戦争後、キリエがどうなってしまうのか。
それと、ネロと今後因果関係となる狭間偉出夫の出会い等。
最後に、日本編の主人公、遠野・明も登場。
アメリカ合衆国、バージニア州アーリントン群、ペンタゴン。
ポトマック川を越えたバージニア州アーリントン群に、アメリカ合衆国国防総省がある。
「これが魔神ヴィシュヌ? 噂で聞いたのと大分姿が違うと思うんだけどね。」
国防総省、地下5階。
最新鋭の設備が揃った研究施設に、一人の黒髪の少女がいた。
歳の頃は、16・7ぐらいだろうか?
見事な長い黒髪を背に垂らし、真紅の双眸を巨大な培養カプセルへと向けている。
そこには、蒼い海の中に漂う四つ足の怪物が眠っていた。
「厳密に言うと、コレはヴィシュヌではなく、魔神・カルキだ。」
「カルキ・・・・? 108もあるヴィシュヌの化身(アバターラ)の一つと言われてる? 」
「そうだ・・・色々と不測の事態が重なってしまった結果、彼が生まれた。」
少女の隣に立つ米陸軍の軍服を着た初老の男―ウィリアム・グリッグスが簡単に説明する。
フォルトゥナ公国侵攻作戦後、邪神アバトンの力を使い17代目・葛葉ライドウから魔神ヴィシュヌを抽出する事に辛うじて成功した。
辛うじて、とは、あのままアバトンの活動を強制停止しなければ、自爆し、フォルトゥナ公国はおろか、北半球がまるごと消し飛ぶ可能性があったからだ。
「本当ならば、”アモン”を引きずり出したかったのだがな・・・・流石に奴は容量が大きすぎてアバトンでも無理だったよ。」
邪神・アバトンの力をもってしても、”人修羅”から、アモンを抽出する事は不可能であった。
魔神・ヴィシュヌを取り出すので精一杯だったのである。
「全く、”人修羅”ってヤツは、どれだけ化け物なのよ。」
「彼と融合している”ネミッサ”と呼ばれる電霊が特別なのだ・・・一説によれは、大霊”マニトゥ”の分霊体と考えられているからな。」
「”マニトゥ”・・・・・現世を支える柱の一つ・・・・。」
腕組みをした黒髪の美少女― 月の女神”ヘカーテ”は、隣に立つウィリアム・グリッグスを一瞥すると、改めて壁全体を覆い隠すかの如く設置された巨大な培養カプセルを見上げる。
法儀式が施された聖水の海により、強制的に活動を停止した魔神は、静かに眠りへと就いていた。
「それで・・・・貴方達は、この私に一体何をさせたいのかしら? 」
薄い唇に皮肉な笑みを浮かべ、ヘカーテが隣に立つグリッグスに態(わざ)とらしく問い掛ける。
彼等が、自分に何を望んでいるのかは分かる。
しかし、素直に従いたくはない。
「君は優秀な職人(ハンドヴェルガー)だ。 その類まれな技術を使って、カルキを神器にして貰いたい。」
初老の男は、自分より頭一つ分低い、黒髪の美少女を見下ろす。
「はぁ? アンタ馬鹿ぁ? こんな馬鹿デカイエネルギーの塊なんて扱える訳がないでしょ? アメリカ大陸の地形を変えたいわけ?」
心底呆れた様に、ヘカーテが天を仰ぐ。
魔神”カルキ”は、TNT火薬に換算すると毎秒1000億トンの爆発に相当するエネルギーを放出している。
これは、太陽のエネルギー量と全く同じで、今は、”聖水”の力で休眠状態にしているが、もし万一失敗すると莫大なエネルギーが放出され、下手をするとアメリカ、メキシコ、カナダの三カ国が吹き飛ぶ。
「嘘は関心しないな?ヘカーテよ。 君達、オリュンポス神族の始祖、天空神・ウラノスを神器へと封じたのは君だ。 アレと比べれば、カルキなどまだ可愛いものだろ? 」
そんな女神に対し、グリッグスは皮肉で返す。
かつてヘカーテは、始祖神の一人であるウラノスの膨大な魔力を使い、一本の大鎌へと封じた。
造り出された大鎌の名は、『アダマスの大鎌』。
現在は、ヴァチカン13機関(イスカリオテ)所属の異端審問官、第13席”ソードダンサー”ことアレフ・マクスゥエルが所持している。
「気持ち悪ぅ・・・アンタ、もしかしてアタシのストーカー? 」
「悪いが、君の悪態に付き合う気は無い。 姉上を救いたいのだろ? ならば、大人しく従うより他に術はないと思うがね? 」
グリッグスに痛い所を突かれ、黒髪の美少女が悔し気に唇を噛む。
現在、彼等、オリュンポス神族の聖地、ギリシャは未曽有の経済危機にある。
2009年の政権交代により、旧政権が隠ぺいしていた財政赤字が発覚。
新政権は、急遽、財政健全化計画を発表したが、その内容は、あまりにも楽観視した代物であった。
その為、ギリシャ国籍が格下げ、同国への融資額が大きいドイツ国債の価格や通貨ユーロが大幅に下落した。
破綻した財政を立て直す為に、IMF(国際通貨基金)やEU(欧州連合)は金融支援を決定したものの、その条件としてギリシャに増税・年金改革・公務員改革・公共投資削減・公益事業の民営化をする様命じた。
その結果、大勢の失業者を生み、景気は大きく低迷。
当然、治安は悪くなり、強盗や殺人などが横行する様になった。
又、政治に対する不満から、過激なデモが起こり、暴徒化した市民達による略奪行為が頻繁に行われる様にまでなってしまったのである。
そんな荒れた国の内情で、信仰心などあろう筈が無い。
オリュンポス神族達は、急激にその力を失い、繁栄の栄華は影も形も無く失われた。
「確か、君の姉上は、ギリシャの財団『シュンパテイア』の総帥だったね。破綻したギリシャ財政を立て直そうとかなり苦労していると聞く・・・・我々、『ミレニアム』ならば、君の姉上を救う事も、ギリシャの財政難を手助けする事も出来る。」
「・・・・・・。」
「改めてもう一度、君に聞くが、”カルキ”を使って神器を造り出す事は可能かね? 」
「・・・・・。」
「どうかな? 我々も忙しいのだ・・・・もし、出来ないのならば、違う職人(ハンドヴェルガー)に依頼を・・・・。」
「分かったわよ! アンタ達の言う通りにするわ! 」
紅玉の如き鋭い双眸が、隣に立つ初老の男を睨み付ける。
人の弱味に漬け込む卑劣な手段に、反吐が出そうだった。
こんなヘブライ神族の薄汚い天使共の言いなりになるのは、死んでも御免だ。
しかし、愛する双子の姉の為ならば、どんな犠牲を払おうと厭(いと)わない。
「その代わり、ちゃんとヘラ御姉様を助けてくれるんでしょうね? 」
「勿論だ。我々、天使は決して嘘を吐かぬよ。」
立場はあくまで此方が有利。
屈辱に震える少女を横目で眺めつつ、グリッグスは口元に冷淡な笑みを浮かべた。
フォルトゥナ公国とディヴァイド共和国の国境沿いにある市立病院。
そのラウンジに、紅茶色の髪をした女性が、窓辺の椅子に腰を掛けて外の景色を眺めていた。
眼下には、仕事へと向かう市民達が忙しなく行き来を繰り返している。
かつて母国が失ってしまった平和な光景。
フォルトゥナが今現在、どんな状況下に置かれているかを憂い、病衣の上から厚いカーディガンを着た女性―キリエは、複雑な心境になった。
「コーヒー買って来たよ。」
窓辺に向けていた視線を、テーブルの真向いへと座る銀髪の少年に向ける。
銀髪の少年―ネロは、義理姉の前に自販機で買って来た缶コーヒーを置いた。
「ありがとう。」
前に置かれたカフェオレの缶コーヒーを手に取る。
暖かい感触が、両掌から伝わった。
「明日退院だって聞いたよ。 暫くは、ディヴァイド共和国(此処)で生活するんだろ? 」
「ええ? スカーさんが色々と手配してくれたみたい。調査が終わるまで国民宿舎でお世話になりそうよ。」
キリエは、今回の戦争に加担した魔剣教団騎士団長、クレドの妹である。
故に、戦争犯罪者の血縁であるキリエの身柄を、ディヴァイド共和国が確保する事になった。
表向きは、病気の為の静養となっているが、強制的に身柄を拘束されているのと同じな為、彼女に自由など一切ない。
「ネロ・・・・貴方は、大丈夫なの? 」
自分の事より、歳の離れた義理弟の事が心配だ。
戦争が終結してから数日、義理の弟がどんな所で寝泊まりしているのか、ちゃんと食事は取れているのか、頭の中はソレで一杯だった。
「赤十字が用意した仮設住宅で生活してる。 家と宿舎が使えないから仕方ねぇよな。」
「・・・・・そう。」
キリエ達がかつて生活していた都心から少し離れた邸宅は、国連軍が証拠保持の為、24時間監視している。
フォルトゥナ城の隣にある騎士団の寄宿舎は、未だ、悪魔が大量に徘徊している為、魔狩人(ハンター)達による駆除が、行われていた。
「ライドウ様は、もう帰国なされたのかしら。」
無意識に胸元に下げたラピスラズリのネックレスに、指が触れる。
この淡いブルーの美しい石は、『魔剣祭』が始まる前日に、17代目・葛葉ライドウに渡された細やかなプレゼントであった。
「・・・・・フォルトゥナの市立病院で入院してる・・・・でも、やり残した事があるって、すぐに日本に帰るって言ってた。」
そんな姉の姿に、何か思う所があるのか、ネロは言葉を一つ一つ選びながら、義理姉に話す。
ネロの左手には、未だ渡す事が出来ない義理姉へのプレゼントが、ジャケットのポケットの中で握られている。
「あ、明日さぁ・・・退院したら、ライドウさんの所にお見舞いに行こうよ。 きっと喜んでくれると思うぜ? 」
「・・・・・。」
暗くなりがちな話になってしまいそうだったので、ネロは、慌てて会話の修正をする。
初恋の相手に会えるのだ。
きっと、姉は喜んでくれるに違いない。
しかし、ネロの予想に反して、キリエの表情は暗かった。
「・・・・ごめんね・・・・私は、お見舞いに行けない。」
「キリエ・・・・? 」
「この国からは出られないの・・・・。」
俯いていた顔を上げるキリエ。
秀麗な眉根を寄せ、何処か辛そうにしている。
その時、彼女の向かい側に座るネロは、突き刺さる様な視線を感じた。
振り返ると、ネロの背後にある席に座る黒縁眼鏡の男と目が合う。
男は、態とらしく手に持っている新聞に視線を落とすが、気配は男のモノばかりではなかった。
患者に問診をしている看護婦。
それに受け応えをしている患者。
受け付けの事務員までもが、ネロとキリエの様子をつぶさに観察している。
まるで、このフロアー全体が、ネロ達、姉弟が不穏な行動を起こすのではないかと警戒しているかの様であった。
「此処にいる奴等って・・・・。」
「・・・・秘密警察よ・・・・全員とまでは言わないけど、この病院に何人か混じっているわ。」
「まさか・・・・っ!? 」
「スカーさんに言われたの・・・・私は重要参考人だから、国外に逃亡する恐れが無いよう、監視を何人か置くって・・・・近いうちに軍事裁判が開かれるからって・・・。」
「何で? キリエは関係ないだろ!? 」
忘れていた怒りが、再び腹腔内へと湧き上がる。
戦争犯罪人は、国主であるサンクトゥス教皇と、その直属の部下達だ。
キリエは、只の塾講師に過ぎない。
いくら、幹部である魔剣教団騎士団長、クレドの実妹だからといって、これは余りにも不当な扱いではないか。
「私の事なら大丈夫、スカーさんやボーグさんが無体な扱いは決してしないと約束してくれたわ。 私は唯の参考人で、証言台に立てばそれで良いって・・・。」
「でも・・・・だったら、俺も同じだろ? 俺は魔剣教団の騎士だ! 父さん・・・クレドの部下だったんだぞ? 」
罪を背負うのはキリエだけではない。
魔剣教団の騎士であった自分も同じだ。
そう主張するネロを、キリエは弱々しく首を横に振って否定する。
「ネロ・・・・・貴方には、私と違ってまだ輝かしい未来がある。 お願いだから、自分の可能性を潰す様な真似はしないで・・・。」
「キリエ・・・・。」
「姉さんの最後のお願いよ・・・・・分かって頂戴。」
「・・・・・。」
キリエは自分の死期が近い事を、その肌で敏感に感じ取っている。
紅茶色の双眸から、涙の雫を見た瞬間、ネロは何も言えなくなってしまった。
病院での一件後、吹き出る怒りのマグマを何処かで発散したかったネロは、フォルトゥナとディヴァイドの境界線の入り口である”ミティスの森”へと来ていた。
この地帯は、未だに悪魔共が多数、生息している。
多くの魔狩人(ハンター)や対悪魔専門特殊部隊が日々、警邏していると聞くが、どうした訳か彼等の姿を見かける事が無かった。
だが、例える事が出来ぬ怒りをぶち撒けたいネロには、至って好都合だ。
仮設住宅に隠してある機動大剣『レッドクィーン』と六連装大口径リボルバー、『ブルーローズ』を装備し、ネロは、当ても無く魔の森を徘徊する。
「畜生・・・・・何で・・・・何でこうなっちまったんだ? 」
義理父、クレドが自分と歳も変わらぬ異端審問官に殺された。
義理姉、キリエは大病を患っているその身体で、理不尽にもフォルトゥナ公国が起こした戦争の責を問うべく、軍事裁判に出廷しなければならなくなった。
魔剣教団の気の良い連中は、皆、先の戦争で死んだ。
何もかもが、自分の前から消えていく。
悶々とした気持ちを抱えたまま、ネロは、ミティスの森、最深部へと足を踏み入れる。
此処は、”ソロモン12柱”の魔神の一人、”堕天使・アムトゥジキアス”が封じられていた場所だ。
目の前に、崩れた小さな石碑が見えた。
「The hardest thing I've ever done is keep believing(私が今迄で最も難しかったのは)There's someone in this crazy world for me(この狂った世の中で、誰かが私の味方でいてくれると信じ続けること) 」
不図、ネロの耳に誰かの唄声が聞こえて来た。
腰に刺してあるガンホルスターから、大口径『ブルーローズ』を素早く引き抜き、油断なく周囲を警戒する。
と、その双眸に、崩れた柱の上で腰掛ける人影を見つけた。
自分と同年代だろうか? 少々癖のある黒髪に厚いダウンコート。
首にはカシミヤのマフラーを巻き、ビンテージジーンズに革のブーツを履いている。
「The way that people come and go through temporary live(この人生で、皆傍らにいてくれるのは一時的ですぐに去っていってしまう。)My chance could come and I might never know(私にチャンス訪れるのか、どうなのかわからない。) used to say "No promises, let's keep it simple"(私は貴女に「約束なんてなしにしてシンプルな関係でいましょう」とよく言った)」
ネロの存在に気付いているのかいないのか、黒髪の少年は唄う事を止めない。
柱の上で、楽しそうに口ずさんでいる。
訝し気な表情で、周囲を警戒しつつ、ネロが少年が座る柱へと近づく。
すると、唄声がピタリと止んだ。
「カーペンターズの曲は、どれも素晴らしいね・・・・1970年代が生んだ芸術作品だ。でも、カレンは可哀想だった、彼女の死がなければ、もっと活躍出来ただろうに。」
柱の上で腰掛ける黒髪の少年は、イヤホンを外し、ネロの方を振り返る。
中性的な美貌に、紅玉の如き真紅の双眸。
理知的な眉根に、薄い唇は微笑を浮かべている。
「数あるカーペンターズの名曲の中でも、”青春の輝き”は、一番大好きな曲だ。君は、彼等の曲を聴いた事は? 」
「生憎、そんな大昔の曲は聴いた事なんてねぇよ。」
「そうか、それは残念だな。」
黒髪の少年― 狭間偉出夫は苦笑を浮かべ、軽やかに地上へと降り立つ。
「機会があれば、一度視聴してみるのをおススメするよ。必ず、君の心にも彼等の伝えたいメッセージが響く筈だ。」
「・・・・・お前、一体何者だ? 」
唯の観光客ではない。
尋常ならざぬ異様な気配に、ネロは無意識に腰に吊るしてある六連装大口径リボルバーへと手を伸ばす。
「そんなに警戒するなよ? 今回は、只、君に挨拶をしに来ただけだ。」
「挨拶? 返り血を浴びた奴に、言われたくねぇ台詞だぜ。」
ネロは、偉出夫の着ているダウンコートの裾に、悪魔のモノとは明らかに違う血の跡を見逃さなかった。
視線を偉出夫が座っていた柱の影へと向ける。
そこから人間の腕らしきモノが、幾つかはみ出していた。
「ああ? アレか・・・・・悪い大人達が、彼等を虐めていたからね。ちょっとお仕置きしてやっただけさ。」
「彼等・・・・ねぇ・・・・。」
柱の陰に折り重なった死体を見られ、偉出夫が邪気の無い苦笑を浮かべる。
道中、何故、悪魔狩人(ハンター)の姿を見かけなかったのか、全て合点がいった。
偉出夫は、悪魔を駆除する為に森の中に入った悪魔狩人(ハンター)達を一人残らず皆殺しにしたのだ。
「人間の癖に、悪魔の味方か? 気色悪ぃ。」
物陰から次々と姿を現す異形の者達。
彼等は、この”ミティスの森”に住み着いた悪魔共だ。
まるで子犬の様に、擦り寄るアサルト達を、偉出夫は愛おしそうに撫でてやった。
「そんなに毛嫌いするなよ? 彼等は俺達人間より脆くか弱い存在なんだ。」
「ハッ! 笑えねぇ冗談。」
「冗談? 俺は至って本気さ。」
何ら感情の籠もらぬ赤い瞳。
その眼に見つめられた瞬間、まるで金縛りにでもあったが如く、ネロはその場に一歩も動く事が出来なくなってしまった。
「俺から言わせれば、人間の方が悪魔より残虐で、醜い・・・・それは、俺が一々説明しなくても、君が一番思い知っている筈だろ? 」
「・・・・・・。」
「奴等は、君の大事な家族を滅茶苦茶にした挙句、尊敬する父親を殺し、愛する姉を苦しめている・・・・一体、どっちが悪なんだろうね? 」
「・・・・っ! 何でそれを!!? 」
「知っているのか? だってぇ?・・・・・俺には、全てが分かるんだ。 君の実の父親の事、行方不明になった母親の事・・・・それと、その右腕の事とかね。」
偉出夫の右眼が怪しく輝き、紅き紅蓮の焔が吹き荒れる。
それを見た瞬間、ネロは、採掘場で共に悪魔と戦った悪魔使いの姿を想い出した。
「おっ・・・・お前・・・・その眼・・・・。」
ライドウと全く同じだ。
外道・スケアクロウの群を相手に戦った時、ネロは見たのだ。
ライドウの左眼から、僅かに蒼い炎が揺らめき立つのを。
「フフッ・・・・この世界には、三人の”絶対者”と呼ばれる存在がいる・・・・一人は、日本の超国家機関『クズノハ』に・・・もう一人は、ヴァチカン13機関(イスカリオテ)に・・・・そして、最後の一人は、今、君の目の前に・・・・。」
何者にも依存せず、縛られず、自立的、自発的な存在を維持する事が可能な者達。
神や悪魔を超える超越した者。
それが『絶対者』だ。
「ネロ・・・・・俺の仲間にならないか? 」
「・・・・・何? 」
気が付けば、ネロと偉出夫の周囲を無数の悪魔達が埋め尽くしていた。
完全に退路を断つ形で、悪魔の群が、数メートルの間隔を置いて取り囲んでいる。
しかし、銀髪の少年は、それに関しては全く気にする様子は無かった。
驚愕の表情で、ただ、目の前に立つ黒髪の少年を凝視するだけだ。
「俺は、自分が自分でいられる為の王国を造る・・・・その為には、優秀な人材が必要なんだ・・・・君、みたいにね。」
「じょ、冗談は寝てから言えよ・・・・誰が、お前みたいな人殺し野郎・・・。」
「君が尊敬し、心惹かれる人物は、かつて、血も涙もない暗殺者(アサシン)だった。」
「!? 」
また心の中を覗かれた?
冷や汗が頬を伝い、喉がカラカラに乾く。
「別に急いではいない・・・・俺達は又出会う運命(さだめ)にある・・・その時により良い返事を期待してるよ。」
狭間は、それだけ伝えると、あっさりと踵を返し、深い森の中へと消えていく。
気が付けば、あれ程、溢れていた悪魔の集団は、影も形も無く消え失せていた。
緊張が解け、その場に跪くネロ。
粗い呼吸を繰り返し、躰中から、どっと汗が噴き出した。
ネロとの別れた数分後。
主の気配を敏感に感じ取った一人の少女が、背を預けていた大木から姿を現した。
赤根沢玲子である。
「お話は済みましたか? 」
「ああ、待たせて御免ね? 玲子。」
心配そうに此方の様子を伺う異父妹に、偉出夫は邪気の無い笑顔を向ける。
因みに、あれ程いた悪魔の群は、いつの間にか何処かへと去って行った。
「由美さんが大分おかんむりでしたよ? 」
大切な同士である白川由美の事を想い出し、玲子がクスリと笑みを浮かべた。
悪魔の襲撃と、隣国との戦争により、商業都市は破壊され、彼等が宿泊していたホテルも見るも無残な姿へと変えられた。
食糧は、配給される乾燥パンや缶詰等の味気もへったくれも無いモノばかり。
当然、シャワーだって使える筈が無い。
「それは、悪かった・・・・姫には後で俺から謝っておこう。」
本当なら、戦争終結前に、この国から出て行く予定であった。
何故、滞在期日を引き延ばしたかは、偉出夫の個人的な我儘である。
「彼は・・・・私達の仲間になってくれますかね? 」
玲子が言葉を慎重に選びながら、敬愛する主へと問い掛ける。
「まだ、分からないさ・・・・俺も全てを見通せる訳じゃない。例え答えが分かっていても、因果律の流で変わるかもしれない。」
「・・・・・もし、ネロ君が駄目なら、明君はどうですかね? 彼ならきっと、私達の力になってくれる筈。」
「どうかな・・・・俺は、明に憎まれているからね。」
偉出夫の脳裏に一人の少年の姿が映る。
ほんの数日であったが、同じ施設で共に生活した大事な友達。
共に遊び、共に笑った彼の心を叩き壊したのは、他でもない偉出夫自身である。
彼が自分達の理想の為に、協力してくれるとは到底思えなかった。
東京、上野や南千住街に近い場所・・・山谷地区。
埃と生ゴミ、そして吐しゃ物で酸っぱい臭いが立ち込める薄汚い路地裏の通りに『椿屋』という大分時代遅れの大衆居酒屋があった。
その店に黒いスタジャンを着た如何にもチーマー風の少年が、大分慌てた様子で店の扉を開ける。
少年は、店内を見回し、奥のジュークボックス前にいる目的の人物を探し当てると、真っ直ぐに其方へと向かった。
「今、ドス六達が獲物を山谷堀公園に誘き寄せてる。何時でも撮影出来るぜ。」
「・・・・。」
スタジャンの少年は、ジュークボックス前で煙草を吸っている大柄な少年にそれだけを告げる。
2メートル近い体躯をした少年は、長い前髪で両眼を隠し、ジュークボックス内で回る円盤を無言で眺めていた。
煙草を一口吸い、傍に置いてある灰皿に圧し潰す様にして消す。
「分かった・・・・俺が撮影現場に行くまで余計な事をするなと伝えとけ。」
「了解。」
スタジャンの少年は、唇に皮肉な笑みを浮かべると、そそくさと店の出入り口へと向かう。
その後を少年― 遠野・明が、ゆっくりとした歩調で追い掛けた。
全体的に短くなっちまいました。