「あ、かんちょー。敵です」
元気も抑揚も緊張感も、あったものではない淡々とした声。弱冠11歳のホシノ・ルリは、いつものごとくユリカに報告した。ナデシコ・ブリッジのメインモニタに、外の映像が映し出される。そこに捉えられたのは、言うまでもなく迫り来るライネックとジョナサン・グランチャーの姿である。
ユリカは力強く頷くと、よく響く高い声で命令を飛ばした。
「それじゃあ、エステバリス隊、ブレンパワードのみなさんとビルバインは発進しちゃってくださぁい! グラビティ・ブラストのチャージ完了まで、ナデシコの護衛をお願いしまっす! はりきっていきましょー!」
カタパルト・デッキは急に慌ただしくなった。
『よっしゃあー! ヒカル、イズミ、行っくぜぇー!?』
『はいはーい♪ お仕事お仕事っとぉ』
『おしごと……おし、いこー……ク……ククク……』
威勢のいいかけ声一つ、真紅のエステバリスが開いたハッチから飛び出していく。先陣を切ったのは、エステバリス隊のエース、リョーコ。続いて、オレンジのヒカル機。水色のイズミ機。エステバリス独特の、甲高いギアの駆動音。立ちこめるマシン・オイルの臭い。そして、ブレンパワードやオーラバトラーが放つ、形容しがたい独特の緊張感……オーラ。音や臭いや第六感的な何かが、複雑に混ざり合ってカタパルト・デッキの空気を染めていく。
『あれはライネック……トッドじゃないのか!』
ハッチの外を覗き見ながら、ビルバインのパイロット、ショウ・ザマが叫んだ。ビルバインの、オレンジ色をした曲面装甲が、わなわなと震えているようにさえ見える。トッド・ギネスは、ショウにとって仇敵であり、強敵であり、好敵手である男。いてもたってもいられず、ビルバインは力強く床を蹴りつけ、外へ飛び出した。
次はこちらの番だ。
勇は、ブレンパワードの中で、大きく深呼吸した。ブレンの見ている映像が、コックピットに表示されている。ハッチの外を睨み、ユウブレンは緊張していた。外では、ある機体が、バイタルジャンプ――いわばワープ移動――を繰り返し、ヒカルのエステバリスを翻弄しているのである。
「……ジョナサンも来ているのか」
緊張しているのは、ブレンだけではない。
しかし、勇はふと気付いて、優しくコックピットの内壁を……ブレンパワードの肌を撫でてやった。
「俺が一緒にいてやるから、怖がるなっ」
ずー。
主人の優しい一言で、緊張も恐れもほぐれたのだろうか。
低く唸りながら、ユウブレンは駆け出した。戦場へと向かって。
比瑪がカタパルトデッキに駆けつけたとき、ちょうどユウブレンが飛び出していくところだった。比瑪はヒメブレンに向かって走りながら、体をもぞもぞと動かしてフリュイド・スーツ――ブレンパワード専用のパイロット・スーツ――を体になじませる。
「タイミング、悪かったなぁ。いきなり攻撃だもんなぁ。おトイレの時くらい、待ってくれたってよさそうなもんじゃない?」
ぶつぶつ言いつつ、ヒメブレンの足下に駆けつける。ブレンへの挨拶もそこそこに、早速乗り込もうと、ブレンの股間にあるコックピット・ハッチに手をかけ……
「おーいっ! 比瑪ちゃーん!」
その比瑪を、頭上から男の声が呼び止めた。
比瑪は目をぱちぱちさせながら、頭をぐるりと巡らせる。見れば……ポツンと取り残されたエステバリスの頭にしがみつき、男が一人、声を張り上げていた。油に汚れた作業服。細長い、骨張った顔つき。見間違えるはずもない、ナデシコの整備責任者、ウリバタケである。
「ウリバタケさーん! これから出撃なんですぅー!」
「がんばれよーっ! ところで、アキト見なかったかぁー!?」
「アキトくん?」
思わず比瑪は、叫ぶことすら忘れて呟いた。
「アキトくんがどーしたんですかーっ?」
「来てねーんだよ! あのバカ、どこで油……」
と、その時だった。居住区へ通じるドアが開いたかと思うと、パイロットスーツ姿のアキトが飛び出してきたのである。彼は脇目もふらず自分のエステバリスに駆けより、コックピット・ハッチを開く。ウリバタケは思わず顔をしかめ、
「何やってたんだ! 遅いじゃねーか」
「すんません。動けますか?」
「あったぼうよ! 壊すなよっ」
しばらく二人のやりとりを見ていた比瑪だったが、いつまでも、ぼうっと見ているわけにもいかない。待ちかねたヒメブレンに乗り込み、すぐさま通信をエステバリスに繋ぐ。
「アキトくーんっ! どうしたのーっ!?」
『うおわ!? 比瑪ちゃん、大声だしてどうしたの?』
「あ、そか」
思わずさっきまでの調子で喋ってしまった。
『……どうも……しないよ』
アキトの返事は、不自然なほど鬱々とした口調だった。勘の鋭い比瑪はおろか、鈍感で通っている勇でさえ、これを聞けば気付くだろう。彼はこう言っているのだ。どうもしないことない、と。そう言いたいのに、隠そうとするから、口調が不自然になる。
比瑪が二の矢を継ごうとすると、アキトは腹の奥から叫びを迸らせた。まるで比瑪の言葉をねじ伏せようとしているかのように。
『どうもしないんだ! エステバリス、行きます!』
そして、ギア音を響かせ、アキトのエステバリスは出撃した。取り残された比瑪は腕組みして唸り、
「しょーがないなあ。行こう、ヒメブレン! みんなを護らなきゃ!」
重力場が空間を歪め、ヒカルのエステバリスが宙を蹴る。亜熱帯の森の上、オレンジの光がラインとなって、蛇行しながら駆けめぐる。敵の姿は見えないが、どこから来るか分からない。珍しくヒカルは焦っていた。彼女だって、文句なしの凄腕パイロットである。なのに……
ヴヴン!
――来たっ!
エステバリスが弾かれたようにその場を飛び退く。一瞬遅れて「出現」したジョナサン・グランチャーが、両腕のブレードをヒカル・エステバリスめがけて振り下ろした。危うく刃がエステバリスの肩をかすめ、
「うひゃーっ!」
ヒカルは呑気な悲鳴を挙げながら、背中を向けて逃げまどう。
『ハッハッハ! こんな所にノコノコ出てくるからさあ! 力のない者がぁー!』
――う、うるしぇー!
心の中で叫び返して見ても、状況は変わらない。やっかいなのは、あのバイタル・ジャンプというワープ移動。短距離のバイタル・ジャンプを連発し、機影を明滅させながら、着実にこちらを追いつめに来る。消えている間は攻撃も素通りしてしまうし、現れたと思ったらすぐ消える。狙いを定めるヒマさえない。
思わずヒカルは叫んだ。
「いやーん! 誰かおたすけー!」
と。
ヴヴン!
羽虫のような音を立て、ジョナサン・グランチャーが正面に現れる!
『ハイ。これで終わりだ』
「そうなのっ!?」
左右から迫る、ジョナサンの刃。
ヒカルは死を覚悟して目を閉じた。
『ジョナサン・グレーンッ!』
その時、横手から飛来した青い影が、ジョナサン・グランチャーを思いっきり蹴りつけた。ジョナサンは悲鳴を挙げながら、森に向かって墜落していく。が、地面激突直前で体勢を立て直し、バイタル・ジャンプで間合いを離した。
『勇! いいことしてる時に、貴様は!』
恐る恐る目を開いたヒカルの前に、青いブレンパワードが浮遊していた。
ユウブレンである。
「勇く~ん!」
『あいつは俺がやる。援護!』
「了解りょうか~い!」
見たこともないほどの気迫を込めて、ユウブレンはジョナサン・グランチャーを睨みつけていた。と、その機影が揺らぎ、バイタル・ネットの中に消えていく。かと思えば、次の瞬間にはジョナサン・グランチャーの側面に出現し、手にした剣、ブレンバーでジョナサンと切り結ぶ。
激しい剣戟の響き。ジョナサンは舌打ち一つ、バイタル・ジャンプで大きく上へ飛び上がる。ユウブレンがそれを追って、羽虫の音を響かせる。
「な、なーんかキュンキュンきちゃうなぁ~!」
ヒカルはメガネの奥で、キラキラと目を輝かせ、勇を援護すべくIFSに意識を注ぎ込んだ。
(つづく)