コックの戦い   作:外清内ダク

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01-笑うアンチボディ

 

 イモの皮むきは、遅々として進まなかった。

 機動戦艦ナデシコの厨房で、テンカワ・アキトは溜息を吐いた。ジャガイモの皮は、素早く剥かなきゃいけない。空気に晒すと、色が変わって風味も落ちる……そんなことは分かっているのに、右手の包丁は、ちっとも働いてくれなかった。

「人間だったんだよな、ギガノスって……」

 誰にも聞こえない声で言いながら、溜息を吐く。

 アキトはコックだ。しかし、成り行きでエステバリス――ロボット兵器の一種――に乗り込んでからというもの、戦闘時にはパイロットとして駆り出されるハメになってしまった。最初はよかった。子供の頃見ていた「ゲキガンガー3」のような気分だった。悪を倒すヒーローの気分。

 でもアキトは知ってしまったのだった。

 敵だって、自分と同じ人間であるということを。

 アキトにとって、ギガノス帝国は、初めて触れる「人間の」敵だった。機動戦艦ナデシコが火星へ向かっている間は、木星蜥蜴の無人兵器以外に敵はいなかったのだ。

 地球に戻ってきたばかりのアキトの目の前で繰り広げられた、ギガノス帝国の争乱……ドルチェノフの所業、マイヨ・プラートの覚悟、そして危うく命を落としかけたリリーナ・ドーリアンと、ケーンの母……欲望の醜さ、人間の生き様、命の危うさは、アキトにとって刺激が強すぎた。

 いつか自分も死ぬかもしれない。火星で出会った少女のように。

 それは覚悟していた。だが……敵が同じ事を考えていることにまでは、考えが及ばなかったのだ。

「あっ!」

 誰かの声がした。

 アキトは驚いて振り返った。厨房の入口あたりに、きまりの悪そうな顔をした女の子が立っている。体を半分以上も、冷蔵庫の影に隠しながら。もっとも、いくら細身だからといって、人間一人が隠れきれるわけもないのだが。

「比瑪ちゃん?」

 アキトが呼ぶと、女の子――比瑪は、照れ隠しの笑みを浮かべた。

「道に迷っちゃったかなあ? アムロさんにくっついて来たけど、ナデシコって大きいんですね!」

「……つまみ食い?」

「育ち盛りなら、小腹が空くっていうのは、あるよね?」

「そりゃ、あるさ」

 笑いながら、アキトは冷蔵庫の中身を探り始めた。残り物なら、いくらか食べる物もある。もちろん厳密なことを言うなら、勝手にクルーに食料を与えてはいけない。戦艦の食料には限りがあるのだ。が、艦長のユリカは、そんな細かい事で文句は言わないだろう。

 と。

 いつの間にかすぐ側まで近づいていた比瑪が、突然横からアキトの顔をのぞき込んだ。アキトはぎょっとして、思わず半歩後ずさる。比瑪はじぃっと、真っ正面からアキトの瞳を見つめ、

「どうかしました?」

「えっ!?」

 アキトは視線を逸らした。

「どうも……しないよ」

 そう答えることしか、今のアキトにはできなかった。

 

 

「ナナフシ……か。恐ろしい物を送り込まれたな」

 サウス・バニング大尉は、モニタを睨みながら低く声を挙げた。

 ナデシコのブリーフィング・ルームには、ナデシコ、アルビオン両艦の首脳クラスが集まっていた。ナデシコ艦長のミスマル・ユリカ。技術指南役のイネス・フレサンジュ。そしてアルビオン側からは、艦長代理としてのバニング大尉と、アムロ・レイ大尉である。

 モニタに映ったのは、異形の兵器……全長数百メートルもあろうかという砲身を抱えた、移動砲台である。木星蜥蜴と呼ばれる謎の敵勢力が送り込んできた、恐るべき無人兵器だ。当然名前などは分からないので、こちらで勝手につけさせて貰った。

 その名も、「ナナフシ」。なるほど、その長い砲は昆虫のナナフシによく似ている。言い得て妙だ。

 このナナフシを破壊すること。それが、アルビオンとナデシコに課せられた任務だった。

「説明しましょう! こいつはいわば、重力場レールガンね」

 イネスは腕組みしながら、淡々と、いつもの解説をのたまう。

「内部に生成した圧縮重力場を加速して撃ち出すというものだけど、発射時にはボソン粒子が電子雲の存在率に影響するために、実用化は難しいと言われていたのよ。そもそもシュレディンガーによれば、ボソン粒子の」

「あーっとぉ! じゃあ一体どーしましょうか!」

 いつものように長くなりそうだったので、ユリカは慌てて話を遮った。この人に好きなように話させていては、100年たってもブリーフィングが終わらない。

 短い沈黙の後、アムロ・レイが重い口を開いた。

「二段構えだな」

「というと?」

 バニングに問われると、アムロは一歩進み、モニタに映る周辺地図を指さした。アルビオンとナデシコの現在地を彼の指が押さえ、そこからゆっくりと、弧を描くようにナナフシへと動いていく。

「アルビオンは山岳の中を、高度を落として突っ切る。海に出たら、艦と護衛部隊で敵を引きつけ、同時に高火力の機体がナナフシに接近、これを破壊する」

「もう一段は?」

「ナデシコがこの場に留まり、フルチャージのグラビティ・ブラストで、ここからナナフシを狙い撃つ。敵も当然それを想定して、戦力を分けざるを得ない」

「兵力を分散できるというわけか……」

「ああ」

 さすがに、一年戦争の英雄と名高いアムロ・レイだった。戦い慣れた彼の活躍は、単なるエースパイロットの域をはるかに超えていた。戦闘能力に加えて、その統率力、的確な作戦立案。どれをとっても、今のアルビオン隊の要といえる存在だった。

 アムロの頼もしさに、さっきまでの不安げな表情が消し飛び、ユリカはびしっと右手を挙げた。

「はーい! ナデシコ側は、ぜーんぜん文句ないです! でも一個だけ、対ナナフシ用の高火力機って、何にします?」

「バスター砲が使えればな?」

 バニングがためらいがちに言った。

 バスター砲――最近部隊に入ったばかりの、ダバ・マイロードが持ってきた超兵器だ。火力で言えば申し分ないが……アムロは首を横に振った。

「あれは、ノーマルのバスターランチャーを半分にぶった切った物だから、精度が悪い。オマケにものすごい反動がある……エネルギーのリバースだってあるかもしれない。あの不安定なアモンデュール・スタックに、そんなものをおいそれと使わせられないだろう」

「となると、ウイングガンダム・ゼロか」

「決まりだな」

 アムロの一言に、その場の全員が静かに頷いた。

 

 

「なんか、ヘンなんだなあ? アキトくんがさ?」

 アルビオンに戻って来るなり、比瑪は格納庫に駆け込んだ。彼に相談したかったのだ。彼……伊佐美勇。比瑪と同じ、半生物の機動兵器「ブレンパワード」のパイロット。ナナフシ撃退作戦で、ナデシコ組に選ばれた彼である。当然今ごろ、格納庫で自分のブレンを磨いてやっているだろうと思ったのだ。

 果たして勇は、モップ片手にブレンの表皮を擦っていた。だが……

「そうなのか」

 ブレンを磨くのに夢中で、この調子。

 こうやって磨いてやると、ブレンパワードは喜ぶ。ブレンパワードは機械ではなく、意志を持った生物である。ブレンパワードを喜ばせ、モチベーションを上げてやるのも、パイロットの重要な仕事なのだ。それは百も承知しているが、比瑪としては面白くない。

「もう! 勇って上の空じゃない!」

 勇は鼻息を吹くと、やっとブレンを磨く手を止めた。手にしたモップを、コン、と床に突く。

「あんまりちょっかいだすと、ナデシコの艦長が焼き餅焼くぞ」

「素直じゃないんだ! 自分がだ、って言えばいいでしょうに!」

「これから出撃なんだぞ、そんなこと……あ、おい!」

 手を伸ばして呼びかけても、もう遅い。すっかりへそを曲げた比瑪は、ぷくーっと頬を膨らませて、自分のブレンの方へ去っていった。その背中を見送りながら勇は頭を掻く。そう膨れられても困る。アキトが心配なのは分かったが、こっちの心配だってして欲しいじゃないか。これから戦闘なんだから。

 ずー。

 頭の上で、重い物の擦れるような音が響いた。ブレンが時々放つ「鳴き声」だ。

 勇はブレンの顔を見上げ、思わずモップを振り上げた。

「お前、笑ったな! ……笑っただって?」

 

 

 森の上を、二機の巨人型兵器が飛んでいた。

 どちらも、機械じみた印象をほとんど持たない、奇怪な兵器だった。片方は大きな翼を持つ、緑色の、虫を彷彿とさせる機体。もう片方は濃いベージュ色で、両腕の先に鋭いブレードを生やしている。

 異形の二機が一直線に目指すのは、機動戦艦ナデシコ。切り札のナナフシを破壊しようとする敵の、片割れである。これを叩くのが、彼らの役目だった。

『ママ……この任務が終わったら会いに行くぜ。待っててくれよ』

 緑の虫――ライネックのパイロット、トッドがそう囁いた。当然その声は、もう片方――グランチャーの方にも伝わってくる。

「さっきから黙って聞いてりゃァ、ママ、ママ、ママと」

 グランチャーを駆るジョナサン・グレーンは不機嫌だった。これから、因縁浅からぬ伊佐美勇を倒しに行ける。それなら上機嫌になろうというものだが、余計なオマケが横についていた。トッド・ギネス。ドレイク軍とかいう訳の分からない勢力が送り込んできた、癇に障る男だ。

 今もまた、こうして戦場に似つかわしくない言葉を連発する。ジョナサンとの相性は最悪と言えた。

「他に言うことは無いのかよ!」

 声を荒げるジョナサンに、しかしトッドは悪びれるふうもない。

『じゃあ、お前はママに会いたくなることが、ないってのか?』

「あんな身勝手な女、知るもんか」

『素直じゃねえなあ』

「なにい……」

 ぐー。

 険悪になりかけた雰囲気を、低い唸り声が掻き消した。ジョナサンのグランチャーが挙げた声だ。何が言いたいのかとジョナサンが訝るうちに、トッドのカラカラという笑い声が聞こえてくる。

『はっははは! お前のグランチャーも笑っているじゃないか!』

「ジョナサン・グランチャーが笑うか!」

『見えるぞ? ……ナデシコだ!』

 言うが早いか、トッドのライネックは一気に加速し、打ち合わせ通りのフォーメーションに展開した。ジョナサンは、文句の一つも言ってやりたいくらいだったが、確かにナデシコの艦影は目視できるほど鮮明になっている。作戦を開始しなければならない時間だ。

「ち……! バロンのご命令でなければ、誰が貴様なんぞと!」

 一人悪態を垂れながら、ジョナサンはグランチャーに命令を飛ばした。

 

 

(つづく)

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