた気がする。あの刃にも何かタネがあるのかもしれないと思いつつ、ひとまずこれでもう使い魔が負けることはないだろうと、ルイズは安堵した。寧ろ、ここまでやれる使い魔が一対一の状態で負ける姿があれば教えてほしいくらいである。いつか魔法が使えるようになったら、自身の身を守る対策に使いたい。

 

貴族たちの異常なまでの動揺に、驚きと称賛の声が周りから聞こえてくる最中、ルイス自身も内心では驚かされていた。自分の身に起きた力を彼女は知っている。しかし知っているのと体験するのでは、何もかもが違いすぎた。

 

「これが、アイツの見ていた世界なのね……。」

 

襲いかかられた瞬間……メイジ達の動きと世界が遅くなり、意識と感覚が研ぎ澄まされていく。足に活力が溜まり、大地を蹴ればこの遅い世界の中、自分だけがいつも以上に素早くけ動ていた。あっという間にメイジ達の目の前まで間合いを詰めると、極限まで薄さと固さを意識した魔力で作り上げ、剣を圧縮して短剣と化した杖を振るう。相手の杖を叩き落とす、もしくは跳ね上げるだけなら間違いなくこれで十分だった。だが結果は彼女の予想とは異なった。愛する者を馬鹿にされて感情が振りきれていたせいか、その全身に力が漲りすぎた彼女は、振るった魔法の刃で相手の杖を斬り飛ばしてしまう。驚きながらもひとつ、ふたつと片手間に七人の相手が持つ杖を切り落としながら、その間を駆け抜けた。すべてが終わり世界の早さが元に戻っても、自分でやったことに驚かされていた。

 

「ま、いっか。何にせよ、残るはあと一人になったんだから。」

 

「あ、あ……?」

 

しかし今は決闘の途中と思考を切り替え、一歩一歩と距離を積めるルイスに対し、後ずさるチュレンヌの顔にはもう余裕が残っていなかった。歩く度、風もないのに揺れる彼女の胸にすら目もいかず、日銭に困る人間とは思えないその高い実力に、恐怖すら抱いている。

 

「降参したら? そうすればこれ以上は恥を晒さなくて済むと思うけれど。」

 

「お、おのれ……貴様、これ以上わたしに歯向かうのならば、国にたてつく反逆者にしてやるぞ!」

 

「いきなり何を言い出すのかと思えば……これは互いの約束を賭けた決闘のはずよ?」

 

「ふん、貴様との約束など覚えておらんな!」

 

実力でルイスを組伏せられないと解ると、チュレンヌは醜くも再び権力を振りかざし始めた。どこまでも腐った欲望に忠実なその態度に、ルイスが軽蔑の眼差しを向けたままに笑みを浮かべる。

 

「ふぅん、そう……そっか、そんなこと言うの。」

 

「だいたい、貴族のわたしが平民との約束につきあってやる必要など無い!! こんなものは無効だ。」

 

「まあ、何でも良いけれど。これだけのギャラリーの前でそんなこと、言って良いのかしら?」

 

はっとしたチュレンヌが辺りを見回すと、蔑みに満ちた平民達の目が全て彼に突き刺さっていた。

 

「明日になれば、ボロ負けしたあんたをみんなが噂するでしょうね。これだけの人の口を塞ぐのは無理じゃないかしら。」

 

「そ、それがどうした!」

 

「あら、まだ解らないの?」

 

「な、なんだ……ええい、寄るな! 敗けを認めねば――」

 

「どうするって言うのかしら? あんたの杖はもう無いわよ。」

 

「なぁ!?」

 

電光石火の刃が、話の合間にチュレンヌの杖すらも切り落としている。地に落ちた、無駄に装飾の多い杖の先端を遠くへ蹴り飛ばすと、ルイスはついでにチュレンヌの股間も蹴り上げた。

 

「は……あおっ!?」

 

びくんびくんとその場で痙攣して膝をつき、股間を押さえたままにチュレンヌが気絶して倒れた。風呂で侍女に洗わせたり、権力を盾に召し上げた伽の相手へ優しく触れさせることしか無かったソレのつぶれそうな激痛に、泡をふき、白目まで剥いている。

 

「王宮にまで噂が届けば、あんたみたいな悪党が徴税官を続けられるわけ無いでしょ、馬鹿。」

 

平民達の噂を証言とするのは、いささか弱いかもしれない。だがそれはきっかけであれば良いのだ。決闘に至る過程に始まり、彼がどういう人間かを王宮の重役たちが知れば、他国への面子を考えれば国の恥をそのままにしておかない……多分、というのがルイスの狙いである。

 

「ある意味、杖を切れて良かったかも。」

 

加えてこの杖だ。メイジの杖は、新調するのに膨大な手間と時間を必要とする。

 

その間に彼自らが言うような王都で働く"お偉い"貴族が、他の貴族と会わずにいられるわけがない。会議や会談、もしくは宴の席で、チュレンヌの太い腰にいつも下げていた派手な杖が無いとなれば、いったいどうしたのかと誰かが尋ねるだろう。その時に身に起きた恥を晒す話をするのは、今後に響くのを考えれば無理である。ルイスを犯罪者に仕立てようにも、証言の際に没落メイジひとりに襲われて部下共々杖を失いましたなどと、たとえ不意打ちだろうと話せるわけが無い。杖を落としただけでも恥である。

 

おまけに、新たな杖を手にするまでの数ヶ月。彼は魔法を必要とする執務も、平民への嫌がらせも出来ない。それだけ時間があれば噂が広まりきるには十分であり、この決闘と杖の紛失を裏付ける証拠にもなる。何より、長期に渡り仕事が出来ないのだから、新たな杖を得て職務に戻る前に、とっとと役職を交代させられる可能性も十分にある。

 

「さあ決闘は終わりよ。あんたたち、その豚をつれて失せなさい。二度とわたしらに迷惑かけんじゃないわよ!!」

 

したくても、もう無理かもしれないけれど。そう呟きながらルイスは魔法の刃を消すと、しっしと虫を払うように杖を振った。

 

「お、お前……っ!」

 

「何? あんたたちもこいつみたいに蹴り上げてほしいの? 潰れても知らないわよ。」

 

チュレンヌの取り巻き貴族たちは、自身の杖を斬りおとしたルイスにあの速さで蹴り上げられるのかと、とっさに股間を隠した。貴族の威厳などもはや残っておらず、すっかり怯えてあたわたとチュレンヌを抱えると、決闘で彼女に突撃したときよりも早くに逃げ去っていく。

 

「ふふ、成敗!」

 

ルイスが勝利と決闘の終わりを告げるかのように杖を夜空に向けると、酒場で働いていた時の何倍もの歓声が周りから沸き上がった。

 

「すごいじゃない、ルイスちゃん!」

 

「あのチュレンヌを蹴りあげた時なんて、胸がスカッとしたわ!」

 

一日限りとはいえ、仕事仲間だった酒場の女の子達がルイスに集まり笑顔で抱きつく。

 

「もう最高! ずっとここに居て欲しいくらいよ!!」

 

「わ、ちょっと! もう……こぼれちゃう、こぼれちゃうから!!」

 

揉みくちゃにされるルイスもまた、ふざけながらも笑顔で彼女たちを迎えて勝利を喜び合っている。そんな使い魔を、ルイズは羨ましそうに見つめていた。弱き民を助け、魔法で悪どい者たちを懲らしめる彼女の姿は自分の理想そのものだ。

 

「凄いわね、あんたのお姉さん。」

 

「姉なんかじゃないわ、ていうか、何よルイスって。」

 

大事には至らなかったものの、そこに居る輪の中に自分がいなくて、思わず拗ねた口調で返しつつルイズは唇を尖らせる。

 

「え? あの子がそう名乗ってたけれど……違うの? もしかしてあんたたち、結構やばげ?」

 

「あっ、えっと……その。」

 

自分がうっかり口に出したせいでルイスが偽名とジェシカにばれると、嫉妬も忘れて思わずルイズは慌てた。折角使い魔が自分の存在を隠そうとしてくれたというのに、ここで目の前の平民に何か追求されでもすれば全てがご破算だ。別に自分は名乗ることも、無断外出の罰を受けることも構わないと思っているが、折角使い魔があそこまでしてくれたというのにそれを無下にするのはなんだか躊躇われた。

 

「わ、わたしとあの子は……。」

 

ご主人様と使い魔です、なんて言えるわけがない。人を使い魔にした子などすぐにバレてしまう。

 

おろおろ、おろおろおろ。ルイズが目線を泳がせて言い訳を考えていると、ジェシカはそんな彼女を見て軽く息をはきながら肩を竦めた。

 

「安心しなさい。酒場のみんなは何か秘密をばらすような子達じゃないけれど、内緒にしといてあげる。」

 

「ほ、本当?」

 

「ええ、本当。でもその代わりに、さ……わたしには本当のことを教えてよ。こういう話、大好きなの。」

 

「ええっ、だ、ダメよ! 秘密、秘密なんだから。」

 

「ええー、良いじゃない少しぐらい。ほら、吐いちゃえば楽になれるよ!」

 

「や、やめてよ。この……あれっ?」

 

思わず杖を抜こうとしたが、ルイズの装備は今は下着すらもなく、錬金したゴスロリ服だけである。

 

「もしかして、壁に穴開けて入ってきたメイジって貴女たちじゃないの?」

 

「な、ななな何言ってるの! わたしそんなことしてないわよ!!」

 

自分はしていない。嘘はついていない、と自身を正当化しつつルイズが逃げ回るが、着慣れていない服では満足に動けずすぐにジェシカに距離を詰められてしまった。

 

「つーかまーえたっ!」

 

「きゃあっ!」

 

ただの小娘と化した貴族の少女に、普段から皿洗いなどの力仕事をこなし、酒瓶のつまった箱すら運ぶことも出きるジェシカに力で叶うわけがない。あっという間にベッドへ組伏せられてしまうと、ルイズは今日ひうされることで過ごしていた時間をフラッシュバックして、顔を赤らめた。

 

「やだ……今日はもう、ダメ。」

 

潤ませた目で自身を見つめてくるルイズに、ジェシカは思わずどぎまぎして体が強張る。そんな気は彼女には無いが、気の強かった少女が突然か弱くなるというのは、どうにも嗜虐心をくすぐるのだ。寝苦しくないようにとルイスがはだけさせていた襟元から覗く、小さな鎖骨から首にかけてをはうりうりとくすぐりたくなってくるのを、ジェシカはなんとか堪えた。

 

「へ? いや、私は別にそんなつもりじゃ……ていうか、今日はって、相手はまさか――」

 

「何をしてるのよ。」

 

目の前で発せられた少女のと似ているが、怒気を孕む為に違うように聞こえる声が、ジェシカの背中にかけられる。彼女とルイズが振り返れば、そこには陰を落とした笑みを浮かべたルイスが立っていた。

 

「ジェシカ、みんなと一緒にいないと思ったら、どうしてここにいるの?」

 

「る、ルイス!? ち、ちがうわよ? わたしはただね、アンタたちふたりの関係を聞こうとしてただけだし、そもそもここに来たのだって、アンタが危ないって決闘前にこの子を起こしに来ただけだから!」

 

「ふーん、でもご主人様は寝ているみたいじゃない? 顔も赤いしもしかして、まだしたりなかったのかしら。」

 

浮気現場を詰問するようなルイスの視線に耐えきれず、ジェシカは弁明を始める。ルイズもまた、昼夜乱れていたことを暴露されかけて口を開く。

 

「あ、あああアンタ、勘違いしてんじゃないわよ! ちょっとこれはもつれただけで……わたしもう『たまって』なんかいないんだから!!」

 

このルイズの発言で、ジェシカはなんとなくふたりの関係を察した。そりゃ言いにくいよね、こんな関係を誰だかもまだ知らないわたしに話すなんて無理だよ……と。隠し事は他にも色々あるのかもしれないが、母を亡くした自分を慰める為とはいえ、とんでもな格好をしている父を持つ彼女は、これは言いにくいだろうと共感を覚えるほどに良く分かってしまう。

 

「ご主人様の……浮気者――――っ!!」

 

思わず杖を振り上げるルイスに、ジェシカが顔色を変えた。

 

「わー! わーっ!! ダメ、ここで魔法はダメ! お店が壊れたら、弁償してもらうからねルイス!」

 

「うぐっ……!」

 

仲良くなれた相手とはいえ、ちゅれんぬたちを圧倒するメイジに逆らえた自分をジェシカは誉めたかった。ルイスもまた、一瞬だけ冷静さを取り戻したおかげで、今まさに勝手をする力で横暴を働くチュレンヌを懲らしめたのに、ジェシカとまとめて魔法を叩きこめるわけもなく杖を下ろす。

 

「早くどきなさいよジェシカ。いくら貴女でもご主人様を襲うのは許さないわよ。」

 

「だから、違うってばルイス……あぁもう、わたしは下へ後始末しに行くから機嫌直してよ。」

 

そう言って、そそくさとジェシカが部屋から出て扉を閉めると、ルイスは一瞬のうちにルイズへ抱きついた。

 

「ちょちょちょ……何すんのよいきなり!」

 

「上書きする。」

 

「へ、上書きって……あ、あんたまさか!? 待って、ここじゃダメよ!」

 

「うるさいうるさいうるさい! ご主人様の体はわたしのなんだからっ!!」

 

「わたしの体はわたしのよ! だめ、ダメだったらぁ!! 最低限しかしないって約束でしょ!」

 

「最低限だもん! わたし決闘で疲れちゃったし、今のを見たせいで心がぺこぺこなんだから!」

 

「だから……誤解、ていうか! わたしもあんたのせいでまだご飯食べてないんだからねっ!」

 

二人で叫びながらくんずほぐれつする音は下の階に響くし、木造の平民の建物は当然軋む。

 

「……えーと、これも英雄色を好むって言うのかしら?」

 

「ルイスちゃん、上で何してるのジェシカ?」

 

仕事仲間の問いにどう答えたものか、先程のルイズのように彼女もまた目を泳がせた。

 

「いや。ちょっと妹さんとね……?」

 

とりあえずはぐらかして、店じまいだ。もう今日はルイスのおかげで十二分に稼ぎきったし、音がしなくなった頃にまかないでも持っていってやろうとジェシカは思うと、仕事仲間たちを連れて客たちや見物しに来た人間を解散させる為に外へと出ていった。

 

 

 

「ルイスって何よ。」

 

「ん?」

 

結局未遂のままに、ジェシカの賄いを二人は小さなテーブルの上に置いて食べている。ルイズは稼いだ銀貨の一部と貨幣袋を使ってルイスが錬金してくれたカトラリー一式で、ルイスは軽く手を洗ってから手掴みと、最初から椀の中にある木のスプーンを使ってパンとスープを食べている。

 

ルイズはむくれた顔でルイスを見ているが、対するルイスの方は元より性欲ではなく嫉妬から来た感情であった為か、ご主人様とのスキンシップで溜まっていた気分を晴らせてすっかりご機嫌だ。

 

「わたしはそんなの聞いてないし、許してないわよ。」

 

ご主人様が寝ている間の話を聞いたルイズは、使い魔の勝手な行動と命名にまず激怒。ヴァリエール家の使い魔が深夜の酒場などで働いたことにもご立腹だ。齧るパンも硬く、極度の空腹でなければ貴族の肥えた舌ではさほど美味しく無かったであろうまかないの味も、彼女の苛々をより募らせている。

 

「他に方法がなかったんだから、仕方ないじゃない。」

 

「それは、解ってるけれど……。」

 

しかし、ルイズが一番に怒っているのはそういう理由からではない。

 

「そりゃあ、あんたがわたしのために名前を出さないでくれたり、色々黙っていてくれたのは嬉しかったけど……だからってそんな、一人勝手に決めるなんて。」

 

そういうのって、ご主人様と一緒に決めるもんじゃないの? 言い出したのもわたしなのにひとりで勝手に決めて、なんなのよもう……と子供じみてはいるものの、自分を散々好きだなんだと言った使い魔と、少しだけ距離が離れたみたいで嫌なのだ。

 

「ふ~ん?」

 

ルイズがうつむいたままに本人は睨むつもりで、周りからは上目使いのように見える形で視線だけを動かし使い魔を見ると、既に食事を食べ終えて顎に手を当てたルイスが、にまにまとご主人様を見ていた。

 

「何よ?」

 

「嬉しかったんだ?」

 

思わずルイズはスプーンを落とした。

 

落ちたスプーンの上からこぼれ落ちた人参よりも赤く、一瞬でルイズが頬を染める。

 

「う、ううう嬉しくなんか無いわよ! 嫌だわこの使い魔ったら……まだ出会って一日も経っていないのに、何を自惚れてるのかしら。」

 

「あら、無意識から咄嗟にこぼれた言葉って、普段の取り繕ったものより何倍も信じられるわよ?」

 

「違うわ、わたしは嬉しくなんて無いんだから!」

 

「ふふっ、はーいはい。」

 

ご主人様の失言から得られた好意の証拠に、更に気を良くした使い魔はゆっくり立ち上がると、落としたスプーンを手に取って銀貨に戻す。それからまた新しい銀貨を錬金で綺麗にすべーんへと作り直すと、ご主人様へと手渡した。

 

「ごめんなさいねルイズ。でもわたし、この名前をけっこう気に入っちゃったの。これなら大好きな貴女と似てるし、このままで居たいんだけどダメかしら?」

 

同時に、ご主人様が欲しているであろう言葉を告げてそっと微笑むと、スプーンを受け取ったルイズはぷいと顔をそらした。魔法学院に入学してからは誰かに大好きと言われることの無かった今の彼女には、どうやらこの言葉はいくらかけてもまだまだ安くならないようだ。

 

「そ、そこまで気に入ってるって言うのなら、仕方ないから許してあげる。」

 

「ふふ、ありがとうルイズ……ちゅ。」

 

そして自分を見ていないのを良いことに、使い魔は耳まで赤くしたルイズの熱い頬に、キスをひとつ。

 

「は、はへ!? あ、あんた今ままま、な、ななな何を……!!」

 

「何って、忠誠の証し?」

 

「そういうのは普通、手にするものでしょ!」

 

「あは、そうだったかしら? それじゃあおやすみなさい。」

 

「ちょっと、ルイス!」

 

「ルイズも早く食べて寝ないと、一時間目の授業前に起きれないわよ。」

 

やるだけやって使い魔は自身の布団へもぐると、すやすやとあっという間に寝息をたて始めてしまった。やるせない何かをスプーンを強く握ることで抑えたルイズは、テーブルに向き直るとまかないを素早く平らげ彼女もベッドへと向かう。

 

「全く、こんなところでどうしてそんなに寝付きがよいのかしら?」

 

穴だけしかない窓のせいで夜風が入るわ、布団はほこりっぽいわ、蝙蝠居るわで自分は二度寝できるかも怪しいのに、同じ存在のはずであるルイスは何ともなしに眠れることが不思議でならない。ルイズが横に寝転んでルイスの顔を見れば、優しげな顔で同じく自分の方を向いて眠っている。

 

「……疲れたから、か。」

 

そういえば使い魔は朝から晩までずっと起きていた上に、ベッドでの運動はとにかくとして、繰り返しの錬金、飛翔に足風呂、決闘での素早い動きと、かなりの無理をルイスはしているような気もする。自分と同じくらいの腕力しかないのだから、体力だってそこまで多いわけでもないだろう。

 

「どれもこの色ボケが最初に暴走したからなのが原因ではあるんだけれど……。」

 

それでも自分の為に可愛いお忍び用の服を用意してくれたり、寒くならないように工夫をして飛翔してくれたり足のお風呂に噴水を変えたり、家名を隠したままに戦ってくれたり、今だってわざわざ貴族らしく食べる為にカトラリーを作ってくれたのは彼女の純粋な好意の表れであり、ルイズにも理解できる。何より久しく誰かに好かれることがくすぐったく、温かかった。

 

「寒い……眠れないわ。」

 

そう言ってルイズはベッドから出ると、床に敷いてある使い魔の布団へと潜り込んでいく。

 

「忠誠には報いてあげなきゃだし、あんたならこれが一番うれしいでしょ。」

 

お礼という建前で、暗がりが怖い本音を隠しながら、ルイズは使い魔とその胸を抱き枕にして深く布団をかぶると、穏やかな眠りの世界へと誘われていく。いつかルイスのように戦い、誰かや国を助ける立派な貴族になることを夢に見ながら。

 

「ふわぁ……あら?」

 

朝、少し早めにルイスが起きれば、そこには自分の体に手を伸ばし、胸に少し顔を埋めて眠るご主人様の姿があった。

 

「しまった、そういえば眠れなかったっけ……すっかり忘れてたわ。ま、わたしが起きてたら意地でもこんなことしないでしょうし、結果オーライってところかしら。」

 

「むにゃ……。」

 

そっと目を覚まさないようにルイズの手をどけてからルイスが起き上がる。ルイスは貨幣袋で作ったナプキンを半分そのままに、残り半分を木炭のペンに変えてさらさらとジェシカに書置きを残した。

 

"世話になったわ、またいつか会いましょう。昨晩の決闘騒ぎの噂はどんどん広めてほしいけれど、あまりわたしの名前と胸のことは言わないでくれると嬉しいわ――ルイス"

 

「劇ができるくらいだし、シエスタのいとこのあの子は文字くらい読めるわよね?」

 

袋はナプキンのままだし、残りの銀貨銅貨も、別に持って帰らなくてもいいだろう。酷い言い方になるが、これくらいのお金は帰ればいくらでもある。それに平民から受けた施しのお金を持っていては、また愛しのご主人様の機嫌を損ねたりするかもしれない。銀食器になった分は、お得意様の機嫌取りにでもジェシカたちが使えばいい。

 

「それじゃあ……帰りますか。雲の上ならきっと、一番気が緩むこの時間帯だし誰にもばれないでしょ。」

 

日はまだ上り始めたばかりで、体力も精神力も万全ではない。しかし誰かが起きる前に見られたり、学院の授業に遅れるわけにはいかない。ベッドにいるルイズを背負って杖を振ると、ルイスは窓から雲より高くの空へと舞い上がった。

 

それから少し後のこと。

 

「おや、アンリエッタ姫。いったいどうされたのですか? 顔色が優れませんが……。」

 

「いえ、その……。」

 

ジュール・ド・モットという貴族の男が持つ大きな館の中、清楚で白いドレスをまとった少女は、臣下より届けられた手紙のような大きさの報告書を受け取ると、それを開けて深いため息をついていた。

 

その少女の頭には、青い宝石をちりばめられた白金で出来た冠があり、身に着ける襟の大きなマントは王家の証たる百合の紋章が刻まれている。それは彼女が王族であることの証であり、このまだ頼りなさの見える少女こそトリステイン王国の姫、アンリエッタ・ド・トリステインである。

 

彼女はトリステイン隣国であり、ルイズがルイスの生贄に差し出そうとしたツェルプストー家の実家のあるゲルマニアを訪れた帰り道のこと、途中宿舎として立ち寄り、館を借りる予定だったモット伯爵の領地で歓待を受けていた。

 

彼女の父である王は病に倒れ、母はその喪に服している。跡継ぎもアンリエッタ自身しかおらず、そのせいで彼女は政治の矢面に立つことを、十七という花も恥じらう乙女の歳で引き受ける羽目になっていた。とはいえ、碌に政治の知識がまだあるわけでもない彼女は現在、傀儡に近い形のいわばお飾りである。だが、だからこそ余計に退屈で鬱屈とする人生を彼女は過ごしており、何一つ己の意志がまかり通らない日々に辟易していた。

 

「わたしが留守の間に王都トリスタニアに土くれのフーケと思われる賊が入ったらしいのです。しかも事はそれだけではなく、徴税官ともあろう者が平民の女性たちへ横暴な要求を振りかざした挙句、返り討ちに合って杖を切られて、こっ酷く負けたそうです。」

 

「何と!? 杖を切られるとは……。」

 

そんな彼女も自国の空気を吸い、先ほどまで行われていた館での宴に多少の気を紛らわせることが出来ていたものの、届いた報告書によりその気持ちは再度沈んでしまった。またトリスタニアに戻ればこれらの問題に対し、王宮の権威が失われているからだという言葉を遠回しな嫌味で言われたり、必要以上に事件を調べた宰相が抱え込んだ事務処理にサインを延々とする為に、机に縛り付けられる日々が始まるのだ。普通の人間でも楽しい笑顔は浮かべられないだろう。

 

前者の問題も大事だが、後者の問題がアンリエッタをより暗い気分へと沈めていく。嫌な顔つきで自分の顔や体を値踏みしていたゲルマニアの人間たちを、この事件は思い出させるのだ。

 

「どうして男ってこうなのかしら。平民だろうと女であることには変わりないし……好きな人や結ばれたい人がいるはずなのに、それすら許さずに好き勝手に物のように扱うなんて、酷いと思いませんこと?」

 

「男の私からすればそのお言葉には少々苦しいものがありますがアンリエッタ王女様の仰る通りでございますな。」

 

冷や汗を背中で流しながらに、モットは冷静な態度を取り繕ってなんとか姫の機嫌を取り戻そうとした。

 

困ったことにこのモットもまた、チュレンヌ同様に貴族の権威を振りかざしては平民の女を買い取ったりしているのだ。アンリエッタが政治や自国の官僚たちに詳しければ、トライアングルメイジである彼もその素性を彼女に知られていたかもしれない。

 

王宮からの印象を悪くしない為にも、しばらくは遊びを控えるかとモットが心に決めた時のこと。今度はモットの従者が報告をもって部屋へと入り、何かを耳打ちしてきたのだ。

 

「何? 旅商人だと? 姫殿下のいらっしゃった日にそんなもの、取り次げるわけがなかろう。」

 

「はい、わたしもそう言って追い返そうとしたのですが、是非モット様に見てもらいたいものがあると……なんでも伯爵様がお好きなモノを取り揃えてきたとのことで。」

 

「何!? あれを売りに来たというのか!」

 

思わず声を荒げるモットに、何事かとアンリエッタが驚いた。

 

モットは書物の蒐集家であり愛好家だ。その度合いはこの大陸に数点しか見つかっていない、謎の文字で書かれた書物すら買い集めようとするくらいである。尤もその珍しい書物は、彼の好色家としての側面からくる欲情を掻き立てるエロ本な為なのだが。

 

そのことをどうやって突き止めたのかはわからないが、これを逃せば次の機会はいつ来るかわからない。欲望と義務に板挟みになったモットに、アンリエッタがくすりと笑うと、彼の代わりに従者へと答えた。

 

「構いませんわ。よければお通ししてあげてください。」

 

「アンリエッタ様!?」

 

「わたくしも、その商人がどんな品を取り扱っているか興味がありますの。ね?」

 

上位の権限を持つ者にそう言われればモット側の人間は誰も逆らえるはずがない。周りにいた姫の護衛たちも、沈んだ彼女の気が少しでも晴れるなら……と商人との会談を許した。

 

商人が武器や毒物を持っていないかチェックをされて部屋へと通されるまでの間、モットは出来るだけ商品にアンリエッタが気を魅かれないようにする為、別の話題を飛ばす。外だけならばともかく、あの書物の中身を女性に見られるのは非常にまずいのだ。チュレンヌの話を聞いた後ならば、なおさらである。

 

「そういえばアンリエッタ様……貴族を倒した平民というのはいったい、どんな男だったのですかな?」

 

「男ではありませんわ、モット伯。なんでも倒した相手は小さな少女だったそうですよ。」

 

「……失礼、何と?」

 

基本的に戦う人間は貴族平民問わず男だ。それだけのことができるのならば、屈強なメイジ殺しだろうと思っていた彼の考えは、アンリエッタの言葉によってあっさり覆された。

 

「とてもかわいらしい、酒場の衣装を身に着けた女のメイジだったそうです。なんでも胸がとっても大きくて――」

 

そう語るアンリエッタの話の途中に、ドアがノックされる。

 

「お取込み中失礼します。件の商人をお連れしました。」

 

「お通ししてあげて。」

 

扉が開かれると、四角い形をした、様々な品を詰め込めそうな商人用のカバンを持ち、フードを浅くかぶっていた女性がアンリエッタとモットの前に現れた。その女性の胸は頭よりも大きく、思わずモットが生唾を飲みこむ。二人の前で俯いたままに恭しい態度で商人は膝をつくと、招待の礼を述べるだけに留まり、それ以上のことはせずに相手の指示を待っていた。

 

「そうそう、先ほどお話していたメイジもこれくらいの胸を持つ女の子らしいですわ。商人さん、よろしければお顔を見せて頂けるかしら?」

 

「ふむ……姫殿下の命令である。フードを取っておもてを上げよ。」

 

「あら、この子もその噂のメイジと同じうすい桃色ががった金髪をして……え?」

 

女商人がフードを外すと、アンリエッタの息が止まった。

 

「ルイズ……?」

 

「姫様……どうしてここに。」

 

かくして歴史はまたどこかでかけ違われ、本来とは異なる道を歩み始める。




たわわなルイス
羽やら尾やらのオプションをオミット。性欲のタガもオミット。
アニメの世界線後に近いところから来た、作者の好き放題に魔改造された上人を選ぶニッチな胸になってるほぼオリ主状態のルイズ。

【挿絵表示】

虚無サイズの精神力のままに地球知識を持つせいで錬金やらのバリエーションと弾数が非常に豊富。
今更ですがもとの話の頃も最初はジャネットで済ませたかったものの、彼女ではいろいろと乳を含めてスペックに無理があって……。
アニメルイズなので酒場でやる気を出してもいないし、知識がちぐはぐでルイズたちの常識と一致していないことがある。
この乳でどうやってルイズを抱きかかえたりできるのかは不明。文字の世界だからね仕方ないね。

はわわなルイズ
振り回され具合増加。くやしいでもビクンビクン。基本的に小説の世界線で生きているけど、これから先がどう歪むかは不明。平たく、自慰すら経験不足と愛に飢えているせいでエロ漫画や抜きゲークラスに体がちょろい。

チュレンヌ
まさかのチュートリアルボス。上位の権力を持つルイズに出会わなかったために悪徳貴族っぷりが増した。蹴り上げられたのはジェシカの初めてがもしこいつに取られてたら嫌だなという私の勝手な想像のせい。

アンリエッタ
出番早すぎ問題。フーケすらつかまってないよ?

モット伯
アニオリキャラだけどこういうポジションのキャラは存在自体はしていると思われるので、土地含めて好き勝手にいじられ登場。
アンリエッタが帰還するまでに立ち寄り休息をとる宿のひとつへ。

フーケ
土の系統を用いる大それた悪事はだいたいこいつのせいになる。

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