拝啓、最古の魔法使いはじめました。   作:ヤムライハさんの胸の貝殻になりたい

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思った以上に誤字脱字があった。気になっちゃった人はごめんなさい!
これからはなるべく無くします。

追記

勢いで描いた小説が日間ランキング1位になりました。ありがとうございます!



其は輝ける星の光

 ──君はこのままでいいのかい? 

 

 いい訳がない。

 彼の白き竜の化身は、戦乱にあるブリテンに蛮族を招き入れ、さらなる困難に民草を陥れた。

 

 ──それで? 

 

 無論、そのまま見過ごす訳にはいかない。

 近い将来、必ずや打ち倒して内戦を終わらせ、この国に安寧を齎さなければいけない。

 それが私の生まれた意味で、抱いた願いだから。

 けれど、本当に偶に。ちょっぴりだけ不安になる。

 今の私はまだ弱くて、運命を背負うにはあまりにも小さすぎて、成すべき事と見据えている理想の距離とが離れすぎているから。

 だから……本当に、いいのだろうかと思う。……いや、それをするだけの努力も苦行も厭わないつもりですが。

 けれどやっぱり、不安な夜もあるのです。

 

 ──……できる。君なら、できる……。

 

 その言葉に私は少しふっと笑いをこぼしてしまいました。

 だって初めて会ったばかりの初対面同士なのに、真っ直ぐに、根拠もない癖に本気の顔をしていたから。

 でも可笑しなのは私も同じでした。

 何故、会ったばかりの人にこんな話をしているのだろう。言い終わってから、そう思ってしまった。

 

 ──君は、ただ誰かが傷付くのを見ているだけなのかい? 

 

 首を振る。違うと。

()()を尊いと思ったから。守りたいと願ってしまったから……。

 

 ──そう。だから、君が王になるんだ。

 

 …………はい。私が王になります。

 でも、やはり不安なのです。

 

 ──……そうだね。王になるには、君には力が足りない。世界を変える王の力が。

 

 世界を変える王の力……? 

 鸚鵡返しに聞き返すと、大きなトンガリ帽子を僅かに上げて彼は微笑んだ。

 全てを見据えているような、突き抜けた青い瞳だった。

 

 ──うん。でも、それはいずれ手に入るよ。でもね、それを手にしてしまったが最後、君は真っ直ぐな道を歩めなくなる……。

 

 言いたい事の意味がわからなくて、小首を傾げた。

 

 ──いや、違うのかな。むしろ真っ直ぐな道だけしか、君は進めなくなる。王様っていう名の、難しく真っ直ぐな道を。

 

 それは……悪いことなのですか? 

 私の言葉に、彼は困り気味に笑った。そして空を見上げ、記憶の誰かを思い出している。

 

 ──きっと、辛いこともあるよ。耐えられないほどに辛いことが……。

 

 ──果てに辿り着いた結末が望んだものではないかもしれない。

 

 ──けれど、それでもきっと君の行く道は、思いは間違いじゃないよ。

 

 ──それを理解してくれる人達が、いつか現れるから。

 

 ────きっと君は、いい王様になれるよ。

 

 ……何故、そこまで断言出来るのですか? 

 私は会ったばかりのその人に、純粋に投げ掛けた。

 けれど、その答えも要領を得ないものだった。

 

 ──前へと生きる命をルフは導くんだ。君は愛されているんだよ。

 

 嬉しそうに細められた彼の目には、何が映っていたのだろう。

 まるで眩しいものでも見ているように、でもそれが嫌ではなく、むしろ祝福すべきものを見ているような、そんな視線だった。

 

 ──……僕はもう行かなきゃ。ご飯を分けてくれてありがとう。お陰で餓死せずにすんだよ。

 

 待ってくださいと、声をかけていた。せめて名前でも教えて欲しいと。

 

 ──僕はユナン。旅人さ。

 

 ふと、後ろから自分を呼ぶ声がした。

 振り返ると、遠くに義兄のケイが青筋を浮かべながら近付いて来ているのが見えた。

 傍らには珍しく普段の飄々とした表情を消したマーリンが、辺りを観察するように立っている。

 どうしたのかと聞くと、おかしな質問をされた。

「アルトリア、君は選ばれたのかい?」、その質問の意味が分からず聞き返したが、結局誤魔化されてしまった。

 そしてあっと思い出して振り返ってみれば、そこにはもう誰も居なかった。

 ユナン。深い森で出会った、不思議な旅人。

 私が彼と再会することになるのは、長い長い夢の果ての結末でだった。

 

 

 *

 

 

 陽射しが差し込む木陰に、血に濡れた騎士王は寝ていた。

 トリスタンの離反。サクソン人とピクト人との戦争。臣下ランスロットとギネヴィアの不貞。──そして、モードレッドの叛逆。

 カムランの丘。謀反を犯した元臣下も、最後まで自分に付き従った臣下も、その悉くが命を落とし散った場所。 守ると誓った筈の自らの国を自ら滅ぼした最後の戦場。

 その戦いの果てに理想を見た騎士王は、微睡みと共に横たわって居た。

 そんな彼女に、一つの影が歩み寄る。

 

「……久しぶりですね」

 

 影が何かを言うよりも先に、アルトリアの口は開いていた。

 開いた口から出た声が、あまりにも穏やかで、しかしそこには諦観ではなく納得の色が含まれていることに、影は──ユナンは少し驚いた。

 

「うん。あの時以来だね」

「ええ……」

 

 今にも事切れそうになりながら、それでも確とした口調で彼女は瞼をあげる。

 

「……そうなんだね。君は出会えたんだね、君の軌跡を認めてくれる人達に」

 

 ユナンの言葉は捉えどころがない。

 しかし、ユナンのその一言をアルトリアは深く理解出来ていた。

 

「……夢を見ていました。私は私の行いを認められなかった。この結末を認めることが出来ないでいた。だから願った。祖国の救済を」

 

 ここから語られるのは、一人の少女の独白だった。

 朝焼け時の露にも似た儚く、気付けば消えてしまいそうな願い。穢れを知らなき、純真なまでに白い理想。

 尊いと思ったから。守りたいと願ったから。そして生まれたから。

 だから結末が認められない。

 

「今になってようやく思い出したのです。あの時、貴方に言われた事を」

 

 ──果てに辿り着いた結末が望んだものではないかもしれない。

 

 結末を見て、その意味を理解した。

 

「……」

 

 悲しむようなユナンの目に、アルトリアは微笑む。

 

「けれど、貴方はその後に、こうも言ってくれた。理解してくれる人達が現れると。……だから私は会えた。シロウに。リンに。タイガに……」

 

 それは在りし日の記憶。遠い時間の、尊い輝き。

 世界に希って、駆けた戦争の記憶。英雄達の夜。運命の夜。そして、過ごした穏やかな日々。

 まさか縋っていた筈の願望器を、自らの手で壊す事になるとは思わなかったけれど。

 でも、その結末には悔いはない。

 

「一つ、教えて欲しい。始まりの魔法使い(マギ)よ。貴方はこの結末を知っていたのですか?」

 

 マーリンから聞いた。あの時会った男は、マギと呼ばれる大層な存在だったらしい。

 アルトリアの言葉にこくりと、ユナンが首を上下させた。

 

「僕を恨んでいるかい?」

 

 その言葉に、アルトリアはゆっくりと首を横に振る。

 

「いいえ。いいえ。その逆です。私は貴方に感謝をしている」

 

 えっ、と声を漏らしたのは目を見開いたユナンであった。

 

「あの日、森で行き倒れていた貴方に会っていなければ、今の私は居なかった」

 

 脳裏に浮かんだのは、森で偶然出会った一人の男との記憶だった。

 

「王というものに忙殺され忘れていましたが、ここに来て思い出したのです」

 

 ──けれど、それでもきっと君の行く道は、思いは間違いじゃないよ。

 

「この言葉で、私は結末を受け入れることができる。……腑に落ちて、少し救われたのです」

 

 あの時の出会いが、この結末にほんの少し、雀の涙程度の救いを与えている。

 

「振り返れば、確かに人の心がないと言われるのも納得な気がします。でも、私なりに、頑固な頭なりに人々の笑顔は守れたのではないかと……そう思うのです」

 

 ズキッ! とアルトリアの体に痛みが走った。

 ……もう時間は残されていない。

 ここまで話してこれたのは、竜の心臓が僅かばかり機能していたからで、それももう停止しかけている。

 

「僕に世界を変える力はないんだ。僕に……マギに出来るのは、王様を選ぶだけ。けれど、僕はその役割を放棄した。その中で会ったのが、君だったんだよアルトリア(アーサー)

 

 あの日助けてくれた少女の周りには、宴を開いているかのように沢山のルフが羽ばたいていた。

 それは彼女が運命に愛されている証左であり、同時にまた常人とは掛け離れた道を辿ることを意味していた。

 でもユナンにそれを教える勇気も、変える力もなかった。

 魔法使いだなんだと言われながら、出来たのはただその抱いた理想を肯定する言葉だけ。

 けれどアルトリアはそんな言葉に救われたと、そう言ってくれている。

 本来なら何故教えてくれなかったのだと、何故助けてくれなかったのだと、そう憤っても仕方の無いはずなのに。

 

「ごめんね。僕は無力だ」

「謝らないでください。私は貴方と会えて、幸運だったと思っているのですから」

 

 その微笑みは、王様(アーサー)のものではなく、あの時の少女の優しい笑みだった。

 

「……ありがとう。君の辿った道程は、間違いなんかじゃない。他でもない僕が、永遠に忘れないよ。君という王様がいた事を。その理想を。その在り方を」

「……あ、ぁ……それはとても、うれし……ですね」

 

 一つ、二つ。瞼が動き始めた。

 

「──おやすみ、アルトリア」

 

 ユナンは永き眠りについた少女に、魔法を掛けた。

 全ての傷を癒し、何人もこの少女の体に危害を加えられぬ魔法を。

 光が包む。そこには、血も穢れも無くなった美しい人が横たわって居た。

 そしてアルトリアは、一切の汚れを持たぬまま眠るように息を引き取った。




結末は変わらないけど、そこにほんの少し救いがあってもいいよね。

次回は戦闘を挟みたい……。


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