過去の世界に飛ばされてから、一週間が経った。
「よい、しょ、っと。ふぅ…」
世話になっているキャンプの人々の手伝いをしながら、ア・ルトはこれからの事を考え続けていた。
昨日、オルシュファンからイシュガルドへの入国許可が降りたことを知らされた。アルフィノやタタルは浮足立っていたが、ルトの思考はそれ以外の事に飛んでいた。
日付が記憶とズレているのだ。
忘れもしない、自分がイシュガルドに入国したのは霊三月二十三日だ。しかし今は星三月二十日。一ヶ月近くズレている。
加えて、自らの装備も記憶と全く違う。この頃は
では何故、自分は暗黒騎士となれているのか。
(…過去に飛ばされる前の記憶が、残っているから?)
一瞬そう考えたが即座に否定する。仮にそうだとしても、
つまり『私』という意識が入ってくる前、恐らくこの『ア・ルト・ルナ』はここに至るまでに、既に暗黒騎士としての技能を会得していたのだろう。
そんな諸々のズレを纏めていくと、少しずつ置かれた状況が見えてくる。つまり『この世界』は、自分の歩んできた惑星ハイデリンではないということだ。
そこまで考えた所で、ルトは一つの仮説を導き出した。
(……次元の超越)
今よりずっと先の未来、『第八霊災』と呼ばれる時代の人々は、自らの、そして世界の希望を繋ぐため、長い年月をかけてある秘術を大成させた。
それが『時空超越』
次元を超えて時間を遡り、死する運命にあった『ある一人の英雄』を救うため、次元の向こう側にある並行世界にすら到達させる、人智を超えた大魔法。
では、これがアシエンの手に渡ったとしたら?
確かに、『オリジナル』と呼ばれる純古代人であったアシエン達は、全て消滅している。その場面をルトはこの目に焼き付け"覚えている"。
しかし時空超越の秘術大成は、同時にあることを証明した。してしまった。
『並行世界は存在し、それぞれ似て非なる歴史を歩んでいる』
陳腐な言い回しをするなら『可能性は無限大』という言葉が、そのままの意味で世界に存在することを証明したのだ。
ならば、アシエンがその秘術を手にするという可能性すら、或いは現実のものとなるだろう。
アシエン達による歴史の改ざん。
ア・ルトはこの事態の根幹をそう予測した。
「ア・ルト!そろそろ休んだらどうだい?」
ふいに後ろから声をかけられて、ルトは少し驚いた。声の主はアルフィノだ。どうやら休憩用に珈琲と菓子を持ってきてくれたらしい。
「あ…うん。ありがとう」
「どうしたんだい?顔色が優れないようだが」
「え?そ、そうかな」
とぼけてみせるが、アルフィノの表情は怪訝なままだ。確かにこの一週間、体を動かしていないと思考が纏められず、ほとんど毎日手伝いをし続けていた。近隣の魔物退治なんかもしていたおかげで戦闘に関してはかなり余裕が出来たが、そもそもまともな休息を取っていない気がする。
「手伝いもほどほどにね。明日はいよいよイシュガルドへ入国だろう?今日は早めに休むんだ」
「…そう、だね」
微笑みかけてくれるアルフィノにぎこちなく笑みを返しながら、それでもルトは心にかかる真っ黒な靄を払うことが出来なかった。
皇都イシュガルド。
雲海にそびえ立つ城塞都市国家。
ここでは、千年にわたり仇敵ドラゴン族との戦いが続いている。
人呼んで『竜詩戦争』
今もその爪痕は街の至るところに存在し、人々は明日をもしれぬ日々を送り続ける。
「随分と、手荒い出迎えだね」
皇都へと続く長い通廊を進みながら、アルフィノかそう呟いた。当日になって生憎吹雪に見舞われ、厚着をしていなければ凍えてしまいそうな状態で、それでもルトとアルフィノは歩みを止めなかった。
『暁』の灯火を守るために。
聖徒門を抜けたところで待ち受けていたフォルタン家の使用人に案内され、ルト達はフォルタン伯爵邸に通された。
中にはオルシュファン、そして現当主であるエドモン・ド・フォルタン伯爵がおり、凍えきったルト達を歓迎した。
「ひとまず、イシュガルドの現状は理解していただけたと思う」
ソファに腰を落ち着けながら、伯爵はそう切り出した。ここに案内されるまでに、使用人とイシュガルドの各地を巡りながら、この国が置かれた状況をあらかた説明してもらっている。それが何を意味するのかも。
「単刀直入に言おう。この国はもはや、戦争が出来る状態にはない」
その言葉がすんなり受け入れられるほど、ルトは落ち着き払っていた。
既にイシュガルドは壊滅寸前の状態にあるのだ。ひと目見ただけでもわかるほどに。
雲霧街は人の気配すらないほどに崩れ落ち、上層の貴族の邸宅ですら崩壊寸前のものまで見えた。
神殿騎士団は先の防衛戦で多くの兵が死に、組織としての戦力は最早払底しつつある有様だった。
この状態で、もしまたドラゴン族が襲撃してこようものなら、恐らくイシュガルドは壊滅するだろう。
そう、これもズレが生じていた。
そしてそれが、自らの体験したことのない更なる地獄を生み出すことは、想像に容易いことだった。
「頼む、英雄殿。この国を、救っては貰えないだろうか」
ラストヴィジルと呼ばれる高層テラスから、ルトはクルザスの雪原を眺めていた。
これから、どうすればいいのか。
自分の記憶が役に立たなくなったことで、その記憶通りに行動することは意味が無くなってしまった。この先イシュガルド、いやエオルゼアを救うための方法は、恐らく1つだけ。
戦争を終わらせる。
しかも、最小限の犠牲で。
勿論、自分ひとりでは不可能だ。あくまでルトは一兵卒と何ら変わりのない『個人』の戦力だ。それこそ、多人数の指揮なんて小隊レベルでしかやったことのない人間が、いきなり先陣に立って命令したところで上手くいくはずがない。
だがそれを、彼女の「光の戦士」という面が許さない。
先の事件以来追われる身になったとはいえ、人々の心にはエオルゼアを救う「光の戦士」というイメージが、ルト自身のものとして焼き付いているだろう。
逃げ場はない。
私が「英雄」として、立たなければならない。
重く、潰れそうになった体を、誰かが支えてくれた。
「おい、大丈夫か?」
「……オルシュファン」
――あぁ、なんて大きくて、安心できる人だろう。
思えば彼は、ずっと自分と対等に接してくれた人だ。
英雄だなんだという呼び方ではなく、ただ『友』だと、胸を張って隣にい続けてくれた。
私のかけがえのない大切な人。
(……死んでしまうのかな)
また、私を一人にして。
(……笑ってくれと、言うのかな)
また、私を守って。
嫌だ。
「ねぇ、オルシュファン」
「ん、どうした?友よ」
「私ね、目標が出来たよ」
「絶対に、誰も死なせない」
蒼天編割とうろ覚え