ツァラトゥストラはかく語れり   作:tomoko86355

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フォルトゥナ公国が隣国、ディヴァイド共和国に起こした戦争から数日後の出来事。



シーン・1

フォルトゥナ公国とディヴァイド共和国の間で起こった戦争は、国主であるサンクトゥスの死亡が確認され、僅か1日で終結した。

悪魔を生物兵器として利用し、隣国に対し、非人道的な行いをしたフォルトゥナ公国は、当然、世論から『テロ国家』として非難され、国の上層部は、ヴァチカン13機関(イスカリオテ)によって、その殆どが投獄。

国として機能しなくなった為、ロシア連邦が吸収する形となった。

長い歴史を持つ北の国は、こうして幕を閉じる事になってしまったのである。

 

 

フォルトゥナ城の首都から少し離れた高級住宅街。

その海沿いに、かつて魔剣教団騎士団長であるクレドの邸宅があった。

 

「ふざけるなよ! 家に入れないってどういう事だ!? 」

 

豪奢な門の前で、一人の少年が米陸軍と思われる兵士二人を前に、怒りを露わにしていた。

 

「だから何度も言っているだろう。此処は、戦争犯罪者の屋敷だ。調査が終わるまでは、誰一人として建物内に入れる訳にはいかないんだ。」

「此処は俺の家だ! それと父さんを犯罪者扱いするんじゃねぇ! 」

「血縁者だったら、猶更駄目だ。証拠隠滅する恐れがあるからな。」

 

喰って掛かる銀髪の少年―ネロを、米陸軍の兵士が嘲りの表情で見下ろす。

どうやら、この生意気そうな餓鬼は、世界に対し宣戦布告したテロリスト幹部の家族らしい。

二人の兵士の双眸に、侮蔑の色が宿る。

 

「てめぇ!! 」

「はいはい、御免なさいねぇ。」

 

今にも殴り掛かりそうなネロを何者かが、押し留める。

日本の超国家機関『クズノハ』暗部・”八咫烏”に所属する忍、猿飛佐助だ。

何時もの迷彩柄の忍装束ではなく、厚手の長外套(ロングコート)にタートルネックのセーター、頭には白のバンダナを巻いている。

 

「離せ! コイツ等ぶっ飛ばしてやる! 」

 

佐助に後ろから羽交い絞めにされたネロは、何とか抜け出そうと藻掻くが、ビクとも動かない。

 

「こらこら、そういう物騒な事は言わないの。 あ、お仕事ご苦労様です。この子は俺が引き取るんで。」

 

にへらと愛想笑いを米陸軍兵士二人に向けた佐助は、ネロを軽々と抱き上げ、住宅街にある公園へと連れて行ってしまう。

大きな森林公園の入り口まで来ると、佐助は少々乱暴に、ネロを地面へと降ろした。

 

「畜生・・・・俺とキリエ達の家なのに・・・・・。」

 

地面に両膝を付いたネロが、悔しそうに唇を噛む。

睨む視線の先には、先程の米陸軍兵士二人組が、呆れた様子で肩を竦める姿が映った。

 

「仕方が無いよねぇ・・・・・悪魔を生物兵器にして隣の国に戦争吹っ掛けようとしていたのは事実なんだから。」

「何だと! てか、何時までフォルトゥナ公国(此処)に居るんだよ! 」

 

怒りのオーラを纏ったネロが、勢い良く立ち上がる。

悔しさと情けなさの為か、鋭く尖る双眸の端に、涙の粒が盛り上がっていた。

 

「男の子が簡単に涙を見せちゃ駄目だよ。」

「・・・・・っ!!? 」

 

痛い所を指摘され、ネロが慌ててジャケットの袖で涙を拭う。

そんな銀髪の少年の姿に、佐助は大袈裟な溜息を吐いた。

 

「ぶっちゃけ、俺様だって日本に帰りたいよ。 観光名所は残らずぶっ壊されてるわ、遊ぶ施設も滅茶苦茶だわ、食べるものも味気ない配給のレトルト食品だもんねぇ。」

 

佐助がフォルトゥナ公国(この国)に居る理由は、唯一つ、葛葉四家の当主が一人、葛葉ライドウが原因だ。

昨日まで、意識不明の重体だった17代目は、今日の明け方頃に意識を取り戻し、開口一番、「フォルトゥナに戻りたい。」とのたまった。

当然、周囲の人間達は猛反対したが、本人が這ってでも戻ると言い出した為、仕方なく、フォルトゥナで唯一残っている市立病院へと移送されたのである。

 

「17代目にも本当に困ったもんだよ。 ”やり残した事があるから、日本には帰らない”とか我儘言っちゃうんだもん。 俺様、寒いのが大の苦手なのにさぁ。」

 

年が明けた1月頃の気候は、確かに暖かい日本育ちの佐助にとっては、殺人的な寒さだろう。

 

「ら、ライドウさんは・・・その、大丈夫なのか? 」

 

あの日以来、一度も悪魔使いの顔を見ていない。

キリエと同じ病院に収容されていたと聞いていたが、姉の世話に忙しく、とても会いに行く暇が無かった。

 

「一応ね・・・自分の事よりも君達姉弟の事を物凄く心配してた。」

「そっか・・・・。」

 

佐助の言葉に俯くネロ。

視線が悪魔の右腕へと落ちる。

あの日、フォルトゥナ城の地下研究棟で、ネロは己の身に宿る悪魔、堕天使アムトゥジキアスに精神を乗っ取られた。

その時に、命懸けで元に戻してくれたのが、誰であろう17代目・葛葉ライドウだったのである。

 

「今からでも会いに行くかい? 」

「え? 」

 

思わぬ佐助の提案に、ネロが弾かれた様に顔を上げる。

 

「17代目は、首都”ヴァイス”にある私立病院に居るよ? 此処からでも近いし、俺様も監視がてら一度、顔を見に行かないといけないからね。」

「・・・・。」

 

命の恩人である葛葉ライドウに会える。

しかし、自分は、戦争犯罪者の家族だ。

身分的な立場もあるし、魔術師としても名高い17代目・葛葉ライドウに、一介の平騎士に過ぎない自分がおいそれと会って良いのだろうか?

 

「本当に、ライドウさんに会えるのかよ? 」

「もちのろんだよ。 俺様嘘吐かなーい。」

 

何時もの飄々とした調子で、佐助は両手を上げた。

 

 

フォルトゥナ公国、首都『ヴァイス』。

悪魔の襲撃により、商業都市にある建物は幾つか倒壊し、米陸軍やロシア軍の装甲車が何台か駐車している。

平常時ならば、買い物や市内観光で訪れる観光客でごった返す商業区域ではあるが、今は寂静(じゃくじょう)としており、配給を貰う為に列へと並ぶ市民達と、M16アサルトライフルを装備する迷彩柄の防護服の兵士達しかいなかった。

そんな醜い傷跡が深々と残る商業区域に、唯一無事で残っている建物がある。

フォルトゥナの民間企業が経営する、小さな市立病院だ。

本来ならば整形外科を専門とするクリニックであるが、今は他病院から来た看護師や医師が詰めており、戦争で負傷した患者達で溢れ返っていた。

患者達や病院関係者達の喧噪に包まれる中、数少ない個室の一つに、17代目・葛葉ライドウがいた。

 

緑色の患者衣を着たライドウは、ベッドの上で上半身を起こし、膝に乗せたIPADを操作している。

液晶画面には、二日前に起こったフォルトゥナと隣国のディヴァイドとの戦争が記されており、敗戦国となったフォルトゥナが近いうちにロシア連邦に吸収される旨が書かれていた。

 

「・・・・・っ、糞。 」

 

無意識に親指の爪を噛む。

これは、何か不機嫌な時にやってしまう悪癖で、ライドウの親指の爪はどれもギザギザに欠けていた。

 

「お昼ご飯をお持ちしました。 」

 

看護師が、ライドウの居る個室のドアをノックする。

悪魔使いが顔を上げると、出入り口であるドアを開けて、金色の髪をした少々派手めな看護師がワゴンを押して入って来た。

 

「き、君は・・・・!? 」

「はぁい♡ お久し振りね。」

 

質素な病院食が乗ったワゴンを押して現れたのは、フリーの魔導士(マーギア)であるトリッシュだ。

見事な金髪をした美女は、涼やかな微笑を浮かべると、食事の乗ったワゴンをベッドの傍に置き、簡易椅子へと腰を下ろした。

 

「本国に還ったんじゃないのか? 」

 

魔剣教団の幹部であったグロリアの正体が、変身魔法(シェイプシフター)を使ったトリッシュであると見抜いているライドウは、呆れた様子でそう言った。

 

「ちょっとだけ、貴方と話がしたかったのよ。」

「話・・・・? 」

「そう、単刀直入で聞くけど、貴方、最初からこの戦争が全て仕組まれていたって気が付いていたんでしょ? 」

「・・・・・・ああ、途中から薄々そうじゃないかと思っていた。」

 

トリッシュが指摘する通り、フォルトゥナに入国して国を推しての一大イベント”魔剣祭”に参加してから、そうでは無いかと危惧していた。

それが確信へと変わったのは、アルブム大橋で親友のクレドと対峙した時だ。

 

「これはあくまで俺の推測だが、後藤事務次官は、フォルトゥナ公国(この国)にスパイを潜り込ませていたんだと思う。 恐らく此処で精製されていた”ゼブラ”の顧客データと地獄門(ヘルズゲート)の所在を探る為にな。」

 

防衛省のトップである後藤は、甲賀系の優秀な忍達を何名か子飼いにしている。

アメリカ国防省と昵懇(じっこん)である後藤は、彼等の依頼でフォルトゥナ公国の内部事情を探らせ、情報を逐一流していたのだ。

 

「事務次官の唯一の誤算は、八王子と横浜にある研究施設の襲撃事件だ。 まさか、自分の大事な庭が他国の・・・しかも劣等国と蔑んでいるフォルトゥナに荒らされるとは夢にも思ってなかったんだろう。」

 

矜持と手塩にかけて大事に育てた部下、数名を無惨に殺された後藤の怒りは、筆舌し難い程だっただろう。

彼は、現アメリカ大統領であるゼレーニンに連絡し、現ロシア連邦大統領、アレクセイ・ネモフを呼び出し、両者で内密な緊急会談を開いた。

ゼレーニンと後藤は、ロシアと同盟関係にあるフォルトゥナが、裏で魔薬である”ゼブラ”を精製し、それを諸外国へと流していた事。

ロシア連邦がその事実を知りつつ、多額の政治資金を得る事で黙認していた事。

オリジナルの地獄門(ヘルズゲート)から悪魔を呼び出し、生物兵器として研究していた事等の証拠を突きつけ、ネモフに協力する様、迫ったのだ。

ネモフにとって、サンクトゥスは、金の卵を産む鶏であったが、日に日に増長するその態度に、腹を据えかねていた。

また、フォルトゥナの地下深くには、希少な精霊石の鉱脈が眠っている。

国連と鉱業権を共有するのは、大分不服ではあるが、邪魔なサンクトゥスを排除出来るならそれで良い。

二つ返事で全ては決定した。

 

 

 

「凄いわね・・・・そこまで分かっていて、何故、貴方は彼等に素直に従ったのかしら? 」

「・・・・・ダチを・・・・クレドを救う為だ。」

 

シーツの上で硬く握られる自分の右拳へと、視線を落とす。

 

当初は、堅物で正義感の強い親友が、何故、こんな犯罪に加担したのか知らなかった。

しかし、フォルトゥナの港町で起こった”タンカー座礁事件”の真相を友の口から聞いた時、彼と彼の妹を救う事が出来ぬと絶望した。

 

「俺も君に一つ質問なんだが・・・・”ファティマの書”は一体どうなったんだ? 」

 

クレド達、魔剣教団の幹部連中を悪魔へと変えた魔の経典。

何故、そんなモノがフォルトゥナ公国(この国)にあるのかは知らないが、未だに”ファティマの書”がこの国の何処かにあるのなら、黙って見過ごす訳にはいかない。

 

「異端審問官のおっかないお兄さん達が持って帰ったわ。 今頃、ファティマ大聖堂に無事戻っているでしょうね。」

「そうか・・・・。」

 

予想通りの結果に、ライドウは力無く頷く。

 

経典が無事元の場所へと還されたのならば、これ以上の悲劇は起きないだろう。

後は、”タンカー座礁事件”の真相を、世間に公表するだけなのだが、国連がNPO団体を使って綺麗に証拠隠滅をしているだろうから、相当難しい筈だ。

 

「貴方が今、何を考えているのか当ててあげましょうか? 」

「・・・・・? 」

「お友達を狂気に走らせた原因を、世間に公表し、拘わった奴等に法的処罰をしてやりたい・・・・そうでしょ? 」

 

悪戯っぽく微笑んだ女魔導師が、看護師の制服の胸ポケットからUSBを取り出す。

そしてソレをライドウの膝の上へと丁寧に置いた。

 

「20数年前に起こった”タンカー座礁事件”の詳細と船に積んでいた積荷、それから運んでいた船長とそれを依頼した某大国の政府関係者の名前が載ってるわ。」

「・・・・・っ、何で君が・・・・・。」

「マレット島で貴方に大きな借りがあったでしょ? 忘れた? 」

 

今から4年前、オークニー諸島で起こった悪魔による大規模な事件。

異界に捕り込まれ、魔導兵器『ナイトメア』に捕まったトリッシュを、ライドウが救ったのである。

助けた悪魔使い本人は、すっかり忘れていたのだが、どうやら、助けられた女魔術師はしっかりと覚えていた。

 

「サンクトゥスは、この記録素子をネタに、魔剣教団団長を自分の手駒へと取り込んだの。 小物の癖に頭だけは回る奴だったわ。」

 

もう要は済んだとばかりに、金髪の美女は簡易椅子から立ち上がる。

そんなトリッシュを、ライドウが呼び止めた。

 

「何故、君は俺に手を貸すんだ? いくら葛葉四家の人間とはいえ、元は・・・。」

 

そう言い掛けたライドウの唇を、トリッシュが身を屈めて塞ぐ。

柔らかい唇の感触と、甘い香水の香り。

十分に悪魔使いの唇を堪能した女魔術師が、ゆっくりと離れた。

 

「何故かしらね・・・・自分でも分からないの。」

 

熟れた林檎の如く、真っ赤に頬を染める悪魔使いに、トリッシュは悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

人を騙し、自分を偽り、命など紙屑と同じ価値しかない世界で生きて来た。

上からの命令に忠実に従い、時には幼子の命すら奪う。

そんな殺伐とした世界で、彼女は轟々と燃え盛る炎を見た。

どんな強風や豪雨にすらも、決して消えず、暗闇に沈む世界を太陽の様に照らし続ける。

それが、今目の前で顔を真っ赤にさせて狼狽えている17代目・葛葉ライドウであった。

 

「それじゃ、また何処かで会いましょ。」

「・・・・・ああ。」

 

甘い香水の残り香を室内に残し、女魔術師は出て行った。

後に残されるライドウ。

その手には、トリッシュから渡されたUSBがしっかりと握られていた。

 

 

 

茶のチェスターコートに、黒のカシミヤのセーター、ビンテージのジーンズを穿いた金髪の美女が、エレベーターから降りる。

市民達やICRC(赤十字国際委員会)から派遣された医療スタッフが忙しなく動き回る中、病院のロビーで大柄な男が椅子に座っているのを見つけた。

レッドグレイブ市を中心に活動している便利屋のダンテだ。

長い脚を組み、今朝方配られた新聞に目を通している。

 

「はぁい、お久し振りね? 便利屋のお兄さん。」

「・・・・・? 」

 

読んでいた新聞から顔を上げると、濃いサングラスを掛けた金髪の女と視線が合う。

真っ赤なルージュが引かれた唇に微笑を浮かべると、女―トリッシュは、向かい側の席へと腰を下ろした。

 

「何で、お前が此処に居る? 」

「仕事よ・・・・やっと終わったから、家に帰るところ。」

 

思案気に顎に指を当てた女が、濃いサングラスの下から、探る様に目の前にいるダンテを眺める。

 

ダンテとは、4年前に起こった世界的ロックシンガー、エレナ・ヒューストンの事件以来だ。

彼が、CSI(超常現象管轄局)のNY支部長、ケビン・ブラウンの依頼でこの国に来ている事は知っている。

ケビンの依頼を無事終了しているにも関わらず、何時までも此処にいるという事は、やはりこの男もライドウが目的らしい。

 

「貴方もいい加減、NYに帰ったら? 」

「余計なお世話だ。」

「彼に拘わっても、貴方には何の利益にもならないわよ? 」

 

痛い所を突かれ、途端にダンテの表情が不機嫌になった。

 

「てめぇには関係無いだろ? 」

「私は、親切心で貴方に忠告してあげているのよ。」

 

サングラスを取った女魔術師が、鋭い視線を目の前の銀髪の大男へと向ける。

 

ダンテが抱いている感情は、恐らく自分と同じだ。

ライドウを自分のモノにしたくて堪らない。

しかし、それは到底叶わぬ願いだ。

人修羅の首には既に、太い鎖が巻かれている。

 

「彼と拘わった者は、皆死んだ・・・・貴方もそうなりたく無かったら、大人しくNYに帰って便利屋の仕事に励みなさい。」

「ちっ、お袋と同じ顔で俺に説教垂れるなよ。」

「? どういう意味かしら? 」

「コッチの事だ。」

 

ダンテは舌打ちすると、もうこれ以上、トリッシュと話をする気が無いのか、椅子から立ち上がり、持っていた新聞をラックへと戻す。

 

「全く、どいつもこいつも俺と爺さんを引き離そうとしやがる。」

 

椅子に座っている女魔術師に一瞥を送ると、ダンテは、さっさと病院から出て行ってしまう。

その背を無言で見送るトリッシュ。

 

ダンテは、絶対にライドウを諦めないだろう。

あの男の抱いている執着心は、自分のソレより遥かに強いからだ。

 

 

 

佐助が運転するレンタカーに乗るネロ。

悪魔の襲撃によって壊された街並みが、平らに滑って行く。

クレドの邸宅がある海沿いの街から此処まで、車で20分弱。

その間、ネロは一言も喋らない。

ハンドルを握る佐助も、そんな銀髪の少年の心情を察してか、敢えて何も話し掛ける事はしなかった。

 

「見えた、あそこの病院に17代目がいるよ。」

 

商業区から少し離れた一区画に、その病院はあった。

4階建ての市立病院である。

病院の周りでは、幾つもテントが設営されており、市民達が看護師から問診等を受けていた。

 

「・・・・・? どうしたの? 」

 

駐車場に車を停め、降りる二人。

中々ついて来ようとしないネロに、佐助が胡乱気に振り返る。

 

「どんな顔して、ライドウさんに会って良いのか分かんねぇ。」

 

ライドウとは、フォルトゥナ城の地下研究棟で別れて以来、一度も会ってない。

”ソロモン12柱”の魔神の一人である堕天使アムトゥジキアスに一時的とはいえ、精神を乗っ取られ、それが原因で、ライドウに大怪我を負わせてしまった。

あの時の失態を想い出し、怖くなってしまったのだ。

 

「なーに、ビビってんのよ? 普通に会えばいいじゃない? 」

 

そんな経緯(いきさつ)があったなど、梅雨とも知らない佐助。

困った様子で頭を掻いている。

 

「俺・・・・・俺のせいなんだ・・・・ライドウさんが怪我をしたのは。」

「え?・・・・・御免、言っている意味が・・・・。」

 

真っ青な顔をして俯くネロに、佐助が近寄ろうとしたその時であった。

視界に真紅の長外套(ロングコート)を纏う巨漢の男が映ったのだ。

あの趣味の悪い服装の男には、嫌という程見覚えがある。

17代目の仕事を幾度も邪魔した便利屋― ダンテだ。

 

「アイツ・・・・・。」

 

てっきり住処であるNYに帰国したとばかり思っていた。

未だに17代目に対して未練があるらしい。

一体、何処から嗅ぎ付けたのかは知らないが、このまま放置する訳にもいかない。

 

佐助は、一旦、ネロを車の傍で待たせ、ダンテが居る街路樹へと向かった。

 

 

回路樹の銀杏(いちょう)の木に背を預け、ダンテはライドウが入院している病院を見上げる。

不図、脳裏にライドウが移送される前に居た、ディヴァイド共和国が運営するノワール国立病院での出来事が想い出された。

ダンテが口移しで与えた魔力に反応し、僅かに意識を取り戻した悪魔使い。

朦朧とした意識の中、ライドウは、自分とかつての番であるヨハン・ハインリッヒ・ヒュースリーを間違えていた。

 

(まだ、包帯野郎が好きなのか・・・・。)

 

馴染みにしている情報屋、エンツォ・フェリーニョが連れて来た、新人の便利屋、ジャン・ダー・ブリンデ。

その正体が、ライドウの元番、ヨハンである事は、師であるケビン・ブラウンから聞いている。

今迄、多くの番を得ていたライドウの中で、ヨハンはかなり別格であったらしい。

それまで、感情の無い殺戮人形であったライドウに、人間らしい感情を取り戻させたのが、魔剣教団の元団長であるヨハンであった。

 

(仕方、ねぇよな・・・・? 俺はアンタの事を何も知らない。)

 

半年間、共に生活を送っていながら、ライドウは決して自分の過去を話そうとはしなかった。

どんな人生を送り、何故、召喚術師になったのか・・・・その経緯がまるで分からない。

一度、苛立ちのままに、拷問紛いの性交渉で、彼の過去を聞き出そうとした。

しかし、失神するまで責めたにも拘わらず、ライドウは決して口を割らなかった。

残ったのは、罪悪感という後味の悪さだけであった。

 

 

「いい加減にして欲しいんだけどさぁ。」

 

そんな取り留めも無い考えに耽るダンテに、何者かが声を掛ける。

見ると赤毛の若い男が、両腕を組んで此方を睨んでいた。

魔剣教団本部、1階降臨の間で、異端審問官との戦闘で乱入して来た『クズノハ』の暗部に所属する男だ。

名前は、猿飛佐助と名乗っていた。

 

「何時までウチの大事な葛葉四家当主に付き纏っている訳? 」

 

白いバンダナを頭に巻いた若い男は、心底呆れた様子で腰に手を当てている。

 

「お前も大概しつこいな? 忍者野郎。」

 

何故、どいつもこいつも自分からライドウを遠ざけたがるのだろうか?

恋愛というモノは、障害が多い程燃え上がると聞くが、流石にこれはウンザリしてしまう。

 

「猿飛佐助ね・・・・因みに、その貧相極まりないボキャブラリーをどうにかしたら?」

「俺に喧嘩を売っているのか? 」

「別に・・・・喧嘩したけりゃ何時でも相手になるけど? 」

 

鋭く此方を睨む、薄茶色の双眸に、ダンテは腹腔から湧き出る怒りをぐっと抑え込む。

 

「喧嘩というヤツは、相手の挑発に乗った時点で負けだ。」

 

師であるCSI(超常現象管轄局)NY支部長、ケビン・ブラウンが、口癖の様に言っていた言葉を思い出したからだ。

ケビン曰く、怒りという感情は、人間にとって起爆剤になるが、同時に冷静な判断力を全て奪ってしまう。

特に、団体行動を取る際には、ソレがチームを危険に晒す行為となってしまうのだ。

 

「誰にこの場所を教えて貰ったのか知らないけど、これ以上、17代目の周りをウロチョロされたら迷惑なんだけどね。」

「俺がどうしようが、お前には関係が無いだろ。」

「上司に危害を加える危険人物を、近づけさせる訳にはいかないんだよ。」

 

この男と17代目の関係は知っている。

NYを拠点に活動している秘密結社(フリーメーソン)KKK団(クー・クラックス・クラン)の内部事情を探る為に、17代目は、ダンテの便利屋事務所を利用していた。

表向きは、居候として便利屋の手伝いをしていたらしいが、どうやらソレだけでは無かったのである。

 

「俺は、爺さんを傷付けるつもりはねぇよ。」

「どーだか・・・アンタの言葉は信用出来ないね。」

 

永遠に平行線を辿りそうな会話を、唐突に第三者が邪魔をした。

ライドウの担当医師を務めるUSSF隊員、スコット・ゴードンである。

くすんだ金髪の若い中尉は、慌てた様子でかつての上司であるダンテの所へと駆けて来た。

 

「どうしたんだ? ゴードン。」

 

常に冷静な態度を崩さない部下が、これ程取り乱すのは珍しい。

 

「17代目が・・・・・彼が病室から脱走しました。」

 

ゴードンの言葉に、ダンテと佐助の顔色がサッと変わる。

特に、佐助は青から土気色へと変色していた。

 

 

 

フォルトゥナ公国、首都”ヴァイス”から数キロ離れた山間(やまあい)の山岳地帯。

そこを抜けた先に、かつて伝説の魔剣士・スパーダが住んでいたと言われる居城、”フォルトゥナ城”がある。

ヴァチカンの爆撃や悪魔の来襲があったにも拘わらず、城自体は特に目立った破損は無かった。

ウィンドブレーカーにジーンズ姿のライドウが、光の間1階を通り過ぎ、同じ階にある修練場へと向かう。

平時は、観光客の為に暖房が入っているが、今は未曽有の事態の為か、暖房どころか照明すらも消えている。

廊下の窓から差し込む陽の光を頼りに、白い息を吐き出しながら、ライドウは修練場の扉を潜った。

 

そこには幾つかの古びた木人樁(もくじんとう)が置かれており、石畳には抉れた様な傷跡があちこちに残っている。

老朽化が進み、新しい修練場が別の場所に造られた為、此処は観光客達が見学する場所になっていた。

ライドウは、木人樁の一つへと歩み寄り、繊細な指先で人形に付けられている傷跡をなぞる。

記憶の中に、木人を相手に体術の訓練に励む一人の男の姿が蘇った。

紅茶色の髪をした若い騎士が、全身を汗まみれにしながら、拳と蹴りを人形へと打ち込む。

陽が沈み、夕闇が辺りを包む時間になっても、男は自己鍛錬を止めようとはしなかった。

 

「クレド・・・・。」

 

フォルトゥナ侵攻作戦時にその命を散らせた、大事な友。

堅物で融通が利かず、非常に頑固な男であった。

しかし、誰よりも努力家で、臥薪嘗胆(がしんしょうたん)を怠らぬ己に厳しい性格をしていた。

騎士道を尊び、家族想いの優しい男。

 

「自分を責めるな・・・・。」

 

不図、背後から親友の声が聞こえる。

弾かれた様に振り返ると、そこには淡い光を放つ魔剣教団騎士団長が立っていた。

 

「済まない・・・・君にこんな浅ましい姿を見せてしまって・・・。」

「クレド・・・・? 」

 

自分を救おうと、孤軍奮闘した友達を残し、先に逝く事を躊躇ったらしい。

アストラル体となったクレドが、木人樁の傍に立つライドウへと歩み寄る。

悪魔使いへと伸ばされる大きな手。

頬に触れる掌に、ライドウは静かに右の隻眼を閉じる。

 

「私を憎んでいるか・・・・? 」

 

何処か苦し気な問い掛けに、ライドウは秀麗な眉根を寄せ、首を横に振る。

 

「俺が・・・・・全て俺が悪かったんだ・・・・もっと早く、お前と話をするべきだった・・・・。」

「・・・・・。」

 

クレドは、無言のまま小柄な悪魔使いを抱き寄せる。

アストラル体であるクレドに抱き締められても、生者であるライドウは何も感じない。

しかし、何故か彼の腕の中は暖かく、凍える様な周囲の寒さを忘れさせた。

 

「ライドウ・・・・愛している・・・・最後に、この言葉を君に伝えられて良かった。」

 

安堵の吐息を零し、微笑むクレド。

躰が光の粒子となり、空へと溶け込む様に消えていく。

唇に触れる男の感触を感じつつ、ライドウは硬く隻眼を閉じ、顔を上へと向けていた。

 

 

「全く、困った爺さんだぜ。」

 

友を見送るライドウの背に、便利屋の呆れた声が掛けられた。

振り返ると、修練場の出入り口に、見事な銀の髪をした大柄な男が立っている。

 

「お前・・・・どうして此処に? 」

「ネロって餓鬼に聞いたのさ、お前の親父が行きそうな場所は何処か知ってるか・・・てな。」

 

ライドウと魔剣教団騎士団長であるクレドが、昔馴染みの友人であるという事は、既に調査済みだ。

馬鹿が付く程、お人好しで糞真面目な悪魔使いが、親友の死で自分を責めているであろう事は容易に予想出来る。

きっと、彼等、共通の想い出の場所にいるであろうと推測したダンテは、クレドの義理の息子であるネロに、父親が良く立ち寄る場所を聞き出したのだ。

 

「この城にはまだ、悪魔共がウヨウヨいる。昨日まで、意識不明の重体だった奴が来る場所じゃねぇ。」

「大きなお世話だ・・・俺がどうしようがお前に関係ないだろ。」

「あるね、アンタとの決着がついてねぇ。」

 

怒りに燃える双眸を、数歩離れた場所に立つ悪魔使いへと向ける。

グレーのウィンドブレーカーに色褪せたジーンズ。

左眼の魔眼を呪術帯で覆い、濡れ羽色の長い黒髪を後ろで無造作に束ねている。

4年前と全く変わらぬ姿が、そこにあった。

 

「まだそんな事を言っているのか? いい加減、俺に拘わるのは止めろ。お前はまだ若い、幾らでも人生をやり直せるんだぞ? 」

「ハッ、その説教も変わってねぇな・・・・4年前、アンタに何度もそう言われたっけか。」

 

4年前、レッドグレイブで半年間とは言え、共に生活した。

様々な事件を解決し、これからも共に便利屋の相棒として過ごすだろうと思っていた。

しかし、全てはダンテが勝手に抱いた幻想に過ぎない。

 

「覚えてるか? 7年前の”テメンニグル事件”の事・・・。」

「・・・・。」

「最初は、只の糞餓鬼だと高を括っていた・・・だが、実際、アンタと対峙して自分が如何に甘っちょろい世界でぬくぬく生きて来たか思い知らされた・・・・上には上がいる・・・まさにソレで、若造だった俺は、素手のアンタに叩きのめされた。」

「・・・・。」

「4年前、アンタが俺の前から去った時、絶望で頭がおかしくなりそうだった。 激しく憎んだよ・・・弱すぎる自分自身にな・・・・だから、従軍し、ブラウン大佐の下で指導を受け、”悪魔狩人(ハンター)”の資格を得た。アンタの隣に立つ為にな。」

「・・・・。」

「そして、運命の悪戯ってヤツで、またアンタに再会した。 分かるか?その時の俺の気持ちが? 」

「・・・・・知るか・・・・そんなモノ・・・・気色が悪いんだよ、お前。」

 

グラグラと揺れ動く心を必死に抑え付け、ライドウは、態と心にもない酷い言葉を吐く。

これは質の悪い愛の告白だ。

それまで、普通に便利屋稼業をしていた一人の男が、闇に生きる悪魔使いに心底惚れこみ、抜け出せない蟻地獄の様に、どんどん此方側の世界に踏み込んで来ている。

恥ずかし気も無く、自分の心を吐露するダンテに、ライドウはどうして良いのか分からず狼狽した。

 

「俺と戦え・・・・ライドウ。」

「? 正気か? ”ヴァイス”の大歌劇場とミティスの森で散々ぶちのめされただろうが。」

「これで最後にする。 もし、負けたら二度とアンタの前に姿を現さないし、悪魔絡みの仕事も引き受けない。」

 

強い決意を秘めた蒼い双眸。

どうやら本気で言っているらしい。

 

「お前が勝ったらどうするつもりだ? 」

 

万に一つ、それは有り得ないが、一応、彼の望みを聞いておく。

 

「おかっぱ野郎と契約を切って、俺を本番(ほんつがい)にしろ。」

「・・・・・っ、それは・・・。」

 

無理だ・・・という言葉を何とか呑み込む。

本番(ほんつがい)にすれば、立場は対等になるのが常だが、玄武に関してはまるで違う。

実力、経験共に玄武が遥かに上であり、おまけに奴は3代目・剣聖である。

ヨハンの時の様に、玄武が納得すれば良いが、今のダンテでは歯牙にもかけないだろう。

 

「出来ないのか? それなら仕方ねぇ、俺が直接日本に乗り込んで、おかっぱ野郎にアンタとの契約を破棄させる。」

「馬鹿が! 殺されるぞ! 」

 

無謀過ぎるダンテの発言に、ライドウの顔色が真っ青に変わった。

ダンテの実力では、玄武の足元にすらも届かない。

下手をすれば、一瞬で首を斬り落とされる。

 

「言っとくが、俺は本気だからな。」

「・・・・・本当に、大馬鹿野郎なんだな? お前は・・・。」

 

片目、片腕の少年は、諦めたかの様に溜息を零すと、修練場の中央へと移動する。

要するに、この馬鹿を納得させる為には、ライドウ自身がダンテを完膚なきまで叩きのめすしかないのだ。

何故、赤の他人である筈の自分に、彼が此処までするのか分からない。

否、分かっているからこそ、敢えてそこから眼を逸らしている。

 

中央に設えてある舞台に登り、真紅の魔槍”ゲイボルグ”を召喚する。

魔力と体力、そして精神力を消耗した代理番のアラストルは喚べない。

NCBI(アメリカ国立生物工学情報センター)の研究員がいるフォルトゥナの市立病院で治療中だ。

 

番がいない以上、長期の戦いは此方が不利。

ならば短期決戦で決めるしかない。

器用に真紅の魔槍を右手でバトンの様に一回転させると、ライドウの躰が眩い閃光に包まれる。

光の中から、雪の様に純白な鎧を纏った真紅の背旗を背負う白狼が姿を現した。

蒼い炎が灯る魔眼が、舞台下に居る銀髪の魔狩人を睨む。

途端、ダンテの背に形容し難い寒気が走った。

 

 

 

「はぁ・・・・・何で俺様がこんな目に合っているんだろうねぇ? 」

 

フォルトゥナ城、修練場へと続く大回廊内。

得物である巨大な卍手裏剣を両手に構え、白いバンダナを巻いた赤毛の若い男―猿飛佐助が盛大に溜息を吐く。

 

「すみません、僕がしっかりと17代目を見張っていれば・・・。」

 

KSC M93Rオート9Cの大型ハンドガン二丁を、まるで手足の如く操り、幽鬼・メフィストの群を排除していくゴードン。

法儀式が施された特殊弾が、メフィスト達の躰を引き裂き、コアである心臓を撃ち抜く。

 

「俺は別に構わないぜ? 丁度ムシャクシャしてたしな! 」

 

銀髪の少年―ネロが、機動大剣・レッドクィーンを駆り、外道・スケアクロウの群を斬り飛ばしていく。

跳躍し、脚に生えた凶悪な刃で切裂こうとしたスケアクロウの一体を紙一重で躱し、悪魔の右腕”デビルブレイカー”で無造作に掴む。

何度も何度も硬い床に叩き付け、最後は、同族である外道の群に投げ飛ばした。

 

「そーいや、オタク医者なんでしょ? こんな所で時間潰してて良いの? 」

 

幽鬼・メフィストよりも更に上位種であるファウストの放つ槍の様な鋭い爪を軽々と躱しつつ、佐助がカウンターで卍手裏剣を放つ。

特殊ワイヤーによって操られる巨大手裏剣は、縦横無尽に飛び回り、ファウストの躰に纏う黒い霧の衣を全て剥がした。

 

「僕は、17代目の主治医です。 大事な患者を連れ戻すまで帰れませんよ! 」

 

醜い蟲の本体を晒され、無様に床でのたうちまわるファウストの心臓を的確に撃ち抜く。

ゴードンの背後から襲い掛かる妖獣・アサルト。

しかし、その動きは既に読まれており、鋭い爪が振り下ろされる前に、ゴードンが両手に持つ巨銃で心臓を破壊する。

 

「す、凄ぇ・・・・USSFって特Aクラスの剣士(ナイト)や魔導士(マーギア)で固められてるって聞いたけど、本当だったんだな。」

 

まるで後ろに目でも付いているのか、ゴードンの動きには一分の隙すらも無い。

ネロは、六連装大口径リボルバー・ブルーローズと機動大剣を巧みに操りながら、ゴードンの戦いぶりに感心していた。

 

「ヒヒヒッ! コイツがまともに戦えるのは俺様のお陰だけどな。」

 

そんなネロの耳に聞こえる甲高い子供の様な声。

驚いて辺りを見回すが、当然子供の姿などそこには無く、いるのは自分達三人と悪魔の群だけであった。

 

「注意力散漫は、命取りだよ? 」

 

ゴードンが、鋭い爪を振りかざし、襲い来る妖獣・アサルトの攻撃を紙一重で躱し、カウンターに右拳の裏拳を叩き込む。

その腕から「痛ぇ!! 」という短い悲鳴が上がった。

 

「おいっ! スコット! もう少し丁寧に扱えよ! 俺はデリケートなんだぞ! 」

「なら、少しは大人しくしていてくれ。 お前の存在は、隊の仲間以外内緒なんだぞ。」

「ちっ、俺がいなきゃ何も出来ないボンクラの癖に・・・・ぎゃぁ!」

 

ブツブツと子煩い右拳を握り締め、今度は、足払いを掛けて倒れた妖獣の胸に振り下ろす。

全体重を乗せ、真上から振り下ろされた拳は、深々と怪物の胸に抉り込み、心臓を潰した。

 

「気持ち悪ぃ! スコット!スコットォオオオオ!! てめぇ、絶対後で覚えてろよ!」

「すぐ忘れるから気にしないよ。」

 

肘まで埋まった右腕を引き抜き、今度は、闘気術で倍化した膂力をフルに使って、地面を蹴り上げる。

頭上を掠める幽鬼・メフィストの爪。

背後へと降り立ったゴードンが、まるでマシンガンの如く速射を行い、幽鬼の纏っているガス状の衣を剥ぎ取る。

まるで猫の様な悲鳴を上げて、醜い蟲の本体を晒した幽鬼が床へと転がる。

その背骨付近にある心臓(コア)目掛けて、ゴードンが勢いよく踏み抜いた。

 

 

 

暗闇に沈む修練場内に、橙色の火花が散る。

高速で繰り出される槍の矛先と大剣の刃。

火花が散る度に、純白の鎧を纏った白狼の姿と、深紅の雄々しき翼を持った悪魔の姿が照らし出される。

 

切り結ぶ真紅の魔槍”ゲイボルグ”と大剣”リベリオン”。

蒼い炎を宿す魔眼と、紅く光る二つの双眸がぶつかり合う。

 

「病み上がりのところ申し訳ねぇな? 爺さん。」

「別に・・・・・お前如きの相手なら、丁度良いハンデだ。」

 

激しい鍔迫り合い後、弾かれる様に離れる二人。

互いの間合い一歩手前の位置まで下がり、相手の出方を伺う。

 

正直言って、ライドウの方が、圧倒的に不利だ。

魔槍”ゲイボルグ”の魔力を借り、魔鎧化したとはいえ、片腕である事に変わりはない。

おまけに、邪神・アバトンから受けた傷は未だ完治せず、魔力、体力共にベストな状態ではなかった。

しかし、そんな事等、噯(おくび)にも出さず、泰然とした様子で目の前に対峙する魔狩人を見据えている。

 

(妙だな・・・・・何故、撃って来ない? )

 

猪突猛進を絵に描いた様な男が、何故か防戦一方に回っている。

傍から見れば、ライドウが圧倒的に圧している様に見えるが、実はそうではない。

ダンテは敢えて防御に徹し、自分から仕掛けて来る様な真似をしていないだけである。

 

(何かを狙っているのか・・・・。)

 

あのFirst blood(一人だけの軍隊)ことケビン・ブラウンの元で厳しい指導を受けて来た男だ。

自分の知らない”スタイル”を隠し持っているに違いない。

 

”スタイル”とは、ケビンが対悪魔様に自ら編み出した特殊な戦闘法である。

ライドウが知る限りでは、移動能力に特化した”トリックスター”。

遠距離攻撃に特化した”ガンスリンガー”に近接攻撃に特化した”ソードダンサー”の三つだ。

その他に”スタイル”を持っていても、何ら可笑しい事は無い。

 

ライドウは、一つ息を吐き出すと、慎重に槍を構える。

相手の出方が分らぬ以上、下手な攻撃が仇になる可能性がある。

向こうが撃って来ないのならば、此方が一撃必殺の技を繰り出して、強引に捻じ伏せるしかない。

 

臍の下三寸、下丹田(しもたんでん)と呼ばれる場所に意識を集中する。

下丹田に蓄えられた気が全身に循環し、次第に身体が熱くなるのが分かった。

 

(俺の躰じゃ、分身技が使えるのは数秒だけ・・・・だが、その僅かな時間に全てを叩き込む!)

 

閉じていた双眸を開けた刹那、白狼を中心に、同じ姿をした白騎士が四体出現する。

気を練って生み出された分身体だ。

四体の白狼達は、石畳を蹴り割り、音速で魔狩人との間合いを一気に詰める。

退路を完全に断つ形で、繰り出される深紅の槍。

しかし、その切っ先が魔人化したダンテの肉体を切り裂く事は叶わなかった。

魔人化したダンテの躰を、黒い霧が覆い隠し、ライドウの繰り出す必殺の一撃を全て受け止めてしまう。

 

「・・・・・っ!なっ!!!! 」

「うぉおおおおおおっ! 」

 

驚愕に目を見開く白狼。

それと同じくして、ダンテが、裂帛の気合の元、今迄蓄積していたエネルギーを一気に放つ。

修練場を眩く照らす紅き光の渦。

分身体が次々に破壊され、本体である白狼が、思い切り壁に叩き付けられる。

咄嗟に防壁を張ったとはいえ、ダメージ全てを相殺させる事は叶わなかった。

まるでクレーターの様な大穴を穿った白狼は、力無くその場に膝を付く。

魔力が切れたのか、魔鎧化が解け、元の人間体へと戻った。

 

一方、凄まじい破壊のエネルギーを放ったダンテも、無傷とは言えなかった。

ケビンから最後に教えられた”ロイヤルガード”とは、相手の攻撃を防御する事でエネルギーをチャージし、一気に解き放つ技だ。

攻撃をブロックしたとはいえ、当然受けるダメージが0になる訳では無い。

おまけにブロックするタイミングを一歩間違えれば、此方が瀕死の状態に追い込まれる、正に諸刃の剣だ。

 

粗い呼吸を繰り返しつつ、真紅の魔人が先程、受けたダメージから立ち直れない悪魔使いへと近づく。

大剣『リベリオン』を床へと突き立てると、悪魔使いの胸倉を掴み上げ、己の目線まで引き上げた。

 

「ぐあっ!! 」

 

容赦なく、床へと叩き付ける。

嫌な音を立てて、肋骨が何本か折れるのが分かる。

口から血の飛沫が飛び散り、頭を強かに打ちつけたのか、意識が飛びそうになった。

 

そんな哀れな獲物を睨み付ける野獣の双眸。

噛み締めた唇から、唸り声を洩らし、己の躰の下で力無く横たわる悪魔使いの着ているシャツを引き裂く。

露わになる包帯だらけの躰。

叩き付けられた衝撃で、傷口が開いたのか、白い包帯が真っ赤に染まっている。

 

「やっ・・・・やめろ・・・正気に戻れ・・・・。」

 

一目で、ダンテが悪魔の本能に支配されているのが分かった。

血に濡れた唇で、弱々しく呼び掛けるが、当然、そんなモノで止まる筈が無い。

喰らい付く様に、悪魔使いの唇を奪い、躰に巻かれた包帯を引き千切る様に解いて行く。

 

「い・・・・嫌だ・・・・。」

 

意識が朦朧として、ロクな抵抗が出来ない。

口腔内に侵入した大きな舌が、歯列を割って縮こまる舌を引きずり出す。

鉤爪の様な鋭い爪を持った大きな手が、ジーンズをずり降ろそうとしたその時、修練場の大きな扉が開いた。

大回廊内の悪魔を残らず排除した佐助達が、ネロの案内でこの場所に来たのだ。

修練場の隅で、魔人化したダンテに組み伏せられているライドウを見た瞬間、佐助の中で何かが切れた。

腰に下げた封魔管を取り出し、主の元へと走る。

管の封印を解くと、それは一振りの太刀へと姿を変え、眩い光が佐助の躰を包む。

中から、紺色を基調とした鎧に身を包む騎士が姿を現した。

鴉を連想させる鋭角的な兜に頬当て、鎧の縁には金色のラインが走り、炯々と光る真紅の双眸が、兜の下から覗く。

容赦なく繰り出された回し蹴りが、魔人の脇腹に突き刺さった。

悪魔使いを凌辱する事で、夢中だったダンテは、躱す余裕など当然無く、受け身も取れずに真横へ吹き飛ぶ。

尚も追撃の手を緩めない佐助。

大の字に倒れたダンテの上に飛び乗ると、反撃出来ぬ様に相手の両腕を膝で抑え付け、馬乗りの状態になる。

 

「死ね。」

 

何の感情も籠もらぬ冷酷な声。

魔人の首を斬り落とさんと、逆手に持った太刀を振り上げる。

それを何者かが押し留めた。

 

「駄目だ! 殺すんじゃない!! 」

 

額と唇から血を流した悪魔使いが、振り上げた佐助の右腕に飛びついたのだ。

 

「17代目!? 」

 

主の予想外な行動に、真紅の双眸を驚愕で見開く佐助。

額と唇から流れ出る血が、紺色の鎧を所々、汚す。

 

「頼む・・・・剣を収めてくれ・・・・。」

「何で? 何でコイツを庇うんだ!? アンタをこんな目に合わせた奴なんだぞ!? 」

 

胸中に抱いていた鬱憤を一気に吐き出す。

常に飄々とした態度を崩さない佐助にしては、至極、珍しい事であった。

 

「それでも・・・・・殺しちゃ駄目だ・・・・ソイツは何も・・・・悪く・・・。」

 

そこまで言うのが限界であった。

力無く、ライドウの躰がずり落ちる。

魔力の残量は既に空。

体力が激しく消耗し、傷口が完全に開いた上に、肋骨まで折れている。

意識を失い倒れる悪魔使いの華奢な躰を、魔鎧化した佐助が抱き留めた。

 

 

それから後の出来事は、目まぐるしかった。

医者としての意識が動いたゴードンは、ライドウの容態をすぐに確認し、応急処置として何時も携帯しているエーテルを投与する。

 

「ネロ君、此処から寄宿舎まで、どれぐらいかかる? 」

 

フォルトゥナに派遣されているIFRC(国際赤十字赤新月社連盟)の医療スタッフに無線で連絡したゴードンが、未だ混乱している銀髪の少年に声を掛ける。

 

「す、すぐ近くだけど・・・・なんで・・・・? 」

「騎士団が詰めている寄宿舎には、災害時を想定して必ず必要最低限の医療器具が揃っている。そこに行けば、17代目に応急処置が出来る筈だ。」

 

此処では、これ以上の治療は出来ない。

寄宿舎に行けば、もっと的確な応急処置を施す事が出来るとゴードンが言った。

 

「案内するのは構わないけど、悪魔が・・・・・。」

「それなら俺様が、全部始末してやるよ。」

 

魔鎧化を解いた佐助が、太刀を封魔管へと戻し、ゴードンからライドウを受け取り抱き上げる。

 

「彼は、僕の大事な患者だ。当然、手伝いますよ。」

 

一つ溜息を吐いたUSSF隊員が、立ち上がった。

 

「お、俺だってライドウさんを護る! 」

 

悪魔使いには、返し切れない大きな借りがある。

二人に負けじと、ネロが息巻く。

瞬く間に意見が一致し、一路、寄宿舎へと向かう事になった一同。

修練場を出て行く時、銀髪の少年は不図、何かを察したのか背後にいる魔狩人を振り返った。

魔人化から人の姿へと戻ったダンテは、修練場の片隅に座り込んだまま、ピクリとも動かない。

掛ける声など当然無いネロは、すぐに佐助達の後を追い掛けた。

 




救いがないまま次回に続きます。
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