魔法科高校の事なかれ主義の規格外(イレギュラー) 作:嫉妬憤怒強欲
バトル・ボード会場では女子準決勝の第一レースが始まろうとしており、その中にはほのかの姿もあったが、スタート地点に並ぶ三人の姿を見て、客席では悩ましげに唸っている姿がちらほらと見受けられた。
その理由は、ほのかだけでなく他の二人の選手も濃い色のゴーグルを掛けているから。
ほのかが予選で使用した眩惑魔法を警戒しての事なのは明白。
だがこれでは彼女の、と言うよりもあの少年の思うツボだと思ったのは、この後の第二レースに出場する沓子だった。
「予選で使用した眩惑魔法は使わんだろうが……はてさて、どんな奇策で来るやら」
他の選手が濃い色のゴーグルを掛けた時点で沓子の中で大よその見当は付いていたが、実際にどうやるのか興味津々にほのかを観察する。
スタートが切られる。
閃光はなく、ほのかは出遅れていたが、二番手でぴったりくっついていた。
スタンド前の緩い蛇行を過ぎて、次は鋭角コーナーへと侵入していくところで、ここで早くもレースは動いた。
普通なら大きく減速して内側ギリギリを回るのがセオリーのところを、一番手の選手は大きく減速してコースの中央をターンするという中途半端な事をしたので、その間に内側を取ったほのかが追い抜いて一番手に躍り出た。
「……ふむ」
今度は緩いカーブへと差し掛かる。
ほのかは緩いカーブをセオリー通りに抜けて行ったが、ほのかに抜かれた選手は必要以上に減速してコース中央をカーブして抜ける。その為、ほのかとの差が大きく開いていた。
「…ほほう。そういう事か」
コーナーに影が差していたように見えたのは気のせいではなかった。
おそらくは光波振動系によって作り出した明暗。
本当はもっと広いコースであるはずなのに、濃い色のゴーグルをしているせいで本来広いはずのコースが狭まって見えてしまうために、必要以上に減速して、必要以上に間を空けて抜けて行かなければならないと錯覚してしまう。
頭ではもっと広いと分かってはいても、視覚情報に咄嗟に逆らうのは困難。
予選で閃光を使い、この準決勝では閃光を警戒して濃いゴーグルを掛けるように仕向けたのは、この作戦の為だったのだ。
一度目は半信半疑だったが、二度目でしっかり何が起きているのか沓子ははっきりと見極めていた。
「なかなか強かな戦術だねー」
ちょっと陽気な声で沓子の隣に立ったのは、本戦バトル・ボードで優勝を飾った三年生の水尾佐保。
「魔法の使い方は極めて単純で、自分すらも失敗しかねない戦術だけど、相当練習したんだろうね。敵ながら感心するわ」
「そうですな。今からあやつと対戦するのが楽しみですわい」
「その為には、沓子も勝たなきゃね」
「お任せくだされ!」
まるで気後れする様子がない沓子を、佐保はとても頼もしく思った。
♢♦♢
エイミィに続き、同じ第一高校の深雪と雫も揃って決勝リーグに進出、同一校で決勝リーグを独占するという前代未聞の快挙を成し遂げた。しかし前戦にて死力を尽くしたことで限界が来ていたエイミィはその場で棄権、深雪と雫による決勝戦が決定した。
女子アイス・ピラーズ・ブレイクの決勝戦で一高同士の対決が始まろうとしていた頃。
女子バトル・ボードの会場では決勝戦のスタートが切られようとしていた。
あらゆる意味で存在を見せつけた深雪に注目が集まり過ぎたせいでアイス・ピラーズ・ブレイクに比べたら注目度は目に見えて下がってしまうが、水面に眩惑魔法を仕込むという奇策で勝ち上がったほのかと、高度な水の魔法を操る沓子の一騎打ちは、一般人にとっては十分興味深いカードだった。
「……なぁエイミィ、本当に大丈夫か?」
「ぜぇぜぇ……あーうん……もうだいたいオーケーだよ」
ピラーズ・ブレイク決勝は、バトル・ボード決勝の後という事になり、バトル・ボード会場でエリカたちと合流したシンヤの右隣には、肩で息をしているエイミィが、さらにその横にスバル、菜々美が座っていた。先の準決勝試合でエイミィは緻密な制御で翻弄する栞に苦戦するも、何とか勝利を収めたが、サイオンの使い過ぎで倒れてしまった身。現状は座っているでやっとの状態だった。そんな全快とは言えないエイミィに、スバルと菜々美が付き添っている。
「……やっぱり寝た方がいいんじゃないか?」
さすがのシンヤも休むよう促すが、エイミィは断固として動こうとしない。
「大丈夫だよ。どうせもう出場する競技はないし……」
「それに、ライバルが出てる試合は直で観ておきたいしな」
「ちょっ、なにわけわかんない言い出すのかなスバル!?」
実際弱りつつも気力で意識を保つエイミィの眼には、スタートラインでボードの上で佇む沓子の姿が映っていた。
「?あいつとは出る競技が違うはずだろ」
「執事君執事君。エイミィはそういう意味であの選手をライバル視してるんじゃないよ」
「?そういう意味じゃないって、じゃあどういう意味だ?」
「いやいやそこは自分で考えないといけないぞ」
「?」
「う~~だから違うってー!」
まったく意味が解っていないシンヤに、スバルと菜々美は呆れ果てて大きな溜息を吐く。
(こりゃあエイミィ苦労しそうだね)
(ほのかも司波君とこんな感じなんだろうな……)
これには後ろの席にいたエリカたちも苦笑いを浮かべていた。
「それにしても、決勝の相手はやっぱり四十九院さんになったか」
「ミキと同じ神道系の古式魔法師みたいね」
「僕の名前は幹比古だ!まぁ、四十九院って名前を聞いてもしやとは思ってたけど、どうやら彼女は神道の大家『白川家』の血筋に当たるみたいだ」
「白川家って……確か昔朝廷の祭事を担っていた家でしたっけ?」
「そうだよ柴田さん。白川家は、古代からの神祇官に伝えられた伝統を受け継いだ公家で、皇室の祭祀を司っていた伯家神道の家元だったんだ。でもそこに代々神祇大副(神祇官の次官)を世襲していた僕の祖先にあたる人物が吉田神道を確立して、神祇管領長上を称して全国の寺社に影響力を持ち、白川家との影響力差を逆転させた歴史があるんだ」
「ようするにミキとはある意味因縁のある相手ってわけね」
「ま、まぁ確かにそうだけど……って僕の名前は幹比古だ!」
「つーか、何気に自分の家の自慢話しなかったか?」
「い、いや……僕は別にそんなつもりで説明したわけじゃ……んん!それよりも、水の精霊魔法を得意としている白川家の血を強く引いた彼女にとって水の上は彼女の庭も同然だ」
「……ほのかさん勝てるでしょうか」
全員がコースを見やる。
決勝戦は1対1のガチンコ勝負
本人のペース配分が勝負を左右する。
スタート合図の光が灯る
赤から黄色へ、そして黄色から青へと変わった瞬間、決勝戦のスタートが切られた。
スタート直後にほのかの魔法が発動し、水面が鏡面反射を起こす。
「フラッシュじゃない!?」
「でも水面の状態を魔法で改変したから向こうもすぐに仕掛けれない!」
レオと幹比古の声が響く。
古式魔法は0コンマ数秒、現代魔法より発動が遅れるという欠点を把握し、領域干渉のような効果で序盤の制圧に成功したほのかは先んじてコースを奔る。
「ふん、もちろん古式魔法の初動が遅いことなど織り込み済み。じゃから序盤の水面は捨て狙うのはその先よ」
ほのかの鏡面化魔法が切れたあたりから荒れた水面が容赦なく襲い掛かる。
予選で選手たちは次々とこの沓子の水流を乱れさせて足場を崩す作戦で転倒させられていた。だがそれを見ていたほのかは既に対策済みであり、跳躍魔法でホバークラフトのように飛ぶことでそれらの罠を掻い潜っていた。意図的にショートカットするのは禁止だが、ボードの『縁』だけが水面ギリギリに触れているため水面上の走行と認められた。
「なるほどそう来たか。じゃが、仕掛けておるのはそこだけではないぞ」
沓子は再び仕掛けた精霊魔法を発動しようとする。だが、タイミングよくほのかが消波を叩き込むことでそれを無効化した。
(精霊が抑え込まれた?じゃがどうやって魔法の場所が……光井という名、そうか。あやつ光のエレメンツ……)
エレメンツとは、数字付きが開発される以前に日本で最初に作られようとした魔法師の呼び名である。2010年代から2020年代にかけて4系統8種の分類・体系化が確立していなかった時代、伝統的な魔法分類である地・水・火・風・光・雷といった元素(エレメント)の属性に基づいて開発が進められた。しかし、4系統8種の体系が確立することにより、伝統的な属性に基づく魔法師の開発は非効率と見做されるようになり、エレメンツの開発は中止され、開発を行っていた研究所のほとんども閉鎖された。
光井ほのかと水尾佐保はそれぞれ『光』と『水』のエレメンツの末裔となる。
「じゃから儂の魔法が”見えた”か。どうりで知ってる気配がすると思ったわい…………くくく、あはははははは!こうでなくてはな!やっぱり九校戦は面白いの!」
順調に先頭を走るほのかは滝の頂上へ上がっていく。
(先に魔法の場所が分かっていれば楽勝!頂上がコースで一番高くなるから全体を見渡すには絶好のチャンス!)
だが頂上からコースを一望したとき、ほのかは顔を青ざめることになる。
♢♦♢
多すぎるな。
コースのほぼ全域に魔法が仕掛けられている。全域を一気に消波するのも手だが、それでは光井がスタミナ切れになってしまう。
いや……よく見るといくつかは小さい波しかたっていない。どうやら沓子は光井が光のエレメンツの末裔であることに気づいてダミーを仕掛けたようだ。
ダミーがあることには光井も気づいたようで、臆せず順調に進んでいく。
だが、ループの出口に仕掛けられた大きい渦に油断し、なんとか跳躍魔法で回避するも、バランスを崩した隙をついて沓子が先頭に立った。
♢♦♢
「まだまだ勝負はこれからじゃぞ」
「えっ……」
沓子が自らの右手に携帯していたCADを操作し、魔法を発動する。だがそれは古式魔法ではなく――――
「現代魔法……!」
移動系魔法で一気に加速する沓子。ほのかとの距離を一気に突き放し、2週目に突入した。
「まさか古式だけじゃなく現代魔法まで……」
「あれ?ほのかさんの動きが遅くなってません」
「ほんとだ。どうなってるの」
「コースの水面をよく見てみろ」
シンヤの指摘で一同がそちらを確認する。
「さっきより水の流れが強い?」
「そうか!光井さんと離れたから、四十九院さんは自分への影響を気にせず好き勝手に水流を動かせるんだ!」
「でも吉田君。沓子さんは今も移動系魔法を使っていますよ」
そのつぶやきに美月が質問すると、幹比古は苦々しげに答えた。
「おそらくだけど、彼女にとって水の精霊魔法は自身の手足も同然なんだ。だから片手間で起動しているもう一方で現代魔法に集中できるんだ」
「そんな……!」
幹比古の解説の間にも、沓子はさらに加速してほのかとの差を開く。これにはほのかにも焦りの表情が見えた。
♢♦♢
どうする?飛び越える?でもどこもこんな状況じゃ同じこと。
どっちにしろ無駄にスタミナは消耗されるしペースも落ちてる。このままじゃ負けちゃう……。
挽回は厳しい、もう駄目だと諦めかけた時、達也さんにアドバイスしてもらったことを思い出した。
―――ほのか、SSボードの練習を思い出すんだ。光に対する知覚だけじゃなく、これもほのか自身の力。使えるものはなんでも使って勝利を勝ち取れ。
そっか、そうだね達也さん。私にはSSボードで培った力がある!
そしてそれをアレンジして今回練習した力――――これが私の本当の実力!
♢♦♢
「なんじゃとっ!?」
あやつ、儂が作った波をアクロバットで次々と躱し始めおった。
急にあれほど動きが良くなるとは……そういえば水尾先輩達エレメンツは依存する相手のために自分でも思ってもみない力を発揮することがあると聞く……まさかそれを利用したのか?
『光井選手波を避けながらスピードアップしています!四十九院選手を猛追!』
まだこんなに余力を残しておったとは……じゃがこの大差容易なことでは埋まらんぞ。
『なんと先程の大差が徐々に縮まりつつあります。これは勝負が分からなくなってきました!』
なぬっ!もうあんなところに!?
「くっ、仕方ない。大技を投入するか」
儂は精霊魔法で嵐の海のような荒れぶりを発生させて光井にぶつける。じゃが、光井はそれをものともせず確実に距離を詰めてきおる。
そのまま最後のループに入る。ループ内はそれほど技の影響がない。勝負は出口のカーブ!
念の為儂と光井の間に水の壁を作り、光井をインコースに入らせないようにした。
これで光井は余計にコースを大回りするしかなくなり、儂はその間にインコースを回ってリードを広げる。
途中もう一つのカーブでは儂がアウトコースになるので、そこで解除する頃にはすでに大きくリードしているだろうし、そこから逆転するのは困難になる。
後ろを確認してみれば、水の壁越しに光井の姿は映っていない。
これでリード出来ただろうと思い、儂がアウトコースになるカーブに入る前に一度水の壁を解除した。
その直後だった。
「なっ……」
突然儂の真横から、まるで透明人間が突然現れたように、後ろにいるはずの光井が姿を現した。
何故じゃ?確かに水の壁越しに遅れていたのを確認したはず。一体どうやって追いついた?
そう考えていた儂はわずかな間だけ油断していた。
「!?」
まもなくカーブに差し掛かるが、一瞬油断したせいか、いつの間にか目の前にアウトコース側のフェンスが迫っている事に気づき、衝突を防ぐために急激に減速した。
その間に光井は儂を抜き去り、”カーブへ侵入していた”。
「し、しまった!」
これは光井の罠だとわかった儂は慌てて追いかけて行った。
♢♦♢
「何だ?何が起きてんだ?」
三周目に入ってから、レオやエリカたちはほのかが何をしているのかわからなくなっていた。
「あれは幻だ」
そこにシンヤから説明が入った。
「ループ内で沓子は自身と光井との間に水の壁を作ったつもりだったが、それは光井が作り出した幻……本人はもっと近くまで追いついていた」
「油断させるためにそんなことを……」
「じゃあ、あれは何だったんですか?」
美月が差したのは、沓子が急激に減速した理由についてだ。
「さっき言ったのと同様、光の屈折を利用して生み出した幻だ。大気中を進む光の屈折率を事象改変してフェンスが近くにあるように見えるよう錯覚させた。これにより、本当はカーブに入るまでまだ距離があるはずなのに、沓子にはすぐ目の前にフェンスがあるように見えたんだろう」
「影を作って錯覚させたように、光によって錯覚を起こす。光波振動系が得意な光井さんだからこそ出来る戦術というわけか。これも達也が考えていた作戦だろう」
「よくまあ思いつくわよね…」
感心通り過ぎて呆れたようにエリカは言ったが、心情的にはその場の一同も同じようなものだった。
光系魔法でどうやって戦ったら良いのだろうかとほのかは疑問だったが、達也から教わった作戦のとおりにそのまま使った結果、ここまで勝ち上がってきた。
光波振動系に掛けては誰にも負けないという自負がある。だが、その使い方の幅はそれほど広かったわけではない。
達也と知り合って、光系魔法の使い方にはもっと多くの工夫が出来る事を学んで、ほのかはそれまで以上に自信を持てるようになっていた。摩利のあの事故があって一度は不安に駆られはしたが、今はもうそんな不安は欠片もなかった。
後ろから沓子が迫って来ていたが、いかに水に精通した魔法師であっても一度開いた差を埋めるのは困難だ。
ほのかのボードがゴールラインを超えた瞬間。会場内から歓声が上がった。
(やりましたよ、達也さん!)
♢♦♢
水に関する魔法を得意とする古式魔法師との一騎打ちでほのかが勝利を収めた女子バトル・ボードのレース展開はもはや新人戦の枠を超えた激戦として話題となった。
そして、その後の女子アイス・ピラーズ・ブレイクでの深雪と雫の対決も、新人戦とは思えない迫力の熱戦が繰り広げられた。“氷炎地獄”によって攻めと守りを同時に行う深雪に対し、雫は達也から伝授されたCADの複数同時操作を駆使し、自陣を守りつつ熱線化した超音波を射撃する“フォノン・メーザー”という魔法によって、これまで無傷だった深雪の氷柱に初めて穴を空けた。しかし深雪がすかさず“ニブルヘイム”というこれまた高難度な大規模冷却魔法で対抗、液体化した窒素が雫の氷柱にびっしりと付着したタイミングで再び“氷炎地獄”を発動、窒素が急激に気化したことによる膨張で雫の氷柱を根こそぎ破壊し、一気に決着となった。
本日の競技が終了し、ホテルのティーラウンジにて深雪たち一高女子の快挙を祝う小さな宴が挙げられていた。友人たちの祝勝にとバイトを終えたエリカたち、スバルや菜々美といった面々も集い、机を埋め尽くさんばかりに並べられたスイーツにありついていた。夕食後だが女子には別腹である。
「深雪、ほのか、優勝おめでとう」
「お兄様……」
「そんな……優勝できたのは達也さんのお陰です!ありがとうございました」
達也からの称賛の言葉に深雪とほのかは頬を赤くする。
「俺はあくまでアドバイスしただけだ。雫には悪いことをしたな。勝敗はともかく本来ならもっと拮抗した試合になった筈なんだが、俺の判断が甘かった。たった二週間で”フォノンメーザー”をものにするのは無理があったと思う」
「ううん。達也さんは全然悪くないよ。そもそもあれがなかったら反撃の手段すらなかったんだし、使いこなせていればもっといい試合ができたのに……謝るのは私の方だよ」
決勝戦で深雪に負けた雫、一度はホテルで気落ちしていたが既に立ち直っていた。
「深雪にも歯ごたえの無い相手で申し訳なかったと思ってる」
「そんなことないわ。あの時は本当にびっくりしたもの。あんな高等魔法が複数CADの同時操作のおまけつきで出てくるなんて……そういえば」
深雪の視線が達也の方へ向く。
「お兄様。あれは本気で私を負かすおつもりでしたね?」
「……俺はふたりのどちらにも最善を尽くしただけだ」
「もう……この人は妹が可愛くないのかしら」
「手を抜いたりしたらそれこそ本気で怒るだろうに」
「~~~!」
学校ではお嬢様のような対応をする深雪が不機嫌そうに頬を膨らませて、達也を僅かばかりに睨む。年相応の少女の様な素振りにほのかと雫は思わず笑う。深雪に睨まれた達也の方は困り、話題を逸らすことにする。
「んん!それよりもずっと気になってたんだが……」
「……奇遇だね達也さん。実は私も気になってた」
そう言って達也と雫がある一角を見やる。
「うわーんシンー悔しかったのじゃあぁぁ」
「……なぁ、沓子。そろそろ離してくれると助かるんだが」
「おっ、意外と筋肉が締まっておるの」
「おい」
「ちょっ、沓子!シンヤ君にべたべたしすぎだよ!」
「いけーエイミィー!」
「そうだ!そしてそのまま既成事実をつくってしまえ!」
「いや、さすがに高校生でそれはまずいでしょ……」
どこで嗅ぎつけたのか女子バトル・ボードでほのかと対決した三高女子が乱入し、シンヤに泣きじゃくりながら(ウソ泣き)抱きついているのをエイミィが必死に引きはがそうとし、それを菜々美やスバルが謎の声援をあげている。
「あいつはいつの間に四十九院選手とあそこまで仲良くなったんだ?」
「それは謎……新人戦初日のお昼に偶然一緒にアイスを食べたりしたけどそれだけだった。二人は前からの知り合いなのかな?」
「いや、懇親会の後俺も確認したがあの時が初対面らしい」
「あっ、そういえば二日目にはシンって愛称で呼んで、一緒に競技を観戦したりお昼を食べたりしてましたよ」
「この短期間にいったいなにが…」
九校戦に出場しており経緯をあまり把握してない面々は年相応に興味を抱いていた。
(白川の古式魔法師は高い直感力を有していると聞く。その血を引く彼女はシンヤから何かを感じ取ったのか?)
「……お兄様。深雪を放っておいて有崎君に熱い視線を……やはりお兄様は有崎君のことが――――」
「ふえっ!?そうなんですか達也さん!?」
「待て誤解だ落ち着いて話を聞いてくれ二人とも」
「ふふん!聞いて驚けエイミィとやら!何を隠そう、儂は昨日シンと一緒に美味しいスイーツを食べたのじゃぞ!」
「なん……だと……」
「いやあの時はエリカたちや一色たちも一緒だったろ。というかなんでエイミィはそんな大袈裟に驚いてるんだ?」
「四十九院選手だけじゃなく一色選手ともだと………」
「……執事君実はとんでもない女たらしなんじゃ」
「待て。とんだ言いがかりだ」
達也がほのかと深雪、シンヤがスバルと菜々美からの誤解を解くのに時間を弄し、後から来た一色に沓子を引き渡して祝勝会は解散となった。
♢♦♢
九校戦7日目。新人戦4日目。
この日ほど観客がどちらの競技を観るか悩む日も無いだろう。なぜなら、男子は魔法による迫力満点の戦闘を観られることで九校戦随一の人気を誇る“モノリス・コード”の予選リーグ、そして女子は妖精を彷彿とさせる華やかな衣装で宙を舞う光景が特に男性の心を鷲掴みにする“ミラージ・バット”の予選から決勝まで行われるのだから。
達也がミラージ・バットで担当するのは、第2試合に出場するほのかと、第3試合に出場するスバルだ。第1試合の開始時間が午前8時ということもあり、3人は朝早くからホテルを出発し、会場内の選手控え室にやって来た。
控え室へと足を踏み入れた達也を出迎えたのは、既に部屋に入っていた他の学校の選手やエンジニアからの視線だった。さすがに達也が顔を向ければ気まずそうに顔を背けるが、隙あらばチラチラとこちらを盗み見ていることなんて達也には丸分かりだった。
「ふふふ、随分と注目されてるね、司波くん」
「やはり男子のエンジニアが女子を担当するのは珍しいんだろうな」
「違うと思うよ、達也さん。多分みんな、達也さんをエンジニアとして注目してるんだと思う」
「……エンジニアとして?」
ほのかの言葉に首を傾げる達也の姿に、スバルはクスクスと面白そうに笑みを漏らした。
「自分のことになると鈍いというのは、どうやら本当のようだね。――だって、当然だろう? 君が担当した2つの競技では、いずれも第一高校が上位を独占。見る人が見れば、エンジニアの技術がそれに大きく貢献したと分かるし、ちょっと調べれば誰が担当したのかすぐに知ることができる。他の高校にとって、司波くんは警戒すべき逸材なんだよ」
「大げさすぎないか」
「大げさじゃありません!達也さんがCADを調整してくれたおかげで、私、何だか負ける気がしません!」
「ほのかがここまで言うんだ。僕もこの恩恵にあやかって予選を突破してこよう」
2人の言葉を聞いた達也は、何とも複雑な表情だった。“司波達也”が表舞台で注目されるのはまだ時期尚早であり、せめて高校を卒業してからでないと準備が整わないと考えていた。
とはいえ、今の彼には手を抜くなんてことは許されなかった。誰からも期待されていなかった幼い頃ならいざ知らず、今の彼には自分を代表選手として推薦し、迎え入れ、そして応援してくれる存在がいる。そんな彼ら彼女らのためにも、達也は負けるわけにはいかなかった。
「強気なのは良いが、油断だけはするなよ」
「分かってるさ。いくらデバイスが良くとも、使う人間が駄目なら意味が無いからな。しっかりと気を引き締めるさ」
スバルに一応の釘を刺して送り出し、達也は会場を見守る。
それから無事にスバルもほのかも予選を突破し、今は各自サウンドスリーパーを使って熟睡中だ。達也もさすがに疲れたのかホテルの自室に戻り仮眠を取る事にした。
(今頃はモノリス・コードの予選第二試合ってところか。森崎たちは俺に見に来てほしくないだろうし、相手はここまで最下位の四高だ。さすがに取りこぼす事はしないだろうな)」
そんな事を考えながら、達也は昨日わざわざ自分の事を見に来た三高の二人の事を思い出していた。
(同じ高校に『クリムゾン・プリンス』と『カーディナル・ジョージ』が揃ってるのは些か反則じみてるが、これは仕方ない事だしな……森崎たちも可哀想に)
既に社会的地位と名誉のある二人を同時に相手にしなくてはいけない森崎たちに、達也は少し同情した。
(最悪準優勝しておけば新人戦の優勝は確実だろうから、せめて三高と当たるまでは負けないように祈っておく事にするか)
達也自身、そもそも結果にはあまり興味が無いのだが、どうせ天幕に行けば真由美や摩利、鈴音が点数計算をしてそれに自分を巻き込んでくるのだから、一応は頭の中で計算をしておくべきなのだろうと、ここ数日で達也が学んだ事だ。
仮眠を済ませて天幕に向かうと、達也が想像してた以上にその場所は騒がしかった。
「あっ、お兄様!」
「如何した、モノリス・コードで事故か?」
質問の形を途中で変えて、断定口調ながらも尋ねるように達也は深雪に問う。
「はい……いえ、あれは事故と言いますか……」
「故意のオーバーアタックだよあれは。明らかにルール違反」
深雪が言い淀んだ言葉を、雫が受け継ぎ、より過激に言い切った。
「雫……今の段階であまり過激な事を言うものじゃないわ。まだ四高の故意によるものと決まった訳じゃないのだから」
「そうですよ、北山さん。事故とは考え難いけども、故意だとも断定出来る証拠は無いのですから、むやみに相手を疑うのは良く無いですよ。勝手に決め付けると、その事だけが一人歩きして事実として皆さんに認識されてしまうのですから」
随分と上級生らしい事を言ってるなと、達也が真由美を眺めていると、不意に真由美が達也の方に視線を向けた。
「なんでしょうか?」
「今、失礼な事を考えて無かった?」
「いえ何も」
真由美はすぐ否定した達也を追求したかったが、今はそれどころではない。
「それで、怪我の具合は如何なんです?」
「……今の会話だけで怪我をしてるって分かっちゃうんだ……重症よ。廃ビルの中に居る時に『破城槌』を受けて瓦礫の下敷きになっちゃって……」
「状況が良く分からないのですが……三人が揃ってビルの中に居たんですか?」
「スタート地点が廃ビルだったのよ」
真由美の説明に納得した達也だったが、新たな疑問が彼の中に生まれた。
「スタート地点は相手には伝えられてないはずですよね」
「だから四高の故意だって言える。フライングして気配を探ってたんだ」
「雫、気持ちは分かるが決め付けは駄目だ。意識しないでも気配を探れる人間だって居るんだから、そう言う事情なのかもしれないだろ」
「だけど……」
雫を黙らせて達也は真由美に視線を戻す。
「それで森崎たちの具合は?」
「防護服を着ていたとは言え瓦礫の下敷きですので、全治は二週間、魔法治療をしても三日は絶対安静ね」
「そうですか」
となると一高の新人戦優勝は遠のいたなと、達也は別の事を考えていた。それほど親しい訳でもなく、むしろ嫌われている相手の事を心配するほど、達也はお人よしでは無い。
それから達也は深雪達から詳しい状況を説明してもらい、話を聞いて抱いた大体の疑問は解決できた。あの事故によって競技を中止しろという声も上がったが、モノリス・コードはこのまま試合を続行している。
現在、克人が今後の方針を大会委員会と相談するとのことだ。
今回の件の内容によっては代理を立てることも可能かもしれないが、即席メンバーで勝てるほどモノリス・コードは甘くない為、このまま棄権するしか道はないと達也は考えていた。
「達也君、ちょっといい?」
大体の話が終わったと思っていたが、どうやらまだ真由美は達也に用があるらしい。本当は断りたいところだが、顔色を見るに随分と深刻な話らしいので渋々達也は頷いた。
それを見た深雪に睨まれつつも、達也は真由美の後に続くのであった。
天幕の奥――と言っても布一枚挟んだだけなのだが、真由美は達也を連れ込み、当然の如く魔法を掛けた。
「見事な遮音障壁ですね」
「そ? ありがと」
「それで、相談したい事とは何でしょうか」
「さっきは皆の前だったから言えなかったけど、実は十文字君からの連絡で犯人はもう捕まったらしいの」
「え?」
真由美が何を言ってるのか分からず、達也は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「達也君でもそんな反応するのね」
「……いきなりそんなことを言われれば誰でもそうなりますよ。それで、その犯人と言うのはいったい?」
言葉の裏に早く話を進めろという意味を含めて促す達也。
「そうね、ごめんなさい……犯人はビルの外に待機していた大会委員の人間だったわ。私もまだ詳しいことはわからないけど、どうも近くにいた九島閣下の部下がビル崩落直前に『破城槌』を発動した瞬間を現行犯で確保したそうよ」
「九島閣下の部下が……ですか?」
「ええ、九島閣下も摩利の時の事故に違和感を抱いていたようね」
(なにがいったいどうなっている。何故ここで九島閣下が出てくる?)
新人戦二日目の夕食会の時にシンヤと居合わせた時、犯人の対応は順調で、これからある人物に協力を仰いでもらうという話は聞いていたが……
(まさかあれは九島閣下のことだったのか……!?)
「それでこれまでの事故の原因が大会委員による当校への妨害工作だったとして、理由は何なのかな?遺恨かな?それとも春の事件の復讐かな?壊滅したって言っても何人かは残ってる訳だし、その残った数人で恨みを晴らそうとしてるとか?」
真由美はブランシュの一件を持ち出して何とか自分を納得させようとしていた。犯人の目的が分からないと言う事はそれだけで恐怖心を煽るのだろう。
達也は真由美の疑問を解決する事が出来るのだが、それはおいそれと話して良い内容では無い。だが目の前で泣きそうになってる真由美を見て、達也は手持ちのカードを一枚切る事にした。
「春の一件とは別ですよ」
「え? 何でそう言えるの?」
真由美は達也が断定口調だったのを受けて、そう言い切れる理由があるのだろうと思い達也に視線を向けた。彼女としては断定出来るだけの理由があってほしいと言う願いもあったのだろう。
「開幕前日……いや、日付は変わってたから当日か……兎に角開幕直前の夜中に、この会場に忍び込もうとした賊がいましてね。俺はその賊を捕まえる現場に偶々居合わせたんですよ。それでそいつらの情報も少しくらいなら聞いてます。香港系のマフィアみたいですよ、この大会にちょっかいだしてるのは」
「……初耳だわ」
「口止めされてましたからね」
「偶然かもしれないけど、あんまり危ない事に身を突っ込まないでね」
「分かってます。それと会長も分かってるかと思いますが、他言は無用でお願いしますよ。いくら会長が十師族とは言え、軍事機密にも匹敵すると脅されてるんですから」
「分かってます。他言はしません」
右手を挙げ宣誓するように言った真由美を見て、達也は苦笑いを浮かべた。
「あっ、それと今の話は今日の試合後に正式に発表されるみたいだから、それまでは他のみんなには不安にさせないよう黙っていてね」
「わかりました」
その後のミラージ・バット決勝の結果は、ほのかが優勝でスバルが準優勝で、一高のワンツーフィニッシュで幕を下ろした。
♢♦♢
九校戦の事故。その原因が競技終了後、関係者に発表された。原因が大会委員ということで驚きは波紋のように広がり、原因の追及がなされた。大会委員はスパイとして潜入していた委員にすべての責任を押し付け、自分たちは悪くないというスタンスをとろうとしたが、一歩間違えれば魔法科高校の生徒達の魔法師生命を奪いかねない事態だったということで信用は失墜。妨害工作に関わっていた人間の検挙が軍によって行われ、大会委員長はその後、九島烈にこってりと絞られ責任をとることとなった。
そして今回の不祥事で大会運営だけに任せるのは選手たちを危険に晒しかねないということで軍の人間や防衛大学校から来ていた警備の一部を九校戦に出場する選手のレギュレーションチェックに回すことで学校側もとりあえずは納得し、これからは事故のことを考えずに済むという安心感に身を委ねるのだった。
さらに、新人戦モノリス・コードの第一高校対第四高校の試合は、協議の結果、翌日に再試合という形で決着した。
「―――以上の経緯で代理選手の出場を認めてもらえることとなった。予選の残りの試合は明日の午前に延期となる。妨害工作をしていた大会委員の目的は閣下と軍が究明するようだ」
第一高校のミーティングルームとして宛がわれた会議室に呼び出された達也は、克人から直にことの詳細を告げられる。
会議室には他に真由美、克人、摩利、鈴音、服部、あずさの一高幹部と、桐原と五十里もいる。
あんなことの後だから喜びを表情に出さないのは理解出来たが、それにしても彼らの表情は硬すぎると達也には思えた。
「達也くんの活躍もあって、我が校はこのままでも充分なほどにポイントを獲得できました。新人戦における現在2位の第三高校との点差は80ポイント、仮に我が校が棄権をしても、第三高校がモノリス・コードを優勝しない限りは第一高校の新人戦優勝が決定します」
それについては、達也も充分理解している。理解していることを改めて言われてること、しかもそれが単なる前振りであることに達也もいい加減焦れったくなってきた。
それを感じ取ったのか、真由美は若干早口で話を続ける。
「当初は新人戦で第三高校にポイントを引き離されないことを目標としていました。しかしここまで来た以上、新人戦でも優勝を目指すことにしました」
それを聞いた達也は、ちらりと克人の方へ視線を向けた。克人は達也の視線に気づきながら、それに反応する様子を見せない。
なので達也は仕方なく、自分の方から話を振ることにした。
「自分がこうして呼ばれたということは、つまり……」
「ええ。達也君、モノリス・コードに参加してくれないかしら?」
本人抜きで勝手に決められてもと言うのが、達也の偽らざぬ本音なのだが、口に出したのは別の事だ。
「何故自分に白羽の矢が立ったのでしょうか?」
「競技なら兎も角、実戦なら君が一年の中でトップだからな」
「モノリス・コードは実戦ではありませんが……それともう一つ、一つの競技にしか参加してない選手が居るのに、何故技術スタッフである自分を選んだのでしょうか?」
「達也君になら任せられると思ったからよ。入学式の後のイザコザでも、達也君は森崎君に負けてなかったし、はんぞー君や桐原君にも勝ってるでしょ?」
「……しかし自分には荷が重すぎですよ。モノリス・コードは実戦ではありません。肉体的な攻撃を禁止した魔法競技です。ルールの裏をかいて格闘を使った選手はいましたが、アレは例外中の例外です」
「魔法のみの戦闘力でも、君は十分ずば抜けていると思うんだがね」
摩利はそれを自身の目で見ており、達也の実力が高いのは既に証明されている。実力がないと言う理由で拒むことは出来ない。
「しかし、自分は選手ではありません。代役を立てるなら一競技にしか出場していない選手が何人も残っているはずですが」
だが、達也の口にしたことは反論できない事実であった。
「一科生のプライドはこの際、考慮に入れないとしても、代わりの選手がいるのにスタッフから代役を選ぶのは、後々精神的なしこりを残すのではないかと思われますが」
真由美達が最も悩み、指摘されたくない事を達也は情け容赦なく口にした。新入生の育成としてとらえることは新人戦ではよくあることだ。
しかし今年優勝できたとしても、達也の言うしこりが残れば、今後の九校戦に悪影響が出てしまう。技術スタッフであり二科生である達也が選ばれたとすれば、殆どの一科生のプライドがズタズタに引き裂かれるのは想像に難くない。
真由美達から反論は無く、達也もこの話も終わりだと判断し、代役を辞退すると言おうとした。
「司波、お前は既に代表チームの一員だ。選手であるとかスタッフであるとかに関わりなく、お前は一年生二百人から選ばれた二十二人の内の一人。そして、今回の非常事態に際し、チームリーダーである七草は、お前を代役として選んだ。チームの一員である以上、その務めを受諾した以上、メンバーとしての義務を果たせ」
「しかし……」
それでも達也は、まだ何かを言おうとする。
「メンバーである以上、リーダーの決断に逆らうことは許されない。その決断に問題があると判断したなら、リーダーを補佐する立場である我々が止める。我々以外のメンバーに、異議を唱えることは許されない。そう……本人であろうと、当事者であろうと、誰であろうと、だ」
達也は、言いかけたセリフを中断した。
克人が言っている意味を、理解したのだ。
克人は、誰が納得しなかったとしても、どのような結果になったとしても、その責任は全て責任者である自分たちが負うと、そう言っているのことに。
「逃げるな、司波。例え補欠であろうとも、選ばれた以上、その務めを果たせ」
「………」
正確には九校戦に補欠と言う概念は存在しない。その事は克人にも達也にも分かっている。逃げ腰だった達也を正面から捕らえ、そして真正面からぶつかってきた克人に、達也も白旗を上げた。
「分かりました。義務を果たします」
真由美と摩利の顔が安堵の表情になる。
克人はしっかりと頷いた。
「しかし他の二人は如何するんですか?」
「お前が決めろ」
「は?」
克人の一言に達也は理解出来なかった。
「残り二名の人選はお前に任せる。時間が必要なら一時間後にまた来てくれ」
同じ内容に補足しただけで、克人はそれ以上のことは言わなかった。決定権を委ねても克人は責任を手放さない。己の保身のために責任を押し付けない度量は天性の物だと言えるだろう。
そんなことを達也は考えていたが、直ぐに目の前のことに意識を戻した。
「いえ、選ぶだけなら時間を頂く必要はありませんが……。相手が了承するかどうか」
「説得には我々も立ち会う」
つまり拒否はさせないつもりらしい。
「誰でも良いんですか? チームメンバー以外から選んでも」
克人が強引な性格であるならば、それを利用してやろうと達也は心の中で人の悪い笑みを浮かべる。
「えっ?それはちょっと」
「構わん。この件には例外に例外を積み重ねている。あと一つや二つ増えても今更だ」
「十文字君……」
真由美から呆れ顔で非難の目を向けられたが、克人の表情は揺るがなかった。
「では、1-Eの吉田幹比古と、同じく1-Eの有崎シンヤを」
「「「なっ!?」」」
後半の名前に、真由美と摩利、桐原、服部が大きく反応する。
「……良いだろう。中条」
「は、はいっ!」
過剰な反応を見せたあずさにも、克人は全く気にした様子を見せなかった。
「吉田幹比古と有崎シンヤをここに呼んでくれ。確かその二人は、応援メンバーとは別口で、このホテルに泊まっていたはずだ」
あずさが出て行くのを見送った摩利が口を開く。
「……達也くん。その人選の理由を訊いても構わないかね?」
「無論です。最大の理由は、俺が男子メンバーの練習も試合も殆ど見ていないという事です。俺は彼らの得意魔法も魔法特性も何も知りませんし、今から情報を集めても間に合いません」
「今の二人ならよく知っているという事か?」
「……ええ、吉田と有崎のことは同じクラスというだけでなくある程度知っています」
「一理ある。相手のことがわからなければチームプレイは難しいからな……それで、最大でない理由は何かね?」
「実力ですよ」
♢♦♢
夜遅く。レオ達と分かれたオレはホテルにある客室である人物と会っていた。
「大会委員に紛れ込んでいた不届き者の確保は順調に進んでいる。君が提供してくれた情報のおかげで明日には一掃できそうだ」
「そうですか。この度は閣下にご無理を言って申し訳ありません」
「いやいや。君が直接私に協力を求められた時は非常に驚いたが、君には感謝しきれないよ」
「感謝されるようなことはなにも……オレは貴方を利用したのです」
話は九校戦四日目。新人戦2日目の朝にまで遡る。
達也からの情報で、CADに細工をした人間が大会委員にいるという情報を掴んだオレは即座に行動を起こした。
まず最初に九校戦大会委員の人事ファイルにアクセスし、渡辺先輩が大けがした試合の開始前にCADの検査を担当していた人間を見つけた。さらにそこからその人間の端末情報をハッキングし、ここ最近頻繁に連絡を取り合っている相手を洗い出した結果、かなりの人数が妨害工作に関わっていることがわかった。
関わっている人間たちの今後の動きがわかっていたオレは、その連中の何人かを作業中に光系魔法で昏倒させ、病院送りにした。光系魔法といっても、光の屈折率を僅かばかりに事象改変させて会場の空間の熱を大幅に上げ、熱中症を引き起こさせただけだ。
そして病院に搬送されたのを確認し、オレは夜中に病室にいる連中に連絡を取った。この時に注意したのは、オレが魔法科高校の学生だとバレず、連中の雇い主から遣わされた人間だと信じ込ませることだった。
『どういうことだ?お前たちが同時に病院に搬送されるなんて偶然にしてはできすぎだろ?まさか誰かに今回のことがばれたんじゃないんだろうな?』
『そ、そんなわけない!俺は言われた通り検査に乗じて七高の選手のCADに”電子金蚕”を仕掛けただけだ!気づかれる筈がない!』
『本当にそうか?人間は自分では完璧に仕事をこなせていると思っていても、必ずどこかで失敗している。オレはその確認と解決のために雇われている。意味が解るな?』
『……っ、あ、あぁ』
『そんなにビビるな。もしかしたらお前たち以外の誰かがへまをした可能性だってある』
『っ!そ、そうだ!俺たちは関係ない!』
『そうであることを願うよ。念のために聞くが、お前たちの中では誰が一番怪しいと思う?』
言葉で恐怖心を掻き立てるとともに、わざと逃げ道を作って僅かに安心感を持たせる。そうやって相手を信じ込ませ、可能な限り情報を集める。
『わかった。念の為他の奴にも確認をとっていく。分かっていると思うが、問題が解決するまではオレのことは一切他言無用にしてくれ。そうしてくれた方が早く済む』
『わ、わかった。他の連中にはアンタのことは話さない』
『絶対に喋るなよ。でないと病院を出るとき全員棺桶の中に入ることになるからな』
意外と簡単に連中を騙せたオレは、作戦を次のステップに移した。
このステップで重要なのは、集めた情報を誰に、いつ、どうやって活用してもらうのか?
その鍵を握っている人物との接触。白羽の矢を立てたのは九島烈閣下。
この国に十師族という序列を確立し、20年ほど前までは世界最強の魔法師の1人と目され、現在も国防軍魔法顧問という役職に就くなど魔法師のコミュニティに多大な影響を与え続ける偉大な魔法師だ。
オレは新人戦3日目の夕食で達也にある程度の事を報告した後、人気のなくなった廊下で閣下と会っていた。そして計画のすべてを打ち明ける。連中を潰すための戦略。
『成程。それで私に矢面に立てと』
『仮にオレがこれを大会委員に提出しても意味がないし、軍や警察だとどうやってその情報を入手したか根掘り葉掘り聞かれることになります。そうなるとどこかでオレのことが”あの男”に漏れてあそこに連れ戻されることになる』
『ふむ……確かに君にとっては問題だな。それで、私に協力を頼むとして、私の方に何かしらのメリットがあると考えているのかね?』
『しいて言えば、閣下の知名度の上昇、ですか』
『ほう?』
『今回の一連の事故の裏に潜んでいた大会委員の不祥事、それを誰よりも早く察知した閣下が密かに調査をし摘発する。そうなれば雇っていた方も流石にあなたには報復しようとは考えません』
『……そこまで考えたうえでの私への接触という事か』
九島閣下の知名度の利用。オレの考えた筋書きなら、九島閣下なら当然ここまでできると誰もが疑わず、尊敬し、僅かばかりに恐れをなす。
『くくく……この私を隠れ蓑にしようとは、そんな大胆な策略を考え付いたのは恐らく君が初めてだろう……だが、一つ気になることがある』
『なんです?』
『君の予測だと、新人戦4日目のモノリス・コードに再び妨害工作が行われるようだが、何故君は何故未然に防ごうとしないで不正があったという既成事実に利用しようと思ったのかね?君の学校の一年男子たちが怪我をするのだぞ?』
『理由は二つあります。一つは情報の信憑性を高めるためです。すぐに捕らえて問題が見つかっても嵌められたとかなんだの言い訳をさせる隙を与えてしまいます。ですが、実際に使う瞬間を現行犯で取り押さえた場合、そこでもう言い逃れもできません』
『確かにな……二つ目はなんだね?』
『二つ目は一高選手たちの成長のためです』
『なに?』
『閣下はご存じかもしれませんが、今年の4月に第一高校でテロリストの襲撃を受けました』
『ああ、それは私も聞いている。二科生の学生達を洗脳して犯罪行為に加担させようとしたとか』
『ええ、そしてそんな事態に招いた原因となったのが、一科生と二科生との間の差別問題です。魔法の成績だけで一科生が二科生を雑草と蔑み嘲笑う風習、それが新入生たちにも病原菌のように蔓延してました。この九校戦をきっかけに、女子の方はもう問題ないようですが、男子の方は未だに一科至上主義を手放せないのがいます』
『ふむ、それは確かに嘆かわしいことだな』
『勿論、そんな一科生への仕返しがしたいという幼稚な理由ではありません。実際オレ自身に害は及んでいませんし恨みもありません。4月の事件、この九校戦を経て一高は大きく変化しようとしている。彼らのようにつまらない風習に囚われたままでは彼ら自身成長するのは難しいものです。ならばこれを機に徹底的にプライドを砕いてやればいい』
『だが一歩間違えれば彼らの魔法師生命を絶ってしまうことになりかねないぞ?』
『そうですね』
『ですが魔法師を目指す以上ある程度の惨事にも慣れておかなければいけないものでしょう?この程度で立ち直れないようなら、今諦めさせてやったほうが親切というものですよ』
『……』
閣下は考え込む。これは閣下をある意味共犯者にするということに繋がるのだから。
『では一つ賭けをしよう』
『賭け?』
『ああ、明日の女子アイス・ピラーズ・ブレイクの第一試合で私と君それぞれ勝つと思う選手を選ぶ。もし君が選んだ選手が勝てば私は君の計画に乗ろう。逆に私が選んだ選手が勝てば私のやり方でこの件を解決する。分かりやすいだろ?』
突然閣下はそんなことを言い出した。だが協力を仰ぐにはこの賭けに乗るしかなかった。
『わかりました。その賭けに乗りましょう』
そして翌日の試合でオレは賭けに勝ち、計画を実行することにした。
「それで、森崎たちの容態はどうですか?」
「ああ、先程警護についている私の部下から連絡があって無事意識を取り戻したそうだ。ただし三日間は安静とのことだ」
「……そうですか」
「彼らが心配か?」
「心配、ですか。オレにそれを彼らにする資格があるのでしょうか?」
連中の一掃のためとはいえ、オレはあいつらを犠牲にした。
他にも色々な方法は思いついたがどれも決定打に欠けるものばかりだった。今でももっといい方法が浮かんだのかもしれないが、現実オレはそうしなかった。事故で死ぬことが無い、森崎たちのためでもあるからと自分に言い聞かせ、遂には閣下に協力を仰ぐためにあの男がオレに言ったのと同じセリフを言ってしまった。
結局、あそこを出て行ってもオレは未だにあの男に縛られたままということか。いや、オレも奴と同じ穴の狢だったか。
「閣下なら森崎たちを巻き込まずにこの事態を収拾できましたか?」
自分でも今さら何言ってるんだかと思う、そんな質問をしたオレを眺めながら、閣下は「ふむ」と少しの間考える素振りをした。
「…………そうだな。私なら確かにそんな方法も思いついたかもしれん。だが、それだとより時間がかかってしまうし、その間にもっと多くの怪我人が出たのかもしれん。結局のところなにが最善だったのか今では私にもわからんよ」
「…………そうですか」
「ただ、あの状況では君の立てた計画が一番有効的だったと私も思ってる。綺麗事ばかりではいられないことも時にはあるだろう」
「それに既に私も君の共犯者だからな」とニヤリと笑う閣下。
「もしそれでも未だに彼らに負い目を感じているなら、何かの形で報いてやればいいと思う」
「…………具体的には?」
「さあな。時と場合による。もしかしたらそれはすぐかもしれない」
「?それはどういう…………」
その時、オレの携帯端末の呼び出し音が鳴り、話を遮られる。
「すみません。少しいいですか?」
「ああ、構わんよ」
閣下から許可を貰って携帯に出る。
「どうした?」
『ああ、シンヤ。幹比古なんだけど……その、今から一高の会議室に来れるかい?』
一高の会議室?なにか嫌な予感がする。
「……ひょっとして明日の新人戦の代理のことについてか」
『えぇっ!?なんでわかったの!?』
「このタイミングで達也とつながりのある一年が呼ばれるとなるとそれくらいだろ」
そういえば達也には計画についてちゃんと説明していなかったな。
『さ、さすがの洞察力だね……』
「ちょっと待ってくれ」
携帯のスピーカーに手をかざし、こちらの声が届かないようにしてから閣下に話を振る。
「……閣下、申し訳ありませんが急ぎの用事ができまして……」
「ああ、構わんよ。明日を楽しみにしているよ」
今の会話に聞き耳を立てていたな。というかオレが出る前提で話してるな。
……まあいい。まだ折り合いがつかないが、取りあえずはこの老人の口車に乗っておくことにしよう。
「すぐそっちに行く……では失礼します」
そうしてオレは客室を後にしたのだった。
『……ね、ねえシンヤ。さっき電話から聞こえた声、なんか最近聞いたことがあるんだけど「気のせいだ」えっ、いやでも「気のせいだ」……うん、そうだね。そんなわけないよね!あ、あはははははは!』