又、シュバルツバースは、階層に移動する程時間にずれが生じ、壁内の時間と壁外の時間の流れに狂いが生じる言わば『ウラシマ効果』が発生。
その為、10数年壁外で経っているにも拘わらず、壁内では調査から3年も経過していない状態である。
遠くで、誰かが自分を呼ぶ声が聞こえる。
身体中が熱くて堪らない。
思考が乱れ、考えが纏まらない。
額に何か冷たいモノが乗せられる感触。
薄っすらと閉じていた瞼を開けると、ユラユラと揺れる視界の中に、心配そうに此方を覗き込む黒髪の少女の顔が見える。
「ひ・・・・瞳? 」
自分の顔を覗き込んでいるのは、天海市を中心に活動しているハッカーグループの仲間であり、幼馴染みの少女であった。
「カヲル・・・・・大丈夫? 」
とても似合っているとは言い難い、黒のボンテージスーツに身を包む少女。
黒のレザージャケットに黒のレザーパンツ。
ヒールの高いブーツを履き、首には、黒のチョーカーを着けている。
黒髪の美少女・・・・・遠野・瞳は、身を屈め、ソファーに横たわる少年― 雨宮・カヲルを見つめていた。
「一時的な、魔力のリバウンドよ。 これに懲りたら、馬鹿みたいに最上級悪魔(グレーターデーモン)を使い捲らない事ね。」
黒髪から、銀の髪へと色が変わると同時に、あれ程心配していた瞳の顔が、怒りの表情へと変わる。
瞳に憑依している電霊・ネミッサと人格が交代したからだ。
「ネミッサ、そんな言い方は酷過ぎるわ。」
「何が酷いのよ? コイツのせいで危うく私達まで死ぬかもしれなかったのよ? 」
「でも・・・・。」
「生半可な気持ちで悪魔を使役するなって事よ。 魔神・ヴィシュヌを手に入れてから、コイツ、調子に乗り過ぎなのよ。」
「・・・・・。」
我が強く、物事をハッキリと言うネミッサに、気の弱い瞳は、それ以上何も言えなくなってしまう。
確かに、ネミッサの言う通り、最近のカヲルは多少傲慢になりかけていた。
クリプトチップを精製しているアルゴン精工に侵入し、その精製工場の地下施設に、魔神・ヴィシュヌが封じられているのを見つけたのだ。
― 我ヲ解放セヨ・・・・・。
強いソウルを持つカヲルに、ヴィシュヌはそう語りかけて来た。
何故、ファントムソサエティの幹部、魔王・シェムハザが、ヴィシュヌを持っていたのかは分からない。
しかし、このままヴィシュヌの強大な力をファントムソサエティに悪用させる訳にはいかなかった。
「こらこら、病人を前に喧嘩は駄目だろ? 」
トレーラーハウスの乗車口が開き、誰かが乗り込んで来る。
コンビニの袋を右手に持ち、ヨレヨレのトレンチコートを身に着け、頓着しないのか、髪はぼさぼさで、口に火の付いた煙草を咥えていた。
20代半ばぐらいのこの青年の名は、桜井雅弘。
カヲルと瞳が所属するハッカーグループ『スプーキーズ』のリーダーである。
仲間達からは、彼のハンドルネームである、スプーキーと呼ばれていた。
「お? 良かった。 目が覚めたみたいだね? 」
毛布を被り、ソファーに横たわっている少年を見下ろし、リーダーがにっこりと柔和な笑みを口元に浮かべる。
因みに、カヲルが寝ているソファーは、スプーキーの寝床だ。
「あ・・・・俺・・・・何で、此処にいるんだ? 」
熱に浮かされながらも、不図疑問に思った事を口にする。
自分は確か、相棒のネミッサと一緒に『ホテル・シーアーク』で、自己鍛錬&新たな仲魔を手に入れる為にかなり高い階層まで潜っていた筈だ。
「アンタが、魔神・ヴィシュヌを不用意に召喚したせいで、魔力のリバウンドを起こした挙句、ぶっ倒れたのよ。 ヨシツネ君が居なかったら、今頃私とアンタは、悪魔の胃袋の中だったでしょうね。」
再び、瞳からネミッサへと人格交代した少女が、事の経緯を簡単に説明してやる。
『ホテル・シーアーク』に潜ったカヲルは、相棒であるネミッサの忠告を無視し、魔神・ヴィシュヌを乱発した。
当然、魔力のリバウンドにより、カヲルは昏倒。
彼の造魔である、英霊・ヨシツネが倒れたカヲルを担ぎ上げ、スプーキーズのアジトがある天海ベイまで運んで来たのだ。
因みに、ヨシツネは、アジトであるトレーラーハウスに到着すると、カヲルが使用している召喚器― GUMPの中に納まった。
「幸い、”肉体の変質化”は起きてないみたいね・・・・アンタ、人間辞めたく無かったら、ヴィシュヌ召喚は控えるのね。」
ソファに横たわるカヲルを、ネミッサが鋭く睨む。
”肉体の変質化”とは、魔素により異形化する事を言う。
ヴィシュヌの様な、最高位の悪魔を使用し続けると、肉体が悪魔の発する魔素に侵され、遺伝子が変化を起こしてしまうのだ。
「僕は、その手の話には詳しく無いけど、彼女の言っている事は正しいと思うよ? 」
スプーキーは、コンビニの袋から、冷たいオレンジユースを取り出すと、それをネミッサへと差し出す。
「ありがとう、リーダー。」
再び、ネミッサから瞳へと人格交代する。
アルゴンソフト社との戦いが激化する中、電霊であるネミッサにも疲労の影は見え隠れしていた。
長時間、表に出るのがキツイのか、戦いが無い時は、殆ど瞳の状態でいる事が多い。
「俺が・・・・頑張らなきゃ・・・・俺が、皆を護らなきゃ・・・・。」
「カヲル・・・。」
熱に浮かされながらも、うわ言の様に短髪の少年が呟く。
脳裏に浮かぶのは、”スポア”と呼ばれる寄生虫により、魂を奪われた父親の姿。
救急車で病院へと搬送される義理の父親を、付き添う義理の母親。
心配かけまいと泣くのを我慢する義理の妹。
門倉の罠にハマり、スプーキーズから離れた仲間のランチとシックス、そしてユーイチ。
義理の父親と同じ様に、”スポア”により、魂を奪われた天海市の人々。
彼等を救えるのは、悪魔召喚術師(デビルサマナー)の力を持つ自分以外いない。
知らず知らずに自分自身を追い詰めているカヲルの頬に、冷たい感触がした。
見ると、少年の頬にリーダーが、冷たい炭酸飲料の缶を押し付けている。
「大丈夫、 君には、僕や瞳ちゃん・・・それに、ネミッサもいるよ。」
「リーダー・・・。」
「君が抱える痛みや苦しみは、僕達も一緒に背負うよ。 辛くて前に進めなくなったら、僕達が支えて、一緒に歩く。 だから、全てを一人で背負い込んじゃ駄目だ。 僕達は、チームなんだよ? 」
「・・・・・。」
リーダーの言葉、一つ一つが、胸に響く。
込み上げる感情を必死に押し殺し、唇を噛み締める。
目頭が熱くなり、視界が涙で再びぼやけた。
「ラ・・・・イ・・・ドウ・・・おい、ライドウ。」
聞き覚えのある青年の声。
ぐしゃぐしゃにぼやけ、ハッキリとしない視界。
「しっかりしろよ! 爺さん! 」
「・・・・・!!!? 」
視界一杯に映る、番の顔。
微睡の中に居た隻眼の少年は、一気に意識を現実(リアル)へと浮上させる。
「え? あ?・・・・・ダンテ? 」
「はぁ・・・・やっと、正気に戻ったのかよ。」
間抜けな主の返事に、銀髪の青年が大袈裟な溜息を吐く。
ライドウは、混乱しつつも、何とか周りの状況を把握しようとした。
狭い部屋の様子から見て、此処はどうやら何処かの簡易宿泊所らしい。
そして自分は、全裸でシングルベッドに寝かされている。
同じ裸のダンテが自分の上に覆いかぶさり、下半身に猛烈な違和感。
尻の中に、何か熱くて硬くて、それでいてい馴染み深いモノが刺し込まれている。
「くぁwせdrftgyふじこlp!!!! 」
「わっ、馬鹿、暴れるんじゃねぇよ!爺!! 」
尻の穴にぶっ刺さっているモノの正体を理解した時、ライドウは矢鱈目たらに暴れ回った。
それを持ち前の腕力で、ダンテが抑え込む。
「何でぇ? どうしてぇ? お前のモツが俺のケツの穴にぶち込まれてるんだぁ? 」
分からない、分からない、理解不能な事態に、脳内がオーバーヒートを起こし、無数のクエスチョンマークが飛び交う。
「呆れたなぁ? アンタ、何も覚えてねぇのかよ? 」
自分の躰の下で、顔色を真っ青にしている悪魔使いを見下ろし、ダンテがもう一度、盛大な溜息を吐き出した。
ダンテ曰く、成城の葛葉邸で、執事の岡村から屋敷の主人である17代目・葛葉ライドウが、”シュバルツバース”での調査任務が終了し、壁外へ帰還する旨が伝えられた。
渋谷のセンター街での一件で、半ば強制的に1カ月間もの自宅謹慎処分を言い渡されたダンテは、一言嫌味でも言ってやろうと、岡村から正確な帰還日時を聞き出し、”シュバルツバース”のある東京アクアラインに向かったのだ。
帰還当日、多くの調査員の親族達と共に、堅牢な大門が開くのを待つ。
重い音と共に開いた門から、数名の調査員達に混じって、魔槍”ゲイボルグ”を背負うライドウの姿を見つけた。
何処で拾って来たのか、全くサイズが合わないジャケットを着るライドウは、夢遊病者の様な覚束ない足取りをしている。
不思議に思い、本人を問いただすと、壁内調査で一緒になった調査員の一人から、ジャケットと媚薬入りの飴玉を貰ったのだそうだ。
連日に続く激戦で、体力と魔力を大幅に削られ、おまけに昨日からロクな食事をとっていないライドウは、何の疑いも無く、その飴玉を食べた。
まんまと調査員の悪戯に引っ掛かったライドウは、案の定、媚薬が効き、ダンテの腕の中で爆睡。
仕方なく、乗って来た大型バイクで東京コンテナターミナルの近くにある簡易宿泊所に連れて行った。
「ホテルに着いた早々、アンタはあちぃあちぃと喚いて、急に服を脱ぎだした挙句、俺に襲い掛かったんだ。」
「はぁ? 出鱈目言うんじゃねぇよ! 」
自分がこの大男を襲った?
普段のライドウからは、想像も出来ない暴挙である。
襲われる事はあっても、自分から事に及ぶ為に、他人を襲う事は決してしない。
「出鱈目じゃねぇよ・・・因みに、あの飴玉何個喰ったんだ? 」
「うっ・・・・た、確か・・・・3個・・・ぐらい・・・・。」
必死に記憶の糸を手繰り寄せ、食べた媚薬入りの飴玉の数を数える。
「どうした? 爺さん。」
暴れるのを止め、急に大人しくなった悪魔使いを、ダンテは胡乱気に見下ろした。
青かったライドウの顔色は、再び、真っ赤に上気し、呼吸が粗くなっている。
ダンテの性器を咥え込んでいる蜜口が収縮し、切なく締め付けていた。
「あっ・・・・け、ケツの奥が痒くて熱い・・・・た、頼む・・・もっと奥擦って・・・。」
薬の効果は、まだ続いていたらしい。
押し退けようとしていた両腕は、ダンテの背に回り、両脚は、離れたくないと男の腰をがっちりと掴んでいる。
ライドウの性器は、再び硬くなり、その先から蜜を垂らしていた。
「了解、薬が完全に抜け切るまで付き合ってやるよ? マスター。」
ニヤリと、皮肉な笑みを浮かべるダンテ。
華奢なライドウの躰を抱きかかえ、膝の上へと乗せた。
数時間後、ライドウの躰から媚薬の効果が抜け切るのに、約丸一日掛かってしまった。
日はとうに沈み、深夜帯と言っても差し支えない時間帯になっている。
激しい性行為に、体力を完全に消耗した悪魔使いが、生きる屍状態で毛布にくるまれている。
その横で、銀髪の大男が呑気に冷蔵庫からミネラル飲料を取り出し、乾いた喉を潤していた。
「大丈夫か? 爺さん。」
「これが大丈夫に見えるなら、お前は一度、眼科に行け。」
ダンテの問い掛けに、隻眼の少年は、掠(かす)れた声で応える。
泣かされ過ぎて、喉が痛い。
媚薬の効果が消えたものの、今度は、腰と尻の穴が猛烈に痛くて堪らなかった。
「ぐぅううううう・・・。」
その時、ライドウの腹から、空腹を訴える音が鳴った。
無理もない、”シュバルツバース”内での悪魔との戦闘が立て続けに起こった挙句、満足な食事すら採れず、フラフラの状態で大門から出て来たのだ。
おまけに、まる一日、簡易宿泊所の一室で、媚薬が抜け切るまでの性行為。
憎たらしいこの男に、腹の虫が鳴るのを聞かれたくは無かったが、それは無理な注文である。
「悪りぃ、そんなに拗ねるなって・・・今、何か注文してやるから。」
「ううっ・・・。」
腹の虫が鳴るのを聞かれた直後、笑い転げるダンテに恥ずかしくなったライドウは、顔を真っ赤にして、毛布を頭から被ってしまう。
センター街でやられた事は、これで完全にチャラになった。
何処か上機嫌なダンテが、内線電話でフロントにルームサービスを注文する。
ライドウは、毛布の隙間から、鍛え上げられ、見事な裸身を晒す銀髪の男を恨めし気に睨んでいた。
数分後、薄暗いホテルの一室。
注文したデリバリーの食事が届き、サイドテーブルに広げた二人は、大分遅めな夕食を採りつつ、室内に広がる3D映像を眺めていた。
「これが、現時点で分かっている”シュバルツバース”の内部構造だ。」
蝶の羽の様に広がるGUMPの液晶パネル。
まるで鍵盤を弾く様に、ライドウの指がパネルのキーボードを操作する。
照明が落とされた薄暗い室内に幾つも浮かぶ3D映像の中の一つが、拡大された。
「見ての通り、シュバルツバースの構造は、時空ブレーンが幾つも重なり合った”多重構造”になってる・・・簡単に言い換えると、串団子みたいなモンだな、団子が異空間で、それを繋いでいる串が、量子トンネル・・・つまり、シュバルツバース内に存在する幾つもの異空間を移動する道だ。」
ライドウは、毛布を肩に掛け、自分に覆い被さる様に座る男に、分かり易い様に説明する。
彼等の目の前には、丸い球体が縦方向に一列に並び、上にいく度に大きくなる図形が描き出されていた。
これは、もう一つの箱舟、”ブルージェット号”の人口AI、”ヴェルヌ”の推測を元に作成した、構造模式図である。
「今、俺達が調査しているのは、此処、”セクター・デルファイナス”・・・此処にあるロゼッタ多様体を回収する任務をしている。」
ライドウが、指先で縦に並んでいる球体の一つを指し示す。
画像には、セクター・デルファイナスと印字されていた。
「ロゼッタ? 」
「次のセクターに移動する為の鍵だな・・・・各セクターは、強力なエネルギー磁場で護られ、それを突破するには、各エリアにあるロゼッタ多様体を回収しなきゃ駄目なんだ。」
ロゼッタ多様体とは、多くの情報を持つ極めて異質なエネルギー体で、このエネルギーを使用する事により、量子場を突破する事が出来るのだ。
「各セクターの何処かに、必ずバニシング・ポイントがある・・・・それを探し出し、時空を歪めている元凶を止めれば・・・・。」
「あの糞ったれな穴を塞ぐ事が出来る・・・・ってか? 」
核心を突くダンテであるが、現地を調査しているライドウの顔は優れない。
無言で押し黙り、室内に幾つも展開している映像を眺めているだけであった。
「どうしたんだよ? 爺さん。」
自分の鍛え上げられ、鎧の様に逞しい胸板に背を預ける小柄な少年を見下ろす。
暫くの逡巡後、悪魔使いは、漸く閉じていた口を開いた。
「まだ分からない・・・・正直、シュバルツバースの構造は、五割も解明されていないんだ。」
「はぁ? 10数年かけて調査しても、その程度しか分からないのかよ? 」
意外なライドウの言葉に、ダンテは呆れた返事を返す。
ダンテが疑問に思う事は当然で、各国の英知と資産を総動員し、”箱舟”を四機製造し、挙句、優秀な人材を総動員している。
聞いた噂によれば、戦闘を行う機動班は、全て特Aクラスの猛者ばかりだ。
その上、ヴァチカンの精鋭部隊である『テンプル騎士団』や超国家機関『クズノハ』四家も調査に参加している。
なのに何故、内部調査が五割も解明されていないのか。
「原因の一つに、壁内の時間軸が大幅に狂っている・・・内部に潜れば潜る程、外での時間経過が速くなってしまうんだ。 ウラシマ効果という言葉を聞いた事はあるか? 」
「宇宙旅行の事か? 確か宇宙を旅して地球に帰ると、時間が約7倍、速く流れてるってのを本で読んだ事がある。」
「そうだ・・・・それと同じ現象が、”シュバルツバース”で起きてる・・・例に挙げると、デルファイナスで半日過ごすと、壁外では1か月以上も、時が経過してるんだ。」
アインシュタインの相対性理論である。
ローレンツ因子をγとすると時間の進み方がγの倍を掛けた分だけ遅くなっていまうのだ。
「成程、アンタが壁内に行って半年以上帰って来ないのがそれか・・・。」
「ああ、そうだ・・・壁内で、俺達が調査した実際の年数は、3年も経っていない。」
バニシング・ポイントがあると目されるセクター・エリダヌスに近づけば近づく程、時間経過は緩くなっていく。
しかし、それ以前に、重大な問題を調査隊達は抱えていた。
「おまけに、各セクターには、強大な力を持つ古の神や魔王クラスの輩が、”ロゼッタ多様体”を護っている。 その上、セクター内に生息している悪魔共は、壁外で遭遇する奴等とは段違いにスキルが高い。」
ライドウが、ルームサービスで届けられた握り飯を一口齧る。
ダンテも自分が注文したピザを一切れ口の中に押し込みながら、空中に展開される3D映像を眺めていた。
何となくではあるが、”シュバルツバース”調査隊が、現在置かれている苦しい状況は理解出来た。
教えてはくれないだろうと半ばダメ元で、ライドウに壁内の様子を聞いたが、予想に反し、悪魔使いは簡単に壁内調査の内容を話してくれた。
高スキルの悪魔が、平然と歩き回る地獄の様な世界を語って聞かせれば、調査隊に加えろとしつこくせがんで来ないだろうと考えたのかもしれない。
「・・・・・初めから”シュバルツバース”は、こんな形をしていなかったんだ。」
「・・・・・? 」
「俺達が、あそこに潜り込んだ時は、只、天海市全体が異界化した程度だった。 出現する悪魔も、それ程厄介じゃなかった。」
室内に展開している映像に映る、悪魔のデーターを一つ手に取り、それを眺めていたダンテに、ライドウが、一番最初に調査した時の出来事を話し始める。
当初、開発された”箱舟”は、『レッドスプライト号』1機のみであった。
調査隊も、今ほど大規模ではなく、国連から要請されたEST(緊急事態任務チーム)の1個師団と『クズノハ』からは、自分と番であるヨハンが派遣された。
「全てが狂い始めたのは、二上門の地下遺跡で、”聖櫃(アーク)”を発見した時だった。 あの、箱が今のシュバルツバースを造った。」
砂糖無しの辛いブラックコーヒーを啜る。
思考の中で、火の海と化した二上門の情景が蘇った。
「”聖櫃(アーク)”は、当時の調査隊に様々な恩恵を齎(もたら)した・・・そのせいで、人類は大きな過ちを犯してしまったんだ・・・。」
「過ち・・・・? 」
「”聖櫃(アーク)”の中に眠る膨大なエネルギーを解放し、異界の穴を塞ごうとしたんだ。」
国連上層部は、日々、規模を拡大する”シュバルツバース”の存在に危機感を覚え、無謀とも言える破壊作戦を決行する旨を、調査隊達に伝えた。
当時のバニシング・ポイントである二上門地下遺跡で、”聖櫃(アーク)”を一時的に開放し、それを中心に東西南北の位置に設置した核弾頭を連鎖爆発させるという計画であった。
各国の分析班の出した理論によれば、シュバルツバース表層の結合粒子を崩壊させる事が出来るらしい。
「はぁ・・・・随分と強引なやり方だな。」
指で、空中に浮かんでいる悪魔のデータを捲っていたダンテが、呆れた様子で溜息を吐いた。
「ああ・・・俺達も、そんな”破壊計画”が成功する何て、誰も思っちゃいなかった。当然、調査隊のメンバーは、国連に抗議したんだ・・・でも・・・・。」
受け入れられなかった。
国連の政府首脳は、調査隊達の意見を完全に無視し、各国の秘密結社(フリーメーソン)並びに、国が誇る精鋭部隊に作戦参加の要請を掛けたのだ。
「国連は、調査結果を完全に秘匿し、各国の秘密結社(フリーメーソン)に所属する有名な剣士や魔導士を揃えた・・・・。」
イギリス最大の秘密結社(フリーメーソン)、薔薇十字結社(ローゼンクロイツ)からは、現剣聖であるアルカード・ヴィラド・ツェペシュ。
フランスの巨大マフィア組織、”コーサ・コステロ”からは、ザンダンス・キッドと番のブッチキャシディ。
セルビアを活動拠点にしている秘密結社(フリーメーソン)黒手組(ブラックハンド)からは、”死神”と異名を持つ剣豪・チェルノボグとSS級(だぶるえす)悪魔召喚術師・ベロボーグ。
アジア最大の秘密結社、天智会からは組織を創立した四海龍王の二柱、広利王(南海)、広沢王(北海)など、常日頃敵対している巨大組織が、この時ばかりは互いに手を組み、”シュバルツバース破壊計画”に参加したのである。
「成程な・・・各スポーツのスター選手を揃えりゃ、誰でも興奮するぜ。」
ダンテは、1か月前にセンター街で大衆食堂を経営している女店主の言葉を想い出していた。
裏社会でも名のある英傑達があの計画に参加し、皆熱病に掛かったが如く、活気に満ち溢れていたと。
「敵対していた組織が、”シュバルツバース”という脅威を前に、一つになったのが、調査隊達の間に大きな影響を与えた・・・・それまで、計画に反対していた彼等が、次第に賛成派に回る様になったんだ。」
第三者の眼から見ても、無謀とも取れるずさん極まりない計画だったが、裏社会で英傑達が揃ってしまった事が、調査隊達の眼を曇らせてしまった。
反対派は、徐々に賛成派へと移り、残ったのは、レッドスプライト号の艦長兼調査隊隊長、ゴア・アトキンス大佐と科学技術班・班長、アーヴィン教授、そしてライドウと番のヨハンだけになっていた。
「アンタは、最後まで反対したんだろ? 」
「勿論だ・・・・。」
背後にいる銀髪の男が、自分の太腿に手を這わせる。
そんな不埒な手を、ライドウが摘まんで離した。
思考が、10数年前に起こった出来事へと遡る。
「何故だ!? 何故、計画遂行を承認したんだ? アーサーが99%失敗すると結果を出しているんだぞ? 」
異界化した天海市、湾岸倉庫街に停車した”箱舟”『レッドスプライト号』艦内。
メインデッキにいるライドウは、眼前に立つ銀髪の美丈夫に喰って掛かっていた。
「各国の政府首脳が、賛成しているんだ。 法王猊下も、意見は彼等と同じだ。」
銀髪の異端審問官、ジョン・マクスゥエルは、困った様子で秀麗な眉根を寄せ、一回り以上、小さい悪魔使いを見下ろす。
ヴァチカン13機関(イスカリオテ)第一席、『宮廷騎士(パラディン)』ことジョン・マクスゥエルと科学技術班に所属する射場・流は、法王庁の命により、調査隊に参加していた。
「ライドウ君、申し訳ないが法王陛下の命令は絶対なんだ。 いくら僕達でも逆らう事は出来ないんだよ。」
ジョンの隣に立つ、瓶底眼鏡の青年は、困った様子で大袈裟に肩を竦める。
「・・・・っ、正気か? 貴様等。」
余りにも無責任な二人の態度に、ライドウは嫌悪感で人形の如く整った容姿を歪めた。
現法王猊下は、温厚で人当たりが良く、争い事を好まない。
悪く言えば、優柔不断で毅然とした決定が下せず、家柄が、ヴァチカン市国でも名の通った貴族であるが故に、世俗に疎く、周りに流されやすい性格をしていた。
今回の破壊計画も、周囲の枢機卿達の意見に押し流されたのだろう。
「アーサー! もう一度、国連議会に調査報告書を送るんだ。 計画を見直す様に要請してくれ! 」
ライドウは、レッドスプライト号の指令コマンドである疑似人格プログラムの『アーサー』に命令した。
「それは出来ません。 国連議会の決定を覆す事は不可能です。」
「なんだと!? 」
「17代目、”アーサー”は、作戦プランの立案とミッション発令を管理する人工AIだ。政府首脳の決定を取り下げる権限はない。」
怒り心頭のライドウを、艦長兼調査隊隊長のゴアが窘めた。
ゴアの言う通り、人類の英知の結晶である『アーサー』とて、所詮、人間の手で造り出されたマシンである事に変わりは無い。
99%失敗すると理解しつつも、1%の確率に掛ける以外方法が無いのだ。
「おんしの気持ちは痛い程分かるぜよ・・・でも、こればかりはどうする事も出来ん。」
科学開発班、班長、アーヴィン教授が憤懣やるかたなしと言った様子で、唇を噛み締めた。
最早、決断は下されてしまったのだ。
どんな手を使っても、状況が決して変わらぬ絶望感に、ライドウは、言葉を失い下へと俯く。
そんな小柄な悪魔使いの肩に、優しく触れる者がいた。
本番であり、『マスターオブマスター』の称号を持つ、元魔剣教団、団長、ヨハン・ハインリッヒ・ヒュースリーである。
「今は、命令に従うしかない・・・・大丈夫、俺がアンタを絶対に護り通してやるから。」
「ヨハン・・・・。」
自分の肩に触れるヨハンの大きな手。
その手は、とても暖かく、不安と怒りで激しく揺れるライドウの心情を、不思議と落ち着かせた。
「結局、俺達の予想通り・・・・否、もっと酷い結果に終わった。”聖櫃(アーク)”のエネルギーを制御しきれず暴走を起こし、原初大爆発を起こした・・・余波は、勿論壁の外にも影響を及ぼし、関東一帯を壊滅させる巨大地震が起こったんだ。」
「・・・・っ、もしかして、”第二次関東大震災”ってのは・・・。」
「そう、”シュバルツバース破壊計画”だよ。」
日本を壊滅させる程の、巨大地震の原因は、壁内で起こった”破壊計画”にあった。
驚愕の事実に、ダンテは思わず言葉を失う。
「この国を歪な形へと変えたのは、全て俺達が原因だ・・・・何も知らない一般市民達を大勢殺し、彼等の幸せを奪った挙句、原因不明の巨大地震として真相を闇に葬ったんだ・・・・。」
知らず知らずのうちに、ライドウは、鋼の左腕に爪を立てる。
当然、爪は割れ、指先から血の雫が流れ落ちた。
国連の政府首脳は、壁内で起こった異常爆発の余波が、日本全土だけに留まって安堵した。
そして、「不要な不安を煽りパニックを起こさない為」と当たり障りのない理由を述べ、各国の首脳に戒厳令を強いたのである。
「手を離せ、爺さん。血が出てる。」
背後にいるダンテが、血を流している右手を無理矢理外す。
ライドウは、無言で血を流す指先に唇を寄せる男の姿を見上げていた。
「アンタは、良くやってるよ。」
「・・・・・? 」
「こんなにボロボロになって、死ぬ程の目に何度も合わされても、決してあきらめない。」
自分を見下ろす蒼い瞳。
腕の中に居るライドウの躰に刻まれた無数の傷を、一つまた一つと視線で追っていく。
便利屋時代は、幾つもの修羅場を体験して来たが、ライドウのソレとは明らかに違うだろう。
常人では、発狂してしまう程の、地獄を歩んで来たに違いない。
一回り以上、小さな躰を抱き寄せ、その肩口に顔を埋める。
悪魔使いは、別段、抵抗する素振りも見せず、されるがままに身を任せていた。
「俺が、アンタの背負っているモノを半分背負う。アンタの感じて来た痛みを一緒に味わう・・・・・だから、調査隊に加えさせてくれ、マスター。」
「・・・・・。」
耳元で囁かれる言葉が、かつてリーダーと呼んで慕っていた人物と重なった。
不意に目頭が熱くなり、下へと俯く。
この自分より一回り以上、歳下の青年に、涙を見せたくはなかった。
エロシーン頑張ってみました。