魔法科高校の事なかれ主義の規格外(イレギュラー) 作:嫉妬憤怒強欲
講堂内に入り込んだテロリストを制圧し、外に出た摩利たち――風紀委員と生徒会一同の携帯端末が一斉に震えだし、メールの着信を知らせた。
「なんだこれは?」
「誰だ?……学園のマーク、教師からか?」
学園のマークがあることから何の疑いもなく一同はメールを開く。
するとメール内に添付されていたファイルが自動的に開き、学校敷地内のマップと、その上を動くいくつもの赤い斑点が画面上に映し出された。
「これって学校の敷地図か?……じゃあ、この赤い点は?」
「待って摩利。下になにか書いてあるわ」
「なに?」
真由美の言葉を聞いて、摩利は画面を下にスライドし、文面を読み上げる。
「”赤い点は敵の現在の位置情報です。これを活用するかどうかはあなた達次第です”…………だと?」
襲撃の次に送られてきた謎のメッセージに面々は戸惑いを見せる。
まるでメールの差出人はすべてを把握したうえで自分たちに対処をさせるつもりのようだ。だが一体誰が?どう考えても学校の教師からのものじゃない。敵の攪乱工作の一環か?
そんな疑問を頭に巡らせている摩利の肩に、真由美がポンと手を置いた。
「真由美?」
「今私の魔法で確認してみたわ。どうやらその情報は信用に足るみたいよ」
真由美は、遠隔精密魔法の分野で十年に一人の英才と言われているが、その実力には彼女の一つの魔法が関係していた。
知覚系魔法【マルチスコープ】。
非物質体や情報体を見るものではなく、実体物を様々な方向で知覚する視覚的な多元レーダーの様なもの。
かなりレアな先天性スキルで周囲の状況把握にも使えるものだ。
現在真由美はそれを使って一高の様子を確認していた。
「なに?じゃあこの位置情報は敵の?」
「えぇ、間違いないわ。どこの誰かさんかは知らないけど、親切にも私達に攻勢に出るチャンスを与えてくれたみたいね」
「正気か!?敵の罠の可能性だってあるんだぞ!」
「勿論それも否定できないわ。だけど私たちが最優先とするべきは生徒たちの安全である以上、他に頼る手はないわ」
「だが……まあいい」
考えていても仕方ない。
摩利は足を前に出して進み始める。
「確かに風紀委員のアタシ達がこれぐらいのハンデを使ってもばちは当たらないだろう。お前たち!敵にメールのことがばれないよう気を配りながら各自対処に当たれ!当校で好き勝手暴れてくれたんだ。一人もここから逃がすな!」
「「へい!姐さん!!」」
「姐さん呼ぶな!」
「あらあら…………まあ、気持ちはわかるわ。正直私もテロリストたちには怒ってるのよね」
その後摩利と真由美の的確な指示により、風紀委員と生徒会一同の迎撃が始まった。
♢♦♢
「こっちは乱戦状態だな……」
講堂内での騒動が即鎮圧され、達也と深雪は摩利の声に送り出され、最初に轟音が鳴った実技棟付近へと到着していた。
校内では講堂を始め、いたる所で第一校の生徒と教師が武装したブランジュの工作員たちと交戦しており、実技棟付近では両方がやったりやられたりの混戦状況にあった。
その中で、数人のテロリストを相手にCAD無しで戦うレオとシンヤの姿があった。
レオの戦い方はがっしりとした肉体を駆使した猪突猛進の荒々しい肉弾戦に対して、シンヤの方は、無表情でクルリと体を回転させて躱したり、ナイフで襲い掛かってくる敵の腕を取り足を払って、地面に叩きつけたりと技術を駆使した格闘戦の形をとっている。
(レオはなんとなく肉弾戦に強いと分かっていた。シンヤの方は深雪から話を聞いてた以上だな………だがあの動きは)
達也と深雪は倒れているテロリストたちには目もくれず、戦っている友人たちに加勢する事にした。
「お兄様、此処は私が!」
「頼んだ」
深雪が一瞬で魔法式を展開し、加重魔法で数人を一度に拘束してそのまま地面に叩きつけて意識を奪う。
深雪としてはこの程度の相手に達也の手を煩わせるのを嫌ったからこその行動だったのだが、テロリストたちからして見ればどっちにしろ痛い目を見る事には変わりは無かったのだ。
「達也、それに司波さん」
「………来たか」
「二人共無事の様だな」
「達也…何の騒ぎだ?こりゃ」
「テロリストが学内に侵入した」
「物騒だな、おい」
「…………今のだけで納得したのか」
レオも混戦状況のなか戦っていた一人だったが、何があったのかわからないまま戦っていたので達也に聞くと、達也はレオの性格を知っているのか、詳細を全て省いた簡潔な説明をし、レオもそれで納得した。
「シンヤ君!レオ!……っと、援軍が到着してたか」
ちょうどそのとき、事務室方向からCADを持ったエリカが姿を見せた。初めは走っていたのだが、達也の姿をみると、走っているその足を緩めて近づいてきた。
「はいシンヤ君。CADよ」
「ああ、悪いな」
持ってきたシンヤの腕輪型CADを手渡し(レオの方は投げて渡し、レオから投げるな!との抗議を無視)し、足元に転がっている侵入者の姿を目に写しながらエリカは達也に聞いた。
「これ、達也くん?それとも深雪?」
「深雪だ。俺ではこうも手際よくは不可能だ」
「この程度の雑魚にお兄様の手を煩わせるわけにはいかないわ」
「あはは……相変わらずね」
「それに殆ど西城君と有崎君が倒してくれたおかげで楽にすんだわ」
「へえ~レオはなんとなくわかってたけどシンヤ君も結構やるんだ」
「………たまたまだ」
エリカの視線がシンヤの方に向くが、シンヤは相変わらずの無表情で誤魔化す。達也も気になるところだが今は目の前のことに集中する。
「それで、実技棟の方は如何なったんだ?」
「あっちは先生たちが鎮圧済みよ」
「随分と数が少ないようだが、こっちは陽動か?」
「彼らの狙いは図書館よ」
「小野先生?」
声の主の方へ向くと、いつもの装いとは違い、踵の低い靴にパンツスーツ、ジャケットにその下は光沢あるセーターと行動性重視の服装を身に纏う一高カウンセラー小野遥の姿があった
「遥ちゃん!? 何で此処に?」
緊迫した雰囲気に似つかわしくない呼び方で遥を呼んだレオに、エリカの鉄拳制裁が下された。
「アンタ、仮にも先生をちゃん付けって如何なのよ」
「男子全員が呼んでるぜ。遥ちゃんもそれで良いって」
そんなコントじみた事をしている友人を前に、深雪はまったく違う事を考えていた。
(この身のこなし、これは八雲先生の流派…小野先生はいったい……)
「向こうの主力はすでに館内に侵入しています。壬生さんも既にそっちにいるわ」
「……念の為聞きますが、先程届いたメールは小野先生が?」
「メール?なんのこと?」
「いえ、お気になさらず。後ほどお話を聞かせてもらってもよろしいですか」
「却下します……と言いたいところだけど、そんな雰囲気じゃないわね。その代わりと言う訳では無いけど司波君、カウンセラーとしてお願いがあるのだけれど、壬生さんに機会をあげてほしいのよ! 彼女、剣道の成績と魔法の成績のギャップで悩んでて、それで……」
「甘いですね。そして、何より頼む相手を間違えています。いくぞ、深雪」
「はい」
遥の職業倫理から出た言葉も、達也はバッサリと切り捨てて図書館へと足を向けた。その達也に黙って付き従ったのは深雪だけで、レオもエリカも不満げだ。
「お、おい。達也」
「少しくらいは聞いてあげても……」
「余計な情けで怪我をするのは自分だけじゃない」
走り出した達也の背中は、これ以上は時間が惜しいと、そう語っているようにみえたのだった。
二人が走り出すのにつられる形でレオ、エリカ、シンヤも駆け出す。
「…シンヤ。別に俺達のペースに合わせ走らなくてもいいんだぞ」
「オレは切り込み隊長なんて柄じゃない。それにもう目の前まで来てるぞ」
「あぁ……だが」
図書館の近くまで来たが、そこでも既に乱戦が繰り広げられていた。教師陣が何とか食い止めてるように見えるが、しっかりと見れば食い止められてるのは教師陣の方だった。
そこにレオが『装甲(パンツァー)』と大声を上げて割り込む。
肘まで覆うグローブ型のCADを左手に装着したレオが、それを振りかぶりながら突っ込んでいく。
どうやら音声認識型CADらしい。起動式の展開と魔法式の構築が同時に進行する。相手を殴り、棍棒をへし折り、また殴る。相手がテロリストでなければ加減をしろと言っていたかもしれない。
「あんだけ乱暴に扱ってて、よく壊れないわよね」
「CAD自体に硬化魔法をかけているんだろう。余程のことがない限り、壊れることはない」
「全身を硬化してるんですか?」
「あれなら刺されても問題なさそうだな」
武器を持っている相手に臆することなく立ち向かっている姿は上級生に引けを取らない。
レオは自分が得意とする硬化魔法を身に付けている物に掛けることにより、彼は全身を覆うプレートアーマーを着ているのと同じ状態となっていた。
「……ってあれ?」
エリカ、達也、深雪が走りながらレオの戦闘に対してそれぞれ感想を言い合ってると、シンヤが突如方向を変え、彼も乱闘の中へ向けて走り出した。
「ちょっ、シンヤ君!?」
「図書館の方は三人に任せる。必要ないと思うが、念の為オレもこっちに加勢する」
それだけ告げ、CADを操作する。すると、シンヤの輪郭がグニャリと歪み出し、やがて風景に溶け込むように姿が見えなくなる。
「あれ?…消えちゃった?」
「恐らく光学迷彩と同じ原理で自身の周囲の光を操作して透明化してるんだろう。奇襲にはもってこいの手だな」
よく目を凝らせば、空間の一部が人のような形に歪んでおり、それは透明なガラス瓶から、向こうの風景を眺めているようであった。そしてその歪みが襲撃者達の横を通り過ぎた直後、襲撃者達は次々と倒れていった。
その場で戦っていた教師たちは、いきなり倒れていくテロリストたちに一瞬硬直するも、さすがは魔法科高校の教師というべきか、倒れたテロリストを次々と拘束していく。
(柄じゃないと言っておきながら十分切り込み隊長をやってるな)
「ありゃりゃ~これじゃあどんな戦いをしてるのか見えないわね」
「そんなことよりもエリカ。すぐに図書館の中に入るぞ」
♢♦♢
「クソッ、いったいなにがどうなってる!何故他のメンバーと連絡がつかないんだ!」
「まさかもうやられたのか!?」
「だとしてもこっちに連中が来る前に急いでデータを手に入れるぞ!」
図書館の特別閲覧室で壬生紗耶香と共に突入したブランシュのメンバーが、魔法大学の非公開文献を閲覧するためハッキングを仕掛けている。
差別を無くすために動いていたはずなのに、壬生は今の自分の状況に疑問しか抱けない。秘匿文献を公開する事が差別撤廃に繋がると聞いたときはもの凄くやる気になったのだが、仲間たちがしている事は如何見ても窃盗行為にしか見えなかったのだ。
(そもそも、差別撤廃に繋がるような秘匿情報ってなんなの? 魔法を使えない人たちに魔法に関係する情報を公開する事で差別が撤廃されるのなら、今まで誰もその事を指摘しなかったのは何故? そして何であの人たちはあそこまで必死なんだろう……)
必死になってるのは悪い事では無いのだろうが、明らかに別の理由が見え隠れしている表情で必死にアクセスブロックを解除しようとしてるのを見ると、如何しても悪い方に思考が行ってしまうのだ。
(いいえ、私が分からないだけできっと何か意味があるんだろう。大きな意味があるのよ……。きっと魔法を使えない人達にも応用できる技術が、あの中に隠されているのよ……)
そして壬生はそのような疑問を抱く度に、こうして自分に言い聞かせるように自分を納得させていた。それはまるで、今の自分の行動に対して疑問を抱かないよう誰かに誘導されているかのようだったが、彼女自身がそれに気がつくことは無い。
「よし、開いたぞ!」
「これで非公開文献にアクセスできる」
「すぐに記憶キューブに保存しろ……!」
リーダーと思われる男の呼び掛けに、他のメンバーも喜色満面の笑みを浮かべる。その笑顔は、例えば慈善事業に熱中しているときのような晴れやかな達成感に満ちたそれではなく、自身にもたらされる様々な利益を皮算用しているときのような、ハッキリ分かりやすく言えば“欲”に充ち満ちた笑顔だった。
だがその笑顔も、モニター画面を見た途端に一瞬で崩れ去った。
「は?なんだこれは?」
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず………?」
ハッキングでようやく開けたデータの中にあったのは魔法大学の非公開文献なんかではなく、福沢諭吉の著書のひとつであり代表作である『学問のすゝめ』の名言に関するレポートデータであった。
「ど、どういうことだ?この中に入ってるのは魔法大学の研究データじゃなかったのか!?」
「俺が知るかよ!」
(いったいなにがどうなって……?)
ガコン
「えっ!?」
まったく状況がつかめない中、突然特別閲覧室の扉が破壊される。
「扉が!?」
「何!?」
「あの装甲をこんな静かに破壊出来るもんか!」
「だが明らかに壊れてるだろが!」
ゆっくりと内側に倒れてくる装甲が完全に倒れた向こう側、つまり壊した側に立っていたのは、自分と同じ二科生の後輩とその妹だと壬生は気付かされた。
「お前たちの企みもそこまでだ」
「司波君……」
「うわぁ!?」
壬生が達也を見て言葉を失ってると、仲間の一人が悲鳴のような声を上げた。何事かと見ると、さっきまでそこにあった記録用キューブが部品一つ一つに分解されていたのだ。
「くそ! 見られたからには生かしてはおけん!」
「駄目!」
仲間の一人が隠し持っていた拳銃を取り出したのを見て、壬生は悲鳴にも似た声でそう叫んだ。だがその銃は発砲される事は無かった。
「ぐわぁ!?」
「愚かな真似は止めなさい。私がお兄様に向けられた殺意に気付かないとでも思いましたか」
テロリストからして見れば、深雪の事情など分かりっこないのだが、何となく普段の仲の良すぎる二人を知ってる紗耶香はその発言に立ち竦んだ。
「壬生先輩、これが現実です」
「え……」
竦んでいた紗耶香の耳に、低く重い達也の声が響いた。まるで自分が信じたく無かった事を容赦無く言われる気がして、壬生は反射的に耳を塞ぎたくなったが、達也の視線の鋭さで、まるで金縛りにあったかのように壬生の身体は動かなかった。
「能力も何もかもを無視した平等など、それは等しく冷遇された世界。貴女が追い求めていた平等なんてものは、理想の中か耳障りの良い嘘の中にしか存在しませんよ。貴女はただ、利用されただけなんです」
「で、でも! この学園にも差別はあるじゃない! それを無くそうとしたのがいけないの!」
(私はただ、差別が無い世界が欲しくて、虐げられない世界が欲しくて、そんな現実から逃げないで済む世界が欲しかっただけなのに!)
達也の言葉の刃で切り裂かれた心で、何とか反撃に打って出ようとした壬生だったが、彼女は決して言ってはいけない事を言ってしまった。
「誰もがお兄様を侮辱した? それこそが侮辱です!」
「ッ!」
「私はお兄様が世界中の有象無象に侮辱されようと、変わらぬ敬愛を捧げます。それにお兄様のお力を認めてくださってる人は大勢居ます。壬生先輩、貴女にはそう言った人は居なかったのですか? 貴女の事を最も侮辱してるのは、貴女を雑草だと蔑んでいるのは、壬生先輩、貴女自身です!」
「私…自身が……」
達也に砕かれた心に追い討ちをかけるように畳み掛ける深雪の言葉に、壬生は棒立ちをして動けなくなっていた。
「何をしている! 壬生、指輪を使え!」
「!」
既に心は離れている味方の言葉に反射的に身体が動いた壬生は、右手の指につけた指輪から吹き荒れるサイオンのノイズを放つ。達也の使う疑似的なものとは違う本物のキャストジャミングだ。本来キャストジャミングはアンティナイトと言う軍事物資にサイオンを流し込むことで発生するノイズが魔法の発生を阻害することを利用した技術である。このジャミング波は概ねの魔法を発動阻害出来るため魔法師をただの木偶の坊に出来る魔法師の天敵のようなものである。
「よし、撤収だ!」
「これでも喰らえ!」
榴弾型の煙玉のようなものを使って目晦ましをしたテロリスト達だったが、達也には視界など必要無かったのだった。
「グェ!?」
「グボッ!?」
「ウグゥ……」
「ガハッ!?」
一人一発、腹部を抉るような拳撃にテロリスト四人は床に沈んだ。キャスト・ジャミングが納まったのを確認して、深雪が煙を収束して窓の外に移動させた。
「壬生先輩が居ませんね?」
「あぁ。さっき通り抜けてくのを感じた」
「拘束しなくてもよろしかったのですか?」
「その必要は無いよ。今の壬生先輩に逃走ルートを考えるほどの余裕は無い。だとすると一直線に出口を目指すだろう。そこにはエリカが居る」
♢♦♢
(おかしい。来るのがあまりにも遅い)
一方、誰もいない校門前にてエガリテのリーダーである司甲が一人佇んでいた。
テロリストたちを手引きし、不意打ちの形で学校の襲撃に加担した彼は壬生から『例の物を回収した。メールだと送れない量だから直接渡す』というメールが届き、すぐに逃げれるよう校門前で待機していたのだがいつまで経っても壬生達が来ない。携帯端末で呼びかけてみても応答がなかった。
念の為、ブランシュのリーダーである義兄の司一に連絡を取るが『回収するまでそのまま校門前で待機しろ』という返事が帰ってきたため、未だに待ち続けることとなった。
そこへ、風紀委員の腕章をつけた強面の男子生徒――辰巳鋼太郎が近づいてくる。
「よう司、今日はもう帰るのか?」
「辰巳……この騒ぎだ、部活は休みだろ? だから早めに帰ろうと思ってな」
「そうかい。悪いんだが今しまった携帯の履歴を見せてくれるか?」
「何で……」
あまり親しくは無いが同学年の相手の事くらいは司も知っている。それも学年でも有数のスピードファイターである辰巳の事なら尚更だ。
「いやなに、ウチのボスは感心しない特技があってな。それでお前が侵入者を手引きした事を自白させてるんだよ」
「ッ!」
「ネタは上がってんだ!お前が連中を手引きしたってことをよ!」
自分の身が危険に晒されていると理解した司は、自己加速で辰巳から距離を取ろうとした。だが……
「司先輩!ご同行願います!」
「二年の沢木! 風紀委員でも指折りの実力者が如何して図書室に向かってない!?」
前方には魔法近接格闘術部のエースの沢木碧(男子生徒)、後方には三年の中でも屈指のスピードファイターである辰巳、司は隠し持っていたアンティナイトを取り出してキャスト・ジャミングを発動し沢木を振り切ろうとした。
魔法ありきの沢木なら、魔法を封じれば勝てると思ったのだ。だが……
「グフゥ!?」
「司、お前勘違いしてるぜ。沢木は魔法無しでもハンパねぇんだよ。そもそも魔法無しで出来ないヤツが、魔法ってものを上乗せして動ける訳ねぇんだよ」
薄れていく意識の中で、司は辰巳の言っている事を理解した。
♢♦♢
襲撃部隊は無事鎮圧し、図書館にいたメンバーも全員拘束完了。特別閲覧室からの情報漏洩は阻止された。司甲については風紀委員が取り押さえ、壬生はエリカの手によって鎮圧された。
その後、保健室にて達也と深雪、シンヤ、レオにエリカの1年組、生徒会長の真由美、部活連会頭の克人、風紀委員長の摩利の面々がベッドで上半身だけ起き上がった壬生と対面した。
壬生が誰に聞かれたわけでもなく事の経緯を語り始める。壬生がエガリテに勧誘されたのは入学してすぐのこと。渡辺に稽古をそっけなく断られた事がひどくショックだったようだ。そこで渡辺が待ったをかける。
「入学式の後で見た渡辺先輩の剣技に魅了され、手合わせを申し出たのに素気無く断られた事に付け込まれてしまって……今思えば私が浮かれていたんですよね」
「摩利、そんな事したの?」
「いや、覚えていない……」
「傷つけた側が覚えて無いのは良くある事ですよ」
エリカの辛辣なツッコミに、摩利の顔が歪む。
「エリカ、今は何も言うな」
「何?それじゃあシンヤ君は渡辺先輩の味方なの?」
「別にそういうわけじゃない。ただ、そういうのは話を全部聞いてからにしろ」
シンヤに静かに宥められたエリカは、不貞腐れたように黙った。
「確かあたしはこう言った筈だ。壬生の技量にあたしは敵わないから、もっと腕が良い相手と稽古をしてくれと」
壬生は自身の中で記憶に混乱が生じているのか、「そういえば」「だけど」と繰り返している。
「じゃあ私は逆恨みで、ただ時間を無駄にしたってこと……」
「無駄では無かったと思いますよ。確かに悲しい理由で一年間を過ごしてしまったかもしれません。ですがこの一年間で先輩は必死に努力して大きく成長したのです。エリカが言ってました、二年前とは比べ物にならないほど強くなってると。その努力を否定してしまったら、本当にその一年間は無駄になってしまいますよ」
壬生の呟きに達也がそう声にする。その言葉に今まで張りつめていたものが弛んだのか、壬生は達也の胸に顔をうずめ嗚咽をもらした。
「さて問題は、敵のアジトがどこにあるのか、ということですが」
「ちょっと待て。君は敵地に乗り込むつもりか?」
渡辺の問いに対して、達也は頷きで返す。
「学生の分を越える行為は控えるべきだ! 後は警察に任せておけ!」
渡辺の言っている事は正しい。この手の問題は学生がしゃしゃり出るべきではない。
「壬生先輩を家裁送りにするおつもりですか?」
「司波の言う通りだな。警察の介入は好ましくない」
「ちょっと十文字君!?」
「正気か!?」
克人も同じように考えているらしい。
「だがな司波、相手はテロリストだ。俺や七草は生徒に命を賭けろとは言わない」
「そうでしょうね。初めから学園の力は借りようとは思ってませんよ」
「……一人で行くつもりか」
「本当ならそうしたいのですが……」
「お兄様、お供します!」
達也が言い終わる前に深雪が同行を申し出る。いや、決定事項のように言った。
「もちろんアタシも行くわよ!」
「俺もだ!」
「周りが一人にはしてくれませんので」
エリカとレオも同行を言い出し、苦笑いを浮かべながら克人に向き合う達也。
「司波君。もし私の為なら止めて頂戴。私は裁かれるだけの事をしたのだから」
「壬生先輩の為ではありませんよ。ヤツらは俺と深雪の生活空間に忍び込んできた。既に俺は当事者です。そして俺は俺と深雪の今の日常を犯す輩を全力で排除します」
達也の目には業火と言うにも生温い程の炎が燃え盛っている。それなのに達也からは熱は感じられず、冷たい鋼のような感覚が送られてくるのだ。
「だが司波、敵がどこにいるか分からなければ乗り込む以前の問題だ」
「敵の拠点を知っていそうな人物が、1人います」
そう言いながら、達也は保健室入口の戸を引く。そこには実技棟前で見た女教師が立っていた。
「やっぱり九重先生の秘蔵のお弟子さんを騙し切るのは無理だったみたいね…」
見破られていたことに遥が恥ずかしそうな口調で呟く。
「しょうがないわね……地図を出して頂戴」
無言で端末を取り出し、遥から送られてきた地図データを見た達也は、その場所がブランシュが隠れるには適していると即座に理解した。
「此処って!」
「学園のすぐ側じゃねぇか!」
「舐められたものだな」
遥からはブランシュの連中が隠れ蓑にしているアジトの情報が齎された。その場所は廃棄された化学工場の跡地。昔環境テロリストの隠れ蓑として問題視され、夜逃げ同然で廃棄された経緯がある曰く付きだった。第一高校からそう遠くない場所であり、驚きを見せる面々もいた。
「お兄様、如何やって此処まで行きます? 歩いていきますか?」
「いや、どっちにしても気配でバレるだろうから車の方が良いだろう」
「なら車は俺が用意しよう」
「え? 十文字君も行くの?」
まさかの克人の参戦に驚く真由美。
「一高生徒として、部活連会頭として見過ごせんからな」
「なら私も……」
「駄目だ! テロリストが残ってるかもしれない今の状況で、生徒会長の七草が学園から抜けるのは好ましくない」
「わ、分かったわ……それじゃあ摩利も残って。風紀委員長に抜けられると統制が取れなくなるわ」
「仕方ない……」
本心では参加したかったであろう摩利も、真由美の言う様に抜け出すに抜け出せない立場なのだ。
「それで司波、すぐに行くのか? このままでは夜間戦闘になるが」
「そんなに時間は掛けません。すぐに片付けます」
「そうか」
それだけ言うと、克人は先に保健室から出て行った。恐らく車の手配に行ったのだろうと達也たちは思ったのだ。
「さて、あとはシンヤから行くかどうかまだ答えは聞いてないんだが…………その前にお前に少し話がある。小野先生、すみませんが少しカウンセラー室を使わせてもらいますがよろしいでしょうか?」
「え?え、えぇ…構わないわよ」
「ありがとうございます。シンヤ、ついてきてくれ」
「…………わかった」
怪訝な視線を送る面々を気にせず、シンヤは達也の後をついていく。
達也はカウンセラー室の扉を解錠し、シンヤを中にと促した。
そしてシンヤがカウンセラー室に入ったところで、扉が閉まる音が響き、施錠される音が響く。
どうやら会話を聞かれたくないらしい。
「……あのタイミングでオレを呼び出したのには、何か理由があるのか?」
「今回の襲撃の際、少し妙なことが起こった」
「妙?」
「あぁ。さっき会長や渡辺委員長に確認したんだが、実技棟が襲撃されてすぐ俺だけでなく風紀委員と生徒会に学校のマークがついたメールが送られてきたようだ。そのメールには襲撃に加担した生徒たちとブランシュのメンバーの位置情報が随時送られる類のものだった。おかげで司主将を含んだ連中を効率よく確保することができたと二人は安心してたよ」
「……随分と親切な奴がいたんだな。敵の情報がこっちに筒抜けになってたってことは裏切り者でもいたのか?それともかなり連中に詳しい小野先生が気まぐれで送ってきたのか?」
「いや、そのどっちでもないよ。俺の知り合いに解析を得意する人がいてな…………襲撃者の携帯端末を少し調べてみると、なんと全員のにLPS機能が自動的に学校のシステムを通して生徒会と風紀委員の端末に自動送信されるように設定を書き換えるウィルスプログラムに感染していた。連携が取れないように通信を不能にするオマケつきでな」
「………それこそ連中の中に裏切り者がいるかもしれないだろ。メンバー全員の端末にウィルスを感染させるにせよ誰が関わってるか把握してないとできない芸当だ」
「フッ、そうだな。確かに全員を把握してるのは連中を手引きしたリーダーの司主将くらいだ。ウィルスの出処を探ると司主将の端末からだった」
「じゃあ裏切り者はその司だろ」
「残念ながらそれも違う。確かに司主将の端末から送られてることになっていたが、その司主将の端末もウィルスに感染していた。司主将は襲撃の際にブランシュのリーダーである義兄からメールが届いて校門前で待機していたんだが、基地局を調べるとそのメールは学校の外からじゃなく学校の中から送られてきたらしい。どう考えても第三者がこの件に関わってる。図書館の文献を予めすり替えるぐらい周到に」
「………何が言いたい?」
「前置きが少し長くなったが単刀直入に聞こう。
シンヤ──お前襲撃が起こることを知っていたな」
次で入学編が終わりです