戦争は地獄だが技術発展の礎となったのは皮肉にも戦争だ。
人間以外の動物に文明が無いのはそういった組織的で大きな戦争がなかったからではないか?
-私の友人との雑談の中で友人が言った言葉(引用の許可は取得済み)
1971年5月16日。
モンゴル軍と日本軍はジャウフへの攻勢を開始。
ジャウフでの戦闘ではモンゴル軍の騎兵部隊が大活躍し、ジャウフ市内の要所を確保。
あとは日本軍が戦闘ヘリ、毒ガス、ロケット弾を用いて市街地に潜む敵を殲滅するのみとなった。
しかし、リビア反乱軍は非文明的な武器を使いながらも、激しいゲリラ戦を展開。
これに対して、日本軍はジャウフ市内の建物全てに毒ガスやクラスター手榴弾を投入し、ゲリラのあぶり出しを行った。
結果的に1971年6月1日にジャウフの反乱勢力は全滅。
連合国軍は全兵力を欧州に向けられるようになった。
これを受け、リビアでの作戦が完了した日本軍はベイダーからシチリア島経由でフランス南部の都市カンヌへの上陸作戦を開始。
オーストリア=ハンガリー帝国軍やイタリア連邦軍と合流し、パリを目指して北進を開始した。
同時に大西洋に停泊していたアメリカ海軍の空母艦隊から3000機以上のA-4スカイホークが出撃。
パリへの大規模空襲を開始した。
この爆撃には他にロシア空軍、イタリア連邦空軍、インド連邦空軍、オスマン帝国空軍、サウジアラビア空軍、ベトナム空軍、インドネシア空軍、オーストリア=ハンガリー帝国空軍、東ドイツ空軍、オーストラリア連邦空軍、ニュージーランド空軍、モロッコ海軍航空隊、イギリス空軍の13か国が参加するという最も大規模な空襲となった。
さらに、この爆撃により、エッフェル塔が倒壊。
多くの市民が犠牲となった。
結果的にパリは壊滅。
フランス各地で反政府運動が起きた。
そして、1971年8月13日。
連合国軍がパリ市内に突入。
俺は田舎育ちで都市を見たことがなかった。
なぜ、俺が見るまで残っていてくれなかったんだ?
-とあるフランス兵
1971年9月11日
パリ シテ=フロラル
リズロン通りを進軍してきた日本軍機甲師団はフランス軍のゲリラ戦術に悩まされている米軍を救助するため、市内の建物を全て爆破した。
この結果、建物に逃げ込んだゲリラ兵は瓦礫に押しつぶされる形で死亡した。
その後、日本軍はジャヴェルから侵攻してきた連合軍と合流。
そのまま、フランス軍の司令部があるノートルダム大聖堂へ進軍を開始した。
連合軍はパリに毒ガスをばらまきながら侵攻し、11月13日についにノートルダム大聖堂へ突撃。
激しい白兵戦の末、11月14日午後1時13分49秒にノートルダム大聖堂は陥落し、フランス軍は完全に壊滅した。
同時に民主派によるクーデターが発生し、フランス共産党幹部は全員処刑された。
その後、クーデター勢力により、無条件降伏が宣言された。
次話で茶番みたいなことをします。誰を出しますか?
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スターリン
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知らないおじさん
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隣の町田さん