魔法科高校の事なかれ主義の規格外(イレギュラー) 作:嫉妬憤怒強欲
午後からは男女バトル・ボードの試合の後半部分が執り行われる。
最終レースに出場する事になっているほのかから、「私のレース観に来てください!」と朝食の時間の時に熱心なお願いをされた達也は、一高の天幕へやって来た。
「あ!達也さん!」
高校生とは思えない刺激的なプロポーションをカラフルなウェットスーツに浮かび上がらせたほのかが、真っ先に出迎えて来た。
「来てくれたんですね!」
「約束だからな。中条先輩、お疲れ様です」
「お疲れ様です司波君。それにちょうどよかったです」
「? 何がですか?」
「ちょっと他の子の様子を見ておきたいので、しばらく光井さんをお願いしてもいいですか? 試合までには戻りますから」
あずさの提案に、ほのかが明らかな喜色を示した。
「…いいですよ。任されました」
「ではお願いします。光井さん、また後で」
動物で例えるならリスを連想させる小動物系女子のあずさは、時々空気を読んでお姉さんぶろうとするところがある。真由美と摩利に弄られてばかりの気の弱い印象が強いだけに、生徒会に顔を出している達也にとっては意外と言えば意外であった。
「ほのかの試合まではまだ時間があるな…」
時間を確認すると、ほのかのレースまでまだ一時間以上も時間が空いている。
ほのかの緊張を解すために談笑する時間に充ててもいいが、達也は有効利用したいと考えた。
「ほのか」
「はい、何ですか?」
「予選を突破したら対戦するかもしれないし他の選手の試合を観ておいた方がいいと思うが、どうする?」
「そうですね。私も見ておきたいです!」
弾んだ声で達也の提案に乗り、二人は試合の見やすい場所へ移動すると、ちょうど次のレースが始まろうとしていた。
「この競技で一番マークすべき選手は、おそらくはあの選手だろう」
控えめに指し示した達也の指を辿って行きついた先にいたのは、腰よりも長い髪を二つに結っている小柄な少女。
ウェットスーツの肩には、第三高校の校章。
「あ!あの子!」
「…知っているのか?」
「知っているというか……懇親会で一色愛梨って三高の人が深雪に挨拶に来た時に一緒にいたんですよ。そんなに手ごわいんですか?」
「……ちょっと気になることがあってな。彼女は四十九院沓子。神道系古式魔法を受け継ぐ由緒正しい家系で、そのルーツを辿るとかつての神道の大家『白川家』に行きつくそうだ。『白川』の血筋はその名の通り水の魔法を得意としているらしい」
ほのかは達也がどうしてそんな事を知っているかと聞きはしない。
達也なら知ってても不思議ではないからだ、と納得してる。
「どんなレースになるでしょうか?」
「予想だが、おそらく四十九院選手が圧倒するだろうな」
そしてこの予想は当たるだろうと、達也は確信していた。
結論から先に述べさせてもらうと、達也が予想していた通り、沓子は二位以下に圧倒的な差を付けて予選を通過した。
バトル・ボードのルールには、『選手の体やボードに対する、直接的な攻撃は禁止する』とある。
沓子が圧倒的勝利を収めたのは、まさにこのルールの穴をすり抜けたようなものだった。
では何をしたのかと言えば。
彼女は水面に魔法を使用して、水面を陥没させたりと、水面を逆流させたりと、そう大がかりな起動式は使っていない。ただ、彼女が使用した魔法によって他の選手はまんまと引っかかって次々とバランスを崩したり、加速しても全然スピードが出なかったりと、大きく後れを取った。
これは見方によっては他の選手を妨害したように見えたかもしれないが、アンフェアな行為があった場合に振られるイエローフラッグも、ルール違反の選手を失格にするレッドフラッグも振られておらず、大会側は彼女の作戦を合法と認めたのだった。
「あわわ……」
沓子の圧倒ぶりに、畏縮しているほのかを見て、達也がした事は実に単純。
「大丈夫だ。ほのかなら恐れることはない」
「……達也さん」
「確かに強力な選手だったが、ほのかだって決して引けを取っていない。特訓したことを思い出してまずは予選通過に集中しよう」
「……はい!私頑張ります!」
達也からの激励に、ほのかは気合十分な返事をした。
♢♦♢
バトル・ボードの試合時間は、平均して15分。しかしボードの上げ下ろしや水路の点検、損傷した箇所の補修などが試合の合間に行われるため、競技スケジュールは1時間ごとに1レースとなっている。つまり後のレースになるほど選手は長く待たされることとなり、テンションの調整が上手くいかずに不本意な結果に終わる選手が毎年1人か2人はいるらしい。
しかしこの日の最終レースにてようやく出番がやって来た光井は、少なくともモニターからはそのような不調は感じられなかった。彼女は本戦で摩利がしていたようにボードの上で仁王立ちをしているが、彼女の見た目からか摩利のような女王様然とした印象は受けず、気丈に振る舞う様がむしろ微笑ましくすら思える。
「さてと達也くん、いったい何を企んでるのかそろそろ話してもらおうかなぁ?」
と、モニターを眺めていたエリカがふいに達也へと視線を向け、ニヤニヤと意味ありげな笑みでそんなことを尋ねていた。
そんな彼女に、達也はうんざりといった表情を浮かべて、
「……何を言っているんだ、エリカ?人聞きの悪い」
「いやいや、明らかに何か企んでるだろう?」
「……あんなに自信に満ち溢れたほのかを見るのは初めて」
「もはや何も企んでいないって方がおかしいよ」
他の面々はどうやらエリカの味方なようで、レオが真っ先に達也の言葉を否定すると、エイミィや光井の幼馴染である北山がそれに乗っかって追撃を加える。幹比古・美月といった控えめな性格の者も、口にこそ出していないがウンウンと小さく頷いてそれに同意していた。
そうして先に発言した4人が揃って指差した先、モニターに大きく映し出された光井は現在、サングラスにも見えるほどに濃い色をしたゴーグルが掛けられていた。そしてそれは確かに、彼女の趣味にしては少々無骨なデザインをしている。
時間の経過によって日が大分傾き、直接向き合うと邪魔になる程度には眩しくなっているが、グラス面に付着した水飛沫が視界を遮るのを嫌い、ゴーグルの類を使用する選手はあまりいない。現に光井以外の選手はゴーグルを着用しておらず、彼女を時折不思議そうにチラチラ見遣るほどである。
数時間ほどに達也が光井の元にいたのは皆知っている。
その場で達也が何かしらのアドバイスをして、その結果が光井の掛けているゴーグルなのだろう、と全員が考えたのである。
そうして面白半分期待半分の目を一身に受けた達也は、やがて観念したように両手を軽く挙げて口を開いた。
「バトル・ボードのルールでは、他の選手に魔法で干渉する事は禁じられている。しかし水面に干渉した結果他の選手の妨害になる事は禁止されていない」
「……えっと、如何言う事でしょう」
「“直接”っていうのが、このルールにおけるポイントだ。つまり直接でない場合、例えば水面に魔法を掛けることは許されている。だから水面に魔法を掛けて結果的に他の選手を妨害した場合は、ルール違反にはならない」
ああ、そういうことか。
静かにするようにとのアナウンスが会場中に響いた。スタートが近づいている緊張感に、観客が途端に静まり返る。
やがてブザーが鳴り、本日最終レースの火蓋が切って落とされた。
その直後、観客はほぼ反射的に、揃って、水路から目を背けた。
まるでフラッシュでも焚いた様に、スタート地点の水面で強力な光が炸裂したのだ。選手達は反射的に目を覆うが、その中の1人が光をモロに見てしまった影響でバランスを崩し、落水していた。
突然のアクシデントで他の選手がスタートにもたつく中、ただ1人悠然とスタートダッシュを決めたのは、光井だった。
その瞬間、会場の誰もが気づいた。犯人は彼女だと。
「よし」
「いや、よしじゃねーよ! 何だよ今のは! いくら何でも狡すぎんだろ!」
「何を言ってるんだ。イエローフラッグは振られていない。つまり審判はさっきの魔法を認めたということだ」
「確かにルールには反してないけどさ……」
「水面に干渉するとなると、波を立てたり渦を作ったりとか“水面の挙動”にばかり意識を向けがちだが、許可されているのはあくまでも“水面に魔法で干渉して他の選手の妨害をする”ことだ。スタートと同時に波を起こしたり光を使ったりバトル・ボードでは様々な戦法が試されてきた。最初にリードを奪った方が大幅に利点がある競技だからな」
「でも光の魔法で妨害に成功した選手はいないよ」
「確かに妨害に使えるほど出力の大きな魔法だと移動用の魔法に移行しにくく本末転倒だ。かといって低出力の魔法にすると妨害としては到底機能しない。だが俺が用意した式は最初の魔法と次の魔法をシームレスに組み込むことによってスタートダッシュに支障がないようにした。ほのかでなければこの魔法で大出力の閃光は生み出せない。この魔法はほのかの光魔法に対する特性から生まれたほのかだけの魔法だ」
成程……工夫か。
「あっ、そういえばシンヤ君も光魔法が使えたみたいだけど、ほのかが使ったあれもできるの?」
「……いやエリカ、オレが使えるのはあくまでも光を“曲げる”ことであって、光の“発生”じゃない。この間使った不可視魔法も、光学迷彩の向かってくる光を迂回させることで、物体や人を光学的に見えなくする特性を利用しているだけだ。ただ前に調整を間違えた時に副次効果で自分の周囲の気温が下がったことがあったから、あまり頼りすぎるのも考えものだな」
正直あれは死ぬかと思った。
「へー、なんか自分の魔法を間違った方法で使い回してたどっかの誰かさんのよりも凄いわね」
「おいこらエリカ、そのどっかの誰かさんっていったい誰のことだ?」
「さぁ~ね~?誰だったかしら~?」
このコンビは相変わらず仲いいな。
「……光を曲げるか。これは使えるかもな」
達也がなにかブツブツ呟きだしたぞ。嫌な予感しかしないな。
スタートの遅れ、そして強烈な光を受けたことによる視界不良と精神的動揺、もちろん光井自身の運転技術も相まって、みるみる後続グループとの距離が開いていく。
そしてそのまま、レースの結果は光井がぶっちぎりで1位となった。
「でも達也さん、大丈夫なの? 予選の段階で手の内を見せて。多分これ、1回しか通用しない戦法でしょ?」
「もちろん、その辺りも考えている」
意地の悪い笑みを浮かべる達也に、北山は感心したように頻りに頷いていた。
「この目眩ましは予選を勝ち抜くためのものだけでなく、次の試合の布石でもあるんだからな」
こいつだけは絶対に敵に回したくないな。
♢♦♢
こうして大会4日目、新人戦初日の全日程が終了した。
その日の夜、第一高校のミーティングルームにて、三巨頭である真由美・克人・摩利、そして作戦スタッフである鈴音がこの日の結果を纏めていた。
女子のスピード・シューティングは3人が揃って表彰台を独占するという最高の結果に終わり、女子バトル・ボードもほのかを含む2人が見事に予選を突破した。そのレース内容も彼らの納得の行くものであり、明日以降のレースも大いに期待できるだろう。
この結果に、4人は満面の笑みを浮かべて――いなかった。それどころかむしろ揃って表情を曇らせており、どうしたものかと頭を悩ませているのが見て取れる。
「森崎君が準優勝したけど……」
「後はほぼ壊滅か……」
「男子と女子の成績が逆になっちゃったわね……」
結果を見ながら、真由美と摩利がため息混じりの声を漏らす。
彼女達が見ていたのは、午後に行われた男子スピード・シューティングの順位表だった。
先程真由美が呟いたように、森崎が見事に準優勝を果たしたが、他の2選手は予選落ちという不甲斐ない結果に終わってしまった。現在総合成績2位の第三高校の選手が1位と4位を獲得したため、せっかく女子の方で稼いだポイント差を縮められてしまっている。
「女子の方で稼いだ貯金がありますから、そこまで悲観的にならなくとも良いと思いますが」
「……そうだな。市原の言う通りあまり悲観的になっても良く無いな」
「だが男子の不振は『早撃ち』だけでは無く『波乗り』もだ。このままズルズルと不振が続くようでは今年は良くとも来年以降に差しさわりが出てくる」
「つまり、負け癖が付くと?」
克人が小さく頷き、更に言葉を続ける。
「男子の方には梃入れが必要かも知れんな」
「だけど十文字君、今更如何やって……」
真由美の言うように、新人戦は始まっているので、スタッフや選手の入れ替えは認められていない。まさに「今更」なのだ……
克人もその事が分かっているので、無言のまま頭を悩ませるのだった……
♢♦♢
新人戦初日が終わり、夜の遅い時間帯。宿舎の一室に、深雪、ほのか、雫、エイミィ、スバル、春日菜々美といった第一高校の新人戦女子選手の面々が、ラフな格好で集っていた。
「えーそれでは、雫の『早撃ち』優勝とほのかの『波乗り』予選通過を祝して」
「「「かんぱーい!」」」
ジュースの入った紙コップを掲げ、乾杯の音頭を取るエイミィの一声を共に、女子だけのプチ祝賀パーティーが幕を開けた。
ポップコーンやマカロン、ポッキーと言った甘いスイーツが置かれたテーブルを囲みながら、女子たちは本日の功労者たちを讃えながら、「あっこれおいしーい!」「この一口のために生きてるー♪」とスイーツへと手を伸ばしている。女子の間ではスイーツは別腹である。
「雫、ほのかおめでとう」
「ありがとう!まだこれからが本番だけどね……」
「そうだね。私も気を抜かないようにしないと」
「私は明日休みだけど、みんなは試合だもんね」
明日行われる競技は、男女クラウド・ボールの予選から決勝、並行して男女ピラーズ・ブレイクの予選となっている。
前者にはスバルと菜々美、後者には深雪、雫、エイミィが出る。
「クラウドは三高の一色愛梨が出るんだっけ?」
「うん、油断できない相手だよ」
「心配いらないさ。僕が出るからには一高に華麗な勝利を約束するよ」
「クラウドは私も出るから忘れないでよね☆」
「そうだな。ふたりでワンツーを目指そう!」
口調と身振りに多少芝居っ気が入っているスバルと菜々美のテンションの高さに、深雪たちは苦笑いをする。
「あっ、そういえばピラーズは司波君が技術スタッフを担当してるんだっけ?」
「そう、信頼できるよ」
「むぅ~いいなぁ~雫の『能動的空中機雷』、あれ司波君の魔法なんでしょ?」
「私の『フラッシュ』もね」
「あれもなの!?」
ドヤ顔のほのかから告げられた事実に、「あ~ん、クラウドも担当してほしかった~」とぼやきだす菜々美を、「まーまー」とスバルが宥める。
「お兄様の体は一つだから同時に二種目の担当は無理よ菜々美」
「菜々美の言いたいことも分かるよ。今のところ担当した競技は負けなしだもんね」
「もっと威張ってもいい戦績なんだが……聞けばインデックスへの登録も辞退したっていうじゃないか。深雪のお兄さんはちょっと謙遜がすぎるんじゃないか?渡辺先輩にも言われていたし……」
スバルからの指摘に、深雪は「そうね。お兄様の悪い癖なの」と綺麗な笑顔のまま、そう返す。
(お兄様がインデックス登録を辞退した理由……それは四葉の……)
新人戦初日の全種目が終了し、選手たちは明日に備える者と今日を悔しむ者に別れた。
中には、敗北によって調子を崩すものや立ち直れなくなる選手が出るのだが、それをどう乗り越えるのかが魔法師の成長を促す試練でもあり、九校戦の目的でもある。
一流に成長できる魔法師は決して多くはない。
そんな語られることのない若き魔法師の苦悩と挫折を、現在1人の少女が味わっていた。
「栞、あなたに伝えなければいけないことがあるわ。明日のアイス・ピラーズ・ブレイク、このままのあなたには出場させられない。この大会のために必死に練習したチームメイトの顔に泥を塗るようなものだもの」
部屋の外にいる友人に厳しい言葉をかけられるも、薄暗い部屋で第3高校の十七夜栞という少女は、ただじっと蹲っていた。
『スピード・シューティング』準決勝で第一高校の北山雫との試合に敗北し、3位入賞すら逃した彼女は、ただ己の弱さを恥じるように、自身にあてがわれた部屋に閉じこもっていた。
電気もつけないままの薄暗い部屋は、彼女の内心をそのまま表している。
「だから代役を立てることにしたわ」
「……そう」
「……っ、いい?これが最後よ。もしあなたが出場できるというなら明日の朝6時までに作戦テントに来なさい」
「その必要はないわ。私はもう駄目だもの」
「……失望したわ」
扉の向こうで愛梨が離れるのがわかる。
(これでいい……私はもう……
愛梨が求めていたのは『一色』の家にふさわしい才能ある仲間。だから私の才能を見て声をかけてくれたんだわ。
他人に寄生することしかできない父や母とは違う。私は私の才能だけで生きていける――――そう思ってた。
でも今日の試合でそれが間違いだったと思い知らされた。才能の無い私は愛梨にとっても必要のない存在。
それなら身を引こう。私から……)
そう栞が考えたときに、部屋のドアが開く音がした。
ハッとして顔をあげると、同室で寝泊まりをしている三年生の水尾志保が立っていた。
「そろそろ休んでいいかな」
「水尾先輩、すみませんご迷惑を……」
「なに大丈夫だよ。それよりちょっといいかな」
就寝の準備を始める志保が栞に問う。
「なんでしょう先輩」
「一色のことだけど」
その一言で栞は顔を曇らせる。
「……もう私とはあまり関係のない人です。私には失望したと」
「……一色とは中学からの付き合いなんだっけ?」
「はい、リーブル・エペーの試合で……」
「思い出すなぁ、あの日『仲間ができた』って一色が随分と喜んで話してくれてね」
「私を見い出して引き上げてくれたのに、この有様で申し訳ないとは思っています」
「引き上げられたのは一色も一緒だよ」
……え?
志保の言葉に栞は思わず固まる。
「一色とは家の付き合いで小さい頃からの知り合いでね。一色家としてのプライドと周りからかけ離れた実力のこともあってずっと孤高を貫いていた。だけど十七夜と出会って初めて切磋琢磨できる仲間を得たって喜んでいたんだよ」
「仲間じゃありません……私が、私が一方的に愛梨を頼っていただけです」
志保の手が栞の肩に置かれる。
「寂しいことを言わない。十七夜だってわかるだろう?ひとりで努力するのは辛いものさ。仲間と、十七夜と競い合えたことが今の一色を形作っているんだ」
「でも愛梨は私にさっき……」
「一色はね、素直に言えないだけだよ。どれだけ十七夜の心配をしているか。さっさと辞退か、もっと早く代役を立てることもできたのにそうしなかったのはなぜなのか……もう自分でもとっくに気付いてるんだろう?」
「――――」
「一度負けたくらいで諦めるような魔法師は大成しないよ。大事なのは心が負けないことだって私は思ってる。一色は……『一の家系』で一番になれないことで諦めたりしてないだろう?だからきっと彼女は大きくなれる」
「先輩……」
「あたしに言えることはこれだけだ。もう遅いし寝るから、あとは自分で考えて」
そう言って志保は就寝に入った。
「……」
どれくらいの時間だっただろう。一瞬か数分....
結局、彼女は友の想いを無駄にできるほど、非情ではなかった。顔をあげたとき、彼女の表情にあった迷いは消えていた。
♢♦♢
九校戦は5日目、新人戦2日目を迎えたこの日、朝一から試合があるので達也は(深雪同伴)早めに会場入りしたのだが……
「あっおはよう、司波君!深雪もおはよー!」
「ええ、おはよう。もう来てたのねエイミィ」
「いやー目覚まし鳴る前に目が覚めちゃって」
達也よりも先にピラーズ・ブレイク第一試合出場選手、エイミィこと明智英美が居た。
アイス・ピラーズ・ブレイクは高さ四メートルの櫓の上から、一二メートル四方の自陣に立つ一二本の氷柱を守りながら、相手の一二本の氷柱を全て倒す、あるいは破壊するという競技である。だから肉体を動かす必要はなく、使用する魔法は必然的に遠隔魔法のみとなる。
その影響からか、選手個人がそれぞれ選んだ服装(公序良俗に反しないもの)で試合に臨む事も多く、いつしか女子アイス・ピラーズ・ブレイクはファッション・ショーのような様相に呈していた。
今のエイミィの恰好は白のハイネックシャツにライディングジャケット、白い細身のキュロットに黒のロングブーツ、黒のホースキャップという彼女が所属している狩猟部のユニフォームである。
「それにしてもエイミィ、随分と早いけど何かあったの?」
「昨日の興奮が抜けなくてね~。今朝も早くに目が覚めちゃったんだよ」
昨日の試合、スピード・シューティングでエイミィは雫に負けはしたが準優勝と言う好成績を収めたのだ。その興奮が残っててもおかしくは無い。
「それじゃあ最終チェックをするから確認してくれ」
「了解です!」
ピシッと効果音がつきそうな勢いで敬礼をして、達也からCADを受け取るエイミィ。彼女には少し似合わない全長五十センチのショットガン形態の特化型CADだ。
エイミィはそれを西部劇に出てくるガンマンのごとく指先でクルクルと回し、銃を放つ動作をして見せた。
「エイミィ、貴女ってやっぱりイングランド系じゃなくってステイツ系でしょ」
「違うって何度も言ってるでしょ!グラン・マの実家はチューダー朝以来『サー』の称号を許されてるんだから」
女子二人のやり取りを聞きながらも、達也は検査機から視線を逸らさない。
「調子は如何だ?」
「ばっちりだよ!」
エイミィがニコニコとしてる中、達也の表情は優れない。
「自分じゃ気付かないのか……少し調整するからヘッドセットを付けてくれ」
「えっ、何でですか?」
達也の言葉に驚くエイミィ。彼女としては今のままでも十分実力を発揮出来ると思っていたのに、達也はそうではなかったのに驚いたのだ。
「本当は早起きしたんじゃなくって昨日眠れてないんだろ?」
「わっ、分かります!?」
この指摘に気まずそうな表情を浮かべながら達也に問いかけるエイミィ。その問いかけに達也は無言で頷いた。
「ウチの親より鋭いかも……」
達也に言われた通りにヘッドセットを装着し、その結果が映し出されているディスプレイを見ながら達也の眉間に皺が寄っていく。それにつられるようにして、エイミィがみるみる身体を縮こまらせていく。
「お兄様?」
達也の表情に不安を覚えたのか、深雪が彼に声をかけた。その問いかけで現実に戻ってきたのか、達也は眉間の皺を伸ばして深雪に笑いかけた。
「明智さん、君も安眠導入機を使わない人かい?」
「もって、司波君も?」
この問いかけには達也は普段より明るい表情で頷いた。
「ワァオ!お仲間!あれって何だか気持ち悪いじゃないですか。妙なウェーブが出てるって言うか……とにかく嫌なんですよね~」
「気持ち悪いのは同感だが、如何しても眠れない時には使用する事。特に翌日に大事な試合が控えてる時には特に」
「は~い……」
達也に注意され、エイミィはまるで親に怒られたように素直に返事をしたその時だった。
ピンポンパンポ~ン
『お知らせします。準備中のトラブルにより、本日の試合は予定時刻より2時間後となります。選手、観客の皆様には大変ご迷惑をお掛けします』
ピンポンパンポ~ン
突如として流れたアナウンスの内容に、達也は眉根を寄せる。
風間少佐から警告された例の犯罪組織は、どういうわけか九校戦で一高を勝たせないことが目的で妨害工作を行ってきた。達也の読みでは、CADに細工を仕掛けた刺客が大会運営委員会に紛れ込んでいると考えているため、これもその一つなのではないのかと疑念を抱かずにはいられなかった。
「試合の遅れ……なにかあったのでしょうか?」
「……今のところはわからないな。だが予定が遅れても試合はやるようだ……幸いにも仮眠をとる時間ができたな。深雪、『カプセル』を使えるように手配しておいてくれ」
「分かりました」
「う~、試合に勝つためだから仕方ないか」
「一応フィードバックを少し強めにしとくから……少し刺激が強く感じるかもしれないが我慢する事。寝不足で負けたなんて言われたく無いだろ?」
「我慢するからお願いします!そんな事で負けたら皆のオモチャにされちゃうよ……」
言葉だけならその事をネタにからかわれると思うのだが、エイミィはキュロットの上から微妙な辺りを押さえながら顔を赤らめているので、達也はたっぷり一秒固まってしまった。
「……疑うような事を言いたくないが深雪、お前たちは部屋で何をしてるんだ?」
「い、嫌ですね~お兄様、深雪は何もしてませんよ」
達也の微妙な視線を受け、若干焦りながらも答える深雪が感覚遮断カプセル(完全防音、防振、遮光の閉鎖型ベッド)の利用申請をしに「失礼しますね」と部屋から出ていく。
大体検討がついている達也は特に追及はせずに頭を切り替え、無言でCADの微調整を行うのだった。
♢♦♢
「いやー、昨日と変わらずエイミィも雫も順調に勝ち進んでるわね!」
「ってか、なんで今日は試合始まんのが遅れたんだ?」
「会場の外に救急車が待機してたよ。なんか、原因は単なるスタッフの夏バテっていう説明だったけど……」
「怖いですね。私達はちゃんとこまめに水分を摂りませんと……」
予定開始時刻を大幅に遅れたアイス・ピラーズ・ブレイク女子の予選一回戦第1試合は、狩猟部のユニフォームを着たエイミィが自陣の氷柱を5本残して二回戦進出。続いて一高にとっては2試合目となる一回戦第5試合で、振袖姿の北山が『共振破壊』と『情報強化』を駆使して圧勝した。
ここまでは予想していた通りか。
司波妹、光井、北山、エイミィの四人は、一高の一年の中でも高いポテンシャルを持っている逸材だ。そこに彼女達の力を最大限に引き出す達也のエンジニアの腕が加われば、まさに鬼に金棒だろう。
「そういえばミキ、深雪の出番はいつだったっけ?」
「たしか午後の12試合目だったと思うよ。あと僕の名前は幹比古だ」
「じゃあそれまでどうする?」
皆がどう時間潰すか悩んでいると、昨日の昼会ったばかりの沓子の姿が視界に入った。
ここは気づいていないうちに急いでその場を離れることに……
「おーシンではないか!」
……駄目だった。
小柄なだけに素早い動きで目の前にやってきた。
「また会うとは奇遇じゃな!そこの光使いの娘も!」
「あっ、うん…」
「あぁ、凄い偶然だな。というかシンってオレのことか?」
「うむ!この呼び方がなんかしっくりくるからのう。いやか?」
「いや……別に」
「ならよいな!」
今まであだ名で呼ばれたことがなかったため正直戸惑った。
「あらあら、まだ2回しか会ってないのにもうそこまで女の子と仲良くなるなんて」
「シンヤもやるな」
ニヤニヤと面白そうに軽口を叩くエリカと、それに悪ノリするレオ。
からかってくる二人には悪いが、沓子は人懐っこい性格の持ち主であるため、オレになにかしらの特別な感情を持っていないだろう。わずか二日でそんなことになるのは達也と光井の例くらいだ。
「ところで、見たところおぬしたち暇そうにしておるの?」
「まぁ、暇かと聞かれれば……次の一高選手の試合まで暇だな」
「そうか。よかったらわしと一緒に二人の試合を観戦せんか?」
二人って十七夜と一色のことか。
そういえば十七夜はアイス・ピラーズ・ブレイク、一色はクラウド・ボールと本戦ミラージ・パッドに出るんだったか。
「オレはいいが、皆はどうする?」
「俺は別に構わねえぜ」
「僕もいいよ」
「う、うん……」
「折角ですのでご一緒させてもらいます」
「う~ん、そうね。あの選手が今度はどんな魔法使うか見てみたいし…………それに二人っきりにさせたらエイミィが発狂しそうだしね」
「?最後なにか言ったかエリカ?」
「ううん、別に何も」
まあいいか。
エリカたちと共に十七夜が出る試合が行われる会場へと赴く。
対戦相手は四高の佐埜選手のようだ。
『――――続いて登場するのは第三高校十七夜選手。スピード・シューティングは惜しくも準優勝でしたがピラーズではどんな戦いを見せてくれるのでしょうか』
櫓に剣術競技のユニフォームに身を包んだ十七夜が姿を見せる。
昨日沓子から挫折していたと聞いていたがどうやら吹っ切れたようだ。
試合開始のブザーが鳴る。
「えっ」
早くも佐埜選手の氷柱が一つ砕けた。
「くっ」
初手をつけられた佐埜選手は防御に転じ、氷が砕けないように情報強化の出力を上げる。
だがそんなことは無駄だと言わんばかりに、十七夜の魔法がいとも簡単に氷柱を二本砕いた。
「高度に情報強化された氷があんなに簡単に!?」
「どうして!?」
「あの魔法は並の情報強化では防げぬよ」
沓子が皆に分かるように十七夜の魔法について説明を始める。
「栞の魔法の起点は空中じゃから、魔法の発動は氷の情報強化では防げぬ。それにこの魔法は仮想的な振動波を球状に発生させ、波の合成地点に何倍もの威力を持った振動波を発生させているのじゃ。こうなると魔法の力勝負じゃが、並の情報強化では幾重にも重ねた合成波に敵うわけがないということじゃ」
やり方は達也が以前使った似ているな。
十七夜の氷柱はまだ一本も破壊されていないのに対して、佐埜選手のは残り五本となる。
半数以上の柱を失ったことにより、佐埜選手は今度は氷柱自体を移動させる作戦に移った。
「面白い。波の合成地点が当たらないようにする作戦じゃな」
「氷自体を移動するなんて大技すぎるような……」
「うむ。この賭けが果たして栞に通用するか否か……」
おそらく佐埜選手は、十七夜の合成波を用いた戦法は氷柱の位置が不変だからこそ、移動する氷柱に対して魔法を再構成するのは困難な筈だと考えているのだろう。ならば再構成に手間取っている隙に一気に反撃に転じようとイチかバチかの賭けに出たようだ。
だがそれははっきり言って悪手だな。
佐埜選手の魔法力では自陣の情報強化と十七夜への断続的な攻撃で精一杯だった。だから氷柱の移動のために情報強化を解いたことになる。防御力を失った脆い氷に幾重もの合成は必要ない。
その証拠に、フィニッシュと言わんばかりに放たれた十七夜の魔法によって、残りの柱全てが一気に砕け散った。
「おお!栞完全復活じゃな♪」
十七夜の活躍ぶりに、沓子はわーいと大喜びである。
こうして計算魔法の使い手十七夜栞は、自陣の柱を一本も倒されることなく、初戦を突破したしたのだった。
公式サイトで発表された一色愛梨のキャラボイスが、アニメよう実でのあのキャラと同じなのもさらに驚きです。