ツァラトゥストラはかく語れり   作:tomoko86355

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13代目・葛葉キョウジが主役の話。
まだダンテとバージル生まれる前に起こった事件です。



Vanishing Road①

13代目・葛葉キョウジにとって、自分の人生は”イカレ”以外のナニモノでもないと思っている。

平崎市で生まれ、極々普通の少年時代を送り、17歳まで何の変哲も無く生きて来た。

人生の中で、ちょっとだけ良い方向に傾いたと感じた瞬間は、大学の推薦が決まった時だ。

幼馴染であり、ガールフレンドの秦野・久美子と違う大学になってしまうのは少しだけ寂しかったが、それは仕方のない事だと、すぐに割り切った。

例え、大学は違っても互いの家は近かったし、時間が合えば、休日にデートをした。

お互い、何事も無く、大学を卒業し、就職して、極平凡な人生を送るだろうと思っていた。

あのクソッタレな事件が起きるまでは・・・・。

 

 

矢来銀座ショッピングモール。

 

時代遅れの白いスーツと紫色のシャツ。

少々、目には優しくない黄色いネクタイを締めた20代後半辺りと思われるリーゼント頭の男は、本日何度目かになるか分からない溜息を吐きだした。

 

「溜息吐き過ぎると、その分だけ幸せが逃げるぜ? キョウジよぉ。」

「うるせぇ・・・・お前に俺の苦労なんざぁ、一ミリだって理解出来ねぇよ。」

 

頭上をグルグルと回る黒い毛並みの大鷲を、13代目・葛葉キョウジは煩そうに手で追い払った。

因みに、右腕には食材がぎっしりと詰まったスーパーのビニール袋が、握られている。

仕事上のパートナー、麗 鈴舫(レイレイホゥ)に無理矢理、買い出しに行かされている最中であった。

 

「畜生・・・・・一体、どうしてこんな事になっちまったんだぁ・・・? 」

 

自分は、普通に大学を卒業して、普通の公務員になって、それなりの給料を貰って、可愛いカミさんと二人で仲良く老後を過ごす人生だった筈だ。

それが何故、矢来銀座で探偵事務所を開き、こんな趣味の悪いスーツを着て、悪魔退治等をしなければならなくなったのか。

鬱だ・・・・。

鬱過ぎて、軽く死にたくなる。

この世の怨嗟を全て取り込んだ様な、どんよりとした双眸が、幸せそうに歩いている通行人達を眺めている。

 

「あーあ、何時ものぼやきかよ・・・・13代目・葛葉キョウジともあろう男が情けねぇ。」

 

黒い毛並みの大鷲・・・・造魔・グリフォンは、呆れた様子で溜息を零した。

 

見慣れたとはいえ、こんな姿を終始見せられては、流石に気が滅入る。

 

この男、葛葉キョウジは、日本が所有する対悪魔討伐組織- 『クズノハ』の一人であった。

葛葉四家、当主が一人という、大幹部様なのだが、当の本人にその自覚がまるで無い。

相棒であるレイの話によると、やんごとなき災厄がキョウジに降りかかり、今の状態になってしまったのだという。

 

「ううっ・・・・久美子ぉ・・・・・。」

 

街が一望出来る高台まで来たキョウジは、そこにあるベンチに腰掛けるとスーツのポケットから愛用のスマートフォンを取り出す。

待ち受け画面には、可愛らしいメッシュの帽子を被った18歳ぐらいの少女が、向日葵の様な笑顔をして映っていた。

 

「良いんだ、俺は・・・・・君が幸せであるならそれで良いんだ。」

 

双眸から涙の大粒が盛り上がり、情けなく鼻を啜る。

 

かつて愛した女性‐ 秦野・久美子は、至極普通な家庭の主婦として収まっていた。

来年、4人目の子供が生まれるのだという。

やり手商社マンの夫と何不自由の無い生活を送り、大勢の子供達に囲まれる。

 

正直羨ましい・・・・。

羨まし過ぎて呪いたくなる。

 

「もー、やっと見つけたわよ! 」

 

そんな哀愁漂うキョウジの耳に、10代半ばぐらいの少女の声が聞こえた。

見ると、漆黒の長外套にタイトミニスカート、長い黒髪と紅玉の如き真紅の瞳をした美少女が、腕組みして立っている。

その足元には、華奢な少女の体躯を遥かに凌駕する大型の黒ヒョウが、呑気に後ろ脚で自分の頭を掻いていた。

 

「レイが心配していたわよ? アンタがどっかで首を吊っているんじゃないのか?てさ。」

「・・・・・・・。」

「グリフォン! アンタもいるんなら、この馬鹿どーにかしなさいよね? 」

「ええっ? そりゃ無いですよぉ、ヘカーテ様ぁ。」

 

創造主に睨まれ、グリフォンの顔色が真っ青に変わる。

この絶世の美少女、当然、人間では無い。

ティターン神族の一人であり、裏社会では職人(ハンドヴェルガー)として相当名が知れている人物であった。

現在、止む無き事情があって、矢来銀座にある『葛葉探偵事務所』に居候していた。

 

「はぁ・・・・俺は・・・・俺は駄目な人間だ・・・・惚れた女一人、幸せにも出来ない・・・・ああ、誰か俺を殺してくれ。」

 

そんな一人と一匹を完全に無視し、キョウジは更なる鬱の世界に、どっぷりと浸かっていた。

 

この男が、こんな鬱状態になるのは毎度の事で、酷い時になると、事務所の片隅で愛読書のウィリアム・ブレイクの詩集を永遠読み耽っている事もある。

周囲に負のエネルギーを撒き散らしながら、読んでいるその姿は、あまりにも異様で、相棒であるレイの悩みの種となっていた。

 

その時、キョウジが手に持っているスマートフォンから電子音が鳴った。

画面には、マダム銀子の文字。

銀子は、組織『クズノハ』に属する召喚術師達の目付け役だ。

 

「ああ、俺だ。」

 

今迄、情けなく萎れていた男が、突然、豹変した。

何時もの仕事の顔に戻ったのだ。

テキパキと応対するその姿に、ヘカーテとグリフォンは、大分引き気味に眺めている。

 

「分かった・・・・すぐそっちに向かう。」

 

目付け役から仕事の依頼を受けたキョウジは、食材が入ったビニール袋をヘカーテに押し付けた。

 

「俺は、これから仕事の打ち合わせだ。 嬢ちゃんは、コイツを持ってレイの所に帰ってくれ。」

「ちょ、ちょっと! 何を勝手な・・・・・。」

 

文句を言いかけるが、時すでに遅し。

キョウジは、片手を振って少女の目の前から去って行ってしまう。

その後には、造魔・グリフォンがちゃっかりと従っていた。

 

「もう! 後で覚えてなさいよね! 」

 

ヘカーテの恨みの言葉は、秋風によって掻き消えた。

 

 

 

平崎市、矢来銀座にある会員制の高級バー、『クラブ・クレティシャス』。

普段は、様々なジャンルの実業家達や時には、政治家等がお忍びで遊びに来る超上流階級御用達の店である。

その場所に、時代遅れのスーツとリーゼント頭をした20代後半辺りの男が、勝手知ったる我が庭、といった態で無遠慮に店のドアを開いた。

 

「13代目ですね? お待ちしておりました。」

 

直ぐにボディーガードと分かる、がっしりとした体躯をした黒服の男が、キョウジを快く迎え入れる。

彼は、長年、マダム・銀子に使える剣士(ナイト)であった。

必要とあらば、悪魔討伐にも参加している。

 

キョウジは、マダムがいるVIPルームへと通された。

超高級な革張りのソファーには、金色に髪を染め、狐をあしらった紺色の着物を着用する美しい女性が、ウィスキーの入ったコップをマドラ―で掻き混ぜていた。

 

「意外と素直に来ましたね? 建御君。」

 

真向かいのソファーに座るキョウジの前に、ウィスキーをソーダ水で割ったグラスを差し出す。

 

この妙齢な美女(?)こそが、超国家機関『クズノハ』に所属する召喚術師達の元締め的な存在であり、自身も名の知れた悪魔召喚術師(デビルサマナー)であった。

現在は、人工島『天鳥町』にある『聖エルミン学園』の理事長も兼任している。

 

「てっきり無視されると思っていました。」

 

無表情に、出されたハイボールを一口啜るリーゼント頭の男に、マダム・銀子は朗らかな微笑を向ける。

 

「丁度、暇を弄んでいたからな・・・・それと、良い加減、本名で呼ぶのは止めてくれ。」

 

ハイボールが入ったグラスを、少々乱暴にテーブルへと置く。

中に入った大きな氷が、カランと涼やかな音色をさせた。

 

「これは失礼・・・・13代目・葛葉キョウジ殿。」

 

苦虫を100個噛み潰したかの様に、渋い顔をする男に対し、美しいオーナーは、慇懃無礼な態度で返す。

 

建御・渉(たけみ・わたる)、それがキョウジの本当の名前であった。

 

今から4年前、それまで至極普通の人生を歩んでいた建御・渉は、当時、『クズノハ』と対立関係にあった組織のエージェントに襲われ、その短い生涯を閉じた。

しかし、どういった経緯があったのか皆目見当がつかないが、何故か、13代目・葛葉キョウジの肉体を間借りする形で、現世に蘇ったのだ。

その理由は、後に仲魔となる”死神・カロン”から聞かされたが、紆余曲折を経て不本意ながらも、この肉体で悪魔狩りを続ける羽目になってしまった。

 

 

「んで? 俺にしか頼めない仕事って一体何だよ? 」

「”アンブラの魔女”を討伐して欲しいのです。」

 

マダムの言葉を聞いた途端、キョウジの眼光が鋭くなった。

 

”アンブラの魔女”とは、14世紀~16世紀に台頭してきた過激派組織である。

『混沌による支配』を美徳と掲げ、罪なき人々を襲い、大量のマグネタイトを得ていた。

事態を重く見た法王庁が、現地に『テンプル騎士団』を派遣。

壮絶な死闘の末、”アンブラの魔女”を壊滅させる事に成功した。

 

「おいおい、”アンブラの魔女”っつったら大昔に法王庁が壊滅させた犯罪組織だろ? とっくの昔に解体されて、影も形も残ってねぇんじゃねぇのか? 」

 

キョウジの言う通り、ヨーロッパ一帯を恐怖のどん底に突き落とした悪魔崇拝の組織は、ヴァチカンの誇る英傑達によって滅ぼされた。

長い歴史の中に埋もれ、既に風化し、人々の記憶から忘れ去れている筈だ。

 

「それが突然現れ、あろうことかヴァチカンが管轄している教会を襲っているのです。 」

 

銀子曰く、事件の発端は、マサチューセッツ州にあるアルバニア正教会から始まった。

教会に勤めていた神父とシスター数名が惨殺。

ヴァチカン市国に対する見せしめとして、無残な亡骸が発見された。

 

「やったのがその”アンブラの魔女”なら、奴等の目的は法王庁に対する報復だろ? 俺達には、全く関係がねぇ。」

「そうとも言いきれないのですよ? ミスター・キョウジ。」

 

突然、背後から掛けられた壮年の男の声が、キョウジと銀子の間を割って入った。

振り返ると、VIPルームの出入り口に、真紅のストラを両肩に垂らした漆黒のカソックを纏った神父二名が直立不動で立っている。

真紅のストラに、二つの槌(つち)と雷の文様を見た瞬間、キョウジの眼光が鋭くなった。

 

「おっと、失礼。 我々はヴァチカン13機関(イスカリオテ)から派遣された異端審問官です。」

 

白髪を綺麗に背後へと撫でつけた60代半ばぐらいの男は、恭しくキョウジと銀子二人に一礼する。

 

この男の名は、ウィリアム・グリッグズ。

異端審問官、第5席、『プロフェッサー』のコード・ネームを持つ。

その隣に立つスペイン系の若い男は、名をリブ・ナイン。

異端審問官、第6席に位置し、コードネームは『人形使い(プッペンスピーラー)』という。

 

「遠路遥々、遠い異国の地から、こんな辛気臭い島国までご苦労なこって。」

「キョウジ・・・・。」

 

嫌味たっぷりなリーゼント頭の男を、マダムがやんわりと窘める。

 

「良いんですよ、マダム。 我々、異端審問官は兎角嫌われ易い。」

 

女主人に促され、ウィリアムとナインは、キョウジの真向かいの席へと腰を降ろす。

処世術に長けたウィリアムと違い、パートナーであるスペイン系の若者は、あまり感情を表に出す質では無いらしい。

終始無言で、ソファーに踏ん反り返るキョウジを眺めている。

 

今回の依頼主であるウィリアムは、事件の大まかな概要を語り始めた。

ヨーロッパ中世末、”アンブラの魔女”なる女性の魔導士(マーギア)のみで構成された秘密組織(イルミナティ)が台頭していた事。

史実通り、人々を欺き、下劣な手段で大量のマグネタイトを吸い上げていた事。

法王庁からテンプル騎士団が派遣され、大規模な魔女狩りが決行された事。

 

「実は、その魔女狩りには続きがありましてね? 生き残った数名の術師が、この日本に堕ち延びていたのです。」

「・・・・・。」

「当時、法王庁と”クズノハ”が対立関係にあった事は、貴方達もご存知ですよね? 」

 

この白髪の男が言う通り、今でこそ同盟関係を結ぶ同志であるが、ヴァチカンとクズノハは、血で血を洗う抗争を続けていた。

第二次世界大戦後、日本が敗退してからは、組織『クズノハ』も多大なる被害を受け、それまで敵対関係にあったヴァチカンと、形だけの同盟を結ぶに至った。

 

「それで? 俺とその魔女さんとどんな関係があるんだ。」

「正確に言えば、初代葛葉キョウジ殿ですな・・・・彼の方が、我々の密命を受け、魔女共を討伐したのです。」

 

ウィリアムの放った驚愕の事実に、リーゼント頭の男は押し黙る。

 

一体どんな理由で、初代が敵対関係にあったヴァチカンの依頼を受けたのかは知らない。

だが、もしそれが事実ならば、その末裔であるキョウジは、十分、彼女達の標的に成り得る。

 

「アホらし、付き合っていられるかよ。」

 

グラスに残ったハイボールを一息に飲み干し、キョウジは苛立ちを露わに立ち上がる。

 

”アンブラの魔女”が滅びたのは、数百年以上も昔だ。

そんなカビの生えた眉唾等、誰が信じるというのだ?

 

「待ちなさい! 13代目! 」

 

VIPルームを出て行こうとするリーゼント頭の男を、女主人が慌てた様子で呼び止めた。

 

いくらかつては敵同士であったとはいえ、ヴァチカンは自分達”クズノハ”にとって、大事な『取引相手』だ。

上客に対し、不義理を行う等、決してあってはならない。

しかし、キョウジにとってそんな些末な事どうでも良かった。

ヴァチカン、否、異端審問官共は、ブロッコリーの次に大嫌いな奴等だ。

そんな奴等の依頼等、最初から受けるつもりなど無い。

 

「13代目、 我々が此処に来たのは君を彼女達から護る為だ。」

 

分厚いVIPルームのドアを開けようとしているキョウジの背に、ウィリアムの皮肉な言葉が掛けられる。

憮然とした表情で振り返るリーゼント頭の召喚術師。

背を向けたまま、白髪の男は一枚の写真を差し出す。

 

「この女の名前は、セレッサ。”闇と暴虐の淑女”マダムバタフライと契約しているダーク・サマナーだ。 」

 

望遠レンズで撮影したモノだろう。

その写真には、長い黒髪を頭の上でアップに結い上げた美女が映っていた。

 

「”アンブラの魔女”の生き残りで、私の大事な同志達を大勢殺している。」

「・・・・・。」

「魔女は、蛇の如く執念深く、そして目的達成の為ならば、如何な犠牲とて厭わない。 その女は、必ず君の命を狙って来るだろう。」

 

白髪の神父が、肩越しに見せる写真を、キョウジは只、無言で眺める。

 

つまり、この二人の異端審問官殿は、矢来銀座の片隅で、しがない探偵業をしているオッサンを助けに来たのだ。

実に有難い。

有難過ぎて涙が出そうだ。

 

「坊さん、アンタに一言だけ言っといてやるぜ? 俺は、”葛葉キョウジ”じゃない。」

 

だから、此方も懇切丁寧に説明してやる。

自分は、13代目・葛葉キョウジではない。

金の為ならば、どんな冷酷な事でも平然とやってのける外道とは違うのだ。

 

 

 

 

憤懣やるかたないまま、超高級クラブから出たリーゼント頭の探偵を、黒い毛並みをした大鷲が待っていた。

店の前で、ボディーガードの屈強な男に、「悪魔の入店はお断り」と閉め出しを喰らってしまったのだ。

 

「おう、キョウジ、久々の海外出張が決まったかぁ? 」

 

馴れ馴れしく、男の頭上を飛び回る大鷲。

そんな図々しい鷲型の造魔を、キョウジが煩そうに手で追い払う。

 

「断った。 気分が悪いから、しらいしの叔母ちゃんの所で飲み直しだ。」

「はぁ!? 何言ってんだよぉ、組織直々の依頼だろうが? 」

 

内心、海外旅行が出来ると喜んでいたグリフォンは、キョウジの信じられない言葉に、素っ頓狂な声を上げる。

 

「ヴァチカンの糞みたいな仕事だ。 それに『クズノハ』(ウチ)なら、俺より優秀な召喚術師は、ごまんといるだろ? 」

 

前述した通り、キョウジは大の異端審問官嫌いだ。

仕事を何度か邪魔された挙句、反吐が出そうな場面をこれでもかと奴等に見せられた。

あんな選民思想のイカレ連中に、自ら関わろうなど思う筈が無い。

 

頭上でギャーギャーと煩く騒ぐ馬鹿鳥に辟易しつつ、馴染みのラーメン店へと向かうべく近道である路地裏へと一歩入り込んだその時であった。

アスファルトの道路を歩むキョウジの脚が、ピタリと止まる。

見ると、目の前に見事なプロポーションをした黒いボディースーツを纏った美女が立っていた。

背を街灯に照らされ、影で容姿が隠されている。

しかし、一流モデル顔負けの見事な肉体から、かなりの上玉である事が伺い知れた。

 

「失礼? 一つだけ確認させて欲しいんだけど。」

「・・・・・・・。」

「貴方・・・ミスター・キョウジ? 」

 

ゆっくりとした歩調で歩み寄る女。

月明かりが、女の容姿を映し出す。

人形の如く整った相貌に、一流モデルが脱帽してしまう程のプロポーション。

黒いフレームの眼鏡に、口元のほくろ。

間違いない。

ウィリアムが見せた写真の女だ。

 

「ああ、一応そうなっているみたいだな? 」

 

胸ポケットから、愛用の煙草とジッポーライターを取り出し、一本口に咥える。

少々、年季が入ったジッポーライターで火を点け、煙草の煙を吸い込んだ。

 

「一応? おかしな例えをするのね? 」

「この身体は借りモンなんだ・・・・好きで借りた訳でもねぇけどな。」

 

煙草の煙を夕闇に向かって吐き出す。

そんなリーゼント頭の探偵を、黒縁眼鏡の女は、形の良い顎に細い指先を当て、思案気に眺める。

刹那、二人の背に殺気が走り抜けた。

女の背後にあるビルの壁が、水泡の様に盛り上がる。

ブヨブヨとアメーバ状だったソレは、鋭い槍を持つ機械仕掛けの人形へと姿を変えた。

 

「キョウジ! 」

 

探偵の頭上を飛ぶ、漆黒の大鷲が鋭い声を放つ。

しかし、当の探偵は動じない。

それは真向かいで対峙する魔女も同じであった。

互いに視線を重ね合わせたまま、ピクリとも動かない。

 

「どうやら、邪魔者が来ちゃったみたい・・・・貴方にお任せしても良いかしら。」

「ああ・・・・此処じゃ何だし、矢来銀座にある俺の事務所でゆっくり話そう。」

 

上着のポケットに手を突っ込み、キョウジが黒髪の女の傍らへと歩み寄る。

そして、裏に電話番号とメールが書かれた名刺を女に渡した。

大鷲に向けて指をパチリと鳴らす。

どうやら、元の魔具(デビルアーツ)の姿に戻れという命令らしい。

探偵から渡された名刺を胸元へと仕舞う黒縁眼鏡の女を一瞥し、大鷲は諦めた様に一つ溜息を零すと、命令通り魔具の姿へと変わった。

キョウジの右手に、身の丈程もある大剣が握られる。

紫電の蛇が刀身に纏いつく両刃の大剣。

それを肩に担ぎ、異形の魔物共と対峙するリーゼント頭の探偵。

 

黒髪の魔女が、微笑を口元へと浮かべ、大きく跳躍。

その後を追い掛ける異形の怪物達。

しかし、彼等の凶刃が女を捕らえる事は叶わなかった。

不可視の刃によって、次々と細切れの肉片へと変えられていく。

キョウジの放つ光速剣が、魔物の群れを斬り刻んだのだ。

 

「悪いな・・・此処から先は通行止めだ。」

 

吸い込んでいた煙草の煙を、大きく吐き出す。

それが死闘の合図となった。

 

 

 

麗鈴舫(レイレイホゥ)にとって、今日ほど最悪な日は無いと思った。

原因は、来客用のソファーに座る一人の修道女であった。

目の覚める様な純白の修道服を纏い、人形の如く整った容姿に、黒縁眼鏡を掛けている。

一目で、キョウジ好みの女だと分かった。

理由は、その豊満なバストだ。

 

「昨日は、面倒事を押し付けて御免なさいね? 」

「良いさ、丁度むしゃくしゃしていたしな。」

 

探偵事務所の所長兼調査員の葛葉・キョウジは、真向かいのソファーに腰を降ろし、ジッポーライターで愛用の煙草に火を点ける。

 

昨夜、帰りが随分と遅いと思っていたが、これで合点がいった。

レイは、仏頂面を隠そうともせず、一応、依頼客の手前、熱いコーヒーの入ったカップを女の前へと置く。

 

「成程ね、昨日、この馬鹿が血の匂いをプンプンさせながら事務所(ここ)に帰って来たのは貴女が原因なのね。」

 

銀色の盆を右手に、大袈裟に溜息を零す。

 

昨夜、零時を回ろうとした時刻に、事務所の主である葛葉・キョウジは帰って来た。

その傍らには、仲魔である造魔・グリフォンも一緒であった。

二人共、むせ返る様な魔物独特の血の匂いを纏いつかせている。

その時までは、矢来区の地下水道で、悪魔と戯れていたのだろうと思っていた。

 

「おいおい、相手は大事な依頼主(クライアント)なんだぜぇ? 紅蓮の魔女さんよぉ。」

 

事務所に設えてある止まり木にいる黒毛の大鷲が、からかう様にレイを見下ろす。

そんなグリフォンを完全に無視するレイ。

因みに、このお喋りな造魔を造り出した創造主である少女は、奥の仮眠室で爆睡中である。

 

「紅蓮の魔女? もしかして、貴女が張金塗(チョウ・キント)導師のお弟子さん? 」

「師父を知っているの? 」

 

女の思いがけぬ言葉に、レイは思わず目を見張る。

 

「ええ・・・・私の師匠(マスター)が知り合いなの。」

 

女は、出されたコーヒーを一口啜る。

 

女-名をベヨネッタ・・・は、フリーの『悪魔狩人(デビルハンター)』であった。

普段は、ニューヨークを拠点に活動しており、その傍らで訳ありの死体を埋葬する仕事もしていた。

 

「それで、何で態々、日本(此処)まで来る必要があったの? 」

 

キョウジの隣に腰掛けたレイが、見事な脚線美を誇る両足を組んで、真向かいに座る修道女へと問い掛ける。

 

「彼女を・・・・・私の大事な友達を助けて欲しい。」

 

ベヨネッタは、ソファーの前に置かれているセンターテーブルの上に、緋色のクリスタルを置いた。

その中には、胎児の如く身体を丸めている銀色の髪をした女性が眠っている。

 

「彼女の名前は、ジャンヌ。 私と同じ”アンブラの魔女”よ。」

 

ある日、彼女と幼馴染であり仕事のパートナーであるジャンヌは、正体不明の何者かに襲われた。

敵の攻撃から主を身を呈して護った番は、瀕死の重傷を負った挙句、魔界へと引きずり込まれそうになったのだ。

 

「何とか魂(ソウル)だけは救済出来たけど、肝心の肉体は魔界に囚われたまま・・・早く、肉体を取り戻さないと・・・・・。」

 

彼女の大事な番は、現世から消滅する。

沈痛な面持ちで、両手の中に納まる緋色のクリスタルに視線を落とすベヨネッタ。

そんな修道女を他所に、レイは隣に座るキョウジの腕をむんずと掴み上げ、キッチンへと無理矢理連行してしまう。

 

「何だよ? 痛ぇなぁ。」

「痛ぇなぁ、じゃないわよ! アンタ、あの女が”アンブラの魔女”だって、最初から知っていたわね!? 」

 

”アンブラの魔女”の悪名は、当然、導師であるレイも周知している。

法王庁に盾突いた狂気の魔女の集団。

テンプル騎士団の英傑達によって滅ぼされた歴史上、最も凶悪な秘密結社(フリーメーソン)である。

 

「だからどうした? 依頼を受ける受けないを判断するのは、事務所所長のこの俺だ。 お前には関係が無いだろ。」

 

咥えた煙草の煙を大きく吸い込み、キッチンに備え付けられている換気扇に向かって吐き出す。

 

「大アリよ! 彼女達は法王庁の敵よ! マダムが納得する筈が無い! 」

 

現在、ヴァチカンとクズノハは、同盟関係にある。

いくらかつては、敵対関係であったとはいえ、それは大昔の事。

法王庁と昵懇の関係であるクズノハが、その敵対組織の依頼を受ければ、当然、それなりの報復を受ける事になる。

下手をすれば、再び、血みどろの抗争状態に陥る可能性すらあるのだ。

 

「だからどうした? 俺は”クズノハ”の人間じゃない。 それに、ヴァチカンの糞共と仲良くなろうなんざぁ御免だからな。」

「キョウジ・・・・。」

「俺は、何時も此処で物事を判断してる。 」

 

リーゼント頭の探偵は、右の拳で自分の胸を叩く。

それが、建御・渉という男だった。

この身体に変わる以前から、彼は常に己の中にある羅針盤に従って行動していた。

納得出来ない、理不尽な出来事には従わない。

常に前を向き、決して後ろは振り向かない。

己に恥じる生き方だけはしたくないのだ。

 

「やっぱり、貴方は師匠(マスター)が言った通り、初代とは大分考え方が違うみたいね? 」

 

キッチンの入口から聞こえる女の声に、キョウジとレイが振り返る。

そこには、純白の修道服を着る黒縁眼鏡の女が立っていた。

 

 

その老婆とキョウジにはちょっとした縁があった。

あれは、”うつろわぬ神”・イナルナ姫降臨事件が終結して数日後の事だ。

何時も通り、お目付け役であるマダム・銀子に呼びだされ、会員制の超高級クラブ『クレテイシャス』を訪れた時である。

オランダのワッデン諸島にある孤島、デュマーリ島で悪魔によるパンデミックが発生しているという報告を受けた。

国連からの依頼により『クズノハ』は、日本最凶の祟り神の一柱『イナルナ姫』を調伏した13代目・葛葉キョウジに白羽の矢を立てたのだ。

生まれて初めての海外遠征。

当然、キョウジの口から出た言葉は「ノー 」であった。

 

「まさか、あの婆さんに弟子がいたとはな? 」

 

二人乗り用の小型車、スーパーセブンのハンドルを握るキョウジが、隣に座る美女を一瞥する。

 

「マティエは、私とジャンヌの育ての親だった。 仕事に関しては厳しい人だったけれど、実の子以上に私達二人を愛してくれたわ。」

 

平らに流れていく海岸沿いの景色を眺めつつ、ベヨネッタはポツリポツリと自分達の身の上を語り始めていた。

 

彼女は、幼少時の記憶を全て失っていた。

物心ついた時から、ジャンヌと共に『守り人』であるマティエの元で、厳しい修行を受けていた。

ベヨネッタは、彼女の元で無事成人し、SS級の悪魔召喚術師として幼馴染のジャンヌと番契約を行い、悪魔狩人(デビルハンター)となった。

全ては、順風満帆に何事も無く日々が過ぎ去っていたが、ある日思いがけない事件に巻き込まれたのである。

 

「アルバニア正教会で、悪魔が暴れているという報告を受けた私達は、すぐ現場に向かった・・・・・今から考えるとアレは全て奴等が仕組んだ罠だったのかもね。」

「奴等・・・・・? 」

「”ハーメルンの賢者”・・・・ヨーロッパを中心に活動している秘密結社(イルミナティ)の一つよ。」

 

かつて、ヨーロッパの広大な大陸を二分する巨大組織があった。

それが”アンブラの魔女”と”ハーメルンの賢者”である。

両組織は、互いに協力し、又、思想の違いから時には対立しながらも、均衡を保ち続けて来た。

しかし、法王庁が所有する地上最強の騎士団- ”テンプル騎士”の介入により、両組織の力関係は大きく崩れてしまったのである。

 

「ハーメルンの賢者、首領のバルドルは、当時の教皇・・・・カリストゥス3世に取り入り、私達”アンブラの魔女”に濡れ衣を着せ、迫害し、虐殺していった・・・今も、奴等はヴァチカンの暗部として反吐が出る程汚い仕事を請け負っているわ。」

「成程な・・・・でも、一つ解せないんだが、何故そこまでして君達”アンブラの魔女”を目の敵にしたんだ? 自分達の大事な信徒を犠牲にしてまで。」

 

キョウジが、疑問に思う事は当然である。

”アンブラの魔女”は、その構成員全てが虐殺され、マティエとベヨネッタ・・・そして、彼女の番であるジャンヌの三人だけだ。

”ハーメルンの賢者”が、如何程の力を持つかは知らないが、たった三人の魔女を恐れるとは到底思えない。

 

「理由は、これよ・・・・・。」

 

純白の修道服を纏う女は、自分の胸元に光るブローチに視線を落とす。

中心に真紅の宝石が収まった、細かい装飾が施された丸いブローチ。

ベヨネッタの説明によると、この宝石の中には、時を操る龍-バハムートが封印されているのだという。

 

「葛葉四家当主の一人である貴方なら、”時空を操る魔法”がどれだけ危険で希少か分かっているわよね? 」

「ああ・・・・そういう事か。」

 

海沿いにある大きな臨海公園の駐車場に車を停め、運転席から降りる。

ベヨネッタも、助手席から降りると大きく伸びをした。

 

「もう一つ、君に質問なんだが・・・・何故、俺の所に来た? 俺・・・初代は、君達の同志を皆殺しにした外道だぜ? 」

 

これが、最も大きな疑問であった。

 

伝聞でしか知らないが、初代・葛葉キョウジは、金に汚く、報酬が良ければどんなアコギな事も眉根一つ動かす事無くやってのける下衆な人間だ。

それは、その血族たる本来の肉体の持ち主も同じで、自分や相棒であるレイを道具の様に扱っていた。

 

「事務所で言ったでしょ? マティエ(先生)が貴方を頼れって。」

「いくら育ての親だからって、馬鹿正直に婆さんの言葉を信じたのか? 」

 

お目付け役である、銀子に散々説得され、渋々引き受けたデュマーリ島での悪魔討伐。

その時の協力者、マティエは、強かで喰えない糞婆ぁであった。

どんな教えをあの老婆から受けて来たのかは知らないが、母親と同じぐらい慕っているだろう事は、彼女の言葉を聞けば分かる。

 

「最初は・・・・迷った・・・でも、今の貴方を見てマティエ(先生)は間違っていないと分かる。貴方は、信頼出来る人よ。」

 

日本(此処)まで来るのに、相当な葛藤があったのだろう。

堕ち延びた同胞達を、情け容赦無く狩り出し、殺し尽くした怨敵の末裔。

だが、この男は違うと、己の中の直感が囁く。

 

「成程・・・・なら、俺も期待に・・・・。」

「キョウジ!! 」

 

リーゼント頭の探偵の言葉を、少女特有の甲高い声が遮った。

続いて物凄い衝撃が、探偵の腰を直撃する。

見ると見事な濡れ羽色の長い黒髪をした美少女が、探偵の腰に抱き着いていた。

 

「この裏切者! 私という存在がいながら他の女に現(うつつ)を抜かすなんて、最低よ! 」

「う、裏切者ぉ? 」

 

キョウジの腰をしっかりと抱き締めているのは、ティターン神族の一柱、女神・ヘカーテだ。

紅玉の如き紅い双眸が、鋭く呆れ返るキョウジを睨みつけている。

 

「グリフォンから聞いたわよ、アンタが”アンブラの魔女”に魅入られたって。」

「みっ・・・・・!? おい、グリ公。」

 

キョウジが恨めし気に、少女から少し離れた位置で、此方の様子を眺める黒毛の大鷲へと視線を移す。

その大鷲の隣では、創造主である少女を背に乗せ、此処まで全力疾走したであろう黒ヒョウの造魔・シャドウもいた。

 

「貴女・・・・もしかして、”死の女神”? 」

 

流石は、生粋の魔女、といったところだろうか。

ベヨネッタは、一目で探偵の腰を抱き締める華奢な少女の正体を見破った。

 

「死の女神」「女魔術師の保護者」「霊の先導者」・・・・様々な呼び名を持つティターン神族の少女。

優れた職人(ハンドヴェルガー)の技術を持ち、彼女が生み出した魔具は、後世に多大なる影響を与えている。

 

「驚いたわね、まさかティターン神族の最高神の一人を仲魔にしているなんて。」

「ち、違う、仕事で偶々この嬢ちゃんを・・・・。」

「コイツは、私の奴隷、勝手な事言わないで。」

 

言い訳を言おうとしていたキョウジの言葉を、又もヘカーテが遮った。

心外だと言わんばかりの鋭い眼光で、自分達から少し離れた位置に立つ純白の修道女を睨みつけている。

と、その視線が突然、緩んだ。

何かを感じ取ったのか、キョウジから離れて、ベヨネッタの傍まで近寄る。

 

「クンクン、アンタの身体からロダンの匂いがする。」

「ああ、もしかしてコレの事? 」

 

腰に装備してあるガンホルスターから、二丁の自動拳銃を取り出す。

この大型自動拳銃は、彼女が贔屓にしている職人(ハンドヴェルガー)ロダンの最高傑作であった。

普段は、スラム街でバーを営んでおり、ベヨネッタもそこの常連客だ。

 

「そう・・・・貴女、ロダン(あの子)の友達なのね。」

 

ロダンが心血を注ぎ、作り上げた至高の逸品を目の当たりにした黒髪の少女は、途端にその口調を和らげる。

使い込まれた二丁の拳銃。

細部までメンテナンスが行き届き、大事に扱われているのが良く分かる。

 

「ロダン(あの子)の友達なら、私の家族と一緒、困っている事があるなら全力で助けるわ。」

 

無邪気に微笑む少女に、不思議と暖かな感情が流れ込んでくる。

釣られて口元に柔らかい笑みを浮かべる魔女。

そんな二人の様子を、心底困った表情で、キョウジが頭を掻いた。

 

 

 

東京湾に浮かぶ人工の島-『金神町(こんじんちょう)』

此処は、世界有数の商業都市として、独自の文化を発展させていた。

完全なコンピューターによって管理された世界。

バイオマスにより、産業資源を徹底的に制御され、そこに住む住民達は、IDの代わりにバイオチップを体内に埋め込む事を義務づけられている。

まさに近未来の姿を体現した、理想のモデル都市であった。

 

「アレが”ウロボロス”の日本支部・・・か・・・。」

 

街の中央にある超高層ビルのカフェレストラン。

仕事の商談をするサラリーマンや、昼の休憩時間を楽しむオフィスレディ、友達とのちょっとしたコーヒータイムを楽しむ小金持ちの奥方達に混じり、少々奇妙な一団がいた。

時代遅れの白いスーツと、派手な紫色のシャツを着るリーゼント頭の男と、髪を頭上でアップに結った大胆なスリットが入ったレディーススーツを着る眼鏡の美女。

そして、リーゼント頭の男の右隣りには、濡れ羽色の美しい黒髪を無造作に背に垂らした漆黒のシャツと同色のキュロットスカートを履く10代半ばぐらいの美少女だった。

 

「そう、視察と称して複合企業・”ウロボロス”のCEO、アリウス・シャーマンが来日しているわ。」

 

複合企業”ウロボロス”は、世界でもトップ3に入る程の巨大企業だ。

建設業から医療、果ては兵器産業まで、手広く事業を展開させている。

ヨーロッパを代表する秘密結社(イルミナティ)、”ハーメルンの賢者”の隠れ蓑であり、アリウスは首領であるバルドルの右腕と目される人物であった。

 

「成程ねぇ・・・んで、あそこにアルバニア正教会から強奪した”ルルイエ異本”があると・・・・。」

 

注文したコーヒーを啜りつつ、リーゼント頭の探偵- 葛葉キョウジは、巨大な複合商業施設を一瞥する。

オフィス街に立つ巨大なビルは、まるで旧約聖書、「創世記」に登場するバベルの塔を彷彿とさせた。

 

「名目上はね・・・・実際は、ヴァチカンが”ハーメルン”と結託して、”あるモノ”をこの地に喚び出そうとしている。」

「あるモノ・・・・? 」

 

黒髪の美女- ベヨネッタの言葉をキョウジの右隣りに座る”死の女神”ヘカーテがオウム返しに聞き返す。

 

「”神”若しくは、それに近い存在。」

 

目の前に置かれた陶器のカップに視線を落としつつ、ベヨネッタは今迄搔き集めて来た情報を話し始めた。

 

事の起こりは、東ヨーロッパのバルカン半島南西部にあるキリスト教の教会から始まった。

教会に勤める神父数名が殺害、そこに安置されていた経典が盗まれた。

それが、異界の扉を開く事が出来る『ルルイエ異本』である。

ベヨネッタ曰く、殺害された信徒達は、”アンブラの魔女”を陥れる為に、犠牲になったのだという。

 

「酷い・・・。」

「ま、奴等なら平気でそれぐらいやりそうだな。」

 

ヴァチカンが所有する対悪魔討伐部隊、13機関(イスカリオテ)は、かなり過激なやり方で悪魔を殲滅する。

目的達成の為ならば、平気で己の信徒を犠牲にするだろう。

 

そんな一団を、遥か遠くで眺める一つの影。

キョウジ達がいるカフェレストランの数キロ離れたテナントビルの屋上に、漆黒のカソックと真紅のストラを両肩に垂らしたスペイン系の若い男がいた。

異端審問官、第6席『人形使い(プッペンスピーラー)』ことリブ・ナインだ。

カフェレストランの監視カメラをハッキング。

そこに、キョウジ達の姿を確認したサイボーグは、上司である『プロフェッサー』に脳内に埋め込まれているマイクロマシンで無線連絡を行った。

 

『ターゲットを確認、”アンブラの魔女”と一緒にいます。』

「そうか・・・・予想通りだな。」

 

異端審問官、第5席、ウィリアム・グリッグズは、落胆した溜息を零しつつ、上質な革張りのソファーに背を預ける。

 

彼は、今、巨大複合企業・”ウロボロス”日本支社のビルの中にいた。

来客用の豪華な室内で、ウロボロスのCEO、アリウス・シャーマンと向かい合う形で座っている。

 

「何やらハプニング発生のご様子ですな? グリッグズ殿。」

 

ソファーに身を預け、渋い顔をする白髪の神父を、黒髪をオールバックに撫でつけた40代半ばぐらいの男が面白そうに眺める。

 

「うーむ、愚かにも我々に牙を向いている日本人がいましてね? もし良かったら、アリウス殿ご自慢の兵隊をお借りしたいのですが。」

「勿論、私の”商品”はとても優秀です。 是非ともその性能をご覧頂きたい。」

 

懐から愛用の葉巻を取り出し、ローテーブルに置かれたジッポーライターで火を点ける。

余程、自分の手掛ける”商品”とやらに自信があるのだろう。

そんなCEOを内心軽蔑の眼差しで眺めていたグリッグズは、右耳に装着しているインカムで部下に指示を出した。

 

 

『REV‐9 了解。』

 

主人の命令に忠実な猟犬が素直に従う。

脳内に埋め込まれているマイクロマシンを作動し、金神町のメインコンピューターにアクセス。

コードキーを入力し、この街に住む住民達に埋め込まれたマイクロチップに侵入する。

そして、悪夢の一日が始まった。

 

 

その異変に、逸早く気づいたのは黒髪の少女だった。

突然、座っていた席から立ち上がり、目を見張る。

 

「来る・・・・。」

 

その言葉と共に、店内にいた人間達が一斉に立ち上がる。

商談をしていた営業マンと、その相手。

午後の一時を楽しむ女性達。

コーヒーやスイーツを運んでいたウェイトレスやボーイまでもが、突然、動きを止め、キョウジ達がいる席へと視線を向ける。

次々に異形の怪物へと変じる客や従業員達。

背には純白の羽と頭上には輝く丸い王冠が浮遊している。

手には、血錆が浮いた槍を持っていた。

下級天使が魔へと変じた、堕天使・アフィニティだ。

 

「おいおい、冗談だろ? 」

 

退路を完全に断つ形で、周囲を取り囲まれるキョウジ達。

この唐突過ぎる出来事に、リーゼント頭の探偵が引き攣った笑みを口元に浮かべる。

 

「全く、泣けるわ。」

 

呆れた溜息を一つ零し、ベヨネッタが座っていた椅子から立ち上がる。

上着を脱ぎ捨てるとその下は、漆黒のボディースーツだった。

愛銃『スカボロウフィア』を腰のガンホルスターから抜き放ち、構える。

 

 

 

同時刻、金神町に二つの影が降り立った。

建設途中のビル屋上に立つ二人は、それぞれ漆黒の長外套(ロングコート)とフードを目深に被っている。

 

「何時見ても悪趣味なビルだな? 」

 

商業区の中心に立つウロボロス日本支社のビルを見上げ、右眼を残し、顔に真紅の呪術帯を巻く10代半ばぐらいの少年が、忌々しそうに吐き捨てる。

 

「確か、CEOが日本視察に来てるんだろ? 」

 

狼を模した仮面を付けている同年代ぐらいの少年が、腕組みをしてウロボロス日本支社のビルを一瞥した。

 

二人は、超国家機関『クズノハ』の暗部‐”八咫烏”から派遣された悪魔召喚術師とその番であった。

『八咫烏』の中でも選び抜かれたSS級のエージェント。

『十二夜叉大将』‐宮毘羅(クビラ)と毘羯羅(ビカラ)であった。

長である薬師如来の名を冠する『帝都の人喰い龍』こと、骸直々の命を受け、”アンブラの魔女”討伐に降り立ったのであった。

 

「魔女は、右斜め隣の商業ビルにいる。 さっさと済ませて帝国議事堂に帰るぞ。」

「はぁ? 13代目もいるんだぞ? そんな簡単に・・・・。」

 

呆れた様子で肩を竦める相棒を他所に、毘羯羅は鼠を模した仮面を被ると、工事中のテナントビルから飛び降りてしまう。

鋼の籠手に仕込んであるアンカーを射出。

小型のワイヤーが巻き取り、まるで宙を跳ぶ様に標的がいる商業ビルへと向かっていく。

そんな勝手極まる相棒の態度に、宮毘羅は溜息を吐きつつ、その後を追い掛けた。

 

 

二丁の巨銃、『スカボロウフェア』が火を吹く。

兇悪な鋼の弾丸が、機械仕掛けの天使達を次々に破壊。

現世に死骸を残せぬ異形の怪物達が、塵となり消えていく。

 

「此処じゃ狭すぎる! いったん屋上に逃げるぞ! 」

 

魔具(デビルアーツ)形態に変わった造魔・グリフォンで、アフィニティ数体をまとめて薙ぎ払ったキョウジが、背後に立つ魔女に言った。

 

突然の襲撃ではあったが、場数を踏んでいる探偵達にとっては、最早慣れっこであった。

異形の怪物達を次々に倒していくが、いかせん場所が狭い上に数が多すぎる。

 

「・・・・・・・っ、この人達、まだ人間としての自我が残ってる!」

 

疾風系の上位魔法、『ガルダイン』でアフィニティの身体を両断したヘカーテが、足元に転がる亡骸を見て驚愕に青ざめた。

怪物の胴体に、デスマスクの如く張り付いている人間の顔は、苦悶に歪み、血の涙を流している。

怪物に変わり果てても尚、人間の心を持っているのだ。

キョウジ達に倒され、床に転がる彼等の死骸はどれも、苦痛と哀しみで、声なき呪いの言葉を吐き続けていた。

 

「可哀想だが、こうなっちまった以上、助ける術はねぇ。」

 

余りに残虐非道な行いに、常に飄々とした態度を崩さないキョウジが、嫌悪感に顔を歪める。

斬撃で、カフェレストランの出入り口を粉砕し、ベヨネッタ達に外へと出る様、促す。

 

どんな魔術を使っているかは、皆目見当も付かないが、金神町を牛耳る”ウロボロス”は、市民達全てを異形の怪物にしていた。

キョウジ達の行く手を、かつて人間だった怪物達が塞ぐ。

壁やドアを破壊し、凶悪な鎌や斧を手に人間の顔を胸に張り付けた怪物達が雪崩れ込む。

ビルの広いフロア―内は、悪魔達で溢れかえっていた。

 

「国の悪魔討伐機関は、一体何をしているのかしら? 」

 

両手に持つ大型ハンドガンと、両足に装着された銃で、敵を粉々に粉砕しつつ、黒縁眼鏡の魔女がボヤいた。

 

ベヨネッタの言う通り、これは、未曽有の悪魔によるパンデミックだ。

普通なら、金神町の異変を察知し、すぐさま政府が悪魔討伐部隊を派遣する筈だ。

 

「残念だが、期待するだけ無駄だ。 防衛省の役人連中は、”ウロボロス”からたんまり謝礼金を貰っているだろうからな? 」

「何ですって? 」

「日本の政治家連中は、ヘタレばっかだって事だよ。」

 

リーゼント頭の探偵が、大剣を手足の如く操り、巨大な斧を持つ天使‐ビラブドの胴体を両断する。

 

秘密結社が、裏金で政府官僚を数名抱き込み、こういった実験場を造るのは、珍しい事ではない。

セルビアを中心に活動している黒手組(ブラックハンド)は、政府官僚の全てが組織の構成員だ。

アジア最大の秘密結社‐ 天智会(てんちかい)は、共和国主席が、四海竜王の一柱、広徳王が勤めている。

故に、魔導兵器開発の為に、自らが持つ国の領土を利用して幾つかの実験場を持っていた。

 

「良くそれで国として成り立つわね? 」

「骸と銀子の爺さんが、裏で上手く立ち回っているからな。」

「骸・・・・もしかして、”帝都の人喰い龍”・・・・・? 」

 

骸という名前は、闇社会に生きる者なら、誰もが知っている。

超国家機関『クズノハ』創立メンバーの一人であり、帝国議事堂の地下、数千メートルに住む魔人だ。

 

「二人共、コッチよ! 」

 

黒髪の美少女、ヘカーテが、緊急避難用の階段を指さした。

此処から屋上まで、後少し。

何とか外に出る事が出来れば、この魔物の巣窟と化した超高層ビルから脱出する事が出来る。

異形の怪物共を蹴散らし、階段を昇り終えたその時であった。

心臓を貫き通す様な殺意が、ベヨネッタとキョウジを襲う。

屋上に辿り着き、二人が同時に振り向いたその視界には、二体の怪物‐ビブラドが踊り掛かった。

咄嗟に身構える三人。

と、彼等の視界に一つの影が映り込む。

漆黒の長外套(ロングコート)を靡(なび)かせ、影は魔法の如き速さで両手に鈍色のクナイを握ると、二体の怪物の蟀谷辺りに突き刺す。

粉々に砕け散る異形の天使。

長外套を纏う影が、コンクリートの地面へと音も無く降り立つ。

 

「やべぇっ! コイツは!! 」

 

本来の姿‐ 大剣へと変わった造魔グリフォンが叫ぶのと一同の眼前に突如現れた影が消失するのは、ほぼ同時であった。

 

黒縁眼鏡の魔女の目の前で、橙色の火花が飛び散る。

見ると、魔女の眉間を狙い繰り出された斬撃を、リーゼント頭の探偵が、大剣の刀身で受け止めていた。

 

「逃げろ!ベヨネッタ! コイツの狙いはお前さんだ! 」

 

暗殺者が持つクナイの切っ先を大剣で受け止めた探偵が、背後に立つ魔女へと怒鳴る。

今迄感じた事が無い、殺意の刃に心臓を抉られ、あまりの恐怖に魔女が立ち竦む。

揺れる視界の中では、目深に被ったフードから、無感情に此方を眺める隻眼が見えた。

 

「邪魔をするな、13代目。」

 

忌々し気に舌打ちしたフードの暗殺者‐毘羯羅大将が、鋭く眼前に立ちはだかるリーゼント頭の探偵を睨む。

 

「彼女は、俺の大事な依頼人(クライアント)だ。」

「依頼人? アンタ、気でも狂ったのか? 」

 

金属同士がぶつかり合う耳障りな音を残して、暗殺者が大きく間合いから離れる。

両者、一歩も引かない様子で対峙する。

その間にも、屋上へとなだれ込む異形の怪物達。

完全に退路が断たれた。

 

「ナイトメア! 」

 

主の呼び掛けに、探偵の左わき腹に吊るされたガンホルスターに収まるGUMPが光る。

瞬く間にコンクリートの地面に描かれる法円。

巨大な前輪に骸骨のエンブレムが施された漆黒のモンスターバイクが姿を現す。

 

「早く乗るのよ! 」

 

黒髪の美少女‐死の女神・ヘカーテが、未だ動けぬベヨネッタの腕を取る。

無理矢理後部座席に座らせる少女。

運転席へと跨り、モンスターバイクのハンドルを握る。

自らが造り出した造魔の一体・”ナイトメア”を使い、死の舞台と化した屋上から脱出するつもりなのだ。

 

「待って! 彼を置き去りにするつもり!? 」

 

何の遠慮も配慮も無く、バイクを発車させようとしている華奢な少女を魔女が慌てた様子で止める。

 

「あの馬鹿なら大丈夫よ! それより今は、一刻も早く此処から脱出しないと・・・。」

 

そう、ヘカーテが言い掛けた時であった。

ドスンっという重い音と共に、爆風が容赦なく彼女達の身体を叩く。

濛々と周囲に立ち込める砂煙。

そこから、銀色に光る鎧を纏った巨大な獣が姿を現す。

相棒の魔力を借り、己が持つ神器『一国兼光』で魔鎧化した宮毘羅大将だった。

 

「ちっ、宮毘羅か・・・・お前さんが此処にいるんだから、当然、その番も来てる筈だよな。」

 

モンスターバイクの行く手に立ち塞がる鋼の巨獣を一瞥し、キョウジが舌打ちする。

 

超国家機関『クズノハ』の暗部、”八咫烏”。

そのエリート部隊である『十二夜叉大将』の中でも、宮毘羅大将と毘羯羅大将は、飛び抜けた戦闘力を持つ。

剣豪(シュヴェアトケンプファー)の中でも神器(デウスオブマキナ)の秘めたる力を引き出し、魔鎧化出来るのは至極僅かだ。

宮毘羅大将こと百地 三太夫は、数ある剣士の中でも類まれな才能を誇り、誰もが無しえぬ魔鎧化の技術を有している。

又、その番である毘羯羅大将は、膨大な魔力を有し、魔導士(マーギア)の役職を全て取得した”到達者(マスター)”の称号を得ていた。

 

「そこを退け、13代目。 今なら貴様の不貞な行いを不問にしてやる。」

「断る。 あんな良いオッパイをした女を見殺しに出来るか。」

「下郎が。」

「オッパイの良い女を粗末に扱うと罰が当たるぜ? 少年。」

 

異形の怪物達に取り囲まれながらも、軽口の応酬は止まらない。

まるで、周囲を取り囲む怪物達の存在など、最初から無かったかのような振る舞いだ。

 

これ以上、会話は不要と判断したフードの少年が、相棒に目配せする。

番の意図を察した鋼の獣が、鋭い爪を振り上げる。

標的の肉体を、その鋭い爪で、バイクごと切り刻むつもりなのだ。

そうはさせじと、黒髪の美少女がモンスターバイクのハンドルを握り、急発進させる。

しかし、大剣の刃が如く凶悪な爪が彼女達を斬り裂く事は無かった。

その爪は、魔女と少女に襲い掛かろうとした異形の魔物数体を丸ごと両断する。

予想外な事に、三太夫は、ベヨネッタ達を護ったのだ。

 

「サンタ! 」

「悪い、いくら人間じゃないと理解してても、女を殺すのは俺には無理だ。」

 

巧みな操作で、自分の足元をすり抜け、屋上から飛翔する超大型バイクを、三太夫は諦めたかの様にして見送る。

 

暗部に属していながら、百地・三太夫という男はロマンチストな一面が多々あった。

フェミニストなところがあり、例え敵と知りつつも、相手が女子供であるならば、途端に戦意を消失してしまう。

甘い・・・・・ナナシにとっては唾棄すべき感情だ。

 

 

一方、硝子張りの壁面を垂直に疾走するモンスターバイク。

 

「今の彼、私達を助けてくれたわね? 」

 

血も涙も無い、殺し屋が、本来敵である筈の自分達を救ってくれた。

理由が、全く理解出来ない魔女は、ちらりと背後を一瞥する。

その視界の中に、無数の異形な怪物達が、真っ直ぐ此方に向かっているのが見える。

 

「詮索は後! 今は何とか逃げ切るわよ! 」

 

それは、死の女神も理解しているらしい。

己が造り出した超兵器‐『ナイトメア』を操り、敵が繰り出す光弾を回避していく。

 

 

「サンタ・・・貴様・・・・・。」

 

ズシリと重い音を響かせて、自分の傍らへと降り立つ鋼の獣を、真紅の呪術帯で顔を覆った魔導士の少年が鋭く睨み付ける。

 

「そんな怒るなよ? 心配しなくても魔女は、金神町(此処)から出て行かないさ。」

「・・・・・・。」

「それに、13代目をどうにかしないと魔女を捕まえる事は出来ないだろ? 」

 

三太夫の言う通りだった。

キョウジを取り押さえなければ、このリーゼント頭の探偵は、幾度でも自分達の邪魔をするだろう。

 

宮毘羅、毘羯羅、そして数歩離れた位置で対峙する13代目・葛葉キョウジ。

その頭上や両脇を、異形の姿をした怪物達が通り抜けていく。

彼等にとっての標的は、”アンブラの魔女”只一人だ。

恐ろしい力を秘めた召喚術師二名とその番ではない。

 

「あー、無駄だと思うけど、この異常事態を見ても、あの姐ちゃんを諦める気にはなれないか? 」

 

この二人が、帝都の魔人‐骸の命令で動いているのは容易に理解出来る。

しかし、此処は超国家機関『クズノハ』がいる日本だ。

日乃本の守り人として、当然、この異様な事態を見過ごす訳にはいかない筈だ。

 

「我々は、骸様の命令で動いている。 悪魔討伐は、貴方達『クズノハ』の役目だ。」

「はぁ・・・・まぁ、そうなるわなぁ・・・。」

 

我ながら馬鹿な質問をしたと、今更ながらに後悔する。

彼等は、同じ『クズノハ』であっても、その性質はまるで違うのだ。

創立者の一人、骸の子飼いの兵隊達であり、どんな任務でも必ず完遂する。

要人暗殺、邪魔と判断すれば、一般人ですら平気で殺す。

そんな連中に、悪魔討伐を手伝えと言った所で、場違いなのは重々承知している。

 

「大人しく今回の件からは手を引け、”アンブラの魔女”討伐は、我々が請け負う。」

「何度も同じ事を言わせるなよ? 少年、あの貴重なオッパイは俺のモノだ。」

「まぁーったく、相変わらずド助兵衛だな? アンタ。」

 

何があっても、この事件から手を引くつもりは、毛頭無いらしい。

相棒の指示に従い、鋼の獣は刃の如く鋭い爪を露わにする。

コンクリートの地面を蹴り割り、リーゼント頭の探偵へと襲い掛かる三太夫。

振り下ろされる鉤爪を、キョウジが大剣で難なく受け止めた。

衝撃で、分厚いコンクリートが大きく陥没する。

リーゼント頭の双眸と鋼の魔獣の双眸が、激しくぶつかり合う。

 

「好い加減に手を引いてくれ、俺はアンタと戦いたくない。」

 

冷酷な相棒には聞こえない様に、三太夫が小声で囁く。

 

「俺も同じだ・・・・だがな?サンタ、 男には引けない事情ってもんがあるんだよ! 」

 

リーゼント頭の男が、巨大な体躯をした獣の脚を払う。

大きくバランスを崩す獣。

意図も容易く一回転した鋼の獣は、硬いコンクリートの床へと頭部を減り込ませる。

その頭にドロップキックを喰らわせる探偵。

衝撃に耐えきれず、屋上の床が崩落。

巨大な鋼の獣と共に、探偵が階下へと落下していく。

 

 

 

超高層ビルの壁面を疾走する、一台のモンスターバイク。

その後を無数の怪物達が、追い掛けている。

 

「ちっ!しつこい連中ね! 」

 

何があっても、魔女の命を奪い取りたいらしい。

大型バイクのハンドルを握る長い黒髪の美少女が、忌々し気に舌打ちする。

 

「大丈夫、貴女は運転に集中して、アイツ等は私が始末する。」

 

両手に持つ巨大なハンドガン、”スカボロウフェア”を構えた魔女が、不敵な笑みを口元へと浮かべる。

その間にも、怪物達の数は増し、完全に彼女達を取り囲む。

兇悪な顎を剥き出しに、バイクに乗る彼女達に襲い掛かる異形の群れ。

と、黒縁眼鏡の魔女が華麗に飛翔。

両手に持つハンドガンと、美しい脚線美を誇る両足に装着された銃が、同時に火を吹く。

次々に、鋼の牙によって大穴を穿たれ、四散する怪物達。

銃を使った格闘技”バレットアーツ”を駆り、ベヨネッタが宙を舞う。

 

「へぇ、やるじゃない。」

 

オリュンポス神族に匹敵する程の戦闘力だ。

軍神と謳われる、女神・パラスアテナとほぼ同等の実力だろう。

思わず感心した表情で、蝶の如く宙を舞い、怪物達を屠るベヨネッタの姿を眺める。

 

黒縁眼鏡の魔女が、再び後部座席に戻った来る頃には、あれ程いた怪物達の姿は数える程も無かった。

 

「この勢いで、ウロボロス日本支社に向かいましょ。」

「え? まさか真正面から突っ込むつもりじゃ無いでしょうね? 」

 

いくら、日本支社が目の前とはいえ、まさか何の策も練らずに敵陣に殴り込みをかけるなど、正気の沙汰とはいえない。

 

「この街は、奴等の体内と同じよ、何処にも逃げる場所なんてない。」

「・・・・・確かにその通りね。」

 

つい数分前までは、何処にでもある至極普通な日常風景であった。

それが突如として、金神町に住む人々が異形の怪物と化し、悪魔が縦横無尽に徘徊する魔の都市へと瞬く間に変貌したのだ。

無意識に唇を噛み締め、変わり果てた街の姿を一瞥する。

普通の人間等、誰一人として存在してはいないだろう。

 

この事態を収束するには、元凶であるウロボロスのCEO・アリウスを倒さねばならない。

超高速ビルの壁面を疾走していたモンスターバイクが、大きく飛翔。

地面に着地し、激しく揺れる。

常人離れした巧みなハンドル技術で、ヘカテーがウロボロス日本支社があるビルへと向かおうとする。

しかし、凄まじい爆風が二人の行く手を遮った。

何者かが、彼女達にロケットランチャーを撃ち込んだのだ。

余りの出来事に、思わずハンドルを切る死の女神。

タイヤが火花を散らし、急停車する。

 

「どうやら、一番厄介な相手が現れたわね? 」

 

二丁の『スカボロウフェア』を構え、ベヨネッタがバイクから降りる。

その数歩先には、真紅のストラを両肩に垂らした神父が、ロケットランチャーの空薬莢(やっきょう)を手に立っていた。

対戦車ロケットの空薬莢を無造作に投げ捨てる神父。

無表情なその双眸が、数メートル離れて対峙する黒縁眼鏡の魔女を見つめる。

 

「マスター、”死の女神”も一緒にいます、いかがなさいますか? 」

『ヘカーテが? 全く厄介な・・・。』

 

右耳のインカムから、主の舌打ちする音が聞こえる。

 

 

ウロボロス日本支社、最上階。

その来客用の豪奢な室内で、ウィリアム・グリッグズは思案気に綺麗に切り揃えられた顎髭に指先を当てていた。

テーブルの上には最新型のノートPCが乗っている。

その液晶画面には、リブ・ナインの視覚映像が映し出されていた。

 

「御心配には及びませんよ? グリッグズ殿。」

 

若きCEOの言葉に、真向かいに座る白髪の神父が、胡乱気にそちらに視線を向ける。

優雅に脚を組んでいるアリウスは、自信たっぷりな笑みを口元に貼り付けていた。

 

「私どもの商品は、どれも優秀です。 ”死の女神”と恐れられるティターン神族でも、十分対応出来ますよ? 」

 

大事なクライアントに、”ウロボロス”(我が社)の商品を売り込む。

流石、40代半ばで巨大企業のCEOまで上り詰めただけあり、アリウスは、ビジネスのイロハを十二分に理解していた。

 

 

 

様々な店舗が入居している複合商業ビル。

その超高層ビルの建物内では、常人では到底想像出来ぬ、凄まじい戦闘が繰り広げられていた。

 

「どうするんだよ?キョウジ、 流石に”八咫烏”を敵に回すのはヤベェんじゃねぇの? 」

 

黒毛の大鷲へと姿を変えた魔具のグリフォンが、瓦礫の影に隠れるリーゼント頭の探偵を見上げる。

 

現在、一人と一匹は、スポーツ用品を専門としている商業エリアにいた。

崩れた瓦礫の影に隠れる探偵が、自分達を探す鋼の獣の様子を伺う。

気配を完全に消している為、相手は自分達を見つける事が叶わず、相当苛々している様子であった。

と、突然、キョウジの眼前に鈍色のクナイが突き立つ。

見ると、崩れ落ちた瓦礫の山に、フードを目深に被った殺し屋が立っていた。

 

「そう簡単に俺達を出し抜けると思ったのか? 」

 

侮蔑を多分に含んだ隻眼が、リーゼント頭の探偵を見下ろす。

 

「はぁ、やっぱ、戦わないと駄目か。」

 

キョウジが、黒毛の大鷲に魔具形態に戻れと指示を出す。

主の命令通りに大振りの大剣へと姿を変えるグリフォン。

探偵が、身の丈程もある巨大な剣を右手に持つ。

 

鼠を模した仮面を被る暗殺者は、探偵の軽口に応える事はしなかった。

返事の代わりに蒼白く光る聖なる槍―”ブリューナク”を管から召喚する。

この槍は、『エリンの四至宝』の一つであり、光の神・ルーが愛用したという逸話があった。

 

移動魔法・トラポートを唱え、探偵の間合いへと瞬間移動する毘羯羅大将。

槍による無数の刺突が、探偵を襲う。

大剣の刀身で、それら全てを受け止めるが、衝撃まで防ぐ事は出来なかった。

背にしていた大きな瓦礫が破砕。

後ろに大きく吹き飛んだ探偵が、商業施設の壁へと激突する。

常人ならば、只では済まないだろう。

だが、毘羯羅大将は追撃の手を緩める真似は決してしなかった。

蒼い法陣を展開させ、そこから五大精霊魔法・”マハブフーラ”を放つ。

大の大人の胴体程もある氷の槍が、大砲の如く次々と探偵が消えたスポーツショップの一区画に撃ち込まれる。

と、突然鞭の如くしなる漆黒の槍が出現。

氷の弾丸を次々と破壊し、術者へと襲い掛かる。

それを光の槍を回転させ、鋭い漆黒の槍を防ぎつつ、毘羯羅が後方へと大きく跳躍。

濛々と砂煙が立ち込める箇所から、成人男性と同じぐらいの体躯をした黒豹を従えるリーゼント頭の探偵が姿を現す。

”死の女神”ヘカーテが創り出した魔具の一つ、”シャドウ”だ。

 

「サンタ! 」

「応!! 」

 

番の声に巨大な鋼の獣‐宮毘羅大将が応える。

刀身の如く鋭い爪を黒豹とリーゼント頭の探偵に振りかざした。

それを大剣で受け止めるキョウジ。

常人では視認不可能な高速の斬撃を、悉く撃ち落とす。

 

「どうすんだよ!?キョウジ、このままじゃ殺られちまうぞ!? 」

 

鋼の獣から繰り出される無数の刃を、大剣の刀身で受け止めつつ、魔具へと姿を変えたグリフォンが悲鳴を上げた。

 

確かにグリフォンの言う通り、此方が圧倒的に不利だ。

毘羯羅大将が放つ氷の弾丸を造魔・シャドウが防いでくれているが、それも何時までもつか分からない。

その上、相棒である宮毘羅大将の攻撃も苛烈だ。

いずれ押し切られてしまうのも、時間の問題であった。

 

「ちっ、こうなったら仕方がねぇ。奥の手を使うぞ。」

「へ? 奥の手ぇ? 」

 

予想外過ぎる主の言葉に、造魔・グリフォンが素っ頓狂な声を上げる。

そんな仲魔の様子を一切無視し、リーゼント頭の探偵が、鋭い鉤爪を大きく跳ね上げる。

思わぬ反撃に、大きく二歩・三歩と後退する宮毘羅大将。

その隙に、キョウジが身体を翻し、壁に空いた大穴から何の躊躇いも無く外界へと身を躍らせる。

 

「必殺!”戦略的撤退”!! 」

 

キョウジが述べた奥の手とは、敵前逃亡の事であった。

黒い粒子の粒となった黒豹が、主の足元へと集まる。

まるで、スケートボードの様に器用に仲魔を乗りこなしながら、キョウジは高層ビルの壁面を駆け下りて行った。

 




『偽りの王』が終了して無いのに、また浮気。
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