魔法科高校の事なかれ主義の規格外(イレギュラー) 作:嫉妬憤怒強欲
前半はシンヤ視点、後半は達也視点となります。
劇場版の『星を呼ぶ少女』観るととても面白く、現在この話も書こうか悩んでおります。
第九話 遅めのファーストコンタクト/達也の代表入り
プルルルルルル――。
達也と深雪の自宅にその電話が掛かってきたのは、ブランシュ事件から数日が経った晩、そろそろ明日に備えてベッドに入ろうかと2人が思っていたときのことだった。
「――――!」
「――――!」
その瞬間、2人の表情が一気に警戒の色に染まった。
現代社会では電話の機能も持った携帯端末がほぼ100パーセントの割合で普及し、ほとんどの人はそれを使って電話をするので、自宅の電話に掛けないどころか自宅に電話が無いことも珍しくない。
しかも今回の電話は、通常の回線とは別物の“秘匿回線”を用いて掛けられたものだった。通常のそれとはセキュリティが段違いであるそれを使うということは、盗聴の類を仕掛けられると非常に困るような内容を伝えようとしていることを意味する。
『夜分遅くにごめんなさい、達也さん、深雪さん』
テレビ画面に映ったのは、ほとんど黒に近い色合いのロングドレスを身に纏い、異性を妖しく惹きつけずにおかない妖艶な魅力と、思春期の少女を連想させるような可愛らしさという相反した印象を同居させた女性だった。
「――どのような用件でしょうか、叔母様」
そんな彼女に対し、深雪は緊張感を内に秘めながら問い掛けた。
その隣に寄り添う達也も、彼女ほど表には出さないものの、画面に映る女性をまっすぐ見据えている。
その女性の名は、四葉真夜。
名字に“四”が含まれている四葉家の現当主であるが、四葉家は単なる“数字付き”の一員というだけではない“特殊な事情”がある。
一口に“数字付き”と言っても、その全てが平等の立場というわけではない。“二十八家”という頭一つ抜きん出た存在である家系が28存在し、さらにその中から4年に一度行われる会議で選ばれた10の家系を“十師族”と呼ぶ。日本の魔法師達が所属するコミュニティの頂点に君臨する十師族であるが、四葉家は七草家と並んで一度も十師族選定から落ちたことが無く、いわば“日本最強の一族”と表現しても差し支えない。
『執事の葉山さんから話は聞いてるわ。入学早々にとんだ騒動に巻き込まれたようね』
騒動とはブランシュ事件の事を指しているのだろう。
「………ブランシュのアジトを潰しに行ったのは深雪のガーディアンとして今後の憂いを絶つためにやったことです」
『心配せずとも、それについて別に咎める気はないわ。既に脅威を排除したのなら今後も純粋に学生生活を楽しんでくれたら嬉しいです』
「……お気遣い、感謝致します」
深雪がそう言って頭を下げるのに合わせて、達也も真夜の映像に向けて頭を下げた。しかし2人共、彼女がそれだけの話で電話をしてくる性格でないことは重々承知であり、どのような“本題”をぶつけてくるのか気になって仕方がなかった。
『さてと、今回電話したのは実はそれだけじゃないの。報告にあった彼のことについてよ』
「「……ッ!」」
真夜の言葉に、達也、深雪にとっては聞き逃せないものだった。
日本だけでなく世界でもその名を恐れられている“四葉家”の当主であり、本人も“世界最強の魔法師”の一角に顔を並べている彼女が彼の話をするとなれば、余程のことだ。
『とても面白い子ね。自分は直接手を下さずにテロリストたちを誘導して自滅に追い込むなんて………深雪さんたちくらいの歳でそんなことができるのは世界でたった二人しかいないと言っても過言ではないわ』
「……クラスメイトになって一か月以上経ちますが、普段から手を抜いてるような分、奴の力量を測ることがかないません」
『達也さんが警戒するのも無理はないわね。けど心配せずとも別に四葉家に対して不利益な存在というわけではないのよ。むしろ逆と言っても良いわ。もしもその子の身に何か困ったことが起きたとき、できるだけあなた達も力になってほしいと思って、こうして電話を掛けたのよ』
「……力に?」
『そう。まぁ、彼のことだから、一人でなんでもこなしてしまうでしょうが』
真夜の話を聞いていて、達也はますます訳が分からなくなった。彼女の言葉の端々から、彼に対して好印象を持っていることが明らかに伝わってくる。普段は自分の感情を表に出すことのない彼女からしたら、それは非常に珍しいどころの騒ぎではない。
『そんな訳で、彼とはこれまで通り仲良くしてちょうだいね』
「かしこまりました……ところで、叔母上は彼のことを存じてるのでしょうか?それに先程おっしゃっていた”二人しかいない”というのはもう一人が誰かも?」
達也の質問に、真夜は口元の笑みをますます深めながら、ゆっくりと口を開いた。
『――――その答えはもうしばらくしたらわかるかもしれないわ』
♢♦♢
「オラオラ、どきやがれ‼︎」
頭部にサポーターをつけ、こぼれ球に向かって猪のように突進するレオ。すぐ近くにエリカがいれば間違いなく爆笑し、本人が聞けば間違いなく顔を顰める、そんな感想を抱きながら、オレは一般科目の一つである体育の授業を受けていた。魔法の授業に関しては教師をつけてもらえない二科生だが、こういった魔法に関係無い授業のときには魔法師でない一般の教師がつけられる。
今行なっているのは、”レッグボール”と言われるフットサルの派生競技だ。大まかなルールはフットサルとほぼ同じだが、フィールドを透明な壁や天井で囲み、反発力を極限まで高めた軽量ボールをそこにぶつけて反射させながらパス回しを行うという点で大きな違いがある。箱の中ということもあり跳ね返ったボールなども駆使してゴールを決めるのもありであった。
ちなみにオレは争いを好まないため、目立たぬよう前線には出ずに後ろで緩やかについて行ってる。
「達也!」
見事にボールを拾ったレオがディフェンスの間を縫うように強烈なパスを出した。ボールは誰にも止められることなく、中盤で待ち構えていた達也へと迫る。
シュート性の勢いのあるパスであったが、達也はそれを真上に蹴り上げることで勢いを殺し、天井から跳ね返ってきたところを綺麗に抑えると、味方の中で唯一フリーとなっている前線の選手に向けてさらにパスを出す。
レオほどではないものの、かなりスピードの乗ったパス。やや強すぎると思ったが、前線のその生徒は走りながら自分に向かって飛んでくるボールをチラリと見遣ると、即座に立ち止まって絶妙な足捌きでそれを受け止め、そのままゴールに向かってボールを蹴り飛ばした。キーパーが反応して動こうとするが、1歩目を踏み出す頃には既にボールはゴールネットに吸い込まれていた。
あいつは確か隣の席の…………確か理論の成績で三位をとった吉田だったか。
予想外の動きを見せた吉田に素直に感心していると、同じように前線で感心したようにレオと話をしていた達也が、飛んできたボールを上段回し蹴りで相手ゴールに蹴り返していた。
……学校の体育の授業で上段回し蹴りとは、なんとも大人気ない。
そして、その後もオレの出番がないまま達也たち三人の攻めによって、対戦相手のF組は一点も取ることが出来ぬままE組の圧勝に終わった。
♢♦♢
「おお!やるな、あいつ!」
吉田幹比古のゴールでフィールドが喧騒に包まれる中、レオが感心したように声をあげ、達也は無言でそれに同意した。
一学期も終わりに差し掛かっており、達也もレオもクラスメイトの顔と名前くらいは把握している。だが二人共その相手とは話した事が無かった。
レオは彼の素性を一切知らないのだが、達也はある程度調べていた。
――――吉田幹比古。
直近の筆記試験において二科生ながら司波兄妹に次ぐ3位の成績を叩き出した彼は、現代魔法が誕生するよりも前から受け継がれてきた古式魔法、その中でも“精霊魔法”と呼ばれる秘術を伝承する吉田家の直系だ。兄をも凌ぐ才能を持った麒麟児として将来を期待されていた彼がなぜ補欠扱いの二科生となっているのか謎だが、先程の動きを見ても体術においてはその名に恥じぬ技術を備えているようだ。
(爪を隠した鷹か……。思わぬ所に潜んでいたな。いや、すでに一人いるか)
チラリとシンヤを見やる。その時の達也の目つきが自然と鋭くなっていた。
「達也!」
とそこで横からもう一回もの凄い勢いでレオからのパスが来て、達也はそれを上段回し蹴りでゴールに叩き込んだ。
♢♦♢
「お疲れ、吉田」
「ナイスプレーだったぜ、吉田。意外とやるじゃねーか」
試合が終わり見学ゾーンに移動したオレたち三人は、集団からやや離れたところに腰を下ろしていた吉田に労いの意味も込めて声をかけた。
しかし吉田は、若干困ったような笑みを浮かべて、
「……ありがと。でも悪い、名字で呼ばれるのは好きじゃないんだ」
「分かった。それじゃ、これからは“幹比古”と呼ぶぜ。俺のことも“レオ”で良いからな」
「俺も幹比古と呼ばせてもらって良いか? その代わり俺の事も”達也”で良い」
「……”シンヤ”でいい」
「オーケー、達也、レオ、シンヤ」
オレたちの言葉に気安気な口調で答えた吉田改め幹比古は、少し気恥ずかしそうな表情を見せた。
「実を言うと達也、君とは前から話をしてみたいと思っていたんだ」
「……奇遇だな、俺もだ」
理論分野で一位と三位、傍目には筆記試験で優秀な成績を修めた2人が互いを意識していると受け取れるが、本人達の思惑はそれとは少し別のところにあるようだ。
「それに、シンヤとレオとも話をしてみたかったさ。なんと言ってもあのエリカにあれだけ根気良く付き合える人間は珍しいからね」
「……なんか釈然としねぇ」
「?オレはアイツとは普通に接してるつもりだが」
「幹比古は、エリカと知り合いだったのか?」
達也の問いに、幹比古は口を開きかけて、
「いわゆる幼馴染?ってやつよ」
「エリカちゃん、なんで疑問形なの?」
その質問に答えたのは、隣のグランドで同じく体育の授業を受けていたエリカだった。その後ろには、美月の姿もある。
「知り合ったのが十歳だからね。幼馴染と呼べるかどうか微妙なとこだと思うよ。それにここ半年くらい、学校の外でまったく顔を合わせてなかったし。教室じゃずっと避けられてたしね」
たしかに微妙な立ち位置だな。
「…………それでエリカ、なんだその格好は?」
「何って、伝統的な女子用体操服だけど?」
「伝統的?」
キョトンとした表情で小首を傾けて答えるエリカ。
この学校、運動着は上下共に長袖のジャージなのだが、何故かエリカは下のジャージをはいていないように見える。代わりに現在下に着用している運動着は、股下ぎりぎりまで裾をカットしたものだった。数十年前の大規模な寒冷化の名残で肌を露出したファッションをあまり好まない現代においては珍しいものだ。
いやそれ以前にエリカの引き締まった太腿、綺麗な素肌が惜しげもなく顕わになっており、思春期真っ只中の青少年には目に毒すぎる。現に一人は顔を真っ赤にしながら陸に上げられた魚の様に口をパクパクとさせ、一人はフリーズ状態、一人は特に反応なしであった。
おっといかんいかん、あまり凝視すぎるのはダメだな。
「あれ?どうしたのシンヤ君、目をそらしちゃって」
「いや、あんまり見ないようにとオレなりの配慮だ」
「ふーん……もしかして興奮しちゃった?」
「……………………別に」
「今の間はなにかな?」
ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべるエリカはオレの反応を見て面白がってる。勘弁して欲しい。そこに達也が救いの手?を差し伸べてきた。
「エリカ、それはどうしたんだ?変ったデザインのスパッツだとは思うが」
「スパッツじゃないわよ」
「でもアンダースコートって訳じゃないだろ」
「あのね達也君、いくらアタシだってスコート無しでアンダースコートは穿かないわよ。これはねブルマーって言うのよ」
ブルマー?
「ブルマー? 箒みたいな名前だな。昔はそんな格好で掃除してたのか?」
達也のボケとも取れる発言にエリカは興奮したように答える。
「そんな訳無いじゃん! てか、女子用体操服だって言ったじゃん!」
エリカが怒鳴ったおかげか如何かは分からないが、此処でレオが現実に復帰した。
「ブルマーって言うとあれか、昔のモラル崩壊時代に女子中高生が小遣いほしさに親父共に売っていたと言う……」
だが復帰しなかった方が彼の為だったかもしれない。
「黙れバカ!!」
顔を真っ赤にしてレオの向こう脛を蹴り飛ばすエリカ。華麗に決まった一撃に脛を抑えて悶絶するレオであったが、その一方、蹴りを入れたエリカの方も片足を抑えてぴょんぴょんと跳ね回っていた。
「信じられない、アンタの頭の中は如何なってるのよ!」
「前に読んだ雑誌にそんな事が書いてあったんだよ!」
「ふ~ん、何の雑誌を読んだんだか…………動きやすいかなって思って履いてみたんだけど、あんまり効果は無い感じなんだよね。脚をほとんど露出してるから怪我しやすいし、失敗だったかも」
「エリカちゃん……、やっぱり普通のスパッツに戻した方が良いよ」
「うん、美月の言う通りかも。ミキも変な目で見てるし……」
突然話を振られたミキこと幹比古が、真っ赤だった顔をさらに紅くして叫ぶ。
「そんな目で見ていない!それに“ミキ”って呼ぶな! 僕の名前は幹比古だ!」
「えぇっ? だってミキヒコって噛みそうなんだもん。だったら“ヒコ”にする?」
「なんでそうなる!普通に呼べば良いじゃないか!」
「だってあんた、名字で呼ばれるの嫌いじゃん」
名字で呼ばれるのを嫌うか、随分と深い理由がありそうだ。
どこの魔法師の家系もそういった複雑な事情からは逃れられないのか。
取り敢えずオレは助け舟を出すことにした。
「なあエリカ、そろそろ戻った方が良いんじゃないか?」
「へ?……ヤバッ!それじゃあシンヤ君、達也君、ミキ、また後で」
「あっエリカちゃん、待ってよ!」
さりげにレオをハブったな。ま、あんなことを口走ったのだから自業自得か。
慌てて去っていったエリカを追うように美月も慌てて去っていった。
「すまない、ありがとうシンヤ」
「気にするな。余計なお世話だったか?」
「そんな事無いよ……それにしてもシンヤと達也は落ち着いてるね」
「「なにがだ?」」
「いや、エリカがあんな格好をしてたのに二人とも顔色一つ変えずにエリカと会話していたのが不思議に思ってね」
「そんなことないぞ。達也はどうかわからないがオレはこれでも動揺してたが」
「あはは……そんな風には見えなかったんだけどね」
「そういやその仏頂面が崩れたところを一度たりとも見たことがねえな」
「確かに普段から感情の起伏が全然見られないな」
達也、それ思いっきりブーメランだからな。あっいや時々小さく愛想笑いを返してるから違うか。
「………ま、オレはあまり感情が表に出にくいタイプかもな。そういう達也は自分の妹で慣れてるからあれくらいじゃ動じないんだろうが」
「確かにな。達也の妹はもの凄い美少女だしな」
「ああ、新入生総代の司波深雪さんか。初めて見た時はこんな綺麗な子が存在するのかと思ったよ」
「おい達也、可愛い妹が狙われてるぜ」
「冗談はよしてくれよ!あんな人と付き合えるとしても、緊張しちゃって会話すら出来ないよ」
「まあそうだろうな。それ以前に彼女はかなりのブラコンっぽいし、付き合うには難攻不落のお兄様を倒さなきゃいけないしな」
「……レオ、今度ゆっくりと話し合おう」
「おお怖、俺はまだ死にたくねぇぜ」
こっちはこっちで相変わらずのシスコンだな。
♢♦♢
幹比古は、古式魔法の名門、『精霊魔法』に分類される系統外魔法を扱う吉田家の直系で、一年前までは神童と呼ばれるほどの実力があった者だ。
吉田家の中核的術法である喚起魔法にいたっては、次期当主である兄を既に凌いでいると評価されていた。
それが、一年前に起きたある事件により、力を失ってしまったのだ。
それから彼は『力』を求めた。
失ってしまった『力』に変わる力を。
この一年間、彼はかつてないほどに勉学に打ち込んだ。
それまではあまり熱心とは言えなかった武術にも、真剣に取り組んだ。
それでも、喪失感は埋まらない。
その時、彼は二人の男に興味を持った。
それは、司波達也と有崎シンヤという生徒。
司波達也。
入学したばかりの二科生でありながら、一科の上級生を次々とねじ伏せて見せた力を持っている。
有崎シンヤ。
エリカとよく会話をする彼は顔立ちは整ってるが存在感が薄く、人畜無害な印象であったため『力』を求める幹比古にはあまり興味がなかったが、ブランシュ襲撃事件でシンヤがテロリストたちと戦ってる姿をたまたま精霊魔法を通して視認したとき、彼は度肝を抜かれた。
乱戦と化してる中、彼は敵意も、当然殺意すらもなく、ただただ無表情に機械的にナイフを持った相手に魔法無しで撃退する。汗もかかず息切れもせずに仁王立ちしてる彼の後ろには、一瞬『死神』が見えた。
幹比古はその瞬間には彼の評価を見誤っていたことを理解せざるを得なかった。
そこから彼は、シンヤにも興味を持った。
そして、今日の授業。
コミュニケーションがあまり得意ではない幹比古が一人休憩していたときに達也とレオと共に近づいてきたのが、シンヤだった。
実際に対面して話してみるが、彼は感情をまったく表にださない。
普通、人間という生物は様々な箇所から感情が垣間見える。
表情、声音、筋肉の動き、目の中にも注意深く観察しなくとも、わかる箇所は多数存在する。
だが、どこからも感情をださない。
感情がないといった方がしっくりくるくらいだ。
表情はもちろん、声音や目にもまったく変化がない。
たとえ仏陀のような男であろうと、無意識に出てくる感情は制御できないはずだ。
シンヤだけでなく達也の方にも興味を持っている。魔法無しで並み居る上級生を薙ぎ払い、テロリストを撃退するだけの力を如何やって手に入れたのかを知りたい。
だから幹比古は、達也とシンヤ、レオを戦わせてみたかった。そして自分も達也とシンヤと戦ってみたいと思っていた。
「幹比古?」
「え?」
そんな事を考えていたので、急に名前を呼ばれて幹比古は身構えてしまった。
「おいおい、随分と物騒だな」
「ゴメン……」
達也とレオに苦笑いされ、幹比古は気まずそうに謝ったのだった。
♢♦♢
達也たちが生徒会や風紀委員に入ってから、生徒会室で昼食を摂ることが習慣となっていた。深雪は生徒会の仕事をするため、達也はそんな彼女の付き添いで来てる。また、真由美や摩利などの上級生を交えながらの談笑は退屈しないため、今のところはその習慣を変える予定は無い。
しかしその日の昼食会は、いつもなら率先して話題を振って雰囲気を良くしてくれる真由美が時折箸を止めては深刻そうに溜息を吐いているため、あまり会話も弾んでいなかった。
「随分と悩んでいるようだな、真由美」
「ええ、九校戦のことでね。選手の方は十文字くんの協力もあって何とか決まったけど、問題はエンジニアの方なのよねぇ……」
「まだ決まっていないのか?」
驚いたような口調で摩利が尋ねると、真由美は力無く頷いた。
「元々ウチって魔法師の志望ばかりで魔法工学の人材が少ないから、代表エンジニアの選出は毎年悩みの種なのよ。今年はあーちゃんや五十里くんがいるからまだマシだけど、それでも頭数が全然足りない状況なの。私や十文字くんがカバーするとしても限度があるし……」
「おいおい、おまえ達は一高でも主力選手だろ? 他の選手にかまけて自分が疎かになったら元も子もないぞ?」
「本当よねー。せめて摩利が自分でCADの調整ができれば良いんだろうけど……」
「……いやぁ、本当に深刻な問題だな、うむ」
真由美の責めるような視線に、さすがの摩利も気まずそうに顔を逸らした。
「ねぇリンちゃん。やっぱりエンジニアやってくれない?」
常に冷静沈着な態度で表情を崩さない、生徒会会計担当、リンちゃんこと市原鈴音に再三要請しているのだが、彼女は首を縦には振らなかった。
「無理ですね。私の腕では中条さんたちの足を引っ張るだけです」
「そこを何とか!」
「無理なものは無理です」
「そんなぁ~……」
机に突っ伏した真由美を見て、達也はアイコンタクトで深雪に合図を出した。このまま生徒会室に居ると自分に都合の悪い展開になると分かっていたからだ。そして腰を浮かしかけたところで、達也の勘は的中した。
「だったら司波君に頼むのは如何でしょう?」
「ほえ?」
拳を握った後、端末に向かって唸っていたあずさからの提案に、真由美はそんな声を出した。そして達也は浮かせかけた腰を椅子に戻したのだ。この状況では逃げ出せないと諦めたのだ。
「司波さんのCADは司波君が調整してるようですし、一度見せてもらいましたが一流メーカーのクラフトマンにも勝るとも劣らない出来でした」
「……そうよ! 盲点だったわ!」
あずさの言葉が徐々に浸透したのか、ゆっくりと立ち上がったのに言葉の勢いはもの凄いものだった。
「そう言えば風紀委員の機材も達也君が調整してるんだったな。使ってるのが本人だけだったからすっかり忘れていた」
当の本人を置いてけぼりに事態がみるみる進んでいく光景に、さすがの達也も焦りを隠し切れない様子で口を挟む。
「ちょっと待ってください! 1年生のエンジニアは前代未聞では?」
「何事も、最初は初めてよ!」
「その通り! 前例は覆すためにあるんだ!」
おそらく予測してたのだろう、真由美と摩利が即座に息の合ったコンビネーションでそれを否定した。
しかしそれでも、達也はまだ折れる気は無かった。
「CADの調整はユーザー、つまり選手との信頼関係が必要不可欠です。全員が一科生である選手から反感を買うような人選は如何かと思うのですが」
「ダイジョーブだって。風紀委員のお仕事も、何だかんだ言ってちゃんとやってるでしょ。それに昔から言うでしょ。『やらないで後悔するより、やって後悔する方が良い』って!」
その言葉は相手を説得するには少々不適切では、と達也は思わなくもなかったが、風紀委員という前例を持ち出されると彼としてもなかなか反論しづらい。未だに達也が風紀委員であることへの不満は聞こえるものの、当初と比べればその勢いはほとんど無いようなものだ。強いて挙げるとするならば、未だに同級生の森崎が何かと食って掛かる程度だろう。
さらには、
「私はお兄様にCADを調整していただきたいのですが……、駄目でしょうか?」
深雪からこうして“お願い”されてしまったとあっては、達也としても折れざるを得ない。
「……分かりました。エンジニアの件については、謹んでお受け致します」
「はい、了解です! 放課後に九校戦準備会議があるから、サボらないで来てね?」
「…………」
ウインクしながらそう言った真由美に、達也はもはや何も言えなかった。今更何を言ったところで、達也に退路は残されていないのだから。
その後の放課後、九校戦の準備会議で達也の代表入りに他の代表選手(一科生)から反対の声が上がったが、CADの完全マニュアル調整を披露し、服部副会長を含んだ一高の重役たちの一押しもあったことで、めでたく達也は九校戦メンバーに選ばれたのだった。
♢♦♢
部活連本部での会合を終え、深雪と帰路についた達也は嬉しそうな深雪の姿を見て少し呆れ気味だった。ついさっき結果が出たばかりだと言うのに、もう深雪に情報が伝わってるのが分かったからだ。
「お兄様、今日のお夕食は期待してて下さいね」
「そんなに大げさにする事でも無いだろうが」
「お兄様が九校戦のメンバーに選ばれたのですから、お祝いするのは当然です!」
正確にはエンジニアなのだが、深雪の中では達也は九校戦のメンバーになっているのだ。大まかに言えばエンジニアも確かにメンバーではあるので、あながち間違っていない深雪の解釈を如何したものかと悩みながら家に着いた。
「それではお兄様、早速準備しますので少々お待ち下さい」
「別に急がなくても良いぞ」
妹のハシャギっぷりに呆れながらも、それでも優しい笑みを浮かべる達也は、やはりシスコンなのかもしれない。
「厄介な事を引き受けてしまったかもしれないな……」
達也としては、あの場面で手を抜く事だって出来たのだが、調整機の前に立つと(座ると?)ついつい手を抜く事など考えられなくなってしまうのだ。彼が普段調整してる相手は深雪なのだから、手を抜くなんてありえないのだから。
(まったく………普段から手を抜けるアイツが時折羨ましく感じる)
食事を終え、深雪が片付けをしている時に端末に通信を知らせる合図が来た。相手は非通知だが、司波家にとってこれは別に珍しい事でもないので達也は躊躇うことなくそれを取った。
そうして画面に映し出されたのは、日焼けや火薬焼けによってなめし皮のような顔をした中年の男性だった。画面に映る上半身だけ見てもその体はよく鍛えられ、しかもそれは見る者が見ればスポーツの類で身に付いた筋肉でないことが分かるものだった。
「お久しぶりです。……狙ったのですか?」
『何の事だか分からないが……久しぶりだな、特尉』
「……その呼び方をするということは、秘匿回線ですか? ――風間少佐」
陸軍101旅団・独立魔装大隊隊長である風間玄信の声に、達也の声も自然と低くなる。
『簡単では無かったがな。特に特尉の家のセキュリティーは、一般家庭のわりには厳重過ぎる』
「サーバーの深くまでアクセスしようとしなければ、クラッキングシステムは作動しないはずなんですがね」
『ははは、うちの若い奴にも良い薬になっただろう。――それじゃ、事務連絡だ』
軽い挨拶(と呼ぶにはどうにも薄ら寒いものを感じるが)もそこそこに、風間はさっそく本題に入った。
『本日“サード・アイ”のオーバーホールを行い、部品を幾つか新型に更新した。それに合わせて、ソフトウェアのアップデートと性能テストを行ってほしい』
「分かりました。明朝出頭します」
『別に差し迫った用事でもないのだが?』
「今度の休みには“研究所”に行く予定ですので」
『……私がこう言うのも何だが、高校に入ってますます学生らしくない生活のようだな。――それでは、明朝にいつもの場所へ。本官は立ち会えないが、真田に話を通してある』
「了解しました」
用件が終わったと思い、達也が電話を切ろうと口を開きかけたそのとき、
『聞くところによると、今夏の九校戦には特尉も参加するそうだな』
――代表入りが決まってまだ数時間しか経っていないんだが……、いったいどこから……?
「ええまぁ、成り行きで」
『そうか。――気をつけろよ、“達也”」
自分に対する呼び方が変わったことに、達也の目が僅かに細められた。それは上官ではなく旧知の者としての警告を意味し、それは軍の情報を一介の高校生に与えることを意味している。
『九校戦会場である富士演習エリアに不審な動きがある。国際犯罪シンジケートの構成員らしき東アジア人の目撃情報も出た。時期的に見ても、奴らの狙いは九校戦で間違いないだろう』
九校戦ともなれば、将来有望な魔法師が一堂に会することになるだろう。もしそこでテロ事件でも起きれば、人材的な被害は相当なものになるに違いない。
『壬生の報告によると、香港の犯罪シンジケートである“無頭竜”の下部構成員ではないかということだ』
壬生という名字に、達也は表には出さずに反応した。
その人物はおそらく、壬生紗耶香が退院するときに顔を合わせた彼女の父・壬生勇三のことだろう。内閣府情報管理局の外事課長として国際犯罪組織を担当している彼ならば、そのような情報を手に入れたとしてもおかしくない。
そしてそれを風間に話すということは、2人は個人的な繋がりがあるということを意味している。それも、機密情報を遣り取りできるくらいに深い繋がりが。
『それと、こちらもここだけの話なんだが…。達也の報告にあったクラスメイトをこちらでも調べてみたんだが、残念ながらプライベートデータ以上のことはなにも出てこなかった』
「なにも……ですか?」
『あぁ、藤林も完全にお手上げ状態だ。まるで幽霊を追いかけているようだとぼやいてたよ』
「幽霊とはまたオカルトな表現を。まあ、魔法はかつてはオカルトの類と言われてたので否定はできませんが」
『フ、確かにな。おっと、長話が過ぎたようだ。部下が焦っているから、そろそろ切らせてもらう。詳しい話は現地でしよう。九重師匠にもよろしくと伝えてくれ。それでは』
至って冷静に、しかし慌ただしい口調で風間がそう言い残し、電話が切られた。もしかしたら、ネットワーク警察にでも回線割り込みの尻尾を掴まれたのかもしれない。
それにしても、先日のブランシュといい、今度は犯罪シンジケートが絡んでくるとは。
風間の最後の言葉は八雲に今の情報を伝えておけと言う事だと理解した達也は、僧籍にある八雲に何処まで話して良いものかと悩むのだった……。
幹比古のミキの発音を変えると夢の国のネズミの名前が浮かんできます。
『ハハ!僕ミ「言わせねえよ!」』