あー……なんか、ふわふわしてるなぁ。
気持ちよく思いながらレモンハイを飲み干して、ジョッキをドンと置く。
「ぷ、プロデューサーさん、飲み過ぎじゃないですか?」
「あはは、だいじょーぶですって。だいじょーぶ」
目の前に座るキレイな女の人――小鳥さんが心配してくれるけど、なあに、このくらいならまだまだ平気だ。
「すいませーん。グレープハイ、ジョッキでおねがいしまーす」
「はい、よろこんでー!」
「ちょ、ちょっと、いくらなんでも四杯目は!」
「あっはっはっはっ……すいません、小鳥さん。今日は呑みたい気分なんですよ」
心配してくれるのは嬉しいけど、今日はまだまだ呑み足りない。
「いやあ。俺がダメだなって、つくづく思いましたよ」
自虐的に言いながら、俺はコツコツとジョッキの縁を指でたたいた。
「千早はあんなに頑張ってたのに、俺がちゃんとしてなかったから……もっともっと、千早は大きな舞台で歌えたはずだってのに」
思い出しただけで、続く言葉が止められない。
「アイツの実力を信じていたら、トップアイドルも夢じゃなかったんですよ」
「気持ちはわかりますけど……でも、千早ちゃん、最後は笑って喜んでたじゃないですか。プロデューサーさんに、ありがとうございますって何度も言ってましたし」
「それでもですよ……あ、どうも」
顔なじみの店員さんからグレープハイのジョッキを受け取って、軽くあおる。
「ふうっ……俺が信じてもっと挑戦させてやったら、トップアイドルになれたはずなんです。もう十分、千早は歌い手として、アイドルとして、ひとりの女の子として成長してたのに」
俺が765プロに入社して、アイドル候補生だった女の子――如月千早のプロデュースを任されてから、一年。
最初はとりつく島もない態度だった千早と「蒼い鳥」でデビューし、時にはケンカしたり、怒られたり、ドタキャンされたりしながらも、ずっと歩き続けて……一年経って得られたのは、ランクBの称号と、武道館でのさよならコンサート。
弟さんを失い、親御さんの不仲に巻き込まれ、ただ「歌」だけが拠り所だった千早が、笑って、悩んで、喜んで、涙して……今まさに羽ばたこうとしていたのに、俺にはそこまでの舞台しか用意することが出来なかった。
「正直言って、もっと時間が欲しかったです」
「千早ちゃんとプロデューサーさん、ぶつかり合ってたはじめの頃がうそみたいに信頼しあってましたもんね」
「ええ。高木社長の方針っていうのは、わかってはいるんですよ。でも、まだ理解はできないんです……」
「プロデューサーさん……」
「ホント、凄いですよ。先輩は春香ちゃんのことをたった数ヶ月でトップに育て上げて、アイドル・アルティメイトの決勝にも進出。今や押しも押されぬ稀代のアイドルとプロデューサーになったんですから」
「でも、プロデューサーさんだって凄いと思います。あれだけ頑なだった千早ちゃんの心を開くことができたんですから」
「だからこそ、なんですよ。ふたりで追い求めた目標まで手が届かなかったのが、すっげえ悔しくて」
もう一度ジョッキをあおった俺は、壁に体をあずけてうつむいた。
「あのアイドルの……『陽菜』《ひな》が打ち立てたミリオンまで、もう少しだったのに」
「陽菜、ですか」
互いに口にする、懐かしいアイドルの名前。
もうその名がテレビでも流れなくなって幾年も経つけど、俺の心の中ではずっと息づき続けているアイドルで、大きな目標として深く刻まれていた。
「私は、プロデューサーさんと千早ちゃんのふたりが作った音楽が大好きですよ。一曲ずつ、ふたりが歩んできた道が見えてくるみたいで」
「好き、でしたか?」
「違いますよ。今でも、好きなんです」
優しい小鳥さんの言葉が、荒れた心に染み渡る。
俺が765プロに入った当初からずっと影で支えてくれて、時にはこうやって呑みに連れてきてくれたり、遊びに行ったりしてくれる、とっても優しいお姉さん。それが、音無小鳥さん。職業、765プロの事務のお姉さん。
本人に言うと「お姉さん」っていうのが引っかかるらしいけど、俺にとってはそうなんだから仕方ない。
「ありがとうございます。小鳥さんにそう言われると、すっごくうれしいっす」
「ふふっ。プロデューサーさんってば、呑みに連れてくるといつもこんな感じですよね」
「あはは……ほんと、すいません」
「いいんですよー。他の事務所の人たちは呑んでてもおとなしいですけど、プロデューサーさんとは呑んでても遊んでてもかわいがりがいがありますから」
そう言いながら、小鳥さんは身を乗り出して俺の頭を優しく撫ではじめた。
「ほーら、げんきになーれー、げんきになーれー」
「ちょ、ちょっと、小鳥さんっ!」
「こらこら。おねーさんの好意は無駄にしちゃいけませんよっ」
た、確かに小鳥さんは俺よりお姉さんだし、こうしてくれるのはうれしいけど……やっぱり、凄く照れる。
「だから、あまり落ち込まないでください。千早ちゃんも笑顔だったんだから、プロデューサーさんもちゃんと笑顔じゃなくちゃ」
「そう、ですかね」
「ええ、きっとそうです!」
俺に向けてくれる、小鳥さんの満面の笑顔。
この笑顔で、何度癒されてきたことか。
「じゃあ、もっと笑うためにもっと呑みますか」
「ちょっ、ちょっと、何言ってるんですか! それ以上はさすがにっ!」
「わはははははっ」
あー、いいじゃないかいいじゃないか。
せっかく、小鳥さんが励ましてくれたんだから、笑顔でいなく……ちゃ……
――もうっ、お酒に弱いくせにっ!
あはは……
叱られちまったけど……いい……気分だ……