ひなどり、にひき。   作:南澤まひろ

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第3話「焦り」

『それでは、発表いたします』

 緊張に満ちたアナウンスがドーム中に響いた瞬間、観客席のざわめきが一気に静まっていく。

「春香……」

「春香ちゃん……」

 願うように呟きながら、両隣に座る千早と小鳥さんが俺の手をぎゅっと握ってきた。

 関係者席から見える舞台に立っているのは、六人の女の子。その真ん中で、可愛らしいリボンで髪を結った女の子――天海春香ちゃんと、ポニーテールの女の子が祈るようにして目をつむっていた。

「春香ちゃん、先輩……」

 そして、俺の目の前には両手を組んでいるうつむく先輩の姿。

 この一年、誰よりも頑張ってきた二人の結果が、今まさに明らかにされようとしていた。

『第十五回アイドルアルティメイト、優勝者は……』

 頼む、神様。

 春香ちゃんと先輩に、最高の栄冠を――

『765プロダクション所属、天海春香さんです!』

《うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!》

 その瞬間、ドーム内が爆発したかのような歓声に包まれた。

「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「やった、やったぁ、春香ちゃん!!」

「春香……春香が、優勝? ねえ、兄さん、音無さん、春香が優勝したんですかっ!?」

「ああ、そうだ! 千早っ! 春香ちゃんが優勝したんだぞっ!!」

「ゆう、しょう……ぐすっ、春香……春香、おめでとうっ! はるかぁっ、おめでとーっ!!」

「よかった、よかったね、千早ちゃん!」

 手を取り合って、涙を流しながら喜ぶ千早と小鳥さん。

「うっしゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 そして、先輩は思いっきり飛び跳ねて喜びを爆発させた。

「やりましたね! 春香ちゃんと先輩、トップのトップまで上り詰めましたよっ!」

「ああ、ありがとう! ありがとうっ!!」

 先輩は俺たちの手を取ると、ぎゅっと握りしめながら涙を流して笑っていた。そりゃそうだ。この一年、ふたりでずっと駆け上っていって頂点まで上り詰められたんだから、喜びもひとしおだろう。

 舞台の上でも、春香ちゃんは涙を流しながら審査委員長の歌田さんからトロフィーを受け取っていた。

 普段は普通の女の子なのに、ひとたび舞台に立てばまっすぐな歌声で、溌剌としたダンスで人々を魅了し、その普遍さは誰もが親しみやすい雰囲気へと変貌を遂げる。アイドル・アルティメイトを通じてそれはより成長していって、こうして日本中のみんなからの支持を得るまでになったんだろう。

 まさに、光り輝くトップアイドル。

 先輩と春香ちゃんの二人で掴んだ、栄光の頂点。

『天海さん、おめでとうございます! 今の御感想は?』

『ううっ、本当に……本当に、ありがとうございます! プロデューサーさん、お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、友達のみんな、765プロのみんなっ! やったよっ! やったよーっ!!』

 トロフィー片手に、全身で喜びを爆発させる春香ちゃん。

「春香ぁぁぁぁぁぁっ! やったぞぉぉぉぉぉぉ!!」

 そんな春香ちゃんに、先輩がはばかることなく叫ぶ。関係者席からは遠いけど、その気持ちは痛いほどよくわかった。

『本当におめでとうございます! それでは、勝者の歌声をもう一度聴いて頂きましょう。天海さん、フィナーレを飾る歌は決まってますか?』

『もちろん、決まってます! プロデューサーさんと大切に育ててきて、みんなが愛してくれたこの曲!』

 春香ちゃんはそう言うと、まるで女神のようにトロフィーを掲げてみせた。

『《乙女よ大志を抱け》っ!』

《おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!》

 スポットライトを浴びて、きらめく姿。

 それはとっても眩しくて……俺の理想を遥かに越えた、新たなトップアイドルの姿だった。

 

 ボーカル・ダンス・ビジュアルの全てを兼ね備えた日本中のアイドルが集結し、頂点を決める一大イベント――「アイドル・アルティメイト」。

 先輩のプロデューサーと春香ちゃんは早くからこの舞台を目標にしていて、何度も成功と失敗を繰り返しながら、この日を迎えることが出来た。

 いろんなところで歌を伝えたかった俺と千早は違う道を選んだけど、やっぱりそこは同じ事務所の仲間同士。小鳥さんといっしょに、俺と千早は決勝のサポートスタッフとして先輩と春香ちゃんの大舞台を見届けさせてもらった。

 

「本当に、本当によかったです」

「春香ちゃん、本当にうれしそうだったものね」

 しみじみと言う千早に、小鳥さんがうれしげに笑いかける。

「そりゃそうですよ。一年間かけてあの舞台に立てて、そして頂点も得られたんですから」

 寮へと二人を送る帰り道で、俺もハンドルを握りながら先輩と春香ちゃんの日々を振り返っていた。

「俺たちとまた違う形でトップアイドルを目指して、そして見事に勝ち取って……やっぱり、先輩と春香ちゃんは凄いです。日本中が認めるトップアイドルになれたんですから」

 あのきらめくような姿は、きっとプロデューサーをやっているうちは一生忘れることが出来ないと思う。だって、今までに見たことがなかった、まさに唯一無二のアイドルの姿だったんだから。

「プロデューサーさんも、ずいぶん勉強になったみたいですね」

「はい。もちろん勉強にもなりましたけど……でも、それ以上に先輩や春香ちゃんががんばってきた姿を間近で見てきましたし、引退した千早もいっしょになって、春香ちゃんのことをサポートできましたし。俺としては、今はふたりに全力でおめでとうって言ってあげたいです」

「私も。それに、新しい目標が出来ました」

「新しい目標?」

 千早から初めて聞く言葉に、信号待ちが始まったこともあって軽く振り返る。

「はい。春香があの舞台を大歓声で包んだように、私も私らしさをめいっぱい育てて、いつかドームの舞台に立ってみせます。アイドル生活で学んだこと、いっぱい活かして」

 自信に満ちた千早の表情が、ウインドウから射す街灯に照らされる。

 間近にいたライバルであり、友人である女の子があのような晴れ姿を見せたんだから、影響されるのも当然だろう。

「千早も、成長したよな。前だったら無視するか、血反吐を吐くまで練習して追いつこうと必死になっていたろうに」

「あの時は、その……いろいろ、ありましたし。それに、春香とはずっとがんばってきましたから」

「そうだな」

 弟さんを交通事故で亡くし、それを境に両親が不仲になってしまった千早。

 孤独で歌しか拠り所が無かった千早だけど、アイドル活動でいろいろな人とふれあったり、親友と自他共に認める春香ちゃんと出会えたことで、前向きに進んでいけるようになった。

「これからは目指していくのは歌手だから違う分野ですけど、いつかは春香が上がる舞台に私も上がれるよう、ひとつひとつステップアップしていきたいです」

「私も、できることはいっぱいサポートするからね。ふぁいとっ、千早ちゃんっ」

「ありがとうございます、音無さん……いえ、『小鳥姉さん』」

「そ、それ、いきなりは反則っ! すっごく照れるって言ったでしょっ!」

「ふふっ。いつも照れて呼ばせてくれないんですから、たまには」

 顔を紅くしてあたふたとする小鳥さんに、千早はいたずらっぽく笑ってみせた。

 出会った当初のつっけんどんな態度や何にでも反発する行動からすれば、劇的に成長したと言っていいだろうな。

「ホント、千早は成長したよ。それに対して、俺はさー……」

「兄さん?」

「プロデューサーさん?」

 情けない表情を隠すようにして、前を向いて青信号になったところでアクセルを踏む。

「ホント、千早も春香ちゃんも先輩も凄いよ。しっかり前を向いて、一歩一歩進んでいってる。なのに、俺は昔のことに縛られてばっかしだ。陽菜のことばっかり追いかけて、マトモに次の子も見つけられなくて」

 陽菜の幻ばっかり追い求めていた俺は、すっかり置いてきぼり。今から新しいアイドルのプロデュースをしても、どうすればいいのか……さっぱりわからない。

「別に、昔のことに縛られるのは悪いことではないと思いますよ。前の私がそうでしたし、今だって、弟のことを想うのは変わりないですから」

「……お前が言うと、重みがあるな」

「当然です。だって、私は兄さんの妹なんですよ?」

「でも……いいことっていうわけでもないんですよよね」

「小鳥さん?」

 自信を持って言う千早だけど、小鳥さんはその隣でわずかに表情を曇らせていた。

「私も、どっちかっていうと昔のことに縛られてる方ですから。千早ちゃんや春香ちゃんの前向きな姿を見てると、憧れちゃいます」

「昔のこと、ですか?」

「はい、昔のことです」

 そう言って、目を伏せる小鳥さん。

「忘れちゃいたい過去だって、いっぱいあります」

 なんだか、その呟きがもの悲しくて、

「過去に、何かあったんですか?」

 俺は、そう言わずにはいられなかった。

「な、何でもないですよ、プロデューサーさん。女の子には一つや二つぐらい、いろんなことがあるんですから」

 慌てたように笑って、小鳥さんが手を振る。だけど、いつもとは違って、なんだか無理しているようにも見えた。

 まさか、と思うけど……

「変なことを聞きますけど……十一年ぐらい前、何かあったりしませんでした?」

「っ?!」

 俺の言葉に、小鳥さんの表情が凍り付いて……いや、これはいくらなんでもまずい!

「す、すいません。俺、変なこと聞いちゃって……今の、聞かなかったことにして下さい」

「に、兄さん? 音無さん?」

「…………」

 俺の言葉にも、千早の問いにも反応せずうつむき、黙りこくってしまった小鳥さん。

 俺は、踏み込んではいけない領域に踏み込んでしまったのだろうか……

「……プロデューサーさん」

 そう思った瞬間、小鳥さんが顔を上げて俺に話しかけてきた。

「忘れてほしい人がいるっていうのも、覚えておいたほうがいいと思いますよ?」

 バックミラー越しに見えた小鳥さんの作り笑顔が、心に突き刺さる。

 そして、その言葉はどんなものよりも辛辣で……小鳥さんからの答えかもしれないと思うと、とても悲しかった。

 

 結局、俺たちはそれから一言も話せないまま寮にたどり着いた。俺と小鳥さんは明日も仕事があるということでその場はお開きにしたけど……今の状態で小鳥さんと話すだなんて、虫がよすぎるいい話だ。

 好奇心に負けて、つい言葉にしたことが小鳥さんを傷つけてしまった。いつも笑顔を見せてくれたり、ちょっとした妄想で暴走しかける小鳥さんのことが好きなのに……あんな表情なんて、見たくなかったのに。

 本当に、俺は馬鹿だ。大馬鹿にも程がある。

 俺は自分を責めながら、眠れないまま一晩を明かして……そして、次の朝を迎えた。

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