その様なことを日本の総理がおっしゃっていましたが、第一次世界大戦で祖国が滅んでしまったのは愛国心が足りなかったからでしょう。
-ジュリオ=アンドレオッティ
1972年12月10日。
日本では第33回衆議院議員総選挙が行われ、自由民主党と国家自由連合による連立政権が成立。
これにより、政治面で大きな改革が行われた。
まず、道路法の改正と戦時港湾法、インフラ計画法の制定である。
これにより、道路について、高速自動車道、国道、県道などの規定がはっきりとし、戦時におけるインフラの扱いもはっきりとした。
当時のニュース(抜粋)
「サニーニュース。朝の放送です。本日、道路法の改正及び戦時港湾法、インフラ計画法が国会にて可決されました。これにより、国内のインフラに関する法律整備が完全に完了しました。」
翌年の5月6日には田中内閣が南西諸島鉄道計画を発表。
これは、沖縄と台湾の間にいくつかの人工島を作り、海底トンネルで台湾まで鉄道を敷くというもので、最終的にはアラブ連邦と協力し、インド経由でテルアビブまで鉄道を伸ばす。
しかし、欧州情勢は不安定であった。
カタルーニャ赤軍の鎮圧に成功したカタルーニャ共和国が突如、アラゴン共和国に侵攻したのだ。
これを受け、アラゴン共和国と同盟を結んでいた西アフリカ連邦がカタルーニャ共和国に宣戦布告。
イベリア戦争が勃発した。
カタルーニャ軍は早速、ヒナステへの侵攻を開始。
ヒナステでの戦闘では、まともな航空戦力を持たないアラゴン軍に対し、カタルーニャ軍は戦闘ヘリ、ジェット戦闘機、ジェット戦略爆撃機をフル活用し、サラゴサを徹底的に爆撃した。
これにより、西アフリカ連邦軍の支援が来る前にアラゴン共和国は壊滅状態となった。
しかし、西アフリカ連邦軍によるバルセロナへの上陸作戦が成功。
カタルーニャ軍は劣勢となった。
西アフリカ連邦軍は各地でカタルーニャ軍を包囲・殲滅した。
さらに、西アフリカ連邦空軍によるマリーサへの原爆投下により、中央政府の機能が壊滅。
カタルーニャ共和国は無条件降伏を宣言した。
その後に結ばれた講和条約<アルジェ条約>により、カタルーニャ共和国はバルセロナ共和国、ジローナ共和国、タラゴナ共和国、南リェイダ国、北リェイダ連邦に分裂した。
さらに、バルセロナは西アフリカ連邦の統治下に置かれた。
カタルーニャ共和国の復興はもはや不可能だろう。
その頃、アメリカでは、携帯ゲーム機<green poster>が発売された。
green posterは第一世代型ゲーム機の一つであり、2021年現在でも一部の人に愛用されている。
日本でもドラゴンスターズなどのアドベンチャーゲームで有名になった。
次話で茶番みたいなことをします。誰を出しますか?
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スターリン
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知らないおじさん
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隣の町田さん