魔法科高校の事なかれ主義の規格外(イレギュラー)   作:嫉妬憤怒強欲

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第二十三話 ミラージ・バット本戦

 『モノリス・コード』新人戦終了後、メディカル・チェックを受けた達也とシンヤが医務室を出ると、廊下では友人たち一同が待ち構えていた。

 

「お兄様!」

「達也さん!あ、あの――――」

「し、ししししシンヤ君身体は大丈夫なの!?怪我は!?歩いて平気なの!?」

「…落ち着けエイミィ」

 

 一同の中で深雪、ほのか、エイミィが物凄い慌てようで、達也、シンヤにそれぞれ詰め寄る。

 事情を知らない男共が見たら羨ましいがるだろうが、この状態に色めいた感じは一切無かった。

 

「それで二人とも、本当に大丈夫なの?」

「…オレは軽い打撲だったから問題ない」

「俺の方は委員長ほど重症じゃない。鼓膜が破れたくらいだ」

 

 医療用の耳あてを装着した方の耳を指差し、なんてことないといった様子で苦笑いを浮かべる達也に一同はぎょっとした。

 

「しかしよく無事だったな。一条の攻撃は直撃したんじゃないのか?」

「ギリギリでかわしたさ。風圧で吹き飛ばされかけたが、ダメージはそれほどじゃないよ」

「オレのほうは蜃気楼で攻撃箇所をずらしてたから大丈夫だった。いやーあれは本当に危なかった。あと三メートル近かったら死んでた」

 

 もちろん嘘なのだが、二人はいかにも事実っぽく話していく。本当の事情を話す訳にもいかないので、この答えは元から用意されていたものだった。ちなみに幹比古にも同じように説明して信じ込ませた。

 

「心配しました。二人とも大怪我しちゃったんじゃないかって……」

「うん、でも達也さんよくよけられたね。私たちの場所からだと直撃に見えたんだけど」

「それはモニターでも一緒だったわ。明らかに直撃に見えたもの」

「まぁ古流の技なのであまり言えないが、そういった風に見せる技だよ」

「へぇーそんな技あんのか」

 

 これももちろん嘘だ。いくら古流とはいえそんな技は存在しない。他の面々が古流に長けてないのを良い事に万が一の時の為に考えていた嘘の一つを、達也は堂々と言い放ちながら、頭をある疑問が占めていた。

 

(……そうだ。確かにあの時直撃するはずだった。だが残り二発があと寸前で俺に迫ってきたとき、シンヤから発せられた衝撃波が全て相殺した。あれが魔法なら説明がつくが、その際シンヤは俺の精霊の目で見ても起動式を使った様子はなかった。それならシンヤはあの瞬間、起動式の展開が無しに思考だけで魔法式を構築したことになる。あれで全力かどうかはわからないが――――底が知れないな)

 

 とはいえ助けられたことに変わりはないから今は問い詰めないでおこう、と達也はむりやり考えを打ち切った。

 

 

 

 

 一方その頃、第三高校のミーティング・ルームは、暗い雰囲気に包まれていた。

 

 一体誰がこんな結果を予想出来たか。

 特例による第一高校の代理選手たちが決勝まで勝ち上がった事で新人戦の優勝が無くなった事もそうだが、まさか将輝と吉祥寺擁するチームが、もっと言えば彼らも撃破されてモノリス・コードの優勝を逃すなんて、完全な誤算だった。

 

「自分がいながら、あまりにも不甲斐ない結果になってしまい本当に申し訳ありません」

 

 魔法による治療を受けた将輝と吉祥寺は、揃ってチームメンバーに頭を下げていた。ちなみにモノリス・コードでディフェンスを務めた一年生選手はこのミーティングには参加していなかった。

 

「顔上げろ一条。吉祥寺。お前たちはよくやったよ」

「そうだ。まだ終わった訳じゃないんだ。まだ二日残っているんだからな」

 

 上級生から次々と言葉が送られるが、今の将輝と吉祥寺には慰めにもならない。

 

 自分たちの実力に絶対の自信を持っていた。

 百パーセント勝てると思っていた。

 だが彼らは、一高など倒して当たり前だと心のどこかで相手を格下だと見下していた事を、敗北してから自覚した。

 そんな自分たちの驕った精神が許せなかった。

 

「明日の本戦ミラージ・バットの結果次第では、最終日を待たずに第一高校の総合優勝が決まる可能性があるけど」

 

 現状を説明した後で、佐保は愛梨の方を見た。

 

「私と一色でポイントを稼げばまだ可能性はある」

 

 そこに明らかな期待と信頼を寄せられているを感じた愛梨は、それに応えた。

 

「予定外の結果は続いていますが、明日は必ず私たちが勝ちます。総合優勝を私たち三高が掴みましょう」

 

 新人戦で達也がサポートについた競技では軒並み優勝を掻っ攫われている。

 今日のモノリス・コードでもやられ、モノリス・コードの優勝も新人戦優勝も持っていかれた。

 しかし、今更持っていかれたものなど、くれてやればいい。

 

(彼の正体が気になるけど、今そんなことを気にしていられないわ!)

 

 負かされた栞や沓子、将輝や吉祥寺の無念も、第三高校が総合優勝する事で全て吹き飛ばしてみせる。

 愛梨は密かに燃えていた。

 

 

♢♦♢

 

 

 九校戦9日目。新人戦が終了したことで、今まで中断していた本戦が再開する。

 今日の空は昨日までの晴天から一転、今にも雨が降りそうな分厚い雲に覆われた曇天となった。しかし今日行われるミラージ・バットにとっては絶好の試合日和なのだ。

 

「良い天気だな。このまま夜まで続いてくれると良いんだが」

「夕方から晴れるそうですよ」

「星明りも邪魔になるんだが……まぁ雨が降るよりかはましか」

「そうですね……お兄様はまだ何か起こると思ってるのですか?」

「……深雪には隠し事ができないな」

 

 代理選手などという予定外の役割を引き受け、シンヤや幹比古のCADの調整や作戦などで手一杯で気にする暇がなかったが、達也は警戒していた。

 もしも『無頭竜』の狙いが第一高校の優勝阻止だとしたら、今日と明日出場する選手が危ないかもしれない。

 達也はそれを大袈裟だとも、的外れな推測だとも思わなかった。むしろ、仕掛けてきてもおかしくないと思っていたくらいだった。

 

「だが、深雪が心配することじゃない。何があろうとも、深雪は俺が守ってみせる」

「お兄様…」

 

 

 

 

 

 一方シンヤは観戦のためにエリカ達と観客席にいる。その隣にはなぜか三高の沓子が座っていた。

 

「…いいのか?一高の生徒と一緒にいて」

「む?なぜじゃ?儂とお主の仲じゃ。今更気にする必要はあるまい」

「オレとお前ってそこまでの仲になった覚えはないんだが……それになんでこんなにくっつく?」

「そ、そうだよ!そ、そそそういうのは風紀に良くないよ!」

 

 「よいではないか~よいではないか~」とシンヤの左腕にくっついてスリスリと頬擦りする沓子を見て、反対側に座るエイミィが不機嫌になる。 

 エリカたちの反応はというと、

 

「あらあら、シンヤ君両手に華ねぇ~?」

 

と意地の悪い笑みを浮かべながらからかうエリカ。

 

「もてる男は辛いな」

 

と便乗するレオ。

 

「わ、私もあれくらい達也さんに大胆になった方がいいかな?」

「ほのか。さすがにあれは参考にならないよ」

 

ほのかの言葉にツッコミを入れる雫。

幹比古と美月に至っては刺激が強すぎたのか顔を赤くして目をそらしてる。

 

 なんかいろいろ諦めたシンヤは沓子に向けていた視線をステージに向けなおし、ちらちらとむけられる視線を気にしないようにする。

 

 第1試合に出場した小早川は、特に危なげなく早々と決勝進出を決めた。チームの中には当然ながら、小早川に続いて深雪も、という雰囲気が漂っている。

 ミラージ・バットの妖精をイメージしたコスチュームを身に纏った深雪がフィールドに姿を現した途端、観客のボルテージがむりやり引き上げられた。体のラインが丸見えでありながら嫌らしさが微塵も感じられない神秘的な姿に、観客席の青少年は揃って動悸や息切れを起こし、選手にではなく観客に担架が用意されるという自体になりかねない。

 それに釣られたわけではないだろうが、予定時間よりも数秒早く試合開始のブザーが鳴った。

 

 光のホログラムが空中に現れた瞬間、選手達が一斉にそこへと向かって飛び立っていく。

 

 深雪は美しく無駄のない跳躍で圧倒的な魔法力を見せる一方、佐保は巧みに深雪のコースをブロックしつつ跳躍特化魔法で確実に点数を重ねていた。

 

 第一ピリオドを終え、深雪が若干のリードを許す結果になった事にエリカたちは驚きの声を上げていた。

 

「まさか深雪がリードされるなんてね……」

「二人のレベルが高すぎて他の選手に得点する隙が無いね」

「でも仕方ないよですね。深雪さんは一年生、あの三高の選手は三年生だし」

「ムフフ、どうじゃ!さすがは水尾先輩じゃろ!」

「……なぜ沓子が威張る」

「上級生の意地ってやつか? それにしては大差無いが」

「まだ始まったばっかだし、そんな大差がつくわけ無いよ」

「でも、このままで終わるとも思えない」

 

 雫のこぼした言葉に、ほのかが頷いて同意する。

 

「確かに深雪がこのままで終わる訳無いし、これくらいの差で諦めるとも思えない」

 

 

♢♦♢

 

「この世界も広いようで狭いな……」

 

 次に行われた第2ピリオドで、深雪が逆転してトップに立った。しかし2位の三高選手とはほんの僅かしかポイント差がない。深雪もまだまだ余力は残しているが相手もそれは同じようで、第2ピリオドはペースを調整していた節も感じられる。限定された状況下とはいえ、まさか深雪と張り合う魔法師が高校生に存在していたとは思っていなかった達也は、相手が他校の選手であることも忘れて素直に賞賛していた。

 

「お兄様。アレを使わせていただけませんか?」

 

 深雪の目が、声が、達也の袖を掴む指が、「負けたくない」という意志を伝えてきている。

 

「わかった。全てはお前の望むがままに。頑張っておいで深雪」

「はい……!」

 

 本来は決勝戦用の秘密兵器だったが、この意志に応えるべく、一切の計算も打算は捨てた。

 

 

♢♦♢

 

 インターバルが終わり、各選手が出てくると、エリカが目聡くある事に気がつく。

 

「あれ?深雪のCADが変わってる」

「本当だ……でもさっきまでのも持ってるよ」

 

 エリカのつぶやきに幹比古が続いたが、CADが変わった理由には心当たりが無い。他のメンバーも同じようで首を捻ってる中、ほのかだけが羨ましそうに、また妬ましそうに深雪のCADに視線を向けていた。

 

「そう……もうそれを使うのね深雪……」

「ほのか?」

「驚くわよ。此処に居る人全員。達也さんが深雪の為に用意した、深雪だけが使いこなせる魔法……」

「なんじゃ?あれが何か分かるのか?」

 

 沓子の質問には答えず、ほのかはずっと深雪の持つCADに視線を固定していた。

 

 

 最終ピリオドの開始の合図と共に、各選手が跳躍をはじめ光球を目掛けて移動する。

 先行した深雪の行く手を佐保が阻もうとするが、深雪は飛翔速度を上げる事でこれを回避して光球を打ち消した後、身体を反転させて空中で静止した。

 そこから一度足場に着地して、次の光球を取るために構える。というのがミラージ・バットのセオリーで、他の選手は次のターゲットを狙って切り替えていた。

 

 ところが、空中で一旦静止した深雪は足場へ降りず、空のステージを優雅に滑走して次のターゲットを、また次のターゲットを打ち消しに行くと、観客も、選手も、スタッフも、大会関係者も、それを見て絶句した。

 

「おい……、まさか飛行魔法か……?」

「まさかあのCAD、トーラス・シルバーの……?」

「そんな……。あれは先月発表されたばかりだぞ……」

「でもあれは、間違いない……! 飛行魔法だ……!」

 

 驚きの声を上げている観客になど興味を示さずに、深雪は更にポイントを重ねていく。十メートルの高度を移動しなければならない他の選手と、水平に移動するだけでいい深雪とでは勝負にはならなかった。

 

「あれが達也君の秘策……」

「飛行魔法って先月発表されたんだよな?何時覚えたんだ?」

「達也なら何でもありだよ……僕たちはそれを間近で見てたんだから……」

「……少し大人気ない気もするがな」

 

 シンヤの呟きに一同は苦笑いした。

 

 

 

(ダメだ!私の跳躍では届かない!)

 

 深雪が次々とホログラムを打ち消していく姿に佐保は焦っていた。

 

(だけどこのままやられるわけには……!このあとの一色のためにも私は……!)

 

 少しでも点を稼ごうと最後のホログラムに向けて跳躍する。だがそれもむなしく深雪に打ち消され、同時に試合終了のブザーが鳴る。

 

 ミラージ・バット予選第2試合は、深雪の圧倒的勝利に終わった。

 

 

♢♦♢

 

 

 横浜中華街、とあるビルの最上階。

 首から先が切り取られた竜の掛け軸が飾られたその一室は、葬式か何かと思うほどに沈痛な雰囲気に包まれていた。

 

「……まさか飛行魔法まで使ってくるとは」

「このままでは一高が総合優勝してしまうぞ」

「ここまでの損失だ、楽には死ねんぞ?良くて生殺しの“ジェネレーター”、適正が無ければ“ブースター”として死んでなお組織に搾り取られる末路を迎える」

 

 テーブルに着く5人の男が口々に捲し立てるものの、その議論はもはや出口の見えない袋小路に陥っているような状況だった。

 男の1人が、チラリと視線を外した。

 壁一面に作られた防弾ガラスの窓の前に2人、部屋唯一の出入口であるドアの前に2人、そして左右の壁にそれぞれ2人ずつ、がっしりとした体つきでサングラスを掛けた若い男達が身じろぎ1つせずに直立していた。彼らは単純にテーブルの男達の護衛であると同時に、この部屋全体を包み込むように掛けられた障壁魔法を維持する役割も持っている。

 そんな彼らの姿に、男の表情が引き攣った。

 

「くそ!もはや手段を選ぶ必要などないのでは!?」

「そうだな。このままでは我々は粛清されてしまう。そこでだ。十七号を使って観客を襲わせる。そうなれば大会も中止だ。これなら掛け金の払い戻し分だけで済む」

「賛成だ。百人ほど死ねば十分だろう。大会中止になる」

「…実行は十七号だけで大丈夫か?」

「多少腕が立つ程度ならば『ジェネレーター』の敵ではない。残念ながら武器は持ち込めなかったが、十七号は高速型だ。リミッターを外して暴れさせれば、百や二百、素手で屠れる」

「異論は無いな。ではジェネレーターのリミッターを解除、観客の無差別殺害を命じる」

「顧客が騒ぎ出すかもしれんが、そこら辺は知らん顔で押し通せば良いだろ」

「儲けは無いが損もなくなるからな」

 

 円卓を囲む男たちが一様に頷く。

 無頭竜のメンバーたちは、会場に送ったジェネレーターが自分たちの思い描いた結果をもたらしてくれる事になんら心配を抱いていなかった。

 彼らの心配はボスの粛清をいかにのがれるかの一点だけに集中していたからだった。だからこの時には既に九校戦に興味を失い、如何やってノルマを達成するかが話題の焦点になっていた。

 

♢♦♢

 

 発表されたばかりの新技術が九校戦で突如お披露目されたこと、そしてそんな新技術を使いこなす深雪の人間離れした美しさに、観客達がただただ目を奪われ、言葉を失っていた頃。

 ヘッド・マウント・ディスプレイ(HMD)を装着してメッセージを眺める1人の男――――ジェネレーターが会場の入り口から動き出す。その表情は、まさに無表情。無表情というよりも表情が欠落していると表した方がいいのではないのか、と思ってしまうほどだ。ジェネレーターの前を一人の男性が横切る。ジェネレーターがその男性の首を切断するために、男の首目掛けて手刀を放つ。

 だが、男性がその手を背中越しに掴み、ジェネレーターを会場外に放り投げた。

 およそ20mの高さから落ちるとなると、恐怖で身体が動かせなる。しかしジェネレーターはそのような感情は持ち合わせていない。素早く猫みたいに四足で衝撃を受け流しながら着地する。

 ジェネレーターを外に放り投げた男、独立魔装大隊の柳連大尉はポケットに手を突っ込んだままジェネレーターの数m前に着地した。

 

「何者だ・・・いや、どうせ答えられないだろうしな。答えなくてもいい」

「問い掛けたのに答えなくていいなんて、おかしくないかい?」

「質問ではない。ただの独り言だ」

 

 ジェネレーターが柳に気を取られていると、退路を塞ぐかのように同じく独立魔装大隊の真田繁留大尉が後ろに回っていた。

 

 普通ならここで逃げるのが鮮明だろうが、ジェネレーターは組織の命令だけに従う人形。観客の殺戮が指令されたジェネレーターにとって、前後にいる2人は「観客」として殺戮対象に入っている。

 グッと踏ん張り、バネのようにジェネレーターは再び柳に襲いかかった。

 しかし、柳の突き出した手に触れるか触れないかの距離で元の位置に吹き飛ばされ、仰向けに地面へ叩きつけられた。

 その光景に真田が笑みを零す。

 

「しかし、何時見ても見事だね。それも『転(まろぼし)』の応用かい?」

「何時も言ってるように『転(まろぼし)』ではなく『転(てん)』だ。『転(まろぼし)』は表の術式、『転(てん)』は裏の術式。それに応用ともちがう。本当の『転(てん)』なら魔法など必要ない」

「僕たちの存在意義に関わる発言だね。隊長に言いつけるよ」

「……馬鹿な事言ってないでソイツを捉えるのに力を貸せ」

「じゃあそうしようか。と言っても既に藤林くんが『避雷針』で確保済みだけどね」

 

 動こうとしたジェネレーターの身体に、無数の針が突き刺さった。それを見て柳も戦闘体勢を解除した。

 

「……本当にお二方は仲が良いんですね」

 

 何の前触れもなく、気配も音もなく藤林響子が姿を見せた。男は、ビクッ、ビクッ、と身体を痙攣させていた。

 

「…全く。お2人は本当に仲がいいですね」

「藤林、お前、目は良かったはずだが」

「視力よりも感受性に問題があるのかな。良いカウンセラーを紹介しようか?」

「ほら、お二人とも息がピッタリじゃないですか」

 

 響子がさらっと言い返すと、柳と真田は互いの顔を見て顔をしかめたのだった。

 

 

♢♦♢

 

 

 どうやらあっちは片付いたようだな。

 ミラージ・バットを観戦する傍ら、オレはアキュレイト・スコープで会場の周囲を警戒していた。

 三人の男女が押さえたあの男の身体能力、魔法だけではない。強化人間……いや、おそらくジェネレーターか。

 

 ジェネレーターとは、戦闘中に安定して魔法を行使できるよう仕上げられた生体兵器の呼び名だが、その実体は脳外科手術と薬により意思と感情を奪い去り、思考活動を特定方向に統制することによって魔法発動を妨げる様々な精神作用が起こらないように調整された魔法師である。魔法を発生させる道具として扱われる為、魔法発生器=ジェネレーターと呼ばれる。

 そんなのを送り込んできたという事は向こうもなりふり構ってられなくなってるという事か。

 今度はいったいどんな手を使ってくるのやら……。

 

「のうシン」

「――ん?どうした沓子」

「どうしたではない。せっかくの愛梨の活躍なのによそ見するでない」

「……別によそ見はしていないんだが」

 

 第三試合。司波妹同様一年生ながら本戦に選出された一色はホログラムが点灯した瞬間、クラウド・ボールで見せた圧倒的な跳躍スピードで得点。その後も他の選手に隙を与えずに次々と得点していき、一色も本戦決勝戦進出したのは左目でちゃんと見ていた。

 

 これで殆どの予選は終了した。残る決勝戦は夕方に始まる。

 さて、それまでどう時間を潰そうか。

 

「シン、お主今時間空いておるか?」

 

……は?

 

 

 

 

 

「……それで、なんで貴方がここにいるの?」

「……それは沓子に聞いてくれ。ろくな説明もないまま無理矢理ここに連れてこられたんだぞ」

 

 沓子に腕を引っ張られたオレは今、森林の多い演習場所に来ていた。そこには沓子を含めて体操服を着た一色とエンジニアの制服を着た十七夜、懇親会で一度会った水尾という女生徒の四人いる。

 

「……で、なんでオレをここに連れて来た。まさか……オレを脅迫して司波が決勝で勝てないようあいつのCADに細工をさせるつもりなんじゃ」

「いやいやいやいや!そんな卑劣な真似は誰も頼まんぞ!というかよく思いつくな!?」

「なんだ違うのか?」

 

 それなら安心した。もしそんなことになったらオレもこいつらもあのシスコンに消されていた。

 

「…まぁ、一昨日まであんなことがあったんだから一高の人が不信感を抱くのは仕方ないよね」

「それで、沓子はどうして彼を連れてきたの?」

「うむ。決勝まであまり時間がないからの。シンに愛梨の練習の手伝いを頼もうと思ったのじゃ」

 

「「「「……は?」」」」

 

 沓子の言葉に、オレ含むこの場の全員が何言ってんだこいつといった感じになった。

 

「沓子…貴女本気で言ってるの?」

「本気も本気じゃ。見れば愛梨が手に持ってるCADは飛行魔法のようじゃな」

 

 それにはオレも気づいていた。

 大方どこかの校から不正疑惑の抗議が上がり、達也は飛行術式がインストールされてるCADを運営に提出。そしてそのまま他校に意図的にリークしたのだろう。魔法の秘匿性そのものを危うくするルール違反行為を大会委員がやっちゃダメだろうに……閣下が何も言わないところをみるに、脅しの材料にしそうだな。

 そうなると決勝戦は全ての出場校が飛行魔法を使ってくる可能性大だな。

 

「大丈夫なのか?俄仕込みの魔法なんかであれと張り合えるとは思えないが」

「…そうだね。実際に司波選手と実感から言わせてもらうと今からやって間に合うような差じゃない。彼女は既に水を得た魚の様に自然に使えている」

「水尾先輩の言う通りです。でも決勝で全選手が飛行魔法を使うとなると……こちらも使わざるを得ません」

「一色、私の試合のとき跳躍で補えると言っていただろう」

「……ホログラムへの到達時間的には負けないと思いました」

「ならメインは跳躍にすべきだ」

「……正直迷っています」

 

 決勝戦では一色1人が決勝戦に出ることになっている。つまり彼女一人が三高の期待に応えなければならないということか。なりふり構ってられないのは分からなくもないが……

 

「これオレ必要か?」

「さっき言ったじゃろ。あまり時間がないからシンに愛梨の練習の手伝いを頼もうと……」

「それはさっき聞いた。オレが聞きたいのはなんで他校のオレに頼むかだ。CADの調整ならお前たちのところにカーディナル・ジョージがいるだろ」

「そうしたいのはやまやまなんじゃが、昨日決勝でどこかのチームにコテンパンに打ちのめされたのが相当こたえておっての……完全に自信を失って部屋に閉じこもっておるのじゃ」

 

 どこかのチ-ムってオレたちのことだな。

 

「だからって他校のオレに頼むか普通?言っておくがオレはあの飛行術式には一度も触れてないぞ」

「他校とはいえお主は選手じゃないからの。ルール違反にはならんだろう。それにお主ならあの術式を見なくとも飛べそうだしの」

「「「?」」」

「……なぜそう思う?」

「勘じゃ」

「勘かよ」

 

 この口ぶり……オレの能力に薄々気づき始めてる。本当に厄介だな。

 

「……買い被りだな。確か『加重系魔法の技術的三大難問』の内容にそう記してあった気がするが、あの魔法は以前までは超能力者や古式魔法の使い手でもごく少数しか使えない、BS魔法師の固有スキルに近いものだったはずだ。ならBS魔法師でも劣等生のオレにとんだ無茶ぶりだと思うが?」

「……昨日あんな戦いぶりを見せたくせに、よくもそんなこと言えるわね」

「最終的に一条たちを倒したのは他の二人だ。オレは魔法を使って相手を翻弄するので精一杯だったよ」

「……白々しい」

 

 十七夜が他の三人に聞こえるか分からないぐらいにぼそりと小さく呟いた。やはり昨日オレが使ったアレは十七夜には見えていたか。他の有象無象の目は誤魔化せても、こいつ相手には難しかったな。だがしかし、魔法師たちだけの暗黙の了解『他人の魔法を探らない』というものがある以上詮索してはこないだろう。

 

「なんのことやら…………というか、一番の問題として仮にオレが手を貸して上達したとして、本当にそれが一色のためになるのか?」

「…………どういう意味ですか?」

 

 オレの言葉に一色が食いついた。

 

「そのままの意味だ。お前は三高の優勝のためにとこれまで練習したきた技を捨てて飛行魔法にすがろうとしている。だが仮に今から練習したところでさっきそこの先輩が言ったように敵う相手じゃない。他校選手も同じようにやるからと状況に流され、最後に負けてから仕方ないと愚痴を溢すのが目に見えている」

「―――!」

「それに仮に他校のオレが手を貸して勝ったとしても、それじゃお前が勝ったことにはならない」

「それは――でも、だからってどうしたら――――」

「お前が周囲に流されて同じ手を使おうとしてる状態と、お前が自分のやり方を貫いて決勝に挑もうとする状態。三高のため、いやお前自身のためになるのはどっちだ?そんなもの答えるまでもないだろ。今のお前からは二回目に会った時に比べて覇気が殆ど感じられない。あの程度で弱腰になったのなら、お前は他の選手たちと大して変わらなかったと認めるようなものだぞ」

 

 ここまで言えば一色にも理解できるはずだ。ムカつきながらも自覚するはずだ。

 気づいてもらいたかったのは『これから自分が何をすべきか』ということ。

 

「小学生にも分かる明白な答えだろ?お前はお前だけの武器を放棄しようとしている。それも司波と互角に渡り合える最大の武器を」

「私だけの武器……?」

「九島閣下も言ってただろ?『魔法を磨くことは大切だ。無論、魔法力を向上させるための努力も怠ってはならない。しかし、それだけでは不十分だということを肝に銘じてほしい。使い方を誤った大魔法は、使い方を工夫した小魔法に劣るのだ』と」

「それって――――」

「後はお前が考えろ。オレが言ってやれるのはここまでだ」

 

 そう、これ以上は何もない。司波妹に勝つ策を授けることも、凌ぐ方法も教えない。今一色に必要なことは誇りある敗北と再生だ。幸い彼女にはサポートしてくれる仲間がいるのだから問題ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 シンヤが練習所から立ち去るのをしばらく呆然と見つめる中、愛梨の呟きが沈黙を破った。

 

「……まったく、好き勝手に言ってくれるじゃない。ホント何様のつもりよ。ああまで言われたら無様に負けるわけにはいかないじゃないの」

「愛梨?」

 

 一同が愛梨の方を向く。彼女の表情にあった迷いは消え、アメジスト色の瞳の奥から闘志が湧き上がってきているのが感じられた。

 

「……栞、飛行魔法と跳躍の両方を組み合わせることはできる?」

「えっ、できなくはないけど消耗が酷くなるのではないかしら」

「それはやってみないとわからないわ。だからお願い」

「……わかったわ」

 

 その後栞がCADを調整し、愛梨がテストする。結果は……

 

「飛行魔法の消耗が少ないせいかほとんど違和感を感じないわ。行けると思う」

「本当!?」

「さすがだね一色」

「さすがは愛梨じゃ」

「これでいってみます。いざというときは使い慣れた武器のほうがいいですから」

「(武器ねぇ)……本当に跳躍一本でなくて大丈夫かい」

「はい。これで勝ってみせます」

 

 練習のために愛梨はもう一度空へと飛翔する。

 

 

「……ねぇ沓子、もしかして愛梨を焚きつけるためにわざと彼を連れてきたの?」

「ん?まぁの。実はこの前明智選手からシンに激励されたおかげであの力を発揮できたと聞いてのう」

「それだけでそう簡単に強くなれるものなの?」

「…まぁ不思議なものでもないよね。私たち魔法師の力は精神状態に左右される。多分あの子の言葉が明智選手に相当プラスに働いたんじゃないかな」

「けどそれならなんであんな回りくどいことを?」

「じゃあ栞はストレートに頼んであ奴が素直に頼みを聞くタイプと思うか?」

「……思わないわね」

「あはは……そうハッキリ言える十七夜って本当ドライだわ」

 

 

 

 空を駆け抜ける時、愛梨は考えていた。

 

(……叔父様たちは一条君が昨日の試合で負けたことで十師族に並ぶ存在として一色家の存在感を示す好機と捉えているとあの後掛かってきた電話でわかった。そういう考え方は好きではないけど……)

 

 正直それは愛梨にはどうでもよかった。

 母国から日本に渡り一色の長子……父と結ばれた母のためにもいい戦いを見せたい。

 

(そしてなにより自分のために誇りが持てるベストな試合にしてみせるわ!)

 

 

♢♦♢

 

 

 決勝戦が始まる頃の天気は雲ひとつない綺麗な夜空。

 正直曇っていてほしいのだが、ここまできてしまったらしょうがない。

 

 「深雪。体調は?」

 「問題ありません。それと決勝なので最初から飛行魔法で挑みたいと思います」

 「わかった。頑張れよ」

 「はい!」

 

 深雪は達也に見送られながら元気よくフィールドに走っていく。

 

「それにしても司波さん、午前中にあれだけ魔法を使ったのによく回復しましたね。『カプセル』を使った形跡はありませんでしたが」

「五時間グッスリと寝かしましたから」

 

 決勝戦進出は、一高が深雪と小早川が進んだ以外は、二高、三高、六高、九高から各一名ずつ。実はあずさが担当していた選手もエントリーしていたが、三高の一色愛梨に負けてしまい、その三高は水尾佐保が深雪に破れ、もう一人の選手も予選落ち。

 三高が一名しか決勝に進めなかった段階で、一高は深雪と小早川のどちらかでも三位以内に入れば総合優勝が決まる。その為、今この場に揃った主立った女子メンバーたちの応援にも力が入っていた。

 

「この試合で司波さんが優勝すれば、我が校の九校戦総合優勝が決まりますね」

「司波君、飛行術式がインストールされてるCADを本部に預けてたそうですね?」

「ええまぁ。不正疑惑で騒がれるのも面倒でしたから」

「でもそれって……」

 

 

 

 

 一方、裏でジェネレーターと呼ばれる生命兵器の襲撃があったことも露知らず、ミラージ・バットの会場ではまもなく始まる決勝戦に観客達が今か今かと待ち構えていた。

 

 頭上には上弦の月、足元には星空を反射する湖面という幻想的な空間に、淡い色のコスチュームを身に纏った少女達が集う様子は、まさしく“妖精のような”という使い古された形容が似合う光景だ。

 観客席に座っているシンヤ達は、柱の上に立つ深雪を観ながら決勝戦について話し合っていた。

 

「なんか深雪上機嫌じゃない?」

「そうだね」

「しっかり休んだんだろうな」

「それだけじゃない気がするけど……ところで~決勝戦、シンヤ君はどう思う?あたしは深雪が少し苦戦するって考えてる」

 

 エリカはシンヤに向けて悪戯っぽい笑みを浮かべ、チラリとフィールドにいる愛梨の方を一瞥した。昼にシンヤがどこで何してたか特に説明してないが、エリカには大体察しが付いていた。

 

「……さあ、どうだろうな。他校の選手たちもなにかしらの対策を練ってくるだろうな」

「あーやっぱりシンヤ君もそう思う?」

「そ、それでも深雪は勝つわよね!雫!」

「うん」

 

 決勝戦ではさすがの深雪でも苦戦すると予想されるが、最終的には優勝すると結論が出る。

 それと同時に試合開始のブザーが鳴った。

 

 そしてその瞬間に6人の選手が一斉に空へと飛び上がり、一高の小早川を除く5人がそのまま足場に下りることなく宙に留まった。

 

「飛行魔法!?他校も!?」

「他校も使用してきたってことは……」

「達也の術式がリークされたってことだね」

「ええっ!?それって魔法師の暗黙の了解に反する行為なんじゃ!?」

「いや柴田さん、トーラス・シルバーが公開した術式を使用したって主張すれば言い訳できるよ」

「そもそも一昨日まで一高に妨害工作をしてきた大会委員にとってはそんなの関係ないと思うよ」

「し、雫……いつになく毒舌だね。やっぱり怒ってる?」

 

 普段は無表情な雫も、この時は眉を吊り上げていた。

 

「それより、なんで小早川先輩は使わないんだろう?」

「使えるようにならなかったから、とか?」

「いや、小早川先輩も相当な実力者だ。他の選手が使えているのに、彼女だけ使えないということはないだろう。きっと何か理由があるはずだ」

「理由か……何だろ……?」

 

 エリカ達が考えている間にも、試合はどんどん進んでいく。空を舞う6人の少女の姿は、綺麗な星空と相まってまさしく“妖精のダンス”と評される美しさを秘めている。観客は1人の例外も無く、その試合に夢中となっていた。

 

 だが幻想的な光景に興奮していた観客達は、徐々に或る事実に気づいていった。

 先程から一高以外誰も得点以外できていないのだ。

 

(……やはり慣れない魔法は使うものじゃないな)

 

 他の選手が初めての飛行魔法を使っているのに対し、深雪の動きは素人目で見ても分かるほどに洗練されていた。素早く優雅に滑らかに身を翻し宙を滑り上昇して下降する、という自由奔放な舞いはまるでプリマバレリーナのようである。

 そして慣れない飛行魔法のせいで挙動に無駄が生じた他の選手は、飛行魔法すら使っていない一高の小早川にすら得点を許してしまっていた。彼女は予選で自分達が使っていた“足場から飛び上がり、綺麗な放物線を描きながら別の足場に着地する”という基本的な動きを忠実に反復し、飛行魔法を使う他の選手よりも早くホログラムへと辿り着いていた。

 この事が彼女達の中に『焦り』を生んだ。

 

 と、選手の1人が空中でグラリと体勢を崩して僅かに高度を下げた。その表情は苦悶に満ち、疲れ切っているのがよく分かる。

 

 まさかサイオンが枯渇したのか、と観客が悲鳴をあげるが、その選手はゆっくりとした動きで徐々に高度を下げ、そのままゆっくりと足場へと下り立った。会場のあちこちからホッと溜息が漏れるのが聞こえる。

 

 公表されている飛行魔法の術式には、術者からのサイオン供給効率が半減すると自動的に10分の1Gの軟着陸モードへと変更される“安全装置”が組み込まれている。新たな術式が開発されると真っ先に気になるのが安全性だが、奇しくも九校戦という実戦の場でそれが実証された形だ。

 しかもこの九校戦は現地でも1万人、中継映像を含めると軽く100万人は超える人々が注目している。特に魔法関係者はほぼ全員が観ていると言って良く、そんな場面で新製品の安全装置が正確に作動した今の映像は、普通にCMをテレビで流す以上の宣伝効果を生むだろう。

 現にフィールドの傍で試合を見守っていた達也は、今まさにグッタリとした様子でゆるゆると足場へと下り立つ別の選手に、心の中で腹黒い笑みを浮かべていた。

 

 しばらくして次々に脱落し、第2ピリオドでは残り四人になってしまった。

 圧倒的にポイントを重ねているのは、司波深雪と小早川。

 それに何とか食らいついているのは、一色愛梨。

 

 深雪の後ろを飛んでいた愛梨の目には焦りがあった。

 

(私はこのまま背中を見ているだけになってしまうの?)

 

 あれほど練習したというのに、愛梨には深雪の背中が遠く感じた。

 飛行術式は”誰にでも使える”術式ではあっても、”誰にでも同じようにこなせる”術式ではない。

 経験を積んでペース配分を把握し、慣れていなければ、どんな強力な魔法師だってすぐに参ってしまう。

 あの少女は練習段階からこれをこなしていたのだろうから、経験の差で愛梨は大きなハンデを背負っていた。

 

(これが練習の差。才能の……いえそんなことはない!そんなことは……みんな期待してくれているのに)

 

 焦りと共に呼吸が荒くなっていく。

 とそこで、愛梨は観客席にいる一人の人物の存在に気づいた。

 

(お母様……!来てくれたの)

 

 自身の母親が観戦に来ていることを認識した愛梨は、CADを操作する。

 

(お母様の前で恥ずかしいところは見せられない……栞が仕上げてくれた私だけの魔法。これが私の本気よ!)

 

 愛梨の魔法が発動した瞬間、稲妻の如き速度で深雪を追い越し、ホログラムめがけてマジックフェンシングのように杖で突きを放っていた。

 

「一色選手の動きが変わった!」

「今のは跳躍魔法?」

「飛行魔法と組み合わせたってことかな」

「よくやったね。三高」

「雫さん?」

「面白くなるのはここからだよ」

 

 ここで第2ピリオドが終了してインターバルに入る。

 得点差で言えば深雪は圧倒的な点差でトップ、序盤から着実に点数を重ねてきた小早川が次点、そして小早川に一点差で愛梨と続いている。一瞬たりとも気が抜けない上、愛梨がポイントを取ったことで深雪の負けず嫌いに火を付けた。

 

 

「おめでとう愛梨。すごかったわ」

「ありがとう。栞のおかげよ」

「ううんそんなこと……愛梨の力よ」

「……ありがとう。言わないでくれて。わかってるのよ。もう逆転できない点数だってことは」

「……愛梨」

「もう勝敗は決している……だからこそ全力を出し切る。それが私の矜持よ」

 

 

 迎えた最終ピリオド。深雪と小早川、そして愛梨との三つ巴となった。

 だが、それよりもさらに速く到達する深雪と愛梨。この決勝戦は最早深雪と愛梨の一騎打ちに近い様相であった。

 深雪はなめらかに、優雅に、身を翻し、宙を滑り、上昇し、下降する。愛梨はキレのある鋭い体さばきと跳躍を合わせてターゲットを破壊する。

 

 片や、自由で可憐な演舞

 片や、磨き上げられた凛々しい剣舞

 

 やがて小早川もサイオン切れで脱落し、深雪と愛梨の一騎打ちになるがポイントに余りにも差があった。おそらくこのまま続けても勝敗はほぼ決まりだろう。

 だが、人々はそれよりも空中を優雅に踊っているような2人の雄姿に見惚れていた。

 

 やがて最後のホログラムが深雪の手によって掻き消され、最終ピリオドの終了を知らせるブザーが鳴り響く。

 

 ミラージ・バット本戦の最終結果は1位が深雪、2位が愛梨、3位が小早川。この結果によって、第一高校の総合優勝は確定する形となった。 

 

 だが足場に両膝を付いて崩れ落ちた愛梨は悔しがるようなそぶりは見せず、ただ満足したかのようにほほ笑んでいた。

 

 

 更に観客席からは、最後まで可憐に舞い続けた深雪にだけでなく、最後まで懸命に闘った愛梨にも惜しみない拍手が送られたのであった。

 

 




次で九校戦編は終わります。
ここまでとても長かったです。(遠い目)

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