ツァラトゥストラはかく語れり   作:tomoko86355

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用語解説

Heart of hospitality・・・・・天鳥町の巨大ショッピングモールにある洋菓子店。
店長は、白エルフのエクレア、パティシエはワーキャットのシュガー、ウェイトレスは吸血鬼(ヴァンパイア)のショコラが勤めている。
従業員の殆どが悪魔で構成されているのが特徴。
菓子店事業部の主任は、純日本人の明智女史が任されている。



chocolate battle ★

天鳥町巨大ショッピングモールにある焼き菓子専門店『Heart of hospitality』。

店長を務めるエクレアは、休憩室で眉間にシワを寄せて悩んでいた。

理由は、テーブルに広げられている『ヴァレンタイン企画』の提案書である。

来る2月14日は、健全なる乙女にとって気になる異性の心を射止める重大な日。

勿論、各お菓子業界や専門店でも、売り上げを伸ばす大事な日でもあった。

我らが『Heart of hospitality』でも、常連客や新規のお客様獲得の為に、手作り菓子教室や様々なイベントを考えてはいる。

しかし、親会社である『H・E・C(Human electronics Company )』の菓子事業部の責任者から痛烈なダメ出しを受けてしまったのだ。

 

曰く、「これでは、お客様を満足させられない。」「ウチはそこらにあるチェーン店とは違う。」挙句の果ては、「貴女方には、愛が感じられない。」とまで言われてしまった。

これには、流石の従業員達もショックを受けてしまい、エクレア同様憔悴してしまっている。

やはり、『悪魔』である自分達では、『人間』の心を理解するのは不可能なのだろうか?

 

 

「エクレアいるか? 」

 

海より深い溜息を吐くエクレアの前に、一人の少年が現れた。

『H・E・C社』のCEOをしている17代目・葛葉ライドウだった。

左眼に不釣り合いな黒い眼帯を付ける悪魔使いは、休憩室のドアを開けると、目的の人物を見つけて朗らかに笑った。

 

「か、会長? 何故此処に? 」

 

予想外の人物の登場に、エクレアは驚いて飛び上がる様に椅子から立ち上がる。

日本を代表する巨大企業の会長が、こんな末端の店に現れるなど、普通では考えられない。

 

「ショコラとシュガーから聞いたんだ。明智君が意地悪してヴァレンタインイベントが出来ないってね。」

 

明智というのは、菓子事業部の総責任者を勤める女性の事である。

『H・E・C社』の社長、桐条・美鶴を崇拝しており、理想の上司に近づく為、日々努力を勤める女性社員であった。

 

「もう、あの子達ったら・・・・。」

 

自分の事を心配した故の行動だろうが、エクレアにとっては余計な世話であった。

便宜上、名前を貸しているだけとはいえ、仮にもライドウは、超国家機関『クズノハ』を創設した葛葉四家当主の一人である。

そんな組織の幹部を顎で使うとは、到底考えられない。

 

「あの子達を責めないでくれ、君の事を母親の様に慕っているんだ。」

 

ドアの隙間から、此方の様子を覗き見る二人の少女を横目に、ライドウは困った様子で苦笑を浮かべる。

 

この洋菓子店で働くエクレア、シュガー、ショコラの三人は、魔界から現世に亡命してきた悪魔達だ。

弱肉強食を絵に描いた様な世界である魔界は、力の強い悪魔に縋らなければ生きてはいけない。

しかし、それすら叶わぬ者達は、強者の餌食にされるか、こうやって現世に堕ち延び、術師と隷属関係を結ばなければならないのだ。

エクレア達もその例に洩れず、アジア最大の秘密結社である『天智会』に、性欲処理の道具としてとある施設に収監されていたところを、ライドウに救われた経緯がある。

 

「俺も休暇中で、暇を持て余しているんだ。良かったら、君等の仕事を手伝わせて貰えないかな? 」

「会長・・・・。」

 

ライドウは、現在、美鶴によって半ば強制的に一か月の休暇を取らされている。

危険極まりない『壁内調査』の任務の上、CEOとしての職務までこなしているのだ。

無理矢理にでも休息を取らなければ、過労死してしまう。

 

「姉御! アタイをぶん殴ってくれ! 」

 

突然、休憩所のドアを開け、赤毛を頭の頭頂部で結い上げたコックコートの少女が現れた。

『Heart of hospitality』のパティシエをしているシュガーだった。

 

「17代目に相談したのはアタイだ! だからアタイを殴ってくれ! 」

「うっー! シュガー悪くない! ショコラ悪者! 」

 

シュガーを押し退けて、丸襟シャツと赤いスカートと同色のエプロンを着る小柄な少女が現れる。

『Heart of hospitality』で給仕をしているショコラだった。

 

美少女二人組は、悪魔使いの前に立つと、上司である白エルフの女性に詰め寄った。

 

「アタイ、どうしても”ヴァレンタイン企画”を成功させたいんだよ! この企画に命懸けてんだ! 」

「うーっ! ショコラも色々企画考えた! 」

「貴女達・・・・・。」

 

連日の徹夜で目を真っ赤に腫らした二人の少女を前に、エクレアは思わずたじろいでしまう。

 

シュガーは、ヴァレンタイン・イベントに出すチョコレートを使った菓子のレシピを、ショコラは店内の清掃や飾りつけ、そして可愛い看板の制作までしている。

これだけ努力して、明智女史の一言でヴァレンタイン企画が始められないなんて、あんまりではないか。

 

「俺もこの子達の苦労を無駄にはしたくない、力になりたいんだ。」

「会長・・・・。」

 

急に目頭が熱くなり、涙が零れるのを何とか耐えると、エクレアは頷く事で、了承の意を示した。

 

 

数時間後、『聖エルミン学園』特殊学科のある地下施設。

 

「・・・・で? 何でうち等の所に来た訳? 」

 

”薬学部”部長である日下・摩津理は呆れた様子で、ライドウとそのお伴を眺める。

 

「さっき説明したろ? ヴァレンタインイベントを成功させたいって。」

「そりゃ分かったけど、うち等とエクレアさん達とは職種が明らかに違うんだけど。」

 

学校に支給されているジャージと農作業用のエプロンを着る部長は、困った様子で秀麗な眉根を寄せる。

名菓子店として有名な『Heart of hospitality』と、何処にでもある学校のクラブと類似点等まるで無い。

おまけにコッチは、『薬学部』と御大層な名前を掲げているが、実際は土弄り専門の”農作業部”だ。

これは、顧問である悪魔、トロルの指導方針で、各種薬草の効能を知る為には、実際栽培し、肌で感じる事で、より深い知識を得られるという考えであった。

 

「確かに君の言う通りではあるが、物作りの上では根っこは同じだろ? 」

 

そう言って、ライドウは温室内に設置されているコルクボードを指差す。

そこには、『薬学部』が栽培している薬用野菜を卸している販売店等の感謝の手紙が貼り付けられていた。

 

「此処では、野菜の栽培をしているのですか。」

 

感心した様子で、エクレアがボードに張り付けられている数枚の手紙を読む。

内容の殆どが、低価格で美味しい野菜や貴重な薬草茶を提供してくれてありがとうという、感謝の言葉で埋め尽くされていた。

 

「そうよ、限られた人だけだけど、ネットで個人売買もしてるんだから。」

 

天鳥町の個人経営のドラッグストアで、薬草茶や薬用野菜を卸す事を提案したのは、顧問のトロルであった。

生徒達のやる気を起こす為に始めた事だが、効果は上々といったところか。

 

「わ、私達が作った薬草茶で、喘息の発作が治まったとか、皮膚炎が良くなったと聞いて嬉しくなって・・・。」

 

余程嬉しかったのか、普段は無口な咲も顔を真っ赤にしてエクレアに説明する。

そんな少女二人を無言で眺めていたエクレアは、その時になって自分達に足りないモノを自覚する事が出来た。

 

「私・・・本当に、愚かでした・・・主任の言う通りです。」

「アタイも・・・作業効率の事ばかり考えて、大事な客の気持ちを蔑(ないがし)ろにしてた。」

「うー、ショコラも笑顔でおもてなし出来なかった。」

 

『Heart of hospitality』の企業方針は、”お客様に対する癒しの心”である。

名菓子店として名前が売れる事で、彼女達は実務を優先してしまい、肝心の客に対する『癒しの心』を忘れていたのである。

 

「くっそー!今迄の自分を鉄拳制裁してやりたいぜ! 」

「うーっ!ショコラも! 」

「今すぐ、厨房に戻って一からお客様をもてなす最高のレシピを考えないと! 」

 

何故、ライドウが『ノイシュヴァン(此処)』に自分達を連れて来た理由が良く分かった。

真心を込めた接客。

そして、精一杯の料理やデザートを振る舞う事で、日々、仕事や学業で疲弊した心を癒す。

 

「それなら、俺の厨房を貸してやる。」

 

時間が惜しいと自分達の店に帰ろうとする三人娘の背に、『薬学部』顧問であるトロルが声を掛けた。

 

「よ、よろしいのですか? スルトル様。」

 

ムッスペル族の長の申し出に、エクレアは恐縮してしまう。

 

「構わん、俺も趣味で料理や菓子を作る、一通りの道具や材料は揃っているから、好きに使え。」

 

筋骨隆々で強面なトロルは、その見た目に反し、家事全般にかけてはプロ級の腕を持つ。

特に、料理に対しては独自の拘(こだわ)りがあり、最新式の調理設備や、器具、料理や菓子の材料などを保管庫に入れていた。

 

「すまんな、余計な気を使わせてしまった。」

「ふん、気にするな。」

 

別に、ライドウに気を使った訳ではない。

単なる気まぐれだ。

 

「あのぉ、私達も手伝って良いですかぁ? 」

 

巨漢の教師を赤毛の少女が見上げる。

普段、男勝りで生意気な態度は完全になりを潜め、媚び諂(へつら)う摩津理に、流石のトロルも一歩たじろいだ。

 

「わ、私も・・・・エクレアさん達を手伝いたいです。」

 

学園一の模範的優等生である八神・咲がおずおずといった様子で、手を上げる。

 

「や・・・八神・・・・。」

 

この二人の魂胆は、痛い程理解している。

恐らく、エクレア達を手伝って、試食品を食べようとしているのだ。

『Heart of hospitality』は、日本でも超有名な洋菓子店だ。

普段では、決して口にする機会など無い。

その千載一遇のチャンスを逃すなど、馬鹿のする事だ。

 

「・・・・・良いだろう、お前達にもいい経験になるからな。」

 

普段、無理をさせている手前、強く出る事が出来ない。

それに、今月の納期は無事終了している。

偶には、教え子の我儘を通してもいいだろう。

 

こうして、エクレア達のヴァレンタインイベントに、『薬学部』女子二名が参加する事になった。

 

 

ヴァレンタイン・イベント当日。

天鳥町・巨大ショッピングモールにある洋菓子店『Heart of hospitality』は長蛇の列を築いていた。

しかし、何故か男性の比率が異様に高い。

理由は、店内で忙しなく接客している新人二名にあった。

成り行きで店を手伝う事になった、日下・摩津理と八神・咲の美少女二人組である。

『Heart of hospitality』の愛らしい制服を着た二人は、モデルとしても十分通じるスタイルと容姿を兼ね備えている。

自然と男性客の数が多くなってしまうのは、致し方が無いと言えた。

 

 

「すみません、お二人には本当にお世話になってしまいました。」

 

閉店後、店長であるエクレアが、女学生二人組に深々と頭を下げる。

 

ヴァレンタイン・イベントは、大盛況の末に無事終了する事が出来た。

来客を十二分以上に満足させ、売り上げも去年のヴァレンタイン企画を遥かに上回る程の収益を獲得する事が出来ている。

菓子事業部の責任者である明智主任も、エクレア達が作った真心一杯のチョコレートに大分ご満悦であった。

 

「ええっ、良いって、滅多に食べられないスィーツを堪能出来た上に、貴重なレシピまで教えてくれたんだもん。」

「そ、そうです。だから、頭を上げて下さい。」

 

女学生二人は、顔を真っ赤にして恐縮してしまう。

 

あの後、エクレア達の手伝いを買って出た摩津理と咲の二人は、シュガーの作ったチョコレート菓子に舌鼓を打っていた。

無理を承知で、チョコレートのレシピを尋ねたところ、シュガーは気前よく二人に教えてくれた。

 

「二人共ご苦労さん、これ少ないけどバイト代。」

 

そんな二人の女学生に、左眼に眼帯をした悪魔使いが、給金の入った封筒を二枚差し出した。

 

「えー、良いんですかぁ? 」

「良いって、労働をした君達への当然の対価だ。」

 

朗らかに笑うライドウの美貌に、二人の女学生は思わず見惚れてしまう。

摩津理達と同じく、給仕として店を手伝っていた為、白いシャツにカマーベストと同色のエプロンを身に着けていた。

そんな恰好をしている為か、余計に美貌が引き立てられ、女性どころか男性すら魅了されてしまう。

 

「あー!大変だ!17代目に渡すチョコがもう無い! 」

 

そんな一同の甘い空気を、シュガーの素っ頓狂な声が掻き消した。

 

「うー!ショコラの怪獣さんチョコも無いよぉ! 」

 

イベントに出したオリジナルチョコは、既に完売しており、ライドウに渡す筈のチョコは、一欠けらすらも残っていない。

 

「君達の気持ちだけで十分だよ。」

 

顔を真っ青にして狼狽するシュガーとショコラ二人に、悪魔使いは苦笑いを浮かべた。

 

「あ、私が持ってる試作品のチョコはどうかな?」

 

そんな二人に、摩津理が助け舟を出した。

肩に下げている本革製の愛らしいショルダーバッグから、ビニール袋に入ったチョコを取り出す。

どれも歪な形をしており、お世辞にも綺麗とは言い難かった。

 

「わ、私のもあるよ? 」

 

咲も鞄からチョコが入ったビニール袋を取り出す。

 

「形は悪いですが、試作品のチョコなら幾つかあります。」

 

慌てた様子でエクレアが、厨房からチョコが山盛りに乗った皿を持って来た。

 

「仕様がねぇな、次回こそは17代目にちゃんとしたチョコを渡すとして、今回はコレで我慢して貰おう。」

「うーっ!17代目におもてなしする! 」

 

絶世の美少女5人組が、それぞれチョコを手に小柄な悪魔使いの口元へとチョコを差し出した。

チョコから漂う甘い匂いに、ライドウの顔が忽(たちま)ち真っ青になってしまう。

 

「じ、自分で食べれるから・・・・。」

「駄目です、散々お世話になったのですから、私達の”おもてなし”をきっちりと受けて頂きます。」

「私も、ライドウさんのお陰で日摩理に最高のお土産が出来た訳だし。」

「アタイ達の”おもてなし”受けて貰うぜ! 」

「わ、私も・・・ライドウさんに”おもてなし”したい。」

「うー!ショコラも17代目に”あーん”したい! 」

 

5人組の威圧感に、流石の悪魔使いもたじろいでしまう。

じりじりと後退りし、等々、店内の隅へと追い詰められてしまった。

 

 

 

数時間後、成城にある”葛葉邸”。

 

私室では、額に冷たいハンドタオルを乗せたライドウが、長椅子に仰向けの状態で寝ていた。

 

「呆れた、それで全身蕁麻疹(じんましん)が出るまで、チョコを食べたって訳?」

 

主の余りにも情けない姿に、小さな妖精ーハイピクシーのマベルが両腕を腰に当てて見下ろしていた。

 

「仕方無いだろ? あの子達の真心を無駄にしたく無かったんだ。」

 

額から温くなったタオルを外し、頭の上で此方を見下ろしている小さな妖精を一瞥する。

 

引っ込み思案で、普段から大人しい咲が、珍しく主張したのだ。

顔を真っ赤にして精一杯の想いを伝える少女を、無下にあしらう事等出来る筈が無い。

苦手な甘みを我慢して、ライドウは真っ向から少女達の想いを受け止め、そして見事に轟沈したのだ。

「爺さん、いるか? 」

 

そんな二人の所に、大きな体躯をした銀髪の大男が現れた。

仮番の契約をしているダンテだった。

 

長い銀色の髪を後ろで一纏めにし、丸首の長袖にビンテージのジーンズを履いた長身の男は、無遠慮にライドウの私室へと入って来た。

 

「猿の奴から聞いたぜ、食べれもしないチョコを山ほど喰ってぶっ倒れたんだってな。」

 

ニヤニヤと人の悪い笑みを口元へと貼り付かせた銀髪の大男が、ライドウの寝ている長椅子へと近づく。

因みに、猿とは、組織『クズノハ』に所属する猿飛・佐助の事であった。

 

「ち、あのお喋りめ。」

 

ライドウは、悪態を吐き出すと、長椅子から起き上がる。

すると、目の前に男の掌が差し出された。

 

「何だよ?」

「チョコくれ。」

「はぁ?何で?」

 

ダンテの言っている意味が理解出来ない。

否、理解したくない。

 

「決まってんだろ? 今日はヴァレンタインデーなんだぜ。」

「だから?」

「だからって、俺はまだ肝心の恋人からチョコ貰ってないんだぜ。」

「アホか、お前と俺は仕事上のパートナーだ。それに、何で男の俺が男のお前にチョコレートをやらなきゃならねぇんだよ!」

 

差し出された手を、ライドウは無下に叩き落とす。

 

この男は、時々、こうやって理解不能な戯言を真顔でほざく。

ダンテは、H・E・Cの女子社員から、山程チョコレートを貰っている。

マベルの話によれば、名菓子店のかなりお高いチョコを沢山渡されたのだそうだ。

おまけに、これもマベルからリークされた話だが、自分が仕事で屋敷を不在にしている時に、お気に入りの女子社員とデートをしているのだという。

まぁ、性格は壊滅的に最低な男なのだが、見てくれだけは美形の部類に十分入る。

この男が、どんな女と付き合おうがコッチは一向に構わない。

 

「酷ぇな、爺さん。 それが恋人にいう台詞なのかよ。」

「気色悪い、吐きそうだ・・・お願いだから俺の前から消えてくれ。」

 

ライドウは、再び長椅子に寝転がる。

 

もう、これ以上、不毛極まる会話を続けたくない。

チョコレートの甘ったるい味を想い出し、本当に吐きそうになる。

 

そんな想い人の心無い態度に、此方も気分が悪くなる。

折角、今日だけは優しくしてやろうかと思っていたのに。

 

「わっ、てめぇ、何す・・・・っ! 」

 

自分より一回りも二回りも大きな体躯をした大男に組み敷かれ、ライドウは抵抗しようとした。

顎を掴まれ、無理矢理唇を塞がれる。

不埒な男の舌が、歯列を割って入り込んで来た。

 

「アンタ!好い加減にしなさいよね! 」

 

主のピンチに、当然の如くマベルが応える。

下位の電撃魔法を放とうとするが、その目の前に大きな男の手が突然現れた。

指で弾かれ、独楽の様に明後日の方向へと吹き飛んでしまう。

 

「マベル! 」

 

あまりの仕打ちに、隻眼の悪魔使いが男を押し退け、仲魔を助け様とした。

しかし、それをダンテが意図も容易く抑え込んでしまう。

シャツのボタンが弾け飛び、傷だらけの厚い胸板が露わになった。

 

「何をイラついてんだ!この変態糞野郎! 」

 

フォルトゥナ公国での一件後、流石に学習したのか、この男の自分に対する無体な所業は、なりを潜めた。

その代わり、女遊びが派手になった。

レッドグレイブ市でも、同じことをしていたが、それ程派手にやらかす事は無かった。

まるで、悪戯をしてそれを愛する母親に怒って欲しいと言う、実に稚拙な所業だ。

だから、徹底的に無視をした。

同性同士であるし、情夫である骸や、本番である玄武の相手で身体がもたなかったからである。

 

「アンタが、餓鬼相手に食べれもしないチョコを喰って体調を崩したのが気に入らねぇ。」

「は?だから何だ?お前には関係無いだろ。」

「あるね! アンタは俺のモノだ。勝手な事やって、傷つけられたら腹も立つさ。」

 

露わになった胸板に舌を這わせる。

傷だらけの身体。

如何に地獄の様な戦地を渡り歩いて来たのかが、容易に知れる。

 

「俺は、お前のモノじゃねぇ! 」

 

乳首に容赦なく歯を立てられ、身体が震える。

快感が電流の様に身体を駆け巡り、頬が微かに紅潮する。

男の不埒な手は、固いジーンズへと伸びていた。

 

「や、やめっ! 」

「愛してるって言えよ。」

 

唐突な男の言葉に、ライドウは改めて自分を抑え込むダンテの顔を見上げた。

 

「愛してるって言えよ・・・・そうしたら、今回は勘弁してやるぜ。」

「・・・・・・。」

 

余りにも情けない顔をする銀髪の大男に、ライドウは暫し言葉を失う。

自分に向けるこの男の感情は、直球過ぎてまともに受け取る事が出来ない。

 

本番である玄武は、ライドウを性欲処理の道具としてしか見ていないし、前の番である四郎は、忠誠心が強過ぎて、おいそれと「愛している」等と言葉にする事が出来ないでいた。

自由奔放なヨハンは、束縛する言葉を嫌い、決して愛の告白などしない。

ヴァチカン13機関司令であるジョン・マクスゥエル枢機卿は、お互い妻帯者である為論外だ。

情夫の骸は・・・・・玄武と同じだろうとは思うが、おぞまし過ぎてそれ以上考えたくない。

そう考えると、まともに愛の告白を受けた事は全く無かった。

 

「・・・・・酷い事言って悪かった、チョコは必ず渡すから、泣かないでくれ。」

「あぁ? 別に泣いてなんかねぇよ。」

 

斜め上を行く返事に、途端、ダンテは不機嫌な顔で返事を返す。

 

正直、興ざめだ。

これ以上、続きをする気にもなれず、ダンテは組み敷く悪魔使いを解放する。

ライドウは、起き上がるとテーブルの上に置かれている愛用のGUMPを手に取った。

床の上で伸びているマベルをストックへと戻す。

 

「ったく、大事な一張羅が台無しだ。」

 

一通り床に転がっているボタンを拾い集め、ライドウは大袈裟に溜息を吐き出す。

無造作に椅子に置かれたバックパックから、ビニール袋に入ったチョコレートを取り出し、背後にいるダンテへと投げ渡した。

『Heart of hospitality』の厨房で、余った材料を使って試しにチョコレートを作ってみたのだ。

 

「俺の真心が詰まった特性チョコだ。有難く喰えよ。」

「・・・・・。」

 

まさか本当にチョコレートをくれるとは、思っていなかった。

あれだけ酷い仕打ちをしたのだから、きっと何か仕掛けがある。

警戒心を露わにするダンテに対し、ライドウは再度大きな溜息を吐き出す。

 

「喰わねぇのか? なら返せ。」

「い、否・・・・仕様がねぇから味見してやるよ。」

 

何処までも可愛げの欠片も無い返事だ。

意を決し、ビニール袋から一つ取り出す。

お世辞にも可愛いとは言い難い、不格好なチョコレートだ。

口の中に放り込み、歯で噛み砕く。

そして・・・・あまりの苦さに激しく咳き込んだ。

 

「な、なんだよこれ!チョコレートじゃねぇ! 」

 

まるでコーヒーの豆を舐めた様な酷い味だ。

 

「カカオ100%の正真正銘の俺専用のチョコレートだ。」

 

ライドウは、ダンテからチョコが入った袋をひったくると、一粒口の中に放り込む。

そして、うっとりと美味そうにその苦さを堪能していた。

 

「美味い、やっぱりヴァレンタインデーと言ったら手作りチョコだな。」

 

砂糖なしのカカオ100%の激辛チョコ。

しかし、ライドウにとっては極上のチョコレートだ。

なにせ、原材料を思う存分味わう事が出来る。

 

「く・・・・糞爺。」

「あん?何か言ったか?」

「糞爺って言ったんだよ、炭みたいな苦いチョコを喰わせやがって。」

 

涙目で目の前に立つ小柄な悪魔使いを睨み付ける。

 

「お前、何か勘違いしているみたいだけど、このチョコは俺が自分で食べる為に作ったヤツなんだぜ。」

 

ヴァレンタインイベント当日、ライドウは店主であるエクレアに無理を承知で厨房の一区画を借り、トロルの家で手に入れたカカオを使って甘みが苦手な自分でも食べれるチョコを作った。

普通の人間が食べれば、余りの苦さに吐き出してしまう代物だが、ライドウはカカオが持つ風味を十分堪能する事が出来た。

仕事の合間にコッソリと楽しもうと思っていた矢先に、厚顔不遜な馬鹿者が自室に乱入して来たのだ。

オマケに「チョコレートを寄越せ」と無礼千万な戯言までほざく。

だから、大切な世界で一つしかないチョコレートをくれてやったのだ。

 

「言っとくがな、俺はこのチョコ以外作る気は全く無いからな? 美味いチョコが欲しけりゃ、お前の女友達にでも頼め。」

 

丹精込めて作ったチョコが、口に合わないのなら仕方ない。

ライドウは、明日の仕事の為にシャワーでも浴びに行こうと自室を出て行こうとする。

と、いきなりその細い腰を逞しい男の腕が掴んだ。

あっと言う間に肩に抱き上げ、シングルベッドへと向かう。

シングルベッドとはいえ、結構大きい。

大の大人が二人寝れるぐらいの広さがあるそこに、悪魔使いは少々乱暴に降ろされてしまう。

 

「何すんだよ! 」

「何ってお礼だよ。」

「はぁ?てめぇ、気でも狂ったか! 」

 

怒りを露わにするライドウを再び抑え込み、顎を固定して唇を塞ぐ。

口内にカカオ独特の苦味が残るが、不思議と気にならない。

それどころか、極上の媚薬となってダンテを常になく興奮させた。

 

「アンタの真心詰まったチョコを味わったからな。これはそのお返しだ。」

 

逃げ惑う舌を絡め、存分に悪魔使いの口内を味わい尽くす。

片方の手で、抵抗する華奢な四肢を抑え込み、もう片方の手でジーンズ越しに股間を握った。

 

 

清潔な白いシーツを握りしめ、執拗な男の愛撫から逃れ様と藻掻く。

大きく割り開いた脚の間に、銀髪の大男が身体を割り入れ、口腔性交をしていた。

巧みな舌の愛撫に、隻眼の悪魔使いは唇を噛み締め、奇声だけは上げまいと健気に耐える。

だが、大きな舌で鈴口を抉られ、悲鳴を上げて男の口の中で果ててしまった。

 

「良かったか? 爺さん。」

 

股間から顔を離したダンテが、肩で粗い吐息を繰り返す悪魔使いを見下ろす。

 

「・・・・・。」

 

そんな男に対し、ライドウは唇を真一文字に引き結ぶと、顔を背けてしまう。

 

今迄、この男と幾度か褥を共にしたが、舌での奉仕を受けたのは、初めてであった。

何時もは、おざなりな愛撫とローションを使って濡らすだけで、こんな風に丁寧に扱われる事等殆ど無い。

番契約をした男達は、ライドウを丁重に扱い、苦痛を味合わせる真似は決してしなかった。

骸と玄武は、手練手管で悪魔使いを翻弄し、悶え苦しむ姿を見て楽しんでいたが、ダンテの様に感情を剥き出しにして抱く行為は、全く無かった。

 

「何だ? まだ足りねぇってか。」

「煩い!地獄に堕ちろ! 」

 

右の隻眼を真っ赤にして、ライドウが身体の上に陣取る男を睨み付ける。

 

男としての矜持は、既にズタボロだ。

この無礼な男は、自分のテリトリーに無理矢理入り込んでは、滅茶苦茶に荒らして去っていく。

オマケに距離を取りたくても、何処までも追い掛けて、自分の手元へと引きずり込む。

骸や玄武とは違った厄介さが、この男にはあった。

 

「酷ぇな・・・俺はこんなにアンタを愛しているのに。」

 

ダンテは溜息を一つ零すと、指でほぐれた後口に猛り狂った肉槍をあてがう。

ローションで大分滑りが良くなったそこは、何の抵抗も無く、男の自慢の肉筒を受け入れた。

 

「アンタは、俺のモノだ。」

「・・・・・。」

 

もう何度となく聞いた、独占欲丸出しの言葉。

銀髪の魔狩人は、華奢な肢体を持つ悪魔使いを抱き上げ、膝の上えと乗せる。

自然と深く繋がり、ライドウは無意識に男の背へと腕を回した。

 

「他の男に何て絶対渡さねぇ・・・・アンタは、俺だけのモノなんだよ。」

「・・・・・。」

 

愛の告白にしては、随分と横暴だ。

激しく揺れる視界。

男の粗い息遣いを耳元で聞きながら、ライドウは的確な答えを返せないでいた。

 

悪魔使いが、ちゃんと想いを伝える事が出来れば、ダンテも無体な真似は止めるだろう。

女遊びも止めるし、悪魔討伐の仕事も命令通りこなす。

組織『クズノハ』から離れ、元の便利屋として自堕落な生活へと戻るかもしれない。

日本という島国は、この男には窮屈過ぎる。

そう、頭の中で理解しつつも、何故か想いを告げられない卑怯な自分がいた。

 

この男を失いたくない。

ライドウは、男の身体に必死にしがみつくと、目尻から涙を一筋流した。

 

 

 

組織『クズノハ』暗部に所属する猿飛・佐助は、一人、杉の木の巨木に腰掛け、天鳥町の街を眺めていた。

 

深夜と言っても差し支えない時間帯。

冷たい風が頬を撫でる。

 

「本当、大甘の甘ちゃんなんだから。」

 

ウェストポーチから、ビニール袋を取り出す。

中には、真四角な形をしたチョコレートが、何粒か入っていた。

その中から、一粒取り出し口の中へと入れる。

甘さ控えめのチョコには、ブランデーが入っており、身体がポカポカと暖かくなった。

 

このブランデー入りチョコは、ライドウから貰ったモノだ。

日々の激務で疲れているだろうと、任務帰りの佐助にライドウが渡したのであった。

 

「あれだけ酷い事したのに、平気で赦そうとする・・・・そんなんじゃ、何時かあの男に殺されちゃうよ。」

 

あの男・・・・とは勿論、ダンテの事だ。

そして、過去に卑劣な手段で家族を引き裂いた自分自身に対する皮肉も含まれていた。

 




ヴァレンタインデーは既に終わってしまいました。
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