1939年9月1日
オーストリア=ハンガリー帝国 ボヘミア王国 プラハホール
ホルティ=ミクローシュ視点
ボヘミア王国の都市であるプラハでは、第五回東西民族会議(第五回主要民族会議)が行われていた。
「では、第五回東西民族会議を始めさせていただきます。今回の議題はイタリア王冠領の設置についてです。3分間の時間をあげますので、各自、賛成か反対かを決めてください。」
私はそういって、近くの人と意見を出し合うことにした。
「あなたは今回の議題についてどう思いますか?」
「私は賛成です。しかし、イタリア連邦との国境を解放したほうがよいかと。」
「私も賛成だ。イタリア北部は現在、オーストリア帝冠領とされているが、イタリア人はゲルマン民族でもなければ、マジャール人でもない。我が国は多民族国家だ。イタリア王冠領の設置は重要と考える。」
2分後・・・
「3分経ちましたので、ケツを採ります。賛成の方はいますか? 1.2.3.4.5.6.7.8.9··· 22人。 反対の方はいますか? 1.2.3.4.5.6.7.8.9··· 10人。賛成が多数となりましたので、イタリア王冠領の設置を可決しました。」
こうして、イタリア王冠領の設置が可決された。
その頃、エカテリンブルグでは···
エカテリンブルグの飛行場では、米軍のB-29と日本軍の零戦が並んでいた。
その中に、日本軍の将校の軍服を着た者がいた。
坂井三郎である。
彼は大日本帝国海軍第一航空隊の指揮官だったが、軍部からの命令で日米合同防空軍の総司令官に就任した。
そんな彼の元に一人の兵士が駆け寄ってきた。
「司令官! 連合艦隊より入電! 我、マダガスカル沖にて、ドイツ海軍を発見。」
「そうか。では、これから、ドイツ占領下のトブルクに対する空爆を行う。海軍航空隊はB-29の護衛を行え。」
「了解!」
その後、大量のB-29と零戦が飛び立っていった。
その後、日米合同防空軍は途中でオーストリア=ハンガリー帝国空軍と合流。
トブルクを目指した。
2時間後、トブルクへの空爆は成功し、ドイツ軍の中東侵攻は回避された。
その頃、南米では···
南米では、パラグアイ共和国が隣国であるボリビア多民族国に宣戦布告。
ボリビアに独立保障を掛けていたブラジル連邦共和国がパラグアイに宣戦布告。
さらに、アルゼンチン、ウルグアイ、チリ、コロンビア、ベネズエラ、ペルーがパラグアイに宣戦布告。
南米での権益を得ようと考えたアメリカ合衆国、大日本帝国、ロシア連邦、オーストリア=ハンガリー帝国、インドネシア共和国、ベトナム共和国がパラグアイに宣戦布告。
このように、宣戦布告の嵐は一週間ほど続いた。
しかし、パラグアイ軍はゲリラ戦術で13日間ほど耐えた。
だが、戦争の流れは変えられず、1939年9月21日にパラグアイ共和国は無条件降伏を宣言した。
戦後、パラグアイはパラグアイ川を境にボリビアとブラジルに分割されることとなった。