提督さんの趣味 作:サケノミ
頭の中で思い描いた料理をテーマにするのでほんときまぐれになります
色々あって、もう一時間ぐらいだろう。ずっとにらめっこを続けている……鍋と。
書類と睨めっこしろ、とか仕事しろ、とか言われそうだが、きちんと業務を終わらせての事なので問題ない、と誰か知らない相手に言い訳しておく。
現在、私の執務室にあるシステムキッチンにて、鰹出汁と昆布出汁を引いている。まぁまずなんでシステムキッチンなんぞあるのだ、と言われそうだが、丸ごとバーに変えていたり、何故かブリティッシュで豪華なスイーツスタンドを置いていたり、挙句の果てには檜風呂やら床全部を砂浜にして屋台を置いてたりなど、なんでもアリなの所もあるのでむしろ普通なぐらいだ。前に横浜に行った時、執務室が夏祭り会場になっていた時は流石横鎮だと訳の分からない納得をしたものだ。
それはさておき。
なぜ、そもそも出汁を引いているのかと言えば、鳳翔さんに頼まれたからだ。現在、私がいる呉鎮守府には複数の提督がいるが、それぞれに専用の棟が振り分けられており、土地に関しても海に面する港から住宅街までほぼ軍の管轄地、という超巨大なエリアが作られている。
そんな中、お母さん属性の強い艦娘などは料亭やら居酒屋やらを趣味でやっている事も多く、戦う艦娘のイメージアップの要因として軍も認可している。軍の人間は当然息抜きで酒を飲みたくなる、それもそうだ、ただでさえ海を封じられている現状、閉じ込めた感情は良い物にならない。
だから、ストレス発散の場としてそういった場所が増え、こじんまりとした店構えだが、人の入りは多いのだ。アルバイトや手伝いで他の艦娘が働いていたりするので、それぞれの店に看板娘がいて、繁盛という訳だ。
再び話を戻すが、どうやら鳳翔さんは出汁を引く時間が無かったようで、時間が余った私が引き受けたという訳だ。
『お手数おかけして申し訳ありません。でも、提督さんのお出汁は美味しいですから助かります…………最近は他のお店にも足を運んでいないようですし、いつでも来てくれていいんですよ? お顔を見ないのは少し寂しく思います』
などと、いい具合に殺し文句を言われてしまったので今度足を運ばなければなるまい。
「しっつれいしまーす」
ふと、ノックの後にそんな声が聞こえた。入って来たのはラバウルから支援派遣されている鈴谷。彼女の様に他方の鎮守府から派遣される艦娘は多く、理由としては、攻略、偵察したい海域に必要な編成にどうしても足りない穴を埋める為だ。今回は遠方のラバウルの提督に頼んだ所、快く引き受けてくれた。
「……あれ、提督ぅ、何してんの? ……おっ、綺麗な出汁だねー、お上手」
覗き込んだ鈴谷は、私が引いた、しっとりとした黄金色の鰹出汁と、昆布出汁を見て手を叩く。どうやら彼女は、見た目はギャルだが相当にグルメらしく、かなり舌が肥えている。大衆食から高級な所まで、貰った俸禄で食べ歩くのが趣味らしい。作るのは専門外らしいが、それでも見ただけで良さがわかるのは流石と言える。今回の出汁は個人的にも百点だ。
「こっちは鰹出汁だけど、この色は……羅臼昆布かな?」
「そこまで分かるか」
「まぁね~……って言っても、最近入り浸ってた所で取ってた出汁見て覚えたんだけどね」
「入り浸ってた?」
「うん。ラバウルって大きい鎮守府は私の所だけなんだけど、もう一個、海沿いの崖に面した所にも観測所みたいな感じであってさ。そこの提督が作るご飯がまた美味しくて通っちゃうんだよね~」
「もう一つの……あぁ、あそこか」
鈴谷が言うのは、観測基地の事だろう。確かに一時話題になった。どうやら随分と妖精さんに愛されているのか、建造では正規空母の瑞鶴を建造し、普通であれば、大型建造用の施設が無ければ現れない武蔵を呼び出したりと、時の人になったのだ。
それ以外にも、一人でありながら一騎当千である神通や、秋月型に負けないほどの対空の鬼と言われたヴェールヌイ、轟沈寸前で助かったものの、艤装が展開出来ず左遷された比叡と、思い返せば結構イロモノである。
「気が合いそうだな」
「そだね~、お酒の数も多いし、小さい基地にしては相当だと思うよ。まぁ流石に呉の提督さんには場所的に負けちゃうけど、遜色ないのは凄いと思う」
「それは普通にすごいな。ラバウルともなれば空輸で関税も多く取られるだろうに。趣味も突き詰めれば、というやつか」
「実際、建物改装した後はお店の設備も出来てるし、海外視察とかに行った人の接待で使われてるみたいだよ?」
「もうどっちが仕事か分からんなそれ」
「まぁ、辞めても後々は安泰だろうね~」
世間話をしつつ、しっかりと濾して完成。ついでだからと仕込んだ方もいい塩梅だ。
「な~に作ってんの?」
覗き込んだ鈴谷の先にある鍋にはニンジン、ジャガイモ、タマネギ、白滝、豚小間肉、そして出汁とくれば答えは一つしかない。
「肉じゃが」
「ほほぅ、味見役は任せろー! バクバク」
「やめなさい」
本当に横にある菜箸でつまみ食いするんだからタチ悪い。まだ仕上げてないっていうのに。まぁ、味付けは既に整っているので彩りをよくするだけなのだが。
「そっちに座って待ってなさい」
「ほーい」
大人しく座った鈴谷を見て、器に盛りつける。白滝の白濁した色が茶色に変化しているのが実に食欲をそそる。
キュウリと白菜の浅漬けと共にテーブルに並べた後は、冷蔵庫から取り出したのは大湊から送られてきた田酒だ。こいつは青森で作られている酒だが、使われている米は基本的に青森のブランド米しかない。なので全国的に見ても出回る数が少ない物が多く、今や田舎の酒は日本どころか世界に評価されている。
そんな田酒の中でも、挑戦的に、敢えて兵庫の酒米である山田錦を加えたこいつは出回る数は非常に少ない。青森と兵庫、遠い土地同士で結ばれたこの酒は、複雑さはなく、ただシンプルなまでに研ぎ澄まされている。この鈴谷がこれを見て、頷いているのは完成度の高さの証とも言える。
彩りにさやいんげんと白髪ねぎを添えて、キリっと冷やした酒を注ぎ入れた。ほんのりと、とろみがあるように見えるソレを鈴谷に掲げて、一口飲む。
日本酒というのは不思議な事に、米が主体であるにも関わらず、梨、桃といった瑞々しい果物の香りがする。その中でも、飲み込んだ際に感じるアルコール臭さが少なく、喉を通り抜けた際に、水の様なミネラル感が如何に違和感無く通り過ぎるかどうかが完成度の違いだと個人的に思う。
そう考えるとこいつは確かにアタリだ。水が美味い青森だ、日本酒が不味い訳がない。加えて最近では特Aランクにまで登り詰めた青天の霹靂などの活躍も目覚ましい。特A級の米がどれだけすごいのかを表現する基準として、魚沼のコシヒカリが常にランクインしている事からも、青天の霹靂の素晴らしさが分かりやすく伝わると思う。
「うーん、この肉じゃが、酒に合うように濃いめにしてるけど、醤油は少なめで塩で調整してるんだね。やっぱりメインは出汁なんだ?」
「まぁな。醤油は便利だが、酒に合うにはやはり濃いめの味付けになってしまう。だがこの日本酒に合わせるのなら、塩で少し整える程度で十分だ。繊細な出汁には繊細な酒でちょうどいい」
「まぁ、逆に癖があるなら安いお酒の方が生臭さとか荒さを消してくれるから、そこはやっぱりマリアージュの見せどころだね~」
ほふほふ、とじゃがいもの熱を逃がしながら噛みしめる。じんわりと染みた汁がじゃがいもの甘さと混ざって実に良い。白滝なんてそうめんの様に啜って食いたくなるぐらいだ。
口の中で塩分が濃くなったら日本酒で流す。これを繰り返せば、盃と器の中身はあっという間に消え去った。
「ふぅ、ごちそうさま。それじゃね~」
「食うだけ食って片づけないのか……」
まあ、その方がらしいと言える。はてさて、次回は洋食でも作ってみるとしようか。
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