やさしいせかいになりますように【完結】   作:草陰

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4話 それではごきげんよう

 

 ――断続的に響き渡る爆発音。

 音は徐々に近づき、そして私のいる部屋も大きく揺れるようになってきました。

 スピーカーから流されていた艦内放送もすっかり途絶え、目に見えずともシュナイゼル陣営の逼迫した様子が伝わってきます。

 

 フレイヤの無効化。

 恐らくはシュナイゼルにも想定の範囲外だったに違いありません。

 

 故にフレイヤ頼りで薄いどころか皆無と言ってもいい防衛網を突かれ、ここダモクレスへの侵入を許してしまった。それも乗り込んできたのはただの兵士でなく、EUで暴れまわり、ナイトオブラウンズを一人でほぼ殲滅した、あのスザクさんです。

 こうなってしまえば誰にも止めることは出来ないでしょう。今のダモクレスに、スザクさんの足止めを出来るレベルの騎士はいません。超合集国はブリタニアに足止めされ、援軍に期待は出来ないでしょう。そもそもの戦力はブリタニアの方が精強なのですから。

 

 この勝負、シュナイゼルの敗北です。

 

 ですが今の私にとって、そんなことはどうでもいいことでした。

 スザクさんが吶喊してきたと言う艦内放送が聞こえてきたその時、同時に流れてきた言葉。『敵の大将機の侵入も確認』――お兄様の機体が、スザクさんと共に乗り込んできた――その言葉が、私の心を期待で埋め尽くします。

 

 扉の開く音が聞こえました。

 コツコツと、床石を叩く音が響きます。断続的に艦内に響く轟音。けれど、その音は驚くほど鮮明に聞こえます。フレイヤの発射スイッチ――もっとも、本当にそうなのかは知りませんが――を両手で持ち、車椅子に座った私に向かって、一直線に向かってきます。そしてその音は、私の数メートル前で、止まりました。次いで、"カチャリ"と、わざとらしく撃鉄を上げる音。

 

「ナナリー」

 

 ――夢にまで見た、お兄様の声。

 スピーカーを通したものでなく、正真正銘の肉声。私は歓喜に震えそうになる身体を、なんとか押しとどめます。お兄様から漂う。威圧的な気配。それは今まで感じたことのない。覇王としてのお兄様の雰囲気。声を上げようとするお兄様の機先を制し、私は口を開きます。

 

「どうして、気付けなかったのでしょうね」

「……?」

「歩調も、歩幅も、以前、飛空艇で遭遇したゼロと同じ。たしかに少しちがうけれど、冷静に聞き取れば、それが偽装だとすぐに分かったハズなのに。目先の事に囚われて、そんなことにすら気付けなかったなんて。私は本当に妹として失格です。だけど――許してもらえますか? お兄様?」

 

 私はニコリと、笑みを浮かべます。

 ギュッと、何か――恐らく銃を――握る音が聞こえてきました。

 お兄様は、今度こそ声を上げます。

 

「……シュナイゼルは落ちた」

「そうですか」

「お前も、もう終わりだ。ナナリー」

「そうですか」

 

 そっけない様子の私に、お兄様から発せられる、威圧的な気配が増します。

 全ては順調に進んでいるようで、私は思わず笑みを深めます。

 

「……」

 

 ……? 少しだけ威圧的な気配が揺らいだ気もしますが、私は続けます。

 

「これから私はどうなるのでしょう? ――まぁ、形ばかりの裁判にかけてから処刑、というのが妥当なところでしょうか。フレイヤの無差別投下に、加えてあの映像……ふふふ。史上最悪の虐殺皇女として、後世の歴史書に刻まれること間違いなしですね」

 

 私は心の底から楽しそうに"嗤い"ます。

 敗けたシュナイゼルを。死んでいった人々を。世界を。お兄様を。

 そして自らの行いを、これから訪れる自らの終わりを。楽しそうに。楽しそうに。

 さあ、お兄様。私を憎んでください。呪ってください。そうして、この首を――

 

「――公開は、していない。」

「え?」

「あの映像は、公開していない」

 

 瞬間、威圧的な気配が消えました。

 

「お前がシュナイゼルに洗脳されたことは、誰も知らない。あんな発言をしたことも、誰も知らない。フレイヤの発射スイッチを押したことも、誰も知らない」

 

 代わりに出てきたのは――憐憫。そこには私へ対する怒りも、悪意も、何もなく。

 ……お笑い種でした。歩調にばかり気を取られて、今度は感情の機微に気付かなかったのです。洗脳。そう捉えてしまったのですか。嗚呼、お兄様。それだけ私のことを信用していてくださっていたのですね。とても嬉しいです――だけど今回ばかりは、その信用を恨みます。

 

「ナナリー、お前は罪を背負って生きていくんだ。これから、ずっと」

 

 ――罰は、俺が受けるから。

 

 それは本当に本当に小さな、お兄様の呟き。

 思わず、握っているフレイヤの発射スイッチを落としそうになりました。

 

「……そうですか。そういうことですか」

 

 ――やはり"そうする"おつもりだったのですか。お兄様。

 俯き、沈黙する私をどう捉えたのかは分かりませんが、お兄様は続けます。

 

「さぁ、ナナリー。スイッチを渡すんだ」

「わかりました。それではどうぞ、お兄様」

 

 そう言ってフレイヤの発射スイッチをほうり投げます。

 お兄様から漂う、緊迫した気配。ですが、銃の引き金を引く気配はありません。

 咄嗟に撃たれることも覚悟していましたが、そんなことはなかったようです。

 ……少しだけ残念でしたが、わずかでも気を引くことには成功しました。

 私はその隙に、懐からスッとそれを取り出します。ニコリと、微笑みを浮かべ。

 

「それではお兄様。ごきげんよう」

 

 ナイフを喉に押し当てました。

 ほんの少し力を入れるだけで、気持ちのいいくらいスルッといきました。懐からナイフを取り出し、喉を切る――われながら鮮やかな手際だと自画自賛です。何度も練習したので数秒もあればやれるとは踏んでいましたが、正直なところ、本当に成功するかは不安でした。なにせお兄様と別れてからの私はと言えば失敗ばかり。不安がついて回るのも当然、そうでしょう?

 勢い良く噴出す血。ちゃんと頸動脈も切れたようで、ますます安心です。生ぬるい感触が手に伝わります。ふふふ、こんな私でも血はちゃんと温かいんですね。急速になくなっていく身体の感覚。ガシャンと言う音が聞こえました。どうやら、私が車椅子から落ちた音のようです。感覚を失った手から、ナイフが落ちる音も聞こえました。

 

「ナナリー!」

 

 朦朧とする意識の中、お兄様の駆け寄る音が聞こえます。抱きかかえられると、すぐ目の前に男性の顔が見えました。黒髪に、整った顔立ち。印象的な紫色の瞳。……見えた? これまで開かなかった瞳が、あっさりと開いていることに気が付きました。だとしたら、この男性は――嗚呼。嗚呼。嗚呼! 嗚呼!! 嗚呼!!!

 

「これ……が、お兄様の、お顔……だった、んですね。ずっと、見たかった……」

「ナナリー! なんで、なんで、こんな!」

「泣か、ないで……お兄、様。これで、いい……んです。これ、で」

「いいわけないだろう! いいわけがっ……! お前が死んだら、俺はどうすればいいっ……!」

「生き、て……ください。しあわ……せ、に、なってく、ださい」

「お前のいない世界で……どうやって幸せになれっていうんだ! ナナリー!」

「しあわ、せに……なって……。おにい、さま。だい……すき……」

「……ナナリー? ナナリー! おい嘘だろ冗談だって言ってくれよ……ナナリー……ナナリぃぃぃぃいいいいい!」

 

 ――お兄様はきっと、どうしたって自分のことが許せないのだと思います。

 

 私が泣き叫んで懇願するくらいじゃ、もうお兄様は止まらないでしょう。

 そしてお兄様を止めたいのであれば、今お兄様を後押ししている方々も同時に納得させなければなりません。しかし、残念ながら私にそういった方々を納得させられるだけの理屈は立てられないでしょう。怨恨。忠義。義務感。惰性。愛。どんな感情であれ、これだけのお膳立てに付き合うのですから、よほど深い動機があるはずです。理屈などというものはとうに超越している――ならば、私もまた理屈の埒外から攻めるしかありません。

 

 死に際の懇願で死を思いとどまってくだされば万々歳。

 一方で、これが引き金となってしまう可能性だって十二分にあるでしょう。

 

 だから、これは博打です。正真正銘。人生最後の大博打。ベットするのは私の命。

 

 もっとも、私にとってお兄様のいない世界に未練なんかありません。このまま捕まり、お兄様の死に様を見せつけられるくらいなら、一足先にあちらでお兄様を待ってる方がお得です。

 

 と考えていけば、一番効率の良い選択肢なんですよね。自害って。ただ、悲しませてしまうことは覚悟していたつもりですが、実際に泣いているお兄様をみたら、私も……なんだか、涙が出てきちゃいました……。

 

「ごめ……ん、な……さい、お兄様……」

 

 嗚呼……急速に意識が閉ざされていくのが分かります。

 お兄様の手の中で逝けるなんて、こんな贅沢な死に方でいいのでしょうか――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ゼロレクイエムは成った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ある学生の手記~

 

 

 

 

 世界に悪意を振りまいた、悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、ゼロの手によって死んだ。奇しくも、その日が実の妹である、ナナリー・ヴィ・ブリタニア皇女を手にかけたのと同日であったのは、運命のイタズラだろうか。

 

 次期ブリタニア皇帝となったシュナイゼル皇子は、直ちにブリタニアによる支配体制を解き、各国との友好平和路線を打ち出した。当然ながら旧被支配地域との間に"しこり"は残っていたが。ひとまずはルルーシュ帝という巨悪の死と、ゼロの監視によって、世界は一応の結束を見せたのである。ルルーシュ帝の忌日は記念日として制定され。平和への祈りを捧げるセレモニーを行うのが、今に続く恒例となった。

 

 これは余談だが。毎年行われるセレモニーのその日。ブリタニアの歴代皇族が眠る墓所に、ルルーシュ帝そっくりの男性が、ライトグリーンの長髪女性を伴い。ナナリー皇女の墓に花を添えていくという話が長年語り継がれている。

 ありがちな都市伝説として片付けるのは簡単だが、この話には一つだけ不思議なことがあった。毎年ナナリー皇女の墓前には、本当にいつの間にか、生前彼女が好んだ白い花と共に、一枚のメッセージカードが添えられているそうだ。

 そのメッセージは――

 

 

 

 

 

「やさしいせかいになりますように」(※ただしお兄様と私にだけ)

 

 

 

 

 

 

 

 

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