魔法科高校の事なかれ主義の規格外(イレギュラー)   作:嫉妬憤怒強欲

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第十四話 試作デバイス/事故

 8月4日九校戦2日目。

 

 さっそく、達也にとって想定外の事態が発生した。

 昨日、摩利と平行して男子のバトル・ボードも行われたのだが、その結果が思っていたよりも芳しくなかった。試合自体は勝ち進んだものの摩利のような圧勝劇ではなく、特に出場選手の1人である服部は本調子でないのかギリギリの内容だった。これを重く見た作戦スタッフの鈴音は、担当エンジニアと付きっきりで調整させることにした。

 

 しかしそうなると、そのエンジニアが担当するはずだった女子クラウド・ボールの代役を立てなければならない。クラウド・ボールは1日の試合数が多く副担当がいないと厳しいが、かといって男子のサブを女子にも回すというのは負担が大きすぎる。

 

 明日と明後日の両方ともオフであり、突然の事態にも対応できる優秀な人物。

 そんなわけで、達也に白羽の矢が立ったのである。

 

 技術スタッフ用の校章入りブルゾンに袖を通し、昨日の夜に急遽渡された出場選手のサイオン特性データ内蔵の記録デバイスを持った達也が、エリア内に設けられた第一高校用の天幕へと足を踏み入れた。特設のテントだけあって簡易的な造りだが、CADを調整する機材は一通り揃えられているし、試合の様子をここからモニターで確認することもできる。

 

 そんな天幕にやって来た達也を真っ先に出迎えたのは、彼をここに呼んだ張本人である生徒会長七草真由美だった。

 

「あの会長……もしかして、そのウェアで試合をするんですか?」

「え、そうだけど……。もしかして、似合わない?」

「……いえ、とてもお似合いです」

 

 彼女が着ていたのは、テニスウェアとしか形容できないポロシャツにスコート姿、しかも競技用ではなくファッション用だった。ちょっと体を傾けただけでアンダースコートが見えてしまうであろうその格好は、ボールを追い掛けてコート中を走り回るクラウド・ボールにはどう考えても相応しくない。

 

(こんな手足をむき出しでやる競技じゃなかったはずなんだが……この人なら何でもありなんだろうな)

 

 真由美の圧倒的な魔法力があれば、格好など関係無いのだろうと自分を納得させ、達也は一つ頷いた。

 

「達也君、何だか馬鹿にされてるような気がするんだけど?」

「気のせいでは? ところでラケットは使わないのですか?

 

 真由美の疑問を事務的に流し、達也は競技の話題を振る。

 

「私は何時もこのスタイルよ」

「CADは何を?」

「これよ」

 

 真由美が取り出したのはショートタイプの拳銃型CAD。達也のCADと比べて銃身の短い拳銃型のそれは、1系統の魔法しか使えない代わりに発動までの時間を高速化した特化型だ。

 

「会長は確か、普段は汎用型でしたよね?」

「まぁね。この試合では1種類しか使わないし」

「移動か、それとも逆加速ですか?」

「正解。“ダブル・バウンド”よ」

「運動ベクトルの倍速反転、ですか。低反発性のボールでは、相手コートまで戻らないことがあるのでは?」

「去年は他の加速系魔法も入れてたんだけど、結局は使わなかったのよね」

 

 真由美から受け取ったCADを軽く眺めながら、達也は彼女の言葉に内心舌を巻いた。本人は事も無げに言っているが、相当の力量差が無ければできないことだ。

 

 そんな達也をよそに真由美はコートにぺたりと座り込み、大きく脚を広げた。「ちょっと手を貸してもらえるかしら」という彼女の言葉に、達也は了承して彼女の背中を斜めに押してやる。ほとんど抵抗も無く彼女の胸は脚につき、左右4回ずつそれを繰り返したところで「もういいわ」と声が掛かったためその手を離した。

 

 と、両脚を揃えた真由美が悪戯っぽい目つきと共に彼へと手を差し出した。達也は最初彼女の意図が分からず首を傾げていたが、彼女が少し不満げに頬を膨らませるのを見て察したのか、彼女の正面に回り込んでその手を握って軽く引っ張り上げた。膝を揃えたまま器用に立ち上がった彼女の顔は満足げだ。

 

「もし私に弟がいたとしたら、達也くんみたいな感じなのかしらねぇ」

「そんなに慣れ慣れしくしているつもりはありませんが……」

「そういう意味じゃなくって、達也くんは変に構えたりオドオドしないじゃない? 敬語は使うけど遠慮はしないし、冷たいのかと思ったらこうして我が儘を聞いてくれたりするし」

「オドオドしないという意味でなら、シンヤもそれに該当すると思うのですが」

「シンヤ君はねぇ……。オドオドしないのはいいけどどこか融通が効かないところがあるのよね~少し手間のかかる末っ子って言ったところかしら?その点、達也くんなら安心ね」

 

 真由美を見て、「こんな姉が居たら疲れるだろうな」と思った達也だが、口にしたのは別の事、自爆をするような可愛い性格では無いのだ。

 

「達也くんは、シンヤ君とプライベートな話をすることってあるの?」

「プライベートな話、というと?」

「うーん、そうねぇ……。たとえば今までどこに住んでいたのかとか?」

「いえ、そういった話はしないですね」

 

 本当は以前に質問したのだが、当のシンヤは適当に答えるだけで取り付く島がなかった。

 真由美もそんなことを聞いてくるのは単に個人的な興味なのか。

 

――――或いは日本の魔法界に君臨する“十師族”の人間としての警戒か。

 

 ふと湧いた彼の疑問は、真由美の試合の時間がやって来たことで一旦保留となった。

 

 

 クラウド・ボールはテニスに似た競技だが、サーブという制度は無い。圧縮空気によって低反発ボールがコート内に射出され、それを相手コートに打ち込んで1回バウンドするごとに1ポイント、転がったり止まっているボールに対しては0.5秒ごとに1ポイント加算される。コート全体は透明な壁に覆われており、20秒ごとにボールが追加射出、最終的には9個のボールを1セット3分間休み無く追い掛け続けることとなる。インターバルを3分ずつ挟んで、合計3セット(男子は5セット)行われる。

 

 そう。普通ならば、ボールを追い掛け続けるはずなのである。

 

 ――さすが会長、もはや勝負にすらなっていない。

 

 

 

 達也の目の前で繰り広げられているのは、試合などではなく一方的な“蹂躙”だった。

 

 相手も代表に選ばれるだけあって、かなりの手練れだ。移動魔法を使ってボールが飛び込んでくる場所に先回りし、両手で持つ拳銃型のCADをボールに向けて打ち返していく。

 

 しかしボールがネットを超えた瞬間、それが倍のスピードになって返ってくるのである。相手はそれを打ち返すために、再び移動魔法でそのボールを追い掛けていく羽目になる。

 

 一方真由美は、ただ立っているだけだった。祈るように小銃型のCADを握りしめているだけで、ネットよりもこちら側に来たボールが自動的に返されていく。一歩も動いていないのだから、達也が試合前に心配していた短いスコートが微塵も揺れることはない。

 

 真由美の魔法はただ来たボールを跳ね返しているだけなので、ボールが1個の内は相手も頑張って返していた。しかしそれが2個、3個と増えていくごとに相手のミスが比例して増えていき、最終的に9個になったときにはもはや手の施しようが無くなっていた。

 

 第1セット終了のブザーが鳴る頃には、相手選手は膝から崩れ落ちるほどに疲労していた。

 結果は85対0。どちらが0かは、書くまでもないだろう。

 

 小さく息を吐いてコート脇に戻ってくる真由美を、達也はタオルを彼女に手渡して出迎えた。もっとも、1滴も汗を掻いていないので無意味かもしれないが。

 

「お疲れ様でした、会長」

「もう達也くん、まだ第1セットが終わったばかりよ。気を抜いちゃ駄目」

「いえ、おそらく相手は棄権しますよ。ペース配分を誤ったせいで、サイオンが枯渇してるので」

 

 なぜそれが分かるのか真由美が聞き返そうとした次の瞬間、審判団による相手選手の棄権が告げられた。戸惑う彼女を尻目に「次の試合に備えてCADの調整をしましょう」と言い残して天幕へと戻っていく達也に、彼女は慌ててその後を追い掛けていった。

 

 

 その後、元々の天性の才能に加え、達也のエンジニアとしてのサポートも受ける真由美に付け入る隙があるはずもなく、真由美はその後も1つの失点すら許さないパーフェクトゲームで優勝を飾った。

 

 

 

 

 

 

 その後のアイス・ピラーズ・ブレイクに出場する一高二年の千代田花音も順調に勝ち進み、前人未到の3連覇に向けて上々といったところ――と普通ならばそう考えるだろう。

 だが午後に行われた男子クラウド・ボール。桐原先輩を含む3人が出場したのだが、いずれも1回戦敗退、2回戦敗退、3回戦敗退という結果に終わってしまった。

 

 二日目を終えた段階で、一位を第一高校が押さえているが、まだ大会は二日目を消化しただけでポイントは二位の第三高校とそこまで離れているわけではなく、三日目からの勝敗次第で二位に落ちる可能性があった。

 

 

 

♢♦♢

 

 

 その日のバイトを終え、制服に着替えたオレ達はエイミィと北山、司波妹、光井と合流し、達也の部屋を訪ねた。

 

「お兄様、入ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、構わないよ」

「「お邪魔します」」

 

 達也にあてがわれた部屋がいくらツインとはいえ、CAD調整用の機材もある程度置いてあるのでこの人数では部屋が狭く感じられる。その中で、一つだけ奇妙なものを見つける。

 

「?達也、それはなんだ?」

 

 机の上に置いてあったそれは、刃がついてなく、長方形みたいに平べったい片手剣に見える。斬るというよりも叩き潰すことを目的としていると思われる。

 

「達也君、これって模擬刀? 刀じゃないけど」

「いや」

「じゃあ鉄鞭?」

「今時鉄鞭なんて好んで使う武芸者なんていないと思うぞ」

「武芸者って……」 

 

 達也の言い回しが古いと感じたエリカは、若干苦笑い気味の表情を浮かべる。

 

「じゃあ何? ……もしかしてホウキ?」

「正解。より正確には武装一体型CAD、武装デバイスとも言うな。完全に単一の魔法に特化したCADと、その魔法を利用した白兵戦用の武器を纏め上げたものだよ」

「ふ~ん。これって達也君が作ったの?」

「ああ。昨日の渡辺先輩の試合を見て思いついたんだ」

「ちょっと待って!」

「ん?」

 

 今まで興味を示してなかった幹比古が、急に話しに割り込んできた。

 

「渡辺先輩の試合は昨日だよ? それでもう出来てるっておかしく無いか? ありあわせのものには見えないし、達也だって作業してる暇なんて無かっただろ?」

「俺は設計図を引いただけだ。時間があれば自分でやったが、知り合いの工房の自動加工機で作ってもらった…」

 

 マジか。たった一日で完成させるなんていったいどういう人脈持ってるんだコイツは。

 

「…レオ!」 

 

 幹比古への説明を終え、達也は武装型CADを入れたトランクをレオに投げつけた。

 

「おっと! 危ねぇじゃねぇか達也!」

 

「えっ、俺が?」

「さっき言ったように、その武装デバイスは硬化魔法に特化したものだ。お前向きだと思うぞ」

「そうか……如何したもんかね」

「やりたいのバレバレ」

 

 北山の感想に、部屋に居る全員が頷く。

 

「試したくないか?」

 

 メフィストフェレスのようにささやく達也に、レオは不承不承と言わんばかりに頷く。

 

「しょうがねぇな、実験台になってやるぜ」

「顔、にやけてるぞ」

 

 態度では兎も角、表情は誤魔化せていなかった。

 エリカも「わかりやす!」と言いたげな顔をしていた。

 レオは決してバカではない(多分)が、ポーカーフェイスは得意じゃないのかもしれない。

 

「あっ、そうだ。シンヤ、良かったらお前も少し試してみないか?」

 

 え?

 

 

 

 

 

 

 

 巻き込まれる形でレオと共に即興の講義を受けた後、デバイスのチェックの為に宿舎裏にある屋外格闘戦用の訓練場に来ていた。遅い時間なのに、演習場が使えたのは、エリカのコネのおかげだ。

 

「なあ達也、本当にあんな事が出来るのか?」

「それを確かめる為に演習場に来たんだろ?」

「そりゃそうだ」

 

 マニュアルで見た事が本当に出来るかどうか疑問のようだったが、レオはとりあえずスイッチを入れて魔法を発動させる。

 

「おっ?」

 

 カチッと音がしたのと同時に、刃の中間付近が分離して剣先部分がフワリと宙に浮き上がった。

 

「ホントに浮いてら、おもしれぇ」

「3…2…1…」

「おっと」

 

 達也のカウントに合わせて、レオは剣の動きを停止させる。

 

「0」

 

 カウントが終わると、空中に浮いていた剣の先端が再びカチッと音を鳴らし柄に収まった。

 

 レオが今やって見せたのは”硬化魔法”の応用だ。

 硬化魔法のそもそもの定義は、“パーツの相対位置を固定する魔法”だ。物質の形を保持するという効果を得られるため結果的に物質が硬くなったように見え、だから“硬化魔法”という名前が付けられた。

 今回武装一体型CAD“小通連”では、分離した刃の剣先部分と根元部分の相対位置を硬化魔法で固定することで、疑似的に刃渡りを”伸ばす”仕組みになっている。その距離は術者で調整可能であり、2つの間に遮蔽物があっても問題無く魔法は機能するとのことだ。

 

「…よくこんな武器を思いついたな」

 

 思わず溢したオレの言葉に、達也は苦笑いを浮かべる。

 

「相手を驚かす程度しか取り得は無い玩具だがな」

「そうなのか?」

「色々と問題はあるが、まあこうやって楽しむ分にはこれ以上調整は必要ないだろ。ところでレオ、次は如何する? 的でも出して試し斬りするか?」

「おっ、面白そうじゃねえか」

 

 レオが乗り気になったので、達也はリモコンで的を起動させる。

 出てきた的は藁人形、魔法が確立されている現代では滅多にお目にかからないものだった。

 

「古いな……」

「誰の趣味だこりゃ……」

「まあこれでも十分機能するんだが……」

「藁人形に機能もクソもねぇぞ」

「まあ文句言っても変わらないし、始めるぞ?」

「おうよ!」

 

 藁人形を起動させ、レオに向かって動かす。その藁人形にレオも突っ込んで行き、刀身を飛ばしてを振り下ろす。すると藁人形は衝撃を受けて倒れ込む。

 

 そういえばモノリス・コードのルールでは直接攻撃は禁止されてるが、魔法で物体を飛ばして攻撃する事は許されているんだった。もし小通連が競技で使用されていたらかなりの活躍をしていただろう。

……ま、新人戦に出る連中が達也の発明品を使いたがるとは思わないだろうが。

 

「ストップだレオ」

 

 藁人形が残り半分になったところで達也からストップが入った。

 

「ここからはシンヤに使わせてくれ」

 

 オレの出番か。

 レオから小通連を受け取る。

 

「それで、オレには何をしてほしいんだ?」

「ハナシが速い。襲撃事件のときお前が魔法で自身の姿を消して見せたことがあったろ?あれを今度は刃先だけにかけてみてくれないか?」 

「…一応聞くがもしかしてその起動式も入ってるのか?」

「ああ、スイッチは柄の縁の部分にある。言ってなかったか?」

「……まあ、誰だってうっかりミスがあるから仕方ない。とりあえずやってみる」

 

 やって欲しいことが大体わかったため、言われた通り、まず初めに柄の縁に隠れていたスイッチを押し、不可視魔法を発動させる。

 そして、刃先部分の空間が歪み、視覚的に見えなくなったのを確認した後、硬化魔法を発動して刃先を残った藁人形へと飛ばした。

 

 不可視の刃なだけに、視覚では刃先がどこにあるのかまったく分からず、藁人形が勝手に吹き飛んだようにしか見えなかった。

 

「うへぇ、全然見えねぇな」

「飛ばした部位がどこにあるのか相手に見えない分、戦いでは有利になるからな。試しにと思って一緒に組み込んでみたが、改めて相手側の立場を考えると恐ろしいやり方だな」

 

 いや、そんな方法を思いついたお前の方が恐ろしいぞ。レオもオレと同じ感想の様で、達也に若干引いていた。 

 まぁ、有効的な活用法を考えてしまうのは、達也が根っからの研究者だからなのだろう。

 

「それにしてもシンヤ、動きは遅めだが剣を振る時の型が様になってるな」

「それっぽく見せてるだけだ…………済んだぞ」

 

 いくつか藁人形を切り伏せた後、特に問題がないことを確認したオレは小通連をレオに返して、二人の様子を観察する。

 利用時間ギリギリまでデバイスのチェックをしていた二人は、何処か楽しそうだった。

 

 

♢♦♢

 

 

 8月5日九校戦三日目。

 バトル・ボードの準決勝は一レース三人の二レース。このレースの一番手が決勝に、二番手が三位決定戦に進む事になる。

 

 現在はスタート直前の最終調整を行っているところであり、相手の三高と七高の選手が緊張で顔を強張らせているのに対し、渡辺委員長は不敵な笑みを浮かべてボードの前で仁王立ちをしている。そんな彼女の堂々とした振る舞いに、ますます観客の女性陣が『キャー摩利様ーっ』と熱狂的な歓声をあげていた。

 

「相変わらずすごい声援………いや、初日より増えているか?」

「この準決勝は『海の七高』と謳われる七高の有力選手がいて注目のカードなんだよ」

 

 オレの独り言に、この中では一番の九校戦フリークである北山が答えた。

 

「たしか、渡辺先輩は二年連続で優勝していたわよね?」

「そうよ。気に入らないけど実力はたしかだから」

 

 司波妹の疑問にエリカがふてくされながら肯定する。その様子に苦笑していると、開始の合図がかかった。

 3人の選手が一斉にスタートするが、先頭に躍り出たのは渡辺委員長だった。

 しかしさすが準決勝、そのまま一方的な試合展開にはならず、七高の選手がピッタリと彼女の後ろにつけている。

 

「『海の七高』か、昨年同様あの2人の争いになりそうだな。」

 

 達也の言葉を聞きながら、俺は委員長や七高選手に注目していた。

 2人の間にある水面は、互いに魔法を撃ち合っていることで大きく波立っている。普通ならば前を走る渡辺委員長が引き波の相乗効果で優位に立つのだが、七高の選手は巧みなボード捌きでそれを補っていた。

 

 成程。『海の七高』と呼ばれるほどはある。

 

 観客席前の長い蛇行ゾーンを通り過ぎても、2人の差はほとんど変わらない。ここを過ぎると、最初の難関である鋭角カーブに差し掛かる。ここからは観客席からコースが見えなくなるので、観客は一斉にモニターへと顔を向けた。

 

 オレも他の観客と同じように、大きなモニターに映し出された鋭角カーブの映像に目を向ける。

 

「ん?」

 

 スタンド前の蛇行ゾーンを抜けた先にある最初のコーナーに差し掛かった瞬間、そこにわずかな違和感のようなものを感じた。

 

 

 

♢♦♢

 

 

 時間は少し遡り、三高の観客席にて……

 観客たちのほとんどが摩利と七高選手目当てで観戦しに来てることに、三高の生徒達は不満を抱いていた。

 

「何よ……これじゃ水尾先輩がおまけみたいじゃない」

「七高はともかくとして、一高は七草真由美や十文字克人を始めとして反則なんだよな」

「組み合わせに悪意を感じるぜ」

 

 このレースには第三高校の三年生、水尾佐保も出場している。しかしながら、去年の決勝カードである一高と七高の注目度が高すぎて、水尾は全く注目されていないようで三高のメンバーは不満を漏らしていた。

 

 そのような耳障りな不満に顔を顰めながら、師補十八家が一つ、一色家の令嬢にして第三高校一年の一色愛梨は、スタート地点を見つめていた。

 

「実際のところどう思う、愛梨?」

 そう聞いて来たのは、愛梨と同じ三高の一年生で物静かな少女、十七夜栞。

「……七高は水上競技においては右に出る者はいないとされているし、一高の渡辺摩利は十師族にもひけを取らない実力者。水尾先輩は厳しい試合になるでしょうね」

 

 現実的な意見としては、三高ほぼ全員が決勝に進むのは厳しいという見解で一致している。試合前には、一高が現地入りする前に事故に遭った事を聞いて棄権すれば良かったのに、と相手の不幸を願う悪口を叩く者さえいたほど、彼女たちの実力は並外れている。

 

「じゃが、水尾先輩とてここまで上がって来たのだ。厳しかろうが、決して勝てないわけでもあるまい」

 

 陽気な調子で重い空気を斬り捨てたのは、小柄で腰よりも長い髪が特徴の四十九院沓子。

 

「ええ。水尾先輩ならば勝てるわ」

「どんなレースになるか、見物じゃわい」

「…始まる」

 

 用意を意味する一回目のブザーが鳴る。

 観客が静まり返り。

 次のブザーがスタートの合図となった。

 

「…やはり速い」

「先頭は一高。それに七高がぴったりくっついとるな」

「でも、水尾先輩も付いて行ってるわ」

 

 先頭を行く二人が魔法を撃ち合い、水面は激しく波打つ。

 佐保は荒れる水上を巧みなボードさばきでクリアしながら、二人をどう追いつき、どう抜いて行くかを探っている状況だ。

 

 三者の距離は変わる事なく、鋭角コーナーへと差し掛かる。

 バトル・ボードは全長三キロメートルの人工水路を三周する。それも今は序盤なので、ここで佐保は焦る必要はない。

 

「! いかん!」

 

 突然沓子が声を上げる。

 そしてすぐに愛梨と栞も、さらに観客も目に見えて異変に気付いた。

 

「七高がオーバースピード!?」

 

 コーナーへ入る時は一度減速しなければならないところで、減速するどころかそのスピードは一切落ちないまま滑るというあり得ない事が起こっていた。

 

 このまま行けば、七高の選手はフェンス激突は免れない。

 しかしここで、コーナーへ入って減速を終えて次の加速に入っていた摩利が機転を利かせた。

 

「おお! 水平加速に切り替えて上手い事身体を反転させおったぞ!」

「でもどうするつもりかしら?」

 

 摩利は暴走する七高選手を受け止めるべく、新たに二つの魔法をマルチキャストする。

 

「! 移動魔法でボードを弾き飛ばした!」

「まさか、七高の選手を助けようとしてるの?」

「でなければわざわざ反転する意味がないからそうなのじゃろう」

 

 本来なら勝手に自爆する他校に配慮する必要などないが、アクシデントによる事故で魔法が使えなくなる事を好ましくなく、同じ魔法師として捨て置けないと思ったのだろうか。渡辺摩利という選手の行動を見て、愛梨たちはそう感じた。

 

 摩利は七高の選手を受け止めて自分が飛ばされなように加重系・慣性中和魔法を使用。

 これで事故は防げるはずだったが、さらなるアクシデントが、今度は摩利を襲った。

 

「! バランスを崩した!?」

 

 突如水面が不自然に沈み込み、浮力を失って体勢を崩した摩利の魔法にズレが生じる。

 その結果。

 魔法が発動する前に七高の選手が摩利と衝突し、もつれ合うように二人はフェンスへ飛ばされた。

 観客からは悲鳴が上がり、レース中断の旗が振られる。

 

「何て事…」

「ううむ……自分の出る競技でこのような場面に遭遇するとはな…」

「…水尾先輩が巻き込まれないで良かったけど、喜ぶべきではないわね」

 

 栞と沓子が話す視線の先では、一高の男子生徒が摩利を真っ先に引き上げて大会の救護班と何やら話をして、状態を確認した後で応急処置を施していた。

 

 その隣で、事故現場を目の当たりにして立ちつくす先輩の姿を、愛梨が複雑そうな表情で見ていた。

 

 

 

♢♦♢

 

 

 あの後、病院に運ばれた渡辺委員長は肋骨が折れる重傷を負ったが命に別状はなく、ただし一週間は激しい運動はしない方が良いとドクターストップを掛けられ、出場するはずだったミラージ・バットも棄権する事になったという知らせを耳にした。

 問題のバトル・ボードのレースでは、七高は失格となり、決勝は三高と九高。三位決定戦は一高と二高となり、別の選手が出場する事になるのだろう。

 

 

 

 その日の夜、オレとレオの部屋に、達也と司波妹が訪ねてきた。

 

「どうした?」

「渡辺先輩の事故について、少し話がある」

 

 達也がそう言うと、オレは自然と部屋の中へ視線を向ける。

 ルームメイトのレオは外を散歩中で、今ここにはいない。

 立ち話させるのも何なので、オレは二人とも部屋に上がらせた。

 

「それで?何が聞きたい?」

 

 オレがそう聞くと、司波妹が部屋に遮音の魔法を使用した。 

 

「七高の選手のCADに、どんな細工がされたのか知らないか?」 

「……その口ぶりからして、どうやらお前たちもあれは事故じゃないと考えてるようだな」

「あぁ、結論から言うと、第三者の介入があったとみて間違いない」

 

 やはり達也も気づいたか。

 渡辺委員長が爆走した七高選手を受け止めようとした瞬間、ほんのわずかだが水面が不自然に陥没した。素人目には渡辺委員長が独りでにバランスを崩したように見えただろうが、あれは間違いなく第三者による悪意が働いたのだろう。

 

「通常、外部から水面に向かって魔法を掛けたら間違いなく監視装置に引っ掛かるだろう。あらかじめコースに魔法を仕掛けておく、というのも考えづらい。魔法式の情報自体はコース上に存在しているから、コースを点検しているスタッフが気付かないはずが無い」

「そうなると水中に何者かが潜んでいて、タイミングを狙って魔法を発動させたことになるが、あの大勢の観客の誰かが見ていてもおかしくないはずだ」

 

 生身の魔法師が水路の中に隠れていたと言うのは荒唐無稽な話だ。完璧に姿を隠す魔法など、現代魔法にも古式魔法にもない。

 そうなると残された可能性は、人間以外のものが潜んでいたと言うことだ。

 

「そこのところは達也はどう考えてるんだ?」

「俺は第三者が精霊魔法を利用したと考えてる」

 

――――やはりか。それなら魔法師たちが気付かないのも無理はない。

 

 霊子(プシオン)を核とする精霊はサイオンと違って認識できる魔法師は限られてる。

 美月のような霊子を”視る”眼を持った人間は最も珍しいのだ。

 もしかしたら彼女はなにか見たのかもしれないと考えるだろうが、競技中彼女はずっと眼鏡をかけていたから何も見ていないのだろう。

 

「幹比古には精霊魔法について聞いたか?」

「ああ、渡辺先輩のレースの開始時間を第1の条件、水面上を誰かが接近することを第2の条件にすれば、後は術者が任意のタイミングで精霊に命令すれば魔法は発動できる。式神でも可能だろう。ただ、そんな術の掛け方では、ほとんど意味のある威力は出せないんだと。精霊は術者の思念の強さに応じて力を出してくれるものだから、そんなに時間を掛けてたらせいぜい水面の選手を驚かせる程度の猫騙しレベルにしかならないということだ」

「だがあの状況ではそのレベルが丁度よかったんじゃないか?」

「……お前もそう思うか」

 

 そう。事故の直前に起きた七高選手のオーバースピードも仕組まれたものだ。

 本来ならスピードを落とさなければいけないカーブの直前であろう事か更に加速をした。

 

 九校戦に出場するほどの選手がそんな初歩的なミスをする可能性は低い。

 

 恐らくその選手のCADに細工がされたんだろう。

 減速の起動式と加速の起動式を入れ替えれば、間違いなく曲がりコーナーで事故を起こせる。第三者が優勝候補2人がもつれ合ってる状況を狙えば一気に脱落させられる、と考えても不思議じゃない。

 

 犯行がどのようにして行われたか仮説としては十分な情報だった。だがまだ足りない。いつCADに細工がされたかわからない。

 

「ああ、そうだ。もしCADを調整した後に手を加えられるとすれば、一か所だけ可能な場所があるぞ。競技用のCADは調整後、必ず一度大会委員に引き渡され、レギュレーションチェックを受ける」

 

……成程。そう言うことか。

 

 九校戦でエンジニアの立場にある達也の言葉で、オレの考えはまとまった。

 

「つまり達也はこう言いたいのか?大会委員の中に一高に負けてほしい奴がいると」

「ああ……だがその手口が分からない。そこで改めて聞くがシンヤ、七高の選手のCADに、どんな細工がされたのか知らないか?」

 

 達也の疑問に、オレは正直に答える。

 

「悪いな達也。オレは知らない」

「そうか……」

 

 その質問の解答には期待していなかったのか、達也からそれ以上の追求はなかった。

 

「ちなみにこの話を知ってるのは幹比古以外にいるのか?」

「俺と深雪と幹比古以外に、美月と同じエンジニアの五十里先輩と先輩のフィアンセの千代田先輩だけだ。俺が至った結論は推測の域は出ないが、それだけでも選手やスタッフの耳に入ったら大混乱を招くから内密にしている。だからシンヤも今話したことは誰にも言わないでくれると助かる」

「……わかった」

 

 話は終わりとばかり、二人は部屋から出る。

 

 あんな話をしたということは、可能ならオレに裏で動いてほしいという意思表示なのだろう。

 

 

……さて、そうなると明日からどうしようか。

 

 

 






美少女探偵団一号「ハッ!誰かが私を差し置いて探偵になってる!?」
美少女探偵団二号「突然何を言い出すのエイミィ?」
美少女探偵団三号「明日から新人戦だから早く寝ようよ」

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