pass:*********
認証しました。ようこそ。帝国情報データベースへ。
閲覧するファイルを入力してください。
file:1974-5-6.exe
ファイルを開いています。
表示します・・・
1974年5月6日。
日本列島には衝撃が走った。
「臨時ニュースをお伝えします。臨時ニュースをお伝えします。国防省特務室午前3時発表。本6日昼頃、北九州炭鉱、筑豊炭田の労働者が大規模蜂起を開始しました。また、北海道での蜂起の可能性があり、札幌に軍隊が配置されました。」
何と、九州で一部の労働者が蜂起したのだ。
国防省 3階
司令室
「状況は?」
「はい。九州の炭鉱の労働者が決起。西日本でも決起の可能性があります。現在、確認されている勢力は四国赤軍、長崎評議会、鹿児島人民軍です。」
「すぐに陸軍を出撃させろ。武器使用を許可する。」
「了解!」
1974年5月7日。
本土に駐留している日本軍部隊に対し、出動命令が発令された。
「帝国軍全軍に告ぐ。歯を食いしばって塹壕を掘り、向かってくる元同胞を撃ち殺せ。腐った腕を切り落とせ。」
まず、日本軍は四国へ侵攻を開始。
四国赤軍は激しいゲリラ戦を行ったが、日本軍は建物に毒ガスなどを投入。
香川県の赤軍部隊はわずか2日で全滅した。
その後、日本軍機甲師団が愛媛に進軍を開始。
その頃、アメリカでは・・・
ワシントンD.C. ホワイトハウス
ここでは、ニクソン大統領とその秘書が話しあっていた。
「大統領閣下。極東に赤の脅威が生まれることは我が国の安全保障上問題です。直ちに参戦するべきではないでしょうか?」
「だが、それは内政干渉になるのではないか?」
「大統領閣下。米日同盟の規定には日本政府の脅威となる存在を排除するとありますが、この規定は現在の日本の状況に当てはまるのではないでしょうか?」
「・・・わかった。在日米軍を経由して日本の国防省に連絡してくれ。貴国の安全のため、合衆国政府は反乱鎮圧に参加する準備はできていると。」
「了解!」
その後、アメリカ海兵隊は沖縄を出撃し、赤軍占領下の長崎に侵攻。
赤軍部隊は火炎瓶や機関銃、投石器で対抗したが、日本軍のジェット戦略爆撃機<富嶽改>による絨毯爆撃により壊滅した。
その3日後の1974年5月20日に反乱軍は全て降伏。
反乱軍の司令官は裁判にかけられ、国家内乱罪により死刑判決が出た。
2日後に刑が執行された。
処刑方法はピアノ線による絞首であり、1937年の三月事件の際にリーダー格を処刑するときに初めて使われた。
以降、ピアノ線による絞首は日本では反逆者に対する処刑方法として一般的となっている(2013年11月13日に国連の勧告により廃止され、現在では電気椅子による処刑が一般的)。
日本政府の脅威となる存在を排除する
日米同盟の規定の一つ。
米国はこれを理由に五・一五事件の際に日本軍とともに反乱鎮圧にあたった。
次話で茶番みたいなことをします。誰を出しますか?
-
スターリン
-
知らないおじさん
-
隣の町田さん