魔法科高校の事なかれ主義の規格外(イレギュラー) 作:嫉妬憤怒強欲
イメージED『Beautiful Soldier/(ようこそ実力至上主義の教室へ)』
…………なんつって
入学式から三日目。
普段無気力なオレは、朝からため息をついていた。
なぜなら……
「シンヤくぅ~ん!シ・ン・ヤくぅ~ん!」
駅から出て学校までの通学路の途中、後ろから大きな声で手を振りながら声をかけてくる生徒会長に遭遇したのだから。
なんで朝っぱらから、生徒会長なんかに遭遇するんだ……
昨日の今日で此処まで変わるものだろうか。昨日の借りはあるのだが、それを楯に脅してくるような人間だとも思えない。
「おはようシンヤくん!後ろ髪ちょっと寝癖できてるわよ」
「…………おはようございます」
「もう元気ないわよ?こんなに天気もいいのに」
「……逆に生徒会長さんは朝から元気ですね」
「それはそうよ。将来有望そうな子がいっぱいいて……これから楽しくなりそうなんですもの」
「………はぁ、そうですか」
「それに、その中で一名はかなりの曲者のようですしね」
「……確かに魔法の起動式を一瞬で見抜けるなんて達也はすごいですね」
「あら?私は別に達也くんのこととは一言も言ってないけど?」
そう言って会長は意味ありげな視線をオレへと向ける。
どうやら会長は入学式からまだオレのことを疑ってるようだ。
「……この前も言いましたが、入試試験の点数の一致は偶然ですよ」
そう、偶然だ。
オレは偶然そのような点数を取っただけに過ぎない。
「…………じゃあそういうことで」
魔法科高校の生徒会長、しかも十師族の家系の人間にこれ以上関わるのは目立つため、足早に去ろうとする。
だが……
「え~?一緒に学校に行きましょうよ~?」(ガシッ)
逃がさないとばかりに生徒会長がオレの左腕に抱きついてきた。
マジでなんなんだこの女。
「あの……離してくれませんか」
「ん~?なにか言ったかしら~?」
「いや、だから周りからの視線が痛いんでやめてください」
登校中ということは、当然周りにも生徒は存在する。さっきから行き交う男子生徒達から羨望・嫉妬・怨嗟の視線を向けられていた。
『おい、会長に抱きつかれてる男子生徒誰だ?』
『おいあれウィードじゃねえか?』
『おのれ……補欠が会長に抱きつかれるなんて……羨ま、けしからん!』
『ていうか同じ一科生だろうと許さん!』
『お、おい!こいつ、息してないぞ!AED!AED!』
……正直居心地が悪い。突き刺さる視線と左腕から伝わる柔らかな感触でどんどんオレのヒットポイントが削られていくのを感じる。
「ふふふ…まるで私たちカップルみたいね」
全然思わない。この状況でなに言ってんだ。
しかしそれを言ったところでこの女には効果がないだろう。
何というか……自分の世界に入っている気がする。
誰かいないのか……この絶望的状況をなんとかしてくれる奴は……
「……いた」
「え?」
前方に見知った面子の後ろ姿があった。
「あ、あれ達也君と深雪さんじゃない?」
「みたいですね」
達也君ねぇ…
オレは会長に腕を引っ張られながら歩く。さらに会長は大きな声をあげた。大きく手を振るおまけ付きで。
「達也くーん。た・つ・やくぅ~ん!!」
達也達はオレと会長が腕を組んでいることに一瞬驚くものの挨拶をかわした。
「「「「「お、おはようございます」」」」」
そしてレオとエリカが話しかける。
「ど、どうしたんですか会長!?」
「っていうか下の名前で呼んで!?しかもシンヤ君と腕組んでるし!?え!?二人ってそういう関係!?」
「いや、ついさっきそこで捕まってしまった。悪いが助けてくれ」
「「ごめん。無理」」
この薄情者ども。
「もしかして昨日のことですか!?」
レオとエリカがビクビクしながら何やら構えつつ会長に質問をする。奇しくも二人とも同じファイティングポーズであった。
この二人……相性は良いのかもしれない。
「いえ、そうじゃなくてね……司波達也君と司波深雪さんを生徒会室でのランチに招待しようかと思って。勿論シンヤ君も」
「遠慮しときます」
オレは即座に断る。だが会長の目がキラリと光った。
「…私……悲しいわ………昨日はあんなに熱く語り合った仲じゃない」
「?校門前で11.754秒くらいしか話してないではずですが」
「(結構細かいわね)…その数秒の間でも運命を感じなかったの?」
そんな上目遣いで見つめられてもな…………
「いや、生憎オレは運命なんてもの信じてないので」
「そっか……」
オレの答えに残念そうに絡み付いていた腕を解いて、俯く会長。そして……
「チッ」
オレ達にしか聞こえないレベルの音が、会長の口元から聞こえてきた。この下品とも言える音は、舌打ちだったのだ。
「まったく……騒がしいと思ったらいったい何やってるんだ真由美」
「あっ、摩利」
背後からの凛とした声に振り返ると、そこには呆れた表情を浮かべた渡辺風紀委員長がいた。
「君は確か昨日の騒動の……名前を教えてくれないか?」
「……一年E組の有崎シンヤです」
「有崎……そうか、君が真由美が話していた例の……」
「言っときますけど点数の一致は偶然ですよ」
「……ふむ。そういうことにしておくか」
そういうことってどういうことだよ。
「すまないな。真由美は気に入ったヤツにしか本性を見せないからな。それ以外の相手にはネコ被ってるし」
「えへへ」
「……オレは気に入られるようなことをした覚えはありませんが……」
この様子だと風紀委員長は会長の暴走を止める役目にあるようだ。
「………苦労してるんですね」
「わかってくれるか」
「なんで摩利はシンヤくんの台詞に突っ込まないの!?」
会長が頬を膨らましているが完全に自業自得だ。
「それで、真由美は司波兄妹とそこの彼をランチに誘おうとしていたのか?」
「えぇ、そうなの。あ、貴方達も良かったら一緒にどう?ランチボックスでよければ、自配機がありますし」
さらっとレオ達も昼食に誘おうとする会長。
社交的な申し出ではあったが、それを意外な人物が断った。
「せっかくですけど、あたしたちはご遠慮します」
断ったのはエリカだった。普段の彼女なら悪のりでもして誘いを受けるのだが、今日の彼女はいつもとは雰囲気が違うように感じた。
遠慮というよりは拒絶とも受け取れるその態度に、レオ達は意外そうな表情を浮かべ、渡辺委員長はどこか気まずそうに視線を逸らし、七草会長は特に顔色を変えずに「そうですか」と言った。
「………じゃあ、深雪さんたちだけでも」
「あの……話というのは?」
「あ、別に取って食おうってワケじゃないのよ?ただより良い学園を作るために貴方の力を少し貸してほしいなって思って。貴方もこの学園には思うところがあるでしょ?」
「……分かりました。では兄と一緒にお邪魔させていただきます」
「よかった。じゃあ、詳しいお話はその時に。お昼に生徒会室でお待ちしてますね。それで、やっぱりシンヤくんも一緒に――」
「真由美いいかげんにしろ」
「あうっ!」
風紀委員長が不意に会長の頭に拳を置く。拳骨まではいかなくとも、小気味の良い音が鳴り、ちょっとだけ風紀委員長に感謝する。
「ほら、用が済んだならさっさと生徒会室に行くぞ」
「ちぇっ、わかったわよー。それじゃあねシンヤくんっ」
会長は風紀委員長と連れ立って、校舎内へと立ち去っていった。
「なんだか、台風みたいな人ですね」
「あれは台風より厄介だろ」
なんだろうな。登校したばかりなのにすごく疲れた気がする。
♢♦♢
一高においての一科生と二科生の違いは、教師がいるかいないかだろう。
そして、二科生のE組も例外ではなく教師はいない。
教師はいないため、課題の提出が履修の目安になる。
よって、二科生の授業は、出された課題をやるということだ。
お昼休みが終わったE組は現在、実習授業を行っていた。
課題は、据置型の教育用CADを操作して三十センチほどの小さな台車をレールの端から端まで連続で三往復させる、というものだった。
言うまでもなく、台車には手を触れずに、である。
とはいっても、目的は授業に使うこの機械の操作を習得することにあり、壁面モニターには使い方が表示されている。
「それで達也、生徒会室での話しは如何だったんだ?」
CADの順番待ちの列で、達也の後ろにいたレオが聞いた。
オレたちは食堂でお昼を済ませたが、達也は妹の深雪とともに生徒会室でお昼をとったのだ。
レオのその質問は、単に興味があったからだ。
「奇妙な話になった……」
「奇妙、って?」
達也の前に並んでいたエリカがクルリと振り返って首を傾げた。
「風紀委員になれ、だと。いきなり何なんだろうな、あれは」
確かに、それは「何なんだろう」としか言いようがないものだろう。
「確かにそりゃ、いきなりだな」
レオも唐突に感じたようだ。
「でも、すごいじゃないですか、生徒会からスカウトされるなんて」
ちょうど、そこで先に実習をしていた美月が課題を終え、再チャレンジ――失敗したわけではない――するために最後尾へ戻る足を止めて、感じ入った目を達也に向けていた。
「風紀委員って問題を起こした生徒を取り締まるんでしょ? 達也君ならぴったりじゃん」
「……なあ、風紀委員って具体的にはなにするんだ?やっぱり一般の学校みたいに生徒の服装や遅刻を注意したりするのか?」
「いや、そんなベタなものじゃない。風紀委員の主な任務は魔法に関する校則違反者の摘発、魔法を使用した争乱行為の取り締まりをやることみたいだ」
ようするに喧嘩の仲裁か。
「………それって大丈夫なのか?」
「?どういう意味ですかシンヤさん」
四人の視線が最前列にいたオレへと集まる。
「もし達也が風紀委員に入った場合、妹と一緒にいる時間ができるメリットがあるが、一科生からの反感がありそうだなと思ってな。生徒会が認めたとしても他の一科生が納得するわけじゃないだろうし」
「……確かに。昨日その一科生にいきなり認めない宣言されたしな」
悪しき風習というのはそう簡単に消せるものじゃない。人間は理屈よりも感情で動く生き物だ。今まで散々見下していた相手が急に取り締まる側につくとなるとどんな暴挙に出るか分かったもんじゃない。
その場合、この学校に氷河期が訪れて廃校なんて言う結末しか想像できない。
「…おいシンヤ。今失礼なこと考えていなかったか」
そんなバカな。なぜばれた。
「いいや別に何も………それで、放課後も生徒会室に行くのか?」
「ああ。呼ばれてるからな」
「シンヤ君が言ってたのもあるし断っちゃえば?」
「さっきピッタリとか言ってたくせに、断れって何だよ」
「アンタには言ってないでしょ」
「何だと!」
「何よ!」
「だから二人共喧嘩は駄目ですよ!」
また始まったか。
丁度オレの番が来たため、口喧嘩している二人をよそに、CADの前へとつく。
この実習は、レールの中央地点まで台車を加速し、そこからレールの端まで減速して停止、逆向きに加速・減速……を三往復行うというものである。
CADに登録されている起動式は加速・減速を六セット実行する魔法式の設計図だ。
加速度に設定はないため、そこは生徒の力量に反映されることになる。
オレは据え置き型のCADの前に立ち、サイドワゴン大の筐体の上面全体を占める白い半透明のパネルに掌を押し当て、必要最低限の想子(サイオン)を流し込んだ。
そして返ってきた起動式を脳内で読み込み、それを元にして、無意識領域内に在る魔法演算領域で魔法式を構築して、発動する。
今日の実技はあくまでもCADに慣れることが目的であり、ただ往復させればいい。
つまり、本気を出さなくていいということ。
まず初めに"静止摩擦力を上回る力積が加えられた"という事象が上書きされ、ゆっくりとだが台車は動き出した。
そのままサイオンを流し込みながらCADを操作する。
重ねて二連の魔法陣が浮き上がって台車へと干渉。一度目は加速度を軽減する魔法。二度目はマイナス方向への加速を加える魔法である。
それを繰り返し、二往復した辺りから微調整を始めた。二往復半のところでさらに調整し、三往復したところで加減を留める。
「……ダメだ調整が難しいな」
そう言ってパネルから掌を離して列の最後尾、美月の後ろへと並んだ。
♢♦♢
ペダルスイッチでCADを支える脚の高さを調節し、パネルに掌を当てる達也は、台車を動かしながらさっきのシンヤを思い出していた。
――サイオンの使い方に無駄がなさすぎる。
――だがそれでいて起動式の方に無駄がありすぎだ。
シンヤのサイオンの流れ、それを視た達也には分かった。
――入試試験のことといい、シンヤは間違いなく手を抜いている。
二科生は魔法の実技が乏しい人が多く、いきなり魔法を上手く使おうとしても、上手く使えないことの方が多い。
シンヤがやったのは、必要最低限のサイオンをコントロールして、余分な力を使わずに台車を動かすということ。
CADの使い方を覚えたら、次はサイオンのコントロールを覚えなければ安定して魔法を成功させることができない。
コントロール出来れば、その分力を集中しやすい。
初歩的なことだが、とても重要なことだ。
しかし……と、自分の台車のスピードをみながら思う。
――遅すぎる。
サイオンを正確にコントロール出来ている自分が、E組二十五人の中でも後ろから数えた方が早いぐらいには遅いスピードで動かしているのは、どうなのだろうか。
今更だ、と割りきってはいる。
だが、結果を投げているわけではない。
達也自身、ため息をつきたくなる結果をしっかりと自覚していた。
♢♦♢
四日目。
「おっ達也、早速風紀委員か?」
終業のチャイムと同時に達也が立ち上がったのを見て、レオが面白がってるのを隠しきれてない顔で達也に尋ねた。
あの後、結局達也は風紀委員になったようだ。
どうしてそうなったのかはわからないが、生徒会副会長、服部 刑部(入学式で七草会長と一緒にいた男子生徒)と模擬戦を行って勝利、その場の流れで生徒会全員承認の生徒会推薦枠としてなったらしい。
「今日からクラブ活動勧誘期間だからな」
「それと風紀委員になんの関係があるんだ?」
「新入生の取り合いで毎年殴り合いや魔法の打ち合いのトラブルが絶えないらしい」
「大変だな。それじゃあ達也、頑張ってくれよな! ちなみに俺は山岳部に行くぜ」
そうしてレオと達也は教室を出る。
部活動か。今思い返せば……オレは部活を経験したことはなかったな。
これを機にやってみるのもありかもしれないが……。
適当に見て回ろうと教室から立ち去ろうとするとエリカが話しかけてきた。
「ねえシンヤ君」
「エリカ?何か用か?」
「シンヤ君、クラブ決めた?」
「いや、ただ、見て回りたいとは思ってる」
「私も決まってないの。よかったら一緒に回らない?」
「……良いのか?てっきり美月と回るかと思ってたが」
「美月はもう美術部に決めてるんだって、似合ってるわよね」
「そうだな」
「それでどうする?どうせ一人で行ってもつまんないし」
「……是非同行させて下さい」
断っておくが、下心は無い。
ただ、一人で行ったら浮くだろうからな……。変に悪目立ちはしたくない。
外に出てみると、そこは校庭を埋め尽くす勧誘のテントと喧騒でお祭り騒ぎとなっていた。
「……この学校って部活動は盛んだな」
「そりゃあ九校戦で優秀な成績を修めたクラブには、クラブの予算からそこに所属する生徒個人の評価に至るまで、いろんな便宜が与えられるからね。皆優秀な新入部員の確保するのに必死なんでしょう。ま、それが激化して毎年魔法の撃ち合いに発展してるみたいだけど」
なにそれこわい……
「まあ、そういうクラブが狙うのは大体一科生だろうからな。オレたち二科生には関係ない話だ」
「あはは、確かに」
だが、その認識は甘かったと数分後後悔した。
これなら風紀委員が必要なのも納得だ。
「ちょっと離してよ!」
とあるテントとテントの隙間に、人垣が築かれている。その人垣の向こうでは、脱出不能となったエリカが大勢に囲われていた。
非魔法系クラブで、エリカの事をマスコット的なポジションで欲しがるクラブがエリカの事を取り合っているのだ。
オレは面倒事を自分で引き受けたのかもな…………
エリカと一緒に行動すると言う事を、オレは甘く見ていた。エリカは達也の妹とは違ったタイプの“かなりの美少女”であり、玉砕覚悟で交際を申し込まれるタイプなのだ。
そのエリカを広告として使いたがる非魔法系クラブがあったとしてもおかしく無いと何故約束をする前に気付けなかったのだろうとため息を吐いた。
「彼女に先に声を掛けたのは、我々テニス部だぞ!」
「いい加減に手を離しなさい! 私達バレー部が先よ!」
「あの……もう離してください!チョッ、どこ触ってるのっ?やっ、やめ……!」
「…………そろそろマズイか」
次々と群がっていく上級生達。
エリカの争奪戦は思ったよりも過激化してきているのだ。
「シンヤ、あの人垣は?」
そこで、後ろから聞きなれた声が聞こえた。
「達也か。あそこにエリカがいるんだが、なんとかできるか?」
いたのは、風紀委員の腕章をつけた達也。両腕にはそれぞれブレスレット型のCADがついていた。
「……わかった。俺が隙をつくるからその間にお前はエリカを連れてここから離れろ」
達也は左腕にはめたCADを操作し、達也の足元に、青白い光で魔法式が展開される。
達也はエリカが囲まれている人垣を見据えながら、ほんの少しだけ右脚を上げ、地面を蹴りつけた。するとその振動が魔法式で増幅され、方向性を与えられる。
蹴りつけた振動を魔法で増幅され、人垣の下の地面が揺れる。
その結果、エリカに群がっていた生徒達は平衡感覚を失い尻餅をつく者が続出した。
「今だ。シンヤ、行け!」
「――あぁ」
その呼び掛けに即座に反応したオレは平衡感覚がおかしくなった人の間を縫うように進み、その中心にいたエリカの手を取り短く告げた。
「走るぞ」
「え?ちょ、ちょっと!?」
そしてオレにそのまま体を引っ張られて一瞬焦りの表情を浮かべる彼女だったが、すぐさま意図を理解したのかすぐに自分の足で駆けてオレの後に続く。当然それを止めようとする生徒達だったが、オレたちの殿を務める達也が牽制することで防がれた。
やがてオレ、エリカは人通りの無い建物裏まで逃げ込み、そこでようやく足を止めた。
「此処まで来れば大丈夫だろう」
「…………はぁ、はぁ、ありがとう。助かったわ」
「いや、礼は達也に言え」
「………はぁ、それにしても、シンヤ君走るの速かったね。なにか運動してたの?」
「いや、何も。自慢じゃないが、体育以外、運動はしたことないな…………それよりエリカの方はだいじょう……」
エリカの方に向き直ったところで思わず固まってしまった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
エリカの服装が大変なことになっていたからだ。
髪は乱れ、ブレザーは片側に大きくずれ、制服にはあちこちに皺があった。
そして制服の胸元が細くはだけていた。
少し日焼けしたのか白さを残している胸元、スッキリした鎖骨のライン、下着のカップを縁取るレース飾りのベージュ色まで……しっかりと見えている。
「見るな!」
エリカの声とほぼ同時にオレは回れ右をして視線を逸らした。いくら不慮の事故とは言え、クラスメイトの胸元をジロジロと見る趣味はない。
「見た?」
「………いや、あの」
「見・た?」
布が肌を擦る音が聞こえなくなったと言う事は、エリカは服を調え終えたのだろうと考えたオレは、謝る為にもう一度エリカの方に向き直った。これで未だ終わってなかったら目も当てられない状況になってただろうが、エリカはキチンとネクタイを締め、ボタンを上まで止めていた。
「………見たんでしょ?」
「…………あの」
「見・た・ん・で・しょ・?」
「…………」
「…………」
「…………見てしまいました。すみません。反省してるんで太ももを蹴らないで下さい」
「馬鹿!馬鹿!!」
ガスッ! ガスッ! ガスッ!
女の子とは到底考えられない力強さだ。
冗談でも嘘でもなく、とても痛い。
人間、怒るとこんなにも力が増大するんだな……。
「………二人ともいったい何やってるんだ」
そろそろ脚の感覚がおかしくなりそうなときに達也が呆れ顔で駆け寄ってきて、仲裁に入った。
「落ち着けエリカ、シンヤに悪気があったわけじゃないんだ」
「う~~分かったわよ。いい?今見たことは忘れること。わかった?」
「…はい」
とりあえず機嫌の直ったエリカと達也と共に、オレは第二体育館、通称”闘技場”に来ていた。
屋内で活動するクラブがデモンストレーションを行う場合は、限りあるスペースを平等に使えるように、一定時間ごとに使用できるクラブを変えるというスタイルを取っている。オレたちがやってきたときはちょうど剣道部の順番だった。
レギュラークラスの女子が綺麗に一本を決めていたのを見て、達也は感嘆の息を吐く。鮮やかに決まったかに見えたのだが、エリカの方はどこかつまらなさそうにしていた。
「不満そうだな」
「……だって、つまらないじゃない。見栄えを意識した立ち回りで予定通りの一本なんて。試合じゃなくて殺陣だよ、これじゃ」
「いくら真剣勝負だと言っても、仕方ないんじゃないか?」
達也も会話に入り、どこか淡々と告げる。
「本当の意味での真剣勝負は、要するに殺し合いだからな。そんなものを学校で見せる訳には行かないだろ」
「……確かに。今やってるのはあくまで宣伝の為の演武だ。見栄えを意識するのも当然か」
「……二人とも大人なんだね」
「思い入れの違いだと思うが」
達也はどうかは知らないが、オレは自分が大人だと思った事は無い。子供だとも思っては無いが、少なくとも自分が大人だと勘違いした事は一度も無い。
なぜならオレ自身、有崎シンヤという人格はまだ生まれたばかりの状態なのだから――
「─────!」
「─────!!」
突然、勧誘とは別のざわめきが、観戦ゾーンの下にある、先程剣道部員が試合をしていた広間から聞こえてきた。
「ん?トラブルか?」
達也が呟く。
周囲の喧騒と重なり話の内容を聞き取ることはできなかったが、何事かを言い争っている事は分かった。
ふと前にいるエリカを見る、背後からでも好奇心でウズウズしているのがわかる。
「かなり面白そうな展開ね! 近くで見ましょう!」
……やっぱりそうなるか。
「こりゃ、なかなかの好カードね」
最前列まで来たオレは、興味深そうに中心に居る二人を見ているエリカに質問した。
「知ってるのか?」
「直接の面識は無いけどね。女子の方はさっき話したように全国女子剣道大会準優勝の壬生紗耶香で、男子の方は桐原武明、コッチは正真正銘関東大会のチャンピオンよ」
「全国大会には出てないのか?」
「剣術大会で全国戦があるのは高校からなの。だから関東チャンピオンでも十分凄いんだよ」
「なるほど」
そう言えばエリカは入学後の一科生とのイザコザで警棒を出してたな。今の興味の持ち方とあわせて考えると、エリカは剣術の心得があるのかもしれない
「剣術部の順番まで、まだ一時間以上あるわよ、桐原君!どうしてそれまで待てないのっ?」
「心外だな、壬生。あんな未熟者相手じゃ、実力が披露できないだろうから、協力してやろうって言ってんだぜ?」
「無理矢理勝負を吹っ掛けておいて!協力が聞いて呆れる!」
「先に手を出してきたのはそっちじゃないか」
「桐原君が挑発したからじゃない!」
あからさまに挑発してるな。
「…達也、風紀委員としては止めた方がいいんじゃないか?」
「あくまで、まだこれは喧嘩の領域だ。コレで収まるなら手出しはいらないだろう。ただ、これ以上悪化するなら」
達也は最後まで言わなかったが、充分伝わった。
つまりは、まだこの程度なら許せるが、これ以上悪くなるなら力ずくで止めるということだ。
「心配するなよ、壬生。剣道のデモだ。魔法は使わないでおいてやるよ」
「剣技だけであたしに敵うと思っているの?魔法に頼りきった剣術部の桐原君が、ただ剣技のみに磨きをかける剣道部の、このあたしに」
「剣技のみに磨きをかけた……ね。大きく出たな、壬生。だったら見せてやるよ。身体能力の限界を超えた次元で競い合う、剣術の剣技をな!」
それが開始の合図となった。
桐原は壬生との距離を一気に詰め、怒濤の攻撃を彼女に浴びせた。しかし壬生は見事な竹刀捌きで、力の差があるであろう桐原の攻撃をいなしていた。
両者共にむき出しの頭部目掛けて、竹刀を振り下ろす。
互いの竹刀が激しく打ち鳴らされる。
バシバシと闘技場に響き渡る竹刀を打ち合う音に、ギャラリーは息を呑んで見守っていた。
「女子の剣道って、かなりレベルが高いんだな」
「違う、中学時代に見た彼女とはまるで別人。この2年で、あんなにレベルを上げるなんて……」
エリカは困惑の言葉を口にしているものの、目の前の強者を前に今にも跳び掛かりそうな好戦的な目をしていた。武道を嗜む者は強者と戦いたい欲求が根底にあるのだろうか。
「ねぇねぇ達也くん、どっちが勝つと思う?」
「壬生先輩が有利だろう。桐原先輩は防具無しの相手に面を打つのを躊躇っている。初手の上段は、おそらくブラフだろう」
「そうね。技を制限して勝てるほど、2人の実力差は無いみたいだし」
エリカと達也がそう話している間にも、桐原の顔はどんどん険しくなっていく。対する壬生は、未だに平然とした表情でしっかりと桐原を見据えている。
やがて痺れを切らしたのか、桐原が大振りに竹刀を振り上げ、壬生へと全速力で迫っていった。しかし彼女は、それでも表情を崩さずに彼を迎え撃つ。
一際大きな音が響き渡り、2人の動きが同時に止まった。
壬生の竹刀は、完全に桐原の右肩を捉えていた。対する桐原の竹刀も彼女の腕に触れていたが、その角度は浅い。
完全に相打ちのタイミングだったが、桐原は途中で剣先を変えた。最初から面を打つ気は無かったようだ。
ならどういうつもりで吹っ掛けてきた?
「諦めなさい、桐原君。真剣なら致命傷よ」
負けを認めるように壬生が言うと、桐原は不敵に笑い出した。
「真剣だったら? そうか壬生、お前は真剣勝負をお望みか」
だったら、と桐原は小手の形をしたCADに触れると、起動式を展開した。
その瞬間、魔法特有のサイオンの光が彼の持つ竹刀を覆い、それと同時にガラスを引っ掻いたような甲高い音が辺りに鳴り響いた。ガラスを引っ搔いたような不快な騒音と、竹刀なのにあの切れ味………振動系・近接戦闘用魔法『高周波ブレード』か。
「だったらお望み通り、真剣で勝負してやるよ!」
そう叫んで迫ってくる桐原を、壬生は先程と同じように竹刀を構えて迎え撃とうとした。しかし直前で何かを察したのか、大きく後ろへ跳んで彼の竹刀を回避した。
だが着地した瞬間、彼女の着ていた胴衣が胸の辺りで横一文字に切れ、はらりと下に垂れた。
「如何だ壬生、これが真剣だ! そしてこれが、剣道と剣術の差だ!」
そして休む間も無く桐原がもう一撃喰らわせる為に振りかぶった。
「あ、あぶな……」
エリカが叫ぼうとしたのと同時に、隣に立っていた達也がもの凄いスピードで二人の間に割って入った。そして次の瞬間には、桐原の使用していた魔法が突如解除される。
そして……
「ぐわっ!?」
達也が桐原の左手首を掴み、肩口で膝を抑え込み、拘束していた。
「此方第二小体育館。逮捕者一名、負傷してますので念の為担架をお願いします」
「何で桐原だけなんだよ! 剣道部の壬生も同罪だろ!」
達也が二科生である事と、喧嘩両成敗と言う悪しき風習が交ざって、納得の出来ない剣術部が文句を言う。
「桐原先輩には、魔法の不適正使用の為に同行してもらいますが、壬生先輩は魔法を使用してませんので」
「……何だぁ、その言い方は!」
結果的に彼らの神経を逆撫でしてしまった達也の返事に、「悪気は無いんだろうけどなぁ……」とエリカが呆れたように呟いた。
「ふざけんじゃねぇぞ、補欠の分際で!」
すると淡々と答える達也が気に入らなかったのか、剣術部の男子が達也に殴りかかった。だが達也は反撃もせず全ての攻撃をかわしていく。終いには同士討ちになって剣術部の男子はそろって床に倒れこんだ。
「クソ!」
その光景を見て頭にきたのか、残りの剣術部の生徒も達也に襲い掛かった。
その数は、10人といったところか。
「危ない、たつ――」
さすがの達也も10人相手では分が悪いと思い、エリカが助太刀に駆けつけようとしたがオレは彼女の肩を掴んで止める。
「ちょっとシンヤ君――!」
「よく見ろ」
「え?」
結果から言えば助太刀する必要はまったく無かった。
いくら武道を嗜んでいるとはいえ、あくまでそれは剣と魔法を用いたものであり、徒手格闘は彼らの専門ではない。しかも逆上しているせいもあって動きが雑であり、力任せに腕を大きく振り下ろすだけの単純なものだった。
達也はまるで闘牛士のようにヒラリと彼らの拳を避け続けてる。軽やかなステップで距離を取り、クルリと体を回転させて相手との位置取りを変化させ、逆に不意に相手との距離を詰めることで怯ませる。
「こうなったら…!」
打撃戦で駄目なら魔法を使うと言う安易な発想から、剣術部の生徒はCADを操作する。
だが起動式が構築されたところで、発動する事無く起動式は霧散していった。
そして気がついたときには、10人ほどいた剣術部員全員が、床に倒れ伏したまま息も絶え絶えになっていた。そしてそれを見下ろす達也は、息が上がるどころか汗1つ掻いていなかった。
そんな光景を目の当たりにして再び唖然とするギャラリー。
だがそんな中、闘技場の入口で先程の騒動を眺めていた一人の剣道部の男子生徒が、眼鏡を指で上げながら不敵な笑みを浮かべていたのをオレは見逃さなかった。