目覚めたらまさかの竈門一家の一人で禰豆子となぜか炭治郎が鬼化していた件 作:時長凜祢@二次創作主力垢
90.これからは思い切って
不意に意識が浮上する。
それに従い目を開けてみると、お館様とあまねさんの姿が視界に入る。
「……お館……様……?」
「こんにちは、優緋。目を覚ましたみたいだね。」
静かにお館様の名前を呼ぶと彼は穏やかな笑みを浮かべながら、私に声をかけてくる。
こんにちは……?と一瞬首を傾げて、窓の外へ目を向けてみると、太陽が高々と上がっていた。
ああ、昼時だったんだ、と思いながらお館様に視線を戻す。
「……こんにちは。おはようございます。」
お館様の挨拶に返すように言葉を紡げば、お館様は小さく笑う。
「杏寿郎から聞いたよ、優緋。上弦の参と接触して戦闘になった際、頚を狙う杏寿郎のことを支えるように戦っていたそうだね。上弦の参の攻撃を何度も阻害してくれたと嬉しそうに言っていたよ。新人隊士に守られてしまったことに、少しだけ不甲斐ないとも言っていたけど。」
「……あはは……」
新人隊士に守られて不甲斐ないという言葉に苦笑いを溢す。
それもそうだろうと思いながら。
煉獄さんは強さに固執しているわけではないけど、自身の責任に人一倍……いや、数倍は厳しい人だ。
本来ならば、柱である自身が新人や若い後輩を守らなくてはならないはずなのに、逆に守られてしまうことに悔しさや不甲斐なさを覚える可能性は高い。
やっぱりかぁ、と納得してしまう。
「杏寿郎の話から、優緋の力はとても強く高いものだと感じたよ。だからこそ、一つ疑問も出てくる。」
「疑問?」
「うん。それだけの力を持っていながら、なぜ下弦の鬼との戦いの際、すぐに下弦の鬼を斬りに行かなかったのか。……これは、ひょっとして、優緋が周りに隠そうとしている秘密に関係してるのかな?」
「!」
お館様からされた質問に、思わず私は目を見開く。
すでに盲目のはずであるその目に、まるで全てを見透かされているかのような錯覚に陥る。
「……何のことですか………?」
「驚かせてしまったね。でも、ずっと気になっていたんだ。」
お館様は言った。
ずっと、こうなることを分かっているような……そんな違和感を覚えていたと。
「……もしかして、優緋は
「…………。」
お館様の指摘に思わず無言になる。
どことなく落ち着けるような……しかし、どことなく高揚するような声は変わらない。
けど、今は少しだけ薄寒く感じた。
「……私たちにも、話辛いことなのかな?」
「…………。」
少しだけ思案する。
自分の境遇を明かすべきなのか、隠すべきなのか……それを判断するために。
「…………信じて、もらえるかはわからないのですが…」
しかし、すぐにその思案は打ち消した。
この人の前で隠し事なんてできるはずがない。
だって、無惨がずっと渇望しているものを見抜く程の目を持つ人だ。
誤魔化したところで、すぐにウソだと見抜かれる。
だから私は一から話した。
自分は確かに竈門優緋だが、所詮は竈門優緋という人物の中に、何らかの形で入り込んでしまった存在であることを。
竈門優緋という存在になる前は、争いはあれど鬼などただの御伽噺の中の存在でしかない世界を生きる学生だったことを。
元の世界では、この世界は鬼滅の刃という題名の物語として描かれており、この世界の話は全て知っていることを。
物語では私が辿っている道のりを炭治郎が歩んでいることを。
本来ならば炭治郎は、鬼になっていないことを。
物語の中で多くの人が死んでいくことを。
重要人物であるお館様やあまねさん、煉獄さんやしのぶさん、無一郎や玄弥、蜜璃や伊黒さん、悲鳴嶼さんなどが次々と命を落としていくことを。
今回の無限列車の話では、煉獄さんが死んでしまう結末となっており、それを覆したいと願い、日の呼吸や、痣、“透き通る世界”と言った必要な技術を身につけたことを。
「……そうだったんだね。」
「……信じてくださるんですか?」
「もちろん。優緋は嘘をついていないからね。でも、だからこそ疑問は深くなる。どうして、はなから動かなかったのかな?」
「………。」
再び無言になる。
言葉を返せなかったからではない。
彼の指摘は正しいものだったから。
確かに可能だった。
二百人の人を人質に取られる前に決着をつけることは。
では何故、私はその道を選んだ?
下弦の壱に絶望を返すため?
─────……違う。
確かにその感情はあった。
でも、それだったら先に叩けばいい。
それとも、炭治郎たちの力を証明するため?
─────……違う。
炭治郎たちを認めてもらいたいという気持ちは確かにあった。
でも、それは後からでも証明できるはずだ。
遊郭の争いで、二人もきっと戦うから。
無意識領域の方に、夢に入り込んでくるであろう人を誘導するため?
─────……違う。
もちろん、その気持ちは存在していた。
でも、もし、別の人が入り込んでいたら成立しない。
あまりにも無謀すぎる。
後、考えられる可能性があるとしたら……?
「………怖かったのかもしれません。」
「怖かった?」
「はい……。」
少しだけ考えた結果、最終的に行き着いたのは怖かったという答えだった。
原作では近場にいたという理由から横転場所に猗窩座が寄越されていたから、決められた場所で汽車を横転させなければと考えていたのだ。
もし、早い段階で魘夢を倒した場合、多分汽車は、安全確認をするために、倒した場所での静止を余儀なくされたはず。
もし、安全確認の途中で、同じように近場の鬼を無惨が寄越してきたら?
それが猗窩座以上の鬼である童磨や黒死牟だったら?
……その場合、みんなを守るどころか、私まで死んでいたかもしれない。
炭治郎、禰豆子、善逸、伊之助、そして煉獄さんがいれば、二百人の乗客は必ず守れると考えていた。
それ程までにみんなは強いから、信じられる強さを持っていたから。
猗窩座になら対応できると思った。
炭治郎が無限城での戦いの時、痣を発現し、付け焼き刃の“透き通る世界”で猗窩座を抑えることができるのを知っていたから。
だから、痣、“透き通る世界”、闘気の隠蔽を身につけることができたならば、猗窩座の撃退はできると思った。
その読みは当たっていた。
でも、猗窩座以上の鬼である童磨や黒死牟が相手に来た場合、現段階では確実に負けていた。
だって、あまりにも戦力が少なすぎる。
童磨はしのぶさんが自らを犠牲にして毒を盛り、カナヲと伊之助が力を合わせたことにより勝利することができた。
黒死牟は、悲鳴嶼さん、不死川さん、玄弥、無一郎の四人が力を合わせることにより勝利することができた。
二人の命を引き換えにする形で。
そう考えると、痣を発現していない煉獄さんと、必要な技術はまだ完全に完成しきっていない私ではどちらも死んでいた可能性がある。
伊之助と善逸も巻き込んで戦った時を考えてみる。
けど無理だ。
今の状態では、勝利するというビジョンは見えない。
「そうだったんだね。」
改めて整理してみて、無謀でありながらも自分がこの選択をした理由を明かせば、お館様は小さく呟く。
彼からはどことなく厳しい匂いがした。
「優緋が考えていたことはわかった。でも、無謀すぎる行動をとったことは評価できない。私たち鬼殺隊は、人を守ることと鬼を倒すことが本質だからね。理由があったとは言え、守る対象の命を危険に晒したことは感心できない。私が言いたいことはわかるかな?」
「……はい……申し訳ありません。」
彼のお咎めは最もだった。
あまりにも私の行動は浅はかで、鬼殺隊にあるまじき行動だった。
今になって、自身がやったことの大きさ、一歩間違えれば莫大な被害が出る判断に猛省する。
「……優緋が知る物語では杏寿郎は命を落としていた。しかし、杏寿郎が助かった今、この物語は一気に変わっていくのかな?」
「はい。おそらくは……」
「ということは、これからこの物語は君の物語となっていくね。綴られた物語を歩むのは終わったのだから。それなら、これからは思い切って行動を起こしてごらん。君も知らない物語が始まったのだから、もう悩む必要はない。自分のやりたいように動いても、きっとバチは当たらないはずだから。」
厳しい匂いは霧散して、穏やかな匂いと声が辺りを包む。
いつの間にか俯いていた顔をゆっくりと上げてみれば、お館様は穏やかな笑みを浮かべていた。
「………はい、わかりました。」
お館様から告げられたこれからのこと。
私は素直に頷き返し、彼と同じように口元に笑みを浮かべた。