目覚めたらまさかの竈門一家の一人で禰豆子となぜか炭治郎が鬼化していた件 作:時長凜祢@二次創作主力垢
あれから手鬼は何度も無数の手による攻撃を仕掛けてきた。
だが、私はそれを片っ端から斬り刻み、全ての攻撃を防ぐ。
そんな中、不意に私は自身の足元から感じ取れる匂いに気づき、すかさずその場で跳躍した。
同時に私が立っていた地面から、複数の手が勢いよく飛び出してきた。
高く飛び上がったことにより、その手に触れることはなかったけど。
一瞬見えた手鬼の表情はどことなく焦りが見えた。
自分は押されたりしない。
すぐに目の前の小娘一匹如き、捻り潰して喰らうことができると、自分の力を信じて疑わなかったのだろう。
だが、手鬼はすぐに切り返してきた。
空中にいる私目掛けて、一本の太い腕をバズーカのように勢いをつけて放ってきた。
躱せないと思ったのだろう。
でも残念。
それ、意外と躱せるんだわ。
そう思いながら、私は空中にいる状態で勢いをつけて頭を振りかぶる。
まぁ、原作で炭治郎がやっていたように、放たれた腕に頭突きを当てて、その軌道を逸らしただけだが、それだけでも十分効果はある。
頭突きの際に少しだけ浮く高さが高くなる。
ああ、頭突きして正解だった。
一番水面切りの威力を発揮できる位置に、入り込むことができた。
すぐに腕をクロスして、水面切りを使用するために体勢を整える。
焦りと驚愕と、まだ大丈夫であるはずだという過信の匂い。
だけど、すぐにその匂いの意識は別に向ける。
“隙の糸”を認識するために。
……狭霧山
優緋が手鬼との最後の勝負に出た頃、二つに斬られた岩の側には、未だに錆兎と真菰の姿があった。
「……優緋が強いのは理解してるし、優緋の力を信じてもいるけど、やっぱりちょっと心配だな。だって、アイツの頸、すごく硬いから。」
しばしの静寂を破るようにして、真菰が小さく呟くように言葉を紡ぐ。
彼女の言葉を聞いた錆兎は、未だに空を見上げている。
だが、先程のように少しの沈黙は作らずに口を開いた。
「確かに、世の中に絶対は存在しない。誰もが認める力を持っていようとも、負けるかもしれないし、勝つかもしれない。信じると、絶対に大丈夫は別物だからな。それだけはハッキリと言える。だが、ここには一つの事実もある。優緋は、誰よりも硬く大きな岩を斬った剣士であるということだけは、変えることができない事実だ。」
紡がれた言葉はどこか穏やかで、力強いものだった。
それを聞いた真菰は、小さく笑みを浮かべる。
「錆兎。優緋のことになると自信満々に言葉を口にするね。」
そして、優緋のことになると、少しだけ性格が変わる錆兎に、揶揄うように指摘する。
その指摘を聞いた錆兎は、顔にしている狐の面を静かに外し、不敵な笑みを浮かべながら、真菰に目を向ける。
「当然だ。優緋は、俺が認め、羨ましいと思った剣士であり……死したあとの俺が、惚れた女なのだから。」
……藤襲山
「さようならだ、手鬼。ここで私が、決着をつけてやる!!」
宣言するように言葉を吐き捨て、私は手鬼の頸目掛けて、自身の日輪刀を振るう。
悲劇をここで終わらせる……その強い決意だけを、刃の全てに乗せて。
“水の呼吸!! 壱ノ型!! 水面切り!!!!”
月光を反射させながら、一閃の軌跡をその場に描き、私が振りかぶったそれは、目の前の手鬼の頸目掛けて、一直線に放たれる。
「鱗滝!!!」
その瞬間、手鬼が紡いだ言葉は、私の師である鱗滝さんの名前だった。
ああ……そういえば、原作でも手鬼は……炭治郎が最後に放った一撃の中に、鱗滝さんの姿を重ねて彼の名前を呼んでいた。
でも、あんたの前にいるのは鱗滝さんじゃない。
地面に手鬼の頸が落下した音が響き、手鬼の巨躯も端から塵となって崩れ始める。
ようやく終わったと思いながら、緊張状態を少しばかり緩める。
背後からは、突き刺さるような視線。
敵意と、怒りと、恨みがましいという攻撃的な視線だ。
「……なぁ、手鬼。最期に一つ質問させてくれ。」
「!!」
「私にはさ、大切な弟妹がいるんだ。誰にも傷つけさせたくない、世界でたった二人の宝物。私は、あの子らのためなら何だってやるつもりで、今回最終選別を受けにきた。で、こっからが質問だ。鬼はみんな、元は人間だと聞いている。だからさ。聞かせてくれ。あんたには、そんな宝物の記憶はあるか? 自分が守りたかったものや、逆に守って欲しかったもの……大切な家族の記憶は、あんたの中にあったか?」
そんな手鬼に対して、私には守りたい家族がいることを告げる。
そして、手鬼の中には、そんな家族の記憶はあったかと静かに問いかけた。
優緋に静かに問いかけられた手鬼の脳裏に、ある一つの記憶が過ぎる。
それは、過去の……まだ、人間だった頃の、自分自身の記憶。
その記憶は静かに巡る。
暗闇の中、泣いている自分。
暗闇が怖いからと、大切な宝物……自身の兄だった存在に助けを求める自分。
どうして、自分は兄を喰らってしまったのかという後悔。
四十七年間で、失われていた人間だった頃の姿を思い出していくたびに、視界がじわりと滲み始める。
「兄……ちゃ……」
無意識のうちに紡いでいた言葉は、暗闇が怖かった自分自身が何度も頼っていた存在を示す言葉。
自分が喰らってしまったことにより、自らの手で亡くしてしまった大切な兄のことだった。
「………そうか。あんたには兄貴がいたんだな。」
手鬼から小さな声音で紡がれた、兄を呼ぶ言葉に、小さな笑みを浮かべる。
手鬼から敵意などの攻撃的な感情を少しでも少なくしようと口にした質問は、なかなか効果があったようだ。
これなら、もう私があの手を握っても、握り潰されることはないだろう。
そう思いながら、私はすでに大半が崩れ去ってしまっている体に近寄り、唯一孤立している大きな手を自身の両手で包むように握りしめる。
すると、私の手の感触に気づいたらしい手鬼の手が、僅かながらに握り返す動作を見せた。
「大丈夫。君の兄貴は、きっと君を迎えにきてくれる。行き着く先は別かもしれない。君の行き着く先は、苦しみばかりかもしれない。でも、そうであっても兄や姉ってのは、下の子を迎えに来るもんだ。だって、大切な家族なんだから。犯した罪は消えないし、その分苦しみは多いだろうけど大丈夫。私は見送ることしかできない。祈ることしかできない。君に対してできることはかなり少ないだろうけど、これだけは言わせてもらうよ。贖罪が終わった先で、再び命を得て、この世のどこかに生まれ落ちた時……記憶は無くなっているだろうけど、君がまた君の兄と巡り合って、幸福な生を送れますように。おやすみ、小さな少年。もう二度と、誰も傷つけたりしてはいけないよ。」
その様子に穏やかに笑いながら、私は静かに祈るように言葉を紡ぐ。
この手が完全に崩れ去るまで、離さないように手を握り締めながら。
“ありがとう……”
不意にそんな声が聞こえた気がした。
幼い男の子の声だった。
静かに顔を上げて辺りを見渡す。
と、涙をボロボロと溢しながらも、静かに目を瞑る手鬼の姿があった。
もう、目は覚まさないだろう。
「……少しでも、君が穏やかに過ごせるように、祈っておくよ。」
完全な塵となって消えていった手鬼に対して、静かにそう告げた私は、その場から静かに立ち去る。
この一日だけで手鬼を倒せるとは思わなかった。
まぁ、それならそれで構わない。
残りの期間は、鍛錬を行いながらも、藤襲山の中で過ごすとしようか。
「……錆兎。真菰。鱗滝さんの弟子のみんな。ちゃんとケリはつけたよ。だから、もう安心して、鱗滝さんの側に還って、彼の余生を見守ってあげな。」
そんなことを考えながら、私は報告するように空へと語りかける。
きっと、みんなの元に、この声は届くはずだから。