「・・・ふぅ、ようやく終わった・・・」
俺は、ようやく返信が終わり、一息ついた。目の前には、グランドピアノがある。息抜きに、俺はピアノを弾くことにした。
「拓也に・・・ひいてやればよかったかな」
ひきながら、俺はそう思っていたが、もう後の祭りだ。
その時だった。部屋に、誰かが入ってきた。
瞬時に反応する。ばっと椅子から腰を上げ、ドアを凝視する。
「もう、そんなに驚かないでよぉ?」
「・・・母さんでしたか」
そこに立っているのは、俺たちの母親のうららだった。明るい茶髪のストレートで、瞳は俺と同じ色。息子の俺が言うのも何だが、結構美人だと思う。
性格も、お茶目・・・というのだろうか、とても人懐っこい。
それもそのはず、母さんは十数年前、人気女優として名をはせた西原うららだったりする。
そんな母さんは、俺のところへと歩みよってきた。
「拓人、ピアノ、弾いてほしいんだけどなぁ~」
・・・容姿は俺に似ているのに、性格は拓也そのままだ。
「いいですよ。何をひけばいいですか?」
「えぇっとねぇ・・・トルコ行進曲かな。あ、いつもひいてるほう。えぇっと・・・誰のだったかしら・・・」
母さんは、部屋の中を歩き回りながら、考えていた。俺は、自然とため息が漏れてしまった。母さんはそれを見ると、ちょっとこちらをにらんで、
「何よ、知らなかったらいけないっ!?」
と抗議。もう、この母親ときたら・・・本当に、子供っぽい。でも、それが憎めないんだ。
「いいえ、別にいいですよ。あと、いつもひいているのは、モーツァルトですよ」
若干苦笑しつつ、俺は母さんに教える。母さんは、ぱぁぁ・・・と笑顔になった。
「ありがとう、拓人っ!さすがね、拓人はよく知っているわね」
自分の弾く曲なら、当り前だろう・・・と思うのだが・・・な。
ピアノを弾き終わると、母さんは退散すると思っていた。
だが、母さんはまだ居座るつもりらしい。まぁ別に、いやではないが。
「あのね、拓海さん、仕事ばっかりなの・・・。昔は、いろいろなところに、家族4人で行ったのにね」
そういうことか。要するに、母さんは悲しいんだな。だったら、少しは気を遣うか。
「ねぇ母さん。母さんと父さんは、いつ出会ったの?俺、それが知りたんだけど」
また母さんの顔が、明るくなる。
「いいわよ、はなしてあげる」
母さんは話し始めた。
「私と拓海さんが出会ったのは、雷門中学校だったのよ?・・・本当はね、私が子供の頃神童家は、あんまり有名ではなくって、ちょっと裕福な普通の家庭だったの。でね、拓海さんの家は、男3兄弟だったの。拓海さんは、3兄弟のいちばん下で、お兄さんたちがだらしなかったから、その分しっかり者でかっこよかった。私は、それはまるで箱入り娘。料理もできないし、料理どころか家事全般できなかった。洗濯機の使い方でさえ、知らなかったの。
まぁ、アイドルだったし、家事してるひまもなかったのよ。
そんな私のことを、拓海さんは変な子って目で見なくってね、いろいろ教えてくれたの。そして、私たちは付き合い始めてね・・・。
そのまま、高校になったの。そして、結婚しようってことになったんだけど・・・うちの親が、婿養子に入れって言ってきて・・・でも、拓海さん、いやな顔1つ瀬ず、“うららと一緒にいられるんなら、それでも構いません”って言ってくれて。
そんな時だった。私のお腹に、貴方が出来たの。うれしいし、チャンスだった。私たちは、貴方のおかげで一緒になれた。
正直言えば、芸能界にも疲れててね、貴方のおかげで私は“日常”を手に入れられた、ってわけよ。
だから、私たちの結婚指輪って、このキラキラ輝くものだけど、婚約指輪は拓人なんだよ?ありがとう」
・・・やばい、俺まで感動してきたじゃないか。
「母さん・・・俺、何にもしてないのに・・・」
「ううん、貴方のおかげ」
やばいぞ、本当に泣きそうだ。俺は、無理やり話しを変えた。
「というか、母さん。今、何歳?」
「拓海さんと私は、共に32歳よ?」
「嘘っ!知らなかったぞ!?若いんだな・・・」
「まぁ、何歳だと思ってたのよぉ?」
・・・母さんを励ますつもりが、俺のほうが励まされたな。
「じゃあね、拓人。ありがとうね」
「えっ・・・あ、あぁ」
そうか、母さんにはお見通しだったんだな。・・・というか、
「神童って名字、母さんのものだったのか・・・」
俺の今日の発見だな。
俺は、また暇になった。でも、それでよかった。
「よし、拓也にでも弾いてやるか」
俺は、腰を上げてドアに向かった。その時だった。
―――コンコンッ
ドアが鳴った。俺は、すぐに返事をした。その主は・・・
「兄ちゃん・・・いい?」
「拓也・・・入っていいぞ。そうだな、ピアノ、弾いてやるよ」
ドアがあけ放たれるとともに、さっきの母さんに負けず劣らずの笑顔の拓也が、飛び込んできた。
「本当っ!?」
「!!・・・あぁ、本当だ」
ふと窓を見ると、真っ赤な夕日が窓から差し込み、俺たちを優しく照らしてくれていた。