ワゴンにのせられたお皿から漂ってくる、甘い香り。
そこに、熱々のティーポットからの香ばしい匂いも加わって準備もOK。自信を持って作った組み合わせなんだから、きっとこれで大丈夫なはず。
私は慎重に、待ち望んでいるお客様のところへワゴンを押していって……深々と、一礼した。
「お待たせしました。デザートの『紅玉のアップルパイ ヨーグルトソースとチョコレートソースの双子仕立て』になります。お飲み物は、ご希望のアッサムティーをお持ちしました」
「ああ、ありがとう」
カップルらしいお客様が、二人とも私に笑顔を向けてくれている。
私も思わず笑顔になりながら、二人の目の前にアップルパイのお皿をゆっくりと置いていく。
懐中時計を見てみれば、そろそろ三分。蒸らし時間を確認してティーポットのふたを開けた私は、スプーンで中を軽く混ぜてから茶こしを注ぎ口にかざして、カップへゆっくりと回すように紅茶を注いでいった。
湯気といっしょに広がっていく、香ばしい匂い……うんっ、ちゃんと私たちのイメージ通りにできた。
「こちらがアッサムティーになります」
「これはこれは……へえ、かなり本格的なんだね。最初は君がそういうメイドさんの格好をしていたから少し不安だったんだけど、料理も様式も本格的で驚いたよ」
「当店では、お客様に北欧風の雰囲気でお料理を味わっていただくのがモットーなんです」
エプロンドレスの裾をつまんで、しずしずと二人に頭を下げる。これも数年間のメイド喫茶勤めで得たものだけど、まさかこれがまた役に立つ日が来るなんて思わなかった。
「このお茶、アップルパイとよく合うわ。料理をする人のセンスがいいんでしょうね」
「ありがとうございます、チーフにそう伝えておきます」
ううっ、やばいやばい。にやけそうになるのを抑えないと。
「では、ごゆっくり」
私はまた一礼して、ゆっくりとワゴンを押して厨房へと戻っていった。
「ど……どうだった?」
おろおろしながら、私のところへ駆け寄ってくる調理師姿のつかさ。その不安を打ち消すように、私はぐっと親指を立ててあげた。
「よ、よかったぁ……」
「ほら、あんまり不安に思うことなかったでしょ」
気が抜けたのか、椅子に座り込むつかさ。その背中をぽんぽん叩いてあげると、えへへっと照れたように笑った。
「だって、初めてのお客様だったんだよ?」
「前のお店でもチーフやってたじゃん」
「雇われているのと、独立したのじゃ全然違うもん」
ぷうっと頬をふくらませるつかさ。よしよし、いつも通りのつかさだ。
そして、カップルのお客様は「また来るよ」と言って帰っていった。あれだけ満足そうな顔をしてもらえれば、こっちも本望だってことですよ。
「ありがとう、こなちゃん」
「んー?」
厨房から顔を出したつかさに、ちょいちょいと金勘定をしながら生返事で応える。コース料理三千円が二人前で六千円かー……前の店でのツテがなきゃ、こんな値段で出来るわけないって。
「こなちゃんの接客、すごく堂に入ってたから。さすがずっとやってただけあるよね」
「なーに言ってるの、こっちこそありがとうだよ。ぶらぶらしてた私を雇ってくれたの、つかさのほうじゃん」
レジにお金をしまって振り返ると、つかさが私の手をぎゅっと握ってきた。
「ううん、私ひとりじゃ不安だったから。こなちゃんだったら、経験もあるしきっと大丈夫だって思ったんだよ」
「うー……面と向かって言われると照れるなー」
つかさは感情をストレートに出すほうだけど、こうやって言われると恥ずかしい。でも……悪くはないよね、こういうのも。
「だから、これからもよろしくねっ。メイド長さん」
「私こそ。さーて、夜にはみゆきさんやかがみも陣中見舞いに来るんだし、黒井先生が桜庭先生や天原先生連れて予約で来るんだから、気合い入れてがんばろっ!」
「うんっ!」
高校時代のおどおどしたところをちょっと見せてたつかさだけど、今はもう大丈夫。一国一城の主になったっていう自覚もあるみたいだし、なんてったって腕がいいもんね。
私はつかさの手をぎゅっと握って、いっしょに厨房へと戻っていった。