――兄に会いたい。
心が、体が渇望していた。兄の優しい言葉を、兄の優しい抱擁を。
周囲からは"消息不明だ"と聞かされているが、少女は兄の生存を信じていた。
出来ることなら自ら探しに行きたい。けれど不自由な身体が、周囲がそれを許さない。
ならば誰かに兄を探してもらおうにも、いくら皇族といえど、財もコネも実績もない少女に従う人間がどこにいるだろう。
だから少女は必死に模索する。
兄を探させることが出来るだけの財を、コネを、実績を得られるチャンスを。
それは真っ当な考えではなかったのだろう。
スッカラカンの人間が博打で一発逆転を狙うような、泥沼の考え。
けれど少女は見つけた。大きな実績を得られるチャンスを。
それは、ちょうど空席になっていたエリア11の総督という地位。
立て続けに総督が殺されたことから、皇族にとってそこは一種の鬼門となっていた。
必然、やりたがる皇族はいない。故に自分のような、何の実績もない小娘でも任せてもらえる可能性は高いだろう。そして、その目論見は当たった。
皇帝である父が擁立までしてくれたのは予想外だったが、少女は総督となった。
総督となった少女は考える。ここで結果を残し実績をあげれば、大手を振って兄を探させることが出来るだろう。ユフィが成し得なかった行政特区を実現し、統治を磐石な物にすれば、一角の人間として認めて貰えるハズだ、と。
一人で呼びかけても厳しいだろう、しかし、ゼロがこれに賛同してくれれば或いは。
甘い考えだとは少女も自覚していた。
ゼロがその考えに乗る可能性は低いし、ゼロなしに日本国民が乗る可能性は更に低いだろう。
だが、少なからず勝算はあると踏んでいた。そこには何の根拠もない、単なる勘。
失敗すれば、恐らく二度と表舞台に上がれることは無いだろう。
皇族の中でもヴィ家が厭われていることは知っているし、父がもう一度庇護してくれる証左も無い。離宮に隔離され一生軟禁生活か、あるいはお飾りとして外遊に駆り出される人生か。兄を探すことなど、二度と出来なくなるだろう――しかし、それは今のままでも同じこと。
だから、少女はその勘に賭けた。
リスクは高い。けれど彼女にとって兄のいない世界に価値は無く。
それを掴める可能性が僅かにでもあるならば、全てを賭ける理由はそれだけで十分だった。
――ナナリー・ヴィ・ブリタニアは、こうして一世一代の大博打に打って出る。
***
麗らかな午後、政庁の執務室にて。
教育係と言う名目で付けられた監視役のミス・ローマイヤが目を光らせている横で、私は黙々と点字の付いた書類の処理をしていました。この人と個室で二人きりと言う状況にいい加減ウンザリしつつ仕事をこなしていると、ふと手に止まった一枚の書類。
にわかに固まる私、ミス・ローマイヤはそんな私へ不審気な声をあげます。
「ナナリー総督? なにか不備でもございましたか?」
「……いえ、なんでもありません」
何事もなかったかのようにその書類に判を押し、次の書類へと移りました。
しかし一度覚えたシコリは胸から消えず、知らず意識は散漫な物となっていきます。
――行政特区に纏わるその書類は、私にある人物を想起させました。
ゼロ。
それはかつての私にとって生命線であり……そして今現在、最も忌々しい人物です。
思えば、初めて会った時からゼロと言う人物は人をおちょくったような行動ばかり取っていました。私の乗っている飛行艇を突如強襲、殺されるかと思えば拉致しようとする。拉致するならするでムリヤリにでも連れていけばいいのにどうでもいい問答はさせられる……ちなみに動揺していてどんな応対をしたか殆ど覚えていません。挑発的なことを言ってなければいいのですけど。おまけに助けに来たスザクさんが無茶したせいで髪――お兄様が綺麗だと言ってくれた――は痛むし。
あの出会いは私にとって最悪の極みと言って良かったでしょう。
だからスザクさんが離脱した時、ゼロが紙みたいに飛んでいったと聞いた時は痛快でした。
次に会った時はこちらの呼び掛けに応じてくれたことから、案外チョロいかもしれないと思えばやってくれました1万人のゼロ。こちらの認識も甘かったですが、まさかここまでコケにされるとは夢にも思わず。完全に顔へ泥を塗られた結果に。
この失敗で総督府内での私の扱いは悪化。目が見えずとも、いえ見えないからこそ、官僚達の不遜な態度がありありと伝わってきます。全員不敬罪でしょっぴいて一族郎党打首獄門に処してやりたい気分ですが、悲しいことに今の私にそこまでの権力(ちから)は無いのです。
おまけにシュナイゼル兄様が何かと口出しするようになってきましたし、それを官僚たちは歓迎している模様。実務能力に欠ける上に、独断専行で引っ掻き回すだけの私に求心力が無いことを仕方ないとは理解しつつも、これは痛い。
私にとってゼロの評価はもはやストップ安です。大暴落です。
――だいたい、お兄様と離れ離れになったのはゼロのせいなのです。
お兄様にたかる邪魔な腹違いの兄と姉を始末してくれたことには感謝していますが、現状を生み出したのもゼロなのです。
機会があればいっそ罵倒でもしてやりたいところですが、お兄様に見られる可能性を考慮すると無理でしょう。仮に密室でやりあったとしても、その映像を密かに記録して、市井に流すくらいのこと平気でやりそうですし。
それに私の成り上がり計画から考えると、やはりゼロの存在は必要不可欠です。こちらから喧嘩を売るようなマネは出来ません。行政特区と言う試み自体、成功するか否かはゼロありきだったのですから。……失敗しましたけど。
そのゼロは現在中華で大暴れ。
あくまでもエリア11の総督でしかない私に出来ることはありませんし……。それですら100%権限を行使できるわけではない。歯痒いですね。せめてお兄様の安否だけでも知りたいところですが、それさえも私には知る術がありません。本当に歯痒い。
「(がじがじ)」
「総督、爪を噛むのはおやめ下さい」
「あっ……。はい、すみません」
無意識に爪を噛んでいたのか、隣にいるミス・ローマイヤから注意されてしまいました。いけないいけない、気をつけないと。お兄様と再会した時にギザギザの爪なんか見られたら大変です。
心理学的に爪を噛むと言う行為は、心理的な抑圧をそうすることで解消しようとしているとかいないとか。要は現状にストレスを抱いていると言うわけで、せめて何か気晴らしになるようなことが起きるといいのですが……。
例えばミス・ローマイヤの眼鏡が爆発するとか。ミス・ローマイヤの頭が爆発するとか。
「……くすっ」
「どうかなされましたか?」
「いえ、何でもありません」
危ないところです、うっかり笑みが零れてしまいました。
咄嗟に皇族スマイルで躱しましたが、また小言を聞かされるハメになるところでした。
――皇族に復帰してまず驚いたのは、こういう分かりやすい嫌味な人物がいたことです。
世界名作劇場とか、ああいう世界にだけいるものだと思っていただけに、実物と遭遇した時は少し感動してしまいました。まぁ、それもすぐに鬱陶しいだけになったんですけど。
基本的にこの人が言うことはどれも正論なんですね。教育係として派遣されただけのことはあって。けど、こっちはそんなのとっくに承知の上で突っ走っているわけで、いちいち鬱陶しいんですよね。私に対する反感みたいなものもありありと感じますし。仕方ないとは分かりつつも、あまりいい気はしません。ですが、同時に監視役でもある彼女にこれ以上の悪印象を抱かれれば、総督の任から解かれる可能性が高くなりますし。何だかんだで仕事の上では大分助けられていることもあり、ある程度折り合いを付けなければなりません。
というわけでやむなく小言を耳にする毎日です。これくらいのことで現状を維持できるなら安いものなのでしょう。しかしウザイものはやっぱりウザイわけでして……。本当に何か不慮の事故にでも巻き込まれて死んでいただけないでしょうか。
たとえば爆弾テロに巻き込まれて爆死とかどうでしょう。
イレブン(敢えてこう呼びます)の皆さん、一つ政庁に爆弾テロなんかいかがでしょうか? ミス・ローマイヤの部屋は東棟にありますので、その辺りにどうぞ一発。AM4:00ぐらいが狙い目ですよ。まあ彼女を殺したところで独立運動にはなんの意味もないですけど。
そんなこんなで今日も私は平和です。
お兄様もまた平穏無事な一日を過ごしていることを祈っております。