ひなどり、にひき。   作:南澤まひろ

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おまけ「ちーちゃんの休日」後編

 やがてやってきた電車に乗り込んで、今度は大崎へ。そこで山手線に乗り換えて、秋葉原で総武線に乗り換えて、やってきたのは水道橋。ここにあるのといえば、この間春香が歌い、私も目標にしている東京ドーム……の、はずなのだけれども。

「えっと……こっち?」

 兄さんと姉さんが入っていったのは、隣にある後楽園ホール。その隣にあるJCBホールではライブをやっているみたいだけど、こっちのほうは……って、プロレス? もしかしたら、兄さんの趣味なのかしら。

 さすがにひとりで入るのはどうかと思ったけど、見た感じ女性一人や女性の団体客も多いらしい。こうなったら、乗りかかった舟ね。

「すいません、空いてる席はありますでしょうか?」

「ああ、椅子席は全部埋まっちゃってるんでバルコニー立ち見になりますけど」

「では、それを一枚お願いします」

「じゃあ、三千円になります」

 促されるまま、私は三千円を財布から取り出して係員さんに手渡した。18歳以下なら学生証を提示して千円になるらしいけど、あまりむやみやたらに身分を明かさない方がいいと姉さんと兄さんに言われていたから、我慢我慢。

 途中、売店でパンフレットも購入して、立ち見席となるバルコニーへ。なるほど、ここからだったらホール全景も、中央にあるリングもとても見やすい。

 姉さんと兄さんは……いた。リングのすぐ間近で、二人してパンフレットを手に熱く語り合っている。そういえば、姉さんは格闘技が好きだと話していたことがあったような。

 私もパンフレットを眺めてみると、どうやらこのプロレス団体は「Dinamic Dream Ring」――通称、DDRプロレスリングというらしい。私はプロレスとか格闘技にはとんと疎いけれども、試合開始前からほぼ満員なのをみると人気なのは間違いなさそう。

 そうやってパンフレットを眺めているうちに、ゴングが鳴ってアナウンサーさんが前説をして試合開始。試合の前にはそれまでの流れが映像で説明されていて、初見の私にもとてもわかりやすかった。

 メイド服を着て鋭いキックや関節技を決めるレスラーや、華麗に脚立の上から飛び技を決めるレスラー。不良っぽい荒々しい戦いを見せる悪役レスラーと、それをおだてるように付き従う悪役二人。それに、蹴り技も投げ技も跳び技も、どの技も華麗に魅せてくれるレスラー……いろんなレスラーが出てきては、私たち観客を楽しませ、驚かせてくれた。

 あっという間に、残り試合はあとひとつ。最後に出てくるレスラーは誰なのかとパンフレットを見ていたその時、突然会場内に大音響の入場曲が流れ始めた。

「っ?!」

 スポットライトに照らされたその姿は、普通のプロレスラーと変わらない。だけど、その瞳は爛々と輝いていて……そう、まるで獲物を狩る獣みたいな瞳で。

『お気を付け下さい、お気を付け下さい!』

 アナウンサーさんが絶叫するのと同時に、そのレスラーはのそのそと歩き始めて、

『漢色ジーノ選手は本物です! 本物のゲイです! お気を付け下さいお気を付け下さいお気を付け下さい、お気を付けくださぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!』

 その言葉通り、通路の近くにいる男性のお客さんに抱きついたり、き、キスをしだしたり……な、なんなの? このレスラーは?!

 慌ててパンフレットを見ると、確かに『ゲイレスラー』として紹介されていたけど、まさか本当にキスしてまわるだなんて。しかも、女の人にはパンチの素振りまで見せて威嚇しているし。

 ようやくリングの近くにまで来たけれど、まだまだ狩りを続けて……って、あの、この先って兄さんと姉さんがいる席じゃ?!

「危ないっ!」

 そのレスラーは姉さんに向けて拳を振り上げて、躊躇無く殴りかかり――

『おおっ?!』

 と思ったその瞬間、兄さんがそのレスラーの前に立ちはだかって、

『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』

「きゃぁぁぁぁっ?!」

 ほ、本当にキスをっ?! 兄さんの唇に、躊躇無くキスするだなんてっ!

 姉さんを守ろうと立ちはだかるとは、兄さんは本当に男です……って、なんで姉さんは顔を赤らめてにたにた笑ってるんですかっ?! 妄想ですかっ、妄想なんですねっ?! というか、なんで私の顔まで熱くなってくるんですかっ?!

 

 その後、レスラーは何事も無かったようにまた狩りを再開して……それでいて、試合でもいろいろなことをしでかしたりもしつつ、最後には相手を蹂躙し尽くして勝ってしまった。

 ……勝つんだ、あれで。

 

 最後の客出しのアナウンスを聞いてからホールを出ると、冬の終わりということもあってかすっかり夕暮れに。ホールの外は少し肌寒かったけれども、一緒に出てきた人たちは誰もがそんな寒さを跳ね返すような笑顔だった。

 ジャンルは違えども、笑顔は私にとっても理想。しっかり歌の勉強をして、いつかまた聴いてくれた人々が笑顔になれるステージを創りたい。

 笑い合いながら、楽しそうにホールから出てきた兄さんと姉さんを見ると、尚更そう思う。だって、誰よりも二人には笑顔でいてほしいから。

 

 後からゆっくりついていくと、二人はさっき乗ったばかりの総武線に乗って秋葉原へ。やはり姉さんらしいというか、なんというか。

 昭和通りの出口を出たふたりは、駅前の公園を抜けてすぐ近くのビルへと入っていった。きっとゲームかアニメか何かのお店だろうと思って見上げてみると、

「……楽器店?」

 想像と全く違う場所に、思わず間抜けな声を上げてしまう。お茶の水も近くにあるのに、何故わざわざ秋葉原の楽器店を?

 疑問を抱いたまま、私も楽器店の中へ。もう既に別のフロアに行ったらしくふたりの姿は無く、私も追いかけるようにして階段を上がっていった。

 二階は……いない。三階も、いない。四階は……あっ、いた。

 離れるようにしながら眺めていると、兄さんと姉さんは演奏用のキーボードを見てあーだこーだと話していた。

「なるほど、このキーボードですか。結構色々な機能が揃ってるんですね」

「ええ。このキーボードだったら、ちょうどいいと思うんです。作った曲も録音出来ますし、パソコンにも繋げて使えますし」

「確かに、これだけ機能が揃っていて説明書も充実していれば言うことナシですね」

 もしかしたら、事務所に新しく備品として入れるつもりなのか、それとも、兄さんのお買い物に姉さんが付き合っているのか。さっきまでと違って、ふたりともお仕事の時のように真剣にキーボードを見ていた。

 視線が合わないように視線をわずかにそらすと、ピアノにキーボード、ウインドシンセサイザーといった楽器がところ狭しと配置されていた。どれも電源が入っていて、勝手に試し弾きさせてもらえるらしい。

 さわり程度に手近にあったキーボードに触れてみると、軽快なピアノの音色が両端のスピーカーから流れてきた。本物の迫力には負けるけれども、それでもかなりリアルな音色。そのまま、軽くエチュードを弾いてみる。

 事務所にもキーボードがあってみんなで使っているけれど、やっぱり一つの機材をみんなで使うには限界があるわけで、プロデューサーさんたちやみんながお仕事かお休みの日の時に触らせてもらう程度だった。

 アイドルのときは、それで十分だと思っていた。でも、こうして普通の高校生に戻って時間が出来ると、時間があれば触れたくなってしまって……

「よしっ、コレにしましょう」

 と、兄さんが買うものを決めたのか、キーボードから店員さんに向き直った。

「すいません。このキーボードを頂けますか?」

「はいっ、ありがとうございます。本日お持ち帰りのご予定ですか?」

「あー、宅配とかって出来ます? できれば、ラッピング込みで」

 ラッピング? 事務所か兄さんの備品に、わざわざ?

「もちろん大丈夫です。宅配料とラッピング料を頂きますが、よろしいでしょうか?」

「はい、もちろん。それと、メッセージカードとか添えられたらお願いしたいんですけど」

「メッセージカードですか。何種類かありますので、お選びください」

「んー……小鳥さん、どのカードがいいですかね?」

「そうですねぇ。お誕生日ですから、このバースデーケーキが描かれたのとかどうです?」

 お誕生日……?

「おおっ、こりゃいいですね。じゃあ、これにします」

「承りました。それと、配送のご予定はいつ頃で?」

「二月二十五日。できれば、夜の配送便で」

 にがつ、にじゅうごにち……たんじょうび……っ?!

 それは、あまりにも心当たりがありすぎる日付。

「ふふっ。千早ちゃん、きっと喜びますよ」

「だったらうれしいですね。音楽の勉強も頑張ってるみたいですし、このキーボードがあいつの助けになれば幸いです」

「事務所でも、よく弾き語りの練習をしてますから。プロデューサーさんからお話を伺ったとき、ここかなって思って」

 兄さんも、姉さんも……私の誕生日のこと、覚えていてくれたんだ。

「ありがとうございます。いいお店を紹介していただいて」

「いえいえ。他でもないプロデューサーさんの頼みですし、かわいい妹のためですから」

 うれしそうに笑いあうふたりから語られる、私の存在。

 それがうれしくて……だけど、こうしてここにいることが後ろめたくて。

 ――ここまで、ね。

 私はそう思いながら、急いでその場をあとにした。

 

「ふぅ……」

 温かいペットボトルの紅茶をひとくち飲んで、ため息をつく。

 寒空の下ではありがたいぬくもりだけれど、やはり姉さんが淹れてくれた紅茶は細かく気遣ってくれているんだと気付かされる。

 楽器店から出てすぐにある秋葉原の駅前公園で、私はざわめいた心と疲れた身体を落ち着かせようと片隅のベンチに座っていた。

 想像して不安になった姉さんのデートプランは、ふたを開けてみれば兄さんもとても楽しそうで、姉さんも兄さんをエスコートできたことがうれしそうだった。それに、最後は私のために二人して楽器店まで足を運んでくれて……だからこそ、ふたりのデートをずっとこっそり追いかけていたことが、とても申し訳なくて。

「あとで、ちゃんと謝ったほうがいいわよね」

 ペットボトルを両手で握りながら、ひとりごちる。兄さんと姉さんに正直に言って、ちゃんと、謝って……その先がどうなるかわからないけど、それだけは最初にしておかないといけない。ふたりの大切なプライベートを、私はのぞき見してしまったのだから。

 でも、今はまだ兄さんも姉さんも大切なデートの時間。とりあえず、寮に帰って、姉さんが帰ってきたら――

 そう思っていると、バッグの中のケータイから着信音が流れだした。

「兄さん……?」

 シェルを開けると、画面には兄さんの名前が。

 ――出ても、いいのかな。

 ためらう間にも、流れ続ける着信音。もしかしたら、今がいい機会かもしれないから、

「……もしもし」

 意を決して、通話ボタンを押した。

『おう、千早か。遅かったな』

「すいません。気付くのが、遅れてしまったもので」

『そっか。なあ、千早は今ヒマだったりするのか?』

「ヒマかって、姉さんはどうされたんですか?」

『もちろん、小鳥さんもいっしょだぞ』

 兄さんの言葉に応えるように、少し遠くから『千早ちゃーん』という姉さんの声が聞こえてきた。

「そうでしたか。でも、今はデートなのですから、わざわざ私のことを気にしなくても」

『いや、さすがにそういうわけにもいかんだろ』

「っ?!」

 おどけた声が聞こえたかと思った瞬間、私の肩に何かが乗っかって、

「イタズラっ子が、こんなところにいるんじゃなあ」

 振り向くと、そこにはにやりと笑う兄さんと姉さんの姿があった。

「どっ、どうしてふたりともここに?!」

「それはこっちの台詞……と言いたいところだが、おおよそ小鳥さんの妄想デートプランが心配になってついてきたとかそんなところだろ」

「す、すいません」

「ううっ、千早ちゃんに心配された~……」

「ごめんなさいっ、本当にごめんなさいっ!」

「なーんて、ね。冗談よ、冗談。楽器屋で物音がしたときにプロデューサーさんが突然飛び出して、私も来てみたら千早ちゃんがここでうなだれてるんだもの。びっくりしちゃった」

「あの、でも、私は変装してて」

「おいおい、これでも俺はお前のプロデューサーを一年やってたんだぞ? 千早の変装のバリエーションぐらい、把握してるっての」

 自信満々に、答えてみせる兄さん。やはり、兄さんにはかなわないのかな。

「本当に、こんな真似をしてしまい申し訳ありませんでした。ふたりの大事なデートだったのに、それを邪魔するような真似をしてしまって……」

 私は慌てて立ち上がると、兄さんと姉さんに向かって深く頭を下げた。

 こんなことをしても、許されないかもしれない。でも、今はただこうすることしか思いつかなかったから……

「なあに、気にすんな」

「そうそう。私は、むしろうれしかったから」

「……えっ?」

 ゆっくりと顔をあげると、ふたりは優しい笑みをたたえて私のことを見つめていた。

「だって、それだけ千早ちゃんが人のことに関心を持てるようになったということでしょ?」

「出会った頃のお前だったら、きっと我関せずだったもんな。それが心配になったからついて来るだなんて、この、かわいいやつめっ」

「きゃっ」

 冗談めかして言いながら、兄さんは手を伸ばして私の頭をぐりぐりと撫でつけてきた。

「ああっ、ダメですよ! 髪は女の子にとって大切なものなんですから、そんな乱暴にしちゃ」

 続いて、姉さんが軽く乱れた私の髪をそっと撫でながら直してくれた。

「それに、千早ちゃんもしっかり楽しんでいたみたいだし、ね」

「あっ」

 姉さんが視線を向けたベンチの上には、同人誌やプロレスのパンフレットが入った私の紙袋があった。

「こ、これはあの、その、なんというか……」

「どう? 楽しかった?」

「……はい、楽しかったです」

 からかいではなく、確認するかのような優しい言葉に、私は小さくうなずいた。

「うんっ、楽しかったならいいの。気にしない、気にしない!」

「おうっ、そうだぞ。楽しいってのは人生で一番大事だからな!」

 私の懊悩を、姉さんも兄さんも軽く笑い飛ばしてくれる。やっぱり、ふたりにはかなわないな。

「まあ、そんなわけで……さっきも見ていたと思うけど、お前への誕生日プレゼントを買っていたわけだが、まだ途中でな。千早も、いっしょに来るだろ?」

「い、いいんですか?」

「ええ。少し早いけど、誕生日プレゼントということでどうかしら?」

 穏やかな笑みを浮かべている、兄さんと姉さん。以前の私なら、なんだかんだ言って避けていたかもしれないけれど……

「はいっ、よろこんで!」

 今はとても心地よくて、私はそう即答した。

 

 プロデューサーとアイドルという関係からは離れてしまったあとも、兄さんと、そして歌い手の先輩である姉さんが、こうして私のそばにいてくれる。

 いつかは、新しいアイドルをプロデュースすることになったり、ふたりが結婚したりして私から離れてしまうかもしれない。

 

「あの、姉さん、兄さん」

「うん? どうしたの?」

 

 でも、こうしてふたりといっしょに過ごす日々は、私にとって宝物。

 今までも、これからも、ずっと……ずっと。

 

「いっしょに、手をつないでもいいですか?」

「ああ、もちろんだとも」

「じゃあ、千早ちゃんは私たちの間ね」

 

 だから……

 ふたりといられる限り、この時間を大切にしていたい。

 

「はいっ!」

 

 私の大好きな、兄さんと姉さんなのだから。

 

【ひなどり、にひき。 おしまい】

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