「うぅ…」
『越える力』が発現した時のようにズキズキと痛む頭を抑えながら、ア・ルトは顔を上げた。
「あ、あれ?皆は…」
気がつけば、それまで周りにいたはずの人々は居なくなっていた。
自分が居た場所は変わっていないが、さっきまでと景色がどこかズレているような感覚がある。
ぼやけた視界と混乱した頭を、冷たい風が無理矢理起こしに来ているような気がした。
「えぇと、確か…」
キャンプ・ドラゴンヘッド
ルトにとっても暁の面々にとっても馴染み深いこの場所に、アリゼー達と訓練終わりに立ち寄ろうという話になった所までは覚えている。
エマネランたちに歓迎され、余興とばかりに雪合戦をすることになり、全員がキャンプの外に出たところで、
「……アシエン」
黒法衣の人影が、そこにあった。
全員が臨戦態勢をとる中、黒法衣は徐に手を掲げ何かの呪文を唱えた。
その瞬間、ルトが黒法衣に引っ張られる形で宙を舞い…
「…思い出せた、けど」
では、ここはアシエンの術中ということか。
先程から感じている奇妙な感覚も、これが幻であることを『越える力』が感じ取っているからだというなら確かに説明はつく。
だが、そうなるとここに自分だけしかいないという問題が一気に深刻さを増してくる。幾ら異能の力があれど、自分達とは次元の違う完成度を誇るアシエンの魔術には、一人では到底太刀打ち出来ないからだ。蛮神を相手にするとでは格が違いすぎる。
「とにかく、脱出する方法を考えないと…」
立ち上がり、服に付いた雪を払ったところで、後ろから自分を呼ぶ声がした。
「ア・ルト!こんなところに居たのか」
その声は、とても懐かしく感じた。
「キャンプのどこにもいないものだから、心配したぞ」
その声は、もう聞く事は出来ないものだと思っていた。
「ん?雪だらけじゃないか。寒いだろう?」
まさか。
ルトは声の主の方へ振り返った。
「………ぁ」
「さぁ戻ろう。あたたかいコーヒーを淹れるからな」
声の主、オルシュファンは優しく微笑んだ。
「……ぁぁ」
会いたかった。
「ぁああぁぁあああ!!!!」
もう一度、会いたかった。
「ど、どうしたんだ!?ア・ルト!」
いきなり抱きつかれ、大声で泣き出されてしまい、さしものオルシュファンも狼狽えを隠せずにいた。
一体何があったというのだろう。今まで多くのものを背負ってきた彼女のことだから、こんなふうに生の感情をぶつけられることはないと思っていた。
故にオルシュファンは今の彼女のことが、どこか哀れなように思えて仕方がなかった。
「大丈夫、私はここにいるぞ」
泣きじゃくる彼女を支えながら、オルシュファンはルトをなだめ続けた。
どういうことだ。
渡されたコーヒーを飲みながら、ア・ルトはまだ混乱したままの頭を精一杯回転させる。
何故、オルシュファンが生きている。
いや、そもそも生きているという認識は正しいのだろうか。アシエンが見せている幻覚の一部という可能性もある。だが、幻というには余りにも感覚が現実的過ぎないだろうか。さっき彼に抱きついたなんか特に…
「って何考えてんのぉぉ……」
瞬時に顔が真っ赤になるのを感じながら、ズレた思考を修正する。
幻覚にしては妙にリアルな感覚、生きているオルシュファン、どこかズレた景色。
ルトの中である仮説が導き出された時、部屋のドアが開く音がした。
「おや、君もいたんだね」
「あ、アルフィノ…?」
今となっては懐かしい、双子お揃いの服を着たアルフィノがマグカップを持って立っていた。
彼はテーブルにつくと、ルトの視線から何かを察したように話し始めた。
「ん、これかい?オルシュファン卿がくださったんだ」
「アルフィノ、その格好…」
「あぁ、上着を忘れてしまってね。今日も冷えるね、凍えてしまいそうだ」
ズズ、とコーヒーを啜り、ほっと息をつくアルフィノに、ルトはある質問をする。
「オルシュファンは今どこに?」
「ん、彼は今イシュガルドに赴いているはずだ。父君であるフォルタン伯爵を説得するためにね」
その一言に、ルトは確信した。
つまり、ここは。
「私達のためにここまでしてくれる。本当に感謝しかないよ、オルシュファン卿には」
ナナモ女王暗殺事件。
そしてクリスタルブレイブの崩壊直後。
竜詩戦争終結以前の、イシュガルドということか。
眠気と戦いながら書いた