豊穣の女神が母性を爆発させた話   作:蛙飛び込む沼の中

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第二話

「ギルガメッシュの娘を寄越しなさい。差し出さないならウルクを滅ぼしてやるんだからー!」

 

 いつもの女神の癇癪だろう、とギルガメッシュは思っていた。マアンナで市街中を駆け回りながら叫ぶ女神イシュタルの騒々しい声に、ギルガメッシュは眉を寄せて苛立つ心のまま声を荒げた。

 

「喧しいぞ駄女神が! 毎度毎度、奴には手を焼かされる……!」

「落ち着いて、ギル。それにしても風変わりな事を言っているね、あいつは」

「よもや我の娘をよこせとはな。何がどうしてそうなった、シドゥリ」

「はい。イシュタル様が引き取りを望まれている王女は現在齢二つ。滅多に人が寄り付かないジグラットの奥深くに存在を隠されていた所をこっそり忍び込んだイシュタル様が発見し、見初められたとのことです」

「……それは確かか」

「間違いございません。王女をこのまま引き取ると仰っていたイシュタル様をお止めしたのも私ですから」

 

 ウルクで一番信心深いシドゥリにはイシュタルも少しだけ弱い。シドゥリの懇願と王女の優しさ、あとこっそりジグラットに忍び込んでいたことがバレて焦っていたのもあって、イシュタルは一目惚れしたという王女を渋々シドゥリに託して帰っていった。その後イシュタルはあの通りの様子で王女をよこせと騒ぎ回り、火急の事態だとシドゥリから連絡を受けて久方振りにウルクに帰ってきた放蕩気味の暴君ギルガメッシュと友人のエルキドゥは事の次第を知ったのである。

 

「まだ乳離れもできているか怪しい年齢ではないか。イシュタルめ、我に敵わんと見て代わりに娘を甚振ろうとでも言うのか」

「多くの男を愛人にしている上に幼女趣味もあったとはね。よりにもよって生贄にギルの娘をよこせだなんて、ギルを馬鹿にしているにもほどがある」

「いえ、それはないかと。イシュタル様は王女を自らの娘にとお望みです」

「……なに?」

「王女は王に瓜二つのお顔立ちで、神々の徴である金の髪と赤い目を継いでおられます。生母たる女性……既に亡くなられておられましたが、彼女に匿われ衰弱していたところをイシュタル様が発見し、私が追いついた頃にはすでに目に入れても痛くないといったご様子で王女を溺愛されていました」

「ギルに似ている上に神の力を継いだ娘? そんな話は聞いたことがないけれど……」

「ええ、私どもも知りませんでした。なので先に王女についてご報告申し上げてよろしいでしょうか」

「……続けろ」

「では──」

 

 許しを得て、シドゥリは感情を込めず淡々と調査結果を報告し始めた。

 曰く、生母は近隣都市からウルク王であるギルガメッシュに捧げられた女の一人だったという。女神から産まれ、特別な力を有しているギルガメッシュと彼が支配するウルクに恭順に近い姿勢を取る都市国家はいくつか存在している。そのうちのひとつから友好関係を示すために見目麗しい女性がギルガメッシュに捧げられるのは珍しいことではなかった。好色な王は一度か二度手を付けると別の女に足を向けてしまうため王の子がいないと判断されれば王以外の人間と縁を結ぶこともできる。しかし件の女性は王の子を身籠っていたためジグラットに留め置かれていた。気鬱な様子ではあるが体調に問題はなく、女性は予定通りの産み月に産気づいた。

 

「ですが、結果は死産として報告されています」

「その女性が意図的にギルの娘を隠したのかい?」

「はい、おそらくは」

 

 死産が珍しい時代ではないこと、特別な力を有すギルガメッシュの子を成すのは難しいということからその報告を訝しむ者はいなかった。当人であるはずのギルガメッシュでさえそうだったのだから当時の責任者を追及するのは酷というものだ。

 

「王女が仰るには彼女は魔術の心得があったそうです。出産に立ち会った者たちの記憶を改竄し、自らは王の子を失ったために狂った振りをして人を遠ざけていたと。ウルクから出ることを望んでいたようですがその状態では許可を与えることはできませんので、そのまま王女を隠しながら育てていたようです」

「…………」

「直接害するということはなかったようですが王女に対する扱いも愛情に溢れていたとは言いがたく。王女に名を付けることもなく、王女は年齢に対して小柄で痩せており、お体も強くありません」

「……我に不満があるのは構わんが、子を巻き込んでは誹りは免れまい」

 

 数分前とは打って変わって静かに嘆息するギルガメッシュ。冷酷無比と名高い王だが子どもに対しては比較的寛容な向きがあるせいだろうかとシドゥリは思った。

 

「今から会えるか」

「急な環境の変化でお疲れなのか熱を出して臥せっておられますので、起きているかは分かりませんが」

「構わぬ」

「体調が悪いようなら僕は遠慮しておこうかな。また元気になったら会わせてくれ」

 

 遠慮したエルキドゥを置いてギルガメッシュとシドゥリは王女が休んでいる部屋へと向かう。ギルガメッシュの私室にほど近いその部屋の中には、シドゥリの言った通り突然の事態に混乱した王女が熱を出して眠っていた。衛生状態も栄養状態も良くなかった環境から突如として王族らしい豪奢な環境に置かれたストレスもあるのだろう。今まで誰に顧みられることもなく、自らを冷遇する生母としか関わってこなかったためか王女は周りに人がいると落ち着かないようだとシドゥリは語った。そのため室内には看病のための侍女が一人いるだけで、それもギルガメッシュたちが来ると頭を下げて部屋を下がっていった。

 寝台に近づき寝顔を覗く。初めて見る娘にギルガメッシュは赤い瞳を僅かに見張った。自らと同じ髪色、そして寝ていても損なわれない美しい顔。シドゥリや周囲が騒ぐのも納得なほど自分によく似ているとギルガメッシュは頷いた。

 

「寝ているな」

「はい。ですがだいぶ熱は下がりました」

 

 安堵した口振りでシドゥリが言う。ジグラット内で王女が現在最も懐いているのはシドゥリだ。イシュタルに命じられたこともあり献身的に王女の世話を焼いている。しかし今日は放蕩王とその友人に事の顛末を報告するためにそばを離れざるを得ず、それを不安に感じた王女がぐずって中々寝付かないと連絡を受けたときは大層心が痛んだものだった。

 元々浅かった眠りが人の気配と話し声で覚醒していく。王女が薄っすらと目を開き、燃えるように赤い瞳が不思議そうに眼前の人物を捉えた。

 

「……シドゥリ?」

「はい、シドゥリでございます。お体の具合はいかがでしょうか?」

「へいき……」

 

 掠れた声で呟く王女にシドゥリは困った表情で水の入った杯を差し出した。だが、シドゥリに介助されながら渋々水を飲む王女は数口でもういらないとばかりにプイとそっぽを向いてしまう。病弱な上に小食で、何を差し出しても一口か二口しかお食べにならないと部屋に向かう際にシドゥリが嘆いていたことを思い出す。ギルガメッシュは栄養の足りてない幼い娘をじっと見つめた。

 やがて視線に気付いた王女がシドゥリのうしろに立つ男に目を向ける。赤い瞳の視線が交じり合い、王女は目を見開いた。

 

「……おうさま……?」

「そうだな。そしてお前の父でもある」

「…………おとう、さま」

 

 水分を取ったことで目覚めたときより張りが出た声で舌足らずに父王を呼ぶ。その声にギルガメッシュが頷くと、王女は一瞬固まったあと、嬉しそうに破顔した。

 

「おとうさま、おとうさま」

「急くな。我は逃げん」

 

 シドゥリの制止も振り切りギルガメッシュに腕を伸ばす。甘えた表情と仕草にギルガメッシュは気付けば寝台から娘を抱き上げていた。

 

「…………」

「おとうさま……?」

「いや。体調はどうだ」

「へいきです」

 

 父の腕の中で嬉しそうに甘える娘にシドゥリの顔も綻ぶ。人見知りの王女が一目で王に懐いたのも、王が王女を娘として認め気遣っているのも喜ばしい。

 ギルガメッシュに頬をつつかれて王女が笑い声をあげながら身を捩る。市井にいる親子のようなやりとりをシドゥリは微笑ましそうに見守っていた。

 

 

 

「王よ、そろそろ王女はおやすみになりませんと……」

「む? ……そうだな、あまり無理はさせられぬ」

「…………」

「ぬぅ、泣き落としとは傾国の手腕を……明日も来るゆえ今日は休め」

 

 大きな瞳に涙の膜を張る娘にギルガメッシュが呻く。いやいやと首を振って腕を伸ばしてくる娘を宥めて寝台に寝かせ、ギルガメッシュはその頭を撫でた。

 

「シドゥリ、あとは頼む」

「お任せください」

 

 いくらぐずろうと体は子ども。まだ疲労も回復しきっていない体はたやすく睡魔に侵され、すぐに来た時と同じ寝息を立て始めた。それを確認してギルガメッシュは友人の待つ部屋へと足を向ける。

 ──我が娘には神を魅了する性質(呪い)があるようだと、ギルガメッシュが親友に語るのはすぐのことだった。




神性持ちに突き刺さる魅了スキル(女神確定スタン)
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