1978年6月10日。
日米ロ華英印からなるモスクワ守備隊は南から侵攻してきたオーストリア=ハンガリー帝国軍と衝突。
モスクワの戦いが始まった。
ロシア軍はライオンヤセネヴォから進軍してきたオーストリア軍に対し、大規模なゲリラ戦を展開。
日本軍はジェット戦闘機<夜桜>を用いて、後方のオーストリア軍陣地に対して大規模な爆撃を敢行。
後方陣地は大混乱に陥った。
同時にトルコ軍がアメリカ軍の支援を受けつつ、バルカン半島に侵攻を開始した。
これにより、オーストリア軍はロシア戦線からの配置換えを強いられ、ロシア戦線の部隊は大きく減少。
これを受け、連合軍は反攻作戦<トド作戦>を実行。
日本軍はジェット戦略爆撃機をもって南部地域を爆撃。
南部地域への空爆の後、ウェストモーランド将軍率いる機甲師団は進撃を開始。
モスクワの解放を目指した。
最終的にオーストリア軍はロゴヴォにまで押し戻された。
しかし、この頃になると、オーストリア軍の援軍が到着。
戦線は再び膠着状態となった。
しかし、衝撃の出来事が起きた。
ボヘミア王国で現地住民が蜂起。
チェコ=スロバキア連邦の建国を宣言したのだ。
これにより、オーストリア軍は本国とロシア戦線の補給線を断たれ、後退を開始した。
しかし、バルカン戦線ではオーストリア軍が優勢であり、トルコ軍をバルカン半島から追い出し、アナトリア半島へ逆侵攻を開始。
すでに、アンカラまで30キロの地点まで迫っていた。
結果、トルコ共和国は1978年6月25日に降伏。
オーストリア軍はアラブ連邦への侵攻を開始した。
アラブ連邦 中央アラビア州
イラク連邦軍管区 ザーホー
アラブ連邦軍、大日本帝国軍、アメリカ軍、イギリス軍、トルコ解放政府は中央アラビア州イラク連邦軍管区最北端の街ザーホーで北から侵攻してきたオーストリア軍と衝突。
ザーホーの戦いが始まった。
この戦いでは大量の塩素ガスやイペリット、ホスゲンガスが使用され、両軍に多数の死者が出た。
しかし、オーストリア軍はアラブ方面に大軍を配置し、戦線は膠着状態となった。
そんな中、衝撃の出来事が起きた。
オーストリア=ハンガリー帝国の属国であるイタリア連邦で独立勢力が蜂起したのだ。
独立勢力はわずか4日でイタリア連邦領土を掌握。
イタリア共和国が成立した。
イタリア共和国はデトロイト条約機構に加盟し、オーストリア=ハンガリー帝国に宣戦布告。
これにより、アラブ方面のオーストリア軍はイタリア共和国空軍の爆撃機の攻撃にさらされることとなり、アラブ方面のオーストリア軍は大混乱に陥った。
しかし、その裏ではインドに脅威が迫っていた。
トルコ解放政府
トルコ共和国がオーストリア=ハンガリー帝国に降伏した後にデリーに建てられたトルコ共和国亡命政府。
次話で茶番みたいなことをします。誰を出しますか?
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スターリン
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知らないおじさん
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隣の町田さん