おやつ程度にどうぞ。
「ラッキー」
大量に更新された大学の休講情報と時間割を照らし合わせ、今日は全休だと確認してベランダに出た。空を見上げると、ずっしりと重い灰色の雲が広がっていた。はらはらと降る雪が目に入りそうになって目を閉じた。まぶたに一瞬、氷の冷たさを感じ、常温の水となった。じめっとした、体に張り付く湿気はどこかへ行き、コートを必要とする寒さを感じる。町は雪と明るさ以外に変わったところはない。牡丹雪ではないから、積もることはなさそうだ。
今年の太陽は例年に増し夏前から猛威を振るい、世間は地球温暖化だの異常気象だの好き勝手騒いでいた。気温が急激に下がったのは4日ほど前だった。35℃が当たり前だったそれまでとうって変わって、突如として25℃前後に落ち込んだ。世間は夏の休日と喜び、気象予報士は次の日からは気温が戻ると言った。
その予報を尻目に、気温は下がり続けた。18℃、12℃、7℃、3℃と。私がこのコートを取り出したのは一昨日のことだった。
特にあてもなく町を徘徊する。数年前、次々と閉店し、シャッター街となった商店街にハラハラと舞う季節外れの雪は、以外と悪くない。
「やあ、西ちゃん!」八百屋のおばちゃんが私を呼ぶ。「変な天気だねぇ」
「そうですね。雪降ってますよ。異常です、異常」
「あんた、よく外でられるね。あたしゃ不気味で肌に当てたくないわ」
両手で腕をさすって寒さを表現する。
「こんなこと、今後絶対味わえないので。この気候、八百屋さんからすると大変でしょう」
「まあねぇ。人と同じで気温変動に弱いからねぇ。どうだい、価格高騰する前に」
大きく、立派なキャベツをポンポンと叩く。
「あいにく、持ち合わせがないもので。」
「あら、そうなの?そりゃ残念」
ではまた、と手を振って別れ、徘徊を再開した。
ここらでは冬ですら滅多に雪が降らない。1年に1度、あるかないかだ。その1日が7月にやってきたのだ、ここらの住人が気味悪がらないわけがない。家からここまで、約1キロ歩いてきたが、ほとんど人を見なかった。商店街の多くが閉店し、シャッター街となってはいるものの、ここまで人を見ないことはあまりない。今日の異常性はここからも感じられた。
「雪だー」
子供が1人私の横を通り抜けて行った。ようやく日常に触れられて、少しホッとした。
「待ちなさい!危ないでしょ!」
母親が追いかけ、キツイ口調で子供を制する。子供は渋々といった表情で足を止め、母親の持つ傘の下に引き込まれた。
気象庁の観測も、触れた時の冷たさも、冷たく澄んだ空気も、すべて降雪だと裏付けている。しかし、夏は暑いもので、雪は冬のものだという固定観念が、降る雪を雪ではないと否定してしまう。そうなると、降り注ぐ白い雪は得体の知れないものとなり、恐ろしい存在に変わる。仕方ないが、こうして人の少ない街を歩くのも面白い。深夜に外に出るのとはまた違う趣がある。
「…………ここは」
少し弧を描いた商店街の道が、錆びれた看板を機に途切れていた。ふらふらと歩いている間に随分と商店街の奥に来てしまったようだ。看板には大きく「ありがとうございました!」と書かれている。しかしその文字も日に焼け、汚れた文字の淵から辛うじて読み取れるほど白く変色していた。
小さなころの活発な商店街ですら、滅多にこの看板を見ることはなかった。途中で用事が済み、引き返してしまうからだ。この先は小さくはあるが林になる。特別な何かが生息するわけでもないので、尚更くることはなかった。
「懐かしいなぁ……」
たった数回しか見たことのない、終点の看板をくぐり、林を見上げる。目の前に緑が広がると同時に、林を越えた先に見える巨大ショッピングモールの看板がそびえ立っていることに気づいた。
こんな田舎に東京ドーム4つ分の面積を用意し、隣町に二階建ての超巨大ショッピングモールが5年前に完成した。初めは個人商店や町のスーパーが猛抗議を繰り返し、ショッピングモール建設に反対していたが、そんな過去があったことを忘れてしまうほど、今では地域に根付いている。完成してしまえば反対を表明していた住民も便利さに懐柔されていった。しかし、こだわりを持つ一部住民がいまだに通う小さなスーパーもあり、彼らの心配は杞憂に終わったとされたが、最も大きな影響を受けたのは商店街だった。ショッピングモール完成当初はセールなどを積極的に行い、客足の維持を試みたが、便利さに敵わず次から次へとシャッターを下ろし、商店街はシャッター街へと成り下がった。今でも生き残り、住民が通う店は残るが、数は両手指で足りるほどしかない。
「……帰ろ」
急に世界からおいて行かれる恐怖に駆られ、きびすを返す。再び寂れた商店街を歩く。ここは私が生まれ育った場所であり、きっと私がいつか死ぬように、一緒に過ごしたこの場所もいつかなくなってしまう。あのショッピングセンターができたことでその「いつか」が少し早まったのだろう。そして、隣町に意識が行くことで、私が商店街の終点を忘れていたように、この町は忘れ去られていく。きっとこの異常気象がなければ、何一つ疑問を抱かず大学へ行き、決して思い出すことなく時間が流れていただろう。それが良いのか、悪いのか、どちらでもないのか、さして興味のない問いではあるが、こんなにノスタルジックになることはなかった。同時にこうして現状に触れることもなかったんだ。
空を見上げると雪は大きくなっていた。きっと明日には止み、もう見ることはないだろう。なぜかそう感じた。そして、今日の虚無感と孤独感はこの雪が溶けてなくなるように、時間の流れに呑まれ消えてしまうのだろう。
オチはないです。日常の中に非日常が紛れ込んだら、普段は隠れている何かに目が向くのではないかと思って書きました。
5〜6年前に書いたものです。今より文章が書けてること、処女作だったこと、思い入れがあること、以上の理由で掘り返して投稿しました。いわゆるテスト投稿です。
長編を書くことができない(完成させられない)ので、こういった日常でふと思う超短編を書いていけたらと思っています。