ムスタ&ヴァル・・・・ ライドウが使役している半人半妖。
バンジーと呼ばれる妖精族で、普段は天鳥町のカジノ店『lucky bring bunny』の従業員として働いている。
マクミラン(インキュバス)・・・・4年前、ダンテとライドウを襲撃した悪魔召喚術師、今は、使役していたインキュバスの肉体に自分の精神を間借しているという形で生きている。『エルバの民』首領である狭間・偉出夫の仲魔。
ロキ・・・・・アース神族と巨神族のハーフ。
主神・オーディンに溺愛されており、その為、傲慢で冷酷な魔王となった。
犯罪組織『マーダー・インク』のボス。
17代目・葛葉ライドウは、人生最大の窮地に追い込まれていた。
全身に脂汗を浮かべ、目の前の惨状を茫然と眺める。
そこには、モデル並みに容姿が整った三人の美女達が、凄まじい修羅場を演じていた。
「駄目と言ったら、絶対に駄目です。会長を巻き込む様な真似は、この私が赦しません。」
170近い高身長をしたビジネススーツ姿の美女ー 桐条・美鶴女史が、眼前に立つバニー姿の愛らしい美少女達を睨み付ける。
普段、自分より一回り以上も年上の部下達を叱責しているだけあり、常人を震え上がらせる程の迫力があった。
「何よ、元を正せば私達の了解も得ずに、勝手に理不尽な宣伝をした社長達のせいじゃないですか。」
しかし、相手も負けてはいない。
見事な銀色の長い髪を背中へと垂らした10代後半辺りの娘ー ヴァルが怒りを露わにして桐条女史に喰って掛かっていた。
「そ、そうです・・・・いくら私達が悪魔でも、こんなの横暴です。」
双子の妹の背に隠れた娘ームスタが、怯えた表情で反論する。
この美女三人の攻防が始まったのは、今から数分前だった。
H・E・C社(human electronics company)が出資する認定カジノで事件は起こった。
開店1周年を記念して開催される景品に、何と店の看板キャラであるヴァルとムスタのデート券が宣伝されてしまったのである。
何の連絡も受けていない双子は、当然の如く激怒。
支援している会社に抗議しようにも、SNSで既に拡散された後だった。
なので、最終手段としてH・E・C社の現会長である、17代目・葛葉ライドウの元へと助けを求めたのである。
「なら、店長のルーカスに抗議すれば良いでしょ。」
腕組みした美鶴が、呆れた様子で双子を眺める。
ヴァルとムスタの不幸は、仕事の打ち合わせに成城にある葛葉邸に、彼女がいた事であった。
長年、屋敷で執事を勤めている岡村の制止を振り切り、会長へと直談判しようとしたところ、運悪く桐条女史と鉢合わせになってしまった。
「あの人に言っても無駄、ヘラヘラ笑ってはぐらかすだけだもん。」
美鶴の迫力に、すっかり委縮した双子の姉を背後で庇いつつ、ヴァルが溜息を零す。
美鶴女史が言う通り、デート券等というふざけた景品を考えたのは、雇用主である店長本人だ。
天鳥町のショッピングモールにあるカジノ店は、何も自分達だけではない。
他の企業も、国から認可を受けてカジノ店を幾つか構えている。
手強い競争相手に差をつけるには、目玉商品が必要。
店の看板娘である踊り子二人組を景品に出品すれば、客は大受け。
更なる収益間違い無し、ボクちゃん頭が良い。
てのが、店長(ルーカス)の考えだろう。
「だから、会長にエントリーして貰って、自分達の貞操を護って貰う・・・実に短絡的で愚か過ぎるわ。」
「短絡的って何よ! 他に頼れる人がマスターしかいないから仕方が無いでしょ!」
「そ、そうです・・・助けて下さい。 マスター。」
双子の姉妹の視線が、書斎机に座るライドウへと注がれる。
ライドウにとってヴァルとムスタの二人は、娘も同然。
本心では、助けてやりたい。
もし、ろくでもない奴がデート券を獲得したら、可愛い愛娘二人に不埒な真似をするだろう。
娘達の身の安全を護る為には、保護者である自分が身を呈してやるしかない。
やるしかないが、目の前の現社長が怖くて出来ない。
「な、なぁ? 美鶴君。 二人の言い分は正しいんだ。事の元凶であるルーカスを説得して、別の景品を考えさせた方が良いんじゃないか?」
「イベント開催は明日です。それにlucky bring bunny(幸運を運ぶ兎)の常連客の殆どが彼女達のファン。 景品を変えたら大ヒンシュクを買うのは目に見えています。」
美鶴女史が言う通り、カジノ店の常連客は、美しい双子の姉妹のポールダンスを見る為だけに毎日足繫く店に通っている。
『双子の兎を見る事が叶えば、小さな幸運を貰える。』
そんな噂まで、ショッピングモールに流れているのだ。
現に、彼女達のダンスを見て、志望校に合格したとか、大企業に内定を貰えたという人間達までいる。
もし、一日彼女達を独占出来たら、きっと大きな幸運を手に入れる事が出来るだろう。
「じゃぁ、俺がイベントに参加するしかないな。」
「会長! 貴方はご自分の立場を理解しているのですか!?」
「勿論、只で参加するつもりはない。近々、初台エリアでアミューズメントパークが完成予定だよな?」
「え?ええ・・・一週間後に。」
「なら、ゲームの参加者達には、参加料として一日優待券を発行するというのはどうだろう。」
「か・・・会長。」
「これなら、俺が参加してもヒンシュクを買うデメリットは軽くなるし、テーマパークの宣伝にもなる。」
「・・・・・。」
一見破格な大盤振る舞いに見えるが、アミューズメントパークには、飲食業界の企業や高級ブランド店の店が幾つも出店されている。
参加者が優待券を使用すれば、金を幾らかそこで落とすだろうし、彼等の受けが良ければ、SNSや知り合い等に拡散してくれるだろう。
「・・・・確かにその通りですね・・・でも、私が言いたいのはそこではありません。」
「・・・・・。」
「会長は、ご自分の首に多額の懸賞金が掛けられているのをお忘れですか?」
美鶴の言葉に、双子の姉妹の顔色が真っ青になる。
桐条女史が言う通り、ライドウは反社会的勢力から命を狙われている。
理由としては、彼等の資金源である人身売買や非合法な臓器売買、また悪魔を使用した人体実験等の施設を幾つか潰して回った事にある。
苛烈とも取れるライドウの所業に、当然の如く、犯罪組織や秘密結社は多額の賞金を懸けた。
「そんな事か・・・・馬鹿々々しい。」
「馬鹿々々しいって・・・・。」
「俺の命が欲しい連中は幾らでもいる。そんな下らない事を気にしていたら、買い物にも行けやしない。」
「会長・・・。」
美鶴とて、ライドウの強さは良く知っている。
ライドウの命を狙って、特A級の暗殺者が幾人も派遣されたが、その悉くを返り討ちにして、彼等の生首を組織に送り返していた。
「大丈夫、天鳥町は俺の庭だ・・・下手な真似をする奴等なんていないよ。」
そこまで言われてしまっては、流石の女社長も黙るより他に術が無かった。
結局、双子姉妹の問題は、ライドウがゲームにエントリーして景品を勝ち取るという段取りで終了した。
何か言いたげなヴァルとムスタを一旦彼女達が住むマンションへと帰し、憤懣やるかたない桐条女史を八王子にある本社へと送り届ける。
執事の岡村が運転する高級車の車内。
完全に臍を曲げた桐条女史は、ライドウから顔を背ける様に後部座席の窓を眺め、その隣に座るライドウはどうしたものかと天を仰いでいた。
「御免よ、美鶴ちゃん。」
「・・・・。」
「あの子達は、俺の子供達と同じなんだ・・・・子を想う気持ちは君にだって分かるだろ。」
「・・・・・何時もそう、叔父様は言い訳ばっかり・・・・。」
「・・・・・。」
「あの時もそうだった・・・・私のせいで大怪我して・・・・。」
脳裏に忌まわしい記憶が蘇る。
美鶴は、幼い時、アジア系の移民集団に誘拐された経験があった。
日本で職を失い、借金を背負った移民達は、明日をも知れぬ生活を強いられていた。
そんな彼等を質の悪い極左暴力集団が目を付け、裕福層への見せしめと、移民達を焚(た)き付けたのだ。
裕福層への見せしめと標的にされたのが、日本有数の財閥の一つであった桐条財団であった。
「あれは俺のミスだ、美鶴ちゃんが気にする事じゃ・・・・。」
「私は、あの光景が今でも思い出すんですよ!」
ライドウの言葉を美鶴の怒りの声が、遮った。
見ると、ぽろぽろと涙を零している。
幼少時、私立の名門幼稚園に通っていた美鶴は、園の終了時、何時も通りの送迎の車に乗って家に帰ろうとした。
しかし、その日ばかりは様子が違った。
運転手が予定のルートを通らず、全く違う方向へと車を走らせたのだ。
実は、送迎を担当していた運転手は、極左暴力集団が経営する闇金から、多額の借金をしており、ソレを帳消しにしてやるからと取引を持ち掛けられていた。
美鶴は、身代金目的に誘拐され、横浜のとある倉庫街へと監禁された。
そんな彼女を救い出したのが、ライドウだったのである。
「済まない・・・・俺がもう少し慎重だったら・・・。」
「・・・・・。」
当初は、単純な身代金目的の移民による犯罪だとばかり考えていた。
しかし、事態はそれ程簡単では無かったのである。
実は、極左暴力団の正体は、悪魔崇拝をするアジア系の犯罪組織であった。
桐条財団が超国家機関”クズノハ”と深い繋がりがある事を知った彼等は、ライドウの首に掛けられている莫大な懸賞金に目が眩み、美鶴を餌におびき寄せたのである。
結果、美鶴救出の為に派遣された特殊公安部隊と極左暴力団が衝突。
暴力団に所属していた対悪魔に改造された強化人間が、美鶴に凶刃を向けるが、身を呈してライドウが護る形となった。
今でも、悪夢となって悲惨極まるあの時の情景が、美鶴を苛(さいな)む。
「・・・・もう良いです・・・私も少しだけ神経質になり過ぎました。」
ライドウの言う通り、天鳥町は超国家機関”クズノハ”の所有地だ。
住民にはIDが配布され、厳しい監視が24時間布(し)かれている。
他の都道府県とは違い、悪質な重犯罪は、至極微量だ。
ライドウの命を狙う不逞の輩が入り込む可能性は、少ないかもしれない。
「その代わりちゃんと勝って下さいね。 これでゲームに無様に負けたら葛葉宗家の名に泥を塗る事になりますから。」
「はは・・・・確かにそれは恰好がつかないな。」
美鶴の機嫌が少しでも直ってくれた事に、安堵した。
翌日、天鳥町、巨大ショッピングモール内。
開店準備中のカジノ店に、二人の男性が訪れた。
薔薇の花束二つと高級ブランド店の紙袋を持った猿飛・佐助と仕事仲間のダンテである。
終始ニコニコ顔の佐助と違い、ダンテは欠伸交じりの退屈そうな表情をしていた。
一目で、無理矢理赤毛の青年に連れて来られたのが分かる。
「楽しそうだな? お前。」
「当ったり前でしょ? 今日は愛しい双子の兎ちゃんの誕生日なんだからね。」
呆れ顔のダンテに、能天気な佐助が応える。
今日はヴァルとムスタが勤めるlucky bring bunnyのイベント日だ。
残念ながら抽選には落ちてしまったけれど、推しの誕生日にささやかなプレゼントを渡すのは構わないだろう。
一般人がアポなしで開店前の店に凸れば、丁重にお帰りされるが、自分は超国家機関”クズノハ”に所属するエリートの端くれ。
こういう時こそ、存分に職権を乱用させて貰う。
「それにぃ、幸運を運ぶ双子の兎を見れば、旦那の運気も上がるかもよ?」
「運気ねぇ・・・・・。」
確かにこの男が言う通り、最近のダンテは不運続きだ。
愛しい恋人を追い掛けて、遥か遠くの島国に辿り着いたのは良いけれど、完全な放置プレイをされた挙句、スキンシップの一つすら無い。
身体に触れる事は当然として、言葉を交わす暇すらも無い。
唯一あるとすれば、仕事に対する叱責ばかり。
当然、フラストレーションは高まり、女遊びが激しくなる。
一度、見せつける様に女を成城の葛葉邸に連れ込んだが、ライドウは無視の一択。
怒りの罵声すらも無かった。
「あ、ヴァルちゃぁん、ムスタちゃぁん。」
思わず吐き気がする程の甘い奇声を上げ、赤毛の青年がポールダンスの練習をしている二人の美少女へと走り寄る。
モデル並みに均整が取れた肢体と、人形の如く整った容姿。
成程、馬鹿猿の奴が夢中になるのも頷ける。
「コレ、俺様のささやかなプレゼント。」
渡された花束と高級ブランド店の限定バッグを渡され、双子の姉妹は終始恐縮していた。
「こ、コレってエルメスの最新作じゃん。」
「あ、ありがとうございます・・・・あの、かなりお金が掛かったんじゃ?」
紙袋の中身を確認し、驚く妹と頬を僅かに引き攣らせる姉。
今迄、ファン達から様々な贈り物を貰って来た。
その中には、当然、高額な贈り物もあった。
「良いの良いの、俺様、推しの子には何でもしてあげたいんだぁ。」
双子が引く程のピンクオーラ全開の佐助。
そんな相棒の後姿を、呆れた様子のダンテが眺めていた。
「ねぇ、摩虎羅様、あの人誰?」
ヴァルが、一同から少し離れた位置に立つ、大柄な銀髪の男の存在に気が付いた。
因みに、摩虎羅とは、『十二夜叉大将』に所属している佐助の通り名だ。
「うん? あの不愛想なお兄さんは、俺様の部下だよぉ。」
「誰が部下だ・・・糞猿。」
あまりな言い分に、ダンテが忌々しそうに舌打ちする。
「ダンテだ、宜しくな?可愛い兎ちゃん達。」
いくら元荒事師とはいえ、初対面に対する挨拶の処世術ぐらいは出来る。
銀髪の魔狩人が軽い挨拶をすると、双子の姉妹の表情がみるみる険しくなった。
「・・・・ふぅん、アンタがマスターの新しい番なんだ。」
「・・・・・。」
敵意剥き出しの妹と、どう対処して良いのか分からず戸惑う姉。
そんな双子の様子に、「またか」とダンテが内心頭を掻く。
遠いアメリカから、この小さい島国に来て約一年。
超国家機関『クズノハ』での主の立ち位置は、ある程度だが把握している。
血族間から生み出された組織故、余所者であるライドウの扱いは当然酷い。
上層部の連中は、ライドウの所業を気に入らず、何かと難癖をつけて来る。
当然、そんな人物が連れて来たダンテを、快く受け入れて来る人間は、殆どいなかった。
「私達の大事なマスターに酷い事をする嫌な奴。」
「ば・・・ヴァル?」
それだけ吐き捨て、銀髪の白兎は、一同に背を向け自分達の控室へと向かってしまう。
引き留める術を知らないムスタは戸惑い、佐助とダンテは白兎の豹変振りに呆れるだけ。
「ご、御免なさい。 普段はとても面倒見が良い優しい子なんです。」
妹の突然の無礼に、姉であるムスタが慌てて深々とダンテに頭を下げた。
「ただ・・・その・・・・マスターいえ、17代目が大好き過ぎて・・・・あ、貴方の・・その噂を聞いて・・・・。」
ムスタは、言い難い様に必死に愛する双子の妹の弁明をする。
曰く、ダンテが日常的に主である筈のライドウに無体な行いをしている事。
仮番の契約も、脅して無理矢理交わさせた事。
4年前、『マレット島事件』でライドウに大怪我を負わせ、半年という期間、監禁紛いの行いをしていた事を告げた。
勿論、これら全て根も葉もない噂である。
「へぇ、こりゃまた随分な言われ様だね? 旦那。」
「・・・・・。」
傍から聞けば、直ぐに嘘であると分かるが、それに近い行為をライドウにしていたのは間違いない。
皮肉な視線を此方に向ける佐助に、ダンテは憮然とした表情をする。
「私も妹と同じです、17代目が大好き・・・出来る事なら、あの方の番としてお傍にいたい。」
ムスタは、ポツリポツリとではあるが、自分達姉妹の身の上を語り出した。
彼女達は、ダンテと同じ、半人半妖であった。
父親が人間、母親がバンジーと呼ばれる妖精族の悪魔だった。
バンジー族は、アイルランドとスコットランドに生息しており、人間の死を叫び声で予告すると言う不吉な伝承があった。
勿論、そんなモノは、根も葉もない言い伝えである。
彼女達は、ライカンスロープ同様、いわれなき迫害の対象とされ、各地を放浪していた。
ムスタとヴァルの実母も同じだった。
心無い人間達に、住処を追われ、此処、日本へと流れ着いた。
「最初は、とても幸せだったんです。裕福ではありませんでしたが、優しい両親や友達に囲まれ、何の不自由もしませんでした。」
その生活が一変したのは、彼女達が小学校に進学した時であった。
突然、恐い顔をした数名の男達が、ムスタ達が生活しているアパートに現れた。
今でもあの出来事は、何か質の悪い悪夢とでしか捉(とら)える事が出来なかった。
彼等は、日本に支部を構える『マーダー・インク』と呼ばれる犯罪組織の末端構成員だった。
人間のモノは勿論の事、悪魔の臓器も売買していた。
彼等は、バンジー族が持つ特殊な血小板を求めてムスタ達の父親に取引を持ち掛けたのである。
一体何処から、母親の素性を探り出したのかは分からない。
只、父親には多額の借金があり、その返済の為に金が必要だったこと。
母親の血液には特別な作用があり、血液の病気で苦しんでいる人達を治療する事が出来ること。
そして、その血が裏社会でかなりの高額で取引されている事だけだった。
こうして、幸せだったムスタ達親子の生活は一変し、家畜の如き過酷な生活を強いられた。
「母は、私達姉妹を護る為に、犠牲になりました・・・・。」
生きる為に必要な血液を奪われ、臓器すらも抜かれた。
自分や双子の妹も、母親と同じ運命を辿るだろうと半ば諦めていた。
そんな双子の姉妹を救ったのが、他でもない17代目・葛葉ライドウその人だったのである。
「あの方は、私達みたいな力の無い悪魔達に優しかった・・・・もし、ヒーローが本当に存在するのだとしたら、きっとマスターなのだと思います。」
閉じ込められていた檻の出入り口をこじ開け、悪魔使いは自分達姉妹を解放した。
差し伸べられた手を握った時の暖かさ。
10数年経った今でも、思い出す事が出来る。
「ハッ、成程ね、俺が爺さんの周りにいる連中から嫌われている理由が分かったぜ。」
ムスタの言葉で漸く合点がいったダンテが、隣に立つ赤毛の青年を眺める。
嫌味たっぷりなダンテの視線に、佐助があからさまに顔を明後日の方向へと向けた。
その後も、ムスタは自分達姉妹の話を続けた。
人身売買組織壊滅の為に組織された警察の特殊部隊を率いたライドウは、同じ様な理由で囚われた悪魔達を解放した。
その中には、ムスタ達姉妹と同じぐらいの年齢の子供達がおり、一時的に成城にある葛葉邸へと保護される事になった。
邸宅の主であるライドウは、我が子の様に子供達に接してくれた。
日常生活に必要な知識を与え、時には体術や魔法の基礎等も教えてくれた。
「あの方がいてくれたから、今の自分がある。 だから、私達は彼の想いに応える事が出来るんです。」
幸せだ・・・・と思う。
優しく、そして時には恐ろしい一面を持つものの、成城の屋敷から巣立った子供達は、皆ライドウを実の父親として慕っている。
「こんな私達の”想い”は、人類救済という大事な役目を背負った17代目には、小さな棘ですよね。」
「ムスタちゃん、そんな事は絶対無いって。」
己の非力さを悲観するムスタを、赤毛の忍が優しく慰めた。
数分後、ダンテと佐助は、二階にある遊戯室にいた。
そこでは軽食が摂れるラウンジ等があり、数台のダーツビートマシーンとビリヤード台が置かれている。
「本当に性格が悪いぜ? 糞猿。」
「何言ってんの? 俺様の優しさが分からない?」
互いにビリヤードのキューを持った二人が、台を挟んで玉突きに興じている。
階下では、一周年記念のイベントが開催されるらしく、騒がしい音が聞こえていた。
「17代目はねぇ、猫とか犬とか拾って来ちゃうの、”可哀想”って理由でね。そんで、巣立った彼等は今でもあの人を慕っている。」
「・・・・・。」
「旦那があんまり17代目を虐め過ぎちゃうと、その子達から刺されちゃうかもよ? 」
「はっ、おっかねぇな・・・お前もあの双子の兎も。」
これは、佐助なりの警告だ。
確かに葛葉四家の当主の一人であり、魔界でも『人修羅』という通り名で魔王クラスの大物悪魔達から恐れられているライドウの番になりたい輩は沢山いるだろう。
そして、ライドウを独占したい奴等は、裏社会の連中ばかりではない。
ライドウが救って来た亜人や悪魔達も、悪魔使いの愛情を自分だけのモノにしたいと思っている。
彼等にとって、ダンテという余所者は目障りであり、敬愛する主に無体な真似をする事は、排除すべき悪である。
「ムスタちゃんとヴァルちゃんは、まだ自分達の立場を弁えている。でも、中にはおっかない子もいてねぇ。」
「爺さんを独占している俺が気に喰わない・・・てか。」
「そうそう、17代目の手前、一応大人しくはしているみたいだけどね。」
キューを巧みに操り、自分の玉で9と印が付いた球をポケットへと落す。
対悪魔との戦闘だけではなく、話術やこういった遊戯もそつなくこなせる器用な男だ。
「お前もそのうちの一人なんだろ。」
「俺様? そうだねぇ、一応、親友の大事な人を護りたい律儀な奴、てのを演じているだけかな?」
「回りくどい言い方だな。」
ゲームに負けた事と、何時までも本心を明かさない赤毛の男に舌打ちする。
この男は、間違いなくライドウに惚れている。
子が親を慕うソレではなく、ダンテと同じ醜い独占欲を持っている。
飄々とした態度を崩さず、此方の出方を伺う。
ダンテが最も苦手とする部類の輩だ。
「言っておくが、お前等が喧嘩を売りたいなら勝手にしろ、俺は爺さんから離れる気はねぇからな。」
「そういうと思った。」
歯を剥き出しにして、敵意を見せるダンテに、佐助は呆れた様子でキューを台に置く。
「お節介ついでに一つ忠告、”ブラッズ”って奴等には気を付けな。 そこのボスが17代目の熱烈な信者で、旦那を目の敵にしてる。」
曰く、ライカンスロープやヴァンピール等で構成された武闘派ギャングで、元はライドウに保護された子供達だ。
対悪魔の特殊部隊と同格以上の実力者で揃えられており、人間社会で生活する亜人達の人権を主張する運動を行っていた。
当然、警察組織からも目を付けられており、人権運動をする彼等を危険視している。
「上等だ。返り討ちにしてやるぜ。」
「もー、もうちょっと穏便に済ませるとか、考えないわけぇ?」
相手は、荒事師をしていた当時のギャング共とは訳が違う。
上位悪魔の集団すら平気で捻じ伏せる危険極まりない連中だ。
天鳥町を中心に活動しており、同じ中国ギャングや他国の犯罪組織を抑制していた。
必要悪、というヤツである。
「・・・・・っ! 」
此処には居ない筈の主の気配を察知し、ダンテの顔色が変わる。
未だ手に持っていたキューを乱暴に台へと投げ出すと、階下へと向かう為に踵を返した。
上質な背広を着たライドウが、肩に仲魔であるハイピクシーを乗せ、問題のカジノ店へと入った。
美鶴女史から既に連絡が入っていたのか、店の責任者であるルーカスが、営業スマイルを顔に貼り付けて出迎えてくれる。
「お待ちしておりましたよ?17代目。」
相手は、自分が担当しているカジノ店のオーナーだ。
粗相が無い様に懸命に対処しなければならない。
そんなルーカスに対し、ライドウは苦笑を浮かべていた。
いくらスペシャルゲストとはいえ、一応、お忍びで店に遊びに来ているという設定になっている。
それに、丁重にもてなされるのは、正直苦手だ。
「ムスタとヴァルの姿が見えないけど。」
「二人なら、控室で休憩しています。」
そう応えたのは、店で働いているディーラーのゾイだ。
ルーカスの妹で、歳の離れた兄と違い、感情を表に出さない。
黒いタキシードドレスを着用しており、際どいフリル付きのスカートの下からは、モデル顔負けのスラリとした見事な脚を覗かせていた。
「おい、相手はスポンサー様なんだぞ? ちゃんと挨拶を。」
「挨拶なら兄さんがしていたじゃない。」
妹の無礼を軽く窘めるが、当人はどこ吹く風、であった。
元々、接客業はそれ程好きじゃないし、来店する日本人の客は怖気が出る程大嫌いだ。
それでも生きる為には、金が必要だ。
移民の身ゆえ、ロクな仕事が無い現状、今の店で歯を喰いしばって働かなければならない。
「では、早速、ゲームの説明をします。」
ゾイは、ライドウをゲームテーブルへと案内する。
勧められた椅子に着席すると、テーブルの上にはトランプのカードが置かれていた。
「イベントで行われるゲームは、シンプルな”ビッグorスモール”です。エントリーされたお客様達が私が振るサイコロの出目を予想し、ベットして頂きます。」
ゾイが振る三個のサイコロの目が、4~10ならスモール。
合計が11~17ならビッグと客達が予想する。
四つ設置されたゲームテーブルで三回勝負を行い、勝ち残った選手が最終ゲームを行うと言う段取りだ。
「ビッグorスモールで、参加者達を三人まで減らし、決勝戦はハイ&ローで優勝者を決めます。」
ゾイは三個のサイコロをどかすと、テーブル中央に53枚のトランプカードを置いた。
ルールは、テーブルに表向きに置かれたカードの数字と、次に出されるカードの数値を当てるゲームだ。
カードにはそれぞれ強さが設定されており、2が一番弱く、ジョーカーカードが最も強い出目となっていた。
「以上が、イベントで行われるゲームです・・・・何か質問は?」
「否、特に無いよ。」
ゾイの説明は、的確で分かり易い。
ライドウが右腕に巻かれている時計を見ると、イベント開始まで既に5分を切っているのが分かった。
出入り口の方を振り返ると、イベント参加者達と思われる大勢の客と目が合う。
硝子越しから見えるだけでも、相当な人数だ。
これら全員、あの双子の姉妹のファンである。
「ライドウ、もしかしてビビッてる?」
「え?あ、うん・・・・ちょっとだけな。」
この店の看板である双子のバニーガールが大人気なのは、良く知っている。
何時の頃から知らないが、双子の姉妹を目撃すれば、一日幸運が訪れる。
現に、宝くじに当選したとか、志望の大学に合格したとか、色々な事例が出ている。
「意外だな? アンタも賭け事遊びをするのか? 爺さん。」
聞き知った声に、ライドウとマベルは飛び上がる程、驚く。
振り返ると、二階へと続くエスカレーター付近に、銀髪の大男と赤毛の忍が立っていた。
「ダンテ・・・・佐助まで一体此処で何をしているんだ。」
当たり前ではあるが、開店前の店内に一般客は入れない。
二人が此処にいるという事は、邪な理由で立場を利用したに違いなかった。
「あ、俺様達、今日は非番で・・・それに、兎ちゃん達の誕生日だからプレゼントを。」
「俺達が何処で何をしようとアンタには、関係ないだろ?」
鬼上司に必死で言い訳する佐助を押し退け、ダンテが鋭い視線を主へと向ける。
今日は、何かとムカつく日だ。
初対面の兎からは因縁を付けられ、愛する主は、カジノ店のディーラーと楽しく会話を交わしている。
面白くない。
本当に面白くない、最低な休日だ。
「何をそんなに怒っているのよ? ライドウは仕事で此処に来てるのよ?」
「うるせぇ、チビ。」
呆れた様子で、自分の傍らに立つマベルを睨み付ける。
堅物が服を着た様な奴が、普段、決して訪れない賭場場にいるのは、何かしらの理由があるのだろう。
佐助が今日は、ムスタとヴァルの誕生日であるとのたまわっていた。
あの双子がライドウを親として慕っている様に、悪魔使いも我が子として双子の兎に接している。
きっと、自分には決して見せない笑顔を向けるだろう。
そう考えると、無性に腹が立って仕方が無い。
何とも言えない空気が漂う中、待望の1周年記念イベントが開催された。
多数の応募から選ばれた参加者は、16人。
抽選から惜しくも外れた客達もいる為か、店内は相当な人数で賑わっていた。
「いくら駄々をこねても、あの人の愛情は独占出来ないよ? 」
店内の片隅で、憮然とした顔で回転式の昇降式チェアに座るダンテの傍らに、自販機で購入したコーラの缶を二つ持つ赤毛の青年が立った。
イベントが行われる4台のゲームテーブルの前では、スポンサーであるH・E・C会長の17代目・葛葉ライドウが軽い挨拶をしていた。
「ふん、そんなのてめぇに言われなくても分かっているよ。」
渡された缶を受け取り、プルトップに指を掛けて蓋を開ける。
照明に照らされ、参加者達に爽やかな笑顔を向けるライドウ。
とても50歳間近の年齢とは思えない。
医療技術が発達した昨今、細胞を活性化させ、10代の容姿で留まらせる事も可能とはなったが、ライドウの持つ美しさは、それとは全くの異質だ。
魔性の美と表現するのか、出会う者全てを魅了させる。
勿論、ダンテが悪魔使いに惹かれる理由は、そればかりでは無いが。
「旦那は、17代目の何処に惚れたの? 」
「何で、今更聞くんだ? 」
「良いじゃない別に・・・・苦手な”組織”って型に自分から嵌(はま)ってまで、あの人を欲しがる理由が知りたくなっただけだよ。」
佐助が不思議に思うのも無理は無かった。
自堕落で典型的な快楽主義者。
そんな人間が、自分に合った便利屋という職業を捨ててまで、堅苦しい”組織”の人間になったのだ。
「お前は”運命”って言葉を信じるか?」
「・・・・・。」
「馬鹿気た言葉だ、どっかの恋愛ドラマに出て来るチープな台詞ぐらいにしか思ってなかった。」
ある日突然、母親を悪魔に奪われ、双子の兄と引き剥がされ、一人、泥沼を藻掻く様な生活を強いられた。
唯一、頼れるのは、父親が持つ悪魔の力だけ。
その力だけで、ダンテは裏社会を渡り歩き、荒事師としてその界隈から名を轟かせるまでになった。
裏社会で雑用係と蔑まれた便利屋稼業に自分から入り、多くのマフィアや犯罪組織を黙らせ、自分なりの美学を貫き通して来た。
だが、そんなダンテの世界を叩き壊した者がいる。
自分達が住んでいた世界が、如何に甘く、愚かである事を知らしめた奴がいる。
それが、17代目・葛葉ライドウだった。
「素手の相手に手も足も出なかった・・・・親父の力を横取りした糞野郎を完膚なきまで叩きのめした・・・それだけじゃねぇ、赤の他人の俺達兄弟まで救おうとした。」
「・・・・・。」
恐らく7年前に起こった『テメンニグル事件』を語っているのだろう。
佐助も、上司であるライドウが関わった事件だから、一応、報告書だけは目を通している。
「結局、あの時は、異端審問官の狂信者共に邪魔されたけどな。」
『鋼の乙女(アイアンメイデン)』こと、13機関・第8席、マウア・デネッガーが、突然介入し、魔界から生還したダンテとライドウを引き剥がした。
2メートル近い大女に容赦なく顎を殴られ、意識が昏倒したダンテは、レッドグレイブ市にある警察署に連行された。
馴染みにしている情報屋のD・J・モリソンが、身元引受人として警察署から引き揚げてくれたが、その後三年間、ライドウとは音信不通となってしまった。
「もう二度と会えねぇ、半ば諦めかけていた俺に、神様がささやかなプレゼントをくれたのさ。」
「成程ねぇ、で、旦那の理想通りになったのに、何で大事にしないの?」
「・・・・・。」
それまで、黙ってダンテの言葉を聞いていた佐助が、痛い処を突いた。
佐助の言う通り、想い人である悪魔使いのパートナーになれた。
仮番の契約だが、それでも、自分を相棒として認めてくれたと嬉しくなった。
しかし、その気持ちは日本に来てから、脆くも崩れ去った。
想い人は自分を見てくれず、表の仕事と葛葉当主という役目を優先し、決してダンテを傍らに置く事をしなかった。
「日本に来れば、17代目を独占出来ると思った? 組織内でのあの人の立場を知れば、嫌でも分かったでしょ。」
「・・・・・。」
「日本以外の異国の地に飛ばされ、悪魔狩りをしている時点で察する事は出来たでしょ?あの人が組織から嫌われているって。」
「・・・・・。」
「それでも、あの人は組織から離れない・・・否、離れる事が出来ない。自分の目的や慕って来る人々の想いに報いる為に、敢えて茨(いばら)の道を進んでいる。」
佐助の言葉は、真理だ。
ライドウの立場を理解し、中立である事を己に課している。
「好きな人が辛い状況にいるなら、黙って支えるのが恋人でしょ?」
「うるせぇ・・・・俺だって爺さんを支えてやりてぇさ・・・でも。」
「拒絶されるからソレが出来ない。 何度訴えかけても無視される、おまけに他の男に抱かれて腹が立つ。」
「・・・・・。」
「何でそんな事をするのか、少しは考えた事がある? 独り善がりな想いをぶつけるだけじゃ、逆にあの人を追い詰めるだけだよ。」
全てその通りだ。
1年間という月日で、佐助はダンテの危うい性格を把握している。
相手の立場に立って、周りの状況を考えれば、どうする事も出来ないとすぐ分かりそうなモノだ。
そして、自分が出来る事は、地道に実績を上げ、腕を磨き、ライドウに認められる存在になる事。
「・・・・っ、分かってる・・・分かっているんだ。 今の、弱すぎるままの俺じゃ駄目な事ぐらい・・・。」
飲み干したコーラの缶を片手で握り潰す。
刹那、店内が騒然となった。
見ると、白い煙が室内に充満している。
唐辛子特有の強い臭いに、その煙が催涙ガスである事が分かった。
ソレは唐突に起こった。
ディーラーであるゾイが、持ち場のテーブルへと就き、三個のダイスを振ろうとした時に足元に何かが転がって来た。
足元に転がって来たのは掌に納まるぐらいのアルミ缶だった。
破裂音と一緒に、白いガスが凄まじい勢いで噴きだす。
あまりの刺激臭に、目が痛くなり、激しく咳き込んだ。
瞬く間に、店内がパニック状態となり、我先にと出入り口へと殺到する。
「ムスタ!ヴァル! 早く此処から離れ・・・・・っ!」
ライドウが、壇上で戸惑う双子の姉妹へと声を掛けたその時だった。
首筋から衝撃が走り、途端、身体の自由が効かなくなる。
床へと倒れる刹那、視界の端にスタンガンを右手に持つ、店のオーナーの姿が映った。
「ル・・・・ルーカス?」
ライドウにスタンガンを押し当てたのは、この店の責任者を勤めているルーカスだった。
引き攣った笑顔を雇い主であり、スポンサーである会長へと向ける。
「兄さん!何をしてるの!?」
たった一人の家族である兄の裏切りに、ゾイは戸惑いつつも護身用として、ゲームテーブルに隠してある回転式拳銃を取り出していた。
訓練された無駄のない動きで、ライドウを肩へと担ぐ兄に照準を定める。
「ヒヒッ、お兄様に銃を向ける何て、薄情な妹だぜ。」
「・・・・・っ!」
兄のモノとは違う、甲高(かんだか)い軽薄な声。
一瞬、引き金に掛けていた指を離したゾイの身体を、不可視な何かが激しく叩いた。
衝撃系下位魔法『ザン』だ。
右半身を衝撃波の弾丸が通過し、ディーラーの身体を吹き飛ばす。
床や壁に血が飛び散り、ズタズタに裂けた手から、回転式拳銃が転がり落ちた。
「ゾイ! 」
血相を変えたマベルが、床に横倒しの状態になっている女性ディーラーへと駆け寄る。
下位魔法を喰らったゾイは、酷い状態だった。
右肩の肉が抉れ、腕が千切れ掛かっている。
指に至っては、数本欠損しており、抉れた肉から骨が露出していた。
このままでは、出血多量で死んでしまう。
即座に判断したマベルは、敵に捕らえられた主よりもディーラーの命を救う事を選択した。
回復系中位魔法『ディアラマ』を唱える。
千切れ飛んだ生体組織を再生する事は不可能だが、出血を止める事は出来る。
懸命な応急措置をする小さな妖精に、ムスタとヴァルも参加した。
同じ回復系中位魔法をムスタが唱え、双子の妹ヴァルが、二人の魔力を底上げする。
「わ・・・・私は、良いから・・・・か、会長を・・・・。」
「喋らないで・・・・誰か!救命救急に連絡を!」
ムスタの声掛けに、同じカジノ店で働く従業員達が反応した。
一人が受け付けにある電話で、近くの救命病棟へと連絡し、他の従業員達がパニックとなっている客達を諫める。
そんな騒動を他所に、ライドウを担ぎ上げたルーカスが裏口から外へと逃走しようとする。
その眼前に、得物を構えた佐助とダンテが立ち塞がった。
「そこまでだ糞野郎。」
「死にたくなかったら、大人しく17代目を降ろしてよね。」
殺気立つ二人の男を前に、ルーカスは、シニカルな笑顔を向けた。
双眸に意識は無く、何処か狂気を孕んでいる。
「ヒヒッ、まさか本当に”クズノハ”の番犬に納まっているとはな。」
ルーカスの口から真っ白い煙が吐き出された。
みるみるうちに煙は、一体の悪魔へと変じる。
赤銅色の肌と虫の様な二本の触角を頭に生やし、ぎょろぎょろと飛び出た目が、二人の男を眺めている。
ルーカスに憑依していたのは、夜魔・インキュバスだった。
ニタニタと如何にも人を小馬鹿にした様な嘲笑を、口元に貼り付けている。
「いよぉ、久しぶりだな?兄弟・・・・って、言ってもお前は俺の事何て覚えちゃいないだろうが。」
「・・・・・。」
一体、何を根拠にほざいているのか分からない。
このインキュバスを何処かで見た記憶は、ある。
しかし、幾ら記憶の海を探っても、それらしい情報が出て来なかった。
「旦那!上だ!!」
佐助の声に、ダンテの身体が無意識に反応していた。
真横へと跳び、頭頂部から振り下ろされる肉切り包丁から逃れる。
ダンテに襲い掛かったのは、幽鬼・ヘルアンテノラだった。
ダンテと佐助を囲む様に、幾つもの法陣が生成され、中から下級悪魔が這い出してくる。
「へっ、召喚術師ってのも結構便利だぜ。」
ルーカスの傍らにいる蝙蝠の羽を持った悪魔は、後の始末を仲魔に任せ、一足先に店外へと逃れた。
カジノ店襲撃から数時間後。
マベル達の応急措置が功を奏したのか、ゾイは一命だけは取り留める事が出来た。
まんじりともしない表情で、マベルが救急隊員が持つ担架に運ばれる女性ディーラーを眺めている。
「チビ助。」
背後から声を掛けられ、振り返ると銀髪の大男が立っていた。
襲撃者が召喚した悪魔の軍隊を一匹残らず始末した、ダンテだった。
その傍らには、同じく悪魔掃討を済ませた猿飛・佐助が立っている。
「ライドウの居場所は分かるか?」
「うん・・・・それは勿論だけど、まさか二人で行くつもりじゃないよね?」
相手は、下級とはいえ悪魔を従える能力を持ったヤツだ。
17代目を拉致した事から、何者かに雇われた可能性はある。
「一応、”クズノハ”に連絡だけはしといたけどね・・・・応援は期待しない方が良いかも。」
兎角、組織は17代目に対して冷淡だ。
『クズノハ最強の召喚術師』という名もある為か、自分達で何とかしろ、との一点張りだ。
「ハッ、助っ人なんていらねぇよ。俺と猿の二人で十分だ。」
「ちょっとぉ、過剰評価は止めてくんない?」
「私もいきます。」
軽口を叩き合う二人の男を裂く様に、愛用のショットガンを肩に担いだムスタが現れた。
バニーガールの衣装着のままだが、今は着替えている暇が無い。
「お姉ちゃん、抜け駆けは狡いからね。」
同じくバニー姿のヴァルが、アサルトライフルを担いで双子の姉に駆け寄る。
「駄目よ、一体何が起こるか分からないんだよ?」
無謀とも言える二人の申し出に、マベルがとんでもないと断る。
ライドウにとって、ムスタとヴァルは娘同様の存在だ。
二人にもしもの事があっては、主に合わせる顔が無い。
「例え非力でも、私達は”クズノハ”の一人として、厳しい訓練に耐えて来たんです。」
「そうだよ、私達は、マスターの仲魔なんだから。」
従者である以上、主を救出するのは当然の義務。
意気込む二人に、マベルは困った様子で赤毛の忍に助けを求める。
「仕方無いよねぇ・・・・一応でもムスタちゃんとヴァルちゃんは、17代目の使役する悪魔な訳だし・・・・。」
此処は、一人でも多くの戦力が欲しい。
諦めた様に苦笑いを浮かべる佐助に、マベルが盛大な溜息を吐いた。
身体中を襲う痺れと、肌寒さに、ライドウは漸く目を覚ました。
気づくと毛深い絨毯の上に、全裸で、頭上に両腕を拘束された形で仰向けに寝かされている。
「あら、目が覚めた? 人修羅ちゃん。」
軽薄な男の声に、視線をそちらへと向けると如何にも高価な革張りのソファに、白いガウンを着た30代ぐらいの男が腰掛けている。
シンメトリーの如く、髪の色が黒と白のツートンカラーで分れており、アイルランド人特有の彫りの深い顔立ちをしていた。
「・・・・っ、ロキ。」
整った容姿を持つ男の顔を見た途端、ライドウの顔色が変わる。
この男は、イタリアを中心に活動している犯罪組織『マーダー・インク』のボスであり、アサ神族の長であるオーディンの息子だ。
「あはっ、お久しぶり。」
如何にも人好きしそうな笑顔を向けるが、それはあくまで表面上だけであり、内面は吐き気を催す程、捻じ曲がっている事をライドウは知っている。
「マーダー・インクのボス、自らのご登場か。」
「貴方に遭う為に、色々とお膳立てしてあげたのよ。」
ロキは、ソファから立ち上がると、いきなりライドウの鳩尾辺りを素足で踏みつけた。
胃液がせり上がり、口から苦痛の呻き声が漏れる。
「貴方のせいで、幾つも大事な取引相手を潰された挙句、相当な損失を出す羽目になった。お陰で折角、日本まで支部を広げたのに、一時撤退する事になってしまったわ。」
未だ、スタンガンの影響で動けぬ相手を、じわじわと痛ぶる。
この悪魔使いには、散々な目に合わされ続けて来た。
賭博に違法薬物販売、売春に詐欺グループ達からのアガリ等、此方の資金源を箒(ほうき)で搔き集めて綺麗に捨てられる様に、全て潰された。
非力な悪魔共を使って商売していた事が、かなり気に喰わなかったらしい。
「おいおい、苦労して捕まえたのは俺なんだぜぇ? 簡単に壊すんじゃねぇよ。」
苦痛に悶えるライドウの姿を楽しんでいる魔王を、第三者の呆れた声が止める。
ライドウの苦痛で歪む視界の中に、赤銅色をした幼児ぐらいの小柄な悪魔が、椅子に腰かけて此方を眺めていた。
「面倒な計画を立てて、人修羅ちゃんを攫ったのは俺なんだぜぇ。ちったぁ労いの言葉とかねぇのかよ? ロキの旦那。」
「ふふっ、そうねぇ・・・・確かに貴方がいなかったら、人修羅ちゃんを捕まえる事は出来なかったわ。」
ぐりぐりと踵でライドウの鳩尾を踏みつけつつ、ロキが悪魔ーインキュバスへと皮肉たっぷりな笑みを向けた。
「子猫ちゃん達に貴方に支払う報酬を持たせているわ、ソレを受け取ったら、さっさと消えて頂戴。」
「・・・・・。」
あまりな言い草に、インキュバスが素面になって、アサ神族の男を睨み付ける。
神族程、傲慢で醜い生き物は存在しない。
彼等は、自分達こそ地上の支配者であると明言して憚らず、人間族や魔族を虫けら扱いしていた。
そして、ロキはその典型みたいな神族であり、その傲慢さ故、同族から毛嫌いされてもいた。
「あら?何か不満でもあるの?」
「否、別に何でもねぇよ。」
「待て!マクミラン!」
ロキに促され、室内から退出しようとしたインキュバスの背に、ライドウが慌てて呼び止める。
「ルーカスは? カジノ店の店長はどうした!?」
何故、4年前に死亡した筈の医者が、悪魔となって蘇ったのかは知らない。
その件も含め、問正したいが、今はルーカスの安否が優先だった。
「ああ、アイツならもう用済みになったんで、適当な処で捨てて来たぜ?」
「何だと?」
「運が良けりゃ、誰か通行人辺りが警察か医者に連れて行ってるかもな。」
マクミランは、それだけライドウに伝えると移動魔法を使用して、煙の如く掻き消える。
後に残されるロキとライドウ。
嗜虐心に満ちた魔王の双眸が、足元で無様に転がる全裸の美少年へと向けられる。
「安心して? 貴方を殺すつもりなんて更々無いわ。」
鳩尾から足を離し、着ていた白いガウンを脱ぎ捨てる。
彫刻で彫られた石像の如く、見事に均整が取れた肢体。
男の性器は、あまりの興奮で雄々しく立ち上がっていた。
「まだたっぷりと時間はある・・・貴方を私好みに教育して上げるわ。」
「・・・・・。」
マベルの優れた感応力のお陰で、謎の襲撃者に拉致されたライドウの居所はすぐに分った。
大井埠頭のとある商業施設の一区画。
表向き、海産物を取り扱っている輸入販売業者が借りている店舗となっていた。
訓練された無駄の全く無い動きで、ヴァルとムスタの二人が、建物を巡回している構成員達を始末していく。
「結構、強いじゃないか? あの兎共。」
作業着を着た構成員の男の首を絞め落していたダンテが、手早く敵を倒していく美しい双子の姉妹に、思わず口笛を吹く。
倉庫内を巡回している男達は、最近、日本に入り込んだ犯罪組織の構成員であった。
H・E・C社の情報によると、かつては日本で活動していた組織だったらしい。
しかし、10数年前、ライドウと警察の特殊部隊によって壊滅し、生き残った幹部達は、這う這うの体で、母体があるイタリアへと引き上げた。
「当たり前でしょ? 使えないヤツを仲魔になんてしないからね。」
手慣れた様子で、敵を倒しつつ、佐助が簡単に説明する。
数ある召喚術師の中でも、ライドウはかなりシビアな部類の術師らしい。
置かれている環境が、かなり苛烈を極まる故かもしれないが、契約している仲魔は、どれも魔王クラスに匹敵する程の悪魔達ばかりである。
勿論、ヴァルとムスタの二人も例外ではなく、場合によっては、『壁内調査』に連れて行く事も度々あった。
「ふん、気に喰わねぇな。」
「そんなに臍を曲げないでよ? ”壁内調査”は常に死と隣り合わせ何だよ?」
「だからだ・・・・俺だって4年間、アメリカ軍の特殊部隊に在籍して、それなりに成果を上げて来たんだぞ。」
「旦那の経歴は知ってるよ、すぐに命令違反してスタンドプレーに走り易い事もね。」
銃を持った手を叩き落とし、鳩尾に拳を沈めて、敵を地へと沈ませる。
下手に騒ぎを大きくしたくない為、4人とも素手で敵の処理を行っていた。
「知ってる? 上位悪魔を倒すには、チームワークが必要なの。」
「ち、大佐や爺みたいな事言うんじゃねぇ。」
大佐とは、CSI(超常現象管轄局)のNY支部責任者、ケビン・ブラウンの事である。
ダンテを対悪魔掃討を目的とした特殊部隊へとぶち込み、『スタイル』という独自の戦闘法を叩き込んだ人物であった。
「お姉ちゃん! 」
男二人が軽口を叩き合っている時であった。
空中から幾つもの魔法陣が生成され、中から中位悪魔が次々と実体化していく。
どうやら、襲撃者の通報を受けた組織の悪魔使い(サマナー)達が、増援部隊として騒ぎに駆け付けたのだ。
妖獣・ライアットの繰り出す凶悪な爪の攻撃を紙一重で躱し、ムスタが衝撃系中位魔法『ザンマ』を放つ。
真空の弾丸をまともに喰らい、細切れの肉片となって爆散する妖獣。
しかし、群れの一匹が殺された程度で、悪魔達の勢いは止まらない。
圧倒的な数の暴力に、あっさりと形勢が逆転されてしまう。
「仕方ねぇ、猿。」
「はいよ。」
双子の姉妹を後衛役として一旦下がらせ、魔人化するダンテと封魔管から神器『子狐丸』を召喚する佐助。
魔鎧化しようとした刹那、背後にあるコンクリートの壁が爆散する。
轟々と立ち上る砂煙を突き破り、数台の装甲車が姿を現した。
「ぶ、”ブラッズ”???何で此処に???」
装甲車の扉に描かれた髑髏の上に停まる鴉の絵柄。
天鳥町を縄張りに活動しているギャング、『ブラッズ』の実働部隊だ。
装甲車に設置されている大型機関銃が火を噴き、悪魔の群れを薙ぎ倒していく。
「ふん、馬鹿親父が・・・。」
大型装甲車の扉が開き、アーミージャケットに黒革のブラトップ。
ボロボロにダメージ加工された黒のジーンズと皮のブーツを履く20代前半らしき女性が降りて来た。
「れ・・・・レイヴン。」
女は、『ブラッズ』の首領・レイヴンだった。
人族と神族のハーフであり、ムスタとヴァル同様、ライドウが保護し、成人するまで成城にある葛葉邸で生活していた。
「隊長、コイツ等全部殺しちゃって良いんだよね?」
10代前半らしきツインテールをした金髪の少女が、巨大な斧を背に担ぎ、装甲車から飛び降りる。
「やれやれ、また彼女達に怒られちゃうよ。」
同じく、装甲車から髪を短く刈り込んだ、軽薄そうな青年が降りて来た。
金髪のツインテールの少女が、ライカンスロープのリンクス。
アサルトライフルを担いだ優男が、ロード・オブ・ヴァンパイアのブルートだ。
「叔母さん達と遊ぶより、コッチの方が百倍楽しいよ?」
「あのねぇ、彼女達は僕の大事な商談相手なの、貴重な情報やマーケティングの開拓に必要なんだよ。」
ブルートが対悪魔用として造られたアサルトライフルの安全装置を外し、此方へと跳び掛かって来るヘルカイナ数体をあっさりと撃ち落とす。
「顧客を粗末に扱うと、この業界じゃ生きていけないよ。」
ブルートが、皮肉たっぷりな視線をリーダーであるレイヴンへと向けた。
レイヴンは、ジャケットの懐から愛用のジッポライターを取り出し、口に咥えている煙草に火を付ける。
「仕事中無理に呼び出して悪かった。 ツケは馬鹿親父に払わせよう。」
「だね、キスの一つでも貰わないと割に合わない。」
「あー! パパはアタシのなんだからね!」
血錆が浮いた巨大な鋏を持つ幽鬼・デスシザーズの顔面に巨大な斧を叩き込んだリンクスが、ブルートに牙を剥き出しにして威嚇した。
ブラッズ襲撃から、数時間前。
大井埠頭、貸店舗内の地下。
頭頂部を中心に、白と黒で色分けされた青年が、少女の如く華奢な肢体を持つ美少年を組み敷く。
身体に刻まれた古傷に舌を這わせ、無遠慮な指先が鍛え上げられ、見事に割れた腹筋に触れた。
「フフッ、石みたいに硬いのね? 貴方の腹。」
「・・・・っ、殺せ。」
余りの屈辱に、切れる程唇を噛み締める。
己を組み敷く相手に殺気が篭った鋭い視線を向けると、相手は酷薄な笑みを口元へと浮かべた。
「俺に面子を潰されて腸が煮えくり返っているんだろ? 」
「・・・・そうね、でも、勘違いしないで欲しいわ。」
ロキの繊細な指先が、ライドウの硬い尻を割る。
いきなり第二関節まで、肛門に指を沈めると、悪魔使いの背が仰け反った。
「私は、争い毎が嫌い・・・・それより、コッチの方が100倍好きよ。」
指を抜き差ししつつ、乳首を咥え、舌で転がす。
意図も容易く相手の前立腺を見つけると、指の腹で容赦なく弄った。
「本当に美しいわね・・・・上位悪魔とこんなに自然に融合しているなんて、初めて見たわ。」
男の身体とは哀しいもので、性感帯を刺激されると、すぐ反応してしまう。
肉壺を指で刺激しつつ、緩く立ち上がった性器を咥えると、悪魔使いの口から切ない吐息が零れた。
「私も趣味で、人間と悪魔を融合させて玩具を造ってはいるけど、貴方程、綺麗なお人形は出来なかったわ。」
上位妖精と人間を融合させると、醜悪な怪物へと変貌してしまう。
一度、悪魔使いを見て欲しくて堪らなくなり、始めた人体実験だが、思い描いた成果を出す事が出来なかった。
「”人喰い龍”が貴方に夢中になるのも分かる・・・・だって何もかもが最高なんだもん。」
すっかり解れた肉壺に、己の剛直を押し付けた。
相手の細い片足を肩に担ぎ、一気に根元まで肉槍を沈める。
唇を噛み締めたライドウが、低い呻き声を上げて背をしならせた。
「うっ、何て締め付け・・・・もしかして、気持ち良かったのかしら?」
理想的な肉の収縮に、ロキは歓喜の表情を浮かべると、リズミカルに腰を振り始めた。
「これからは、私が貴方のご主人様よ・・・此処を弄って従順な玩具にしてあげる。」
屈辱で奮える相手の蟀谷(こめかみ)へと指を這わせ、顎を掴むと薄い唇を吸った。
分厚い舌で歯列をこじ開け、相手の舌を引きずり出す。
犬歯で噛み付くと、舌が切れて合わせた唇から血の雫が零れ落ちた。
悪魔使いの血を啜り上げ、ロキが歓喜で身体を震わせる。
人の大事な玩具を略奪する程、気持ちいい行為は無い。
それが、自分より遥かに力を持つ神なら猶更(なおさら)だ。
しかも、人修羅には『神殺し』の魔王という最恐の切り札を持っている。
その力が己のモノになるという喜びが、魔王・ロキの思考を鈍らせた。
器用に手首の関節を外したライドウが、手枷を外すと、思い切り両肘を魔王の鎖骨辺りに叩き付けたのだ。
突然の出来事に、呻き声を上げるロキ。
その顎をライドウが蹴り上げる。
「ぎゃっ!」
悲鳴を上げて、ロキが悪魔使いから離れた。
ライドウは、蹴り上げた反動を活かし、華麗に身を捻ると、一回転して絨毯の上へと降り立つ。
数歩離れた位置で対峙する二人。
顔を上げたライドウの表情は静かで、それが逆に恐怖を与えた。
「ちっ、この糞餓鬼が。」
油断して手痛いしっぺ返しを受けたが、まだロキには余裕があった。
手枷から抜け出したとはいえ、相手は手負いな上に、魔力封じの首輪まで付けられている。
厄介な魔法さえ封じてしまえば、悪魔使いは非力な人間と同じだ。
視線をロキへと据えつつ、ライドウは壁に飾られているガラスケースを裏拳で叩き割った。
ケースの中には、綺麗に装飾された大型ナイフが収まっており、悪魔使いはバトンの様にナイフを一回転させると、逆手に持って構える。
「お願いだから、そんな危ないモノは捨てて頂戴。 」
怒りの吐息を吐き出しつつ、ロキの身体から膨大な量の魔力が零れ出る。
室内の気温が一気に下がり、魔王の足元がみるみるうちに凍り付いていった。
「”魔封じの首輪”を付けられている以上、貴方に勝ち目は無いわよ。」
魔法を封じられている以上、身体能力は人間並みに非力だ。
厄介な魔法が使えない上に、仲魔に助けを求める事すらも出来ない。
「人間を舐めるなよ? 下衆野郎。」
刹那、ライドウの身体が残像を残して消える。
条件反射で背後へと飛ぶ魔王。
”気功術”によって膂力を倍化したライドウが、一気に間合いを詰めたのだ。
繰り出される一閃が、魔王の頬を切り裂く。
豪奢な絨毯を、赤紫色の体液が汚す。
驚愕で見開かれるロキの双眸。
大事な顔を傷つけられ、怒りの咆哮を上げる。
「貴様ぁ!混ざりモノの分際でよくも!」
身体が膨れ上がり、紫色の鱗が全身を覆う。
白髪が黒髪を呑み込み、まるで鬣(たてがみ)の如く燃え上がった。
人間体から、本来の姿へとメタモルフォーゼしたのだ。
「死ねぇ!人修羅!」
ロキが氷結系上位魔法『ブフダイン』を放つ。
全てを凍てつかせる氷の龍が、華奢な肢体をした悪魔使いへと襲い掛かった。
突如、貸店舗の壁が爆散する。
細かい破片を撒き散らし、紫色と青い鬣を持った巨人が、一同の前へと姿を現した。
「あれは・・・ロキか。」
下級悪魔の頭をショットガンで粉砕しつつ、レイヴンが呟く。
その視線の先に、巨人と対峙する小さな影が映った。
マーダー・インクに拉致された筈の17代目・葛葉ライドウだった。
「マスター、なんてあられもない恰好で。」
ヴァルが、頬を真っ赤に染めて、一糸纏わぬ主の裸身を凝視する。
ライドウの裸に目を奪われつつも、襲い掛かる悪魔の群れを蹴散らしているのは流石だ。
一方、根が純粋なムスタは、妹と違って異性への免疫など全く無い為か、魔王の攻撃を華麗に躱す主の姿に鼻血を噴き出して昏倒してしまう。
背後へと倒れるその身体を、佐助がすかさず受け止めた。
「参ったね、ヴァルちゃんは兎も角、ムスタちゃんには刺激が強過ぎた。」
目をハートマークにしたまま失神するムスタの姿を眺め、佐助が困った様子で頭を掻いた。
「糞爺が・・・。」
そんな黒兎と忍の姿を横目で眺め、ダンテが忌々しそうに舌打ちする。
主が裸という事は、あの対峙している巨人に何かしら不埒な真似をされたのだろう。
今すぐ二人の間に乱入して、巨人の頭を『魔剣・リベリオン』で叩き割りたいが、惚れた相手の裸身をこれ以上、衆人環視に晒すのも憚(はばか)られる。
「爺!」
腰に吊るしてある二本の封魔管を取り出す。
封印を開けると、管に満たされていたマグネタイトが放出し、中から二振りの魔剣が姿を現した。
双子の魔神、アグニとルドラである。
炎と風を纏った魔具は、クルクルと回転し、悪魔使いの足元へとそれぞれ突き立った。
凄まじい激闘で、既に刃が半ばまで折れた大型ナイフを捨て、悪魔使いが突き立った二振りの剣を手に取る。
気功術を駆使し、膂力を高めると、大きく後方へと跳び退いた。
「アグニ、この厄介な首輪を外せるか?」
数段積まれたコンテナの上へと着地したライドウが、右腕に持つ炎の魔具へと問い掛ける。
「容易い事だ。」
魔具の二つ返事に、ライドウは何の躊躇いも見せず、炎の刀身を首枷へと押し当てる。
刀身から発せられる高熱に、首枷はバターの如く焼き切れ、悪魔使いの足元へと転がり落ちた。
「ヒヒッ、面白い展開になったじゃねぇか。」
惜しげもなく裸身を晒し、両腕に炎と風の力が宿った魔具を持つ悪魔使いを少し離れた位置で観賞する影があった。
ロキの依頼で悪魔使いを拉致した張本人、インキュバスである。
高く積まれたコンテナの屋根に腰掛け、眼下で繰り広げられる殺戮を実に楽し気に眺めていた。
「やっぱ、悪魔になったのは正解だな。」
毎日毎日あくせく働き、上司の小言を聞かされる内科医だった頃と比べると、今は快適な環境に居ると言える。
人間のルールに縛られず、触れるモノ感じるモノ全てが新鮮だ。
「兄貴に感謝・・・だな。」
傍らに置かれている最新式のノートPCへと視線を向ける。
A4サイズの液晶画面には、幼い自分を肩車する少年時代の兄が写っていた。
両親を失い、経済的に困窮した自分を医大まで進学させてくれたのは、歳の離れた兄、デンバーズである。
いわれなき汚名を着せられ、警察を辞職した後も、変わりなく自分を援助し、励ましてくれもした。
マクミランが成人し、都内にある総合病院に勤務した後は、疎遠となっていたが、その半年後、兄・デンバーズは、変わり果てた姿となって発見された。
兄の訃報を聞かされた時は、正直、身元確認をする気は無かった。
荒事師まで身を堕とし、『オッズ・クラブ』等という、犯罪組織に加担する兄は、内科医として成功した自分の足枷にしかならなかった。
自分に迷惑を掛けず、何処か知らない所で朽ち果てて欲しいとまで願っていた。
結婚して家庭を持つ夢すら諦め、実弟に尽くしてくれた兄にである。
「そして、”エルバの民”とダンテにもな。」
矮小で卑屈な自分を気づかせてくれたのは、『エルバの民』という秘密結社(イルミナティ)と兄と同じ荒事師をしていたダンテである。
そして、悪魔となり自由を謳歌する喜びを与えてくれたのも彼等だ。
コンテナの上に立つライドウは、二振りの剣を頭上へと掲げる。
「お前達、二人の力を借りるぞ。」
『イエス・マスター。』
双子の魔神の返事と共に、炎と風の刀身で円を描く。
すると法陣が出現し、眩い光と共に悪魔使いの裸身を覆った。
力を解放させじと、魔王・ロキが躍り掛かる。
しかし、突如、胸に衝撃が走り、吹き飛ばされた巨体が、固いコンクリートの地面へと激突した。
白銀の鎧を纏ったライドウが、ロキの胸を蹴り飛ばしたのだ。
光りが晴れると、そこには炎と風を纏った魔狼が立っていた。
アグニとルドラの力で魔鎧化したライドウだった。
「人修羅ぁ!」
魔王・ロキが氷結系上位魔法『マハ・ブフダイン』を放つ。
凶悪な顎を開き、鎧を纏った悪魔使いの肉体を喰い千切らんと氷の龍達が襲い掛かる。
それら全てを炎の刀身で薙ぎ払う悪魔使い。
魔力を全開放し、魔王・ロキとの間合いを一気に詰める。
ロキの手から放たれる氷の槍。
しかし、そんな程度で悪魔使いは止まらない。
白き閃光が、魔王の肉体を貫き、その片腕を斬り落としてしまう。
「ぐぎゃぁあああああっ!」
赤紫色の体液を噴出し、ロキが苦痛で地に膝を落す。
すかさずその首元に、風を纏う刀身の切っ先が付き付けられた。
「まだ、やるか? ”閉ざす者”。」
「ひっ・・・・・!」
暗く凍てついた声。
首元へと刀身の切っ先を突きつけられた魔王の顔色が、みるみるうちに青くなる。
「親父の元へと逃げ帰るなら、見逃してやる・・・だが、このまま戦いを続けるというなら、お前の首をアースガルドに叩きつけてやる。」
本気だ。
この悪魔使いは、本気でアース神族と戦争を起こすつもりでいる。
例える事も出来ぬ怖気が走り、ロキの巨体が人間サイズまでしぼんでいく。
「わ・・・分かったわ、私の負けよ、人修羅ちゃん。」
魔人化を解いたロキが、神族としての矜持をかなぐり捨て、命乞いをする。
はっきり言って無様だ。
アース神族の最高神、オーディンの名を汚す行為だ。
しかし、此処で殺されてしまえば、今迄味わって来た快楽を失う事になる。
『マーダー・インク』という犯罪組織は、ロキの欲望を満たす大事な道具だ。
これからもずっと、『マーダー・インク』を使って味わい尽くすつもりでいる。
「部下を連れてさっさと消えろ。」
ライドウの言葉に、ロキと地面に転がる部下と支配下の悪魔達の姿が霧散した。
後に残される悪魔使い。
ロキの気配が完全に消えると、魔鎧化が解け、地面へとがっくりと片膝をつく。
「何時までそんなはしたない恰好でいるつもりだ? 馬鹿親父。」
レイヴンがモスグリーンのロングコートをライドウに放り投げる。
「レイヴン? 何でお前達が此処に?」
「正体不明の誰かさんが、アタシの個人回線を使ってアンタが拉致られたとメールを寄越したんだ。」
慣れない気功術を使用した為か、倦怠感で動けぬ養父に肩を貸してやる。
本来ならば、只のデマだと判断して無視する所だが、相手は何処で調べたのか極少数しか知らない筈の個人回線から連絡を取って来た。
しかも、ご丁寧にも両手足を拘束され、目隠しと猿轡(さるぐつわ)を噛まされたライドウの画像付きで、である。
「因みに”lucky bring bunny”の雇われ店長もコッチで保護している。」
「そうか・・・・全て奴の掌で弄ばれていたって事だな。」
「?」
「あ、否・・・・何でも・・・って、うわぁ!」
いきなり腕を掴まれ、レイヴンから引き離される。
有無を言わせず、華奢な悪魔使いを肩へと担ぎ上げたのは、銀髪の大男だった。
「帰るぞ、爺さん。」
封魔管にアグニとルドラを再封印し、ウェストバッグへと捻じ込む。
蒼い双眸と真紅の双眸が、激しく火花を散らした。
「隊長、コイツ殺して良い?」
ツインテールの小柄な少女が、身の丈以上もある巨大な斧を肩に担ぐ。
短く髪を刈りこんだ優男も、アサルトライフルの銃口を銀髪の大男へと向ける。
「止めろ! これ以上問題を起こさないでくれ!」
慣れない気功術を駆使し、魔王クラスの怪物と渡り合ったお陰で、肉体は疲弊し、指を一本動かすのですら億劫だ。
「止めてレイヴン、お願いだからマスターを困らせないで。」
静かな殺気がぶつかり合う中、困り果てたライドウにムスタが助け舟を出した。
鼻孔に血が滲んだティッシュを詰めた、何とも情けない姿をしているが、緑色の双眸はかなり真剣であった。
「・・・・・ち。」
幼馴染の懇願に、何かを思ったのか、レイヴンは部下二人を促し、ダンテと養父であるライドウから背を向ける。
リンクスとブルートの二人も、それぞれ得物を納め、主の後に従った。
事後処理を組織『クズノハ』と昵懇にしている特殊公安部隊へと任せ、一同は一旦、天鳥町にある巨大ショッピングモールへと向かった。
襲撃当時の爪痕が残る店内は、惨憺(さんたん)たる有様であった。
イベントで集まった客達は、全員自宅へと帰り、残った従業員達が、壊れた窓ガラスやテーブル等の破片を片付けている。
その中に、意気消沈して椅子に座る一人の男がいた。
店長のルーカスだった。
場所を従業員控室へと移し、事の経緯をルーカスに問いただす。
本人は、襲撃事件当時の記憶はおろか、イベントが開催される1週間前までの記憶が、綺麗さっぱり抜け落ちていた。
ショッピングモールのゴミ集積場で、捨てられていた処をレイヴン達『ブラッズ』のメンバーに保護されていたのだ。
「す、すいません・・・・俺が馬鹿やっちまったお陰で、17代目に迷惑を。」
従業員室の床で正座するルーカスは、記憶の糸を必死に手繰り寄せながら、自分の身に起きた出来事を離し始めた。
天鳥町の巨大ショッピングモールには、ルーカスが経営するカジノ店の他に、他企業から出資されたライバル店が幾つもある。
ムスタとヴァルのお陰で、客足が遠のく憂き目は無いが、それでも日々の売り上げには影響が出ていた。
何とか、同業者達と差を付けたいルーカスは、一周年記念のイベントをあれこれ考えるが、どれも上手くいかない。
日々、重なるストレスを解消していたのが、とある掲示板であった。
その掲示板には、ルーカスと同じ悩みを抱える連中が集まっており、会社の愚痴や家庭の悪口等で溢れかえっていた。
「つまり、そこで爺さんの事を書いた訳か。」
「はい、天下の三大企業の会長と知り合いだと書くと、皆羨ましがって・・・。」
優越感に浸る事が出来た。
個人情報をSNSで晒す行為が危険だと知りつつも、止める事が出来なかった。
それに、掲示板に集まる連中は、ルーカスの事を虚言であると決めつけて、誰も本気で受け取るヤツなどいなかった。
しかし、逆にソレがルーカスを調子づかせた。
「成程、マクミランの奴は、その掲示板で獲物を探していたのか。」
事の真意は定かでは無いが、悪魔化したマクミランは、ルーカスに興味を抱き、電脳空間を通して、その肉体へと憑依した。
そして、綿密な身辺調査を行い、掲示板で書かれた事が、全て真実である事を知った。
「マスター、その掲示板、もう無いよ。」
自分のスマホで、問題の掲示板を検索していたヴァルが、液晶画面を此方に向ける。
画面には、掲示板閉鎖の旨を伝える文字が綴られていた。
「掲示板を運営していた奴が、次の獲物を探して閉鎖したんだな。」
ライドウが、渡されたスマホをヴァルへと返す。
「ネット回線を使って、人間に憑依? そんな真似が可能なのか?」
「理論上は出来る、GUMPにストックされている仲魔は、肉体を電子暗号化されているからな・・・・それの応用だ。」
しかし、召喚する際にはそれなりのMAGが消費される。
インキュバスは中級悪魔だ。
ソレの実体化となると、憑依された人間の命1個分相当を使用する必要がある。
「それにしても、良く無事だったな? ルーカス。」
「は、はぁ・・・・インキュバスに憑依されて何の障害も残らなかったのは、俺の特異体質のお陰だと、16代目の先生が。」
16代目の先生とは、葛葉四家当主が一人、16代目・葛葉忍の事である。
裏社会では、優れて霊的治療を施す医者であり、『医神』という一つ名を持っていた。
「常人よりも二倍以上のマグネタイトを持っている・・・か、召喚術師には羨ましい体質だな。」
悪魔・・・・しかも、上位クラスになると『マグネタイトの大喰らい』が殆どである。
上級召喚術師も、より強い悪魔を使役する為、己に内在するマグネタイトを大量に所有する必要がある。
しかし、こればかりは生まれ持った体質が必要であり、故に、SS級の悪魔召喚術師の数は絶滅危惧種並みに少ない。
「いっその事召喚術師の修行を受ければ良いのに。」
「と、とんでもない! 俺は、霊格が低すぎて悪魔を見る事が出来ないんだ。」
ヴァルの無責任な発言に、ルーカスががぶりを振って拒否する。
正直言って悪魔は、超が付く程苦手だ。
ヴァルやムスタの様に、気の良い奴等もいる事は知っている。
しかし、ルーカスにとって悪魔は、魑魅魍魎の類でしか見れず、出来る事なら関わり合いになりたくは無かった。
「”零障”を受けた以上、お前は悪魔が見える様になっている・・・・セミナーを受講して基礎体術だけは身に付けろ。」
「・・・・・。」
ライドウの言葉に、ルーカスは渋い顔をして押し黙った。
唯一、頼れる肉親のゾイは、今回の襲撃事件で重傷を負っている。
ムスタとヴァルは、17代目の仲魔だから腕こそ立つが、24時間自分を護ってくれる訳ではない。
そうなると、他に頼る術が無いルーカスにとって、己の身は己自身で護るしかなかった。
ゾイの見舞いは後日すると決めて、ルーカスの身柄は一時、シェルターに預ける事となった。
いくらマクミランに放逐されたとはいえ、”霊障”を受けている上に、常人よりも倍のマグネタイトを持っているのだ。
周辺をうろついている低級悪魔に狙われる可能性は高い。
未だ何かを言いたそうなルーカスを、迎えに来た自警団の車に乗せる。
去って行く特殊装甲車の車体を、ライドウは何とも言えない表情で見送っていた。
数日後、曽根南町にある『豊島公園』。
巨大な球場の隣にある噴水広場に、ダンテがいた。
シャツにゆったりとしたパンツ、脚には薄茶のサンダルを履いていた。
「ヒヒッ、まだ6月だってのに蒸し暑くて叶わねぇ。」
背後から声を掛けられ、右手に持っていたスマホから目を離す。
振り返ると電灯の上に小さな影が座っていた。
悪魔として蘇ったマクミランだった。
「よぉ、兄弟・・・・まさか本当に来るとは思わなかったぜ。」
気安く片手を上げて挨拶する。
「俺は、お前と兄弟になったつもりはねぇよ。」
スマホを尻のポケットに突っ込み、代わりにベルトに挟んである双子の巨銃『エボニー』を抜き放つ。
照準を、ニヤニヤといやらしく笑う悪魔へと向けた。
「おいおい、久しぶりの再会だってのに、そりゃねぇだろ。」
「何故、俺を呼んだ? また兄貴の敵討ちでもしようってのか?」
マクミランは、かつての同業者であるデンバーズの弟だ。
4年前も、”兄貴の敵討ち”と称して、命を狙われた。
「まさか・・・・兄貴は悪魔に殺された、そんでその悪魔をお前が始末した・・・分かるか?俺はお前に感謝してんだよ。」
「感謝ねぇ・・・。」
決して信用は出来ない。
この悪魔は、最近、魔導師ギルドに加入した『エルバの民』と呼ばれる組織と絡んでいる。
『エルバの民』首領、狭間・偉出夫に負わされた腹の傷が疼く。
「お前は俺の恩人だ・・・だから、改めてお礼がしたいのさ。」
「礼? 」
「そうだ・・・なぁ、”エルバの民”って知ってるよな?」
「最近、ギルドに加入した組織の事か?」
狙いを定めていた銃を下ろし、腰のズボンへと挟む。
殺意が無いのは、最初から知っていた。
そして、マクミランが自分が所属する秘密結社(イルミナティ)に誘う事も。
「滅茶苦茶居心地が良いぜぇ、糞みたいな規律もねぇし、金もたんまりと貰える。おまけにやりたい放題だ。」
「言っとくが仲間にはならねぇぞ。」
マクミランの誘いを、有無も言わせず叩き落とす。
『エルバの民』首領である狭間・偉出夫には、五島美術館で大きな借りがある。
無意識に手が、腹に刻まれた古傷に触れた。
「つれねぇなぁ?兄弟、”クズノハ”にしがみついても、待っているのは死だけだぜ?」
「脅しのつもりか?」
「まさか、俺は事実をありのままに伝えているだけだ。」
電灯の上に腰掛け、頬杖を突いている赤銅色の肌をした小柄な悪魔は、口元に皮肉な笑みを刻んでいた。
「奴等は、お前の事を”混沌の器”だと疑っている。」
「混沌の器?」
「最近の話だが、”イザヤ”の転生者と名乗る爺さんが、死の間際にこんな言葉を残した・・・・”混沌の器が現れ、受胎を引き起こす”ってな・・・・。」
「・・・・・。」
「あるお偉い学者さんの考察によると、”混沌の器”って奴が、東京湾一帯に発生している異界の穴を広げ、世界を破滅させるらしい。」
”異界の穴”とは、勿論、”シュバルツバース”の事である。
予言を考察した連中は、何者かが調査活動を妨害し、壁を破壊して、世界崩壊を起こすと解読した。
当然、魔導師ギルドに所属する各国の秘密結社(イルミナティ)に伝えられ、水面下で『混沌の器』に該当するモノ達を探し始めた。
「まさか、”クズノハ”の連中は、俺がその”混沌の器”だと決めつけているのか?」
「一応な・・・まぁ、予言何て殆どが誇大妄想の嘘ばかりだし、真面目に受け止めている連中何て殆どいないだろう。」
「・・・・・。」
「だが、上層部は、お前の事を”鼻つまみ者”だと思っているのは、事実だ。」
蘆屋道満大内鑑の一族で構成されている”クズノハ”は、兎角、外部から入り込んで来る血を拒む。
17代目・葛葉ライドウが良い例で、当然、ライドウが連れて来たダンテに対しても、良い顔は決してしていない。
「十分、排除する理由にはなるだろ?」
「組織の上層部が、俺を殺すと言っているのか?」
「さぁな・・・・人修羅ちゃんに何処まで権限があるのか知らないが、万一、あのカワイ子ちゃんに何かあったら、真っ先に消されるのはお前さんだ。」
元、心療内科医だけあり、マクミランは人間の精神構造に関して詳しい。
ライドウが、余所者であるダンテが組織に残留出来る様に、我が身を盾として護っている事を見抜いている。
「ハッ・・・・・反吐が出るぜ・・・・”クズノハ”もお前も。」
「おいおい、俺はお前の協力者だぜ? もうちょっと推しを有難がっても良いんじゃねぇか?」
「推し・・・・・ねぇ。」
その推しに四年前、殺されそうになった。
オマケにソイツは、自分に最大限の屈辱を与えた糞餓鬼の配下として収まっている。
「そんじゃ、俺はこれで失礼するぜ? 」
胡乱気に此方を見上げる銀髪の大男を見下ろし、インキュバスは座っていた電灯から立ち上がる。
そして、何かを思い付いた様に、手を一つ叩いた。
「おっと、いけねぇ、危うく忘れる所だったぜ。」
インキュバスが指をパチリと鳴らす。
すると、電灯の足元に、黒いアタッシュケースが現れた。
「三島重工の悪魔研究班が開発した”魔具”だ。 お近づきの印にプレゼントだぜ。」
ニヤニヤといやらしい微笑を浮かべ、マクミランは移動魔法を使用して公園から姿を消す。
ケタケタと不気味な笑みを残して。
久し振りの投稿