魔法科高校の事なかれ主義の規格外(イレギュラー) 作:嫉妬憤怒強欲
というかスピンオフなだけに展開が早いですね。
本日の競技がすべて終了し、殆どの生徒達がホテルに戻っている時間帯。
「……なぁ、達也。本気なのか?」
「会長はともかく、会頭がこんな冗談を言うと思っているのか?」
「いや、その『会長はともかく』ってのも僕には分からないんだけど……」
「…………確かにな」
「シンヤはなんで納得してるの!?」
会議室に呼び出されたシンヤと幹比古。そこで待っていた達也と真由美・摩利・克人の三巨頭の口から“決定事項”を伝えられ、その後幹比古は自分の泊まっている部屋に戻ってうろうろとさ迷い、シンヤは部屋の隅で無表情のまま携帯端末の画面をじっと見ていたりと反応がバラバラだった。
そして隣の部屋から騒ぎを聞きつけてやって来たエリカと美月、レオが見守っている。
「ミキ、とりあえず1回座ったら?」
「僕の名前は幹比古だ」
力の入らない声でお馴染みのツッコミを入れ、幹比古はエリカに言われた通り近くの椅子へと腰を下ろした。
「……試合は明日なんだろう?CADどころか、着る物すら準備できていないよ?」
「大丈夫だ。CADは俺と五十里先輩とでバッチリ仕上げるし、着る物も中条先輩達が用意してくれる。二人は何も心配する必要は無い……だからもう諦めろ。決まったことを愚痴っても仕方ない」
「……まぁ、決まったことだからやるしかないよね」
「シンヤは?」
「…………はぁ、わかった」
「ん?どうしたシンヤ。いつものお前ならこういうのはもっとごねそうなのにやけに素直だな」
「………別に、オレにあの会頭に反抗する程の度胸がなかっただけだ。傲慢なイカロスと違って太陽に喧嘩を売ったりしないからな」
「太陽って………もしかして十文字会頭のこと言ってるのか?」
「なんかすごいものの例えをだしてきたわよ」
シンヤの普段とはらしくない行動にエリカたちは困惑していた。ちなみにシンヤが裏で立てていた計画について達也は会議室の後に送られてきたメールの文面を見て知っており、『お前がそれしか有効な方法がないと考えたのなら俺は何も言わない』とシンヤに返信した。
「…まぁ、お前が素直に承諾してくれるならこっちもやりやすい。というわけで今から明日の試合の作戦を立てるぞ」
「おっさすが達也、急遽指名されたのは自分も同じなのに余裕じゃねぇか」
ニヤリと不敵に笑ってそう言うレオに、しかし達也は苦々しく首を横に振った。
「残念ながらそうでもない。作戦らしい作戦を立てる時間も無ければ、練習もできないからぶっつけ本番で試すしかない。こんなのほとんど力ずくだ、本当に不本意だよ」
「悪知恵は達也の専売特許だしな」
「お前にだけは一番言われたくないぞシンヤ」
「なんのことだろうな………それで、具体的には何をすれば良い?モノリス・コードは直接攻撃は禁止だろ?」
「まずシンヤにはこれを使ってもらう」
そう言って達也がシンヤに渡したのは、この前レオとシンヤが実験役を務めた武装一体型CAD『小通連』だった。
「…………成程な。確かにルールにはなにも違反していない」
「え?どういうこと?」
横で見ていたエリカとレオが首を傾げたが、達也が無言でモノリス・コードのルールが書かれた冊子を手渡してきたので、エリカは反射的に受け取り目を通した。
「そこに書かれているように、物質を飛ばして相手に攻撃する事は違反ではない」
「物質を飛ばして……そうか!」
「ちょっと待って!達也はこの事を見越してそれを作ったの!?」
「俺だって何時も悪知恵を働かせてる訳では無いし、今回のは本当に偶然だ」
幹比古の穿ちすぎな考えに、達也は苦笑いで否定した。
「では、明日の準決勝までのフォーメーションだが…シンヤには”守備”、幹比古には“遊撃”を頼みたい」
「遊撃?」
そう尋ねる幹比古の姿勢が、本人でも無意識の内に前のめりになっていく。
「守備と攻撃、両方を側面支援する役目だ。幹比古の得意とする古式魔法の知覚外からの奇襲力と隠密性に期待しての役割だが……、人前で魔法を使うのはマズイか?」
「秘密にしているのは魔法そのものの原理じゃなくて発動過程だから、CADで使えば問題無いよ。――でも、大丈夫なのかい? 前に達也は言ってたじゃないか、僕の……吉田家の術式には無駄が大きいって」
「ああ」
あまりにもハッキリとした物言いに、レオと美月は驚きで目を丸くし、彼の“過去”を知るエリカはあからさまに体を硬直させた。平然とした表情を保っていたのはシンヤくらいだ。
「つまり達也は、もっと効率的な術式を教えてくれるのかな?」
「いいや、アレンジするんだ。無駄を削ぎ落とし、より少ない演算量で同じ効果を得られる魔法式を構築できる起動式を組み直す」
幹比古の使う古式魔法には、長い呪文を必要としていた頃の名残で術式固有の弱点を突かれないよう偽装が施されている。しかしCADによって高速化された現代魔法では、術式固有の弱点につけ込むという対抗手段は起動式の段階で魔法の種類を判別できない限り意味が無い。達也の言う“無駄”とは、そのことを指していた言葉だったのである。
だからといって、古式魔法が現代魔法に劣っているということではない。達也が先程言った通り、奇襲力と隠密性においては古式魔法に軍配が上がる。だからこそ達也は、メンバーに幹比古を選んだのだから。
「分かった、達也に任せるよ」
達也の事を信じられると判断したのか、幹比古は自分のCADを達也に渡した。
「信じてくれたついでにもう一つ聞きたいんだが」
「何?ここで秘密がバレたとしても父さんも文句は言わないと思うから」
「大丈夫だ、他言はしない」
達也の返事に続くように、シンヤ、美月、レオ、エリカもそれに同意した。つまりはこの部屋の中だけの秘密だと……
「オッケー、何でも聞いてくれ」
「それじゃあ……『視覚同調』は使えるか?」
「……君は何でも知ってるんだね。答えはYESだ。同時に二つまでなら『感覚同調』は使えるよ」
「視覚だけで構わない。これで少しは作戦に幅が生まれる」
幹比古との話は一段落ついたタイミングで、レオがずっと気になっていたことを尋ねる。
「ところで達也、今言ったフォーメーションが準決勝までって……まさか」
「ああ、決勝リーグではシンヤには遊撃に回ってもらうつもりだ」
「……理由を聞いてもいいか?」
「理由は至極単純だシンヤ。お前はいつも俺たちの陰に隠れているが、誰よりも分析力が高く、非常に頭がキレることを俺はわかっている」
「お前に堂々と太鼓判を押されるとはな」
「よっ、影の参謀!」
「茶化さないでくれエリカ……それで、そのフォーメーションは決勝戦で三高とぶつかることを想定してのことか?」
シンヤからの問いに達也は迷いなく「そうだ」と答えを返す。
「三高からはエースである一条将輝選手とブレーンである吉祥寺真紅郎選手が出場している」
「悪い。一条のことはだいたいわかるが吉祥寺のことは知らない」
「……簡単に説明するぞ」
吉祥寺真紅郎。仮説上の存在だった、作用を直接定義する魔法式“基本コード”の1つである“加重系統プラスコード”を弱冠13歳で発見した、正真正銘の天才だ。これは世界的にも意義のある快挙であり、魔法師の世界では“カーディナル・ジョージ”という異名で呼ばれている。
そして一条将輝は、もっと有名だ。日本魔法師界の頂点である十師族の1つ“一条家”の長男で次期当主であるのと同時に、3年前の“佐渡侵攻事件”の際には父親と共に義勇兵として戦列に加わり、数多くの敵を屠った経験を持つ本物の実力者だ。その際に敵と味方の血に塗れながらも勇敢に戦い抜いたことへの敬称として“クリムゾン・プリンス”の異名が付けられている。
「それ自分で名乗ったりしてるのか?」
「いやぁ、さすがにそんな勇気は無いんじゃないかな……?」
特に“クリムゾン・プリンス”なんて、もしも自分から名乗ったのであれば割と恥ずかしい部類ではないだろうか、と一同は秘かにそう思った。
「……話を戻そう。今までの九校戦でカーディナル・ジョージは参謀役として務め、スピード・シューティングに出場するだけじゃなく選手のCADの調整をして色々と作戦を練っていたようだ。おそらく十七夜選手の担当も彼だったんだろう」
「そして間接的に達也に作戦負けしたと」
「シンヤ、間違っても絶対にそれ本人の前で言っちゃダメだよ。本人滅茶苦茶へこむだろうから」
幹比古からの注意にシンヤは「わかってる」と短く告げるが、懇親会での前科があるため一同は不安だった。
「まあ結果的にそっちで勝っていたとしても今度のは直接の対決だ。魔法の発動スピードが遅い俺や幹比古が真正面から相手取るのは分が悪い。一応カーディナル・ジョージ対策のものはこっちに来るが、そっちは明日までに間に合うかどうかわからない。そのため代わりの対抗策としてお前の知略と魔法が必要になる」
「つまりオレにそのカーディナルを相手しろという事か。そしてそのときまでオレの出番は温存させておきたいと」
「そういうことだ。嫌ならプリンスの相手をしてもらうが?」
「カーディナルでいいです…………それにしてもちゃんとそこまで考えてのこの人選か。オレはてっきり自分が参加する羽目になったからオレに同じ苦労を味わわせてやろうとかいう動機だと思っていた」
「無論それもある」
「そこは嘘でも否定しろ……というか、エリカ。笑うんじゃない」
「ぷっくくくっ……いや、だって」
「………はぁ」
シンヤが呆れるようにため息を吐くが、とことん巻き込む気でいる達也は悪びれずに話を進めていく。その様子を見てエリカと美月は思わず顔を見合わせた。
「達也君の性格の悪さは何となく知ってたけど、随分と悪知恵だよね……」
「仕方無いと思うけど。だって達也さんが代役を頼まれたのがさっきだし、悪知恵でも働かせないと勝ち目が薄いじゃない」
「……二人共、聞こえてるんだが」
慌てて達也の方に視線を向けた二人が見たのは、ジト目で二人を見ていた達也だった。
「でもよ達也、さっきの作戦は俺でも悪知恵だと思うぜ」
「レオも失礼だな。俺が出せる知恵なんてどこかの誰かさんのに比べれば可愛いものだぞ」
「……オレを見ながら言うな」
その後三人は着々と明日の準備を進めていった。
♢♦♢
今後について話し合いが終わった愛梨、栞、沓子の三人は愛梨の泊まっている部屋にいた。
「新人戦は明日で終わりなんじゃなぁ。あっという間じゃったが楽しかったのう」
「ええ。でも、まだ終わってないわ」
「栞の言う通りよ。まだ本戦が残っているわ。いくら試合が終わったとしても緩んだ気持ちは周りにも影響を及ぼすわよ」
「愛梨は大袈裟じゃのう。せめて競技が終わった後くらいは大目に見ても罰は当たらんじゃろ。それに新人戦は三高の優勝間違い無しじゃしな」
新人戦ミラージ・バットでも第一高校に、より正確には達也にやられてしまった第三高校は三位と四位という結果に終わったが、それほど悲観しているわけでもなかった。
新人戦モノリス・コードは将輝と吉祥寺が組んだチームが圧倒的強さを見せつけて予選を軽く突破している。
第一高校は大会委員の妨害工作により出場選手が大怪我をしたことで棄権の可能性が高く、そうでなくても二人が組んだチームが負ける事は万が一にもあり得ないので、新人戦モノリス・コードと新人戦の優勝は確実に取れると目されていた。それ故に彼女の言い分にも一理あると、愛梨は諦めることにした。
「それにしても本当にふざけてるわね」
「…もしかして大会委員の妨害工作の事?」
「ええ。どういうつもりでそんなことしたのか知らないけど許せないわ。それでは実力で勝ったことにはならないもの」
「愛梨……」
愛梨が悔しそうに拳を握りしめる。自分達の勝利を貶されて、愛梨は黙っていられる性格ではない事を知っている二人は愛梨がどれだけ悔しい思いをしているのか理解出来た。
「でも九島閣下が摘発してくれたおかげで余計な横やりが入る心配はもうないのは幸いね」
「……そうね。九島閣下には本当に感謝しきれないわ。これで正々堂々と戦えるというものよ」
「むぅ~儂にはそこが少し引っかかるんじゃ」
「沓子?」
「引っかかるってどういうこと?」
腕を組んでむむむ、と考え込む姿勢を見せる沓子に、二人の視線が集中する。
「うむ。今回の不届き者どもの摘発、儂には老師以外のナニカの意思が動いているような気がしてならんわ」
白川の血を引く沓子は遺伝的に直感力に秀でている。そんな彼女の言葉を愛梨は無視することが出来なかった。
「誰かが閣下を利用したってこと?」
「ちょっと待って、あの方は仮にも世界最強の魔法師の一人と目されていた人物よ。いくら何でも無理があるわ」
一色の反論に沓子は言い返す。
「これは儂の勘じゃが、利用すると言ってもあくまで閣下を隠れ蓑にしたようなもんじゃろ。現に誰も疑わずに閣下の知名度は鰻登りじゃ」
「確かにそうだけど、いったい誰が………」
「それにさっき言ってたナニカって懇親会の時に聞いた言葉ね。まさか……」
栞が言いかけたところで、愛梨の携帯端末から呼び出し音が鳴る。
「水尾先輩から?はい、どうされました?」
『あっ一色。テレビつけてみて』
「?はい?」
携帯の向こう側にいる三高の生徒会長水尾佐保の指示に従い、愛梨は部屋にあるテレビの電源を点ける。
『ここで速報が入って来ました。第一高校は新人戦モノリス・コードでの大会委員の攻撃により棄権するものと思われましたが、今回の不祥事摘発の功労者である九島烈閣下の裁定により、代理チームでの出場が認められる事になりました』
モニターに代役となる選手の名前が映し出され、三人は驚愕する。
『司波達也、吉田幹比古、有崎シンヤ、以上の三名となります。いずれも登録外選手ですが、このうち司波達也さんは、今大会の新人戦で担当した女子選手を事実上の無敗に導いた、とても優秀な技術者との事です。選手としての実力は未知数。とても楽しみだと言えましょう』
「これって……」
『いやーなんか最近聞いたことのある名前があるなと思ったけど、もしかして懇親会で会った執事服の子?』
「えっと、はい…」
「まさかシンが出てくるとはの…さすがの儂も予想外じゃったわ」
『しん?何時の間に愛称で呼ぶ仲になったの?』
「それだけじゃないですぞ。一昨日なんか愛梨たちと共に美味しいスイーツを食べに行きましたわい」
『え?和解したどころかもうそこまで仲良くなっちゃったの?……あの子結構やるね』
「ちょっ、なにか勘違いしてませんか先輩!?」
『あはは冗談だって…まぁ交流を持ってるのなら話が早いや。三人から見て彼はどうなの?』
「どう、とは?」
『一高の七草会長や渡辺さんがなんか彼をかなりの曲者みたいに評価してたけど、どれほどの実力を持ってるのかな、と』
「…わかりません。ほんの少し話をした程度ですし……デリカシーがないくらいしか」
「覇気がないうえに何考えてるかわからない変わり者としか」
『う、うわぁ…二人の評価かなりシビア……で、沓子はどうなの?』
佐保は沓子に話を振る。
「むぅ……そうじゃのぅ。これは儂の勘じゃが…………」
♢♦♢
「今日が本番、か」
選手控室で、幹比古は自身の緊張を吐露するように呟いた。
「幹比古、そう緊張するな。最悪倒れてしまっても後はシンヤに任せればいい」
「おい」
「あ、あはは…」
九校戦8日目。新人戦最終日となるこの日、モノリス・コードの会場は、困惑の空気に包まれていた。
一高が昨日の第2試合でビル崩落という事故によって怪我をし、本来ならば残り2試合を不戦敗になるところを、急遽代理の選手を立てて第一高校と第四高校の試合は『再試合』、予選を続行という裁定が大会委員会から発表されたからである。
さらに本来なら今日は決勝のみが行われる予定も大幅に変更され、午前中に残りの予選を行い、午後に決勝を行う形になった。
予選は各校がそれぞれ4試合行い、勝利数の多い上位4校が決勝トーナメントに進出する。勝利数が同じ場合は、試合時間の少ない方が上位となる。
一高が決勝リーグに進むためには、後となった四高との再試合、八高と二高の3試合に勝つのが一番の方法。だが本来不戦勝で済むはずだったのに、代理での出場が認められたことに対して八高と二高からクレームが入った。
二高と八高に勝つと、決勝トーナメント進出は一高・三高・四高・八高・九高。
二高に勝って八高に負けた場合も同じ。
二高に負けて八高に勝つと、決勝トーナメント進出は一高・二高・三高・四高・八高。
つまり二高にとっては、本来ならば決勝トーナメントに進出できたにも拘わらず、一高に負けると予選敗退となってしまうのである。かといって八高に勝った後に手を抜くと、四高と九高から八百長だと騒がれるだろう。
「というわけで、八方丸く収めるためには、一高が2敗して予選敗退が望ましいんだろうな」
「そうか……それで、そうするのか?」
「まさか。やるからには勝ちに行く、というか負けては特例で試合に出させてもらう意味が無い」
シンヤの問い掛けに即座にそう答える達也はある疑念を抱く。
「それにしても“森林ステージ”とは随分と相手に有利なフィールドが選ばれたな」
「そうなのか?」
「相手の八高は魔法科高校の中でも特に野外実習に力を入れているからね、森林ステージは彼らにとってホームステージみたいなものなんだよ。乱数発生プログラムによってステージが選ばれているとなってるけど、本来なら決勝トーナメントに上がれるはずだったチームに有利なステージが選ばれた、という作為の介入を疑いたくなる選定だね……」
「………考えすぎだろ」
本当は心当たりのあるシンヤはそれを悟られまいと幹比古が告げた言葉を否定する。
既に試合開始まで刻一刻と迫り、ステージへ入場する時間となる。
「そろそろだな。シンヤ、幹比古、行くぞ」
プロテクション・スーツを身に纏う三人は控え室を後にした。
♢♦♢
新人戦モノリス・コード予選第3試合。第一高校と第八高校の試合となる。モノリス・コードの会場の1つ、森林ステージの客席に、第三高校の一条将輝と吉祥寺真紅郎の姿があった。
「出てきたね、彼が」
「二丁拳銃に右腕に腕輪型のCAD……同時に三つものCADを使いこなせるのか?」
「彼の事だからハッタリ……って事は無いと思うよ」
「お手並み拝見と行かせてもおう」
担当競技でことごとく上位を独占した、忌々しいスーパーエンジニア司波達也。
その彼が披露したイレギュラーなスタイルは相手校の警戒を招きこそすれ、それを嘲笑する者はいなかった。
一高の応援席では、一年生女子選手たちの熱狂的な声援と対照的に、一年生男子選手たちの自分達ではなく、二科生が選ばれた事による、嫉妬と怒り等の冷ややかな視線が飛び交っていた。相手チームに対する声援と、その全てを圧する無数の好奇心。
その中で、第八高校との試合が始まった。
「………それにしても有崎シンヤっていう選手のあれなんだろうね?」
「さぁ?」
♢♦♢
「ねぇ、やっぱり目立ってない?」
「試合に参加する選手が目立つのは当然だと思うが?」
「それにオレたちはスタッフや代表メンバーのリスト外の人間なうえに武装一体型CADを持ち込んでるしな」
「いや、そうじゃなくて……二人とも分かって言ってるだろ」
幹比古が気にしてるのは、シンヤの腰に差してある武装一体型CAD『小通連』…………ではなく、シンヤが頭にかぶっている、顎まで覆いつくす程のサイズはあるバイザーがついた旧式の軍用ヘルメットだ。
昨日の夜での作戦会議でシンヤが誰かに連絡した後、大会委員から”偶々”予備のヘルメットが一つ足りないという通知が届き、大けがしたメンバーたちのを拝借するというわけにもいかないため、”偶々”軍基地の倉庫奥の棚に埋もれていた古いタイプの物をシンヤが使うことになったのである。
「他にないと言われたら仕方ないよな?」
「分かってて言ってたとしても、この好奇の視線がやむ訳じゃないんだ。気にするだけ無駄だぞ」
「それは……」
幹比古は達也やシンヤほど簡単に割り切る事が出来ない。むしろ幹比古の反応の方が普通であり、二人のように簡単に割り切る方がおかしいのかもしれない。
「考えても分からない事は一先ず捨て置け。もうじき始まる」
「……分かったよ」
「では打ち合わせ通りに頼む」
「了解、シンヤはフォローしなくていいのかい?」
「こいつなら一人でも大丈夫だろう」
「オレにどれだけ信頼を置いてるかわからないが……まぁ、やるだけやるさ」
試合開始のサイレンが鳴り響き、シンヤは達也と幹比古が森の中に入っていくのを見届けた。
♢♦♢
「八高相手に森林ステージか…」
「不利よね…普通なら」
第一高校の天幕に取り付けられている、サイオンの可視化処理が施された大型ディスプレイにはモノリス・コードの映像が流されており、映る森林ステージには一高代理選手、達也、幹比古、シンヤが映っていた。
その見た目は幹比古は一般的なプロテクション・スーツであるが、達也は二丁拳銃に加えて、ブレスレット型のCADと一般的には考えられないほどのCADをつけている。これは達也のCAD複数操作という能力をいかんなく発揮するためであろう。そしてシンヤは直接打撃禁止のモノリス・コードであるにもかかわらず、腰には剣を下げていた(これが武装一体型のCADであることを見抜けた者は一高内でも少ない)。さらに被っている旧式の軍用ヘルメットのバイザーで顔が全く見えない。このように一高選手は異彩を放っており、モニター前の一高生徒も彼らの戦いぶりが楽しみだといわんばかりにモニターに視線を集中させていた。
「……全く顔が見えないわね」
「ああ、おそらくあのバイザーは被った人間の顔がカメラに映らない仕様になってるんだろう。顔を隠すにはもってこいだな」
「結果的に、奴の顔だけはこれを見ている観客達に知られることはないな」
モニターを見つめている面々で、真由美・摩利・克人の三巨頭の視線がシンヤの姿を捉えていた。
今回の大会委員の不祥事で現在の九校戦を指揮することになった九島閣下は、事態の収拾が完全に済むまで一高選手の安全対策として三人の顔写真は公表されなかった(表向きには急遽代表メンバーのリスト外の学生が選ばれたために写真は入手できなかったということにしている)。そこに”偶々”シンヤの分のヘルメットがなく、”偶々”顔を隠せるタイプのを用意されたことに、三人は都合がよすぎると疑念を抱いていた。とはいえ、他の面々の手前ストレートには口にしなかった。
「それにしてもこの布陣………司波は奴のことを高く評価しているようだな。七草、渡辺、お前たちは奴がどんな戦い方をするのか知っているか?」
「いや直接は…ウチの風紀委員の沢木が所属しているサークルの後輩から聞いた話だが、四月の襲撃で素手だけで倒したらしい。だがどんな魔法を使うかまではわからない」
「十文字君は?あの後一緒にアジトに行ったみたいだけど」
「アジトの中には俺と桐原、司波兄妹しか入っていない。奴はその時外で千葉たちと見張り番をしていただけだった」
3人は今回の試合での作戦を、事前に達也から聞いていた。
その際、達也が忍術使いである九重八雲の教えを受けていることを知らされた。そのときは意外なビッグネームに驚きを顕わにした3人だったが、4月の模擬戦のときに魔法を使わず服部の後ろに回り込んだ動きを思い出して納得した。それと同時に、森林ステージのように遮蔽物の多い環境こそ“忍術”の真価が発揮されることに思い至った。
さらにもう1人の代理選手である吉田幹比古は、古式魔法の使い手だ。自身の身を隠しながら魔法を行使できる森の中は、彼にとっても有利に働くだろう。よって達也を攻撃、幹比古を達也のサポート役としたことに関しては、3人から反対意見は出なかった。
問題は、シンヤを自陣でモノリスを守る守備としたことだ。
「消去法でディフェンダーにせざるを得ないというのは理解できるが、はたしてどこまでやれるか、だな……」
「それにシンヤ君が腰に差してるアレなんなのかしら?」
「あ、あれは司波君が独自に開発、アレンジをした新魔法『小通連』です」
達也の手伝いをした事でその存在を知っていたあずさが、三人に武装一体型CADの説明を始める。近くにいた鈴音も知らなかったのか、あずさに視線を向け、会話に参加する。
「なるほど……ですが、司波君の考案にしては杜撰ですね」
「杜撰ですか?」
「広いステージなら使えますが、対象物の多いこのステージではその役割は出来ないのではないでしょうか。本人の腕にも依りますが」
「…………いずれにしても、これからわかることだ」
克人からの言葉で真由美達は見守ることにした。
♢♦♢
試合開始から5分も経たない内に始まった戦闘は、八高のモノリス付近で行われていた。
加重系の魔法で目の前のディフェンダーに片膝をつかせた達也は、魔法を使わずに持ち前の脚力で八高のモノリスへと疾走する。それを止めようとディフェンダーがCADを達也の背中へと向けるが、起動式が展開されたその瞬間、まるでサイオンが爆発するかのようにそれが掻き消されてしまった。
ディフェンダーが驚いて立ち尽くしている間に、達也はモノリスの鍵を開く専用の魔法を放った。八高のモノリスが開き、勝利の鍵である512文字のコードが外界に晒された。このコードを審判席に送信すれば、一高の勝利となる。
だが達也はコードが現れたことを確認すると、すぐさま森の中へと逃げていった。さすがの彼も、敵の妨害に晒されながらコードを打ち込むのは至難の業だった。
ディフェンダーは他の一高選手の影を気にしながら、彼を追い掛けて森の中へと入っていった。
「くそっ! こそこそ隠れてないで出てこい!」
八高選手の二人目はフィールドの両モノリスの途中にある森でさまよっていた。
本人は高周波音ばかりに気を取られて気づいていないが、彼は低周波音によって三半規管を狂わされていた。ヘルメットによって視界が制限されている中、右に左に方向転換をさせられてしまったことで、自分が今どちらを向いているのか分からなくなってしまっている。そして迷うはずのない人工的な環境という思い込みが、自分が迷っていることに気づけなくなっている。
これこそ、幹比古による精霊魔法“木霊迷路”である。
仮に彼が魔法によって方向感覚を狂わされていることに気づけたとしても、術者がどこにいるのか判別するのは非常に難しいだろう。なぜなら幹比古は精霊という独立情報体を用いて、離れた場所から彼に魔法を仕掛けているからである。
(達也・・・後は任せたよ)
幹比古は木々の間から八高選手をこっそり見ながら術を発動しており、作戦通りに事が進んでいるのに満足していた。
「――あった、モノリスだ」
三人目の八高選手は、2つのモノリスを結ぶ直線経路から大きく迂回して細心の注意を払いながら森の中を突き進み、一高のモノリスまであと50メートルほどまでやって来ていた。乱立している木々の隙間からモノリスが見えたとき、彼は無意識に安堵の溜息を吐いていた。
しかし、本番はここからだ。モノリスを開ける“鍵”を発動させるには、半径10メートル以内にまで近づかなければならない。10メートルというのは、物陰に隠れていない限り確実に発見される距離だ。相手のディフェンダーに発見されれば、激しい戦闘になることは容易に想像できる。
「それにしても、あの“武器”は何だ……?」
八高選手がそう呟いて視線を向けるのは、モノリスの傍で佇むシンヤが右手に持っている物だった。
全長70センチ、刃渡り50センチ程度のナックルガード付きの模擬刀のような形状をした、おそらく武装一体型CAD。“模擬刀のような”と形容したのは刃の部分が意図的に潰されているためで、斬るというよりも叩き潰すことを目的としていると思われる。
だからこそ、八高選手は相手の思惑が分からなかった。この競技では相手への直接攻撃は禁じられており、それは打撃武器で相手を叩くことも含まれる。だからこそこの競技に使われるCADは、拳銃型あるいはブレスレット型が一般的だ。
シンヤがその武器を横に構えているが、そのまま横に薙ぎ払ったとしても、刃渡り50センチでは10メートル先の自分には到底届かない。
意図がまったく分からないが、距離を詰めれば確実に勝利できる。急遽代理選手を立てていたが、戦うこともなくこのまま快勝できると思った彼はモノリスだけを見てニヤリと笑みを浮かべ、木の陰から1歩足を踏み出した。
その瞬間、武器を持つシンヤの右腕が微かにぶれ、同時に横から強い衝撃が走る。
「ぐがっ――――!」
短い悲鳴と共に八高選手は思いっきり真横に吹き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。肺の空気をむりやり全部吐き出させられ、瞬間的な酸欠状態に彼の視界が薄くぼやける。
酸素を求めて大きく咳き込みながら、八高選手は何とか顔を上げた。
シンヤは模擬刀のような武器を振った場所から1歩も動かず、刃渡りが半分になったそれを上へと向けていた。
その延長線上、10メートルほど離れた空中に、残りの半分がフワフワと浮いていた。
「そ、そんなのありかよ……」
「……ルールには違反してないから問題ないと思うが」
バイザー越しの静謐な声と共にがら空きになった背中に強い衝撃が走り、八高選手は完全に意識を失った。
「……やっぱり加減が難しいな」
それから数分後、相手選手を無力化した達也がコードを打ち込み送信、サイレンが鳴り響いて第一高校の勝利で終わった。
♢♦♢
次の一高vs二高の試合は30分後に指定された。インターバルが少々短すぎる気もするが、そもそも一高の試合自体が急遽組まれたものであり、今日1日で決勝まで終わらせることを考えると致し方ないだろう。
そのインターバルの時間、場所は第一高校の選手控室。
「すごいじゃないのシンヤ君!ああもあっさりと八高選手を倒しちゃうなんて!やっぱり私の予想通り今まで手を抜いていたんでしょ!」
興奮した様子の真由美がシンヤの背中をバシバシ叩いていた。
「いえ、思わず反射的に動いただけです。でも出来過ぎですね。火事場の馬鹿力ってヤツが正しいでしょうか」
「もう、そうやってすぐ誤魔化すんだから!」
バシバシバシバシ
「…………」
小柄な体格なので力も弱く痛くはないのだが、あまりにしつこい。シンヤは達也と、控室の壁際にあるソファーにひっそりと隠れる幹比古にアイコンタクトで救援を求めるが、二人共一斉に目をそらした。
(…オレの周りには薄情者しかいない)
一縷の望みとして、真由美と一緒に入ってきたあずさにアイコンタクトを行うと、あずさは「ふぇ!?」と小動物のようにオドオドしだす。何だこの可愛い生き物。
「えっ、えっと会長……その、そろそろ例の話を」
「あ、そうね、ごめんなさい」
(よし、うまくいった)
あずさの呼びかけで、ようやくシンヤを解放した真由美は達也に話しかける。
「達也君。次のステージが決まりました」
「どこですか?」
「『市街地』よ」
「・・・あんな事があったのにですか?」
「ええ」
昨日の事故(と言っておく)があったにも関わらず、市街地ステージを使うとは本部も大変だと達也が思ってると、あずさがジッと達也を見ていた。
「何か?」
「いえ……有崎君のCADは如何するのかなと……」
「如何、とは?」
あずさはさっき鈴音から聞かされた疑念をそのまま達也に言う。もちろん鈴音から聞いたとは一言も言わずに……
「なるほど、さすがは市原先輩。見事な観察眼です」
だが達也はあっさりと背後の人物を言い当てた。
「ですがご安心を。十メートルの剣として使えないのなら、一メートルの剣として使うだけです」
「…………?」
達也の言葉に、真由美もあずさも首を傾げるだけだった。
一高vs二高の対戦フィールドとして選ばれた“市街地ステージ”。またもや事故が起きるのでは、という危惧を第一高校の幹部の面々が抱いたが、特にそういったアクシデントは発生しなかった。
双方のモノリスは、五階建ビルの三階室内に設置されている。
第八高校との試合から第二高校はディフェンダーを2人にし、アタッカー1人で第一高校のモノリスを攻める算段なのだろう。だが、今回コードを打ち込む役割は幹比古に任せており、シンヤは武装一体型CADを手にした状態で自陣のモノリスの前に立ち、アキュレイト・スコープで各エリアの様子を監視していた。
(来たか……)
「がっ!?」
その姿を視認し、出てくるタイミングを狙って廃ビルの中でも使える長さに調整した小通連を横に振るうと、それに呼応するかのように相手選手の悲鳴が入口付近で聞こえた。
その悲鳴を聞いたところでシンヤは通信機のスイッチを入れた。
「相手のアタッカーは倒した」
『了解した。あまり時間は無さそうだ。さっさと始めるぞ』
『わかった』
通信機自体使ってはいけないというルールはない。今回使用しているのは、達也が持って行った幹比古の式神を確実に再活性化させるためのものだ。
シンヤの右目のまぶたの裏には、魔法を使わずにビルからビルへと飛び移る荒業で移動している達也と、目を閉じて意識を集中させている幹比古の姿が映る。
『達也、見つけたよ』
(早いな……もう見つけたのか)
精霊を運んで『喚起』魔法で活性化させ、精霊にモノリスを探させて、その座標に従って自分はモノリスの『鍵』を開ける。
それが今回の達也の役目で、幹比古が精霊から送られてくる視覚情報に従って彼がコードを入力して終了、というのが達也が描いたシナリオ。
(それにしてもまさか達也が『喚起』魔法を使えるとはな)
喚起魔法は、そう簡単に成功出来る魔法ではない。専門に扱ってる幹比古なら兎も角、二科生が簡単に使えるはずの無い魔法を意図も簡単に成功させた達也に、シンヤは正直驚いていた。
(あれくらいの実力がありながら二科生に…………どうやらオレと同じで訳アリの様だな)
幹比古がモノリスのコードを入力し終えたところで試合終了のサイレンが鳴り響くが、シンヤはフィールドを出るまで警戒を解かなかった。結局何もトラブルはなかったものの、警戒しすぎて損はないと割り切ることにした。
♢♦♢
第一高校一年生女子が応援席で黄色い声ではしゃいでいた頃。
「ジョージ。ここまでどう思った?」
将輝と吉祥寺はここまでの一高の試合を観た総括をしていた。
「そうだね……彼は凄く、戦い慣れている気がする。身のこなし、先読み、ポジション取り、さすがの戦闘技術と言った所だね」
「魔法技能はどうだ?」
「八高との試合で相手選手の起動式が破壊されたのは、おそらく“術式解体”だろうね。確かにあれには驚かされた…………けど、それ以外は大した事ないと感じたよ」
「確かに、今の試合で使った想子波の衝撃波も、八高の試合で使った『共鳴』も、相手選手の意識を刈り取るには至らなかった。アイツもしかして高度な魔法は使えない?」
「普段は高性能なデバイスを使っている反動で、スペックの低い競技用のデバイスでは実力を発揮出来ないんだと思う。あれだけのアレンジスキルがあると言っても、実際に使用してそれに慣れるまでに時間が足りなかったんだよ。急な代役だしね。だから彼の魔法自体に関しては“術式解体”以外の魔法はあまり警戒する必要は無いと思うよ。むしろ彼の駆け引きに嵌ってしまうことを警戒するべきだ」
「真正面からの撃ち合いなら恐れるに足りない、か」
「そうだね。どうやって力づくの真っ向勝負に引きずり込むか……それができれば将輝が勝つよ」
草原ステージなら九分九厘こちらの勝ちだ、と最後に吉祥寺が締め括ると、将輝は不敵な笑みを浮かべた。
一方その頃
「……やるわね」
愛梨がモニター上で第一高校の勝利で幕を閉じた先程の試合を観て素直な感想を口にした。
「栞、試合を見てどう思う?」
「それは一高のチーム?それとも彼のこと?」
「………両方よ」
観客席で「おおーさすがシンじゃ!」と吞気に大喜びする沓子の傍らで、愛梨と栞は真剣な表情で会話を交わす。
「まず吉祥寺君が警戒してる例のエンジニアについてだけど、観た感じ、敵陣に辿り着くまでに自己加速魔法を使った様子がなかった。あれはおそらく、純粋な身体技能…」
「魔法なしで、自己加速に匹敵する速さで人間が走れるものなの…?」
「あの者が忍術に精通しているとしたら多分可能じゃ。忍びには、古来より素早く任務を完遂するために素早く走る技術があるらしいからのう」
沓子は引き上げていく一人の一高選手の背中を見た。
「あやつ、やはり精霊魔法の名門、吉田家の者じゃったか」
「沓子と同じ古式魔法師なの?」
「あやつは国津神を祀る地祇神道系に属する神道系の古式魔法神祇魔法を流派としている吉田家の人間じゃの。吉田家は昔儂の先祖と過去の因縁があるようじゃが、まぁこれに関しては既に決着したことじゃから関係ないが」
「そう――――だったら、彼はどう?」
愛梨の眼には相手選手を小通連でなぎ倒したシンヤの姿が映っていた。バイザーで顔が映らないだけに、今どんな表情をしているかまったくわからない。
「おそらく硬化魔法の特性を利用しているんでしょうね。刀身を分割して先端部分を飛翔させ、柄と先端の相対位置を硬化魔法で固定し、先端で対象を打撃して攻撃する仕様……あとは本人の腕次第と言ったところかしら。死角に隠れていた相手選手の存在に気づいたのはなんらかの知覚魔法ね」
「………その本人の腕に関しては?」
「……戦闘が無かったからハッキリとは分からないけど、九校戦に出ていた他校の選手とは比べ物にならないと思うわ」
「そう…………」
自身の右隣の席で、シンヤが使っている小通連の特性を的確に分析する栞の言葉に耳を傾けながら、モニターから目を離さない愛梨。リーブル・エペーを嗜んでいる彼女と栞の目にも、シンヤの動きにまったく無駄がなかったことに気づいていた。
(なぜあれほどの実力がありながら九校戦に出場しなかったの?それに………)
愛梨の脳裏に昨夜の沓子の言葉が反芻する。
――――これは儂の勘じゃが、シンが出てきた時点でこのモノリス・コードの試合、一条は負けるぞ。
♢♦♢
第一高校が第四高校との再試合でも難なく勝利をおさめたころ。
観客席に、1人は見た目からも知性を漂わせる中年男性、もう1人は若手の秘書を思わせるような妙齢の女性、という少し不思議な組み合わせの2人組がいた。どちらも目立たない夏服姿なので周りの観客も特に気に留めていないが、2人の会話に耳を傾けてみるとその内容も更に不思議なものであることが分かる。
「結局彼がさっきの試合で使ったのは、“術式解体”に“共鳴”に加重系魔法くらいか……。“分解”を使わないのは良いとして、フラッシュ・キャストも“精霊の眼”も使わないというのは手抜きが過ぎないか?」
「彼がそれらを秘密にする“事情”くらい、山中先生もご存知でしょう?」
「しかし藤林、フラッシュ・キャストはともかく“精霊の眼”は使ったところで傍目には分からないだろう?」
「見えないはずのものが見えている、というのは見る人によっては非常に奇妙に映ります。“精霊の眼”は知覚魔法というよりも異能の類ですからね、下手すると“分解”以上に耳目を集めますよ。――少なくとも、“特別観覧室”の方々は何か感じ取りますよ」
その二人組の正体は、独立魔装大隊の山中軍医少佐と藤林少尉。かなり突っ込んだその内容は知識のある者が聞けば目を丸くするものだったが、観客席は周りの喧騒によって普通の会話程度は掻き消されるし、たとえ聞かれたとしても研究者レベルの知識を有する観客はそうそういない。
2人がここにいるのは、半分趣味で半分仕事だった。純粋に達也たちの試合が気になるというのもあるが、彼らにとって超重要な人物が出場する競技で、万が一機密指定の魔法が衆人環視の下で使われてしまったときに迅速な対応を取るためにここにいるのである。
とはいえ達也は、人目に触れてはならない技術を苦し紛れに披露するほど脆弱な精神をしていない。なので二人は達也に関しては特に心配はしていなかった。
「……一方の“彼”はというと、今のところは第1試合から通して主に達也くんお手製の武装一体型CADを使ってますね。他の魔法は知覚系のもの以外一切使った様子はありません」
「例のゴースト少年のことか。四月の事と言い、今回のことと言い、頭のキレはウチのエースよりも上であることは明らかだな」
「それに達也君の話だと実力を隠すのも上手いとか。まさかモノリス・コードに出場するとは思いもよりませんでしたが、さすがに尻尾を掴ませませんね」
「しかし決勝だとそれも難しいだろうな」
「それに達也くんも、フラッシュ・キャストに関しては使うのもおそらく時間の問題だと思われますよ?普段よりも低スペックのCADでは、さすがに“プリンス”と“カーディナル”の相手は難しいでしょうから」
♢♦♢
新人戦モノリス・コードの予選順位は、三高が一位で、以下一高、八高、九高となった。規定通りなら、準決勝は三高VS九高、一高VS八高となるのだが、一高と八高は戦ったばかりなので、此方も例外が適用される事になり、三高VS八高、一高VS九高となったのだ。
試合開始は午後からという事で、組み合わせの発表がされてすぐにオレは昼食を摂りに行こうとロビーをブラブラ歩いていた。
今回閣下にカメラに顔が映らないよう手をまわして貰ったおかげで、ここまで殆どの人間は誰もオレが一高の代理選手だと気づいていない。余計な注目を浴びずに動き回れるわけだ。
喉が乾いたので、ロビーに置かれている自販機で飲料水を購入し、呷っていると叫び声のようなものが耳に入る。
「次兄上!」
この声はエリカか。声がした方向にはエリカと“美男子”という形容が似合う細身の男性、そして渡辺風紀委員長がいた。今エリカは物凄い剣幕で男性に詰め寄っている。
「兄上はタイへ剣術指南の為にご出張のはずです!何故こんな所に居るのですか!和兄上ならいざ知らず、次兄上がお勤めを投げ出すなど……嘆かわしい」
あれ?エリカってあんなキャラだったか?
「エリカ、僕は別に投げ出してきた訳じゃ……ちゃんと許可は取ったし」
「許可を取れば良いと言う問題ではありません! 次兄上がタイの王国から正式に任されたお勤めを投げ出したのは事実じゃないですか!」
「あれは大学のサークル交流みたいなもので……そんな大げさな事じゃ……」
「次兄上!」
「はい!」
「例えサークルの交流であっても、正式に拝命した事です。それを投げ出していい理由などありません!」
「はい、仰る通りです!」
エリカの剣幕に、相手の男性は思わず背筋を伸ばして敬語になっていた。
「まさかと思いますが、次兄上はこの女の為に帰国した訳じゃありませんよね」
「この女って……あたしは一応学校では先輩なんだが?」
渡辺風紀委員長の言葉に一瞬視線を向けたが、すぐにエリカは渡辺風紀委員長から興味を失った。
「兄上はこの女と付き合ってから堕落する一方……千葉の麒麟児と言われた姿は今は跡形も無く……」
「エリカ!摩利に失礼だろ!謝りなさい!」
「いいえ、謝りません!次兄上がこの女と付き合ってから堕落してるのは紛れも無い事実です! そう言われたく無いのならもっとしっかりしなさい!」
形勢逆転……に思われたが、結局エリカの勢いと言葉に圧され、そのまま『千葉の麒麟児』はエリカが離れていくのを止める事すら出来なかった。
今のやり取りを見ていたオレに気付き、エリカは駆け寄ってきた。
「見てた?」
「悪い、立ち聞きするつもりはなかったんだけどな……」
「そう……シンヤ君、今度奢りね」
「おい…まぁ良いが」
「よし!交渉成立」
とりあえず落ち着かせる為に、カフェラテを購入してエリカに渡す。
「全くあの馬鹿兄貴……」
「さっきの男はエリカの兄なのか?」
「そ。名前は千葉修次。『千葉の麒麟児』って聞けば分かるわよね」
「悪い。知らない」
「………シンヤ君って魔法については詳しいのにそういうのは知らないのね」
「あーうん、すまん」
あそこを出てから数字付きとか十師族とか世界情勢についてしか調べてないからな。
「簡単に説明すると千葉家の次男で、『
「まさか渡辺委員長とお前の兄は……」
「お察しの通り恋人関係って奴よ」
つまり渡辺風紀委員長はエリカの義理の姉にあたるな。
学校でのあの避けようや態度。それに自身の兄に対して丁寧な口調……まさか
「エリカはブラザー・コンプレックスなのか?」
「はぁッ!?」
「いや、さっき本人の前では育ちの良いしゃべり方で『兄上』なんて呼んでたのは一種の尊敬の表れで、その尊敬の対象の恋人に嫉妬のような感情をむき出しにしてたからてっきり――――」
ガンッ!
「たうわっ!?」
顔を真っ赤にしたエリカの強烈な蹴りがオレの弁慶の泣き所にクリーンヒットし、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ちょっ、今の滅茶苦茶痛かったぞ。マジだったろ」
「シンヤ君が変なこと言うからでしょうが!だ、誰がどこぞの超絶ブラコン娘と同類ですって!?」
「いや誰もそこまで言ってないから」
というかものすごく痛い。そういえば四月の時もこんな目にあったな。あの時は不可抗力だったが。
「わかった。今のはオレが悪かったからその脚を引っ込めてくれ」
「…そんな口上だけの謝罪じゃ気が治まらないわよ」
えぇ。
その後エリカには高いのを奢る羽目になった。
決勝で戦うことになる三高について少しでも情報を得るためにオレたちは“岩場ステージ”の会場に来ていた。
「如何かしたのかシンヤ?足なんか引き摺ったりして」
「あぁ……ちょっとな。試合までには回復するから何の問題もない」
レオになんでもない、という風に手を振る背後で何事も無かった様にエリカが腰を下す。
「大丈夫ってんならいいけどよ」
「それよりもうそろそろか」
オレたちが注目していたのは、高低差が少なく全体的に視界が広い“岩場ステージ”を悠然と進む、1人の選手だった。
その選手・三高の一条将輝は、その姿をまったく隠すことなく“進軍”していた。当然八高の選手がそれを黙って見ているはずもなく、三高の陣地へと進んでいたオフェンスの選手までも加わって、彼に魔法の集中砲火を浴びせている。
しかしそれでも、一条の足は止まらなかった。移動魔法によって一条へと迫る岩の破片はそれ以上に強力な移動魔法で撃ち落とされ、彼に直接仕掛けられた加重魔法や振動魔法は彼の周囲1メートルに張り巡らされた領域干渉によって無効化される。
「“干渉装甲”か……。移動型領域干渉は、十文字家のお家芸だったはずだが」
達也の言葉にも反応出来ないくらい、レオも幹比古も一条の魔法に目を奪われていた。
「あれだけ継続的に魔法を使いながら少しも息切れしないのは、単に演算領域の容量が大きいだけではないんだろうな」
達也が一人感心を抱いてる横で、レオも幹比古も、エリカでさえも一条の戦い方を見て口を開けている。
途絶えることのない防御に痺れを切らした八高のオフェンス選手が、攻撃を止めて三高陣地へと走り出した。
だが、それは迂闊だった。がら空きになった背中を一条が見逃すはずもなく、至近距離で生じた爆風によって彼は前のめりに吹き飛ばされた。
「今のは“偏倚解放”か?単純に圧縮解放を使えば良いものを、結構派手好きだな」
「いや、殺傷性ランクを下げるために、敢えてどっちつかずの魔法を使ってるんだろ」
「………あの、なんか二人とも当たり前のように話してるけど、へんいかいほうってなんなの?」
「え?」
「えっ」
どうやら幹比古たちは知らないようだ。
「つーか、シンヤって俺たちが知らないことは知ってて、俺たちが知ってることを知らないときがあるよな」
「物知りの達也君と違ってシンヤ君は変なところで偏りがあるのよね~」
「うっ……」
エリカめ。さっきのことまだ根に持ってるのか棘のある言い方をする。
「……達也。説明頼む」
「あ、あぁ……手間がかかる割りに威力の弱いマイナーな魔法だからな。円筒の一方から空気を詰め込んで蓋をして、もう一方を目標に向けて蓋を外す、というイメージで、普通に圧縮空気を破裂させるよりも威力が出せるのと、爆発に指向性を持たせられるメリットはあるが、威力を高めるだけなら圧縮空気の量を増やせば良いし、指向性を持たせたければ直接ぶつければ良い。おそらくさっきシンヤが言ったように威力を下げるためにやってるんだろう………実力がありすぎるというのも考え物だな」
八高のディフェンス2人が一条へと襲い掛かった。岩が砕かれてその破片が彼を襲い、彼の足元では放出系魔法による鉱物の電子強制放出の影響で火花が散っている。どちらも規模や情報改変難度の点で“上級”と言って差し支えない魔法だ。一高との試合ではあっさり負けてしまった感のある八高だが、もし真正面からやり合えば一高はもっと苦労しただろう。
だが一条は、その魔法を本当に真正面から無効化した。空気塊の槌が2人に襲い掛かり、破裂と同時に2人の戦闘力と意識が消失した。
八高選手全員が戦闘不能になったことで、試合が終了した。三高のモノリスの前に立っていた吉祥寺ともう1人の選手は、この試合結局1歩も動くことがなかった。
「達也、あの試合どうだった?」
「参った、としか言えないな」
「予想以上だね、三高の“プリンス”は……」
「ああ、そうだな。……それにしても、今の試合は俺達に対する“挑発”だな」
「えっ?」
達也の言葉に、幹比古は疑問の声をあげて彼を見遣る。
「一条家の戦闘スタイルは、中距離からの先制飽和攻撃だ。現に予選でも、遠方からの先制攻撃でディフェンスを無力化してる。――おそらくさっきの俺達の試合を観て、自分達にはあんな小細工は通用しないと主張しているんだろう」
「……それは、さすがに穿ちすぎじゃないかい?」
「もちろん断言はできないが、わざとらしく十文字会頭を想起させる戦法を採ってることから可能性は高い」
「……達也の言う通りなら一条はオレたち、正確には達也を強く意識しているな」
「俺に対抗心を抱いても困るんだがな」
オレの言葉に達也は若干嫌そうな顔をする。
「あの防御力を考えると、遠距離からの攻撃は効果が薄い。そうなると危険を承知で真っ向勝負を挑まざるを得ないか……。そうなると、他の選手の手の内が分からないのは痛いな……」
「もう1人の方は分からないが、吉祥寺真紅郎についてはだいたい予想できる。おそらくだが、作用点に直接加重を掛けられる“不可視の弾丸”だろう」
「作用点に直接?対象物の個体情報を改変するのではなく?」
「奴が発見した“基本コード”である加重系統のプラス・コードを用いて、加重という“作用力そのもの”を発生させているんだ」
「……その魔法に欠点があるとすればなんだ?」
「“不可視の弾丸”は作用点を視認しなければいけないというところか。エイドスではなく作用点に直接作用させることにより生まれた欠点だな。“不可視の弾丸”による攻撃は遮蔽物や領域干渉でも防御可能だが、情報強化では防げないから注意しろよ」
「わ、分かった……」
「ああ…………ん?」
ちょっと待てよ。
「達也、まさかその魔法の弱点を知っていたからオレを吉祥寺にぶつけようと考えていたのか?」
「ああそうだが…昨日言ってなかったか?」
「はっきりとは言ってなかったぞ」
この時達也はすまないというのとは裏腹に、オレに向けて途轍もなくあくどい笑みを浮かべていた(オレの主観)。
ついに次回は決勝戦!