ツァラトゥストラはかく語れり   作:tomoko86355

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前回の続き。
両親を失ったバージルとダンテ兄弟。
そして、未だにエヴァを死なせた事に責任を感じているライドウの話です。



Extra edition・・・・『if』②

テムズ川、南イングランドを流れる川は、遥か遠くの海へと繋がっている。

夕陽に沈むロンドンの街並みを眺めながら、ライドウは川沿いの柵の前で佇んでいた。

不図、人の気配を感じる。

其方へと視線を向けると、美しい金の長い髪をした女性が立っていた。

 

「エヴァ・・・・・。」

 

此方を向いて微笑む美しい女性(ヒト)。

途端、脳裏に20数年前の悲劇が蘇る。

灰色の空に散る真っ赤な血。

右肩から腹まで裂かれた女性が、スローモーションの様に倒れていく。

 

「エヴァ・・・・・俺は・・・・・・。」

 

助けられなかった。

死なせてしまった。

彼女が命よりも大事にしていた家庭を壊してしまった。

 

「・・・・・っ、俺が・・・・俺が君の幸せを奪ってしまった・・・・俺が、君を殺してしまった・・・・。」

 

唇が切れる程、噛み締める。

 

どんな言い訳を並べたとて、全ては過ぎてしまった事。

彼女はもう戻らない。

全ては、自分が犯した過ちから始まった。

もっと慎重に立ち回るべきだった。

あの時、主犯格であった魔剣士を逃がしさえしなければ、彼女が死ぬ事は無かった。

否、英国政府に依頼して、エヴァ達親子を先に保護するべきだった。

 

激しく己自身を責める悪魔使いを、しかし、エヴァは咎めなかった。

困った様子で微笑むと、徐に悪魔使いへと歩み寄り、硬く握られた右腕を優しく手に取る。

引き寄せられる躰。

気が付くと、唇に暖かい感触が伝わる。

エヴァが、触れるだけのキスをしているのだ。

 

「エヴァ・・・・・・・。」

 

離れていく唇。

見事なブロンドの髪をした女性は、一歩後ろへと下がると、暖かい笑顔を向ける。

彼女は、何も応えない。

だが、その柔らかい笑みだけが、全てを語っている。

 

”貴方は悪くない。””子供達に優しくしてくれた。””お願いだから自分を責めないで”と・・・・。

 

背後の景色に溶け込む様に、エヴァの姿が消えていく。

彼女の名を呼び、必死に手を伸ばす悪魔使い。

しかし、その手がエヴァに触れる事は、二度と無かった。

 

 

perspective Raido

 

 

まず最初に視界に飛び込んで来たのが、無機質な鉄の天井であった。

真っ白い包帯の巻かれた手が、天井に向かって虚しく伸ばされている。

激しい動悸と、荒い呼吸。

大量の汗が、全身を濡らし、シーツを湿らせていた。

 

(糞・・・・・又、あの夢か。)

 

身体中を走る激痛に呻きつつ、上半身を起き上がらせる。

鍛え上げられた肉体には、痛々しい傷跡が残り、白い包帯が巻かれ、血を滲ませていた。

 

(あれから、もう10年近くが経つのか・・・・。)

 

喉の渇きを覚え、素足のまま冷たい床へと脚を降ろす。

この鉄の箱には、窓が一切無い。

最先端のテクノロジーの集大成である巨大巡洋艦『レッドスプライト号』の一室。

常に適温が保たれた室内は、驚く程モノが少なく、とても人間の生活空間とは言い難かった。

 

後数時間で、異界から人間が住むべき世界へと還れる。

しかし、そんな感慨の想いとは程遠い心境に、今のライドウはいた。

今回も何の成果も上げられず、現世へと戻る事に激しい抵抗を覚えているのだ。

 

上半身、裸に下は灰色のスエット一枚と言う姿。

血を滲ませた包帯が巻かれており、誰の目から見ても、悪魔使いがボロボロである事が分かった。

 

備え付けられている冷蔵庫から、良く冷えたミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、革張りのデスクチェアに腰を降ろす。

冷たい水を喉に流し込むと、少しだけ気分が落ち着いた。

 

『人間を最も良く殺すモノ・・・・それは人間・・・・。』

 

不図、アントリアの地下深くを居城にしていた魔王・モラクスの言葉が蘇る。

 

確かにあの悪魔が言った言葉は、全て真実だ。

人間と言う種族は、他者を利用し、貶め、略奪する浅ましい生き物だ。

魔剣士・スパーダは、そんな彼等人間を模倣し、堕天使・バルバトスと手を組んで大量のマグネタイトと軍資金を集めていた。

彼は、良く人間を研究していた。

どうやって人間社会に上手く溶け込み、彼等を利用する事で、膨大な利益を得るかを熟知していた。

あのまま、彼の甘言に騙され、信用していたら、取り返しのつかない事態になっていただろう。

 

汗に濡れた身体が気持ち悪くて、シャワーでも浴びようと浴室へと向かう。

ユニットバスに入ると、洗面台の鏡にみすぼらしい自分の姿が映った。

大量の血を失った為か、病的なまでに肌が白い。

セクター、ボーディーズの支配者、魔王・ミトラスと人知を超えた凄まじい激闘を繰り広げたのだ。

現、番であるクーフーリンも相当なダメージを受け、今はGUMP(ガンタイプコンピューター)の中で、眠りについている。

優秀な医療班達の治療で、ある程度回復してはいるものの、全快とは程遠い状態であった。

 

「情けねぇよな・・・・・全く・・・・。」

 

17代目の銘を襲名したとはいえ、先代を超える事は到底叶わず、汚名だけが周囲に広まっている。

日に日に拡大する”シュバルツバース(異界の大穴)”を止めたいのだが、遅々として調査は進まず、時間だけが無為に過ぎていく。

 

「御免・・・・・エヴァ・・・・。」

 

美しい金色の長い髪をした美しい女性。

脳裏に思い浮かぶのは、血塗れ倒れる彼女と、泣き叫ぶ子供の声であった。

 

 

 

perspective Dante

 

 

夢にまで見た想い人は、当時と全く変わらぬ姿をしていた。

新雪の如き白い肌に、不釣り合いな左眼を覆う黒い眼帯。

黒のダウンコートに、ビンテージのジーンズと革のブーツを履いている。

スラム1番街に突如、現れた古の塔”テメンニグル”。

その頂き、闇を司りし暗黒の頂に、彼はいた。

 

 

 

「今日もスカな依頼ばっかかよ・・・・全く。」

 

気に入りの椅子に腰を掛け、黒檀のデスクにだらしなく両足を投げ出す。

念願の事務所を構えて早数か月。

来る依頼と言えば、迷子のペット探しに、用水路に落とした指輪探し、挙句に浮気の素行調査と、悪魔絡みの案件とは程遠い代物ばかりであった。

一応、贔屓にしている情報屋のモリソンから、違法な悪魔討伐の依頼は来るのだが、最近はCSI(超常現象管轄局)の目が煩く、何時もの人間相手のドンパチばかりであった。

 

不図、視線が壁に飾られてある大剣へと向けられる。

半年程前、スラム一番街で起こった異変の時に、魔界から持ち帰った父・スパーダの遺品であった。

大剣の名は、”フォースエッジ”。

ムスペル一族の王、巨人スルトルが父・スパーダの為に造り出したという逸話がある魔具だった。

 

「・・・・・ナナシ。」

 

座っていた椅子から立ち上がり、壁に飾られている大剣へと近づく。

 

魔界から現世に戻る時、合衆国の依頼で派遣されたヴァチカンの悪魔討伐部隊に無理矢理引き離された。

討伐部隊『ドミニオンズ』の指揮官、マウア・デネッガーに顎を殴り飛ばされ、意識が失墜する。

薄れゆく視界の中で、自分の名を呼ぶ悪魔使いの姿が過った。

 

「アンタも何処かで、悪魔を狩っているのか・・・・? 」

 

狂おしい程の愛おしさが、腹腔内に湧き上がる。

 

幼い頃、初めて彼と出会った時、その美しさに心奪われた。

宗教画に登場する天使は、きっと彼みたいに美しいのだろうと勝手に妄想した。

双子の兄、バージルと、どちらが彼の相棒(パートナー)に相応しいかで兄弟喧嘩をした。

しかし、彼の傍らには常に、実父・スパーダがいた。

子供ながらに、父と悪魔使いは単なる仕事仲間だけの関係ではない事は理解出来た。

 

(ちっ、情けねぇ。 何時までも女々しく何を引きずっているんだ? 俺は。)

 

所詮、自分はアンダーグラウンドをうろついている荒事専門の便利屋に過ぎない。

想い人であるナナシこと、17代目・葛葉ライドウは、日本が誇る超国家機関の幹部様だ。

どう逆立ちしたって、吊り合いが取れる筈がない。

 

そう、最初は諦めていた。

彼の地で、再び彼と巡り会うまでは。

 

 

 

腕の中で眠る愛しき人は、苦し気に秀麗な眉根を寄せ、苦し気に粗い呼吸を繰り返していた。

一応の応急措置は施したものの、かなりの血と魔力を失っており、早くその手の専門医に診せなければならない。

 

「便利屋のお兄さん。」

 

プレジャーボートを巧みに操る金髪の女に名を呼ばれ、銀髪の魔狩人、ダンテが顔を上げる。

すると、女諜報員が何かを此方に投げ渡した。

条件反射で受け取るダンテ。

女- トリッシュが渡したのは、掌に収まるぐらいに小さな茶色い小瓶であった。

 

「エーテルよ、それを彼に飲ませて上げて。」

 

小瓶の中に納まっている液体は、魔力の元となるエーテルであった。

失った魔力を大幅に回復させる事が出来るが、かなり希少な代物で、裏社会で、目玉が飛び出る程の高額な値段で取引されている。

 

ダンテは、無言で瓶の蓋を開けると、口移しで悪魔使いに飲ませてやる。

柔らかい唇の感触。

無事に嚥下したのを確認すると、腕の中の想い人に頬を寄せる。

 

絶海の孤島”マレット島”を舞台に、想像を絶する死闘が繰り広げられた。

相手は、魔界を統べる四人の王が一人、魔帝・ムンドゥス。

かつて、実父である魔剣士・スパーダが使えていた魔王である。

それを撃破し、再び魔界へと再封印したのが、この腕の中にいる悪魔使いであった。

大事な番を失うという代償を支払いながらも、圧倒的なまでの力を見せつけ、魔帝・ムンドゥスに打ち勝ったのである。

 

「止めておきなさい。」

「・・・・・? 」

 

トリッシュの声に、ダンテが訝し気な表情で顔を上げる。

 

「彼と貴方じゃ住む世界が違う。 傷つく前に手を引くのが利口なやり方よ。」

「・・・・・・だろうな。」

 

女が何を言っているのか、その意味は痛い程理解出来る。

 

ライドウを愛した所で、その想いは決して報われない。

逆に傷つき、最悪、道を踏み外す結果にもなる。

そうなる前に手を引き、彼が生きていた場所へと戻してやるのが優しさだ。

 

「だが、今は違う。 俺は、無力だった餓鬼じゃない。」

 

実父・スパーダの力を得た。

躰も大きく成長し、上級悪魔とも渡り合う事が出来る様になった。

今の自分なら、ナナシの番に相応しい筈だ。

 

「貴方・・・・本当に何も分かっていないのね・・・・彼は、”クズノハ”という巨大組織の幹部よ。 オマケに世界各地にある秘密結社(フリーメーソン)からも目を付けられている。」

 

”人修羅”というライドウの通り名は、闇社会では恐怖の代名詞と共に知れ渡っている。

それは、彼の能力と所有する最上級悪魔(グレーターデーモン)に要因があった。

 

”魔王・アモン”。

かつて、魔界を恐怖の底へと叩き落とした大悪魔である。

力ある悪魔達が、総掛かりで『神殺し』を捕らえ、ノモスの塔へと幽閉した。

それを解き放ち、仲魔として従えたのが、17代目・葛葉ライドウなのである。

 

「貴方みたいな素人が首を突っ込んで良い世界じゃない。 本土に戻ったら、大人しくアメリカに帰るのね。」

「ちっ、大きなお世話だぜ。 コレは俺のモノだ。 誰にも触らせねぇ。」

 

まるで子供の様な言い分に、トリッシュは盛大に溜息を零す。

 

現在、ライドウは本番である仲魔のクーフーリンを失っている。

もし、各秘密結社の連中がその事実を知れば、挙(こぞ)って自分こそが17代目の番に相応しいと名乗りを上げるだろう。

 

冷静かつ的確な判断能力、例え、番がBクラスの中程度の能力者でも、魔王クラスの悪魔に勝たせてしまう程の実力者だ。

五大精霊魔法を操り、三体の最上級悪魔(グレーターデーモン)を従える。

闇社会で、銘を上げたい者達ならば、誰もがライドウの番になりたがる。

 

所詮、便利屋でしかないダンテでは、到底、この悪魔使いを護り切れる訳が無い。

しかし、トリッシュは、敢えてその部分を指摘してやる様な真似はしなかった。

憧れの君を抱くこの男に、冷酷な現実を突きつけるのは、あまりにも無粋に思えたからだ。

 

ドーバー海峡を抜けフランスの本土へと到着すると、女諜報員は魔道に精通している闇医者をダンテに紹介した。

適切な措置を受け、モーテルの簡素なベッドに眠る悪魔使い。

医者の話では、魔力と体力がかなり消耗しており、又、大量の血を失った為、暫くは目を覚まさないだろうとの事であった。

 

「貴方が魔力供給をしてあげれば、症状もかなり良くなるそうよ。」

 

法外な治療費を医者に支払った女諜報員が、濃いサングラスをかけ、スプリングコートに袖を通す。

目的のモノは既に手に入れている。

これ以上、彼等に関わる必要が無い為、クライアントが用意したホテルに戻るつもりだった。

 

「魔力供給? 」

「簡単に言えば、セックスね。 血や人間の魂でも魔力は供給されるらしいけど。」

 

からかう様なトリッシュの皮肉に、途端、ダンテが憮然とした表情になる。

 

ライドウの様な”魔力の大喰らい”は、常に番による魔力供給を必要としている。

正式に契約し、”パス”と呼ばれる経路を繋げていれば、一々、肉体的な性交渉をする必要が無いのだが、生憎、その大事な番を失い、ダンテとは契約を交わしてはいない。

唯一、出来る方法は、トリッシュが言う通り、性交渉をするか、魔力が篭(こも)った大量の血液を、ライドウに与えるしか無いのだ。

 

押し黙るダンテを残し、トリッシュは、あっさりと部屋から出て行ってしまう。

彼が、この後どんな行動を選択するかは知らない。

興味も無いし、干渉する気も勿論無い。

今は、兎に角、右手に持つトランクケースに収まった『厄介極まる荷物』を、クライアントに引き渡してしまいたかった。

 

 

「ナナシ・・・・・。」

 

トリッシュが、モーテルから出て行き、室内が静寂に包まれる。

片腕、片目の美しい人。

痛々しい包帯が巻かれた、唯一残っている右腕をそっと手に取る。

 

あの女諜報員の言う通り、性交渉をすれば、自分の魔力をライドウに与えてやる事が出来るだろう。

しかし、幾ら密かに想いを寄せる相手でも、意識の無い相手に不埒な真似はしたくない。

自堕落で、快楽主義者な自分でも、それぐらいの分は弁(わきま)えている。

 

傷だらけの手の甲に頬を寄せていたダンテは、その白い頬へと躊躇いがちに手を伸ばす。

指先から伝わる柔らかい頬の感触。

不図、記憶が遠い子供時代だったあの頃へと戻っていった。

 

 

 

20 years ago(20数年前)

 

 

イギリス、イングランド北西部マージ―サイド州の中心都市- リヴァプール。

 

都心から大分離れた片田舎の大きな湖畔がある場所に、自分達の生家はあった。

父は、悪魔狩りを生業とする狩人(ハンター)だった。

CSI(超常現象管轄局)のイギリス支部の依頼で、悪魔を駆除する為、夜は殆ど家にいなかった。

深夜帯に仕事に出かけ、明け方に帰って来る。

なので、親子としての会話は殆ど無く、何時も寝室で眠っている父親の姿しか見た事が無かった。

 

それでも、彼と双子の兄、バージルは幸せだった。

同年代の子供達と同じ様に、学校と呼ばれる公共施設に通えなくても、国から週二日の割合で、監視役である職員が屋敷に来ても、別段、不思議とは思わなかった。

優しい母親がいたし、暖かい食事と雨風を凌げる家があったからである。

ダンテとバージルは、敷地内にある湖に出かけては、ボートで遊んだり、魚釣りをして日々を過ごした。

時には、『決闘ごっこ』と称した模擬刀を使った剣術の稽古をした。

お互い血塗れになり、殺し合い寸前までになる事は日常茶飯事で、その度に母、エヴァに叱られた。

 

そんな彼等の家族に、一人の奇妙な来客が訪れた。

父と同じ、悪魔狩りを生業としている悪魔召喚術師だった。

 

まるで宗教画から飛び出したかの様な美しさに、バージルとダンテは言葉を失った。

大きめの黒い眼帯を左眼に付け、女性の様に華奢な肢体。

背には身の丈を超える棒の様な、紅い包みを背負い。

アジア人特有の肌と、長い黒髪を三つ編みで一つにまとめ、背へと垂らしている。

 

父親が連れて来たその10代半ば辺りの少年は、”ナナシ”と名乗った。

当然、本名では無いだろう。

父・スパーダの説明によると、彼は自分の仕事を手伝う為に、遠い異国の地-日本から、わざわざリヴァプール(此処)まで来たのだという。

 

”ナナシ”は、とても同性とは思えない程、綺麗な人だった。

勿論、実母であるエヴァも、美しい女性である。

しかし、”ナナシ”の美しさは人間が例えるソレとは、明らかに違った。

可憐な少女にも見えるし、歳相応の少年の様にも見える。

又、父親の様に成人した男性の様に見えるかと思えば、淫蕩な女性の様にも映る。

 

 

「天使って、もしかしたらナナシみたいな人を言うのかなぁ? 」

 

何時もの英国政府が派遣する、家庭教師の授業が終わって10分間の休憩中。

ダンテは、鉛筆を手の中で弄びながら、ぽつりと呟いた。

 

「天使・・・・・? 」

 

双子の弟の何気ない言葉に、バージルは先週、母親と一緒に訪れた街の教会を想い出していた。

ステンドグラスに描かれた聖母マリアとその息子、イエス・キリスト。

救世主の誕生を祝う様に、母子の頭上を舞う天使達。

 

「馬鹿馬鹿しい、アレは架空の生き物で、ナナシとは違う。」

 

弟の言いたい事は理解出来るが、天使はあくまで宗教上に登場する存在で、現実にいる生き物とは明らかに違う。

そんなモノと、あの美しい悪魔使いを一緒にはしたくない。

 

 

何時もの退屈で下らない授業が終了し、夕餉の時間になる頃。

悪魔討伐の仕事を終えた父、スパーダとその相棒である悪魔召喚術師が屋敷に帰宅した。

何時も明け方近くまで掛かるのに、今日は珍しく早かった。

 

「ナナシ、怪我を・・・・! 」

 

その理由は、すぐに分かった。

相棒であるナナシの右腕から血が流れていたのである。

応急処置はしたものの、傷は予想より深く、巻いた包帯から血が滲み、特殊繊維で編まれた上着を汚していた。

 

「大丈夫だ、これぐらい大した事は無い。」

 

青ざめるエヴァを落ち着かせ、ナナシは、治療をしたいので部屋を貸して欲しいと言った。

 

「でも、医者に診せた方が・・・・・。」

「良いんだ。 これぐらい自分で治せる。」

 

任務中に、自分が負った傷だ。

ちょっとした油断から起きたミスであり、医者に診せて事を大事にしたくはない。

 

「私も一緒にいるから大丈夫だよ。 それより、夕飯の支度をしてくれ。お腹が空いて仕方が無い。」

 

心配する妻に、悪戯っぽい笑みを浮かべると、銀髪の魔剣士は、相棒の腕を掴んで客室へと引っ張って行ってしまう。

スパーダの有無を言わせぬ強引な態度に、溜息を零す悪魔使い。

そんな両親のやり取りを、双子の兄弟はコッソリと盗み見ていた。

 

「ナナシ・・・・大丈夫かな? 」

 

遠目からではあるが、悪魔使いが相当な深手を負っている事が分かる。

鼻孔に微かな血の匂いを敏感に感じ取っていた。

 

「あっ、バージル何処に行くんだよ? 」

 

忍び足で階段を昇る双子の兄を、ダンテが止める。

 

「お前は、母さんの手伝いをしてろ。」

 

後を付いて来る弟に、バージルが邪険に追い払った。

 

「狡いぞ! 自分だけサボるつもりなんだろ? 」

「違う、ナナシが心配なだけだ。」

 

幼稚な弟が、邪魔で仕方が無い。

自分は、只、客室で父と悪魔使いがどんな会話をしているのか知りたいだけだ。

二人の様子だと、標的はかなり力のある大悪魔である事が容易に伺い知れた。

どんな悪魔を相手にしているのか、ちょっとした好奇心が疼く。

 

小声で言い争いをしつつ、双子の兄弟は、客室へと辿り着いた。

 

 

「何で、お前まで付いて来る必要があるんだ。」

「何でって、君の怪我は私のせいで負ったモノだ。 罪の意識を感じるのは当然だろう。」

「罪? 悪魔の癖に、随分と人間臭い事を言うんだな? 」

「酷いなぁ、私達はパートナーだろう。 」

「仮契約だ。 俺の本番は別にいる。」

 

薄く開かれたドア。

そこから、父と相棒の会話が聞こえる。

固唾を呑んで、中の様子を伺う二人。

ベッドの上で、父親が無理矢理悪魔使いの上着を脱がせ様としているのが見えた。

 

「はっ、離せ! 」

 

傷の痛みに美しい顔を歪めながら、悪魔使いが自分の上にのしかかる不埒な男の頬を叩こうと手を振り上げる。

しかし、不利な体勢である為、簡単に捻じ伏せられた。

 

「暴れるな、只、傷の具合を見るだけじゃないか。」

「お前の触り方は、いやらしいんだ! 」

 

階下には、夫の命令で夕餉の支度をしている妻のエヴァがいる。

しかも、幼子二人もいるのだ。

こんな場面を、エヴァに見られたら・・・そう考えるだけで、今にも墳死しそうになった。

 

「失った魔力を補う為だ、我慢しろ。」

 

しかし、スパーダはあくまで自分本位な輩だった。

暴れる悪魔使いを抑えつけ、形の良い顎を掴むと、無理矢理口づける。

身体に流れ込んでくるスパーダの魔力。

途端、悪魔使いが抵抗を止めた。

 

「・・・・・? 」

 

急に大人しくなった相棒の様子に、魔剣士が訝(いぶか)しむ。

見ると、右の隻眼が、薄く開かれた客室のドアへと注がれていた。

どうやら、誰かがこの部屋を覗き込んでいるらしい。

二人の悪ガキの姿が脳裏を過り、スパーダは、溜息を一つ零すと、圧し掛かっていた悪魔使いを解放し、ベッドから降りた。

出入り口であるドアまで近づき、廊下の様子を伺う。

しかい、予想に反し、そこに双子の姿は無かった。

 

 

 

父が、同性である悪魔使いとキスをしていた。

性に関し無知だった自分は、その光景があまりにも衝撃的だった。

父が此方に来るのを察した双子の兄が、無理矢理自分の腕を掴み、階段下へと逃れた。

お陰で、父親に見つかる事は無かった。

自分の口を押え、顔を真っ赤にして震える自分を、双子の兄、バージルが大分冷ややかに眺めている。

兄は、あの光景を見て何とも思わなかったのだろうか?

 

「母さんの所に行くぞ? 早く行かないと叱られる。」

「うっ・・・・・うん。」

 

妙に冷静な兄を不思議に思いつつ、ダンテは、兄の後へと素直に従う。

 

確かに、兄の言う通り、夕餉の支度の手伝いをしないと、エヴァから小言を言われる。

それに、部屋を覗き込んでいたのが、自分達である事を悪魔使いに知られたくなかった。

 

 

 

perspective Dante

 

何時もの日常、当然、そこにあった幸せは、あっという間に掻き消えた。

悪魔の大軍が、突然、自分達家族を襲い、母・エヴァを無惨にも奪っていったのだ。

黒いビニール製の死体袋に納められる母親。

それを無言で眺める自分達、兄弟。

兄は、何も喋らない。

何の事実も語ってはくれない。

只、暗く淀んだ瞳を、母親だった肉の塊へと向けているだけであった。

 

 

父と母は、悪魔の襲撃に逢い殺害されたと、かつて家庭教師を務めていた政府の調査員に伝えられた。

 

英国政府が管理している養護施設の一室。

簡素な病衣を着せられ、右手首に名前のタグを付けられたダンテは、双子の兄、バージルと共に、殺風景な部屋へと案内された。

そこには、少々神経質そうな丸い眼鏡を掛けた女教師が待っていた。

簡易椅子に座らされ、両親の話を聞かされる。

 

両親の死、自分達が英国政府の手厚い保護を受けていた事、自分達がリヴァプールの孤児院に送られ、里親が決まるまで職業訓練を受ける事等。

 

ダンテも、双子の兄であるバージルも、機械的に喋る女教師の言葉を、流す様に聞いていた。

 

「ナナシ・・・・・ナナシに会いたい。」

「残念だけど、彼にはもう会えないわ・・・あの方は、日本政府から派遣された悪魔召喚術師ですからね。」

 

無意識に口から零れ出た言葉を、女教師は無慈悲にも切り捨てる。

 

この女性調査員にとって、バージルとダンテは、厄介な研究対象(モルモット)でしか無かった。

イギリスの最大の秘密結社-”コーサ・コステロ”の後ろ盾があったから、英国政府は彼等親子を黙認し、剰(あまつさ)え、資金援助までしていた。

彼の組織に見放された以上、この厄介なお荷物をどうしようが、此方の勝手だ。

”コーサ・コステロ”の首領であるザンダンス・キッドは、「人間らしい生活を送らせろ。」とほざいているが、そんなモノどうでも良かった。

 

 

ダンテとバージルは、無理矢理引き離された。

それぞれ、違う大部屋へと割り当てられ、そこで生活を強いられた。

大部屋には、今回の悪魔によるパンデミックで、両親を失った子供達が大勢いた。

彼等の敵意とやり場のない怒り、そして恐怖が双子の兄弟へと注がれる。

バージルとダンテの地獄の日々が始まった。

 

 

 

A few years later(数年後)

 

アメリカ合衆国西部の山岳地域にあるワイオミング州。

そこに、”モーリスアイランド”と呼ばれる人口600人程度の小さな田舎町がある。

 

「先生、さようならぁ! 」

 

生徒達の声に、小学校の教師、アーネストは優しい笑顔を向けて手を振る。

時刻は既に夕方。

授業を終えた子供達が家路へと急ぎ、家族と共に楽しい夕餉を過ごす。

アーネストもそれに倣(なら)い、家路へと帰る為、車のキーを手に取った。

 

「それじゃ、お疲れ様。」

 

宿直当番の同僚に軽く挨拶する。

 

「おう、お疲れ、最近物騒だから気を付けろよ? 」

 

同僚は、熱いコーヒーを一口啜る。

 

この街では、最近、”神隠し”と呼ばれる誘拐事件が頻繁に起きていた。

小さな子供から、年老いた老人まで、老若男女、一人また一人と消えている。

事態を重く見た州保安官は、アメリカ本土に応援を要請。

近々、連邦捜査局から捜査員が数名派遣されるらしい。

 

「分かってる。 お前もな。」

 

アーネストは、苦笑を浮かべると職員室のドアを開く。

 

街中で起きている誘拐事件も確かに怖いが、それ以上に、とある噂の方が気になった。

曰く、深夜帯、街中を歩いていると正体不明の怪物に襲われるっという、荒唐無稽な子供の作り話である。

恐らく、誘拐事件を元にありもしない怪物の話を造り上げたと思われるが、何ら犯人の手掛かりも掴めていない以上、そう思われても仕方が無いだろう。

 

 

アーネストが実母と一緒に暮らしている邸宅は、小高い丘の上にあった。

彼の父親は、かつて”モーリスアイランド”の市長を務めており、病気で職を辞した後は、叔父が引き継ぐ形となった。

地元でも有数な地主であるアーネストの一家は、広い邸宅と農場、そして幾つかの土地を所有していた。

若い当主は、自分の車をガレージに駐車すると、その足で農場へと向かう。

そこでは、午後の締め業務をしている数名の使用人達がいた。

その中に、見事な銀の髪をしている10代半ばぐらいの少年がいる。

牛に濃厚飼料を与えていた少年は、人の気配を察し、汗と泥で汚れた顔を上げた。

 

「君に良いモノを持って来たよ? トニー。」

「・・・・・・。」

 

何時も生徒達に向ける優しい笑顔で、年若い教師は、銀髪の少年‐ トニーに一冊の分厚い絵本を渡す。

それは、帰宅途中で立ち寄った書店で買い求めた”ウィリアム・ブレイク”の詩集であった。

 

「前に欲しがっていただろ? 今日、書店で偶然、見つけたんだ。」

「・・・・・・。」

 

無言で絵本を受け取る少年に対し、アーネストは別段、気分を害する様子は見せなかった。

この少年が、不愛想な事は承知していたし、感謝の言葉を期待していた訳でもない。

只、一教師として、この少年が気になっただけだ。

 

身寄りも無く、着の身着のままで、この街を訪れた少年、トニー。

食べるモノも無く、がりがりに痩せ細った身体で、保安官事務所へと保護されたこの少年を気の毒に思い使用人として引き取ったのが、アーネストの母親であった。

きっと何かしら後ろ暗い事情があるのだろう。

そう思った母親は、敢えて養護施設に連絡する真似はしなかった。

 

「おい、坊ちゃんに”ありがとう”ぐらい言えないのか? 」

 

黙したまま、手の中にある本を眺めるトニーの背後で、使用人達のリーダー的存在である、恰幅の良い男が窘めた。

厚顔不遜で、何処か斜に構えているトニーは、使用人仲間から非常に浮いていた。

仕事は真面目にこなすが、決して周りの人間達に心を開かない。

それは、彼等の雇い主であるアーネストも同様であった。

 

夕食後、年若い当主は、銀髪の少年に自室で読み書きを教えた。

数学に歴史、時には理科等の化学も教えた。

元々、聡明な頭脳を持つ少年は、まるで砂が水を吸収するかの様に、アーネストの教える事を全て学習した。

小学校低学年の簡単な読み書きから始まり、今では、高校生等が学ぶ、専門的知識まで進んでいる。

トニーの学習能力の高さに、アーネストは内心舌を巻いていた。

 

「それじゃ、今日の授業は此処まで、明日も早いからゆっくり休みなさい。」

 

テーブルに並べたテキストを綺麗に纏め、向かい側に座る少年に微笑む。

 

「悪魔・・・・・・。」

「え・・・・・? 」

「この街に、悪魔がいるって・・・・・。」

 

暗く淀んだ蒼い双眸が、真向かいに座る年若い教師へと向けられる。

途端、返答に窮するアーネスト。

恐らく、街に広まっている”例の噂”を言っているのだろうが、まさか『悪魔』という単語が出て来るとは思わなかった。

 

「誰がそんな事を言ったんだい? 」

「ステラ叔母さん、この街に悪魔が住み着いて人を攫っているって。」

 

ステラ叔母さんとは、屋敷に勤めているメイド長の事だ。

祖父の代から、アーネストの一家に仕えている人物で、仕事は出来るが世間話が大好きな困った一面があった。

 

「それは噂だよ。 最近、物騒な事件がこの街で起きているからね。大体、悪魔何て、人の恐怖心が造り出した架空の生き物だ。」

 

若い教師は、トニーの傍まで近寄ると、優しくその銀の髪を撫でてやる。

 

実母は、敬虔なカトリック信者であるが、アーネスト自身は、意外にも無神論者だ。

病死した実父の影響もあるが、人生の苦境を切り開くのは、あくまで己自身であると思っている。

依存する事は、次第に怠惰へと変わる。

実父は、そう考え、時には厳しく時には優しく、アーネストを教育してきた。

 

「大丈夫、明日には、連邦捜査局から専門の捜査員が数名、この街に来る。 すぐに誘拐犯も捕まるよ。」

「・・・・・・。」

 

子供に不安な態度は決して見せない。

そんな、気丈なアーネストに対し、トニーは終始黙り込んでいた。

 

 

 

perspective Raido

 

 

「本当に、なーんにも無い場所なんだねぇー。」

 

牛乳瓶の底みたいな、分厚いレンズが入った丸眼鏡を掛けた男が、呆れた様子で寂れた田舎町をグルリと見渡す。

 

”モーリスアイランド”にある小さな駅のロータリー前。

そこに奇妙な姿をした観光客が三名いた。

漆黒のカソックに、真紅のストラを両肩に垂らす二人の男と、同じく漆黒の長外套にフードを目深に被った女性の如く華奢な肢体をした少年だった。

 

「例の情報屋は、一体何処にいるんだ? 」

 

見事な長い銀の髪を後ろで束ね、20代後半辺りの眉目秀麗な神父が、同僚である瓶底眼鏡の男へと声を掛ける。

 

「うーん、確か駅前で待ち合わせしてる筈なんだけど・・・・。」

 

困った様子でフケ混じりの頭を掻く、瓶底眼鏡の男- 射場・流は、目的の人物を見つけ、大きく手を振った。

 

「いたいたー♡ モリソンさんこっちぃー(⋈◍>◡<◍)。✧♡ 」

 

ヘラヘラとだらしなく笑う流を、同僚のジョン・マクスゥエルと悪魔召喚術師-17代目・葛葉ライドウが、大分冷ややかに眺める。

 

大分年季の入ったビートル車を背後に、40代後半辺りの黒人男性が、此方に近づいて来た。

灰色の中折れ帽に、薄い茶のトレンチコート。

その下には、一目で高級と分かるビジネススーツを着用していた。

 

「紹介するね♡ 闇の情報屋(ダークブローカー)のJD・モリソンさんだよ。」

 

瓶底眼鏡の神父が、改めてジョンとライドウに、今回の協力者を説明する。

 

JD・モリソン(恐らく偽名)は、ニューヨーク州を中心に活動している情報屋であった。

彼は、中々、やり手の情報屋で、此処、ワイオミング州の寂れた田舎町までネットワークを広げているのだという。

 

「闇の情報屋(ダークブローカー)だと・・・・・? 」

 

流の説明を粗方聞いた悪魔使いは、鋭い隻眼を情報屋の男性へと向けた。

嫌悪感を隠そうともしないその瞳に、モリソンは鼻白(はなじら)む。

 

「そんなおっかない目で見ないでよ? このオジサンは優秀な情報屋なんだよぉー? 」

「流の言う通りだ。 我々、狩猟者(ハンター)にとって情報はとても貴重だ。」

 

今にも刃物を取り出しそうな、険悪な空気を垂れ流すライドウに対し、流とその同僚であるジョンが、窘める。

 

彼等の言う通り、悪魔討伐に対して、情報は宝石や金塊よりも希少だ。

悪魔の弱点である致死説や、核(コア)の在り場所。

出現時間や場所等、常に命の危険に晒される狩人にとっては、大事な生命線とも成り得る。

 

「・・・・・・フン。」

 

暫くの間、鋭い視線を黒人の情報屋へと向けていたライドウは、二人から顔を背けた。

 

長年、悪魔狩りを続けている為、ジョンと流の言っている事が正しいのは、痛い程良く分かる。

しかし、生まれながらの潔癖症な性分故か、違法に悪魔狩りを斡旋している闇の情報屋の存在が気に入らないでいた。

 

「すいませんねぇ、この子、本当はとても良い子なんですよぉ? 」

 

そんな親友の態度に、苦笑いを浮かべた瓶底眼鏡の神父が、情報屋へと視線を向ける。

 

「別に良いって、俺等みたいな人種は嫌われてなんぼだからな。」

 

闇社会にとって、政府の正式な手続きを取らず、狩猟資格の無い人間に悪魔絡みの仕事を斡旋し、不当に利益を得ている彼等、闇の情報屋(ダークブローカー)の存在は、目の上のたん瘤並みに煙たがられていた。

しかし、悪魔を狩猟する人間が、あまりにも少ない為、下級悪魔の討伐を、狩猟資格が無い人間達に任せているというのが現状であった。

 

「立ち話もなんだから、何処かで茶でも飲みながら仕事の話をしよう。」

 

悪魔使いの態度に、肩を竦めた情報屋が、一同を愛車であるビートルへと案内する。

それに素直に従うジョンと流。

ライドウも諦めた様に、溜息を一つ零すと、二人の後についていった。

 

 

情報屋が案内した場所は、田舎町にある小さなカフェだった。

店内には、数名の作業員が、仲間と一緒に談笑していた。

 

ワイオミング州の外れにある此処- モーリスアイランドは、豊富なレアメタルの鉱脈が幾つかある。

彼等は、それを採掘する作業員であった。

 

「話をする前にコイツを見て貰いたい。」

 

壮年の情報屋は、A4サイズの茶封筒から、数枚の写真をテーブルに置いた。

そこには、両目を抉られた男性の遺体と、内臓と子宮を綺麗に取り出された女性の痛々しい死体がモノクロ写真で映し出されている。

 

「うげ・・・・こりゃ酷い。」

 

普段から、エグイ死体に見慣れている筈の流が、顔を真っ青にさせた。

 

「その仏さん達は、この街で行方不明になった市民とバイカー達だ。」

「バイカー? 殺されているのは、この街の住民だけじゃないのか? 」

 

この街に来る前情報として、市民が何名か行方不明になり、どれも無惨な死体で発見されていると聞いている。

観光客まで餌食にされているとは、初耳であった。

 

「この街は、モンタナ州とコロラド州の丁度境にある所だからな? 観光客の通り道になっている。」

 

モリソン曰く、殺害されている被害者の殆どが、観光目的の人間が大半を占めているのだという。

 

「この街で被害に逢っているのは、老人と子供だけだ。 」

「子供・・・・・・。」

「そ、まだ死体は発見されてないらしいけどな? 」

 

口布を下げ、モノクロ写真を眺める隻眼の悪魔使いに、壮年の情報屋が、軽く付け足してやった。

 

モリソンの言う通り、行方不明者の中には、10歳にもならない子供達が数名含まれている。

行方不明になってから数日。

これだけ無惨な姿に変わり果てた被害者が発見されているのだ。

その安否は絶望的であった。

 

「赫々(かっかく)たるモロク・・・・・・。」

「うん? 何か言ったかい? ライドウ君。」

 

注文したカフェオレに、致死量と言っても過言ではない程の砂糖を入れた瓶底眼鏡の神父が、胡乱気に右隣に座る悪魔使いを眺める。

 

「この事件の首謀者だ、四大魔王(カウントフォー)の一柱であり、子供の生贄が大好物な変態野郎だ。」

 

無惨な肢体を晒す若い女性の亡骸が映った写真をテーブルへと投げ出し、ライドウが嫌悪感を露わにする。

 

数年間、『異界送り』の儀式で、魔界の各地を放浪していた。

当然、各エリアを統べる四人の魔王の噂は聞いている。

実際、ライドウも形だけどはいえ、四大魔王(カウントフォー)の一人、反逆皇・ユリゼンと番契約を交わしていた。

 

「まさか・・・・四大魔王(カウントフォー)がこの地に? 」

「可能性としては無くもないね・・・現世攻略の為に、一番手薄な個所を狙うのは、ゲームの定石だ。」

 

舌が壊れる程の甘ったるいカフェオレを啜り、戸惑う親友を流が一瞥する。

 

マグネタイトと資源が豊富な現世は、兎角、魔界の権力者達に狙われている。

自分達『ヴァチカン市国』と日本の超国家機関『クズノハ』が幾度も、そういった不貞の輩を追い返してはいるが、奴等は蛆虫の様に湧き出て来るのだ。

 

「おいおい、そんな大物相手にヲタク等だけで大丈夫なのか? 」

 

いくら凄腕の祓魔師とはいえ、政府から派遣されて来たのは、たった三名だ。

モリソンも仕事柄、『人修羅』と『竜殺し』の実力は知っているが、魔界を統べる四大魔王(カウントフォー)を相手に少々心許ない。

 

「大丈夫、大丈夫(⋈◍>◡<◍)。✧♡、この二人は、規格外に強いからね? ミスター・モリソンが心配する必要はありません。」

 

狼狽心を露わにする情報屋に反し、流は平気な顔で無責任とも取れる台詞を吐いた。

この街を根城にしているであろう赫々たるモロクの事より、メニューに表示されているストロベリーサンデーが気になるらしい。

 

「流の言う通りだな・・・・貴方の持って来た情報が正しければ、我々だけでも十分対応は出来る。」

 

能天気な親友を他所に、悪魔使いは、鋭い隻眼で真向かいに座る情報屋を見つめる。

 

「気になる言い方するじゃないか・・・俺の持って来た情報は、そんなに信用出来ないのかい? 」

「・・・・・ハッキリ言っておくが、俺は闇の情報屋(ダークブローカー)を信用していない。 奴等は、悪魔と組んで無資格者を餌にする、時には狩人すらもな。」

「おいおい、俺をそんな三流共と一緒にしないでくれよ。」

「犯罪者に一流も三流もあると思うか? 」

「いい加減にしろ! ライドウ! 」

 

永遠平行線を彷徨う二人の会話に、ジョンが堪らず割って入った。

 

この綺麗な悪魔使いは、潔癖症すぎるきらいがある。

要は、モリソンを犯罪者(アウトサイダー)と決めつけ、貴重な情報をガセだと言い張っているのだ。

確かに、ジョン自身もライドウの考えに賛(さん)する所は多々ある。

しかし、この情報屋は、一番信頼し、またヴァチカン最高の頭脳と謳われる化学班の総責任者、射場・流が選んだ人物だ。

モリソンを疑うという事は、親友を疑う事と同じである。

 

「・・・・・・・少し、頭を冷やして来る。」

 

普段、感情をあまり表に出さない友人の剣幕に、ライドウ自身も流石に思う所が出来たらしい。

出されたコーヒーには一切手を付けず、席から立ち上がると店の出入り口へと向かってしまった。

 

「済まない、後の事は頼む。」

 

少しだけ言い過ぎてしまった。

美しい銀髪を持つ神父は、瓶底眼鏡の同僚にそれだけ伝えると、小柄な悪魔使いの後を追い掛けた。

店内に取り残される二人。

気まずい空気が包む。

 

「何か、色々と申し訳ありませんねぇ。」

「良いや、さっきも言ったろ? 闇の情報屋(俺等)は嫌われてなんぼの仕事だって。」

 

どうやら、自分は相当、あの綺麗な魔法使いに嫌われているらしい。

モリソンは、苦笑を浮かべると、砂糖なしのカフェオレを一口啜る。

 

「んで、申し訳ついでに一つだけ頼みたい事がありましてね? 」

「うん? 」

「この少年が、この街にいるかどうか調べて貰いたいんですよ。」

 

流は、足元に置いてあるアタッシュケースから、一枚の封筒を取り出す。

封筒の中身は、数枚の写真であった。

 

 

ジョンが店から出ると、街路樹の下に悪魔使いが立っていた。

黒い長外套(ロングコート)のフードを目深に被り、真紅の呪術帯を鼻頭まで引き上げている。

閑散とした田舎町に、その姿はあまりにも奇異に映った。

 

「・・・・・済まない。」

 

背後に人の気配を感じ、振り返る事無く言う。

 

「何時も冷静な君らしくない態度だったな? 」

 

ジョンは、数歩離れた位置に立つと、少々、呆れた様子で溜息を一つ零した。

 

何処までも真っ正直で、不器用な男。

初めて出会った時から、何一つとして変わる事無くそこに在り続けている。

それが途轍もなくもどかしく、又、堪らなく愛おしく感じる。

 

「この街の暗く淀んだ空気のせいだな・・・・心がささくれ立ってつい本音が・・・・。」

「ナナシっ! 」

 

バツが悪そうに振り返り、友人へと言い訳する言葉を未だ変声期が訪れぬ少年の声が遮った。

見ると、彼等から少し離れた歩道の上に、見事な銀色の髪をした少年が立っている。

全速力で走って来たのだろう。

両肩で粗い息を吐く痩せぎすの少年は、薄い蒼の双眸で、眼前に立つ悪魔使いを見つめていた。

 

 

 

perspective Dante

 

 

最初は、信じられなかった。

何かの見間違いでは?と、己を疑った。

しかし、身体は意志に反して動いていた。

年若い主やメイド長の呼び止める声を振り切り、歩道をひた走る。

道路を挟んだ向かい側の小さなカフェ店の前に、目的の人物はいた。

 

「ナナシ! 」

 

黒い長外套(ロングコート)を纏い、同色のスラックスと革のブーツ。

フードを目深に被り、相手の容姿は伺えなかったが、それでも、少年の心の中には絶対な確信があった。

 

予想通り、相手は此方を見た。

彼の背後には、自分と同じ、見事な銀色の長い髪を後ろで一纏めにした20代後半辺りの神父が立っている。

どうやら、彼の連れらしい。

 

「ナナシ・・・・・やっぱり、ナナシなんでしょ? 」

 

ドキドキと早鐘の如く、高鳴る鼓動。

相手は、決して応えない。

フードの下から覗く、真紅の呪術帯に覆われた顔。

唯一覗く右の隻眼だけが、此方に向けられているだけであった。

 

「僕だよ・・・・・ダ・・・・。」

「トニ―! 」

 

自分の”本当の名前”を告げようとした刹那、若い領主の声によって遮られた。

 

ワイオミング州でも有数の地主、ヘルガ家の跡取り息子、アーネストである。

その後ろには、メイド長である50代半ばの少々、豊満な肉体をした女性がゼイゼイと息を切らせながらやって来た。

 

彼等は、夕食の食材を仕入れる為に、街で唯一の流通センターであるショッピングモールに来ていた。

流石に、荷物運びの人材が少ないだろうと、アーネストが彼等の”足”を買って出て来てくれたのである。

順調に足りない消耗品や、日用雑貨、食料品を購入し、いざ屋敷へと帰ろうとした時に、少年の様子がおかしくなった。

ショッピングセンターの向かいにある小さなカフェレストラン。

そこから出て来る黒いフードを被った人物を目にした途端、持っていた荷物を放り出し、そのカフェ店に走り出してしまったのだ。

 

「全く! この子は、一体何をしているんだい! 」

 

肉付きが良く、丸い体型をしたメイド長は、銀髪の少年の腕を掴む。

そして、ライドウ達に向かって、無理矢理頭を下げさせた。

 

「すみません、この子が迷惑を掛けたみたいで。」

「・・・・・。」

 

必死に頭を下げる女性と、悔しそうに俯く少年を、観光客らしき二人組が無言で眺めている。

どう応えて良いのか、判断出来ないらしい。

一応の謝罪は済んだとばかりに、女性は頭を上げると、少年の腕を引っ張って、ショッピングセンターの駐車場へと向かう。

呆れた様子で、一つ溜息を零し、赤毛の若い男が、その後に従った。

 

 

屋敷に戻ったトニーは、早速、メイド長のステラから説教を受けた。

荷物運びをする為に連れて来た使用人が、仕事を放棄した挙句、観光客らしき人間に迷惑を掛けたのだ。

しかも、主人であるヘルガ家の跡取り息子の前で、である。

 

「もうそれぐらいで許してあげましょう、トニーだって悪気があってやった訳ではなさそうですし。」

「でも、坊ちゃん。」

 

未だ、何かを言い足りないメイド長は、咎める様に年若い当主を見つめる。

 

トニーが年端もいかぬ子供である為か、アーネストは事ある毎に、この少年を庇う。

職業柄、仕方のない事かもしれないが、身寄りのないトニーを養子として引き取り、無償で衣食住まで与えている。

犬ですら、義理を感じるというのに、この少年はソレがまるで無い。

そこが、このメイド長の最も気に喰わない所であった。

 

気まずい中、夕食を終え、トニーは割り当てられた質素な塒(ねぐら)へと帰る。

硬いベッドとテーブルと椅子しかない部屋。

生活臭がまるで無いその部屋が、トニーの唯一のプライベートルームであった。

木製のテーブルには、アーネストから貰った教科書と分厚い詩集が乗っている。

それをベッドに寝転んでいる銀髪の少年が、ぼんやりと眺めていた。

 

この街に流れ着いて既に、3年と言う月日が経っている。

あの地獄の様な施設から逃げ出し、M16(秘密情報部)からの追手から逃れ、貨物列車に潜り込んで、この田舎町まで来た。

決して、容易な道程では無かった。

でも、奴等に掴まれば、待っているのは確実な死だ。

 

コンコン・・・・。

 

記憶の海に沈んでいたトニーの耳に、窓ガラスを叩く小さな音が聞こえる。

見ると、窓辺に蛍の様に瞬く小さな光があった。

何の躊躇いも無く、ベッドから降り立ち、窓辺へと近づく。

光は、小さな人間の形をしていた。

銀髪の少年が、ガラス窓に近寄ると、ついて来いと手招く。

窓を開け、二階の階下から飛び降りる少年。

常人離れした筋力で、柔らかい草地へと着地すると、淡い光を放つ妖精の後へとついて行った。

 

 

perspective Raido

 

川沿いにある石畳の大きな橋。

その上に、黒い長外套(ロングコート)を纏いフードを目深に被る人物がいた。

超国家機関『クズノハ』四家当主が一人、17代目・葛葉ライドウである。

真紅の呪術帯で顔を覆い、唯一覗く右眼が、静かに流れる川の水面を眺めていた。

 

まさか、ダンテが生きているとは思わなかった。

脳裏に、昼間、街中で出会った銀髪の少年の姿が浮かぶ。

もう既に、6年間という長い月日が経過していた。

あの頃よりも、大分、逞しくなり、身長も驚く程、伸びている。

しかし、あの双眸だけは、当時の・・・・あの時のままであった。

 

「ライドウ。」

 

仲魔の声に、記憶の淵から現実へと戻る。

顔を上げ、声のした方へと視線を向けると、ハイピクシーのマベルが、見事な銀色の髪をした少年を背後に従えていた。

 

「言いつけ通り、連れて来たわよ? 」

「ああ・・・無理を言って済まなかったな。」

「全くだわ、お陰で疲れちゃった。」

 

マベルは、主にそう告げると、さっさとGUMPの中へと戻ってしまう。

後に残される二人。

耳が痛くなる程の静寂が、辺りを包む。

 

「ナナシ・・・・・あの・・・・・。」

「バージルは何処にいる? 」

 

夢にまで見た想い人との再会に、どう応えて良いのか分からぬ少年に対して、ライドウは無遠慮に問い掛ける。

 

話したい事は沢山ある。

何故、イギリスからこのアメリカ大陸の辺鄙(へんぴ)な片田舎にいるのか?

英国政府が管理している児童養護施設で、どんな生活を送っていたのか?

だが、それよりもライドウには、確かめずにはおれない事実があった。

 

「3年前、英国政府が管轄している養護施設に火事があった。火元は不明、施設にいた子供達と職員数名が死亡した。」

「・・・・・・。」

「ダンテ・・・・・正直に応えろ。」

「・・・・・僕じゃない・・・・僕は何もしてない。」

 

実に6年振りの再会。

優しい言葉を期待していた訳じゃ無い。

彼は、日本政府から派遣されて来た、悪魔召喚術師(デビルサマナー)だ。

父親とコンビを組んで、悪魔討伐をしていたのは、あくまで仕事の上。

そこに、特別な感情が生まれる事は決して無い。

 

「ダンテ・・・・。」

「本当だよ! アイツ等は、僕やバージルに酷い事をして来たけど、ナナシや母さんとの約束を破る様な真似はしなかった! 信じてよ! 」

「バージルは何処だ? 」

「・・・・・っ。」

 

ナナシは、自分達兄弟が抱えている闇を知っている。

 

児童養護施設の子供達から、壮絶な苛めを受けていた事。

施設職員達は、その事実を知りながらも見て見ぬ振りをしていた事。

ある日、全身に返り血を浴びた兄が、自分が寝ている大部屋に来た事。

調理場から起こった火事。

 

「バージルがやったのか・・・・・施設職員を殺し、調理場に火を放った。」

「違う。」

「お前は、それを知りながらも、兄に従って施設から逃げ出した。」

「違う。」

「お前達の辛い境遇は知っている・・・・だが、だからといって、人を殺して良い理由にはならない。」

「煩い! 何も知らないくせに!! 」

 

もう我慢出来なかった。

怒りと哀しみで濡れた蒼い双眸が、眼前に立つ漆黒の悪魔召喚術師を睨み付ける。

 

「僕達は人間じゃない!悪魔だ! その力を無暗矢鱈に振り回すなと言ったのはナナシと母さんだ! だから、僕とバージルは約束を守った! 」

「・・・・・。」

「僕は・・・・僕達は、母さんとナナシが大好きだった・・・・だから、最後まで約束を守り通そうとしたんだ・・・・でも・・・・。」

 

蒼い双眸から、ボロボロと涙が零れ落ちる。

悔しかった。

辛かった。

泣き叫びたかった。

しかし、どんなに大声を出して助けを呼んでも、悪魔使いと母親は姿を現さない。

当たり前だ。

6年前に、母親は突如、実体化した悪魔の群れに殺され、そのパンデミックを収束させた悪魔使いは、日本へと帰国してしまったのだから。

 

「・・・・・・・俺の知り合いに、ケビン・ブラウンという男がいる。アメリカ政府に顔が効き、福祉関係にも詳しい。彼に連絡してお前を保護して貰う様、頼むつもりだ。」

 

これ以上の会話は、最早、不毛であった。

3年間、M16(秘密情報部)から上手く逃げ回って来たのだろうが、それも限界に近い。

直に見つかり、英国政府の対悪魔部隊に捕獲されるか、最悪、”処理”されてしまう。

そうなる前に、この少年を然るべき施設に保護して貰うより他に術が無い。

 

「嫌だ・・・・・。」

「ダンテ・・・・・? 」

「ナナシと一緒に居たい・・・・・何でもするから・・・・・。」

「駄目だ。」

 

必死に自分に縋りつく少年を、ライドウは無慈悲にも振り払った。

 

「どうして? 僕、ナナシの事が好きなんだ! 」

 

予め、断られるだろう事は予想している。

もし、一緒にいる事が叶うならば、6年前のあの時に、悪魔使いは自分達兄弟を引き取っていた筈だ。

 

「俺と一緒に居ても、お前達兄弟は、決して幸せにはなれない。人間の福祉施設に入り、職業訓練を受け、人間としての生をまっとうした方が、お前達にとっての幸せなんだ。」

「勝手に決めるな! 」

 

そんな綺麗事は、もう沢山だった。

もし、母親のエヴァが生きていて、今と同じ状況ならば、ナナシと全く同じ事を言うだろう。

だが、自分達兄弟は、悪魔と人間の間に生まれた亜人だ。

半人半妖の自分達は、人間にも悪魔にもなれない。

 

「好きだ・・・・好きなんだよ・・・・・もう、離れたくないよ・・・・。」

「・・・・・。」

「でも、ナナシは迷惑なんでしょ? 施設に僕を預けたいんでしょ? 」

「・・・・・。」

 

服の袖で乱暴に涙を拭い、怒りと哀しみの色が混じる蒼い双眸を、真向かいに立つ悪魔使いへと向ける。

 

自分が出すべき答えは、もう既に決まっている。

英国政府に保護されても、また飼い殺しにされるだけだ。

此処、アメリカ政府も同じだろう。

ならば、また違う土地へと移動する方が、利口な選択だ。

 

銀髪の少年は、踵を返し、元来た道を戻ろうとする。

 

「また、逃げるのか? 」

 

小さなその背に投げつけられる、無情な言葉。

鋭利なその切っ先は、少年の心を容赦なく斬り裂き、真っ赤な鮮血を流れさせる。

 

「逃げたところで、お前に安住の地は無い。 英国政府は決してお前を見逃さないし、質の悪い秘密結社(イルミナティ)が、お前に目を付けるかもしれない。」

「・・・・・・。」

「この現世で、自由に生きる術は誰にも無い。 皆、何かの庇護下の元生きている・・・・それは、お前達も同じなんだ。」

 

理解してくれるとは、思っていない。

しかし、現実はこの少年が思っている以上に、残酷だ。

 

そんな悪魔使いの言葉を振り切る様に、銀髪の少年は駆け出す。

一分一秒でも、彼と同じ空気を吸っていたくなかった。

 

 

perspective John

 

イギリスと英連邦の君主である、エリザベス女王の命を受け、日本の超国家機関『クズノハ』四家当主が一人、17代目・葛葉ライドウと共に、この地へと降り立ってから、早、数日間が過ぎる。

結果は、芳しく無く、無駄に時間だけが経過しているというのが現状だった。

 

『僕は、保安官事務所で、もう少し詳しい情報を集めてみるよ。 』

「分かった・・・あまり無茶をするなよ? 」

 

同僚であり、大学時代の同期である射場・流にそれだけ伝えると、ジョン・マクスゥエルは携帯の通話を切る。

 

サイドテーブルに、携帯電話を置き、一つ溜息を零す。

 

まさか、これ程、手こずる相手だとは思っていなかった。

相手が、四大魔王(カウントフォー)の一柱だと、相棒(パートナー)である悪魔使いから知らされた時は、一応の覚悟だけはしていた。

だが、まさか、奴等がこれ程、姑息で用心深いとは思っていなかった。

悪魔(デーモン)とは、弱肉強食を絵に描いた様な生き物で、魔王クラスになると己と権力と力を誇示(こじ)したくなる。

人間を下等な生き物と決めつけ、圧倒的な力で捻じ伏せ、捕食する。

それは、魔界を統べる四大魔王(カウントフォー)も同じであった。

 

ベッドに腰掛け、ジョンが物思いに耽る。

すると、部屋に備え付けられている浴室のドアが開き、バスタオルを腰に巻いて濡れた髪をタオルで拭いている悪魔使いが現れた。

 

華奢な身体にそぐわず、見事に鍛え上げられた肉体。

痛々しい傷跡が、彼が辿って来た壮絶な生き様を物語っている。

 

「流の奴は、今日も戻らないつもりか? 」

「あっ・・・・ああ、保安官事務所で誘拐事件の情報を収集すると言っていた。」

 

とても同性とは思えぬ色香に、ジョンは慌ててパートナーから視線を外す。

ジョンには、将来を約束した婚約者がいる。

この勤めが無事終了し、ヴァチカン市国に帰れば、彼女を正式に妻として迎え入れるつもりだ。

それなのに、今の自分は、この同性の悪魔使いに邪(よこしま)な感情を抱いている。

聖職者としては、あるまじき行為だ。

 

そんなジョンの心の葛藤を知ってか知らずか、ライドウは室内にある簡易椅子へと腰掛ける。

テーブルの上に置かれた愛用の煙草と、硝子製の灰皿を自分の方へと引き寄せた。

 

「・・・・・昨日は、何処に行っていたんだ? 」

 

意を決し、銀髪の神父はベッドから立ち上がる。

使い古されたジッポーライターで、咥えている煙草に火を点ける相棒の真向かいへと腰を降ろした。

 

「一々、ソレをお前に報告する義務は無い。」

「君がスタンドプレーを好むのは、昔から知っている。だが、私と君はパートナーだ。」

 

17代目を襲名する前から、ジョンとライドウの間に交流はあった。

任務には忠実だが、他者を受け入れず、無口で協調性に欠ける。

おおよそ、集団行動には向かない為、その殆どが、危険を伴う単独任務が多かった。

 

「・・・・・モーリスアイランド(この街)について少し調べていた。」

 

暫しの沈黙後、悪魔使いは徐に重い口を開く。

 

此処、『モーリスアイランド』は、典型的な鉱物資源の開発で成り立っている集落であった。

有用鉱物資源がある山を多く保有し、その界隈ではかなり有名らしい。

現在は、地下資源の減少や代替品の登場で、衰退する鉱山集落が多いが、それでも”モーリスアイランド”では、希少なレアメタルが産出されるという理由で、採掘家達が日々の糧を得ている。

 

「瘴気が、現物質を変質させ、銅や銀、又は魔力を帯びた鉱石へと変化させる作用がある事は知っているよな? 」

「ああ・・・魔導を学ぶ際の基本だな。」

 

一般的に知られている瘴気とは、ある種の病原体を発症させる”悪しきモノ”と考えられている。

しかし、魔導に関する研究が進み、近年では、瘴気が人間にとって有益な物質へと変化させる能力がある事が分かった。

人体に害がある事に変わりは無いが、卑金属を貴金属(銅や銀、又は金)に変質かさせる事が出来るのだ。

瘴気溜まりに希少な金属や草木が出来るのは、その為である。

 

「少し調べて分かった事だが、この街の地下に巨大な”瘴気溜まり”があるんだ。」

「本当なのか? 」

「ああ、仲魔を使って調べたからな・・・・モーリスアイランド(この街)で希少なレアメタルが採掘されるのは、ソイツのお陰だ。」

 

ライドウ曰く、モーリスアイランドの地下深くには、膨大な量の”瘴気溜まり”があり、それが周りの卑金属を貴重な貴金属に変質かさせているのだという。

しかし、その瘴気溜まりの量が徐々に小さくなったいるのだそうだ。

 

「これはあくまで推測だが、モロクの野郎は、”餌場”を捨てるつもりらしいな。」

「・・・・・何故、そう思うんだ? 」

「此方側の協力者と契約が破綻したか、それとも、別にもっと条件が良い”餌場”を見つけたか・・・・・今の状況では、正しい判断は出来ないな。」

 

天井へと昇って行く煙を目で追いながら、ライドウは、テーブルに置かれた灰皿に灰を捨てる。

 

流も恐らく、自分と同じ考えだろう。

保安官事務所に詰めているというのも嘘で、裏でヴァチカン市国か信頼出来る政府組織に、この街で起きている異変を報告しているのかもしれない。

 

「気に入らないな。」

「・・・・・? 」

「また私だけ蚊帳の外か・・・・少しは、私を信用してくれても良いんじゃないのか? 」

 

子供の様に不貞腐れ、真向かいに座る美しいパートナーを睨む。

 

この二人と組んで仕事をすると、必ず自分は置いてけぼりにされる。

まるでお前は余計な事をするな、と無言で言われている様で、正直気分は良くない。

 

「別に・・・・お前を蔑(ないがし)ろにするつもりは無い・・・只。」

「只・・・・・? 」

「お前には迷って欲しく無いんだ・・・・只、前を向いて真っ直ぐ進んで欲しいだけだ。」

 

悪魔絡みの事件は、その裏に必ず悲惨な出来事がある。

人間の醜悪さが露わにされ、脆弱な精神力を持つ者では、一秒とてもたない。

そんなおぞましい場面をこの男に見せて、歩みを止めさせたくは無いのだ。

枢機卿の椅子が約束され、上手くいけば、更にその上・・・・ヴァチカン法王猊下になる事が可能な男。

最下層で苦しむ者達の痛みを十二分に知るこの男が、法王の椅子を得れば、魔導士ギルドに居座る老害達を一掃出来る。

 

「もし、この一件に”赫々たるモロク”が絡んでいれば、大きな手柄になる。縦しんば、四大魔王(カウントフォー)の首を取る事が出来れば、お前は英雄だ。」

「それで、君達は満足出来るのか? 」

「勿論、俺も流も、お前の為なら泥を被る覚悟は出来てる。」

「・・・・・君達を犠牲にして得た名声に、何の価値も無い。」

 

ジョンは、座っていた椅子から立ち上がり、未だ、腰にバスタオルを巻いた状態で椅子に座るパートナーの背後へと移動する。

そして、成人男性になりきれぬ華奢な背中を抱き締めた。

 

「ジョン・・・・・? 」

「アナスタシアには申し訳ないと思っている・・・・だが、君に対する気持ちに嘘を吐き通す程、私は賢くなれない。」

 

愛している、という使い古されたフレーズを口にするのは、流石に気恥ずかしい。

だが、この儚く脆い悪魔使いなら、不思議とそのフレーズが自然と出て来る。

将来を誓い合った婚約者を裏切るのは、身を切られる程辛いが、ライドウと一緒ならば、地獄の業火に焼かれても構わない。

 

「俺が愛しているのは、死んだ妻だけだ・・・・お前の気持ちには応えられない。」

 

自分の身体へと降りて来る友人の手を、ライドウは素直に受け入れる。

新雪の如く白い首筋に這わされる、男の唇。

首を向かされ、自分の薄く開いた唇と重なる瞬間、ライドウは諦めた様に右の隻眼を閉じた。

 

 

perspective Raido

 

 

ダンテの居場所は、予め仲魔に探らせていた為、すぐ分った。

あの半人半妖の幼い少年は、”モーリスアイランド”の地主の屋敷に下男として世話になっていた。

 

広大な敷地面積を誇る牧場。

乗馬用の馬が数頭いる厩舎で、見事な銀色の髪を持つ少年が、早朝から忙しなく動いている。

馬の餌やりに厩舎の掃除、そして鶏舎(ちいしゃ)にいる鶏が生んだ卵の回収。

大の大人ですら値を上げる重労働を、少年は苦も無くこなしていく。

 

ライドウは、巨大な樫の木の上で、一心不乱に働く少年の姿を眺めていた。

イギリスの養護施設から脱走して、三年の月日が経過している。

その間、M16(秘密情報部)の包囲網を搔い潜り、このアメリカの片田舎まで逃げ延びるのに如何程の苦労があったかは、知る事が出来ない。

そして、双子の兄、バージルの安否すらも。

 

「いい加減、小僧の事は捨て置け。」

 

それまで、黙って主の様子を観察していた魔導輪のゴルバが徐に口を開いた。

本来、魔導輪は十二夜叉大将のみが、装着を義務づけられている。

主‐ 十二夜叉大将が長、薬師如来の名を冠する『人喰い龍』こと骸への絶対的忠誠の証だ。

当然、裏切りは許されず、24時間、魔導輪によって監視されている。

 

「分かっている・・・・だが、今のあの子を放置する事は出来ない。」

 

右腕に装着されているブレスレット型の魔導輪を、煩そうに見下ろす。

 

かつての主であり、情夫である骸は、ライドウを一切信用してはいない。

故に、十二夜叉大将の時代から、ゴルバを監視役として付けている。

 

「ふん、あの小僧が狩人(ハンター)共に殺されようが、野垂れ死のうが、我々には一切関係が無いだろう。」

「・・・・・。」

「それともまだ、あの娼婦の事が忘れられないのか? 」

「・・・・・。」

「やれやれ、まただんまりか・・・・お前は、分が悪くなると地蔵の様に喋らなくなるな? 」

 

元がお喋りなゴルバにとって、口数が異様に少ないライドウは、苦手な部類に入る。

17代目の名を襲名する以前からの付き合いな為、多少の心の機敏は感じ取る事が出来るが、こう会話が全く続かないと、流石に気分が滅入る。

 

ダンテとバージルの実母、エヴァの死から既に6年の月日が経過していた。

今でも、目を閉じるとあの時の光景が脳裏に浮かぶ。

自分に向けて放たれたスパーダの斬撃を、エヴァは身を呈してまで助けてくれた。

何故、魔剣士の妻である筈の彼女が、ほんの数日間しか共に過ごさなかった見知らぬ東洋人を助けたのか、未だに理解が出来ない。

否、本当は分かっている。

血塗れた手が、自分の頬に触れた瞬間、ライドウは全てを理解していた。

彼女は、自分を愛してくれていた事を。

 

 

 

perspective others

 

悪魔とは、意外と単純な思考を持つ生き物である。

例え、どんなに上手く人間社会に溶け込んでいるとは言っても、その滲み出る傲慢さまでは消す事が出来ない。

故に、自分達、狩人(ハンター)は、奴等を出し抜き勝つ事が出来るのだ。

 

 

「いやぁ・・・・・まさか、貴方達まで”モロク”の下僕に成り下がっているとはねぇ・・・・。」

 

流は、自分の鼻面に突きつけられたライフルの銃口と相手の顔を眺めつつ、ヘラヘラと何時もの笑いを口元に浮かべていた。

 

「すまんな? 神父さん。 この街の秘密を知られた以上、生かして返す訳にはいかんのだよ。」

 

ライフルを構える50代半ばぐらいの州保安官が、殺意に濡れた相貌を、眼前の瓶底眼鏡の神父へと向ける。

 

小さな田舎町”モーリスアイランド”にある、州図書館。

その地下に隠された20畳以上は、あるかと思われる広い書庫に、数名の男女がいた。

床に描かれた魔法陣と、数台の最新型PCに、室内中央に設えられた台座。

その上には、召喚の儀式に使用されたと思われる模擬刀が鎮座している。

 

「悪魔召喚プログラムの悪用は、重罪ですよ? 保安官殿(シェリフ)。」

「フン、都合の良い言葉を並べ立て、汚水を撒き散らし、この街を滅茶苦茶にしたのは、アメリカが自慢する大企業様だ。 その飼い犬風情に吠えられても何とも思わんね。」

 

保安官の言う通り、この”モーリスアイランド”は、一度、壊滅的な打撃をアメリカ政府から受けている。

 

高い人件費を浮かせる事を名目に、とある企業がこの小さな町に目を付けた。

巨大な原子力発電所を街に造り、市民達を多く雇用した。

そのお陰か、小さな田舎町は多少ではあるが、潤う事が出来た。

しかし、すぐに不幸が訪れた。

汚水処理に掛かる費用をケチった企業が、あろうことか、街の河に発癌性の物質を多く含んだ水を垂れ流したのである。

 

「俺の両親は、汚染された魚を食べたせいで癌が発症し、死んだ。 俺だけじゃない、この街に住む奴等は、今もその後遺症で苦しんでる。」

「だったら、裁判でも何でもして訴えりゃ良かったでしょ? なーんで、悪魔なんかに頼っちゃうかなぁ? 」

「私達だって、アメリカ政府に何度も抗議したわ! でも、政府は圧力を掛けて事件を握り潰したのよ! 」

 

無責任とも取れる流の言葉に、書士らしき女性が、怒りの形相で叫ぶ。

 

彼等も当初は、人権団体を立ち上げ、政府に抗議するべく裁判を起こそうとした。

しかし、政府は原子力発電所を造った企業に罪を押し付け、雀の涙程度の賠償金を支払わせた程度で、事件を終わらせてしまったのである。

当然、街に住む人間達の怒りは収まらなかった。

 

「これ以上、詳しくアンタに話すつもりは無い。 恨むなら我々を追い詰めたアメリカ政府を呪うんだな。」

 

カチリと、ライフルの撃鉄が上がる。

あともう少しで、引き金が引かれるその瞬間、鈍く光る投擲物が、保安官の右手の甲を刺し貫いた。

悲鳴を上げ、ライフルから手を離す保安官。

続くクナイの鋭い刃が、流を取り囲む市民達の額に穿たれた。

 

 

 

小さな田舎町には少々、そぐわぬ市町村事務所。

その4階建てのビルの最上階に、17代目・葛葉ライドウはいた。

20畳以上はありそうな、広いオフィス内。

その中央に、この街の市長であるクラウドが、椅子に縛り付けられている小柄な悪魔使いを見下ろしていた。

 

「すまんな・・・・出来る事なら手荒な真似はしたく無かったのだよ?人修羅。」

 

向かい合う形で、市長が上質な革張りのデスクチェアに腰を降ろす。

周囲には、退路を完全に断つ形で、巨大な盾と剣を持つ鎧の悪魔-幽鬼・デュラハンが数体いる。

頭の無い鎧の騎士達は、主人の命令一つで、悪魔使いの肉体を斬り裂くだろう。

 

「モロクか・・・・・・と、言っても本体は魔界に置いたままか。」

 

目の前に座る男の中に、モロクの本体がいない事は既に知っている。

四大魔王の中でも、”赫々たるモロク”は、かなりの策士であり、用心深い性格をしている。

捨てると分かっている餌場に、態々本体を晒す危険を犯す真似は、決してしない筈だ。

 

「ちょっとした諸事情があってね・・・・あの忌々しい裏切者の残党共が、事もあろうに私の大事な領地を土足で踏みにじっているのだよ。」

 

デスクチェアから立ち上がり、薄い茶の髪をオールバックに纏めた市長は、椅子に縛り付けられている悪魔使いの傍へと歩み寄る。

 

四大魔王(カウントフォー)の一柱、”赫々たるモロク”は、ネツァクの地を治めている。

ティフェレトを統べる”魔帝・ムンドゥス”とは、旧知の間柄であり、互いに同盟を結んでいた。

 

「スパーダ・・・・と言えば、君も流石に分かるかな? 」

「・・・・・・。」

 

乱暴に髪を掴まれ、上に向かされる。

普段、顔を覆っている呪術帯は、顎の下まで降ろされており、中性的な美貌が露わになっていた。

 

「奴の愛弟子の一人、ソロモン72柱の魔神、堕天使・レラジェが、反抗分子を纏めて組織化した。 他愛もない小者共だが、中々どうして、これが結構手を焼かされる。」

「俺にどうしろと言うんだ・・・? 」

 

捕らえて拷問するかと思えば、どうやらその気は無いらしい。

それよりも、もっと別の問題をこの魔王は抱え込んでいた。

 

「私と番契約を交して欲しい・・・・君の持っている”アモン”の力を是非、私に貸して欲しいんだ。」

「生憎だが、俺の本番は別にいる。ソイツをアンタが納得させるなら、考えてやっても良いぜ? 」

 

予想通りの言葉に、ライドウは皮肉な笑みを口元へと貼り付かせた。

そんな悪魔使いに対し、魔王は深い溜息を一つ零す。

 

「塚原卜伝か・・・・・あの化け物と関わる程、私は愚かじゃない・・・それに・・・。」

 

モロクの手が、ライドウの着ているシャツの胸元を強引に開く。

留めていたボタンが弾け飛び、その下にある鍛え上げられた厚い胸板が露わになった。

 

「奴を通さずとも、番契約を強制的に解除させる術ならある。」

 

男の指先が、無遠慮にライドウの胸板をまさぐる。

嫌悪感に美しい相貌を歪める悪魔使い。

胸元をまさぐっていた、クラウド市長の指先が翠色(すいしょく)に光り始める。

 

「・・・・・”オシリスの血判状”か・・・・。」

 

対象者の心臓を抉りだし、不死者へと変える禁術。

確かに、契約者が死亡すれば、番契約は白紙に戻る。

モロクは、ライドウを不死者(アンデット)に変える事で、半ば強制的に卜伝との番契約を解除させるつもりなのだ。

 

「安心しろ、私は卜伝の様な外道とは違う。 君を大事に慈しんであげるよ。」

 

余りの愉悦に、クラウド市長の整った容姿が、悪魔本来のソレへと醜く歪む。

 

悪魔である自分ですらも、目の前の悪魔使いは美しいと感じる。

かつてイェソドの地を統べていた”反逆皇・ユリゼン”が、この悪魔使いに異常なまでの執着心を持ったのが痛い程分かる。

力づくで捻じ伏せ、想いの丈の欲望を吐きだしたい。

 

「お・・・・俺を死人にしたら、骸の野郎が黙っちゃいないぞ? 」

「フフッ・・・・あの”人喰い龍”の名前を出せば、私が怯むと思っているのかね? 」

 

淡く翠色に光る指先が、新雪の如く白い肌を焦がす。

皮膚を焼かれる激痛に、悪魔使いの額から汗が一筋流れ落ちた。

 

「強がるなよ? 内心、奴にビビッているんだろ? 」

 

魔界の権力者共が、現世侵攻を中々行わない理由に、骸の存在が挙げられる。

現在、人間界は、魔導士ギルドと呼ばれるオーガニゼーションによって日々、悪魔の脅威から護られていた。

日本の超国家機関『クズノハ』も、勿論、ギルドに加盟し、多大なる貢献をしている。

帝国議事堂の地下に住む魔人は、その巨大組織を設立した一人だ。

唯一神にも等しい力を持つ化け物を、悪魔(デーモン)達も恐れている。

 

「フン、確かに奴の存在は、我々にとって目の上のたん瘤に等しい、が、今は、奴と同等の力を持つ協力者がいるのだよ。」

「協力者? 出鱈目言うんじゃねぇ。」

「出鱈目ではない・・・・その証拠に、この土地は彼等が我々に提供した餌場だ。此処以外にも幾つかあるがね? 」

 

立場が優位な為か、魔王の口は紙より軽くなっていた。

普段の冷静沈着なこの魔王なら、話さない事柄でもべらべらと平気で唄う。

後もう一押しで、奴等のパトロンの正体が分かると思われた刹那。

オフィスの分厚い壁が、真四角に切り取られた。

 

何事だと魔王が反応するより早く、翠色に光る右腕が綺麗に切断される。

不可視の刃は、周囲にいる鎧の悪魔達を、次々と細切れに変えていた。

 

「無事か! ライドウ! 」

 

銀色の閃光が、室内へと乱入し、椅子に縛り付けられている悪魔使いを解放する。

斬り落とされた右腕を抑え、後方へと大きく跳躍するクラウド市長。

神器(デウスオブマキナ)『バルムング』を手に、ヴァチカン13機関、第一席”竜殺し(ジークフリード)”こと、ジョン・マクスゥエルが、ライドウを抱き起していた。

 

「助けるタイミングが早すぎるぞ、ジョン。」

 

後一押しの所を邪魔され、悪魔使いが、非難の色を多分に含んだ隻眼で、鋭くパートナーの男を睨む。

 

「馬鹿を言え! あのまま見過ごしていたら、君が死人にされていたんだぞ!?」

 

しかし、銀髪の美丈夫も負けてはいない。

腕の中にいる少女の如く華奢な肢体をした悪魔使いを、睨みつけていた。

 

「ちっ・・・・・”龍殺し(ジークフリード)”か・・・・。」

 

片腕を失った魔王が、忌々し気に舌打ちする。

使い魔達に命じ、悪魔使いの代理番である”龍殺し”の行方を探らせていたが、まさかこのビルに潜んでいるとは思わなかった。

隠遁の術で、気配を消し、相棒を餌に見事、本命である自分達を釣り上げた。

人間とは、何処まで姑息な手段を弄するのか。

 

「どうやら此処までか・・・・や無負えん。」

 

片腕を切断されたにも拘わらず、魔王の表情に一切の苦痛の色は無かった。

彼にとって、この肉体は、あくまで入れ物の一つに過ぎない。

それよりも、潤沢な餌を定期的に捕る事が出来た、この餌場を捨てるのが惜しかった。

 

暫しの間、瞑目し、閉じていた双眸を開く。

悪魔特有の黄金の瞳。

視聴の身体が、まるでバルーンの如く膨れ上がり、肉体を突き破って、無数の触手が現れた。

 

 

perspective Dante

 

頬に感じる冷たい床の感触に、トニーは目を覚ました。

未だ微睡の中なのか、視界がぼんやりとしている。

どうやら、此処は何処かの病院らしい。

手術が行われるオペ室の冷たいリノリウムの床に、Tシャツと薄汚れたジーンズを履いたトニーが、両腕を後ろ手に縛られ、無造作に転がされていた。

 

炯々と光る無影灯。

その下にある処置台の前に、銀髪の少年に背を向ける形で、初老の男が立っていた。

 

「気が付いたのかね? 」

 

何かの作業に没頭しているらしい。

後ろを振り向こうともせず、初老の医師は、床に寝転がる銀髪の少年へと声を掛ける。

びしゃり、と血が飛び散り、リノリウムの床を真っ赤に汚す。

 

「へ・・・・・ヘルガさん。」

 

トニーが驚いたのは、その老医師よりも傍らに立つ50代後半らしき滅菌服に身を包んだ女性であった。

キャップとマスクを被っているが、唯一覗く双眸を見れば分かる。

アーネストの母であり、自分を養子としてヘルガ家に迎え入れた女当主だ。

 

「あら? もう、麻酔が切れてしまったの? 」

 

血塗れの膿盆を作業台に置き、ヘルガ当主が唯一覗く双眸を細める。

 

夕餉に出されたシチューに混ぜた睡眠薬は、朝まで効く様に分量を計算している。

恐らく、薬に対して、多少の免疫があるらしい。

 

「な・・・・・・何で? 」

 

余りにもショッキングな出来事に、トニーはすっかり怯えていた。

自分は、何時も通り、牧場の仕事を終え、夕飯を食べて、塒(ねぐら)である物置小屋で就寝していた筈であった。

 

激しく揺れる双眸が、処置台の上に置かれたモノを凝視する。

内臓や眼球を綺麗に切除された同年代らしき少年の遺体が、その上に乗っていた。

 

「子供の臓器は、高値で売れる。 オマケに純度の高いマグネタイトも抽出できるしな。」

 

老医師は、処置台に備え付けられた吸入瓶を取り外す。

中には、血の様に真っ赤なゲル状の液体が溜まっていた。

 

「見ろ、この美しい色を・・・・大人の様な薄汚れたマグネタイトとは比べ物にならん。」

 

目を細め、手の中に納まるぐらいの大きさをした硝子の瓶を振る。

 

純度が高いマグネタイトは、闇市場で高く値がつく。

幼ければ幼い程、マグネタイトの光は美しく、上位悪魔ですら、その輝きに魅了される。

 

「アイラ、すまんが手伝ってくれ。」

 

解体が終了した遺体を死体袋に捨て、老医師がリノリウムの床に転がるトニーへと近寄る。

次は、自分の番なのだと察した少年の表情が、恐怖で引き攣った。

 

「や、止めて! 助けて! 若先生!! 」

 

意識が戻ったとはいえ、薬の効果が全て切れた訳ではない。

手足が痺れ、思う様に動かない。

 

何故? どうして? M16(秘密情報部)の包囲網を掻い潜り、漸く国境を越えて、此処まで辿り着いたのに。

大好きなナナシと漸く巡り会えたのに・・・・こんな残酷な仕打ちあんまりではないか。

 

「アーネストに助けを求めても無駄よ? あの子にも、貴方と同じ薬を飲ませているから。」

「え・・・・・? 」

「ああっ、自分がいなくなってあの子が心配すると思っているのね? それなら大丈夫、また記憶を書き換えれば良いだけだから。」

 

必死に、愛息子に助けを求める少年に、女当主は冷酷な微笑を浮かべる。

 

曰く、実子、アーネストは自分達の行いを何も知らない事。

トニーの様に、身寄りが無い子供を何人も養子として引き取り、自分達が崇める神の供物にしていた事。

屋敷の使用人達も、悪魔崇拝の同志である事を、幼子に絵本を読んで聞かせる様に、当主- アイラは楽しそうに語ってみせた。

 

「無駄話はそれぐらいにして、いい加減作業を手伝ってくれ。 明日までに全てを終わらせてしまわんと、あの方がお怒りになる。」

 

華奢な少年の身体を軽々と肩へと担ぎ、アイラの夫、マイロは乱暴にトニーを作業台の上へと乗せた。

 

彼等の主君は、今夜だけに限り、大量の生贄を欲しがっている。

これからも続く街の繁栄には、主君-”赫々たるモロク”の力が必要だ。

主君の底知れぬ飢えを満たす為には、多くのマグネタイトを献上しなければならない。

その為に、自分は病死として表舞台から引き、裏方作業に徹する事にしたのだ。

 

処置台の上に乗せられた少年を、夫婦が手際よく拘束具で仰向けに固定する。

余りの恐怖で、トニーの顔色が真っ白になっていた。

揺れる瞳孔が、頭上で照らされる無影灯の光を凝視する。

 

嫌だ・・・・・。

死にたくない・・・・。

死にたくない・・・・誰か・・・・父さん・・・母さん・・・ナナシ。

 

『力が欲しいか・・・・・? 』

 

余りの絶望で、視界が暗く閉ざされ様としたその刹那、トニー・・・ダンテの脳裏に聞いた事も無い声が響き渡った。

 

『力が欲しければ、我が名を呼べ・・・・主よ。』

 

「リベリオン!! 」

 

ダンテは、何者かの声に命じられるまま、腹腔の奥底から声を絞り出す。

何故、その名前が出たのかは分からない。

遠い幼き記憶が、その名を覚えていたのかもしれない。

でも、今は、そんな些末な事どうでも良かった。

誰でも良い・・・・神でも悪魔でも何でも構わないから、この悪夢から助け出して欲しい。

 

ダンテの叫び声と共に、その華奢な肢体が眩い光を放つ。

突然の出来事に、全く対処出来ず、少年から目を背ける老夫婦。

次の瞬間、凄まじい激痛が、老医師を襲った。

 

「ぐわぁあああっ!! 」

 

斬り落とされる己の腕。

鮮血が噴き出し、処置台と床を真っ赤に汚す。

驚倒する二人の視界に、身の丈を超える大剣を持つ、銀髪の少年の姿が映った。

 

 

perspective others

 

 

モーリスアイランド市立図書館。

悪魔崇拝者達が、秘密裏に『サバト(夜宴)』として使用していた地下室は、見るも無残な血の海へと変わっていた。

 

「もー、何で全員殺しちゃうのさ。 ”協力者”に関する有益な情報を持っていたかもしれないだろ? 」

 

目の前にうつ伏せで倒れる保安官の死骸を見下ろしつつ、瓶底眼鏡の神父が盛大に溜息を吐く。

 

「コイツ等は下っ端だ。 大した情報は持っちゃいない。」

 

元SAS(Special Air Service)出身のCSI(超常現象管轄局)捜査官が、死体に刺さったスローイングナイフを引き抜く。

禿頭の捜査官-ジェイソン・タイラーは、室内に転がる悪魔崇拝者達の死体を処理する様、数名の部下達に指示を出した。

 

「それに、俺達の目的は悪魔討伐で、下っ端共をしょっ引く事じゃない。 そういう仕事は州警察の役目だ。」

 

漆黒のタクティカルベストを着た捜査官は、鋭い視線を瓶底眼鏡の神父へと向ける。

彼と同様の装備をしたヘルメットを被った部下達が、テキパキと死体処理や、室内に設置してあるPC内のデータをUSBにコピーしていた。

 

「悪魔討伐ねぇ・・・・・。」

 

確かに、彼等の出動要請をしたのは流自身だ。

 

この小さな田舎町-モーリスアイランドが、悪魔の巣窟になっている事を逸早く気づいたのが、誰あろう流自身であった。

彼は、街に着いた早々、CSI・NY支部に内密に連絡を取り、状況を報告。

支部長のケビンを説得し、彼の補佐官であるタイラーを自分達がいる現地に送り込む様頼んだ。

 

手際よく死体を処理していく鑑識班を眺めつつ、流が大きな欠伸をしたその時であった。

突然、地下の祭儀場を大きな地震が襲う。

その場にいた誰もが驚き、作業する手が一旦止まる。

 

「何事だ? 」

「大物が餌に喰いついてくれたみたい。」

 

部下達に、一時作業を中止し、屋外へと避難しろと指示を出しているタイラーの傍らで、瓶底眼鏡の神父が、呑気にスマホ画面を弄る。

エネミーソナーが内臓された携帯機の画面には、街の中央にある建物を赤い光点が指示(さししめ)していた。

 

 

4階建てのビルを突き破り、醜悪な肉の塊が闇夜に向かって、咆哮を上げる。

肉の表面には、無数の悪魔達が取り込まれており、中には人間らしき肉塊も混じっていた。

 

「無事か? ライドウ。」

「ああ、何とかな。」

 

逸早く市役所から逃れたライドウ達は、移動魔法(トラポート)を使い、向かい側の建物へと瞬間移動していた。

 

焼かれた胸の痛みに、苦痛の表情を浮かべるライドウ。

しかし、休んでいる暇は何処にも無い。

あの肉塊をどうにかしなければ、街全体が奴に喰われてしまう。

 

「アモンを召喚するぞ? ジョン。」

 

気丈にも立ち上がり、首元にたわんでいる深紅の呪術帯を鼻頭まで引き上げる。

 

「アモンを? その身体では無理だ。」

 

胸に負った傷はかなり深い。

治療もせず、最上級悪魔(グレーターデーモン)を喚び出す等、正気の沙汰とは思えない。

 

「この程度の傷、大した事は無い。」

「しかし・・・・。」

「この街にいる大半の市民達は、何も知らない普通の人間だ。 彼等を犠牲にする事は出来ない。」

 

胸の肉を抉られ、血を流しているにも拘わらず、唯一覗く隻眼は、力強く、確固たる使命に満たされている。

力無き者達の牙になる。

それが、狩人(ハンター)である彼等の責務だ。

ジョンもその事は、十二分に理解していた。

 

「分かった・・・・・だが、私の許可なく勝手に死ぬ事は許さんからな? 」

 

一見、理不尽とも取れる言葉。

だが、ジョンは本気だった。

どんな手を使ってでも、この儚く強い悪魔使いを護り通す。

強い使命を帯びた蒼い双眸が、そう無言で告げていた。

 

 

 

屋敷から少し離れた深い森の中。

身の丈以上もある大剣『リベリオン』を両手に抱え、銀髪の少年‐ ダンテがあてどなく彷徨っていた。

全身、ヘルガ夫婦の返り血で真っ赤に汚している。

 

無我夢中だった。

あの時と同じ様に剣を振るった。

気が付くと、オペ室は血の海になっていた。

命の火が消えた二つの肉の塊が、リノリウムの床に転がっている。

両手に残る肉を裂く感触に、ダンテはその場で吐いた。

 

息を切らし、欅の木に手を付く。

全身から噴き出る汗で、シャツと下着がぐっしょりと濡れていた。

ジクジクと脚の裏から痛みが走る。

見ると、素足のまま屋敷から逃げ出した為、傷だらけになっていた。

 

「に・・・・・逃げなきゃ・・・・アイツ等が来る・・・。」

 

アイツ等とは、勿論、イギリスの秘密情報部(M16)だ。

彼等は、大変耳が良い。

きっと今回の件をすぐさま嗅ぎ付け、自分を捕まえに来るだろう。

そうなる前に、出来るだけ此処から遠い場所に移動した方が良い。

 

一つ大きく息を吸い、粗い呼吸を整える。

 

大丈夫・・・・自分はまだ大丈夫・・・・・。

 

そう、何度も言い聞かせ、一歩踏み出そうとしたその時であった。

どーんという何か爆発する大きな音と共に、地面が激しく揺れる。

見ると、街の丁度中央辺りに巨大なオブジェが、突如として現れていた。

 

「な・・・・・何だよ? アレ・・・・。」

 

ブヨブヨと蠢き、更に体積を増していく醜悪な肉の塊。

 

ダンテは、小高い丘から、濛々と砂煙を上げながら、街を侵食していくソレを固唾を呑んで見守っていた。

魔界を統べる四人の魔王-”赫々たるモロク”が、市長であるクラウドの肉体を突き破り、僕(しもべ)である下級悪魔達や、街に住む市民達を身体に取り込み、実体化した姿であった。

勿論、ダンテにソレを知る術は無い。

只、悪夢の様な光景を放心状態で眺めているしかなかった。

 

その時、背後にある車道からクラクションの音が、少年の耳に届いた。

慌てた様子で振り返るダンテ。

その視界に、少々年季が入ったビードル車が一台停車している。

 

「何してる、坊主! 早く乗れ! 」

 

運転席の窓ガラスが開き、中から40代ぐらいの黒人男性が手招く。

闇の情報屋(ダークブローカー)のJD・モリソンだ。

 

見知らぬ人物の登場に、当初、警戒していたダンテであったが、このまま此処に立ち竦んでいては危険だ。

それに、あの悪夢の様な処置室から逃れて来た為、金など当然持ち合わせてはいない。

ぐっと唇を噛み締め、少年は黒人男性が乗るビードル車へと向かった。

 

 

perspective ????

 

 

コロラド州上院議員であるマット・スペンサーは、苦虫を千個噛み潰した様な表情で、人工的に創り出された庭園を眺めていた。

広大な庭園に植えられた幾つかの桜の木。

白い玉砂利の上には、九の字に飛び石が置かれ、庭園の半分を占める大きな池には、木製の橋が掛けられ、美しい極彩色の錦鯉達が、我が物顔で泳いでいる。

 

「どうした・・・・? 此処が気に喰わないのかね? 」

「ええ・・・・こういう日本独特の風情は、大の苦手ですな。」

 

庭園に設えられた巨大な東屋。

そこから眺められる美しい庭園に視線を向けながら、見事に鍛え上げられた逞しい体躯を誇る上院議員は、吐き捨てる様に言った。

一方、真向かいに座る病的に白い肌と長い黒髪を持つ美青年は、特に気分を害した様子も無く、茶筅で手に持った椀の中にある茶を搔き回していた。

 

「フフッ・・・・力天使殿には、日本の脆弱な風情は苦手ですか。」

 

美青年- 骸は、立てた茶を上院議員へと差し出した。

それを無言で見下ろす巨漢の議員。

椀の中にある濃い緑黄色の茶が、不機嫌を隠そうともしない男の顔を映す。

 

「人の理を捨て、ヘブライ神の一人として問う・・・・貴様、一体、何を考えている? 」

 

理知的な四角いフレームの眼鏡越しに、真向かいに座る魔人へと視線を向ける。

病的に白い肌を持つ黒髪の美丈夫は、紅い唇を弧の形に描いていた。

 

「別に何も・・・・・貴方とはこれからも良い関係でいたいだけですよ? ラグエル殿。」

 

自分の椀を右手に取り、一口茶を啜る。

 

「我々は、とても貧しい・・・・貴方の様に強く、豊かな国が必要なんだ。」

「強く、豊かねぇ・・・・・ハッ、随分と持ち上げるじゃねぇか。」

 

先程までの、慇懃無礼な態度は完全に鳴りを潜め、スペンサーは、胸元のポケットから愛用の葉巻とジッポーライターを取り出す。

 

かつて、先進国としてもてはやされた日本は、完全に地に落ちている。

アジアから起こった世界的大恐慌の煽りをまともに受け、多額の負債を抱えた。

そして、突如として東京湾付近に発生した異界の穴。

今はまだ規模が小さいとはいえ、その面積は徐々に広がっている。

 

「今のまま・・・・この先も変わらぬ流れを維持したい。それは、貴方も同じ筈だ。」

「・・・・・・。」

「だが、貴方達ヘブライ神は、我々が望まぬ”革命”を起こそうとしている。」

「・・・・・ラファエル殿達の事か・・・・・言っとくが、ソレをやろうとしているのは一部のイカレた連中で、俺達が望んでいる事じゃない。」

 

スペンサー議員は、葉巻の煙を吸い込むと、天井に向かってゆっくりと吐きだす。

 

「フンっ、兄弟達は、東京湾に空いた穴を”シュバルツバース”と呼び、親父殿が我々に与えた試練だと信じ込んでいる・・・・俺に言わせれば、実に下らねぇ話だ。」

 

登っては消える煙を目で追いながら、スペンサーは、皮肉な笑みを口元に張り付けた。

 

「あの”大穴”は、金を産む鶏だ。 それ以上でもそれ以下でもない。」

 

シュバルツバースは、人類の脅威であると共に、未知の鉱物や植物、又、”エキゾチック物質”と呼ばれる新たなエネルギーをもたらしてくれた。

各国の企業は、今や”シュバルツバース”に注目し、調査隊に多額の資金を援助し、新しい産業として取り入れ様としている。

悪く言えば、人間の欲望の塊となりつつあった。

 

「オリュンポス神族にアース神族・・・・果ては、四海竜王の連中も俺の意見に賛同してくれている。」

 

そこで、一旦言葉を切り、スペンサー議員が、改めて真向かいに座る美青年を眺めた。

帝国議事堂の地下深くに住む、”人喰い龍”。

果たして彼は、何を考えているのだろうか?

 

「つまり、貴方はセラフの天使達とは、考えが違うと・・・・?」

「当たり前だ・・・・誰が、最終戦争を望む? あんな非生産的な事をして、誰が得をするってんだ? 」

 

神が統治する千年王国等、この筋骨逞しい上院議員には糞喰らえである。

”異界の大穴”は、富を生み出すモノであり、穴の規模を維持するなど、彼等神族には容易い事。

悪戯に穴を広げ、”受胎”を引き起こそう等、無意味でしかない。

 

その時、携帯電話の電子音が、二人のいる東屋内に響いた。

どうやら、大柄な体躯をしている上院議員の胸ポケットからだった。

スペンサー議員は、真向かいの美丈夫に一言だけ断りを入れると、徐に立ち上がる。

東屋の隅へと移動し、胸元から手の中に納まるぐらいに小さい携帯電話を取り出した。

 

「ああ・・・私だ・・・・何? モロクが・・・・? 」

 

通話の内容は、スペンサーにとってあまりよろしいモノでは無かったらしい。

「役立たずが・・・。」と忌々し気に吐き捨て、通話を切る。

振り返ったその双眸は、憤怒の怒りで塗り固められていた。

 

「どうかなさいましたか? 」

 

上院議員の内情をまるで見透かしたかの様に、骸の紅玉の瞳が細くなる。

今すぐにでもその細い首をへし折りたい欲求を必死に抑え、スペンサーは大きな息を一つ吐いた。

 

「すまんが、仕事で少々トラブルが起きた・・・・この埋め合わせは後日・・・と、いう事でよろしいかな? 」

「ええ・・・・此方こそ、貴重な時間を割いて頂き、申し訳ない。」

 

どうやら、無理にスペンサーを引き留めるつもりは無いらしい。

骸が、手を一振りすると、スペンサーの巨漢が跡形も無く消える。

室内に設置されている、立体受信機を切ったのだ。

 

暫し、静寂に包まれる室内。

不図、不埒(ふらち)な欠伸が美青年の背後から聞こえた。

見ると、東屋の太い柱を背に、一人の男が立っている。

金色に染めた長い髪を無造作に背後へと垂らし、丸いフレームの濃いサングラスを掛けている。

素肌の上にボアの付いた上質な毛皮のコートを羽織り、ビンテージのジーンズに革のブーツを履いていた。

 

「あんな銭ゲバ野郎が、上位天使とは・・・・世も末やなぁ。」

 

右手に持った木刀で肩を軽く叩きつつ、ニヤニヤと人の悪い笑みを口元に浮かべる。

 

「そういうな・・・・彼はまだ、神族の中では話が通じる方なんだぞ? 」

 

右手に持った越前焼の椀の縁を、繊細な左手の指先でなぞりつつ、この世で最も信頼のおける部下を窘める。

 

「話が通じる・・・? 大将、それマジで言うとるんですか? 」

「ああ・・・・少々、傲慢な所はあるが、ちゃんと引きどころは知っている。」

 

呆れる部下を尻目に、骸は椀に残った茶を飲み干した。

 

傲慢っと揶揄をしたのは、スペンサーが骸の大事な玩具を四大魔王(カウントフォー)の一柱に、供物としてくれてやろうとした事だ。

スペンサー・・・力天使・ラグエルと盟約の関係を結んでいるのは、”赫々たるモロク”だ。

奴は、前々から17代目・葛葉ライドウに目を付け、あわよくば己の支配下に置こうと考えていた。

奴の目的は、17代目が使役している魔王・アモンの強大な力。

モロクは、契約を更新する際に、ライドウを生贄に寄越せと、ラグエルに迫ったのだろう。

元々、ラグエルは骸達、天津神を下に見ている所がある。

葛葉四家当主が一人を攫った程度で、大した問題にはならないと高を括り、今回の誘拐事件を起こした。

 

「ワイは、納得出来まへんで? ああいう輩は、必ず裏切る。」

「ふふっ・・・・それは、お前の経験則か? 新右衛門。」

 

空になった椀を畳みの上に置き、東屋の入口に立つ金髪の剣士へと視線を向ける。

 

この剣士は、数え切れぬ程の戦場を渡り歩いている。

地獄の様な修羅場を経験してきたこの男の言葉は、誰よりも重い。

 

「神族っちゅうのは、醜悪で悪魔よりも愚かや・・・そんなん、アンタかて知っとるでしょうが。」

「ああ、そうだな・・・・だからこそ、彼等は人間の本質に近い。」

 

紅玉の瞳が、部下から先程まで上院議員がいた場所を眺める。

何も手の付けられていない越前焼の器が、綺麗に真っ二つに割れた。

 

 

perspective Dante

 

 

射場・流とジェイソン・タイラー率いるCSI(超常現象管轄局)の捜査員達が図書館から出ると、周囲は阿鼻叫喚の地獄絵図に変わっていた。

 

天を突く程に巨大な肉塊。

そこかしこに空いた異界の穴。

穴から這い出る下級悪魔の群れ。

 

平和な田舎町が一転、ジョヴァンニ・ダ・モデナが描いた『最後の審判』と全く同じ情景が、現実となって広がっている。

 

「うっひゃぁ~、これは酷いね。」

 

瓶底眼鏡の神父は、無意識に胸の前で十字を切る。

そんな神父の脇を駆け抜ける捜査官達。

対悪魔用の重火器を手に、散開すると地獄の穴から這い出す異形の怪物達を、次々と駆逐していく。

 

「アンタはもう一度、図書館に戻れ。あそこの地下は、対悪魔用のシェルターになってる。」

 

部隊長であるタイラーも、パルスライフルを手に前線へと向かう。

その背を慌てた様子で、流れが呼び止めた。

 

「ちょっと、此処に住んでる市民はどーすんのよ? 」

 

突然起きた悪魔によるパンデミックにより、逃げ惑う市民を横目で眺める。

何も知らない一般市民達は、成す術も無く下級悪魔に掴まり、次々と捕食されていった。

 

「知るか、俺達の目的は悪魔を駆除する事で、市民を護る事じゃない。」

 

余りな言い分を吐き捨て、心底困った様子の神父をその場に置き去り、部下達の所へと行ってしまう。

 

冷酷と言ってしまえばそれまでだが、異形の怪物を前に力の無い人間を護り通す程、彼等は器用では無い。

騒動の大元を可及的速やかに排除するのが、彼等”狩人”の役目なのだ。

流自身もその事は重々承知しているので、それ以上何も言う事はしなかった。

頭を掻き、大人しく図書館へと引き返す。

 

不図、一歩立ち止まり、”モーリスアイランド”全体を覆い隠してしまう程、巨大な肉の塊を振り返る。

ブヨブヨと、不気味に脈動する魔王の成り損ない。

その頭上に、神々しい光を放つ巨人がいた。

アモンの鎧を纏った、ジョン・マクスゥエルだ。

雄々しき二対の翼をはためかせ、光る槍を手に肉の塊を切り刻んでいく。

 

「まっ、仕方ないよね? 悪魔に頼った時点で、この街は既に終わっていたんだ。」

 

あの様子なら、後数分も掛からずケリは付くだろう。

紫色に光る法陣を展開し、そこから放たれる光弾でアモンに応戦してはいるが、それらは全て、悪魔使いが造り出す防壁によって弾かれている。

アモンの繰り出す刃によって、肉を大きく斬り裂かれ、情けない悲鳴を上げる魔王。

徐々に、戦意が失われているのが、手に取る様に分かった。

 

 

”モーリスアイランド”から、少し離れた小高い丘の車道。

魔王同士の戦いを、闇の情報屋(ダークブローカー)のJD・モリソンが、小型の双眼鏡を使って眺めていた。

 

「あれが噂のアモンか・・・・聞いた話と大分違うな? 」

 

もっと醜悪な姿をしていると思っていた。

闇夜に染まった空を飛ぶその姿は、まるで聖書に登場する大天使そのものだ。

襲い掛かる無数の触手を斬り落とし、返す刃で、肉の塊を大きく削ぎ落す。

紫色の体液を吐き出し、魔王が苦痛の雄叫びを上げていた。

 

もうすぐ決着が付くだろう。

そう判断した情報屋は、双眼鏡を畳み、コートのポケットへとねじ込む。

そして、愛用しているスマホを取り出し、何桁か番号を押した。

 

「ああ・・・・俺だよ? 神父さん。 立て込んでいるところ申し訳ないな? 」

 

数回のコール音。

通話に出た相手に、モリソンは気安く挨拶をする。

無意識に、視線が年季の入ったビートル車の後部座席に座る少年へと向けられた。

 

「アンタに頼まれた餓鬼なんだがな・・・・何処かに逃げちまったらしい・・・・一応、ヘルガ家を調べてみたんだが、もぬけの殻だった。」

 

事務的な口調で、淡々と事の経緯を報告する。

 

屋敷の使用人達は、口封じの為、何者かに殺害されていた事。

唯一生き残った息子のアーネストを、州警察に保護させた事。

地下の作業部屋で、元ヘルガ家当主、マイロとその妻、アイラの惨殺死体が見つかった事。

 

「ああ・・・良いって、餓鬼の分の調査料はいらん。 また、何かあったらよろしくな。」

 

スマホを切り、胸ポケットへと仕舞う。

運転席に乗り込むと、バックミラーに映る銀髪の少年を眺めた。

 

「安心しろ? 坊主。 此処までくればM16(秘密情報部)も手を出しては来れない。」

「・・・・・。」

「名前が無いと不便だな・・・・俺は、JD・モリソン。 しがない情報屋をしている・・坊主お前は? 」

 

後部座席で、身の丈以上もある大剣の柄を握り締め、小さく蹲る少年は、暗く淀んだ眼を、運転席に座る壮年の男へと向けた。

 

「・・・・ト・・・・ダンテ・・・。」

 

何時も使っていた”トニー”という名前を言いそうになり、銀髪の少年‐ダンテは、最愛の母・エヴァが付けてくれた本当の名前に訂正する。

 

もう、トニーという名前で無様に逃げ回る毎日は終わりだ。

これからは、ダンテと名乗り、新たな一歩を踏み出す。

 

「そうか・・・・実は、お前さんにピッタリな仕事があるんだ。 説明する前にどっかで飯でも喰うか。」

 

時刻は、既に深夜帯の2時を軽く回っている。

数時間もすれば、朝日が昇り、”モーリスアイランド”の乱痴気騒ぎも収まるだろう。

 

モリソンは、エンジンを掛けると慣れた手つきでハンドルを操作する。

情報屋の活動拠点である”レッドグレイブ市”に向けて、小型のビートル車は走り出した。

 

 

perspective others

 

 

サウスダコタ州にある私立病院。

その霊安室で、まるで死人の様に蒼白い顔をした青年が、簡易椅子に座り、項垂れていた。

疲れ切った視線が、目の前の台に置かれている二つの死体袋を眺める。

 

この袋の中には、彼の両親が、無残な姿で収まっていた。

二人共、身体をズタズタに斬り裂かれ、内臓と肋骨が露わになっている。

 

(何故・・・・・こんな事になったんだ? )

 

青年- アーネストは、大きな両掌で顔を覆い、小さな嗚咽を漏らした。

父は、病気で死んだと思っていた。

それが実は生きていて、どうやら、”モーリスアイランド”で起こっていた誘拐事件に深く関わっているらしい。

屋敷の地下で発見された、無数の子供の遺骨。

ヘルガ夫婦によって、解体された子供達の成れの果てであった。

 

 

「どうやら、彼は何も知らないみたいですね。」

 

死体安置所のドアを薄く開け、失意のどん底にいるアーネストを監視していたCSI捜査官・ジェームズ・エドワーズは、上司であるジェイソン・タイラーにそう告げた。

 

「試しに精神系専門の魔導士(マーギア)に調べさせましたが、完全に白である事が分かりました。」

「そっか・・・・・まぁ、そうだろうとは思っていたけどな。」

 

悪魔崇拝者達は、至極平凡な家庭を装い、自分の息子や娘には、本当の顔を一切教えない。

彼等は、とても警戒心が強く、そして慎重だ。

自分の家族を平然と隠れ蓑に使う。

恐らく、この哀れな青年もそうなのだろう。

 

「俺は、一旦”モーリスアイランド”に戻って事後処理をする。お前は、本部に戻って大佐に報告だ。」

「了解。」

 

上司の命令を受け、黒人の捜査官が踵を返したその時であった。

暗く長い廊下の向こうから、漆黒の長外套(ロングコート)を纏う悪魔使いが此方に歩いて来る。

目深に被ったフードの下は、真紅の呪術帯で覆われており、唯一露わになっている右の隻眼が、二人の捜査官を眺めていた。

葛葉四家当主が一人、17代目・葛葉ライドウだ。

右手首には、監視役として魔導輪”ゴルバ”が巻かれていた。

 

「久しぶりだな? タイラー少佐。」

「ああ、1年振りぐらいか? ”シュバルツバース”調査以来だな? 」

 

フードを取り払い、呪術帯を顎の下まで引き下げる悪魔使いを、タイラーは無意識に目を細めて見つめる。

 

新雪の如き白い肌に、中性的な美貌。

醜悪な怪物-”赫々たるモロク”の分身を、意図も容易く屠った超国家機関『クズノハ』最強の悪魔召喚術師。

心なしか、その表情には、若干の疲労が見える。

 

「少しだけ貴方と話がしたい。 」

 

ライドウが、タイラーの隣に立つ黒人の捜査官へと一瞥を送る。

悪魔使いの意図を察し、指示を求める様にエドワーズが、背後に立つ上司へと振り返る。

タイラーは、一つ吐息を吐きだすと、不承不承頷いた。

 

 

病院の屋上に着くと、太陽は既に真上へと昇っていた。

途轍もなく長い夜だった。

彼等にとっては、普段と何ら変わらぬ出来事であったが、何故か言い表す事が出来ぬ後味の悪さだけが残る。

 

「13機関(イスカリオテ)の坊さん連中はどうした? 」

「流は、仕事疲れでモーテルで爆睡してる・・・ジョンは、法王庁に定時連絡だ。」

 

現在、”モーリスアイランド”はUSF(アメリカ陸軍特殊部隊)によって、完全閉鎖されている。

現物質を多く取り込んでいた為か、モロクの仮初の入れ物は、未だにその醜悪な姿を晒したままであった。

アメリカ陸軍の医療研究施設から派遣された研究員達が、死骸の回収作業を行っている。

 

「顔色が大分悪いが、オタクは大丈夫なのか? 」

「未熟者が・・・・大怪我をしているにも拘わらず、あろうことかアモンを呼びおった。 自業自得だ。」

 

そう応えたのは、ライドウの右手首に装着されている魔導輪だった。

あの戦いの最中、所持している最上級悪魔(グレーターデーモン)、アモンを召喚する事に強く意を唱えたのが魔導輪のゴルバだった。

しかし、全く相手にされず、タイラーの一言で、再び不満が爆発したらしい。

 

「オマケにあの裏切者の息子を血眼になって探している。 骸様も何故こんな馬鹿者に17代目の銘を・・・。」

 

ゴルバの悪態を、ライドウが無言で黙らせる。

鋼鉄の義手に握られた魔導輪は、その下でフガフガと情けない声を上げていた。

 

「裏切者・・・・・もしかして、スパーダの事か。」

 

タイラーの脳裏に、6年前にイギリスのリヴァプールで起こった事件が蘇った。

 

かつて、四大魔王(カウントフォー)の一柱、”魔帝・ムンドゥス”の右腕であった魔界最強の剣士。

主を裏切り、その座を巡って対立したが、”赫々たるモロク”の加勢で敗北し、魔界を追われた。

人間界へと堕ち延びた魔剣士は、当時、イギリス最大の秘密結社(イルミナティ)、コーサ・コステロのボス、ザンダンス・キッドに取り入り、その幹部に収まった。

 

「確か、奴には二人息子がいたな。」

 

スパーダは、薬物中毒だった娼婦を引き取り、無事に更生させたと聞いている。

自然の成り行きで、その娼婦を愛し、二人の子供に恵まれた。

 

「ああ・・・・・名前は、バージルとダンテ、リヴァプール近郊にある養護施設に預けられていた。」

 

今、その養護施設は3年前に起こった大火事によって更地になっている。

施設職員の多くがその火事で死亡、預けられていた孤児達も、大勢、その無慈悲な炎によって焼き尽くされた。

 

「成程な・・・・んで、その双子の兄弟がM16(秘密情報部)の追手から逃れて、例の田舎町にいたと・・・・。」

「正確に言えば、弟の方だ。 」

「どっちでも同じだ。 ゴルバの言う通り、その餓鬼には関わらん方が良い。」

 

ライドウの言わんとしている事を察し、タイラーは大袈裟に肩を竦める。

 

いくら元暗部出身とはいえ、今のライドウは日本、否、世界でも名を連ねる程の大企業のCEOだ。

本人曰く、名前を貸しているだけだと言い張っているが、そんな戯言、組織に通じる筈が無い。

 

「・・・・・念の為、調べてはおくけどな。 アンタには背負っているモンが沢山あるって事だけは忘れるなよ? 」

「・・・・すまない。」

 

この元SAS少佐とは、10年以上の付き合いになる。

組織『クズノハ』に入り、暗部”八咫烏”で要人暗殺活動をしていた頃から、敵味方の関係になっていた。

互いに似たような環境に身を置いている為、ある種のシンパシーを感じているのかもしれない。

 

 

数日後、ワイオミング州にある”モーリスアイランド”市立小学校。

戒厳令が漸く解け、悪魔によるパンデミックから辛くも生き残った街の市民達は、各々の自宅に帰る事が許された。

その中に、今回の首謀者であるヘルガ家の若い当主もいた。

憔悴し、疲れ切った双眸が、かつての職場である学校の建物を見上げる。

パンデミックの影響で、学校の窓ガラスは所々破れ、まるで廃墟の様な姿へと変わり果てていた。

夢遊病者の様な足取りで、無人の建物の中へと入る。

 

正直、疲れ果てていた。

身の潔白が証明されたとはいえ、生まれ育った屋敷や牧場は全て国によって奪われ、唯一残ったのが教員免許のみ。

国は、一通りの生活だけは保障すると言ったものの、アーネストにとっては全ての私財を奪われたに等しかった。

 

何かに導かれる様にして、職員室の扉を開ける。

まるで、嵐が過ぎ去ったかの如く、かつての職場は荒らされ、酷い有様であった。

ゆっくりとした歩調で、自分の席へと歩み寄り、質素なデスクチェアへと腰を降ろす。

 

その時、彼の着ている上着から微かな振動音が伝わった。

ポケットに手を突っ込み、小刻みに揺れるスマホを取り出す。

何者かが、自分のスマホに電子メールを送って来たらしい。

慣れた手つきで操作し、送られたメールを開く。

 

「・・・・・・バアル・ハモン? 」

 

送り主は、聞いたことも無い名前の人物であった。

微かに震える指先が、添付されているソフトを開いた。

 




続かないかも。
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