コックの戦い   作:外清内ダク

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02-かんちょー。敵です

 

 

「あ、かんちょー。敵です」

 元気も抑揚も緊張感も、あったものではない淡々とした声。弱冠11歳のホシノ・ルリは、いつものごとくユリカに報告した。ナデシコ・ブリッジのメインモニタに、外の映像が映し出される。そこに捉えられたのは、言うまでもなく迫り来るライネックとジョナサン・グランチャーの姿である。

 ユリカは力強く頷くと、よく響く高い声で命令を飛ばした。

「それじゃあ、エステバリス隊、ブレンパワードのみなさんとビルバインは発進しちゃってくださぁい! グラビティ・ブラストのチャージ完了まで、ナデシコの護衛をお願いしまっす! はりきっていきましょー!」

 

 

 カタパルト・デッキは急に慌ただしくなった。

『よっしゃあー! ヒカル、イズミ、行っくぜぇー!?』

『はいはーい♪ お仕事お仕事っとぉ』

『おしごと……おし、いこー……ク……ククク……』

 威勢のいいかけ声一つ、真紅のエステバリスが開いたハッチから飛び出していく。先陣を切ったのは、エステバリス隊のエース、リョーコ。続いて、オレンジのヒカル機。水色のイズミ機。エステバリス独特の、甲高いギアの駆動音。立ちこめるマシン・オイルの臭い。そして、ブレンパワードやオーラバトラーが放つ、形容しがたい独特の緊張感……オーラ。音や臭いや第六感的な何かが、複雑に混ざり合ってカタパルト・デッキの空気を染めていく。

『あれはライネック……トッドじゃないのか!』

 ハッチの外を覗き見ながら、ビルバインのパイロット、ショウ・ザマが叫んだ。ビルバインの、オレンジ色をした曲面装甲が、わなわなと震えているようにさえ見える。トッド・ギネスは、ショウにとって仇敵であり、強敵であり、好敵手である男。いてもたってもいられず、ビルバインは力強く床を蹴りつけ、外へ飛び出した。

 次はこちらの番だ。

 勇は、ブレンパワードの中で、大きく深呼吸した。ブレンの見ている映像が、コックピットに表示されている。ハッチの外を睨み、ユウブレンは緊張していた。外では、ある機体が、バイタルジャンプ――いわばワープ移動――を繰り返し、ヒカルのエステバリスを翻弄しているのである。

「……ジョナサンも来ているのか」

 緊張しているのは、ブレンだけではない。

 しかし、勇はふと気付いて、優しくコックピットの内壁を……ブレンパワードの肌を撫でてやった。

「俺が一緒にいてやるから、怖がるなっ」

 ずー。

 主人の優しい一言で、緊張も恐れもほぐれたのだろうか。

 低く唸りながら、ユウブレンは駆け出した。戦場へと向かって。

 

 

 比瑪がカタパルトデッキに駆けつけたとき、ちょうどユウブレンが飛び出していくところだった。比瑪はヒメブレンに向かって走りながら、体をもぞもぞと動かしてフリュイド・スーツ――ブレンパワード専用のパイロット・スーツ――を体になじませる。

「タイミング、悪かったなぁ。いきなり攻撃だもんなぁ。おトイレの時くらい、待ってくれたってよさそうなもんじゃない?」

 ぶつぶつ言いつつ、ヒメブレンの足下に駆けつける。ブレンへの挨拶もそこそこに、早速乗り込もうと、ブレンの股間にあるコックピット・ハッチに手をかけ……

「おーいっ! 比瑪ちゃーん!」

 その比瑪を、頭上から男の声が呼び止めた。

 比瑪は目をぱちぱちさせながら、頭をぐるりと巡らせる。見れば……ポツンと取り残されたエステバリスの頭にしがみつき、男が一人、声を張り上げていた。油に汚れた作業服。細長い、骨張った顔つき。見間違えるはずもない、ナデシコの整備責任者、ウリバタケである。

「ウリバタケさーん! これから出撃なんですぅー!」

「がんばれよーっ! ところで、アキト見なかったかぁー!?」

「アキトくん?」

 思わず比瑪は、叫ぶことすら忘れて呟いた。

「アキトくんがどーしたんですかーっ?」

「来てねーんだよ! あのバカ、どこで油……」

 と、その時だった。居住区へ通じるドアが開いたかと思うと、パイロットスーツ姿のアキトが飛び出してきたのである。彼は脇目もふらず自分のエステバリスに駆けより、コックピット・ハッチを開く。ウリバタケは思わず顔をしかめ、

「何やってたんだ! 遅いじゃねーか」

「すんません。動けますか?」

「あったぼうよ! 壊すなよっ」

 しばらく二人のやりとりを見ていた比瑪だったが、いつまでも、ぼうっと見ているわけにもいかない。待ちかねたヒメブレンに乗り込み、すぐさま通信をエステバリスに繋ぐ。

「アキトくーんっ! どうしたのーっ!?」

『うおわ!? 比瑪ちゃん、大声だしてどうしたの?』

「あ、そか」

 思わずさっきまでの調子で喋ってしまった。

『……どうも……しないよ』

 アキトの返事は、不自然なほど鬱々とした口調だった。勘の鋭い比瑪はおろか、鈍感で通っている勇でさえ、これを聞けば気付くだろう。彼はこう言っているのだ。どうもしないことない、と。そう言いたいのに、隠そうとするから、口調が不自然になる。

 比瑪が二の矢を継ごうとすると、アキトは腹の奥から叫びを迸らせた。まるで比瑪の言葉をねじ伏せようとしているかのように。

『どうもしないんだ! エステバリス、行きます!』

 そして、ギア音を響かせ、アキトのエステバリスは出撃した。取り残された比瑪は腕組みして唸り、

「しょーがないなあ。行こう、ヒメブレン! みんなを護らなきゃ!」

 

 

 重力場が空間を歪め、ヒカルのエステバリスが宙を蹴る。亜熱帯の森の上、オレンジの光がラインとなって、蛇行しながら駆けめぐる。敵の姿は見えないが、どこから来るか分からない。珍しくヒカルは焦っていた。彼女だって、文句なしの凄腕パイロットである。なのに……

 ヴヴン!

 ――来たっ!

 エステバリスが弾かれたようにその場を飛び退く。一瞬遅れて「出現」したジョナサン・グランチャーが、両腕のブレードをヒカル・エステバリスめがけて振り下ろした。危うく刃がエステバリスの肩をかすめ、

「うひゃーっ!」

 ヒカルは呑気な悲鳴を挙げながら、背中を向けて逃げまどう。

『ハッハッハ! こんな所にノコノコ出てくるからさあ! 力のない者がぁー!』

 ――う、うるしぇー!

 心の中で叫び返して見ても、状況は変わらない。やっかいなのは、あのバイタル・ジャンプというワープ移動。短距離のバイタル・ジャンプを連発し、機影を明滅させながら、着実にこちらを追いつめに来る。消えている間は攻撃も素通りしてしまうし、現れたと思ったらすぐ消える。狙いを定めるヒマさえない。

 思わずヒカルは叫んだ。

「いやーん! 誰かおたすけー!」

 と。

 ヴヴン!

 羽虫のような音を立て、ジョナサン・グランチャーが正面に現れる!

『ハイ。これで終わりだ』

「そうなのっ!?」

 左右から迫る、ジョナサンの刃。

 ヒカルは死を覚悟して目を閉じた。

『ジョナサン・グレーンッ!』

 その時、横手から飛来した青い影が、ジョナサン・グランチャーを思いっきり蹴りつけた。ジョナサンは悲鳴を挙げながら、森に向かって墜落していく。が、地面激突直前で体勢を立て直し、バイタル・ジャンプで間合いを離した。

『勇! いいことしてる時に、貴様は!』

 恐る恐る目を開いたヒカルの前に、青いブレンパワードが浮遊していた。

 ユウブレンである。

「勇く~ん!」

『あいつは俺がやる。援護!』

「了解りょうか~い!」

 見たこともないほどの気迫を込めて、ユウブレンはジョナサン・グランチャーを睨みつけていた。と、その機影が揺らぎ、バイタル・ネットの中に消えていく。かと思えば、次の瞬間にはジョナサン・グランチャーの側面に出現し、手にした剣、ブレンバーでジョナサンと切り結ぶ。

 激しい剣戟の響き。ジョナサンは舌打ち一つ、バイタル・ジャンプで大きく上へ飛び上がる。ユウブレンがそれを追って、羽虫の音を響かせる。

「な、なーんかキュンキュンきちゃうなぁ~!」

 ヒカルはメガネの奥で、キラキラと目を輝かせ、勇を援護すべくIFSに意識を注ぎ込んだ。

 

 

(つづく)

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