プロデューサーっていうのは担当が無くとも、ヒラ社員として働かなければただの無能。何かあったからといってズル休みをしていたら、切られてしまったり閑職に追いやられるのは当然なわけで、いくら合わせる顔が無いと言ってもさすがに休むわけにはいかなかった。
「ふぁ~……」
とはいっても、一睡もしてない状況で車を走らせるのは危険すぎる。ということで、今日は久しぶりで電車で事務所へ出社することにした。
「おはようございます~……」
半ば眠気に浸りながら、事務所のドアを開ける。
「あ、おはよう」
「おはようございます、千早ちゃんのプロデューサーさん」
そこにいたのは、先輩と春香ちゃんのいつものコンビ。
「おっ、キミが765プロのもう一人のプロデューサーだなっ!」
それと、どこかで見覚えのあるポニーテールな女の子。
「えーっと……君は?」
「えっ?! じ、自分を知らないのかっ?! 自分は元961プロのカンペキなアイドル、我那覇響だぞっ!」
「がなは、ひびき……ああ、昨日春香ちゃんに負けた」
「うがーっ!! このプロデューサー、すっごく大バカだぞっ!! 準優勝って言えっ! 準優勝って! なにさっ、デリバリーの無いヤツめっ!!」
「ひ、響ちゃん、それを言うならデリカシーだと思うよ?」
なんだかわめいてる響ちゃんに、それをなだめる春香ちゃん。
「というか、何なんですか? この事態は」
そんな二人をよそに、俺はどうしてこんな状況になっているのか先輩に聞いてみることにした。
「ああ、響が961プロを追い出されたらしくてな。それでウチに来たらしいんだが……どういうわけか、僕がプロデュースすることになってしまったわけだ」
「はい?」
「当然だぞっ! キミは春香と二人で自分を打ち負かしたんだから、キミにプロデュースしてもらえばトップアイドル間違いなし! ぜーったい、プロデュースしてもらうんだからなっ!」
「わ、私もいるんですからねっ?! 忘れないでくださいよねっ!!」
元気に自己主張する響ちゃんに続いて、負けじと自己主張をする春香ちゃん。
「と、いうわけだ。これから仲間が増えるわけだが、君も我那覇君と仲良くしてくれたまえよ」
「自分はヤだぞっ! こんなバカデューサーと仲良くなるなんて、お断りだからなっ!」
「あ、あははは……ゴメン、ホントにゴメン」
社長が笑いながら言ってくれたけど、響ちゃんにとっての俺の第一印象は最悪だったらしい。まあ、確かに負けたとか言ったのは悪いかもしれないけどさ。
そんな感じで、朝から春香ちゃんに響ちゃん、先輩に社長とにぎやかな765プロだけど……なにか、物足りない。
「あの、社長。小鳥さんはどうしたんですか?」
そう。出勤しているはずの小鳥さんの姿が無いんだ。
「ん? そういえば、この騒動ですっかり忘れていたが……もう始業の時間だというのに、音無君から電話も何も無いな」
「そういえば、小鳥さんが来てないですね」
「今朝はまだ見てないような気がします」
「なんだ? ここにも動物がいるのか?」
同じように答えてくれた社長と先輩と春香ちゃんに、全く的はずれなことを言い放つ響ちゃん。って、もうこの時間なのに来てないって……
「あの、ちょっと連絡してみます」
俺はポケットからケータイを取り出すと、事務所の片隅で電話帳から小鳥さんのケータイの番号を検索して発信ボタンを押した。
『こちらは、留守番電話センターです。メッセージを録音しますので、三分以内で――』
発信音もせず、流れてきたのは留守電のメッセージ。家の電話にもかけてみたけど、数回の発信音が鳴って同じように留守電のメッセージが流れた。
普段は寝坊とかしないのに……昨日のこともあるかもしれないから、一応メッセージを入れて次の番号にかけてみる。
『おはようございます、兄さん』
電話に出たのは、今日は学校もバイトもお休みな千早。
『どうしたんですか? こんな時間に』
「ああ、すまん。実はまだ小鳥さんが出社してなくて、連絡も取れなくてな」
『……昨日、兄さんが変なことを言ったからじゃないですか? 音無さん、あれから何も言わずに部屋に戻っていったんですよ』
「やっぱり……悪いことしたな」
『そう言うんだったら、ちょっとは慎みを覚えて下さい。とにかく、音無さんの部屋に向かってみます』
受話器の向こうからぱたぱたと音がしたかと思うと、バタンとドアが閉まる音が聞こえてくる。小鳥さんの部屋に向かっているってことなんだろうけど、
『鍵、かかってますね』
呼び鈴の後に聞こえてきたのは、ガチャガチャという無情な音と千早の声。
「えっと、駐車場はどうだ? 小鳥さんのミニクーパーが有るはずだけど」
『駐車場ですね。ちょっと待って下さい』
続いて、階段を下りているらしいぱたぱたという音が聞こえてきて……
『無い……無いですっ、兄さん!』
「無いって、小鳥さんの車が?」
『はい、仕事に行ってなかったら置いてあるのに……』
小鳥さんの車が無いってことは……どこかに、行った?
『忘れてほしい人がいるっていうのも、覚えておいたほうがいいと思いますよ?』
まさかと思うけど……いや、むしろ、
〈陽菜、失踪〉
だからこそ……なのか?!
昨日の言葉と十一年前の事件が一気に重なって、目の前が真っ暗になる。
「すまん、千早。俺が小鳥さんを探してくるから、お前は家で待っててくれないか?」
『探してくるって……音無さんと、姉さんと何かあったんですか?!』
「落ち着いてくれ。俺が、すぐに探してくるから」
『落ち着いてられません! 姉さんまでいなくなってしまったら、私……』
スピーカーの向こうで、千早の声が揺れる。そうだ、弟さんを亡くして、ご両親の心が離れてしまって、小鳥さんまでいなくなってしまったら……
いや、それだけじゃない。俺だって、小鳥さんがいなくなってしまうのだけは、絶対イヤだ!
「大丈夫。もしかしたら小鳥さんが帰ってくるかもしれないから、千早は家で待ってて欲しい。連絡は、できるだけちゃんと入れる」
『本当ですか……? 兄さん、絶対約束ですよ?』
「ああ、約束だ。じゃあ、探してくるぞ」
『はい、お願いしますっ』
懇願するような千早の声を最後に、俺は終話ボタンを押して自分の席へと駆け寄った。
「どうしたんだね? 音無君に、何かあったのかね?」
「い、いえ。俺、ちょっと行ってきます!」
そのまま机に置いたバッグを引っ掴んで、来たばかりの道をまっしぐらに戻っていく。
消えてしまった小鳥さんの足取りを追って。
何か、思い当たりがあるっていうわけじゃない。
それでも、765プロの近辺を……陽菜に関わりがありそうな場所や小鳥さんと一緒に遊びにいった場所を、走ったり電車で駆けめぐるしか無かった。
前の中村プロの事務所に、現事務所。今はもう古びたデパートの屋上にライブハウス。浅草花やしきやスイーツフォレストに、近所の公園。でも、どこに行っても小鳥さんの姿は見あたらない。
千早にはいつ戻ってきてもいいように部屋にいてもらってるけど、電話をしても戻ってくる気配は無し。小鳥さんに電話をかけてみても、家もケータイも全く繋がらない。
『忘れちゃいたい過去だって、いっぱいあります』
小鳥さんにとっては、誰にも触れてほしくなかった過去なのに、俺は無神経に触れてしまって……きっと、また俺に触れられてしまうんじゃないかって、だから俺の前から消えて……
頭の中に、次から次へと巡っていくネガティブな思考。でも、最後のだけは否定したくて、ただ小鳥さんを見つけたくて闇雲に東京中を駆けていく。
陽菜がいなくなって、その幻を追い続けた結果小鳥さんまで追いつめてしまっただなんて……そんなの、後悔してもしきれないじゃないか!
駅の改札から飛び出して、見慣れた道をまた走っていく。進展は無い。寮にも戻っていない。電車待ちの間に事務所にも電話してみたけど、小鳥さんはまだ出社していなかった。
はっきり言って、詰んでいる。でも、このまま立ち止まっていたら、小鳥さんに追いつけなくなりそうで……
「はぁっ……はぁっ……」
でも、走り続けるのにも限界がある。
「ゲホッ、ゲホッ……ふぅ……」
事務所があるビルまでたどり着いたところで、息切れを起こした俺はへたり込んでしまった。
ガラス窓に両手をついて、肩で息をして、ようやくひと心地つく。
昼前っていうこともあって腹はすっかり減っていたけど、今はそんなことをしてる場合じゃないってこともわかってるから……どこかで飲み物とカロリーメイトでも買って、また探しに行こう。
そう思って顔を上げて、一旦事務所へ向かおうとしたその時。
「…………」
ばっちりと、ガラスの向こうの人物と目が合った。
『…………』
えーと、とでも言ってるのか、きょとんとしながら口をぱくぱくさせている女性。
『たるき亭』のロゴがプリントされたガラスの向こう側で、続いて彼女は申し訳なさそうに笑いながら手を振ってみせた。
「こ……小鳥さん?」
それは、ずっと探し求めていた姿。
まさに、灯台もと暗しだわ……
「あははは、あは、は……」
そう認識した瞬間、俺の体から力が一気に抜けていった。