-ネルソン=マンデラ
1973年1月6日。
南アフリカ共和国の首都の一つであるプレトリアにて国家社会主義を掲げるアフリカ自由人民政府が蜂起。
第二次ボーア戦争が始まった。
これを受け、モロッコに駐留している日本軍が即時待機状態となった。
さらに、ナミビア共和国も南アフリカ共和国との国境に部隊を展開。
自由人民政府軍は早速、ヨハネスブルグへ侵攻を開始。
これを受け、大日本帝国とナミビア共和国がアフリカ自由人民政府へ宣戦布告。
日本海軍の連合艦隊が南アフリカに出撃した。
日本海軍は早速、大和による自由人民政府軍占領下のダーバンへの艦砲射撃を開始。
同時に32式戦車200両、歩兵20個師団による上陸を開始。
しかし、自由人民政府軍は激しいゲリラ戦を行い、上陸してきた日本軍を苦しめた。
これを受け、日本軍はジェット戦略爆撃機<富嶽2型>300機によるダーバンへの大規模空襲を実施。
これにより、地上にいた自由人民政府軍の兵士は殆どが死亡。
一部は下水道などの地下施設に逃げ込んだ。
これに対して、日本軍は地下鉄や下水道など全ての地下施設に毒ガス、ダイナマイトを投入。
出てきた兵士には火炎放射器などで対抗した。
その頃、日本軍は自由人民政府軍占領下のヨハネスブルグへの空挺作戦を開始。
ヨハネスブルグの空には多数の戦闘ヘリコプターや爆撃機、爆撃機があった。
アフリカの空には苦しみと悲しみがあった。
我々にはどうすることもできなかった。
-南アフリカ共和国軍第32大隊隊長
日本軍による空挺降下を確認した後、南アフリカ軍はプレトリアへの大攻勢を開始。
日本軍は一つ一つの建物を爆破しながら前進し、1973年5月1日に南アフリカ軍歩兵部隊と日本軍戦車隊がユニオンビルに突入。
しかし、自由人民政府軍が激しいゲリラ戦を行ったため、日本軍は32式戦車でユニオンビルを砲撃。
ユニオンビルは倒壊し、中にいたゲリラ兵は全滅した。
その後も、自由人民政府軍は各地で強い抵抗を続けたが、1973年9月18日にすべての部隊が降伏。
第二次ボーア戦争は政府軍の勝利によって終結した。
しかし、国土は内戦の影響で焦土化し、国民のほとんどが家や職を失った。
さらに、南アフリカ共和国政府を見限った各地の勢力が共和国を離脱。
エスワティニ王国、ズールー共和国、コサ共和国、プレトリア緊急委員会、ケープタウン赤軍司令部、アフリカ黒衛軍、アフリカーナー中央委員会などに分裂した。
もはや、南アフリカ共和国の復興は不可能だろう。
次話で茶番みたいなことをします。誰を出しますか?
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スターリン
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知らないおじさん
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隣の町田さん