千子村正編です
「えっ……千子村正が召喚された……?」
まだ本当の意味でアルトリア・キャスターと出会っていない藤丸立香が告げた言葉はアルトリアにとって豆鉄砲をくらったも同然の言葉だった。
「そ!私にとっては下総でお世話になったおじいちゃん!……なんだけど……」
「どうしたんです?」
「んーこの感覚は私と武蔵ちゃんと小太郎しかわからないからなぁ……」
「?」
おそらくアルトリアに話しても共感を得られないと判断して歯切れを悪くしているのだろう。
だって立香は「アルトリア・キャスターが千子村正のことを知っている」ことを知らないのだから。
彼女にとって隠された感情は嘘であろうとなかろうと事実として映し出されるので意味のないことなのだが。
「まぁいっか!能力とか確認したらアルトリアの魔術と相性がいいみたいだから今後も編成で一緒になるかもしれないから挨拶しにいこっか」
「はい!わかりました!」
少し。ほんの少しだけ声を弾ませながら彼女はマスターについていく。
彼には感謝仕切っても仕切れないほどの恩がある。
例え時間軸が関係ない英霊の座とはいえ、記憶は記録にしかならない。
一部は例外もあるみたいだが、今回がそうとは限らない。
きっと彼は覚えていないだろう。未来のことを覚えていないとは不思議なものだがそういうしかない。
彼女だって、「あの子」じゃない。
それでもいいのだ。彼にもう一度会える。それだけで十分だ。またお互い初めましてから始めればいいのだ。
なんてほんの数分前まで思っていた自分を現実はそう甘くないぞ忘れたのかと蹴っ飛ばしたくなった。
でもこんなことあるなんて思うわけないじゃないか。
「彼」が自分より随分と幼い「少女」として現界するなんて。
「セイバー、千子村正。何が何やら召喚されればこんな姿。見てくれはこんなだが爺だ。よろしくな嬢ちゃん」
いや知っていた。知ってはいたのだ。
一部の英霊は何故か男性であろうと少女として召喚されることがあると。
しかしその一部の英霊とは英霊エミヤに属するものだけ。つまりエミヤとエミヤ・オルタだけだった(なお彼女は知らないがアンリマユという英霊もまた少女として召喚されている)
だから彼女は当たり前のように彼は彼のまま召喚されると思っていたのだ。
こんなサプライズは聞いてないし望んでいない。
「おい、嬢ちゃん。なに呆けたツラしてんだ」
「あっ…いえ!なんでもありません!アルトリア・キャスターといいます。これからよろしくお願いします」
そう言って挨拶をする。
改めてみるとすんごい見た目してるな、なんて思ってしまう。
背丈は自分より50cm位小さい。顔立ちもあの村正だとわかる程度には面影がある。元々彼は童顔だったから小さい少女となった今、それがプラスになっているように感じる。認めたくないけどまぁ可愛い方だと思う。
髪はロングのままおろしていてめちゃくちゃ長い。
腰を裕に超えるほどの長さだ。
そして本題のすんごい見た目の8割を占めるであろう格好。
ほぼ半裸。アルトリアのよく知る村正と全く同じ格好である。しいていうなら胸元に包帯(のちにマスターから聞いたところサラシというものだと知った)巻いてるくらいで、赤の産籠手に黒のズボンのようなもの、あとは持っているだけの白い羽織。つまりは露出がえぐいのだ。
「……ねぇ立香。この人最初からこんな格好してるの?」
「へ?あ……言いたいことはわかるけどそうだよ。召喚したばっかりだし」
「なんでい。なんか文句あんのか」
文句ではないけど言いたいことはある。
仮にも少女として現界してるのにその格好はいかがなものかと。
「というか……村正…さんは男性なんだよね。いきなりちっちゃい女の子になってなんかないの?」
当たり前とは言えば当たり前の質問。
この少女の見た目をした爺、いやに落ち着いてる。
話に聞くところ最初の事例であるエミヤはそれはもう普段の彼(女)から想像できないほどの慌てぶりだったそうだ。
そりゃあいきなり性別なんてものが変わった上に子供になってしまっていたらその反応が普通だ。
なのに彼(女)は平然としているように見える。
「そりゃああるに決まってる!だがこれはカルデアのせいでもなく、勿論マスターのせいでもない。原因不明の召喚事故。じゃあ文句言っても仕方ねぇ。それにな……」
「それに?」
「この身体は儂の本来の身体じゃない。だからなのかね。自分の身体って感覚が少しばかり薄い」
「つまり……若干他人事に感じるってこと?自分の身体なのに?」
「そういうこった」
「そういうものなんですね……擬似サーヴァント特有の感覚ってやつなのかな?」
「かもしれねぇな」
村正以外まだ知ることではないが、村正の擬似サーヴァントの成り立ちは少しばかり特殊である。
器の人物が村正として生きた場合のシュミレート結果が今の村正であると言える。
そしてこれは村正本人も気づいていないことだが、この霊基の村正は「少女となってしまった器の少年が少女の身体のまま村正として生きた」場合のシュミレート結果である。
つまり少女のまま本来の村正の人生を大往生かましてしまった天文学レベルであり得ないIFの塊、それが今の村正である。
故にエミヤやエミヤ・オルタほど身体に違和感を抱いているわけではなかった。
「そういえばエミヤは召喚されてその身体で感覚を掴む為にシュミレーターで模擬戦闘やってたけどおじいちゃんはどうする?」
「ほぉ。色々と落ち着いたら使わせてもらうさ。その前にここのこともう少しばかり案内してくれねぇか?」
「あっ。なら私が案内しますよ。いいですよね立香?」
「えっ!いいの?頼んじゃって?」
「もちろんです!ちょうど暇してたところですし」
案内人を買って出たのはもちろん立香の負担を減らすため…それもある。だけど、こんな妙ちくりんな姿になったとはいえお世話になった…これからお世話になる村正だ。独りよがりの小さなお節介をやいてしまいたくなるのだ。
「じゃあ案内人はアルトリアか。頼んだぜ」
「はい!頼まれました!じゃあまずは食堂から案内しますね」
そういって二人は食堂へ向かって歩き出した。
歩き出したのだが…
「…村正さん」
「…なんだ」
「めっちゃ無理してついてきてるよね!?」
「…気のせいだろ。ほらはやく案内してくれ」
「いや絶対気のせいじゃないし!気づかれないようにかなんなのか知らないけど結構無理して早歩きしてるよね!?」
アルトリアが指摘した通り、村正はアルトリアについていこうと必死になおかつ気づかれないように早歩きしていたのだ。
単純な話、アルトリアの歩幅と幼女といっても過言ではない今の村正の歩幅は男性と女性並に差がある。
それを彼女に気づかれて気を遣わせたくないという彼(女)の変なプライドが働いた結果が現状である。
「もー…そういうのは早く言ってよね。でもなぁ…ここ広いし…。……村正さん、文句はなしだからね!」
「はぁ?お前さん何言ってぃぃ!?」
善は急げと村正をひょいっと抱き上げるアルトリア。
急に抱え上げられて放心状態の村正など気にする間も無く食堂に向かって再び歩き始める。
なおこの状態が歩幅の差さえ気づかせたくなかった村正のプライドをズダボロの再起不能状態にしたことはアルトリアは気づかなかった。
「抱えられた…猫みたいに抱えられた…」
「だってこっちの方が早いし!それにいつまでうじうじしてるの?そういうのはどっちかっていうと私の専売特許?みたいなものなんですけど!」
「それを自分で言って虚しくないのかアルトリア・キャスター嬢…」
食堂に案内されたものの、心ここに在らずの村正に対して同情の目を向けるキッチン・カルデアメンバーの一人、エミヤ。
彼(女)的にはとうとう村正が召喚されたことにより内心焦っていたが、村正もまた己と同じ被害に遭ってしまっている為、自分の焦りより同情の方が勝ってしまったのだ。
自分のことより(器が過去の自分と同じ姿とは言え)他人のこと優先な所は死んでも治らないらしい。
「ところでエミヤさん」
「なんだね?」
「エミヤさんと村正さんって血の繋がりあったりする?なんだが2Pカラーって感じだけど」
ガシャンと勢いよく皿の割れる音がする。
エミヤにとって恐れていたことが起きてしまった。
別に隠すことではない。
隠すことではないが、説明がややこしいし、何よりその身体は自分の未熟者時代のものですとは正直言いたくない。理屈云々ではなく、感情の話だ。
「……私は千子村正とは無縁だ。しかし、器の人物には覚えがある。すまない、今はこの答えで勘弁してくれないか」
「……」
嘘は言っていない。全部は語らないだけ。
妖精眼持ちのアルトリアから見ても、嘘は言ってないことはわかるが、嘘か否かではなく、どう思ってるかがわかってしまう妖精眼の前にはそんな言葉は無意味に等しい。
そんな事情勿論、彼(女)は知らないが。
(ふーん。エミヤさんと村正の器の人って同一人物なんだ。えっと、つまり、「あの子」と「騎士王」みたいなものかな……)
お互いのことが見えているからきっと違うのだろうけど、似たようなものであるのだろうと、一人納得をしておく。
「あ。そうだ、エミヤさん。なにか食べるものありますか?せっかくここに来たんだし、食べないのはなんだかなーと思いまして…」
「あぁ。ちょうどおやつができあがったところだ。さて、そこの意気消沈の千子村正、貴方も食べるか?甘い洋菓子にはなるのだが」
「…食う」
ん?とエミヤは首を傾げる。
仮にも器が衛宮士郎。甘いものは(和菓子以外)さほど得意ではない筈だったが、意外なところで差が出るものだなと今日のおやつであるシュークリームの用意をする。
「そら。焼きたてなので、気をつけたまえ」
「うわぁ…!相変わらず美味しそう…!いただきまーす!」
「いただきます」
少女が二人、シュークリームにかぶりつく。
案の定、クリームがぼたぼたとこぼれ落ちる。テーブルの上ではなく、お皿の上に落ちたからセーフとしよう。
「むぅ…美味しいけど、結構食べづらいね。村正さんはどう…む…村正?どうしたの?」
「……」
そこには黙りこくって黙々と食べる一人の幼女。周りの声など聞こえないとばかりにひたすら食べ続ける。たまに青い騎士王のようにコクコクと頷きながら食べる様は別人とはいえ主従は似るということだろうか。先程のウジウジモードはどこへやら。すっかりご機嫌を取り戻したらしい。
「ふぅ…ごちそうさまでした。うまかったぞ、アーチャー 」
「そ…そうか。それはなにより」
素直に褒められるのも違和感だが、なによりあんなに夢中になって甘い洋菓子を食べるかつての己になお違和感を抱く。こんなに自分は甘いもの好きだったか?と。
「意外。村正さん、甘いの好きなんだ」
「ん?あぁ、基本は団子とか和菓子みたいな素朴なやつが好きなんだが、おそらくこの身体の影響だろうな。やけに上手く感じるんだ。子供舌ってやつかねぇ」
変な補正もあったもんだなとカラカラ笑う村正。
いやそれは流石におかしくないか?と顔をしかめるエミヤ。
そんな双子みたいな二人を見比べるアルトリア。
まぁ、別に悪いことじゃないし、いっかと自分の分のシュークリームに再び挑むのであった。
「っておい。嬢ちゃん、頬にクリームついてんぞ」
「え?どこどこ?」
「ここだ、ここ。ったく、もうちょい綺麗に食えねぇもんかねぇ」
「一言余計だぞ村正ァ!」
「へいへい」
姉妹のように戯れ始めた二人を見ながら、エミヤは使った調理器具の清掃を始める。
かつての己を器とする刀鍛冶の少女に、地獄に落ちても忘れない星の少女と同一存在の魔術師の少女。
奇縁もここまでくるものだなと、やたらと関係者があつまる自分を棚上げしながら作業を続ける。
まぁ、たまにはこんな時間も悪くないかと思いながら。