魔法科高校の事なかれ主義の規格外(イレギュラー) 作:嫉妬憤怒強欲
第一話 人は皆平等であるか?
人は皆平等であるか?
否、人は不平等なもの、存在であり、平等な人間など存在しない。
かつて過去の偉人が、天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず、という言葉を世に生み出した。だがこれは皆平等だと訴えているわけではない。
この有名すぎる一説には続きがあるのを知っているだろうか。
その続きはこうだ。生まれた時は皆平等だけれど、仕事や身分に違いが出るのはどうしてだろうか、と問うている。そしてその続きには、こうも書かれている。
差が生まれるのは、学問に励んだのか励まなかったのか。
そこに違いが生じてくる、と綴ってある。それが有名すぎる『学問のすゝめ』だ。
とにもかくにも、人間は考えることのできる生き物だ。平等という言葉は噓偽りだが、不平等もまた受け入れがたい事実であるということだ。
そして、その教えは少なくとも20年続いた第三次世界大戦が終結してから35年が経つ2095年を迎えた現代においても何一つ事実として変わっていない。
もっとも、事態はより複雑かつ深刻化しているが……
魔法。
それまでは単なる伝説やおとぎ話の産物だったそれは、21世紀初頭に現実の技術として体系化された。
2030年前後より始まった急激な寒冷化に伴い食糧事情は悪化。エネルギー資源をめぐる争いが頻発し、2045年、20年にも及ぶ第三次世界大戦が勃発。人口は30億人まで激減した。この戦争が熱核戦争にならなかったのは、ひとえに、魔法を使いこなせる人材、魔法技能師――通称『魔法師』の世界的な団結によるものだった。
そして21世紀末、不安定な情勢下で、各国は魔法師の育成に競って取り組んでいた。
西暦2095年4月3日。東京都・八王子。
入学式。
この時期は世間一般では、『出会いと別れの季節』という共通認識として認知されているだろう。
出会いとは、新しく出会う人を意味する。
別れとは、その逆……別れる人を意味するそうだ。
これまでの人生、そのような言葉とは無縁な道を歩いてきたオレこと有崎シンヤは、期待に胸を膨らませていた。
白を基調とした制服に身を包み、今日から通う事となる国立魔法大学付属第一高校の校門前をくぐり抜ける。
国立魔法大学付属第一高校。
毎年、国立魔法大学へ最も多くの卒業生を送り込んでいる高等魔法教育機関。
それは同時に、優秀な魔法師を最も多く輩出しているエリート校ということでもある。
だが魔法教育に、教育機会の均等などという建前は存在しない。
この国にそんな余裕は無い。
それ以上に、使える者と使えない者の間に存在する歴然とした差が、甘ったれた理想論の介在を許さない。
その証拠に…オレはすれ違う幾人もの生徒から侮蔑の目を向けられていた。
その原因は、制服の左胸と肩の辺りにあしらわれた“空白”にあった。
すべての魔法科高校で採用されているわけではないが、第一高校では入学試験の結果により“一科生”と“二科生”に分けられる。
そもそも魔法科高校には一年間で輩出する魔法師の数にノルマが課されているのだが、いくら魔法の技術が確立されたからといって入学者全員に教師による授業を行えるだけの余裕は無い。かといってノルマぎりぎりの人数に抑えてしまうと、万一事故が起こって再起不能になってしまったときに都合が悪い。
そこで第一高校が採用したのがこの制度である。普段教師による授業を受けられるのは一科生のみ。そして万一一科生から再起不能者が現れたときは、二科生の生徒を穴埋めとして補充するのである。
そして一科生と二科生を区別するために、前者の制服には八枚花弁のエンブレムが制服に刺繍され、二科生の制服にはそれが無かった。それによって生徒達の間では、一科生のことを“花冠”、二科生のことを“雑草”と呼んで蔑む風潮が密かに生まれていた。
徹底した才能主義。
残酷なまでの実力主義。
それが、魔法の世界。
この学校に入学を許されたということ自体がエリートということであり、入学の時点から既に優等生と劣等生が存在する。
同じ新入生であっても、平等ではない。
……ま、事なかれ主義者である俺にはどうでもいい話か。思うところが無いといえば嘘になる。だが、それを承知で入学したのは自分だ。
向けられる視線を気にも留めず、オレは入学式の開場までどうやって時間を潰すかを考えながら大きな校舎を見上げるのだった。
♢♦♢
妹、司波深雪から「総代を代わってほしい」「何故お兄様が補欠なのか」というどうしようもない案件を上手くかわしたその兄、司波達也は携帯端末に表示した構内図と見比べながら歩き回ること五分、視界を遮らない程度に配置された並木の向こう側に、ベンチの置かれた中庭を発見した。
茶髪をセンターで分けた髪型をしていて、顔の整っているが、どこか影が薄い一人の少年が座っていたため、他にベンチがないか周囲を見渡すも、ベンチは中庭に一つしかなかった。
「すまないが、隣いいか?」
話しかけると、「あぁ…いいぞ」と抑揚のない口調で言うその少年はやはり極々平凡に見えるが、達也には底知れない何かを感じた。
ただそれが何かは見当はつかなかった。
とりあえず友好的なのは達也にもありがたかったため、少年の右側へと腰かけた。
次に見たのは、少年の肩。
そこには何もなく、自分と同じ二科生だということを示している。
そして、丁度達也の前を通りすぎて行った在校生二人組の胸へと視線をやると、その左胸や肩には一様に八枚花弁のエンブレム、彼らが一科生であることを示している。
そして、その通りすぎて行った背中から、悪意が漏れた。
――あの子達、ウィードじゃない?
――こんなに早くから……補欠なのに、張り切っちゃって。
――所詮、スペアなのにな。
聞きたくもない会話が達也の耳へと入ってくる。
ふと、隣の少年に目をやった達也は、首をかしげる。
普通は不快感を露にするところなのだが、その少年の表情に変化がなかったのだ。
その視線に気づいたのか、少年はこちらを見つめ返してきた。
「?どうした?」
「……あ、あぁ。特に嫌そうな表情をしないんだな、と」
「あぁ。事なかれ主義の俺としては、ブルームだウィードだとつまらない肩書で優越感に浸ったり劣等感におぼれたりすることに興味がないからな。これからここで学生生活を送るならそういうのは気にしないようにしたほうがいいだろう」
「……成程。同感だな」
達也は思った。
事なかれ主義を主張する彼は、見た目によらずかなりサバサバした性格をしている。
「俺は司波 達也だ。達也でいい」
「……有崎シンヤだ。これからよろしく頼む」
そこからは互いに会話も無く、二人ともそれぞれの端末に目を落としていた。
気が付くと時間も丁度良くなり、端末を閉じて立ち上がろうとした時に目の前にふと影が落ちた。
「新入生ですね?開場の時間ですよ」
シンヤと達也は不意に声をかけられたため会話を中断して顔を向けると、やや小柄でフワフワとした巻き毛黒髪ロングの女子生徒が目に入った。
まず二人の目に入ったのが左腕に巻かれたCAD――術式補助演算機(デバイス、アシスタンス、法機と呼ばれたりもする)――で、現代の魔法師にとっては必須のツールだ。
生徒が校内でCADの携帯を認められているのは、生徒会役員と特定の委員会のみ。
そして、当然ながら左胸には八枚花弁のエンブレムがあった。
「ありがとうございます。すぐいきます」
達也は礼儀正しく腰を曲げお礼を言い、それに倣ってシンヤも腰を曲げてお礼し、端末をしまおうとしたとき、再びその女子生徒が声をかけてきた。
「感心ですね。スクリーン型ですか」
シンヤの端末を指差してしきりに頷く女子。
「当校では仮想型ディスプレイ端末の持込を認めていません。それでも仮想型端末を利用する生徒は大勢います。ですが貴方達は入学前からスクリーン型を利用してるんですね。感心します」
「仮想型は読書には不向きですから」
「……入学早々校則違反はマズいので」
別に読書派が希少って訳でも無いのだが、如何やらこの上級生は人懐っこいのだろうなと二人は思い始めた。口調が砕けてきたり、徐々に近づいて来ているのから見てもきっとそうなのだろう。
「……あ、私は生徒会長を務めさせていただいています。七草真由美です。『ななくさ』と書いてさえぐさと読みます。よろしくね」
何だか蠱惑的な雰囲気を醸し出していて、入学したての普通の男子高校生なら勘違いしそうだが、達也はそんな事とは別の事が気になっていた。
「(数字付き……しかも「七草」か)」
数字付き。
苗字に数字が含まれている家系を指す隠語。
十師族及び師補十八家の苗字に一から十の数字。
百家と呼ばれる家系の中でも本流とされる家系の苗字には十一以上の数字が入っている。
二十八家と百家の間には差が見られるが、数値の大小が実力に直結するわけではなく、苗字に数字が入っている場合、魔法師の血筋が濃く、魔法師の力量を推測するひとつの目安となる。
中でも、七草と四葉はこの国最有力の家系であり、真由美がエリート中のエリートだということがわかる。
「俺……いえ、自分は司波達也です」
「有崎シンヤです」
達也は目の上の人に対し、俺と言おうとしたところを訂正し自己紹介し返す。シンヤも簡潔に自己紹介すると、目を丸くして驚いたあと、何やら意味ありげに頷く真由美。
何か言う雰囲気があったため、真由美の言葉を待つことを選び、沈黙する。
「司波 達也君に有崎 シンヤ君。そうあなた達が教師陣の中でも噂の……」
とても引っ掛かる言葉が返ってきた。
二人ともどういう噂になっているのかがわからないのだ。
「達也君は入学試験、七教科平均、百点満点中九十六点。特に圧巻だったのは魔法理論と魔法工学。合格者の平均点が七十点に満たないのに、両教科とも小論文を含めて文句なしの満点。前代未聞の高得点だって」
「達也……お前実はすごい奴なのか」
「何いってるのよ有崎君。貴方もある意味十分すごいわよ。入学試験で全科目がどれも平均の七十点ぴったり。あまり点数自体は高くなかったけど司波君でも解けなかった問題が正解率3パーセントにも拘わらず間の証明式も含め完璧だって」
「……偶然って怖いスね」
「え~?本当に偶然かしら?」
「故意にそんなことしたって得しませんよ」
達也は驚く。
つまりシンヤは正解率の高い方をわざと外したという事だ。狙ってやったことだとするなら何故そんな訳の分からないことをしたのか分からなかった。
(注意した方がいいのかもしれないな)
と警戒心を抱く達也。
「会長~~!!何してるんですか?」
そこにオレンジ色の髪をした小柄な女子生徒が現れ、真由美を呼ぶ。どうやら生徒会役員のようだ。
「……ではそろそろ移動しなければならないので、失礼します」
これをチャンスとばかりに、達也はそう告げて逃げるようにその場を去る。シンヤは達也に追随するように、軽く一礼して達也の元へと向かった。
♢♦♢
生徒会長からなんとか逃げることができたオレは、達也と講堂に入った時には既に半分の席は埋まっていた。
特に座席の指定は無いのだから、最前列だろうが最後列だろうが、端だろうが真ん中だろうが自由に座れるのだが、座っている生徒を見てため息を吐きたくなった。
前半分が一科生で後ろ半分が二科生に分かれているのだ。同じ新入生でありながら前と後ろで綺麗に分かれているのを見て、感心と呆れを感じたのだ。
「ここまでくると逆に清々しいな」
「そうだな。確かにここまで綺麗に分かれていると感心するな」
達也が半ば呆れる感じでそう言う。
だがこうやって見ると最も差別意識があるのは差別を受けてる者かも知れないな。
その流れにあえて逆らうつもりもないオレ達は後ろで隣に並んで座れそうなところ適当に見繕って座った。
入学式はあまり好きになれない。
殆どの一年生は校長先生や在校生である先輩方のありがたい話を煩わらしく思ったり、式中の立ちっぱなしに不快感を覚えたりするはずだ。
けれど誰しもが、心の中では面倒臭さを感じつつも表面上では真剣な表情で顔を塗り固め、少しでも誠実さをアピールする。
何故か。
答えは簡単で、入学式とはオレたちにとっては最初の試練なのだ。
けど、オレが言いたいのはそういう事だけじゃない。
小、中、高校の入学式は、子供たちにとって一つの試練のスタートを意味する。
学校生活を満喫するために必要不可欠な友達作りができるかどうか、この日から数日にかかっている。これに失敗すれば悲惨な3年間が待っていると言えるだろう。
事なかれ主義のオレとしては、それなりの人間関係を築きたいと思っている。
できれば、一科生とか二科生とかに拘らない人間がいいが……
「あの、お隣は空いていますか?」
突如、達也の方から声が掛かり、そちらを見る。今時珍しい眼鏡をかけた女子生徒が初対面の男子ということもあってか、とても緊張した面持ちで立っていた。
「俺は別に構わないぞ」
「そうか。どうぞ」
オレが了承したため、達也も愛想よく頷く。
少女は安心したように「ありがとうございます」と控えめに頭を下げた。
「やったー! 一緒に座れるね美月!」
「ひゃぁ!」
そして後ろからいきなり抱きついてきた少女に、美月と呼ばれた眼鏡の少女は驚きのあまり変な声をあげていた。
その少女は美月と対照的にとても活発で、明るい栗色の髪とスレンダーな体つきが目に留まる、まさに“美少女”と呼んで差し支えない外見だった。どこか日本人離れした容姿に見えることから、ひょっとしたら彼女に外国の血が混ざっているのかもしれない。
「ええと、そちらの方は?」
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私は柴田美月っていいます、よろしくお願いします」
「司波達也です。こちらこそよろしく」
「あたしは千葉エリカ。よろしくね !そっちの人は司波君の友達?」
千葉が俺を見てそう言う。達也とはついさっき知り合ったばかりなので友達に入るのかわからないがここは話を合わせることにし自己紹介する。
「オレは有崎シンヤだ。よろしく」
「うん、こちらこそよろしく……それにしても、面白い偶然って感じかな?」
如何やら千葉は活発な女の子らしい、オレはそう思いながら聞き返す。
「面白いって、何がだ?」
「だってさ、『チバ』に『シバ』に『シバタ』に『シンヤ』でしょ?何だか語呂合わせみたいじゃない。ちょっと違うけどさ」
「…オレだけ苗字じゃないな」
「まあいいじゃんいいじゃん。そういう細かいことは」
確かに少しだけ違うが、千葉の言いたいこともわからなくはなかった。
「ところで、4人は同じ中学なのか?」
残り2人の自己紹介が終わった所で、達也が疑問に思っていた事を尋ねた。入学早々友達が出来たと言う訳でも無いだろうし、それ以外に4人で行動を共にしている理由が思いつかなかったようだ。
「違うよ。全員さっきが初対面だよ」
「初対面?」
「案内板の前でにらめっこしてたら美月が声を掛けてくれたんだ」
「案内版? にらめっこ?」
千葉の表現が独特すぎて、達也にはちょっと理解するのが難しかったようだ。
「いや~講堂の場所が分からなくてさ~」
「……端末は如何したんだ? 地図くらいならそれで分かるだろ」
入学式のデータは会場の場所を含め全て、入学者全員に配信されている。それがあれば端末に標準装備されたLPSを使えば、仮に式の案内を読んでなくても、何も覚えてなくとも迷うはずはないのだ。
「あたしたち3人とも、端末持ってなくて…」
「だって仮想型は禁止だって入学案内に書いてあったし」
「せっかく滑り込んだのに、入学早々目をつけられたくなかったし」
「あたしは単純に持ってくるのを忘れたんだけどね……」
成程。本当は納得した訳では無い。自分の入学式なのだから、会場の場所ぐらい把握しておけよと言うのがオレの偽らざる本音なのだが、そんな事を口にはしなかった。
無闇に波風を立てる必要も無いだろう。特に同じ二科生同士、これから色々とあるだろうから。
『静粛に、只今より、国立魔法大学付属第一高校入学式を始めます』
会場にアナウンスが鳴り響いた。オレたちは揃って前を向き、それが合図だったかのように入学式は始まる。
第一高校の校長が壇上に上がって長々と挨拶し、一般の生徒にとっては初めて聞くことの多い来賓者紹介(場合によっては挨拶も含む)が続く。
いくら時代が変わったとはいえ、入学式のような儀礼的なものは100年前とさほど変化は無いそれは非常に退屈なものであり、適当に聞き流すことにする。
そして、来賓者紹介が終わった頃、
『続きまして、新入生答辞。――新入生代表、司波深雪』
アナウンスと共に壇上に現れた少女の姿に、会場のあちこちから溜息のような声が漏れた。
その少女は、一言で表せば“非常に美人”だった。背中に届くほどに長く艶のある黒髪、透き通るような白い肌をした可憐な容姿をしている。”完璧な美少女”といっても過言ではあるまい。講堂内の新入生たちは男女問わず少女に釘付け状態となっている。
多くの羨望と陶酔の眼差しに晒されたその少女は、それでも表情1つ変えることなく答辞を読み上げ始めた。
『この晴れの日に歓迎のお言葉を頂きまして感謝いたします。私は、新入生を代表し、第一高校の一員としての誇りを持ち、皆等しく! 勉学に励み、魔法以外でも共に学びこの学び舎で成長する事を誓います』
……ん?何言ってんだ?
一見すると何の変哲も無い答辞のように思えるが、選民主義の強い一科生が聞いたら文句の1つでも言われるかもしれない発言をさらりと混ぜ込んできた。
主席が入学早々一科生達に喧嘩を売るなんて相当勇気があるな。
だが少女の艶姿に魅入られている新入生はそんな些細な事に気付けるだけの余裕を持ち合わせていなかったようだ。それを知った達也は安心したようにホッと胸を撫で下ろしている。
そういえば達也の苗字も司波だったな……
入学式も滞りなく終わると、IDカードを受け取る為に窓口へと向かった。受け取ると言っても、予め個人別のカードが作成されている訳では無く、個人認証を行ってその場で学内用カードにデータを書き込む仕組みなので、何処の窓口でも作る事が可能なのだが、やはり此処でも一科生と二科生とで綺麗に分かれている。
「あたしE組なんだけど、みんなは?」
「俺もだな」
「オレもだ」
「私もです。良かった、クラスで1人ぼっちになる事は無さそうです」
すごい偶然だな。まさか入学式で自己紹介した同じ新入生、達也、柴田、千葉とそのまま同じクラスになるとは……
「私はG組だ」
「あたしはF組~」
残る2人は別のクラスのようだが、彼女たちは別にガッカリしてる様子は無い。一学年八クラス、一クラスの人数は25人。この辺りは平等だ。彼女たちはまだ見ぬクラスメイトに思いを馳せているのかも知れないな。
友達探しに行ったのか如何かは分からないが、彼女たちはホームルームへ向かうと言ってこの場から移動していった。
「そういえば、この後のホームルームはどうします? 自由参加みたいですけど」
「あっ! だったらさ、この後みんなで喫茶店でも行かない? アイネブリーゼっていう、何だか雰囲気の良さそうな店を近くで見つけたんだよね」
「それいいですね!」
千葉の提案に柴田が乗り気になっていると、達也が申し訳なさそうな表情で軽く右手を挙げた。
「あ、悪い。俺は妹と待ち合わせしてるんだ」
「妹って、ひょっとして司波深雪さんですか?」
「えっ? それって、さっき新入生代表で答辞をしてた子よね? ってことは双子?」
「いや、俺は4月で、深雪は3月の早生まれだから同じ学年なんだ。――それにしても柴田さん、よく俺と深雪が兄妹だって分かったね。全然似てないのに」
「いえ、それは……、お二人とも苗字が一緒でしたし。それに何より……、“オーラ”が似ていましたから……」
「……柴田さんは、随分と“眼が良い”んだね」
達也のこの発言に、柴田の顔が青ざめ、千葉の顔は疑問で染まった。
「目が良いって、美月は眼鏡を掛けてるよ?」
「そう言う意味じゃ無いよ」
「?」
……成程。柴田は霊子放射光過敏症の持ち主か。
霊子放射光過敏症とは、意図せずに霊子放射光が見える、意識して霊子放射光を見えなくする事が出来ない、一種の知覚制御不全症だ。とは言っても病気でもなければ障害でも無い。感覚が鋭すぎるだけなのだ。
霊子放射光は、それを見ている者の情動に影響を及ぼす。その為に霊子放射光過敏症者は精神の均衡を崩しやすい傾向にある。
これを予防するもっとも簡単な手段が特殊加工されたレンズを使った眼鏡を掛ける事なのだ。
……柴田の前では注意した方が良いかもしれないな。
オレがそんなことを考えていた、そのとき、講堂の隅っこで話していた達也の背後からついさっき聞き慣れた声がかかった。
「お兄様、お待たせしました!」
「早かった……ね?」
お兄様と言うからには兄妹がいる達也宛でしかなく、また、お兄様と言う相手がいるのも達也しかいないため、また声でも判別出来る達也が「早かったね」と答えたつもりなのだが、イントネーションが疑問系となってしまっていた。
それは、ある同行者がいたからだ。
「こんにちは、司波君、有崎君。またお会いしましたね」
「はぁ、どうも……」
「……どうも」
面倒なことになった……
新入生総代に生徒会長が接触してても、なんらおかしく無いのだが、オレとしてはこの再会はあまり嬉しいものではなかった。
小声でいって頭を下げるという愛想に乏しい応対をしてしまったのに、相変わらずの人懐っこそうな笑みを浮かべている生徒会長、七草 真由美のそれはポーカーフェイスなのか、それとも彼女の地なのか、会ったばかりで判断がつかない。入学式前の対面以来、オレは妙に彼女に苦手意識を持ってしまったようだ。
それに生徒会長は童顔ながらも達也の妹にも引けを取らない美少女である。非常に目立っており、男子生徒達からオレ達は羨望・嫉妬・怨嗟の視線を向けられていた。あと会長の後ろに控えている、恐らく生徒会のメンバーだろうと思しき男子生徒からも。
「深雪。どうして会長たちと――」
「お兄様?」
そんな彼女となぜ一緒にいるのか尋ねようとした達也だったが、それは妹によって遮られた。
彼女の視線は、達也の後ろにいるオレ達、主に柴田と千葉に注がれている。
「そちらの方たちは?」
「ああ。こちらが柴田美月さん、そしてこちらが千葉エリカさん、そしてこちらが有崎シンヤ。同じクラスなんだ」
「そうですか……早速、クラスメイトとダブルデートですか?」
なんでそうなる?
達也の妹は可愛らしく小首を傾げ、含むところは何もありませんよ、という表情で問いを重ねるも、その目は笑っていない。柴田でもないのに、彼女の背後で吹雪が巻き起こっているかのようなオーラが見えたような気がした。柴田と千葉も同じような印象を受けたようで、2人共顔を引き攣らせて固まっている。
「深雪、お前を待っている間、話をしていただけだって。そういう言い方は三人に対して失礼だよ?」
子供を叱るような口調で窘める達也に、妹はシュンと顔を俯かせた。
「……申し訳ございません、柴田さん、千葉さん、有崎さん。司波深雪です、お兄様同様、よろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「よろしくね! ――ねぇねぇ、あたしはエリカで良いから、深雪って呼んで良い?」
「ええ、苗字だとお兄様と区別がつかなくなってしまいますからね。私も貴女の事をエリカって呼んでも良いかしら?」
「もちろん! 深雪って結構気さくなのね」
「そう言うエリカは見た目通りなのね」
「私も深雪さんって呼んでも良いですか?」
「もちろんよ美月」
楽しげに話す彼女達を横目に、達也は会長の方をチラリと見た。俺も彼女を見やると、ニコニコと笑みを携えて彼女達を眺めるのみで、特に口を挟もうとはしない。
「深雪。生徒会の方々との用があるんじゃないのか?」
達也が気を利かせてそう言ったが、会長は手を横に振って、
「大丈夫ですよ、今日は挨拶だけですから。先にご予定があるんですもの、また日を改めますわ」
「会長! それでは、こちらの予定が――」
会長の発言に驚いたような男子生徒は納得出来ないのか会長に食い下がった。
「予め約束してた訳ではありませんし、彼女の予定を優先するのは当然だと思いますよ」
「それは……」
会長の言っている事が正しいと、その男子生徒も理解したのだろう。ただ彼の心情は周りの一科生と同じで、二科生に負けたのが悔しかっただけだろう。
「それでは深雪さん、また後日改めて。司波君も有崎君も今度ゆっくりと話しましょうね」
会長はそう言い残して、その場を去っていった。
できれば遠慮したい。
何故ゆっくりと話したがるのか理解に苦しむ。
一瞬反応の遅れた男子生徒も慌てて彼女を追い掛け、この場にはオレ達1年生だけが残される結果となった。
「すいませんお兄様……私のせいで……」
「お前が謝ることじゃないさ」
達也は首を横に振ると、ポン、と表情を曇らせる妹の肩に手を置いた。そのまま髪をすくように撫でると、沈んでいた妹の表情がみるみる内に赤みを帯びる。
「お兄様……」
そのまま見つめ合う二人。
傍から見ていると少々いや、大分危ない兄妹にしか見えないのだが……当の司波兄妹は自覚がないのか二人だけの空間を作っていた。
甘すぎて胸焼けおこしそうだ。
はぁ……なんとも先行き不安な高校生活になりそうだ。
オリ主設定一部公開
名前:有崎シンヤ Shinya Yuki
性別:男性
年齢:15歳
誕生日:10月20日
国籍:日本
外見:
『ようこそ実力至上主義の教室へ』の主人公綾小路清隆をリスペクト
性格:
やる気がなく、抑揚のないしゃべり方をする。何事にも動じず、常に冷静に物事を見極めながら、場の空気に合わせて多数派の中に溶け込む。
一見すると無気力で特徴のない人間のようだが……