アレン・マーヴェイと歌う魔剣   作:阿修羅丸

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アレン・マーヴェイと歌う魔剣

【1.少年と魔剣】

 

 奇妙な少年であった。

 歳は十二か十三か……小柄な体格からして、十代前半だろう。

 長く伸ばして一本の三つ編みにした髪は、くすんだ灰色だった。

 瞳の色は青だ。

 小さな口をキュッと引き結んだ顔は、愛らしいとも美しいとも言えた。

 長旅でくたびれ果てた旅行用のマントを羽織り、フードをすっぽりと被っている。

 細い手には、一振りの長剣を握っていた。金色に輝く鍔に宝石を埋め込んだ、細身の美しい剣だ。刀身には古代の魔法文字がビッシリと刻まれている。

 しかし、商人のコルネトが最も目を引いたのは、少年の顔であった。

 その少年は、顔の右半分を仮面で覆っているのである──。

 

 その少年は、アレン・マーヴェイと名乗った。

 道の途中で、一人歩いているのを見掛けたコルネトが声を掛けて、荷馬車に乗せてやったのだ。

 道が森の中に入ってからしばらく進むと、道の脇の茂みから突然火の玉が飛んできて、前方の道で爆発した。

 驚きいななく馬を鎮めるコルネト。

 森の中から、十人の覆面の男たちが現れて道を塞いだ。全員が斧や鉈で武装している中、一人だけが杖を持っている。その杖を持っている男が魔法使いで、先の火の玉はこいつの魔法によるものだろう。

 

「荷物と金を、馬車ごと置いていきな。そうすりゃあ命だけは助けてやるよ」

 

 リーダーらしい男の言葉に、

 

「嫌だね」

 

 と答えたのが、後ろの荷台から出てきたアレンだった。

 

「アンタたちこそ、道を空けて通してくれよ。そうすれば見逃してやる。盗賊稼業は他の奴相手にやってくれ」

 

 物怖じしない態度に、コルネトは肝を冷やし、盗賊たちはゲラゲラと笑った。

 

「たいした度胸だな、坊や……おいケイン、礼儀を教えてやれ」

「へい」

 

 ケインと呼ばれた、杖を持った男が前に出た。

 アレンに向けて杖をかざし、呪文を唱える。

 

「ヒアロス」

 

 杖の先から、魔法で生み出された炎の矢が発射され、少年の仮面で右半分を覆った顔を撃ち抜く──はずだった。

 だが、何も起こらなかった。

 

「……へっ?」

 

 ケインが間の抜けた声を漏らし、再度呪文を唱えようと口を開けた瞬間、風が吹いて、ケインの首が血の緒を引きながら宙に舞い上がり、道の脇の藪の中へと消えていった。

 いつの間にか、ケインの後ろにアレンが立っている。その手には剣が握られていた。

 

 ──まさか、このガキが?

 

 盗賊たちは一様にそう思ったが、とても信じられない。あの剣がどれほどの名剣でも、こんな小柄な少年に、大人の男の首を刎ねる事が出来るとは思えなかった。

 その時、歌が聞こえた。

 何と歌っているのかはわからないが、高音がせわしなく波打つように響いてくる。

 音の発生源は、アレンの手中の剣だった。

 アレンの姿が消えて、盗賊が二人、倒れる。一人は顔面を真っ二つに断ち割られ、もう一人は喉を切り裂かれていた。

 

「野郎!」

「くそガキぃ!」

 

 残りの盗賊たちが武器を手に襲い掛かるが、アレンの姿を捉えられる者は一人もいなかった。

 御者台のコルネトには、ただ一陣の疾風が吹き荒れ、盗賊たちが次々と血飛沫を上げながら倒れていく様しかわからなかった。

 一分と立たぬうちに、十人の盗賊たちは全員が物言わぬ屍となった。

 アレンは剣に付着した血を懐紙で拭き取ると、鞘に納め、代わりに笛を取り出した。

 歌口に唇をあてがい、ヒュウッと一音を発すると、短い曲を一つ吹く。物寂しさの漂う調べだった。

 演奏を終えたアレンは、コルネトに手伝ってもらい、死体を道からどかした。

 

「坊や。その剣、魔法剣かい?」

 

 馬車を進めながら、コルネトは荷台の少年に問い掛ける。

 魔法剣とはその名の通り、魔法の力を宿した特殊な剣を指す。

 希なる武器で、その辺の武器屋で買えるような代物ではない。大抵がどこかの古代遺跡や洞窟の奥に眠っているか、魔法使いが所蔵している。

 

「まぁね」

 

 アレンは素っ気なく答えた。

 

「やっぱりな。話には聞いてたが、見るのは初めてだよ。その剣の力で、あの魔法使いの魔法を封じたって訳だ」

「ちょっと違う」

「どう違うんだい?」

「あれは自前だよ」

「──?」

 

 どういう意味か聞きたかったが、「着いたら起こして」というアレンの声の後、何やらゴソゴソと音がした。次の街に着くまで一寝入りするつもりらしい。

 十人の盗賊を瞬く間に全滅させた剣士の機嫌を損ねてはたまらぬと、コルネトはそれ以上追及するのをやめ、黙って馬車を進めた。

 

 

 太陽が傾き始める頃に、馬車はノカコドの街に着いた。

 アレンは大通りで馬車を降りると、コルネトに幾ばくかの金を差し出した。ここまで送ってくれたお礼だという。しかしコルネトは「困った時はお互い様だよ」と笑い、受け取らずにアレンと別れた。

 

 アレンはコルネトの馬車を見送ると、腰に吊るした剣の柄頭をコンコンと叩いた。

 

「ファム、宿屋探して」

『はい、マスター』

 

 少年の頭の中に、女の声が響いた。

 鞘の中で剣が震え、歌が小さく響く。

 

『マスター。このまま真っ直ぐ進み、三つ目の角を曲がれば宿屋がございます』

「んー、ありがとう」

 

 アレンはテクテクと歩き出した。

 声の言った通り、大通りを真っ直ぐ進んで三つ目の角を曲がり、少し進むと、宿屋が見えた。

 

『穴熊亭』

 

 そのように書かれた看板が、玄関の傍らに立てられている。店名の下の説明文によると、食事と風呂はないらしい。しかしその分、料金は安かった。

 でっぷりと太った店主は、最初は顔半分を仮面で隠した怪しげな子供を警戒していたが、その子供が皮袋からたくさんの金貨を取り出すと、手のひらを返した。

 案内された三階の部屋に入り、鍵を掛ける。

 直後、魔法剣が小さく短い歌を奏でた。するとドアの表面に文字が浮かび上がり、そして消えた。わかる者が見れば、それが施錠の魔法文字だとわかるだろう。たとえピッキングで鍵を開けても、解錠の魔法か、魔法効果を打ち消すディスペルの魔法を使わねば、このドアは開かない。

 アレンは部屋のテーブルに荷物を起き、壁に打ち付けてある釘にマントを引っ掛けた。

 荷物の中から、干した果物とパン、水を取り出して、それを夕食とした後、三つ編みにしていた髪をほどき、服を脱いでパンツ一丁になり、ベッドに潜り込んだ。

 顔の右半分を覆う仮面も、外して枕元に置いた。

 仮面の下には、刺青が施されていた。

 こめかみの辺りに大きな丸があり、その下、目元から頬を縦断して顎にまで、曲がりくねった太い線が引かれてある。まるで太陽の光から逃れる蛇のような紋様であった。

 

「おやすみ、ファム」

 

 ベッドの傍らに立て掛けた剣に挨拶して、アレンは掛け布団を被った。

 ──少しして、魔法剣が光を放って、ひとりでに鞘走った。

 抜き身の魔法剣は宙に浮かび、女の姿に変わった。

 胸の高さまで伸びた、艶やかな金髪。

 透き通るような白い肌。

 腰は細く引き締まっているが、胸と尻は大きく盛り上がっている。特に胸のボリュームが凄かった。

 そんな蠱惑的な曲線を描く肉体を、薄衣で包んでいる。月明かりでも着衣の下の肉体がうっすらと透けて見えた。

 女はその薄衣を何の恥じらいや躊躇いも見せずに脱ぎ捨て、アレンのベッドに潜り込む。

 闖入者に気付いたアレンは──幼子のように彼女の真っ白な裸身に抱きついた。

 女は優しく微笑み、少年の灰色の髪を撫でてやった。

 

『ファムファタール』

 

 それがこの女の名前だ。

 太古の魔導師によって作られた、歌によって魔法を行使する魔法剣の変身態である。

 洞窟の奥で眠っていたが、今はアレンを己のマスターに定め、忠誠を誓っていた。

 ファムファタールの豊満すぎる胸の膨らみに顔をうずめて、アレンは穏やかな寝息を立て始めた。

 

【2.うごめく影】

 

 深夜になり、街全体が静まり返っていた。

 

 ──否。

 

 耳の聡い者が耳を澄ませば、太鼓の音がかすかに聞こえてくるのがわかるだろう。

 街を照らす月に、不意に雲が立ち込めて覆い隠し、街を闇に包んだ。

 松明を手に見回りをしていた夜警の兵隊たちは、皆気味悪そうに空を見上げる。

 そんな彼等の目を盗んで、街を行く幾つかの影があった。

 影たちのうちの二人が、穴熊亭にやって来た。

 頭のてっぺんから爪先まで黒装束と黒覆面で包み込んだ男たちだった。

 一人が壁にぺたりと体をくっつけると、ヤモリのようにスイスイと壁を登り始めた。そして三階の窓に到達する。そこはアレンが泊まっている部屋だった。

 窓は大都会にあるガラス窓ではなく、壁に空いた四角い穴で、必要があれば板で塞いで閂を掛ける。今もそうやって塞がれていた。

 影はその窓に顔を近付けて、呪文を唱えた。解錠の魔法だ。内側で閂がひとりでに外れて、影は窓から室内に入り込んだ。

 瞬間、窓からの月明かりを反射して、銀色の光が閃いた。

 影はとっさに飛び退く。

 覆面が切り裂かれて、鷲鼻の痩せこけた顔があらわになった。

 

「変なとこから入ってくるんだな」

 

 アレンが魔法剣ファムファタールを手に、部屋の中央に立っていた。服を着て、仮面も付けているが、髪は三つ編みではなく後頭部で一つ結びにしているだけだった。

 

「用があるんなら、明日にしてくれる?」

 

 しかし男は、アレンのその言葉には答えず、スッと右手をかざした。

 

「スリプネル」

 

 相手を強制的に眠らせる魔法だ。アレンが目覚めていた事など想定内だと言わんばかりの、手慣れた動きだった。実際、たまたま眠れなかったり、妙に勘が鋭かったりで、こちらの侵入に気付かれる事が何度かあった。それでも、この呪文で簡単に相手を無力化出来る──これまでは。

 しかし、今夜は違った。

 魔剣ファムファタールが銀色の煌めきを虚空に残して、男のかざした右手を切り落とした。

 

「なにっ!」

 

 男はうめき、すぐに左手を、切り株となった右手にかざした。

 

「キュアヒルム!」

 

 治癒の呪文である。切り落とされた手首を元通りくっつける程の効果はないが、瞬時に止血し、傷口を塞いでくれる──はずだった。

 

「魔法が、効かない……?」

「そう。俺の前ではね」

 

 アレンが歩み寄り、魔法剣の切っ先を男の喉元に突きつけた。

 

「で、おじさん誰? こんな時間に、俺に何の用?」

『マスター、お下がりください!』

 

 少年の手の中で、ファムファタールが叫んだ。その叫びに、アレンが咄嗟に後ろに飛び退いた直後、窓から火の玉が飛び込んで来て侵入者を直撃、爆発して室内を業火で焼き払った。

 窓の外には、両腕をコウモリのような翼に変化させた男が、その翼を羽ばたかせて滞空していた。一人が部屋に侵入してアレンを拘束し、下で待機していたもう一人の男が、変身魔法でコウモリ人間に変身して、アレンを自分たちのアジトまで空輸する。そういう手筈だった。しかしいざ窓の外まで来てみれば、仲間はあんな小さな少年に不覚を取っている。だから秘密を守るために、火炎魔法で攻撃したのである。

 男は夜警が爆発音を聞きつけてやって来ないうちに、その場を飛び去った。

 吹き飛んだ瓦礫を掻き分けて、アレンが姿を現す。ファムファタールの歌で防御結界を張り、身を守ったのだ。

 

「追うぞ、ファム」

『はい、マスター』

 

 手中の魔剣の歌声で、アレンの小柄な体が宙にフワリと浮いた。

 そしてコウモリ男を追って、真っ暗な夜空を飛行していった。

 

【3.悪鬼の巣窟】

 

 コウモリ男は街を離れて、森の上空を飛んでいた。

 ファムファタールがその気になれば、コウモリ男に追い付けるだけのスピードをアレンに付与出来る。

 しかし意思持つ魔剣は、主の命令で、敢えてそうしなかった。アレンは、このまま敵がどこに逃げ帰るのかを突き止めるつもりだった。

 

『マスター、街の方から奴等の仲間がやって参ります。隠れるべきかと』

 

 ファムファタールが警告した。

 アレンの脳裏に、ノカコドの街から複数のコウモリ男が飛んで来る光景が浮かび上がった。ファムファタールが映像をアレンの脳に直接送ったのだ。

 アレンは高度を落として、森の中に隠れた。

 少年の姿は見られなかったらしい。

 コウモリ男たちはそれぞれが、両手で一人の人間を抱えていた。ノカコドを訪れた旅行者たちだ。その中には、アレンを馬車に乗せてくれた親切な商人コルネトもいた。彼等は全員が魔法で眠らされていた。

 コウモリ男の群れは、森を越えた先の、山の中腹にある大きな洞窟へと入っていった。

 ファムファタールの探知魔法でそれを確認したアレンは、魔剣の飛翔魔法でその洞窟に向かった。

 

 入り口付近の岩に隠れて、ファムファタールの探知魔法で中の様子を探る。

 洞窟の奥の広間には、二十人近い数の人間がいた。

 大きな火を焚いて、その火を囲むように輪になって踊っていた。

 何人かは太鼓を叩いている。

 その周辺に、さらわれた人たちが転がされていた。

 そして広間のあちこちに、人骨や人体の一部が打ち捨てられていた。

 彼等は、人間を食べているのだ。

 彼等の残虐な蛮行の痕跡を知り、また今夜の犠牲者の中にあのコルネトも含まれていると知り、アレンは胸の奥に熱いものが噴き上がって来るのを感じた。

 

「ファム。強化」

『はい、マスター』

 

 ファムファタールが少年の手中で歌うと、少年の小さな肉体にはち切れんばかりの力が湧いてきた。

 

「うおおおおおっ!」

 

 アレンは雄叫びを上げ、魔剣を振り上げて突撃した。

 踊り狂っていた食人鬼たちは小さな襲撃者に不意を突かれ、瞬く間に四人が斬り殺された。

 しかしすぐに冷静さを取り戻し、ある者は開いた手をかざし、ある者は足下の杖を拾って向けた。

 

「ヒアロス!」

「ブリザスト!」

「サンダーラ!」

 

 次々と攻撃呪文を唱える。

 いつもなら炎の矢が、氷の礫が、電光が、敵を打ち倒すはずだった。

 しかし彼等の魔法は不発に終わり、彼等の命も、魔剣ファムファタールの刃によって終わった。

 ファムファタールの魔法の加護で超人的な筋力とスピードを得て、義憤のままに悪鬼のごとき魔法使いたちを斬り捨てていくアレンは、もはや人の姿をした稲妻だった。

 目の良い者が注意深く観察すれば、仮面の下のアレンの右目が、血のように暗い赤に燃えているのが見えただろう。

 魔法が不発に終わった者たちは、皆が皆、その深紅の眼差しに捉えられていた事に気付くだろう。

 

 不意に風切り音がして、アレンはその場を飛び退いた。

 大人の背丈ほどもある、恐ろしく長大な刃渡りの剣が打ち込まれたのだ。

 しかもそれを振るう男は、腕の長さが常人の二倍もあった。

 

「お前には魔法が通じないようだな、小僧」

 

 口の大きなその異形の剣士は、そう言った。

 

「だが、それなら斬り殺すまでの事。貴様の血肉はさぞ美味かろうて」

 

 剣士はベロリと舌なめずりをする。

 食人欲求に爛々と燃える眼差しを、アレンの仮面に覆われていない美しい顔に注いでいた。

 アレンは剣を振りかぶり、構わず突撃した。

 

「馬鹿め、自ら死にに来たか!」

 

 剣士が長大剣を横薙ぎに振り抜いた。

 しかし、魔剣ファムファタールが歌を奏でると、アレンの横の地面が板状に盛り上がり、壁となって凶刃を受け止めた。

 動きが止まった隙に、アレンは懐深くに飛び込んで、剣士の心臓にファムファタールを突き立てた。

 剣士は大きな口をパクパクさせながら、倒れた。

 アレンが振り向くと、そこには殺戮を逃れた男が一人、恐怖に尻餅をついていた。

 

「言え。お前等は何者で、なんで人をさらって食うような真似をしてるんだ」

 

 魔剣を突きつけられて、その男は情けない悲鳴を上げた。

 

【4.忌まわしき契約】

 

 翌朝、ノカコドの町長が住む屋敷を、アレンは食人の魔法使いの生き残りを連れて、訪れた。邸内をいる者を片っ端から、ファムファタールが奏でる魔法の歌で眠らせ、まさに無人の野を行くが如しであった。

 町長の部屋のドアには鍵が掛かっていた。

 アレンは腰の魔剣を抜き払い、ドアを切断して、室内に乗り込んだ。

 

「な、何だ貴様は!」

 

 部屋の奥にいた町長が至極当然の問いを発するが、アレンは答えなかった。

 縛り上げていた魔法使いを、町長の前に突き出す。

 

「こいつ等に、旅人を食料として与える約束をしていたそうですね」

「な、何の事だ!」

「こいつ等は人間を食う事でその生命力や魔力を取り込んで強くなれると信じている魔法使いで、こいつ等に食料を与える代わりに、旅行者の所持品をそっくり頂いて金にする。そういう契約をしていたそうですね」

「知らん、知らん知らん! そんな男も知らん! おかしな事を言うと子供でも容赦せ──」

 

 容赦せんぞ、と言おうとした町長に、アレンは魔剣を突きつけた。

 

「俺、こいつから全部聞いたんですよ。俺も危うく食われそうになった一人です。返り討ちにしましたけど」

「ば、馬鹿な! 奴等は全員が魔法使いなんだぞ、貴様のような小僧一人に負けるはずが──ハッ!」

 

 慌てて口を手で塞いだ町長だったが、もう遅かった。

 

「なんだ、やっぱり知り合いじゃないですか。人食いの魔法使いはもうこいつしか残ってない。もう二度と旅行者を襲ったりしないと約束してくれれば、町長さんもこいつも見逃してあげます」

「…………わ、わかった。約束する」

 

 町長は吐き出すように答えた。

 アレンは魔剣を鞘に納めると、町長と魔法使いに背を向けて、退室しようとする。

 しかし、出入口まで来た瞬間、背中に衝撃を受けて、倒れた。

 町長が、机の引き出しから取り出した長さ二十センチの杖を、かざしていた。

 町長も魔法使いだったのだ。そしてアレンに攻撃魔法で攻撃したのである。

 

「ふ、ふははは! しょせんガキだったな! さぁ、この小僧を殺して食ってしまえ! それで証拠隠滅だ!」

「やめといた方がいいですよ──たぶん不味いから」

 

 言いながら、アレンがムクリと立ち上がった。

 

「ば、馬鹿な! ワシの魔法をまともにくらったのに……!」

「あらかじめ防御魔法を施してあったもので」

 

 うろたえる町長に、アレンは答える。

 ファムファタールの魔法で、攻撃魔法を防ぐ防御結界を体の表面にまとっていたのである。

 クルリと振り向いたアレンの顔からは、倒れた時の衝撃で仮面が外れていた。

 顔の右半分に刻まれた不気味な紋様。

 そして血のように暗い深紅に輝く右目。眼球の表面に、魔法文字に似た模様が刻み込まれている。

 それ等を見た町長の顔が、青ざめた。

 

「まさかその目……魔法殺しの邪眼か? その顔の紋様は、追放紋……そうか、そういうことか。ならば、証拠隠滅など考える必要もないな。貴様を殺しても誰も責めん。お前は、どこの国にもいない事にされておるのだからな!」

「し、しかし町長。この小僧には魔法が……」

「さっきのを見てなかったのか? この小僧の邪眼は、視界内に捉えた魔法だけを封じるのだ。視界に入らなければ問題ない!」

 

 町長は魔法使いをアレン目掛けて突き飛ばした。更に机をひっくり返して盾にして、その向こうに身を隠す。

 

「ブラストル・メガルス!」

 

 そして机越しに攻撃呪文を唱える。杖の先端から、超高熱の閃光がほとばしった。

 だがその魔法の光は、突き飛ばされた魔法使いだけを焼き払い、消し炭にした。

 アレンはファムファタールを抜き払い、跳躍してかわしていたのだ。

 ファムファタールが閃き、町長の首を刎ねた。

 そこへ、数人の男たちが乗り込んできた。警備兵ではない。食人の魔法使いたちへの生け贄にされ、危ういところをアレンに助けられた旅行者たちだ。事情を知った彼等は全員で町長の所に乗り込もうとしたが、アレンが一人先行していたのである。

 

「ア、アレンくん……」

 

 そのうちの一人、コルネトが、素顔のアレンを見て、言葉を失った。

 アレンの顔に刻まれた紋様。追放紋と呼ばれるその紋を刻まれた者は、人間社会から追放された者である事を示す。町長の言った言葉は、つまりそういう事であった。アレンはどこの国にもいない事にされている。いない者は殺しても罪には問われない。それがこの世界での法だった。

 

「とりあえず、もう余所者がさらわれて殺されるなんて事はないと思うよ」

 

 アレンは落ちていた仮面を拾い、装着した。

 旅行者たちは、退室するアレンに道を空けた。

 追放紋を刻まれるような奴に関わると、どんな厄介事に巻き込まれるかわかったものではない。追放紋その物にも、見る者に忌避感や嫌悪感、恐怖を与える効果があった。

 昨日は優しく接してくれたコルネトすら、アレンに化け物を見るかのような眼差しを向けていた。

 だが、その事でアレンが何か言う訳でもない。

 少年は魔剣を携えて、ただその場を立ち去るのみであった。

 

【5.過去】

 

 誰もが魔力を持ち、訓練すれば魔法を修得出来る世界。

 そんな世界の、長い歴史と伝統のある魔法使いの家に、忌まわしい子供が生まれた。

 その子供の、魔法文字が刻まれた赤い眼で見られた者は、魔法が使えなくなってしまうのだ。

『魔法殺しの邪眼』と呼ばれる特殊な眼を持って生まれたその子供は、邪眼の代償であるかのように、魔力を持たず、一切の魔法が使えなかった。

 一族の歴史と伝統、そして栄誉を汚す、呪われた忌み子であった。

 名前も与えられぬまま、幽閉された状態で育てられたその少年は、栄養状態が悪かったのか体も育たず、十四歳になっても二、三歳ほど下に見えた。

 その十四歳になったある日、顔に追放紋を刻まれて、彼は生家を、故郷を追い出された。両親にしてみれば、自分たちの手を汚して殺処分する事すら忌まわしく、疎ましかったのだ。

 あちこちをさまよい歩いた末にたどり着いた洞窟の奥で、少年は岩に刺さった剣を見付けた。

 

『人間を見るのは久し振りですね。このような場所にお一人で、どうなさいました?』

 

 剣は、女の声で語り掛けた。

 少年は己の身の上を、問われるままにポツポツと語った。

 

『まぁ、それはお可哀想に……それでは、私を抜いてくださいませ。あなたの剣として、そして女として、あなたをお守りいたしましょう』

 

 それは少年が初めて聞く、優しさに満ちた言葉だった。人語を話す不可思議な剣が、少年に優しい言葉を掛けた最初の相手であった。

 少年が言われるままに、岩から剣を引き抜くと、剣は光と共に女の姿に変わり、少年の足下にうやうやしくひざまずいた。

 

「魔剣ファムファタール、これよりあなた様の剣として、女として、あなた様に忠誠を誓います。私の心も身体も、全てあなただけの所有物でございます。何なりとお申し付けくださいませ、マスター」

 

 明らかに年上の美しい大人の女性が、両親からも忌み嫌われた自分に忠誠を誓っている。守ってくれると言っている。

 その嬉しさに、少年はただ泣いた。

 赤ん坊のように泣いた。

 ファムファタールはそんな小さな主を優しく抱き締めて、あやしてくれた。

 やがて泣き止んだ名もない少年に、ファムファタールは『アレン・マーヴェイ』の名を贈った。彼女が魔導師に造られた時代に活躍した剣豪の名だという。

 

「誰もあなたを顧みないのならば、それこそ好都合というもの。思うがまま、望むままに生きていけば良いのです。私がそのお手伝いをいたしましょう。立ち塞がる者あれば、剣となって斬り伏せます。慰めが欲しければ、女として尽くします。何も心配はいりません。私はいついつまでも、マスターのそばにいますからね」

 

 アレンと名付けた主の灰色の髪を優しく撫でたファムファタールは、ゆっくりと少年の唇に自分の唇を重ねた。

 

 それ以来、少年は魔剣と共に旅を続けている。平和に暮らせる、安住の地を求めて──。

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