魔法科高校の事なかれ主義の規格外(イレギュラー) 作:嫉妬憤怒強欲
時系列でまとめると……
魔法科高校の優等生1話
魔法科高校の劣等生1話・魔法科高校の優等生2話(同時進行)
魔法科高校の劣等生2話、3話
魔法科高校の劣等生4話・魔法科高校の優等生3話(同時進行)
こんな感じでしょうか?
新人戦女子クラウド・ボール決勝リーグ最終戦。
今日も朝から大勢の観客が会場に詰め寄せ、白熱した試合をと期待した人々で溢れていた。
コートにはネットを挟んで、決勝リーグに進出した第一高校1年里美スバルと第三高校1年一色愛梨がそれぞれラケットを構えて向かい合っていた。
クラウド・ボールの場合、作戦は大きく分けて2つ。機動力を魔法で上げてラケットで打ち返すか、なるべくその場を動かずに魔法でボールを打ち返すか、だ。なので選手が入場した時点でどちらの作戦で来るかある程度予想でき、両選手とも市販されているラケットを片手に持っているので前者だと分かる。
フィールドに立つポールに赤いライトが点灯し、すぐにライトが黄色に変わる。さらに青に変わり、試合開始のブザーが鳴り響いた。
最初に射出されたボールは愛梨のコートへ。
ネットを越えたと同時に素早く叩き切った愛梨に、即座に反応して力任せに振り切ったスバル。全くコントロールがついていない球にも反応しきった愛梨は万全の態勢でその球を撃ち返す。
お互いラケットを使うスタイルによる超高速の打ち合いの応酬。互いに一歩も譲らず、コート内を目にも止まらぬ速さで複数の球が飛び交う。
一進一退の攻防は第一セット中盤にさしかかったとき、
(おかしい)
スコアは8―9で愛莉が勝っているが、愛梨は違和感に苛まれていた。
打ち返す際、いない場所を狙っているはずなのに、そこにスバルが現れて打ち返される。
(幻影……?いえ、ちゃんとした実体なのに、その気配を感じ取れないなんて)
一方、スバルはクスッと笑みを零す。
(さすがだな。この僕の『認識阻害』の影響下にあってもこれだけのスピードとは……。しかしどこまでついてこれるかな)
『認識阻害』は『見えているのに存在を感知できない』というスバルのBS魔法。
肉眼で見えているはずなのに存在を感知できない。さっきからそこにいるのに本人がアピールするまで他の人間は全くその存在を覚えれない。この魔法は自分からアピールしないと存在を認識されにくい短所があるのだが、その短所はクラウド・ボールでは最大の長所となる。実体はそこにいるのに気配が感じ取れない。愛梨が相手のいない所に打っているつもりでも、実はそこにはスバルがいて対処されている。視覚から入った情報は何より優先的に処理してしまうので、そこに打ったらいけないことが頭では分かっていても、一度伝わった情報は瞬時に身体に伝わってしまう。
視覚で相手を騙しながらポイントを奪う。仮に長期戦になっても体力には自信があり、魔法力を消費しないから相手が疲れたところで勝負を決められる。これが里美スバルの必勝パターンだ。
このままいけば勝てる、とスバルが勝利を確信した、
次の瞬間、
(鬱陶しい。何か特殊な魔法が働いている?でも、その理由を考えている暇はないわ。それに相手を認識できないなら、ボールだけに集中して……いつものスピードで叩き切る!)
スパンッ――!
「なっ――――!」
その瞬間、自分の横を高速のボールが通り過ぎていた。
「しま……っ」
認識阻害はちゃんと発動しているためまぐれかと思ったが、そうではないことに気が付いた。
(スピードが上がっている!)
愛莉がボールを尋常ではない速さで打っていく。
どれだけの数のボールが飛来しようと、高速で拾い、断続的に叩き込まれる。
(駄目だ。取りきれない……!)
自陣に落とされようとしている全てのボールが、スバルのコートへ乱雑に返されていく。スバルは返って来ることは想定していても、ボールのスピードが速すぎた。
対処できなくなっていたスバルに止めと言わんばかりに、愛梨はまるでボールを叩き落とすかのようにラケットを振るった。
その一連の動作は、まさに『稲妻』と呼べるものだった。
ビ――――――――!
試合終了のブザーが鳴り響く。
ほとんど差が無かった点差は大きく開いていた。
♢♦♢
『一色選手60対20のストレート勝ちで里美選手を下しました!新人戦女子クラウド・ボール優勝は第三高校一色愛梨さん、準優勝は第一高校里美スバルさん――――』
「なんだよありゃ。速すぎて見えなかったぞ」
「あたしの自己加速でもあんなに速くは動けないわよ」
モニター越しから二人の試合を観戦していた皆は驚きの表情を浮かべていた。
「優勝か!まあ当然じゃの」
「スバルがトリプルスコアでストレート負けするなんて……」
「いや、愛梨相手に二桁得点するとは並の魔法師ではないぞ」
「スバルだって……」
「ん?スバルがなんじゃ?」
「――あっ、い……いや、ごめんごめん!何でも無いから忘れて!」
「なんじゃなんじゃ?気になるのう?」
まさしくキョトンとした表情の沓子に、光井は慌てた様子でバタバタと手を振ってそう答えた。
たしか里美選手は新人戦ミラージ・パッドにも出場する予定だ。ここで魔法の秘密が漏れて対策を打たれたらこっちの計画にズレが生じる。
ここは話を逸らすか。
「なぁ、それより一色のあの魔法、首にかけてるCADと関係あるのか?」
「ほう?おぬし、あのスクリーンで愛梨のCADが見えたのか?」
よし、食いついた。
「いいや、単なる推測だ。魔法競技に出る以上、CADを必ず身体のどこかに携帯する必要がある。だがスクリーンを見ても腕にそんなものはついていなかった。そうなると残る場所はユニフォームで隠れた首元に限られる」
「わしに鎌をかけるとはの……くくく、やはりおぬしは面白い奴じゃなシン」
沓子は不敵そうに笑いながらオレを見上げる。変に興味を持たれてしまったが、今の状況では仕方ないことだ。
「ふむ、なら特別に教えてやろう。おぬしの予想通り、愛梨が使っているCADはネックレス型のじゃ。そこには最小限入っていない。愛梨の魔法は知覚した情報を直接精神で認識し、肉体に命じることができる。どんなに優秀な魔法師でもCADを操作する前に見て考えて指を動かすタイムラグは必ず発生するであろう?じゃが愛梨は『見える』前に体が動く。その速さは唯一無二のものじゃ」
「なるほど」
知覚した情報を脳や神経ネットワークを介さず直接精神で認識する魔法と、打ち返す・走るCADを操作する、それらの動きを精神から直接肉体に命じる魔法。すなわち、感覚器の電位差を直接読み取り、運動神経の電位差を直接操作する――――それが一色の魔法の正体。
「まじかよ。そんな魔法があるのかよ」
「あの、そんな大事なことを教えてよかったんですか?」
一色の魔法の正体に衝撃を受けた面々の中で、恐る恐る質問してきた美月に、沓子は「問題ない」と答える。
「愛梨の実力なら知られたところでハンデにもならん。そもそも対策しようもないしの」
だといいがな。
確かに対策の打ちようがないかもしれないが、一色が次に出る本戦ミラージ・パッドには司波妹が出る。いったいどこまで通用するだろうか。
「さて、そろそろ昼時じゃな。では行こうぞ!」
いや、なんでそこでオレの腕をつかむんだ。
♢♦♢
昼食を済ませたほのかは、シンヤ達(沓子を含む)と別れて一高の天幕へ戻った。
天幕には試合を終えたばかりの雫やエイミィ、クラウド・ボールに出場していたスバルなどもいて、深雪を除いた一年女子主要メンバーが勢ぞろいしていた。
「みんなおつかれー」
「あ、ほのか。お疲れーイエ~イ」
試合に勝利したエイミィは機嫌よくほのかとハイタッチする。
(エイミィにさっきのこと言えないなぁ……)
エイミィと雫は今も行われている女子アイス・ピラーズ・ブレイクの一回戦に勝利し、二回戦へと駒を進めている。雫も表情には現れていないが、興奮した様子が見て取れる。
そんな二人とは対照的に、クラウド・ボールに出場したスバルと菜々美はベンチに座りながら悄然たる姿を見せていた。
「二人はどうしたの?」
「あっ、そうそう、ほのかからも言ってやってよ」
ほのかが尋ねるとエイミィが二人には聞こえないように耳元で話し始めた。
スバルと菜々美は、二人ともクラウド・ボールで愛梨に負けたことが原因で落ち込んでいるらしい。菜々美は勝てば決勝リーグ進出がかかった試合で、スバルは決勝戦で愛梨と戦い、完膚なきまで叩きのめされ、自尊心がボロボロになっていた。
「そんな……落ち込むことなんてないのに。二人ともすごい成績だよ」
素直な感想に、ピクリと二人の身体が震えた。
「スバルなんて準優勝だし、菜々美も六位入賞はかなりの好成績だよ」
「うん。一高が二人同時入賞は控えめに言っても快挙」
「スピード・シューティングに続いて大勝利だって先輩方も大喜びしてたよ」
ほのかの言葉に雫とエイミィも続いた。
二人の結果に真由美や摩利たちが喜んでいるのは事実だった。
試合は愛梨の独壇場だったとしても、成績的に見れば稼いだ得点は二十五ポイント。三高は他の選手が早期敗退したため、ポイントを伸ばすことができなかった。対してスバルと菜々美は二人で二十ポイント獲得した。
一つの競技に各校から最大三人まで出場することが可能だが、三高ではクラウド・ボールに愛梨が出場するため、他の選手は比較的力のない者が選ばれていた。これは優秀な選手たちを同じ競技に出場させて得点効率を下げないための作戦でもある。優秀な選手たちは別競技に出場させて優勝による高得点を狙うのが主流となっている。
一高では深雪、雫、ほのかの三人も、できるだけ競技は被らないように調整している。
ということで試合に敗れはしたものの、一高的にいえばそこまで痛手を負うことはなかった。それよりも、複数人が入賞したことへの喜びが勝っていた。
「まぁ、悪くない成績だよな」
「そうだよね!? 私も一色と当たらなかったらもっと上位に食い込めたかもだし!!」
ほのかたちの慰めによっていつもの調子を取り戻すスバルと菜々美。静かだと不気味に感じるが、元気になるとそれはそれで一気に騒がしくなる二人に、あまりのテンションの差異に顔を引きつらせるほのかたち。
「あら、皆ここにいたのね」
「あ、達也さんに深雪」
そんな彼女たちの元に調整を終えた深雪と達也がやってきた。
この後試合を控える深雪はCADのチェックを受けるために一度天幕へと戻ってきた。競技に参加するためには一度大会委員会のチェックを受ける必要があり、運営本部までCADを持っていくのはエンジニアの仕事となっているが、達也に付き添う形で天幕までついてきたようだ。
「ごめんなさいね遅くなって」
「大丈夫だよ。実は皆さっき来たところなんだ。私も昼まで感覚遮断カプセルで寝てたし」
「エイミィは朝一番の試合だったものね」
「試合後ももゆっくり休めたか?」
「うんもうバッチリ!午後の試合は任せて!」
感覚遮断カプセルで休むことを勧めた達也に、エイミィは「YES!」とサムズアップする。
「あんなに元気だったのに寝不足だったんだね」
「エイミィは限界まではしゃぐタイプだからな……この前も夜遅くまで大富豪に付き合わされた」
「あはは!」
「「反省しろ!」」
悪びれもせず朗らかに笑うエイミィの頭に、被害者であるスバルと菜々美の軽いチョップが入る。
そんな三人のやり取りにほのかが苦笑いする中、雫は深雪の正面に立って構えた。
「ところで深雪は調整完璧なようだね」
「当然よ。お兄様が調整してくださったんですから、万が一にもミスは無いわ」
言葉の端々から達也への敬いが伝わってくる。それと同時に深雪の気合も伝わってきた。
「今大会、深雪の戦いは初めてだからすごく楽しみにしてるよ」
「そう? ではご期待に添えるよう頑張らなくちゃね」
深雪と雫は火花を散らしながら見つめ合う。
ほのかの眼には、表情を崩さないまでも、静かなる闘志を燃やす親友の姿が映っていた。
アイス・ピラーズ・ブレイクは出場者二十四名によるトーナメント戦だ。そこから三回戦を突破した三人による決勝リーグでの勝敗で順位が決まる。
つまり、この場にいる全員が勝ち残れば、雫、エイミィ、深雪の三人がそれぞれ戦うことになる。
「私も負けないからねー!」
そこにエイミィも加わった。彼女も本気の戦いをしたいのだろう。
実力からいってこの三人が決勝リーグに勝ち上がる可能性は高く、本人たちも決勝リーグで戦う事を望んでいるようにも見えた。しかしそんな三人を見て、ほのかは複雑な想いを抱いていた。
(その時、私は誰を応援すればいいんだろう)
幼い頃からの親友でありライバルの雫。憧れであり想い人の妹でもある深雪。過ごした時間は短くても濃密な時を過ごした友人。
全員に勝ってほしい、と叶わぬ想いを抱きながら三人を見守っていると、横から復活した菜々美とスバルが深雪に話しかけた。
「そういえば深雪はどんな衣装でいくの?」
「僕も気になるね。エイミィと雫は随分と派手だったからなぁ」
アイス・ピラーズ・ブレイクの楽しみの一つでもあるファッションショーに興味がある様子。ここでようやく女子に囲まれて存在を消していた達也が口を開いた。
「確かに明智さんの乗馬服はともかく、雫の振袖には驚かされたな」
「そう?普通だよ。着慣れてるし」
「雫は毎年振袖姿で初詣に行っているしね」
「そうなの。私はもっとオーソドックスな服よ。何かは見てのお楽しみ」
「なんだろう~楽しみだな」
「雫の振袖もよかったけど、懇親会で見かけた例の執事君もよかったね~」
「ふっ、そうだな。エイミィが真っ赤になってショートしてしまうぐらいだからな」
「ちょっ!?」
「あんなに似合ってる人は初めて見たよ。あーあ、1回でもいいから”お嬢様”って呼んでもらいたいなー」
「こらこら、そんなこと言ったらエイミィが妬いてしまうだろ」
「ち、違うもん!そんなんじゃないもん!」
「「エイミィかっわいー!」」
「むぅ~~~もー!!」
深雪の試合時間が近づいてきたためこの場は解散し、ほのかたちは深雪の応援のために会場へと向かった。
新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイク、深雪の試合は一回戦の最終マッチ。
昼が過ぎ、男子は既に二回戦が終了していることから、男子と女子の注目度の差が如実に待ち時間に現れている。
本人はCADの調整をしたりチームメイトの試合を観戦したりと、待たされているという感覚は無かったが、会場に向かう前から観客席の盛り上がり具合を肌で感じていた。
控え室には真由美や摩利、花音たちが深雪の応援に駆けつけ、落ち着かない雰囲気の中で達也は神秘的な衣装で身を纏った妹へと声をかける。
「深雪、頼もしい応援団だが逆に緊張しすぎるなよ」
兄の言葉に深雪は微笑んだ。
「大丈夫です。雫やエイミィと戦うまでは負けられませんから」
いつもと変わらぬ透き通った声と魅惑的な笑み。
しかし、深雪の返事を聞いた達也は、妹の心境の変化を感じ取っていた。それは達也にしかわからない微々たるもの。
「お兄様?」
「……そうだな。まずは一回戦、行っておいで」
「はいっ!」
これが親離れしていく子を持つ親の気持ちなのかと、妙な胸騒ぎに襲われながらも達也は深雪の背中を見送った。
深雪が櫓から会場に姿を見せると、観客席が大きくどよめいた。
「緋色袴!?」
「巫女さんみたい」
「きれ~い」
驚くのも無理はない。深雪の衣装は白の単衣に緋色の女袴。白いリボンで長い黒髪を首の後ろでまとめたスタイルだ。
緋の袴、紅袴とも呼ばれ、巫女装束として用いられている衣装。
ただでさえ整いすぎている美貌が、巫女装束と相まって神懸かった雰囲気さえ醸しだしていた。
「ブラボー!!」
「美しい……ッッ」
クラウド・ボールは男女ともに決勝戦が終わり、一回戦の最終ゲームということもあって現在、裏で行われている試合はない。男子と違って女子アイス・ピラーズ・ブレイクは注目度が高いということも重なり、新人戦の一回戦にしては異例の満員状態となっていた。
「この歓声、完全に観客を味方に付けたわね」
「気の毒に。相手選手が委縮してしまっているよ」
真由美と摩利は関係者観戦席から苦笑いしながら相手選手に同情の目を向ける。
「あれはさすがにあたしでも、ちょっと気後れするかもしれん」
雫の振袖姿も大いに客席を湧かせたが、比ではない盛り上がり。深雪の登場で、辺りは静謐な森の中にいるような雰囲気に包まれる。
「あそこまでの着こなし、尋常ではないな。ウチの実家のバイトに来てほしいくらいじゃ」
「沓子……」
「んぅ? 愛梨、大丈夫かの?」
「なんでもないわ」
敵情視察も兼ねて客席に座っていた愛梨たちも、深雪の神々しい姿に目を奪われていた。
もはや試合を観戦する空気ではなくなっている。相手選手は気の毒だが、観客の目は深雪の一挙手一投足に釘付けだ。
それでも試合は待ってくれない。
深雪はいつもより深呼吸した上で気持ちを落ち着けていた。
自身が感情を昂らせれば、無意識的に魔法を発動させてフライングとなってしまう。そのことを理解しているからこそ、本来の選手なら気持ちを高ぶらせるところを抑え込まなければならない。
けれども、自分のエンジニアを担当してくれている達也のことを思えば苦にならない。
ライトが点り、試合が始まった。と、同時に強烈なサイオンの輝きが両陣営関係なくフィールド全体を覆った。
フィールドを分かつ二つの季節。
極寒の冷気に覆われた深雪の陣地と熱波に陽炎が揺らぐ敵の陣地。
敵陣の氷柱はその全てが溶け始めていた。
相手選手は急いで自陣の氷柱に冷却魔法を編みあげているがまるで効果は見られない。
深雪の陣地は厳冬を越えて凍原の地獄となり、敵陣地は酷暑を越えて焦熱の地獄となっていた。だがそれも過程に過ぎず、ほどなくして敵陣は昇華の蒸気に覆われ始めた。
♢♦♢
度肝を抜かれていた観客席の中で、エリカたちも目を見張って驚いていた。
「何なんだよ、ありゃ…」
「自陣の柱を冷気で守って相手の柱は炎で溶かすってこの競技で最も有効的ではあるけど、あんな魔法簡単に扱えないでしょ…!」
言うだけなら簡単。
だが実際にあんなとてつもない魔法を行使するのは、並みの魔法師ではまず不可能なのはレオもエリカもわかっているようだ。
「まさかあれは…『氷炎地獄(インフェルノ)』!?」
「知ってるの、ミキ?」
「僕の名前は幹比古だ。ってそれはとりあえず置いておくけど、あれは『氷炎地獄』に間違いないよ」
相手選手が必死の面持ちで冷却魔法で氷柱を維持しようと試みたが全く効果が無く、炎は容赦なく氷柱を溶かし続けている中、幹比古は説明した。
「中規模エリア専用振動系魔法『氷炎地獄』。対象とするエリアを二分し、一方の空間内にある全ての物質の振動エネルギー、運動エネルギーを減速、その余剰エネルギーをもう一方のエリアへ逃がし加熱する事でエネルギー収支の辻褄を合わせる熱エントロピーの逆転魔法なんだ」
ブランシュのアジトで連中を氷漬けにしたあの魔法も似たような部類のものか。
「でも時々A級魔法師ライセンス試験のA級受験者用の課題として出題される、魔法の中でも特に難易度が高いと言われている魔法だよ。知っていると思うけど、A級魔法師ライセンスを取るには並大抵の実力ではまず取れない。『氷炎地獄』が出題されて涙を呑んだ受験者が多数いるって聞いた事がある」
「それだけの強力な魔法を、深雪さんは扱っているんですね…」
「改めて思うけど、深雪ってとんでもないわね…」
「絶対敵に回したくねえな…」
『この兄妹を敵にするのは得策では無い』、それがエリカたちの共通の認識になっていた。
フィールドで気温の変化が突然止まる。
急冷凍で作られた氷柱に含まれた気泡が膨張して、熱で弛んだ氷柱に所々ひびが入っていた。
司波妹がすかさず次の動きを見せる。
脆弱化した敵陣の氷柱は、圧縮された空気が解放された事によって全て崩れ落ちた。
勝負にならなかったな。
『試合終了!第一高校、司波深雪選手、相手に一切の反撃を与えず完封勝利を上げました』
それにしても魔法師ライセンスA級の高難易度魔法を意図も容易く使う少女の親が普通の家系なわけがない。それにブランシュのアジトでのあの兄妹の立ち振る舞いは、監視カメラの映像を通してだが場慣れしているようなものに見えた。
一部の例外を除けば、それこそ十師族で一番魔法力が強そうな家系くらいだ。兄妹が全く違う性質でも、おかしくない家系を。
……………いや、これ以上深くは詮索するべきではないか。
♢♦♢
「いやーええもん見たのう!お茶でも行くか」
司波深雪の試合が終わった後、次の試合まで会場整備が行われているため、私――十七夜栞と愛梨、沓子はアイス・ピラーズ・ブレイク試合会場を後にしていた。
あの試合を見た後、沓子はいつも通りマイペースなのに対し、愛梨はずっと黙りこんでいる。
「そういや栞も愛梨もあの選手と当たるかもしれんのじゃろう。ええのぉ、わしも対戦してみたいものじゃ」
「対戦したい?」
「そりゃそうじゃろ。戦争でもない限りあれくらい高位の魔法師がおもいっきりぶっ放せる機会などそうそうないじゃろ。ここまで整った施設でもし何か事故が起こってもお国の魔法師が全力でサポートしてくれる。こんな環境で相対できることなど多分もう二度とないぞ」
沓子…それは司波深雪を明らかに高位の魔法師として認めているってこと?
正直なところ私も彼女相手にまともに渡り合えるとは思えない。ピラーズでは二位を狙っていくしかないのかもしれない。しかしそれではあまりにも……………
「そうね」
沓子に言う前に愛梨が口を開く。
「たしかに司波深雪はとても高い魔法力を持った選手。だからこそ司波深雪に勝利することに大きな意味があるわ」
「!」
愛梨……
「ただ闇雲に言っているわけじゃない。これが単なる魔法の力差を比べるものではなくルールに則った魔法競技である限りどんな強い魔法師にも勝つことは可能よ。そのための訓練は積んできた。だから………私たちは絶対に勝てる!」
「おおっ」
「……そうね。その通りね」
「そうじゃぞー!」
愛梨………さっき司波選手の戦いの後、組んだ腕がかすかに震えていたのを見たわ。あなたならどれだけ司波選手の魔法が凄まじいのか私たちより一層強く肌で感じているでしょうに。
それなのにそんな風に言って私達を鼓舞するなんてあなたは本当に強いわ。
あなたはいつもそう。皆のことを考えて行動する。消極的なことを考えた自分が恥ずかしいわ。
あなたこそ頂点に立つに相応しい人よ。
だから、私は私のやれることをしよう。まずは次の対戦、確実に勝利を挙げる。
「ん?」
「?どうしたの沓子……あっ」
沓子が視線を反らしたのを見て、それを疑問に思い、沓子の視線の先を見た瞬間、愛梨は一瞬固まった。
どうしたのだろうか?私もその方向を見てみると、懇親会の時に執事服を着ていた給仕の彼がすぐそばの通路で四人の一高の生徒達と一緒にいるのが見えた。
確か名前は…ユウキシンヤだったかしら。
「おおっー!シンー!」
「しん?」
いつの間に愛称で呼ぶほど仲良くなったのか、沓子は年齢に似合わない屈託のない笑顔を浮かべながら彼の方まで駆け寄る。
「またまた会ったのー!」
「……そうだな。昨日と今日に続きもの、ものすごい偶然だ」
話の内容から、沓子はこの二日間彼とその友人たちと何回か交流をしていたようだ。四人の一高の生徒たちも沓子に気軽に挨拶している。普通九校戦の間は他校同士ピリピリしているものだけど、彼らにはそういうものがなかったため不思議だ。
彼も彼で不思議だ。
一見覇気がない人間に見えるが、整ったその相貌には表情という表情が死滅しており、いかなる感情の欠片すらも読み取れない。懇親会の時、愛梨の態度に文句を言っていた時も声音にまったく感情がこもっていなかった。さらに無駄な身じろぎ一つなく、まるで彫像のように静謐なその佇まいは人形という評価が妥当だ。魔法科高校に通う男子とは、どこか根本的な部分が欠けてるように感じる。
沓子が彼から感じたというナニカと関係あるのかしら……。
「また一人か?」
「いいや、今は栞と愛梨も一緒におるぞい。ほら、あそこに」
「あっ」
彼は私達、正確には愛梨を向いた途端固まった。
♢♦♢
次の試合まで時間がかなり空いたという事で、美月の案で皆とホテル内にあるスイーツカフェへと向かう道中、沓子と一色、十七夜の三高女子に遭遇した。
一色と十七夜とはこの大会で一度目の再会になる。特に一色の方とは懇親会でほんの行き違いからあまりいい印象を抱かれていないだろう。
エリカたちがその面々に驚く中、何を言われるのかと思い、身構えていると、意外な言葉が発せられた。
「あなたにお詫び申し上げます。先日の侮蔑をするような発言に関して。一般であるからと蔑むようなことを言ってしまい申し訳ありませんでした」
オレの前に立ち、頭を下げてくる。
「少し意外だな。謝罪をするとは思わなかった」
「私の認識が間違っていたことは事実。このことは司波深雪さんにも謝罪したいと考えています」
彼女なりのけじめのつもりか。家柄や成果で人を判断するのは実力を知るためには一番手っ取り早い方法だ。十師族はもちろんのこと、師補十八家、百家も名前を聞けばどんな実力かはわかるだろう。実力者に会いたいだけの人間だったのならこれも頷ける。そして、彼女は自分の過ちに気づけばそれを正そうとするタイプのようだ。
「そうか。こっちも悪かったな。その、呼び名を間違えて」
「お気になさらず……その件についてはもう気にしておりません」
そう言う割には眉根を寄せているが…………いかん。話を蒸し返すのはまずかったか。どう返したらいいか悩んでいると、沓子が両手を叩いた。
「さて、シンも愛梨も仲直りしたところでこの話はもうおしまいじゃ。というわけで皆とパーッとお茶じゃ!」
「また沓子は……」
「甘いものが食べたいだけね」
一色と十七夜からの指摘に、沓子は『あはは、ばれたか』と朗らかに笑いながらオレたちの方を向く。
「さて、場所はホテルで人気のスイーツカフェでどうじゃろ?」
あれ?なんかオレたちも行くのが決まってる前提で話してないか?
「あっ、奇遇ですね…実は私達もそこに行こうとしていたんです」
……美月。
「おお!行く方向も一緒だったとは!」
その後は沓子にペースに乗せられるまま、一緒にスイーツカフェに向かう事となったのだった。
何故こうなったのだろうか。
現在オレは三高女子三人と同じテーブル席に座っていた。
ここのスイーツカフェのテーブル席が最大4人用のしかないということで二つのテーブルを繋げたんだが、エリカ、レオ、美月、幹比古はすぐに一つ目に座ってしまい、出遅れてしまったオレは一色たちが座る二つ目に座ることとなってしまった。
ちなみに、オレから見て左隣の席にワクワクとカフェのメニュー表を見る沓子、真正面に一色、一色の左側に何故かじ~とオレを見ている十七夜、そして左側テーブル席でエリカ達がその様子を見守るという配置になっている。
九校戦に出場している三人が来ているという事で、後ろで他の客が少し騒いでる。
エリカたちめ。オレを人身御供にしたな。
『おいあれ、今日のクラウド・ボールで優勝したエクレール・アイリじゃねえか!』
『ほんとだ!他の二人の女子も見たことあるぜ!』
『あれ?てか一緒に座ってるの一高の男子生徒じゃね?』
『なぬ!?』
『三人の美少女と一緒の席とかうらやまけしからんだろ!(号泣)』
『夜道、背中に気をつけろやぁああああ――ッ!?(血涙)』
……ヤバい。オレ今日死ぬかも。
『アハハ……シンヤ君も大変だね』
『……エリカ、同情するならこの状況どうにかしてくれ』
『ごめん。流石の私でも無理だわ』
『……レオ』
『悪い。俺もまだ死にたくねえわ』
『…………幹比古』
『ごめん。それは勘弁してほしい』
『美月……には荷が重いな』
『はい……すみません』
駄目だこりゃ。
劣等生では九校戦編から登場したエイミィが、優等生で早くも登場!