まどろみながら味わう、幸せな気分。
あったかくて、ふわふわしてて……なんだか、気持ちよくて。
酒を飲んだあと味わうこの気分がたまらなく心地よくて、酒に弱くても、何度も味わいたくなる。しかも、今日は特にあったかくて……
……ん? あったかい?
「んー……ぐぁ」
目を開けようとしたとたん、激しい痛みが頭の中で響きだした。
ドラム缶で叩かれてるような、一斗缶でひっぱたかれてるような感じで、めっちゃくちゃ痛い……うう、さすがに飲み過ぎたか。
なんとかこらえて目を開けてみると、
「……どこだ、ここ」
そこは、見知らぬ部屋。
ぼやけた視界をこらしてみると、白を基調にした落ち着いた部屋で、可愛らしいぬいぐるみやマンガの本、何かが描かれたノートや画材が綺麗にまとめられていた……って、どうして俺はこんなところにいるんだ?
昨日の晩は小鳥さんにたるき亭へ連れて行ってもらって、しこたま呑んで、しこたま笑って……いかん、ここまでしか思い出せん。俺、いったい何をやらかしたんだ?
なんだかそら恐ろしくなって起き上がろうとしたそのとき、頬を包むあったかい感触に改めて気付く。
なんだかふにふにしてて、やわらくて……ぽかぽか? ほおずりしてみるともっと幸せになれそうだけど、これって一体何だ?
「くー……」
「っ!?」
突然、上のほうからかわいらしい声が……って、上から?
「おわっ!?」
なんとか寝返りをうってみると、見えるのはドンと突き出した二つの丘。
「くー……」
丘の主は寝ているのか、小さな寝息を立てながら二つの丘、というか胸をゆっくり上下させていた。
いや、胸は別にいい……いや、良くない、というか、なんと言えばいいのがわからないんだが、この服装って、もしかして……
「こ、小鳥さーん?」
「……くー」
呼びかけてみるけど、返事はナシ。でも、この服装とふくらみは小鳥さんのものに間違いは無いわけで、
「うわぁ」
そう考えただけで、顔が滅茶苦茶熱くなってくる。だって、膝枕だぞ? 気になる先輩の、小鳥さんの膝枕。しかも、ふにふに、ふかふか、ぽかぽかのトリプルクラウンときたもんだ。何がどうしてこうなったのかはわからんが、今は至福の時を――
「ようやく起きましたか、兄さん」
「うぉっ!?」
突然、ドアのほうからかけられる声。
「まったく、お酒に弱いくせして暴飲だなんて。体、壊しても知りませんよ?」
見ると、俺の元パートナーであり妹分の如月千早が苦笑いしながらお盆を手に部屋へと入ってきていた。
「ち、千早。お前、どうして?」
「忘れたんですか? 私の部屋、音無さんの部屋の隣なんですけど」
「いや、それはわかっているが」
「昨日、大変だったんですからね。音無さんから助けて下さいって電話をもらって、泥酔した兄さんをふたりでここまで連れてきたんです」
「そっか……すまん」
「まあ、音無さんも兄さんのことを膝枕してて、満更でもないみたいでしたけど」
「へ?」
って、小鳥さんから俺のことを膝枕してくれてたっていうのか?
「とりあえず、もう起きた方がいいと思います。お水も、入れてきましたから」
「お、おう」
呆れたように笑う千早がテーブルに水を置いたのを見て、俺もようやく顔を上げる。名残惜しくはあるが、誰かに見られてるとさすがに、その、恥ずかしいわけで。
「音無さん、音無さん。朝ですよ? 起きて下さい。その体勢だと、寝てても疲れちゃいますよ」
「ん~」
俺が水を飲むのを尻目に、小鳥さんのことを起こそうとする千早。見ると、小鳥さんはベッドを背もたれにして膝枕してくれていたらしい。
うれしいことはうれしいんだが……さすがに、申し訳ないな。
「ふぁ~……あ、おはよ~、ちはやちゃ~ん」
「おはようございます。プロデューサー……いえ、兄さんも起きてますよ」
「ふぇ?」
寝ぼけているのか、ゆるんだ表情の小鳥さんが俺のほうを向く。
「あ、おはようございます、小鳥さん」
「…………」
と、挨拶したらそのままフリーズしてしまった。
「~~~~っ!?」
かと思うと、弾かれたように立ち上がって部屋から出て行って……まもなく、じゃぶじゃぶと何かを洗うような水音が聞こえてきた。
「顔、洗ってるのかな」
「寝起きでしたからね」
うーん、寝顔もさっきの顔も可愛かったんだがなぁ。
そう思いながら千早と話していると、軽く落ち込んだらしい小鳥さんが部屋へとぼとぼと入ってきた。
「うう、すいません……なんだか、みっともないところ見せちゃって」
「いえいえ。こちらこそ、小鳥さんにいろいろ迷惑かけてしまったみたいで……ホント、すいません」
「どうせ、私のことで思い悩んでお酒を浴びるように飲んだとか、そういうのではないですか?」
「ぐっ」
小鳥さんと頭を下げあっている俺に、千早が容赦なくツッコミを入れてくる。間違ってはいない上に、その当人に言われると滅茶苦茶効くな……
「もう、気にしないでって言ってるのに。兄さんがここまで育ててくれて、私はうれしいんですから」
「……ん、すまんな」
「だから、謝っちゃだめです。兄さんはいつもみたいに笑っていてください」
そう話す千早の笑みには、一点の曇りもなかった。
俺とのプロデュースを解消し、進級した千早は学業中心にシフトすることを選んで芸能活動を休止。将来的に歌手として復帰することを目指しながら、この寮に住み込んで765プロで事務のバイトをしている。
もう千早のことをプロデュースすることは出来ないが、それでも再び高みを目指そうとしていることがうれしかった。
「ほら、やっぱり千早ちゃんからも言われちゃいましたね。プロデューサーさん」
「でも、そこが兄さんの兄さんらしいところですから」
「千早も好き勝手言いやがって。悪かったですね、小鳥さん。俺がこんな性格で」
軽くすねてみせると、小鳥さんと千早はくすくす笑いながらも「まあまあ」と肩をぽんぽん叩いてくれた。
プロデューサーでなくなった俺を「兄さん」と呼ぶようになった千早に、弟分の俺の面倒見てくれる小鳥さん。ホント、この妹と姉には頭が上がらないや。
「そもそも、プロデューサーさんは悩みすぎなんです。昔のアイドルにはあまりとらわれず、プロデューサーさんらしくプロデュースしていけばいいんですよ」
「まあ、そうは言いますけど……でも、俺にとって目標なんですよ。『陽菜』は」
「そうなんですか?」
「私もです。とても素晴らしい歌とパフォーマンスで、アイドルとして私が目指すべき目標だと思っていましたから」
人々を魅了してやまなかった、陽菜の老若男女誰もが振り向くような歌。「蒼い鳥」「目が逢う瞬間」「arcadia」を経てたどりついた曲「my song」で、陽菜が持つその魅力の一端に近づくことが出来たと思うけど、その先へ行くにはあまりにも時間が足りなすぎた。
「ふうん……」
小鳥さんは千早が入れてくれた水をこくんと飲むと、改まるように俺に向き直った。
「プロデューサーさんは、次に担当してあげる子にも目標として、その陽菜っていうアイドルのことを伝えるつもりなんですか?」
「えっ?」
「私は、アイドルひとりひとりに違った目標があっていいと思うんです」
「それは、そうですけど……」
「ほら、日高舞さんとか、神長瑠衣さんとか、トップアイドルにもいろんな方がいらっしゃるじゃないですか。陽菜だけを目標にしないで、もっと視点を広げないと」
「音無さんの言うことにも、一理あるかもしれませんね。私には陽菜さんが良き目標でしたけど、ひとりひとりに違ったタイプがあるわけですし」
「まあ、確かにそうだが」
的を射ているだけに、さすがに納得せざるを得ないが……それでも、陽菜っていうアイドルが俺にとっての最大の目標っていうのは、きっと変わらない。
「次の子に出会ったら、その子らしさを大切にしてプロデュースしてあげてください。約束、ですよ?」
「は、はい」
小鳥さんが小指を差し出したのにつられて、俺も思わず小指を差し出す。
「ゆーびきーりげーんまん、うーそつーいたーらはーりせんぼんのーますっ。ゆーびきったっ♪」
お決まりの歌を唄って、絡めた指を勢いよく離す小鳥さん。
「あ、私もいいですか?」
続いて、千早も俺に指を絡めてくる。
「私のことは気にしないで、兄さんはしっかり次の子をプロデュースしてあげてくださいね。ゆーびきーりげーんまん、うーそつーいたーらはーりせんぼんのーますっ。ゆーびきったっ♪」
同じように指切りをして、笑いあう小鳥さんと千早。
「あははっ」
俺も思わず、二人といっしょに笑ってしまった。
「さて、ちょっと遅いですけど朝ごはんにしましょうか。プロデューサーさん、今日はお休みですよね?」
「あ、はい」
「じゃあ、ゆっくりしていってくださいね。二日酔い、まだ抜けてないでしょうから」
「あっ、私も手伝います」
「ありがとう、千早ちゃん」
小鳥さんに続いて、千早も立ち上がる。
「そうそう、プロデューサーさん。紅茶も入れますけど、ホットとアイスのどっちがいいですか?」
「じゃあ、ホットで。あと、いつものお願いします」
「ふふっ、牛乳とハチミツですね。もちろん用意してますから、待ってて下さいね」
「はいっ、ありがとうございます」
軽く頭を下げると、小鳥さんは「いえいえ」と言いながら千早といっしょにキッチンへ入っていった。
……しかし、ここが小鳥さんの部屋か。
改めて見てみると、ベッドに小さなテーブル、ノートPCに板――タブレットっていうのか? コレは――があったり、ペンやマンガ用の原稿用紙、CDやいろんなゲーム機があったりと、普段の小鳥さんらしい生活が垣間見られる。
そう思いながら部屋の中を眺めているうちに、ベッドサイドにあったフォトスタンドが視界に入った。
「ん?」
そこに収められていたのは、男性――たぶん、今より若干若々しい高木社長の姿。そして、その隣には事務員の制服を着たセミロングの髪の女の子がいて……
「小鳥、さん?」
見慣れた姿のはずなのに、脳裏に刻まれたもうひとりの姿が重ってしまう。
「というか……『陽菜』?」
それは、今は消えてしまったアイドルの名前。
誰とも知れず、どこかへと行ってしまったアイドルの姿。