イギリス最大の秘密結社(フリーメーソ)”コーサ・コステロ”のボス、ザンダンス・キッドとブッチ・キャシディが初登場。
その男は、スパーダ(剣)と名乗った。
勿論、本名では無いだろう。
この業界で生きる者達は、必ず二つの顔がある。
昼は、一般人と同じ生活を送り、夜は、人外の魔物を狩る。
自分もそうだ。
但し、こちらは日本という先進国が保有する超国家機関に属しているが。
「君が”クズノハ”から派遣されてきた工作員(エージェント)か? 」
見事な銀の髪を持つ30代半ばぐらいの男は、自分よりも遥かに身長が低く、小柄な少年を見下ろした。
アジア人特有の肌と黒髪。
しかし、容姿はまるでビスクドールの様に美しく、左眼を覆う黒い眼帯が、大分不釣り合いに映る。
「そうだ、ミスター・スパーダ・・・・こんな見てくれだが、一応組織『クズノハ』暗部、”八咫烏”に所属している。」
硝子玉の様に、無感情な隻眼が、目の前に立つ銀髪の大男を見上げる。
二人は、現在、イギリスの旧市街地にある薄暗い路地裏にいた。
”ナナシ”という名の悪魔召喚術師は、所々色が剥げたレンガ造りの壁に背を預け、無残な屍から大剣を引き抜く男を眺めていた。
スパーダは、鍔に当たる部分の中央に二本の角が生えた髑髏の彫刻が施されている大剣を背に担ぎ、改めて中性的な美貌を持つ少年を見つめる。
少年‐ ナナシは、”八咫烏”の中でも選び抜かれたエリート達で固められている『十二夜叉大将』の一人であった。
長・薬師如来から与えられた名は、『毘羯羅大将』。
別名を釈迦如来という。
「ふむ、確かに君は相当な術者だな。」
スパーダの視線が、眼帯の少年が背負う長い包みで止まった。
包みの中身は、恐らく神器(デウスオブマキナ)だろう。
自分が持つ魔具(デビルアーツ)とは全く違う、異質な気を放っていた。
「おまけにこんなにも美しい。」
スパーダは、レンガ造りの壁に背を預け、腕組みする少年の側へと近づき、無遠慮にその頬へと皮手袋で包まれた指先で触れる。
「言っておくが、俺は英国政府(イギリス)から依頼を受けている。アンタみたいに何処の秘密組織(フリーメーソン)に属さず、CSI(超常現象管轄局)の下請け仕事を専門にやっている連中とは違うんだ。」
自分よりも一回り以上、大きな手を煩そうに振り払い、鋭い隻眼で眼前の男を睨み付ける。
「立場上、俺はアンタより上だ。 英国政府が優秀な人材にアンタを選んだから、仕方なく此処にいるだけなんだぜ。」
自分の機嫌を損ねれば、遠慮なく切り捨てる。
そうなった場合、スパーダは英国政府からの信頼を全て失い、ロクな仕事が回って来なくなるだろう。
「生憎だが、私以外に”ソロモンの悪魔”を討伐出来る人材は、いないと思うが? 」
「思い上がるな・・・・アンタ以外にも優秀な奴等はごまんと居る。 アンタが目立ち過ぎているだけだという事を自覚しろ。」
「言うじゃないか、なら君と君が選んだ人材で、”ソロモン72柱”の公爵、堕天使・バルバトスを倒せるのか? 」
「勿論、その代わり、一切の介入は許さん。」
左眼の黒い眼帯の下から、蒼白い炎が灯る。
ソレを見た瞬間、魔界の剣士は、諦めたかの様に、両手を上げた。
「スマン、言い過ぎた・・・・私の負けだよ。」
この少年は、普通の魔術師(マーギア)とは違う。
底知れぬ魔力と実力を兼ね備えている。
恐らく自分と同等か、それ以上だ。
「君をもっと知りたい、良かったら家に来ないか? 妻が手料理を作って待っているんだ。」
親睦を深めたいというスパーダの突拍子も無い提案に、ナナシは思わず面食らった。
「悪いが、アンタとは仕事上の関係だ・・・・それ以上・・・・・。」
「決まりだな。 幸い此処から我が家は近い、友人を連れて来れば妻や子供達もきっと喜んで迎え入れてくれるだろう。」
「お、おい! 人の話は・・・・・っ! 」
むんずと腕を掴まれ、半ば強引に男が住んでいる邸宅へと連れて行かれてしまう。
その傍若無人とも取れる男の態度に、ナナシはそれ以上、何も言えなくなってしまった。
東京都千代田区永田町、帝国議会議事堂。
その地下数千メートルに、巨大な人工の世界がある。
人工知能『オモイカネ』により、環境、衣食住、全てを管理された理想郷が。
「・・・・”ソロモンの悪魔”・・・・・? 」
「そうだ、枢密院に所属する友人に頼まれてね、”ソロモン72柱”の公爵、バルバトスが英国(イギリス)に入り込んだ。 特Aクラスの術者ではとても太刀打ち出来ないから助けて欲しい・・・と懇願された。」
巨大な寝殿にある東対(ひがしのたい)が、この男の私室であった。
寝所に敷かれた夜具の上に全裸の少年が、うつ伏せに寝そべり、縁側で煙草の煙をくゆらせる情夫を見上げている。
情夫の名は、骸。
超国家機関『クズノハ』暗部”八咫烏”を取り纏める長であり、ナナシの絶対的主君である。
「そいつを無事討伐出来れば、”17代目”を襲名させると・・・・・。」
「そうだ。 今のお前なら造作もなかろう? 」
蝋(ろう)の如く白い肌と、長い黒髪をした美青年は、傷だらけの身体をした少年に微笑を向ける。
菊の花の絵柄をあしらった派手な打掛を両肩に掛け、渋い若草色の着物を着ていた。
真っ赤な紅をさした様な唇が、緩い弧の形を描く。
「俺は、アンタの命令で”異界送りの儀”を無事に終えたんだぞ。」
話が違うと歯を剥き出しにして怒りを露わにする少年に、黒髪の美青年は呆れた様子で肩を竦める。
「仕方が無い・・・・幹部連中を納得させるには、もっと手柄が必要なのだよ。」
「ハッ、アンタの手柄の間違いじゃないのか? 」
明け方近くまで弄ばれ、ギシギシと悲鳴を上げる四肢を何とか起こす。
見事に鍛え上げられた肉体には、痛々しい傷跡が幾つも刻まれ、左腕は肩の辺りから欠損し、代わりに機械仕掛けの腕‐ サイバネテックアームが装着されていた。
「そう我儘を言うな・・・・お前が銘を継げば、宗一郎も喜ぶ。」
「・・・・・・。」
「それと・・・・奴の娘もな・・・・・名前は確か・・・・月子と言ったか。」
陶器の灰吹きに吸殻を捨て、煙草盆に吸い終わった煙管を置く。
紅玉の如き二つの双眸は、夜具の傍らに置かれた衣服を無言で身に着けるナナシの背中を眺めていた。
肩パッド付の革の胸当てに、鋼の籠手。
真紅の呪術帯を首に巻き、紅い腰帯と数本のクナイが収まったベルトを付けた。
「この任務を終えたら、17代目の銘を貰えるんだろうな? 」
「勿論、それまで、あの気がふれた娘は・・・・・・・。」
その後に続く言葉は、病的なまでに白い喉元に突きつけられたクナイにより止まった。
何時の間に側へと近づいたのか、ナナシの右手には鈍色に光るクナイが握られている。
真紅の双眸と、殺意に濡れた隻眼が、ぶつかりあった。
「月子に何かあったら、貴様を殺す。」
「安心しろ、そんな無粋な真似はしないよ。」
クナイの切っ先が、徐に離れていく。
闇色の装束を纏う暗殺者が、音も無く立ち上がる。
情夫に背を向け、寝所から出て行く小柄な影を、”十二夜叉大将”の長、骸は無言で眺めていた。
魔剣士・スパーダの邸宅は、閑静な住宅街から大分離れた場所にあった。
人気が全く無く、鬱蒼と茂る森の中に、木造建ての屋敷がぽつんと建っている。
二階建ての家屋には、レンガ造りの煙突があり、長い年月、何の手入れもされていなかったのか、雨ざらしになった壁は、真っ黒に変色していた。
「見てくれは悪いが、中はちゃんと住める様に修繕してある。」
スパーダ曰く、悪魔絡みで知り合いになった不動産屋に、手ごろな物件を紹介して貰ったのだそうだ。
此処に住んで、既に10年近くが経っているのだという。
二人が屋敷に入ると、美しい金の髪をした女性が快く迎え入れてくれた。
彼女の名は、エヴァ。
スパーダの妻だ。
「紹介するよ、私の愛する女性(ひと)と、子供達だ。」
銀の髪を持つ魔剣士は、美しい妻とその後ろに隠れる様にして此方を伺う二人の少年を紹介した。
父親譲りの見事な銀色の髪をしている。
前髪を逆立てた10歳未満ぐらいの少年が、バージルで、その少し離れた位置に立っている少年が、双子の弟ダンテだった。
此方は、兄と違い肩口まで髪の毛が伸びている。
一卵性の双生児だけあり、驚く程、容姿が似ていた。
「ナナシだ・・・・宜しく。」
黒い眼帯をした少年は、当たり障りの無い挨拶をした。
一応の処世(しょせい)術ぐらいは、心得ている。
微かな微笑を口元に浮かべると、金色の髪をした女性‐ エヴァの頬が薔薇色に染まった。
「そ、外は寒いでしょ? さぁ、遠慮せずに中に入って。」
まるで宗教画に描かれる天使の如く美しいナナシの容姿に、エヴァは完全に見惚れていた。
夫に気取られぬ様、慌てた様子で、隻眼の少年をリビングへと案内する。
スパーダが言った通り、屋敷は綺麗にリフォームされており、業務用の空調設備が備わっていた。
暖かい空気がエアダクトを通り、広い室内を適度な温度に保たせている。
「妻を誘惑してくれるなよ? 彼女は私のモノなんだ。」
食事の用意が出来るまで、ダイニングルームで寛ぐ事にした二人は、革張りのソファーへと座る。
低いテーブルの向かい側に腰を降ろした魔剣士は、開口一番、悪魔使いに釘を刺した。
「安心しろ、人妻に手を出す程飢えちゃいない。」
自分の美貌を武器に、愛する妻をからかっていると思われているらしい。
ナナシは、一つ溜息を零すと、続き部屋になっている厨房で、二人の子供達と一緒に食事の支度をするエヴァの後姿を眺めた。
彼女は、一体どんな想いでこの男と家庭を築く事にしたのだろうか?
相手は、姿形こそ人間と同じではあるが、中身は純粋な悪魔だ。
当然、スパーダの正体は知っているだろう。
この男と子を造り、家庭を持つには相当な覚悟があった筈だ。
「君には、好きな女性がいるのかね? 」
唐突な魔剣士の質問に、ナナシは胡乱気な視線を其方へと向ける。
「・・・・・・・一応・・・この任務が遂行したら、国に戻って祝言を上げるつもりだ。」
「ほう、それは良い事だ。 人間(ヒト)を愛するという行為は素晴らしいからね。」
エヴァが持って来たコーヒーを一口啜り、カップへと戻すと優雅に脚を組む。
金のモノクルから覗く蒼い瞳が、真向かいに座る悪魔使いの少年を面白そうに見つめていた。
灰色のマウンテンパーカーに、濃いブルーのデニム。
ダッドスニーカーを履き、シンプルなグレーのジャージを着るその姿は、何処にでもいそうな若者と同じであった。
しかし、漂う雰囲気がまるで違う。
死に瀕する程の修羅場を幾度も超えて来た様な、戦士の風格を彼は持っていた。
夕食は、骨付きのラム肉のソテーに、スコッチエッグ。
焼きたてのパンに、マッシュポテトだった。
流石に客人がいる手前、二人の子供達も一応は大人しくしている。
しかし、好奇心旺盛な少年達の視線が、礼儀正しくスプーンを使い、口元へと食事を運ぶナナシの姿を無遠慮に眺めていた。
「此処から、都心のホテルまで大分距離がある。 もう夜も遅いし、良かったら家に泊まらないか? 」
夕食後、予約しているホテルに帰ろうとする悪魔使いを、スパーダが少々強引に引き留めた。
「しかし・・・・。」
「良いじゃない、使っていない部屋が沢山あるから、遠慮しないで。」
妻のエヴァも、謹厳実直を絵に描いた様なナナシが、相当、気に入ったらしい。
傍らにいる子供達は、悪魔使いが背負う長い包みが気になるのか、其方を凝視していた。
似たもの夫婦とは、彼等の事を言うのか、ナナシは心底困った様子で溜息を一つ吐き出す。
不図、視線がエヴァの傍らにいる二人の子供達に向く。
ビスクドールの如く美しく整ったナナシに見つめられ、二人の少年達は、茹蛸の様に顔を真っ赤にさせた。
「全く情けない・・・・・貴様、それでも栄光ある”十二夜叉大将”の一人なのか? 」
エヴァに開いている部屋を案内され、綺麗に整備されたベッドに腰を降ろしたナナシに、右腕に装着されている魔導輪『ゴルバ』が、開口一番、苦言を呈した。
ナナシが属する”十二夜叉大将”には、構成員に戦闘補佐として、それぞれ魔導具が支給されている。
渡されるメンバーによって魔導具の形も違い、指輪やペンダント、果てはライター型のモノまである。
「スパーダ(奴)の事は、M16(秘密情報部)から聞いているだろ? 」
「ああ・・・・四大魔王(カウントフォー)の一人、魔帝・ムンドゥスの右腕だったんだろ? 今は、主君を裏切って現世に亡命したみたいだが。」
英国政府から代理番候補としてスパーダを紹介されるのと同時に、彼に関する経歴も聞いている。
今から20数年前、魔剣士・スパーダは、主君である魔帝・ムンドゥスを裏切り、現世に亡命した。
その際、イギリスの最大マフィア組織であり、秘密結社(フリーメーソン)に属する”コーサ・コステロ”が色々と手を貸してやったらしい。
首領である『ザンダンス・キッド』とその相棒である『ブッチ・キャシディ』とどんな繋がりがあるのかは知らないが、偽造IDや当面の生活費、果ては悪魔狩りの”狩猟許可証”まで用意してやったのだそうだ。
「卑しい悪魔は、必ず己の保身に走る・・・・今は、大人しいが、立場が悪くなれば平気で裏切るぞ。」
「・・・・・・・。」
「良いか? お前にはやるべき責務があるのだ。 努々(ゆめゆめ)忘れるでないぞ。」
「・・・・・分かっているさ。」
ゴルバに一々、指摘されずともナナシは、ハナからスパーダを信用する気は無い。
闇社会に身を浸して早、3年の歳月が流れている。
その間、悪魔は人間の最も弱い部分に漬け込み、堕落させる悪しき生き物だと叩きこまれて来た。
事実、その通りであったし、悪魔と関わったが為に、一番信頼している人間を殺された。
そんな会話を交わしている時であった。
客室のドアを何者かが叩く。
無遠慮にドアを開けて室内に入って来たのは、銀の髪を持つ魔剣士であった。
「もし良かったら、食後の運動でもしないか? 」
白いシャツとスラックスというラフな格好をした魔剣士は、大剣を模した木の剣で軽く自分の肩を叩く。
どうやら、腕試しを申し込まれているらしい。
別段、断る理由も無いので、ナナシは言われるがままに素直に承諾した。
邸宅から少し離れた場所にある広場に着くと、スパーダはもう一本の木刀をナナシに投げ渡した。
無言で受け取り、右脚を前に、拳一個程度の間隔を空け、左足を後ろへと下げる。
木刀を中段に構え、数歩離れた位置に立つ男を静かに見据えた。
(ほう・・・・・随分と変わった構えだ。)
西洋剣術主体のスパーダにとって、東洋の剣術は初めて見る代物であった。
普段は、悪魔狩りをしている為、対人戦を行った事は数える程しか無い。
最も、常人よりも遥かに優れた膂力と技術を持つ彼に、太刀打ち出来る人間等一人もいなかったが。
暫しの静寂。
不図、ナナシの身体が前進し、意図も容易くスパーダの間合いへと入り込む。
眉間を狙った鋭い突き。
ソレを木刀で撃ち落とし、魔剣士が返す刃でカウンターを繰り出す。
しかし、予め男の動きを読んでいたナナシが、すうっと、後ろへ後退。
逆にカウンターを合わされ、虚しく空を切る男の大剣を叩き落とす。
衝撃で手から離れる木刀。
乾いた音を立て、硬い木で出来た模擬刀は、地面に転がった。
「もう一回やるか? 魔剣士殿。」
黒い眼帯を左眼に付けた少年が、皮肉な笑みを口元へと浮かべて、木刀の峰で自分の肩を叩く。
一方のスパーダ。
非力な人間に、見事一本取られ、悔しがるかと思いきや、予想に反し、とても爽やかな笑顔をしている。
まるで、面白い玩具を見つけた幼子の様であった。
「素晴らしい! 益々、君を私のモノにしたくなったよ! 」
「はぁ・・・・? 」
突然の豹変振りに思わず面食らう。
そんな悪魔使いを尻目に、銀髪の大男は足元に転がる模擬刀を拾い上げた。
「もう一度、手合わせ願えるかな? ”人修羅”殿。」
「・・・・・・ああ、良いだろう。」
男の申し出を素直に受け入れる。
秘密情報部から聞かされていた話と、今現在、目の前にいる男はまるで別人の様であった。
魔界の支配者、四大魔王(カウントフォー)の一人、魔帝・ムンドゥスの右腕。
血も涙も無い殺戮者。
しかし、今現在対峙するこの男は、少年の様に純粋で、直向(ひたむ)きだ。
果たして何方(どちら)が、本当の魔剣士・スパーダなのだろうか?
20 years later(20数年後)・・・・東京都、成城にある葛葉邸。
広大な敷地面積を誇る屋敷の地下に、『子供部屋』と呼ばれる場所がある。
元々は、自然の洞穴を人の生活し易い空間へと改装したモノであった。
天井には照明が備え付けられ、空調設備により、快適な温度設定がなされている。
その場所に、大柄な男と華奢な肢体をした少年がいた。
「・・・・・親父の事がまだ好きなんだろ? 」
巨大な前輪と後輪、そして牙の様なフレームを持つ大型バイクの整備をしている少年に向かって、革張りのデスクチェアに座った銀髪の男が言った。
大分、臍を曲げているらしい。
不機嫌を隠そうともしない、蒼い双眸が、長い黒髪を後ろで三つ編みに纏めている眼帯の少年を睨みつけている。
「はぁ・・・・・いきなり何を言い出すんだ? お前。」
作業していた手を一旦止め、真後ろにいる大男を振り返る。
開発部から無理を重ねて漸く手に入れた、最新型のモーターラッドだ。
早く彼女に跨って、海岸沿いを心行くまで爆走したいと思っているのに。
「昨日、寝言で親父の名前を言っていた・・・・。」
呆れる少年に対し、銀髪の大男は、不貞腐れた態度で睨みつけてくる。
昨夜、腕の中で眠る恋人の寝言が、相当気に入らなかったらしい。
「・・・・・ああ、そうだったか? そりゃぁ、悪かったな。」
下手な誤魔化しは、悪手だと判断した悪魔使いは、素直に謝る事にする。
もうこれ以上、会話は不要と、再びモンスターバイクへと向き直り、作業を続ける事にした。
そんな主の態度が尺に触ったのか、銀髪の大男は忌々しそうに舌打ちすると、座っていたデスクチェアから立ち上がった。
油で大分汚れた作業着を着る少年の真後ろに立ち、何の前触れも無く背後から抱き着いて来る。
「こ、こらっ、汚れるぞ? 」
「愛してるって言え。」
暴れる少年を持ち前の腕力で抑えつけ、耳元で囁く。
自分は、こんなにもこの歳が二回り以上、離れた悪魔召喚術師を愛している。
幼い頃、初めて彼と出会った当初から、心奪われた。
それは、一卵性の双子の兄であるバージルも同様で、餓鬼の頃は、誰がナナシの番に相応しいかで、喧嘩をした。
互いに血反吐を吐き、殺し合い寸前の兄弟喧嘩は日常茶飯事で、何時も、この悪魔使いに止められた。
「親父よりも俺を愛してるって言えよ・・・・そうしたら、離してやるぜ? 」
「はぁ・・・・・全く、勘弁してくれよ。」
折角、手に入れたオフを、こんな大型犬に邪魔されたくは無い。
早めに”彼女”の調整を終えて、明日は八王子にある”H・E・C(Human electronics Company)の本社へ彼女に跨って出勤するつもりなのだ。
「愛してる、愛してる、スパーダより愛してる・・・・これで、満足か? 」
これ以上、この馬鹿に付き合うつもりはない。
適当にあしらうが、どうやらそれは逆効果であった様だ。
完全に臍を曲げた銀髪の大男‐ ダンテは、主である17代目・葛葉ライドウを抱き上げると仮眠用のベッドへと向かう。
少々、乱暴に主をベッドに投げ落とし、逃げ出さない様にとその上へと覆い被さった。
「ばっ! おまっ、一体何考えてやがるんだっ! 」
あまりの暴挙に、流石に黙っていられなくなったライドウが、自分の上へと覆い被さる大男に怒鳴りつける。
しかし、そんな程度でダンテは怯まない。
主から、油とグリセリンで大分汚れた軍手を器用に取り去り、首元へと顔を埋める。
新雪の如き白い肌に唇を這わせながら、作業着のボタンを外していった。
「昼間っから止めろ! 昨日したばかりだろうが! 」
「足りねぇ・・・・もっとアンタを喰わせてくれよ。」
「お前なぁ・・・・・。」
続く悪態は、男に唇を吸われて搔き消えた。
perspective Vergil
ナナシが、スパーダと代理番の契約を交わして、1週間余りが過ぎる。
悪魔討伐の依頼を受けた父親は、相棒の東洋人と共に、家を空ける機会が増えた。
「じゃぁ、此処までが今日の課題だからね? 明日までに終わらせておくように。」
英国政府の支援で派遣されたホームカウンセラー兼、二人の家庭教師がテキストとノートを纏め、革の鞄へと仕舞う。
二人の少年は無言で、母・エヴァと二言三言挨拶を交わして邸宅から出て行く女教師を無言で眺めていた。
正直言って、バージルはこの女教師が大嫌いだった。
否、定期的に自分達家族の様子を見に来る、政府の調査員達も気に喰わない。
まるで動物園の珍獣でも見学するかの様な、振る舞いだった。
「今日は、ナナシ来てくれるかなぁ? 」
一卵性の弟、ダンテが何気なく窓辺へと歩み寄る。
父親の相棒(パートナー)である悪魔召喚術師は、時々ではあるが、この屋敷に顔を出してくれた。
まるで宗教画から飛び出した天使の如く美しい彼は、暇つぶしにと二人に様々な冒険譚を語って聞かせた。
初めて単独任務を行った時の失敗や、悪魔との死闘。
1年以上も魔界を放浪していた事や、そこで出会った妖精やエルフ、気難しいドワーフの話。
退屈極まる日常を送る、バージルやダンテにとっては、ナナシの体験談は余りにも刺激的で少年特有の冒険心を否が応でも刺激された。
(ナナシ・・・・・ナナシ・・・・綺麗なナナシ。)
窓から外を覗き込むダンテを他所に、バージルは子供部屋にある大きな本棚から、一冊の分厚い革張りの本を取り出す。
この本は、18世紀の中頃に活躍した詩人、ウィリアム・ブレイクの銅版画の絵本であった。
初めて自宅を招待された礼にと、悪魔使いが二人に送った本であった。
(綺麗な・・・・綺麗なナナシ・・・・でも、彼は父さんのモノなんだ。)
二段ベッドの下が、バージルの定位置であった。
そこへ腰掛け、本の表紙を開く。
中には、綺麗に刷り上げられた虎の画と、『無垢と経験の歌』の詩が記されていた。
不図、脳裏に数日前の出来事が蘇る。
深夜帯、尿意を感じたバージルは、用を足そうとトイレへと向かった。
トイレから出て、子供部屋へ帰る途中、何時もは電気が付いていない筈の客室に灯(あかり)りが灯っているのが見えた。
中から、何かを堪える呻き声が聞こえる。
好奇心に駆られ、薄く開いているドアから中を覗くと、そこには思わず息を呑む光景が展開されていた。
仄暗い照明の灯りに照らされる、二つの影。
大柄な男が、傷だらけの少年の股間に顔を埋めている。
顔が動く度に、華奢な肢体を仰け反らせ、少年は引き攣る様な呻き声を上げた。
「ああ、そんなに唇を噛み締めては駄目だ。 切れて血が出ているじゃないか? 」
股間から顔を離したのは、父、スパーダだった。
切れて血を流す隻眼の少年の唇に、節くれだった太い指を二本、乱暴にねじ込む。
「うっ・・・・ううっ・・・・。」
嚙み切る事も叶わず、悔しそうに涙で濡れる双眸を自分の上に覆い被さる支配者へと向ける。
この屋敷には、彼の妻と二人の子供達が住んでいる。
時刻は深夜を軽く回り、既に彼の妻と子供達が就寝しているとはいえ、自宅で事に及ぶのは気が引けた。
圧し潰されそうな罪悪感で、今にも憤死してしまいそうな悪魔使いを面白そうに眺め、スパーダは、細い右脚を肩へと担ぐ。
すっかり受け入れ準備が整った肉壺に、己の猛った肉槍を突き入れると、細い四肢か綺麗にしなった。
「父さん(あの男)を殺したら、ナナシは僕のモノになるかな? 」
暗く淀んだ双眸で、ウィリアム・ブレイクの詩が描かれたページを眺めつつ、小さくぽつりと呟く。
父と悪魔使いの性交場面を見てしまったバージルは、浴室へと駆け込み、洗面台で嘔吐した。
頭の中が酷く混乱して気持ちが悪い。
ナナシを組み敷く父親は、醜い怪物の様に見えた。
深夜12時手前頃、父、スパーダが帰宅した。
何時も明け方近くまで帰らなかったのに、今日は意外と早かった。
ダイニングルームで、話し声が聞こえたので、バージルは弟のダンテが起きないように、そっと二段ベッドから抜け出す。
階下へと降り、ダイニングルームの扉を薄く開け、続きになっている客間を覗き込む。
予想通り、母親のエヴァと父、スパーダ、そして紅い呪術帯で左眼を覆うナナシがいた。
「済まない、エヴァ、休んでいた所を起こしてしまって。」
「良いのよ、気にしないで・・・・それより、大分顔色が悪いけど大丈夫? 」
エヴァの指摘する通り、ナナシの顔色は蝋細工の如く血の気が無く真っ白であった。
誰の目から見ても悪魔使いの体調が、かなり悪い事が分かる。
「大丈夫、何時もの事だよ。」
出されたコーヒーには、全く手を付けず、ナナシは座っていたソファから立ち上がる。
滞在しているホテルに還るつもりらしい。
「おい、今日は無理せず家に泊まっていけ。」
慌ててスパーダも立ち上がり、よろよろと覚束ない足取りで出入り口の玄関に向かおうとする悪魔使いを引き留める。
「そうよ、彼の言う通りだわ。」
夫同様、エヴァもナナシを引き留める。
自分の肩に優しく触れようとした女性の手を、悪魔使いは丁重に断った。
「本当に・・・・気にしないでくれ・・・・・俺は・・・・。」
そこまでが限界だった。
華奢な肢体が、ぐらりと傾ぎ、絨毯の上へと倒れる。
「ナナシ! 」
真っ青な顔色をしたエヴァが、横倒しになった悪魔使いを抱き起す。
悪魔使いの顔を覗き込むと、目の下には酷いクマが出来ており、額にびっしりと細かい汗を浮かべている。
肩で粗く呼吸を繰り返しており、かなり苦しそうであった。
「全く、痩せ我慢をするからこうなる。」
そんな相棒の醜態に、スパーダは海より深い溜息を吐き出すと、悪魔使いと妻の側へと近づいた。
「どういう事なの? 」
未だ状況が理解出来ず、膝の上に頭を乗せた悪魔使いから、傍らに立つ夫へと視線を移す。
「魔力が枯渇しているんだ・・・・連日、激しい戦闘が続いてね。」
スパーダ曰く、”ソロモン72柱”の魔神の一人、堕天使・バルパトスの討伐は、かなり難航を極めていた。
狡猾で、慎重な堕天使は、多くの配下達を手足の如く操り、人々から膨大なマグネタイトを吸い上げていた。
倒した所で、相手は下っ端の悪魔。
ロクな情報も無く、バルパトスの僅かな痕跡すら掴めない。
おまけに、己の眷属達に声を掛け、スパーダとナナシ両名に法外な賞金額を掛けた。
その為、欲に眼が眩んだ愚か者が、身の程も知らずに、二人の命を狙って来るのだ。
まぁ、その殆どは、懇切丁寧に返り討ちにしてやったが。
「ナナシは、悪魔達の間では悪名が高くてね・・・・この私よりも魔界で大人気らしいから、少し妬けてしまうよ。」
「もう、冗談を言っている場合じゃないでしょ。」
華奢な悪魔使いを、軽々と抱き上げる夫を、エヴァは、呆れた様子で睨み付ける。
生憎、自分は魔導に関しては完全な門外漢だ。
ナナシの対処は、悪魔である夫に任せてしまった方が良さそうであった。
「私が彼を治してあげられれば良いのに・・・・。」
「馬鹿な事を言わないでくれ・・・・君にそんな真似をさせたら、私が嫉妬で狂ってしまう。」
「・・・・・・貴方・・・・・はぁ、もう良いわ。」
眉間に繊細な指先を当て、海よりも深い溜息を吐き出す。
独善的で傲慢な夫の性格は、誰よりも良く理解している。
自分は良くて、他人は駄目。
つまり魔力供給の為の性行為は、自分なら許されるが、妻のエヴァが行うのは断固拒否するという訳なのだ。
物陰に隠れ、愛おしそうに悪魔使いをその腕に抱いて、二階にある客室へと向かう父の大きな背中を、バージルは恨めし気に眺める。
― 綺麗・・・綺麗な・・・・綺麗な、ナナシ。
でも、彼は決して自分のモノにはならない。
だって、スパーダ(父さん)のモノだから・・・・。
レッドグレイブ市・・・・スラム一番街。
地中を突き破り、突如、現世に姿を現した古の塔”テメンニグル”。
その最上階‐ 闇を司りし暗黒の頂に、”彼”はいた。
愛刀である『閻魔刀』を杖の様に突き、その柄に両手を掛ける。
もう後戻りは出来ない。
眼下に広がる地獄と化した街を見下ろし、銀髪の青年‐ バージルは瞑目する。
あの人は、きっと自分の犯した所業を知れば、深く絶望するだろう。
だが、止める事は出来なかった。
やり遂げなければならなかった。
両親の仇を討つには、絶大な悪魔の力が必要だった。
その為に、禁術に手を出した。
思考が、遠い幼き日へと戻る。
イングランドの街外れにある古びた邸宅。
そこで、自分は父と母、そして一卵性の双子の弟と一緒に暮らしていた。
傷つき、魔力を大分失ったナナシは、スパーダの手厚い(?)看護を受けた。
客室の清潔な白いシーツが敷かれたベッドに横たわる、綺麗な人。
中性的な美貌は、まるで宗教画に登場する天使、そのものであった。
両眼を閉じ、静かな寝息を立てる悪魔使いを、バージルはベッドの傍らに置かれている簡易椅子の背凭れを抱える様にして座って眺める。
昨夜も、父はこのベッドの上で、ナナシと性交渉したのだろう。
前に、父の書斎に忍び込んで、彼が持っている魔導書を盗み見た事がある。
その中で、魔導士は、失った魔力を得る為に、自分が契約した番と性行為をすると記されていた。
魔力のパスを通していれば、一々、そんな真似をする必要は無いのだが、ナナシの場合、通常の魔導士とは明らかに違っていた。
彼は、三体の最上級悪魔(グレーターデーモン)を所持しており、より多くの魔力を必要としていたのである。
(僕の魔力をナナシに上げられないかなぁ?)
不意に、そんな好奇心が頭を擡(もた)げた。
自分の身体には、人間である母の血と悪魔である父親の血が流れている。
バージルは、樫の木で出来た椅子から降りると、客室のベッドに横たわる悪魔使いの傍へと近づいた。
とてもいけない事をしている様な気がする。
枕元へと立ち、覆い被さる様にして、ビスクドールの様に美しいナナシの顔を覗き込む。
あの時、父、スパーダは、ナナシの口に自分の舌を刺し込んでいた。
互いの舌を絡み合わせ、口の端から唾液の糸を零す悪魔使いの姿を想い出し、ごくりと生唾を呑み込む。
(だ、大丈夫・・・・僕は只、ナナシに元気を分けてあげるだけなんだから。)
何度も何度も、己に言い聞かせ、銀髪の少年は、薄く開いた想い人の唇に自分のソレを重ね様とする。
その時-。
「意識の無い人間に、悪戯をするのは流石に関心せんな。」
何処からともなく聞こえる、老齢な声。
顔を真っ赤に上気させたバージルが、慌ててナナシから離れる。
「全く・・・・・スパーダの血族と言う輩は、一般的な礼儀すらも知らぬと見える。」
キョロキョロと辺りを見渡す少年に対し、悪魔使いの右腕に嵌った魔導輪”ゴルバ”は、呆れた様に言った。
「う、腕輪が喋った? 」
どうやら、先程した何者かの声は、この腕輪が発したモノらしい。
そんな少年に、”ゴルバ”は、深い溜息を吐き出した。
「何だ? 小僧。 貴様、悪魔の癖にワシ等、魔導具を知らんのか? 」
「ま、魔導具? 何それ・・・・。」
初めて聞く用語に、バージルは目を見開いて、細い右手首に嵌る腕輪を眺める。
恐らく、父が持つ魔具(デビルアーツ)と同種の代物らしい。
知性を秘める紅いルビーの石が、驚嘆の表情で此方を眺める少年を見つめていた。
「一応、自己紹介しておこう・・・・ワシの名は、ゴルバ。 盟主、骸様自らの手で造り出された魔導具よ。」
「ご・・・・ゴルバ・・・・。」
「そうだ、旧魔戒語で”絆”を意味する・・・・因みに、小僧、お前の名は? 」
「ぼ、僕は、バージル。」
「ふむ、バージルか・・・・・覚えておこう。」
その腕輪は、とても不思議だった。
龍が横を向いている形状をしており、口の部分には鋭い牙があり、胴体がグルリと手首を巻いて、顎らしき所に尾の先端が来ている。
ゴルバが何かを喋る度に、カチャカチャと金属同士がぶつかる音が聞こえた。
「ふうん、ナナシはそのソロモンの悪魔を倒す為に、遠い日本って国から来たんだ。」
「うむ、中々に狡猾な奴でな・・・・・下っ端共を手足の如く使い、己は決して手を汚さん。 お陰で、予定の日数よりかなりかかってしまっている。」
どうやらこのゴルバと言う魔導輪は、かなりのお喋りらしい。
10歳にも満たない幼子相手に、べらべらと良く喋った。
ナナシとその目付け役であるゴルバは、遠い異国の地- 日本のとある組織に属していた。
カトリックの総本山、ヴァチカン市国と肩を並べる程の巨大組織で、秘密結社を取り纏める魔導師ギルドでも、強い発言権を持つのだという。
気位の高いゴルバは、如何に自分達、魔導具が優秀で、組織『クズノハ』の暗部である”十二夜叉大将”の力が強大であるかを幼いバージルに語って聞かせた。
「僕の父さんだって強いぞ、魔界で最強の騎士なんだからな。」
余りにゴルバが、『クズノハ』を自慢するものだから、バージルも多少ムキになってしまった。
「フム、確かにお前の父親は、優秀な魔剣士だ。 しかし、我が創造主にして”十二夜叉大将”の長である骸様には足元にも・・・・・。」
「もう良い・・・・・これ以上、余計な話をするな。」
何時の間に目を覚ましていたのか、ナナシは相棒である魔導輪の頭を機械仕掛けの左手で抑えた。
言葉を遮られ、悪魔使いの手の下で、フガフガとゴルバが情けない声を上げる。
「あ・・・・・ナナシ・・・・僕・・・・。」
右手首に嵌った魔導輪を抑え、起き上がる悪魔使いを、バージルは怯えた目で眺める。
ナナシは、具合が悪くて寝ていたのだ。
なのに、ゴルバの話に夢中で、ナナシに対する気遣いをすっかり忘れていた。
「済まないな・・・・コイツのせいで嫌な思いをしただろう。」
戸惑うバージルを他所に、悪魔使いが謝罪の言葉を述べる。
新雪の如き白い肌に散らばる、無数の傷跡。
左腕は、肩の辺りから欠損し、代わりに機械の腕‐ サイバネテックアームが装着されている。
そんな彼の身体を見ただけで、地獄の様な修羅場を幾度も乗り越えて来た事が伺い知れた。
「ううん、僕の方こそ御免なさい。 」
バージルは、人の心の機微が分かる、大変賢い子供であった。
魔導輪に父を侮辱され、幼子が傷ついたと思っているらしい。
ゴルバの物言いは、確かに気に喰わなかったが、それ程の怒りは無かった。
(綺麗だ・・・・・綺麗で優しくて・・・・そして、父さんと同じぐらい強いナナシ。 )
鍛え上げられ、見事に割れた腹筋と厚い胸板。
同性の裸なのに、何故か性的匂いを感じて、頬が燃え上がる。
顔を真っ赤に染め、俯くバージルに、ナナシは困った様子で溜息を零すと、寝ていたベッドから降りた。
perspective Eva
夫が綺麗な友人を連れて来た。
名前は、ナナシ。
遠い異国の地・・・・・日本から来たのだという。
夫の話では、英国政府の依頼で”ソロモン72柱”の魔神の一人、堕天使・バルバトスを討伐する為に派遣された。
日本の超国家機関『クズノハ』の暗部、”十二夜叉大将”の一人で、SS級の悪魔召喚術師という肩書であった。
裏社会について全く知識が無いエヴァは、只、純粋に綺麗な人だと思った。
一見すれば、少女の様でもあり、又、男性の様にも見える。
朝、エヴァが目を覚まし、階下へと降りると、ダイニングから食欲をそそる美味しい匂いが漂った。
カリカリのベーコンに、トマトと大豆のスープ。
焼きたてのパンに、甘いオムレツの香りだった。
エヴァがダイニングルームに入り、続きになっているキッチンを覗くと、そこにはタンクトップに青いジーンズ姿のナナシが立っていた。
ご丁寧にもエプロンを付けている。
「スマン、勝手に台所を借りてる。」
人の気配を感じた悪魔使いが、振り返った。
夫のお陰か、昨夜より大分顔色が良くなっている。
「無理しなくても良いのに・・・・。」
「そうもいかないさ、君達親子にこれ以上、面倒は掛けられない。」
器用にフライパンの柄を叩いて、卵を巻きつつ、悪魔使いは苦笑いを口元に浮かべる。
ダイニングテーブルには、既に朝食の用意がなされており、綺麗な楕円形のプレーンオムレツが人数分、皿に盛りつけられていた。
「へぇ、料理が上手なのね? 」
テーブルに並ぶ料理を眺め、エヴァが感心した様に呟く。
「全部、婚約者(月子)に教えて貰った・・・・野菜の切り方から、上手なオムレツの作り方までね。」
ナナシの許嫁である葛葉・月子は、大の料理好きだった。
生まれた時から、持病を患い、葛葉の聖地である『葛城の森』から、決して出られない身体であった。
それ故、自然に家の中で出来る事を覚え、特に料理や菓子作りを夢中でやっていた。
月子曰く、誰かに自分の料理を美味しそうに食べて貰うのが嬉しいのだそうだ。
「・・・・・御免なさい・・・・。」
「え・・・・? 」
「あ・・・・その・・・・貴方が辛そうな顔をしていたから。」
僅かなナナシの表情で、聞いてはいけない事を無遠慮に質問してしまった。
エヴァは、彼女の息子であるバージルと同じく、人の心の機敏を敏感に察する事が出来た。
故に、ナナシと婚約者との間に、何か悪い出来事が起きた事を理解してしまったのだ。
「君は、優しいんだな・・・・否、君の家族はとても暖かい。」
「ナナシ・・・・・。」
彼はきっと、人に優しくされる事に慣れていないのだろう。
エヴァは、不図、もっとこの男を知りたいと思った。
夫のスパーダ以上に、ナナシと言う人間に魅力を感じる。
以降、彼女の視線は、無意識にナナシの姿を追う様になった。
夫と仕事について真剣に話す彼。
子供達に体術を教えている彼。
自分に対し、優しい微笑みを向ける彼。
いけない感情だと、理性では理解しつつも、どうしてもナナシを追い掛けるのを止められない。
「ナナシの事が好きになったんだろ? 」
夫の意地悪な言葉に、エヴァは戸惑いの表情を浮かべる。
一階にある夫婦の寝室。
今夜は、珍しく悪魔達が静かで、スパーダ達の仕事も早めに切り上げる事が出来た。
ナナシも英国政府が用意したホテルに還っており、夫婦水入らずの時間をまったりと過ごしている。
「わ・・・・私・・・・・。」
「良いんだ、 彼はとても魅力的だからね・・・・特に、暗い過去とか。」
「貴方・・・・・。」
あまりな夫の言い草に、エヴァは非難する様な視線を向ける。
確かに夫の言う通りだった。
人間と言う生き物は、偽悪的な部分が多々あり、他者の不幸を見て喜ぶ醜い性質がある。
それは、エヴァも同様で、ナナシが背負う暗く重い十字架に、どうしようもない興味をそそられてしまうのだ。
「おっと済まない、怒らせてしまったね? 」
夫は、大袈裟に肩を竦めると、妻が腰掛けているベッドの隣へと座った。
形の良いエヴァの顎に指先で触れると、自分の方へと顔を向けさせる。
「私は・・・・・彼が好き、勿論、貴方や子供達も。」
「ああ、私も君と同じだ。 ナナシや君、そしてバージルやダンテを愛しているよ。」
愛する妻の額にキスを落とし、瞼、頬、そして愛らしいその唇へと自分のモノを重ねる。
エヴァも大人しく瞳を閉じ、夫の優しい愛撫に身を任せた。
それは、あまりにも唐突だった。
直下型の大地震が、都心を襲い、地が割れ、血の様な真っ赤な液体が噴き出す。
晴天の青空を、墨を流し込んだ様などす黒い雲が多い隠し、世界を暗闇へと変えた。
エヴァは、最初何が起こったのか理解出来なかった。
何時も通り、自家用車で街のグローサリーストアへと日用品と食材の買い出しをしている最中であった。
突如、襲った地震に店内がパニックとなり、商品棚が倒れていく。
人波に押され、何とか店外へと出た彼女が見た光景は、阿鼻叫喚の地獄絵図であった。
地面が割れ、そこから噴き出す真っ赤な液体。
血溜まりから、ブクブクと気泡が溢れ、そこから鋭い鉤爪を持った怪物達が姿を現す。
人間の血液を主食とする魔界の生物、夜魔・エンプーサであった。
エンプーサの大軍は、逃げ惑う人間達を捕獲しては、その身体に喰らい付き、久しぶりに味わう生き血に舌鼓を打っていた。
「あ、悪魔・・・・? どうして・・・・・? 」
訳が分からなかった。
昨日までは、至極平凡な日常だった。
庭で大喧嘩をする子供達を諫め、罰として庭の草むしりを言い渡し、自分は今夜の食材と消耗品を買う為に、街へと来た。
夫と相棒であるナナシは、何時も通り、悪魔討伐の為、出掛けている。
「バージル、ダンテ・・・・・っ! 」
家には、子供達以外誰もいない。
エヴァは、車のキーを握り締めると、愛車が停まっている駐車場へと駆け出した。
波打つ湖と、緑豊かな樹々。
休日ともなれば、観光客や市民達の憩いの場になるであろう森林公園に、不穏な空気を孕む一団がいた。
重武装した対悪魔の特殊部隊が、一人の男を取り囲んでいる。
完全に退路を断つ様にして、特殊装甲車が数台、停まっていた。
「これは一体どういう事なのか説明して欲しいな? ナナシ。」
見事な銀色の髪を、後ろへと撫でつけた男が、金の片眼鏡(モノクル)の下から、対峙する華奢な肢体を持つ悪魔使いを眺める。
「秘密情報部(M16)に潜り込ませていたお前の協力者が全部吐いた。堕天使・バルバトスと組んで、罪も無い市民達から、膨大な量のマグネタイトを強奪していた事をな。」
「・・・・・・。」
「それだけじゃない、お前は、黒手組(ブラックハンド)やユダヤ系の犯罪組織(マーダー・インク)と魔具や臓器の売買までしていた・・・・。」
顔を覆う真紅の呪術帯の下で、ナナシは唇を噛み締める。
信じたくはなかった・・・。
自分の推測が外れて欲しいと、切に願った。
しかし、こうも自分達の動きが、敵に読まれる事にある種の不信感を抱いた。
何者かが、堕天使・バルバトスと内通している。
それも一人や二人ではない。
イギリスの秘密情報部にも奴の手下は潜り込んでいる。
そう考えたナナシは、一番信頼できるCSI(超常現象管轄局)のNY支部長、ケビン・ブラウンに極秘裏に協力を要請した。
「ハハッ、素晴らしい、良くそこまで調べたもんだ。」
スパーダは、感心した様子で大袈裟に肩を竦める。
化けの皮を剝がされた魔剣士は、皮肉な笑みを口元に張り付けていた。
「何故だ・・・・・何故、こんな事を。」
「何故って? 決まっているだろ・・・・私は全てが欲しいんだ。」
子供の様な無邪気な笑顔を浮かべる男は、欲望の塊の様な悪魔だった。
ティフェレトの地を統べる四大魔王(カウントフォー)の一人、魔帝・ムンドゥスを謀殺し、その力と権力を我が物にしようと画策した。
しかし、魔帝の方が魔剣士より一枚上手であった。
昵懇にしていた同じ四大魔王(カウントフォー)の一人、赫々たる・モロクと手を組み、スパーダを抹殺しようとしたのだ。
流石の魔剣士も、魔王二人の力には及ばず、盟友である”ソロモン72柱”の魔神、堕天使・バルバトスの力を借りて現世へと落ち延びた。
「失った力を取り戻すには、膨大なマグネタイトが必要だ・・・・それと、軍資金もね? 」
軍隊を造るには、兎に角、金とマグネタイトがいる。
現世に亡命した直後、スパーダは、己の剣の腕をシシリア最大級のマフィア組織”コーサ・コステロ”に売り込んだ。
首領であるザンダンス・キッドは、スパーダを酷く気に入り、イギリスの永住権と違法薬物や魔具の取引、又、高級娼婦館の用心棒の仕事を与えた。
魔剣士が抱える裏の顔を知らないまま・・・である。
その時、ナナシの傍らに何者かが降り立った。
右腕に装着されたコンピューター・ガントレットを、慣れた手つきで操作し、光学迷彩機能を解除する。
現れたのは、側頭部まで覆うヘルメットを付けた巨漢の亜人であった。
「”ワイルドバンチ”が狩人と交戦中。 数分も掛からずケリがつくだろう。」
「・・・・分かった。」
身長は250cmを軽く超え、頭部の側面から後頭部に掛けて黒色で先細りの管を幾つも生やした亜人は、ナナシに短くそう告げる。
紅く光るバイザーが、真向かいに立つスパーダの眉間を照らした。
「やれやれ・・・・”サンドラドの英雄”殿も来ているのか。」
悪魔使いの傍らに立つのは、妖鬼族の一つベルセルクであった。
ベルセルクには三つの氏族が存在し、この亜人はその一つ”ドルイド”の部族に属する戦士であった。
「諦めろ、お前に逃げ場は何処にも無い。」
”サンドラドの英雄”ことスカーは、左肩に装備しているショルダー・プラズマキャノンの照準を、数歩離れた位置で対峙する銀髪の魔剣士に定めた。
イギリス軍の対悪魔特殊部隊、『ガーター騎士団』の重武装兵がパルスライフルや大型アサルトライフルを手に、一歩前へと出る。
CSI(超常現象管轄局)と協力関係にあるドルイド族の戦士、スカーの要請で、国が派遣した特Aクラスの狩猟者達で編成された騎士団であった。
如何に魔界最強と謳われる魔剣士でも、彼等の前では後退するしか他に術が無い。
しかし、スパーダは別段、追い詰められている様子は微塵とて感じさせてはいなかった。
清潔な白い手袋に包まれた右手を徐に上げ、指をパチリと鳴らす。
すると、地面が激しく鳴動し、地中から巨大な魔導生物が姿を現した。
全長は優に10メートルを超えているだろうか?
4階建てのビル一つ分に値する巨体を持つ機械仕掛けの生物は、魔剣士を背に乗せ、驚愕する一同を見下ろしていた。
「ギルガメスか・・・・・こんなモノまで持ち出していたとはな。」
まるで蟹の様に長い四本足で器用に立ち、耳に当たる部分に巨大な角を持つ怪物は、魔界で製造された殺戮兵器であった。
魔具と同じ、ウルツァイト製の外装を持っており、並みの兵器では傷一つ、付ける事は叶わない程の強度を持っていた。
「では、諸君。 御機嫌よう。」
銀髪の魔剣士は、慇懃無礼に一礼すると、転移魔法(トラポート)を使って、何処かへと姿を消す。
それを合図に、魔導兵器『ギルガメス』は、足元にいる英国特殊部隊へと襲い掛かった。
「総員! シールド展開!! 」
スカーの指示に、騎士団の団員達は、タクティカルアーマーに装備されている対物理魔法シールドを次々と発動させる。
雨の如く降り注ぐ光弾の嵐を、蒼白く光る”壁”が、悉く弾き飛ばしていった。
「毘羯羅、此処は我々に任せて、お前はスパーダを追え。」
スカーは、腰に装備している3段伸縮式の槍を取り出すと、ボタンを押して本来の姿へと戻す。
両側から鋭い刃が飛び出し、250cmぐらいの長いスピアを右手に握った。
「し、しかし・・・。」
「奴を逃がす訳にはいかん、”ゴルバ”、スパーダの後は追えるな? 」
「勿論だ。」
「良し、ならば行け、我々の事は気にしなくて良い。」
「・・・・。」
騎士団の団員達と共に、戦線へと加わるドルイドの戦士の大きな背中を眺めつつ、悪魔使いは一歩後退する。
スカーの言う通り、今回の事件の黒幕であるスパーダを見す見す逃がす訳にはいかない。
後ろ髪を引かれる思いを噛み締めつつ、ナナシは転移魔法(トラポート)の呪文を詠唱した。
perspective other
キッドが”彼”と出会ったのは、イギリスのバーミンガムにある薄汚い路地裏であった。
コーサ・コステロ(自分達)のシマで、好き勝手をしている馬鹿者共にキッチリと教育をしてやろうと、現地へと赴いた。
本来ならば、こんな仕事は部下達にやらせるべきなのだが、その日は無性に暴れたい気分だった。
相棒のブッチが知れば、山の様な小言を言われるだろうが、そんなモノは気にしない。
現場視察と適当な嘘を吐き、早速、シマを荒らしている連中の元へと向かう。
早速、現地に到着すると、既に問題の連中は、正体不明の何者かに倒されていた。
死屍累々と横たわる怪物達と、それを使役していたらしい術者。
地面に座り込む娼婦らしき女性に、優しく着ていた自身の上着を掛けてやる銀髪の男がいた。
「キッド!! 」
右眼に金のモノクルを掛けた20代半ばぐらいの青年の手を借りて、立ち上がった女は、キッドの姿を認めると両目に涙を溜めて抱き着く。
女は、”コーサ・コステロ”が所有している高級娼婦館の娼婦であった。
娼館のリーダー的存在で、仲間想いの気が大変強い女性だった。
「エレノアを助けてくれたのはお前か? 」
想像を絶する恐怖を味わったのだろう。
感情失禁を起こし、ガクガクと瘧(おこり)が掛かった様に震える女の背を優しく撫でながら、キッドは、銀髪の青年を観察する。
白いワイシャツに薄紫色のスラックス。
右手には、身の丈程もある大剣を持っている。
B級とはいえ、悪魔召喚術師数名を倒した技量は、中々のモノだ。
恐らく普通の人間ではあるまい。
「ああ、そこのお嬢さんが、襲われていたのでね? つい身体が動いてしまった。」
まるで少年の様に、邪鬼の全くない笑顔を向ける男。
名前を、スパーダと言った。
「ぐぎゃぁあああああああああっ!! 」
堕天使の断末魔の叫び声。
悪魔の弱点である心臓(コア)に魔法弾を穿たれ、肉体を構成している分子が崩壊。
小さな銀の十字架へと封印される。
乾いた音を立てて、地面へと落ちるソレを、純血のスコットランド人- ブッチ・キャシディが拾い上げた。
「ちっ、ソロモン72柱の魔神と聞いたからどれだけ凄い奴かと思ったら、案外大した事が無かったな? 」
黒髪の青年は、レッグポーチに”堕天使・バルバトス”を封じた銀の十字架を仕舞うと、背後で崩れた家屋の残骸に腰を掛ける相棒へと振り向いた。
「おーい、もしかして泣いてんのかぁ? 」
黒い革のベストに薄い蒼のシャツ。
ビンテージのジーンズに腰には、革のガンホルスターを付けている男は、まるで映画に登場するガンマンそのものであった。
ウェスタンハットを目深に被っている為、表情までは伺えなかったが、しきりに鼻を啜っている音が聞こえる。
「うるせぇ! これが泣いている様に見えんのかよぉ! 」
帽子を押し上げた無精ひげの男- ザンダンス・キッドは、歯を剥き出しにして相棒を威嚇する。
目は真っ赤に充血し、涙と鼻水の後がクッキリと残っていた。
「はぁ・・・・・だから、言ったじゃねぇか・・・・あの野郎は、初めから胡散臭かったって。」
これがシシリア最大級のマフィア組織・・・”コーサ・コステロ”のボスだろうか?
あまりにも情けない親友の姿に、ブッチは海より深い溜息を吐く。
今から10年ぐらい前、キッドはある男と運命的(?)な出会いをした。
名前をスパーダと言い、とある事情で現世へと落ち延びた悪魔であった。
闇の眷属は、何があっても絶対に信用するな。
それが、裏社会に生きる術者や剣士達の鉄則であった。
しかし、キッドはその鉄則をあっさりと破り捨てた挙句、正体不明の悪魔を自分達の組織へと迎え入れた。
馬鹿だ・・・・・本当に救いようが無い程の馬鹿である。
「グスッ・・・・・俺は・・・・俺は、アイツに”漢”を見たんだ・・・・義理人情に厚い任侠ってヤツをよ・・・・。」
「任侠って・・・・・深作欣二の見過ぎだぜ? 」
スパーダに裏切られた事が、相当ショックだったらしい。
キッドが、これ程までにスパーダに肩入れするには、一つの理由があった。
優秀な剣や魔法の技術を持っていたからではない。
飾りっ気の無い、幼子の様な純粋無垢な心に惹かれたのだ。
このガンマンかぶれの男は、不思議と人を見る目だけは確かだった。
イギリス最大のシシリア組織であるにも拘わらず、一人の裏切者がいないのがその証拠だ。
キッドは、純粋な悪魔に人間と同じ感情がある事を見抜き、彼を組織の一員として加えたのである。
「だってよ・・・・・女将ですら手を焼いていたあの女を引き取って、ヤクを止めさせた挙句、自分の嫁さんにまでしたんだぜ? 大したモンじゃねぇか。」
「奴は、精神系の魔法に優れた悪魔だ。 頭の中身を弄って、自分の都合が良い様に記憶を改ざんするなんて朝飯前だろ。」
未だにスパーダに対して未練があるらしい。
グスグスと鼻水を啜り上げながら、ブチブチと言い訳をほざいている。
コーサ・コステロの一員となったスパーダは、高級娼婦館で働く娼婦の一人を気に入った。
女は、身寄りが無かった。
男に騙され、ヘロイン中毒になり、クスリ欲しさの為に街頭でウリをしていた。
当然、そこを縄張りにしている売春婦達から暴行を受け、見かねたエレノアが助けに入り、自分が働いている娼館を紹介した。
だが、そこで女は問題を起こした。
店は、政財界の上流階級等の人間達を専門に相手をする娼館だ。
ヤク中等、トラブルメーカーになりそうな人材はお断りだった。
女将は、再三、女にクスリを辞める様に説教し、薬物依存の回復施設に入れた。
だが、どれも失敗した。
店を追い出される寸前、スパーダが、女を引き取ると女将やエレノアに言った。
当初は、渋っていた二人だったが、キッドからの信頼が厚い魔剣士なら大丈夫だろうと、女を預ける事にしたのだ。
「ヤクをやる連中の殆どが”寂しがり”だ。 野郎は、女の辛い記憶を全て消して、幸せな記憶を植え付けた。 クスリを抜いた後でな・・・・。」
「・・・・・。」
ブッチは、あくまで冷静だった。
スパーダの言動に、ある種の疑惑を抱きながらも、首領であるキッドの顔を立て、何も言わず放置していた。
それがいけなかった。
あの時、何かしらの措置を取っていれば、こんな最悪な状況を回避出来たかもしれないのだ。
その時、激しい地震が二人を襲った。
見ると、彼等がいる住宅街から少し離れた森林公園辺りに、突如、巨大な影が現れる。
魔界で造られた人造生命体- ギルガメイスであった。
「ちっ・・・・スパーダの野郎、俺達の大事な街を滅茶苦茶にしやがって。」
腹腔から湧き出る怒りを必死で抑えつつ、ブッチは忌々しそうに舌打ちする。
その眼前を、ウェスタンハットを目深に被り直したキッドが通り過ぎた。
愛用の葉巻を口に咥え、使い古したジッポーライターで火を点ける。
「行くぜ、相棒・・・・奴にシシリア流の落とし前を付けさせる。」
吸い込んだ葉巻の煙をゆっくりと吐きだし、森林公園に出現した魔導兵器を睨み据える。
「ああそうだな・・・・落とし前をつけないとな。」
そんなキッドの気持ちに応える様に、ブッチも一歩踏み出した。
perspective eva
バッと眼前に血の飛沫が飛び散る。
右肩と左の太腿を斬り裂かれ、地面に片膝を付く悪魔使い。
エヴァの口から、思わず悲鳴が漏れる。
「ナナシっ!! 」
「来るな! 逃げるんだ! エヴァ!! 」
ナナシがエリンの四至宝の一つ、魔の槍”ブリューナク”を召喚する。
黄金色に光る神器。
その切っ先を、数歩離れた位置で対峙する銀色の髪をした魔剣士へと向ける。
阿鼻叫喚の地獄絵図と化した商店街から、命からがら自家用車で脱出したエヴァは、我が子達がいる街外れの邸宅へと向かった。
早速、屋敷の中へと入り、子供達を探す。
双子の片割れであるダンテは、すぐに見つかった。
木剣を握るダンテは、悪魔の返り血で真っ赤に染まっており、部屋の片隅でブルブルと震えていた。
何とか落ち着かせ、事情を聴くと、予想通り、この屋敷も悪魔の襲撃を受けたらしい。
無我夢中で戦い、何とか退けたが、双子の兄、バージルは、母、エヴァを探すと言って街へと向かったのだそうだ。
エヴァは、震えるダンテを何とか立たせ、地下の酒蔵へと連れて行くと、退魔の札が収まった守り袋を我が子に持たせる。
「良い? 大人しく此処に隠れているのよ? 大丈夫、すぐにバージルを見つけて来るから。」
この護り袋は、ナナシから貰ったモノだった。
中級以上の悪魔を退ける効力があるのだという。
無理矢理、ダンテに握らせ、酒蔵から出る。
頭の中は、もう一人の息子、バージルと夫のスパーダ、そして左眼に漆黒の眼帯を付ける悪魔使いの姿だった。
― 大丈夫、あの人ならきっと何とかしてくれる。
何故か、脳裏を過るのは、愛する夫の姿ではなく、その相棒の悪魔使いだった。
彼女は、無自覚だがナナシを愛し始めていた。
僅か数日間と言う日数ではあったが、ナナシに心惹かれる自分がいる。
屋敷の出入り口を飛び出すと、視界に想い人の姿が映った。
余りの出来事に、思わずその場で立ち止まる。
真紅の呪術帯で左眼と口元を覆い、革の肩当と鉄の籠手、同じく鉄製の具足を吐く悪魔使いは、夫であるスパーダと対峙していた。
両者の手には、それぞれ得物が握られ、凄まじい戦闘を繰り広げている。
「エヴァ? 」
金色の髪を持つ女の存在に、ナナシは漸く気が付いた。
両手に持つクナイで、大剣の刃を弾き飛ばし、エヴァを護る様に、彼女の目の前に立つ。
「ナナシ・・・・何故・・・・・こんな・・・・・? 」
訳が分からなかった。
家から出ると、愛する夫とその相棒が、互いに刃を切り結んでいる。
何故・・・・どうして・・・・・。
彼等は、最高のバディでは無かったのか?
「エヴァ、丁度良かった、バージルとダンテの居場所を知らないか? 」
事情が全く呑み込めず、混乱するエヴァに、夫が優しく微笑みかける。
「あ・・・・貴方? どういう事・・・・・? 」
「エヴァ! 奴の言葉を聞くんじゃない! 奴は既にまともじゃ・・・・。」
その後に続く言葉は、大剣『リベリオン』から放たれる真空刃(ソニックブレード)により阻まれた。
咄嗟に致命傷は回避したものの、右の肩口と左の大腿部が斬り裂かれる。
エヴァの視界を、ナナシの鮮血が真っ赤に染める。
「ナナシっ! 」
「来るな! 逃げるんだ! 」
思わず駆け寄ろうとしたエヴァを、血塗れのナナシが手で制止する。
自分が持つ神器『エリンの四至宝』が一つ、聖なる槍”ブリューナク”を召喚した。
槍の切っ先が、数歩離れた位置で対峙する、紫色の外套を纏う銀髪の騎士へと向けられる。
「余計な事を妻に吹き込むのは止めてくれないか? ナナシ。」
「スパーダ・・・・・。」
出来る事ならば、この男を殺したくはない。
リヴァプールの街を悪魔が跳梁跋扈する魔の都市へと変えた張本人ではあるが、背後にいるエヴァの最愛の夫であり、バージルやダンテにとっては大事な父親だ。
「バーミンガムからリヴァプール(此処)に移り住んで、もう10年か・・・・大分資金も調達出来たし、兵も揃った。」
神器の切っ先を向けられているにも拘わらず、スパーダは考え深げにかつての我が家と、庭先、それからボートが繋がっている湖面へと視線を移していく。
イギリス最大のシシリア組織、コーサ・コステロを利用し、永住権を手に入れ、狩猟許可証も取得した。
ヤクザから悪魔狩人へと転身し、イギリス市民を悪魔の脅威から護りつつ、裏では同志である堕天使・バルバトスと手を組み、犯罪行為に手を染めた。
「そろそろ、潮時だ・・・・同胞達が私の還りを首を長くして待っているんだ。 魔界(故郷)に戻る為には、子供達に渡したアミュレットが必要になる。」
「貴方・・・・・。」
「君には感謝しているんだよ? エヴァ。 キッド達の目を誤魔化す為とはいえ、君との家族ごっこは大変有意義だった。」
人間臭いお人良しの悪魔を演じる為には、手に負えないヤク中の売春婦が必要だった。
彼女を無事更生させ、暖かい家族を作る。
そんな三文芝居に、頭が足りないギャングは簡単に騙され、彼等が住む為の邸宅と潤沢な生活費まで工面した。
刹那、心臓を貫く程の殺気が魔剣士を襲った。
聖なる槍、ブリューナクを構えた悪魔使いが、襲い掛かって来たのだ。
鋭く突き出された槍の切っ先を、条件反射で大剣の刃で受け止める。
「この外道が・・・・・。」
「ハハッ・・・・まさか、暗殺者(アサシン)の君が、義憤に駆られるとはな。」
常人では、視認不可能な刺突でも、大腿部と右肩口の傷のせいで、威力が半減する。
あっさりと弾き飛ばされる悪魔使い。
更に、左上腕部と脇腹に傷を負い、血が噴き出す。
「安心しろ、ナナシ。 君は利用価値があるからね・・・・殺さないであげるよ。」
「くっ・・・・・!! 」
大剣の狙いが、悪魔使いの右脚へと定まる。
遠くへ逃げられない様に、脚を切断するつもりなのだ。
大量に血を失った為、貧血で身体が思う様に動かない。
次の攻撃が来る・・・・と、覚悟した刹那、小柄な影が自分と魔剣士の間へと割り込んだ。
無慈悲に放たれる斬撃。
暗く淀んだ灰色の空に、真っ赤な鮮血が散る。
「エヴァ!! 」
静かに倒れていく女性をナナシは、無意識に抱き留めていた。
左肩から右の脇腹へと、斬り裂かれ、血を噴き出している。
誰の目からも、エヴァが助からない事が分かった。
「な・・・・何故・・・・どうして・・・・。」
スパーダの妻である筈の彼女が、何故、自分を庇う為に盾になったのか理解出来ない。
肺を破壊されたのか、唇からおびたたしい量の血を吐きだす彼女は、うっすらと蒼い双眸を開く。
震える手が、悪魔使いの頬へと触れた刹那、再び吐血し、こと切れた。
「やれやれ・・・まさか、これ程まで馬鹿な女だったとはな・・・。」
エヴァの亡骸を抱き締め、茫然自失とするナナシの背後から、スパーダの呆れた声が注がれる。
薬による離脱症状を精神操作で治療し、辛い過去、忘れ去りたい記憶を綺麗に消してやった。
幸せな家族に囲まれた偽の記憶を植え付け、自分の妻だと思い込ませた。
にも拘わらず、エヴァは、たった数日間しか共に生活しなかった見知らぬ男を選んだ。
男としての矜持が傷つけられ、侮蔑を多分に含んだ双眸が、かつて妻だった女の亡骸を見下ろす。
「・・・・エヴァは、お前を愛していたんだぞ? 」
そんな魔剣士に対し、ナナシは必死に怒りを抑える。
あまりの怨嗟と哀しみに、声が震えた。
「そういう風に、私が仕向けた・・・・・もしかして、人を殺す事を生業(なりわい)としている君が、エヴァの死に悲しんでいるのかね? 」
魔力供給を名目に、魔剣士は幾度かこの悪魔使いと肌を重ねた。
その時に、彼の記憶は盗み見ている。
日本の超国家機関『クズノハ』の暗部に属する彼が、悪魔討伐の傍ら、要人暗殺も請け負っていた事。
葛葉四家当主が一人、16代目・葛葉ライドウの弟子である事。
その一人娘である葛葉・月子と婚約の契りを交わしている事。
月子が彼以外に好きな異性がいた事。
その男と一緒に”聖地・葛城の森”を出奔した事。
神代の役目を持つ少女を連れ戻す為、16代目の懇願でナナシが彼等を追い掛けた事。
その過程で、親友である筈の少年を殺害した事。
月子が既にその男との間に子供を成していて、ショックで堕胎した事。
「大丈夫、私が君の辛い記憶を消してあげるよ? 自殺した君の愛しい婚約者の記憶と一緒にね? 」
あまりなスパーダの言葉に、ナナシの身体がビクリと反応する。
この男は、知っている。
婚約者(月子)が既に、故人である事を。
脳裏に、屋敷の庭園にある大きな松の木で首を吊り息絶える月子の姿が過る。
ドクリと心臓が脈打ち、真紅の呪術帯に覆われた左眼から蒼い炎が燃え上がった。
「いっ、イカン!! 」
悪魔使いの異変に逸早く気づいたのは、彼の右手首に巻かれた魔導輪だった。
噴き出す魔素によって、聖なる槍『ブリューナク』の姿が変わる。
人間の血液を流し込んだが如く、真っ赤に変わる槍。
それと呼応する様に、ナナシの身体を白銀の鎧が覆う。
「こ・・・・これは・・・・? 」
びりびりと周囲の空間が鳴動する。
悪魔使いの変貌に、流石の魔剣士も驚きを隠せないでいた。
エヴァの亡骸を横たえ、ゆっくりと立ち上がる白銀の騎士。
すると、その足元から巨大な法陣が生成される。
コールタールの様な液体が魔法陣から溢れ出ると、白狼の四肢へと纏いつく。
液体は硬質化し、鋭角的な鎧へと姿を変えた。
まるで、ナナシの怒りを体現したかの如く、縁に紅いラインが走った暗黒の騎士が、対峙するスパーダを睨みつけていた。
左眼から、蒼い炎が噴き出す。
「成程・・・・・これが”アモン”か・・・・。」
胸に髑髏の装飾が埋め込まれた鎧を纏う、漆黒の魔狼。
鋭い牙がずらりと並び、右手には、真紅の魔槍”ゲイ・ボルグ”を握る。
かつて、魔界全土を絶望の淵へと叩き込んだ、魔王・アモンと完全に一体化した悪魔使いがそこにいた。
スパーダは、大剣『リベリオン』を正眼に構えると、本来の悪魔の姿へと戻る。
側頭部から生える二対の雄々しき角に、紅玉の如き三つの目。
鋭角的な鎧を纏い、背には蝙蝠の様な巨大な羽が生えている。
「美しい・・・・必ず、君を私のモノにしてみせる。」
腰を落とし、大剣を構えるスパーダ。
ナナシも、真紅の魔槍”ゲイ・ボルグ”を両手に持ち、腰溜めに構える。
何の前触れも無く、一気に間合いを詰める二人の魔人。
大剣と槍が激しくぶつかり合い、火花を散らす。
perspective Vergil
見事な銀色の髪をした少年が、暗闇に閉ざされた森の中を走る。
悪魔の返り血を全身に浴び、着ている服は、所々破れている。
手には、身の丈以上もある、やや反り返った刀剣を握り締めていた。
これは、父・スパーダが所有している魔具の一つで、『閻魔刀』という。
普段、地下にある倉庫で保管されている魔具を、バージルが勝手に持ち出したのだ。
(母さん、無事でいて・・・・・っ!)
父・スパーダと、その相棒である悪魔使いのナナシは、ソロモン72柱の魔神討伐で家にはいない。
母親であるエヴァを救えるのは、父親と同じ悪魔の血を持つ自分だけであった。
その時、地面が激しく鳴動した。
立っていられなくなり、近くにあった自分の胴体と同じぐらいの太さを持つ木にしがみつく。
「い、一体何が・・・・・? 」
ビリビリと肌を突き刺す二つの波動。
膨大な二つの魔力が、自分達が住んでいる邸宅のすぐ近くで感じる。
何か途轍もなく嫌な予感がした。
今にも竦み上がってしまいそうな自分を奮い立たせると、バージルは急いで元来た道を引き返した。
ぶつかり合う大剣の刃と、真紅の魔槍の刃。
火花を散らし、炎を巻き上げ、周囲の地面を大きく抉り、衝撃波が樹々を薙ぎ倒す。
常人では視認不可能な程の、光速を遥かに超える撃ち合い。
しかし、その均衡も徐々にではあるが崩れ始めていた。
漆黒の鎧を纏う魔狼の繰り出す技に、魔人化した騎士が対処出来なくなっている。
簡単に言うと、スピードについていけなくなっているのだ。
また、そればかりではない。
鎧の強度が段違いに上がり、魔剣士の持つ大剣の刃が全く通らないのだ。
一瞬の隙を突かれ、大剣『リベリオン』が弾き跳ばされる。
思わずたたらを踏む魔人の胸板に、魔狼の回し蹴りが炸裂。
吹き飛ばされ、数本の樹々を薙ぎ倒しつつ、大の字に倒れ込む。
「ごふっ・・・・・・やはり、君は凄いな・・・・・・。」
悪魔の姿が保っていられなくなり、元の人間体へと戻る。
気迫が違い過ぎる。
戦いを何処か楽しんでいる魔剣士と違い、この悪魔使いは純粋な殺意だけで動いている。
短い日数ではあったが、バディを組み、悪魔を討伐している時にも感じていた。
悪魔使いの闘いに対する原動力は、”純粋な怒り”だ。
自分等、想像するに値しない、凄まじい怒りが、オーラとなり魔王・アモンの力を通常の100%以上に増幅させている。
こんな相手に勝てる道理など、最初から何処にも無かったのだ。
「・・・・・死ね。」
最早、抗う力など無い魔剣士のすぐ側へと近づく漆黒の魔狼が、その眼前に真紅の魔槍の切っ先を掲げる。
情け容赦なく振り下ろされる真紅の刃。
「はい、そこまで。」
今にも魔剣士の頭蓋を貫きそうな真紅の刃を、第三者の静かな口調が止めた。
気配を微塵も感じさせず、灰色のジャケットに白のカットソー、黒のチノパンを履く濃い茶色の髪をしたイングランド人が、魔狼の背後に立っていた。
『コーサ・コステロ』に所属する魔導士(マーギア)、ブッチ・キャシディだ。
対悪魔用に改良されたM1911の冷たい銃口が、魔狼の後頭部へと押し当てられる。
「悪いな? ”人修羅”さんよぉ、ソイツは俺等の獲物なんだ。」
分厚い葉巻を口に咥え、ブッチの相棒、ザンダンス・キッドが姿を現した。
カウボーイハットを目深に被っている為、表情は伺えない。
「貴様等が此処にいるという事は、堕天使・バルバトスは無事、討伐されたんだな? 」
気分を落ち着かせる為、詰めていた息を大きく吐き出したナナシが、ゆっくりと槍の切っ先を降ろす。
闇色の鎧に亀裂が走り、無数の黒い蝙蝠となって魔狼から離れていく。
元の白銀の騎士へと戻ったナナシは、魔鎧化を解いた。
「ああ、あんまり大した事は無かったけどな? 」
ブッチが、侮蔑を多分に含んだ視線を、ヨロヨロと起き上がる魔剣士へと向ける。
向けられた魔剣士・スパーダは、顔を俯け、皮肉な笑みを口元へと貼り付けていた。
「よぉ、兄弟。 暫く見ないうちに大分情けない面になったな? 」
左手で封印の呪式が刻まれた特殊弾を弄びつつ、キッドがスパーダの側へと歩み寄る。
腰に吊るしたガンホルスターから、愛用の大型回転式拳銃を引き抜いた。
「キッドか・・・・・ロンドンからわざわざリヴァプール(こんな所)まで来るとは、暇人だな? 」
「ハッ! 随分なご挨拶だな? 兄弟。」
大型回転式拳銃の弾倉に、左手に持つ呪式弾を叩き込む。
銃口が、力無く地面に膝を付く、魔剣士の額へと狙いを定めた。
「最後に、何か言い残す事は無いか? 」
冷酷な色を湛えた、キッドの蒼い双眸。
下手な言い訳など、一切聞かない。
『コーサ・コステロ』の名前に泥を塗った奴を、決して生かしはしない。
「君等、人間の言葉を借りるなら、”クソッタレ”かな? 」
それは、スパーダも十二分に承知していた。
彼等、シシリアマフィアの血の掟は、分かっている。
裏切者は、例え何処に隠れ様とも必ず見つけ出し、血の報復を受けさせる。
それが、歴史に名を遺す大悪魔であろうとも。
大型拳銃から放たれる銃声が、森の中を駆け巡った。
思わず、かつての相棒から視線を背ける悪魔使い。
魔剣士を封じた十字架が、乾いた音を立てて地面へと落ちた。
20 years later(現在)。
深夜、ライドウは唐突に目を覚ました。
未だ微睡の中、首の下に太くて硬いものが置かれているのが分かる。
良く見て見ると、それは鍛え上げられた男の腕であった。
背後に感じる体温に、振り返ると代理番である銀髪の大男が、鼾(いびき)をかいて眠っている。
(ち、幸せそうに寝やがって・・・・・。)
体内に感じる男の残滓に、気持ちが悪くなり、痛む身体に鞭打ち何とか起き上がる。
早くシャワー室で掻き出さないと、明日には腹を壊してしまう。
銀髪の青年が起きない様に気を使いつつ、簡易ベッドから起き上がる。
いくら成人男性より体格が、女性並みに小柄とはいえ、仮眠用の小さいベッドに体格がデカ過ぎる男と一緒では狭すぎた。
激しく痛みを訴える腰に舌打ちしつつ、『子供部屋』に備え付けられたシャワー室へと向かう。
「はぁ、整備が半分も終わってねぇ・・・・折角の休みだってのに・・・・。」
作業部屋の中央に鎮座する最新型のモーターラッドを横目で眺めつつ、ライドウは諦めた様に溜息を吐きだす。
中々、休暇が取れない悪魔使いにとっては、希少な一日だった。
後数時間したら、また糞忙しい日常へと戻る。
下手をしたら、整備が間に合わず、再び技術班に返品する事になるだろう。
何とかシャワー室に辿り着き、浴室に入るとコックを捻る。
冷たい水は、すぐに適温へと変わり、悪魔使いの頭上へと降り注いだ。
脳裏に、幼い少年の悲痛な叫び声が蘇る。
20 years ago (20数年前)
「父さん! 母さん!! 」
背後から聞こえるバージルの声に、ナナシは弾かれた様に振り返る。
見ると叢の中から、父親譲りの見事な銀色の髪を持つ10歳未満の少年が立っていた。
「うわぁああああっ! よくも母さんを!! 」
銀色の髪を持つ少年‐ バージルが、左手に持った日本刀を鞘から引き抜く。
周囲の状況を一目見ただけで、バージルは全てを悟った。
地面に横たわる美しい母は、既に死亡し、父の相棒である悪魔使いは、血塗れたボロボロの姿をしている。
恐らく、母を殺害し、ナナシを傷つけ、父を小さな十字架へと封印したのは、あの見た事も無い二人組だろう。
頭に血が昇り、怒りで視界が真っ赤に染まる。
鞘を投げ捨て、身の丈以上もある日本刀を構えると、バージルは雄叫びを上げて、時代遅れのカウボーイハットを被った男へと斬り掛かった。
「駄目だ! バージル!! 」
魔槍”ゲイ・ボルグ”を封魔管へと納めたナナシが、キッドに襲い掛かろうとする少年を押し留める。
細い胴体に背後から腕を絡みつかせ、身体全体で少年を拘束した。
「バージル! 今すぐ刀を捨てろ! 」
「何でぇ!? どうして邪魔するんだよ! ナナシ!! 」
訳が全く分からない。
自分の大切な家族を滅茶苦茶にした賊を何故庇う。
何故、何故、何故・・・・。
状況を全く呑み込めないバージルは、ナナシの腕の中で滅茶苦茶に暴れた。
「アイツ等は敵だ! 僕の父さんと母さんを殺したのはコイツ等だ! 」
殺してやる!
怨嗟の吐息を吐きだしつつ、血走った蒼い双眸が、カウボーイハットを被った大柄な男を睨み付ける。
そんなナナシとバージルのやり取りを、暫く無言で眺めていたキッドは、一つ息を吐きだすと、少年の目線に合わせる様にして身を屈めた。
「俺を殺したいか? 坊主。」
「キッド・・・・・。」
また何時もの病気が始まった。
呆れる相棒を他所に、時代遅れのカウボーイは、更に言葉を続ける。
「俺の名前は、ザンダンス・キッド、 イギリス(この国)で最大の秘密結社(イルミナティ)、”コーサ・コステロ”のボスをやってる。」
俺を殺したければ、何時でも来い。
そんな意味を匂わせ、キッドは徐に立ち上がる。
スパーダを封じた銀の十字架を、腰のポーチへと仕舞ったブッチが、呆れた様子で破天荒な相棒を眺めた。
このタチが悪すぎる相棒は、楽しんでいるのだ。
スパーダの餓鬼がどんな風に成長し、自分に復讐しに来るのかを。
そんな一同の背後で、黒塗りの高級車が数台停車した。
彼等の組織『コーサ・コステロ』の配下達だ。
リヴァプールの街で、暴れ回っている悪魔共を粗方始末し、自分達のボスであるキッドとその相棒、ブッチを回収しに来たらしい。
黒背広を纏う数名の部下達が、車から次々と降りて来た。
恭しくドアを開け、自分達の主であるキッドが戻って来るのを待っている。
皆、特A級の狩猟資格を持つ猛者達だ。
キッドやブッチも全般の信頼を寄せており、彼等も二人を崇拝している。
無言で、配下の元へと向かうキッド。
相棒のブッチもその後へと続く。
背後で、悪魔使いに抑え込まれている銀髪の少年が、虚しい遠吠えを吠えていた。
To be continued(?)
気が向いたらまた続き書きます。