拝啓、最古の魔法使いはじめました。   作:ヤムライハさんの胸の貝殻になりたい

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遅くなってすみません。
書いてて楽しいけど、戦闘回まじむずい。

それとあと幾つか英霊達との生前での話を描きたかったのですが、燃え尽きてエタりそうなので、次回からは原作行きます。
気が向いたら、生前の話は閑話という形で描きたいと思います。

誤字脱字の報告をしてくださる読者様方へ、いつもありがとうございます。


影は風に踊る。

 ────こんな力がある人間が生まれるなんて、千年に一度、あるかないかの……まさに、奇跡。

 

 

 

 

 *

 

 

 修羅神仏、討ちて幾星霜。人の理外れて時の果て。

 この身朽ちず、死非(しな)ず、さりとて生非(いきるにあら)ず。

 

 ──ああ。いつだ。いつ顕れるのだ。私の好敵は。

 

 ──どこだ。どこが、私の終着点なのだ。

 

 ──否。否。否。あるはずも無い。いるはずも無い。

 

 勇士は死した。愛弟子も既にこの世からは後腐れもなく終わりを迎えた。

 時代のうねりも今や終わりを迎えようとしている。神代はその姿を消すだろう。

 しかし己だけは隔絶している。孤高に生きている。外れてしまっている。

 

 不満がある訳では無い。満足もない。後悔がある訳では無い。希望も無いだろう。

 高望みはしない。だから一度でいい。全力を。死力を。己を出し切れるだけの刹那を──。

 

 ────全霊の境地を。

 

 

 

 ────それが君の願いなんだね

 

 

 風に乗って淡い声が聞こえた。

 今にも溶けてしまいそうな、優しく雪のような声が聞こえた気がした。

 ひらひらと鳥の羽ばたくような音と、一つの気配が空間に生まれた。

 

 ……トクンッ。

 

 鼓動が体を伝う。外れている。目の前にいる男も。

 つまるところは同類だと、自身の本能が告げていた。

 気が付けば口角が釣り上がっている。

 

 何者か。──どうでもいい。

 

 どうやってここへ来た。──どうでもいい。

 

 お前は私と同じなのか。────至極どうでもいいッッ!! 

 

「く、くくく。あっははははは!!!」

 

 気が付けば哄笑が響いていた。

 それは他ならぬ自分のものなのだと気が付くのに数秒を要する。

 自分を見る男の顔は酷く痛ましく、そして儚げだった。

 何故そんな顔をする。笑え。私は今酷く愉快なのだ。まさかもまさか。あのような自身の世迷言が届いたのだ。

 それは星か、天か、神か。はたまたまだまだ知り得ぬ未知のものによるものなのか。

 だがそんなものはどうだっていい。……ようやく、ようやく全霊の境地を出せる者が顕れたのだから! 

 

「──ごめんね」

 

 何に対する謝罪なのか分からない。しかし、そんなものは不要だった。

 だから否定した。

 

「それは違うな。謝意の言葉などではない。そんなものは要らぬ。いや、もはや言葉などは不要であろうよ」

 

 影の国の女王は嗤う。初めて出逢えた己の同類に。

 噂には聞いたことがあった。その手の叙事詩も読んだ。だが期待などしていなかった。……初めて見るまでは。

 

「感じたぞ。そして理解した。始まりの魔法使い(マギ)よ。お前は私と同じだ。……いや。私がお前と同じになったと言うべきか」

 

 理を外れたもの同士の邂逅。星すら及びもつかない埒外の超越者同士。

 いつの間にかスカサハの両の手には真紅の魔槍が二振り握られていた。

 相手にとって不足などあるはずも無く。ともすればこの身の終着点こそが、この男なのだ。

 

「君が望むのなら」

 

 魔法使い(マギ)は儚くも確とした声音で応じた。

 ならば、最早合図など不要。

 

 ──真紅の雷が天へ駆けた。

 

 いとも容易く神仏さえ屠る無双の穂先。

 如何なるものであろうと逃れ得ぬ絶対不可避の一閃は、しかしユナンを囲む防壁魔法(ボルグ)によって阻まれる。

 堅牢なる護り。己が一撃を持ってして罅すら付けられぬ魔法。

 ならばと、空中に無数の紅槍を展開させたスカサハは嵐を巻き起こす。

 苛烈なる風の如き猛攻と、止むことのない槍の雨。げに恐ろしきは、一定の膂力を寸分違わず同じ箇所に叩き込む正確さであろう。

 無謬にして怒涛。

 

 ただ闇雲に連撃を重ねるだけではこれは破れぬと瞬時に判断し、対処法を即座に弾き出し、そして実行する。

 言葉にすれば僅かこれだけのことだが、それを思いつく思考の速さと判断力、なによりもコンマ1センチのズレも無く同じ箇所を攻撃し続けるという、そのような馬鹿げた作戦を実際に行える卓越した技術をもって、スカサハが如何に外れた存在なのか理解できよう。

 

 そして事実として、その作戦は間違っておらず。

 時間にして僅か数秒の内に、ユナンの防壁(ボルグ)は大きな亀裂を走らせた。

 

「──熱魔法(ハルハール)

 

 清澄な声が綴る。

 刹那──鉄をも蒸発させる炎がスカサハを包んだ。炎が発する熱ですら只人には耐えられない極度の光。

 ただ炎を発生させるそれだけではあるが、マギが生み出す物は例えただの炎であれどその規模は計り知れない。

 熱だけでも、炎の手で肌を撫でられているのと何ら変わらないだろう。

 

「──っ!」

 

 ルーン文字を起動させ、自身の周囲に薄い膜を張ってスカサハは瞬時に離脱する。

 あのままだったら間違いなく致命傷クラスの火傷を負わされていた。

 額を冷たい汗が流れる。

 空中に投げ出された身を翻し、体勢を整える。

 さて、どう切り込むかと思考を巡らせ──。

 

炎熱の双頭蛇(ハルハール・アンフィエナ)

 

 着地を狙って双頭の蛇が肉薄した。

 口を縦に開き小さな影を捕食せんと迫る炎の双頭蛇。

 これを回避は不可能と断じたスカサハは、身を捻り体をしならせて槍を振るう。

 不安定な体勢から放たれた一撃は蛇を倒すには至らなかったが、その勢いを別方向へ逸らすことに成功する。

 蛇の追撃が来る前に、スカサハはそのまま槍を地面に突き刺しそれを足場とし、蛇が振り返るよりも早く槍の反動を利用し跳躍した。

 

「──ハッ!」

 

 そしてそのまま己の脚に硬化のルーンを纏わせ、踵を振り下ろす。

 

 ──轟轟轟ッッッッ!! 

 

 大地を震わせる爆音が空間を伝う。

 舞い上げられた砂塵は、炎の双頭蛇諸共生み出された衝撃によって吹き飛び、地面には特大のクレーターが刻まれていた。

 

「……ふむ。それが原初の時代の魔法か」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、スカサハは興味深そうに呟いた。

 

「うん。熱魔法……今の時代では熱魔術になるのかな」

「はは、確かに炎を生み出す・熱を操るという点では魔術だが、規模が規模なだけに魔法と呼んでも差し支えんだろう」

 

 時代が進み、人の手は段々と神秘を打ち消しつつある。

 人の進化とはすなわち科学技術の進歩であり、科学技術の進歩とは神秘の衰退に他ならない。

 元来魔法であったはずの神秘は、科学によって魔術に貶められた。

 その代表的なものが火であろう。人は様々な道具を持ってして火を生み出し、操り、それを利用する術を手に入れた。

 だからこそ火の魔術はありふれたものであり、さして珍しくもない。

 

 だが、ユナン(マギ)の生み出すそれらは例外だ。

 例え人が火を手に入れようと、ユナンが操るそれとは明確に格が違う。

 無限に等しき魔力を有するが故に。

 ユナンの炎は魔術の域で収まるものから、太陽のそれとなんら変わらないものまで自在なのだ。

 それだけでは無い。死を覚悟すれば太陽そのものを生み出すことさえ可能にする。

 それをした際にどう言った事が起こるか分からないため、未来永劫やる事は無いだろうが。

 つまるところただの魔術師の火と、魔法使いの火とでは埋めようのない隔絶した差があるのだ。

 魔術師が水鉄砲で、魔法使い(マギ)は消防車だと考えればその差がいかなるものかある程度は理解できるであろう。

 

「……いつぶりか。いや、よもや初めてと言えるかもしれんな」

 

 得物の魔槍と同じ色の瞳を動かす。

 深き知性と戦士としての力強さを秘めたその双眸には、微かに震えている己の手が映った。

 ──武者震い。

 スカサハという一人の戦士が。一つの頂きが。己と比肩しうる存在と相対し、全身が歓喜に震えている。

 かつてこれ程高揚したことがあっただろうか。

 僅かな時間に生を振り返るが、今ほどに昂っていることなどありはしなかった。

 

「ははは! よいぞ。ああよい。お前と言う男と会えて良かった。今宵は遠慮なく、躊躇なく、加減なく────全霊だ」

 

 刹那──空間を跳躍して、女傑は凶槍を奔らせた。

 

 バリンッ!! ユナンを覆う光の膜(ボルグ)は先程と違い、耐える間もなく砕け散る。

 真名解放──『貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)』。

 理外の膂力から繰り出される紅槍は、もはや受け止められる領域ではない。

 あらゆる物質も、魔法も、きっと神の持つ権能でさえこの槍を防ぐ手立ては存在しないのだ。

 だからこそ、ユナンは回避行動を強要される。

 ヒュッと、頬の薄皮を割いて槍が横を通り過ぎた。

 

雷魔法(ラムズ)ッ!」

 

 追撃はさせないと、ユナンは指を振るう。

 鼓膜をつんざく轟音と共に、雷がはなたれた。

 しかし無意味だ。幾ら魔術を使おうが、たかが雷速。

 その程度の速度の攻撃など、今のスカサハには止まっているも同然であった。

 掠っただけでも致命であろう雷の矢を、スカサハは最小限の動きだけで躱す。

 

 躱す。躱す。躱す。そして時に打ち砕く。

 

 幾千、幾万という攻防が秒を刻んで繰り広げられる。

 星の数程の攻撃。星の光の如き魔法の輝き。

 それは数分、数十分と続き、二人の戦いは更に苛烈さを増していく。

 一種、舞踏のようにも感じられる二人だけの時間は、今この世界の何よりも美しく、唯一無二で、お互いにこの相手でなければ得られないものであった。

 

 理を踏み外して尚、影の国の女王は成長を続ける。

 果てなき闘争心が、孤高なる精神性が、そして歓喜に震える心が後押しして、老いる事の無い肉体を進化とも呼べる速度で高みへ押し上げている。

 

水魔法(シャラール)熱魔法(ハルハール)力魔法(ゾルフ)────大閃光(デストロクシオン)

 

 動いたのは、ユナンだった。

 それぞれ違う属性の魔法を複合させ、数百を越す命令式を組み上げることによって天災を強制的に引き起こす魔法。

 超律魔法と呼ばれる大閃光(それ)は、本来180の命令式で起動するはずの術式だ。

 しかし、スカサハという強者を相手にユナンは更に複雑に編み合わせた。

 その数、凡そ──2358。

 臨界点ギリギリまで水蒸気を圧縮させた超級の爆弾。

 富士クラスの火山が噴火するのと同等のエネルギーを秘めた黒い弾丸は、下手な宝具よりも強力で、破壊力という点で凶悪にすぎる魔法だった。

 

「……っ!!」

 

 超越的な本能が危険を嗅ぎ取った。

 瞬時に弾丸の数と同じ数の槍が空中に展開する。

 それだけでは無い。

 幾重ものルーンが、淡い光を放ちながら幾何学模様を形成する。

 加護、硬化、癒し、疾走、加速、相乗、そして火や水等の各種属性のルーンが秒を掛けずしてスカサハを起点に現れた。

 そして槍と弾丸がぶつかる。

 

 一瞬の光。視界は色を奪われ、白一色に飲み込まれる。

 

 ユナンが色を取り戻すのに僅か二秒弱。

 だが視界が元に戻った時には、スカサハは眼前から消えていた。

 直後、背後に僅かな気配を感じるが、振り向く時間など今のスカサハを前にあるはずも無い。

 風を切る音が聞こえた時には、ユナンは空から地面へ叩き付けられていた。

 

「ごほごほッ……くっ」

 

 木々を薙ぎ倒して吹き飛ばされたユナンは、幸いにも深い傷は負っていなかった。

 槍が届く寸前、脇腹に防壁魔法を集中させる事で何とか防ぐ事に成功したのだ。

 が、しかしだ、それでもこの威力。もし直撃していたら、ひ弱なユナンの体では間違いなく再起不能になっていた。

 すぐさま立ち上がっ……

 

 

刺し穿つ────。

 

 

 ……ろうとして、またも衝撃がユナンを空へ打ち上げた。

 

 

突き穿つ────。

 

 

 深紅の輝きが影の国を照らす。

 必殺の凶星。呪いの光。

 

 

 ──────貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)ッ!! 

 

 

 紅の魔槍が、ユナンの因果を捕えた。

 死が迫る。空間を飛翔して、その心臓(むね)を掴まんと。

 あと数秒をすればこの槍はユナンの心臓を貫くであろう。

 因果の逆転とは、つまるところそういうもので。おおよそ防ぐ手立てなどない。

 今も尚進み続ける槍は、運命を捻じ曲げようと止まることはないのだ。

 

 世界が速度を落としていく。

 ゆっくりと、まるでスローモーションのように。

 鈍くなっていく世界の中で、ユナンの瞳はスカサハを映した。

 

(……来るのが遅くなってごめんね)

 

 いつの日かの、死を前にした騎士王の時と同じく謝罪を胸の内で零す。

 

(怖かったんだ。僕が関わることで物語が変わってしまうことが……)

 

 悩み続けた。この数百年……下手をすれば数千年もの間。

 この悩みは騎士王(アルトリア)と会った時にも抱えていたもので、その時は結局恐怖に勝てなかった。

 だから、ブリテンが滅び行く未来を教えられなかった。そして、手を伸ばすこともしなかった。

 自身が関わることで、この世界の結末に影響を与えてしまうことが、言いようのない不安と恐怖で、それに苛まれて眠れない日もあった。

 

 何故生まれたのか。何故ユナン(あの人)の姿なのか。何故魔法使い(マギ)なのか。

 自分の存在意義を探しては諦め、けれどやっぱり諦めきれないから探し続けて、だけど未だに答えは見つかっていない。

 

(でも……迷うのは辞めることにしたんだ)

 

 勇気をくれたのは、可憐な騎士王だった。

 

 ──『私は貴方と会えて、幸運だった』

 

 とても美しい顔だった。

 見たこともないような、この世のどんなものよりも綺麗で安らかな顔だった。

 だから泣きそうになった。

 なんで僕なんかにお礼を言うんだろう、と。そんな資格はないのに、と。

 

(これが正解なのか、間違いなのか、分からないけど。……でも、決めたんだ。逃げないって。勝手だけど、約束し(誓っ)たんだ)

 

 世界から……運命から目を背けて、差し伸べられた筈の手を指し伸ばさないで、ただ見ているだけなど。

 それではいつかきっと自分が自分ではなくなってしまう。壊れてしまうかもしれない。

 ……もしかしたら、ある神の狂信者であった元マギのように、世界を壊してしまうかもしれない。

 それ程までに感じていた恐怖は大きかった。

 ……でも、アルトリアのお陰で立ち向かう勇気を抱いた。

 アルトリアは救われたと言っていた。だがあの時、アルトリア以上にユナンは救われたのだ。

 

(もっと早く君に会いに行けたのに、ごめんね)

 

 スカサハの孤独感はどれほどだったのだろうか。

 かつての弟子や友人に先立たれ、一人残された時の喪失感はきっと推し量れるものでは無い。

 今ではそういった感情すらも摩耗して薄くなっている。

 胸の内にあるのは自身を殺してくれるものとの出会い、その切望だけ。

 けれどそんなものは不可能に近いと理解しているから、自分の言葉に呆れた笑いを零す。

 だから、願いを、心を満たそう。それがユナンに出来る最大限の謝罪だから。

 

 故に、全霊だ。

 

 

「────力魔法(ゾルフ)

 

 

 槍は、直前で停滞した。

 

「なんだと……?」

 

 その不自然な現象に、スカサハは眉を顰める。

 因果の逆転を成した槍は、何があっても止まることはない。例えそれが使用者の死であっても、一度投擲されたのならひとりでに動き敵の心臓を貫く。

 だからこそ、まるで槍の時間だけが停止したかのようにピタリと動きが止まり困惑した。

 

力場停止(ゾルフ・メドゥン)。……彼の王や、アラジン程ではないけれど、僕もそれなりに使えるんだ」

 

 ユナンは指を振るう。

 

砂の巨人(ゾルフ・ウルラトゥーゴ)

 

 サァァと、地面の砂が宙に浮き上がる。

 5秒もしないうちにそれは形を取り、砂で出来た巨人へ変わった。

 重力を操ることによって様々な物体を作り出す魔法。どんな形を造るかは術者の意思次第で、巨人から建物、動物まで様々。

 そして今回作り出したこの巨人は、あるマギの少年とその友人に尊敬の念を込めて名を付けた。

 間違っても本家のように、気安くウーゴくんなどとは名付けたりしない。

 

 クイ。ユナンが指を折り曲げると、砂の巨人は勢いよく拳を下から突き上げた。

 巨人の拳によって空へ弾き飛ばされた槍は、速度を落とすことなく何処までも登り続ける。

 推力固定衝(ゾルフ・アッシャーラ)、それがユナンの使った魔法の名だ。

 一定方向に加えられた推力は絶対に消えることなく、永久に続く魔法であり。

 仮に術者であるユナンが死のうと、かけられた者が死のうとも効果は続く。

 それは物であっても同じだ。術の対象となれば、永遠とどこかに吹き飛び続ける。

 これで因果を逆転させようとも、永久に槍がユナンに届く事は無くなった。

 

「──っ」

 

 ほっと一息を着くと、スカサハと目が合った。

 ニッと、ユナンは得意気な笑みを見せる。

 

「……く、くく。はは、あはははははぁ!!!」

 

 たまらずスカサハは声を大にして哄笑を上げた。

 

「自惚れるつもりはないが、よもや魔槍(アレ)がその身に触れることすらかなわぬとはな。やはり魔法使い、その祖の名は伊達ではないということか」

「それ程でもないよ。でも、ありがとう。やっぱり、君は強いね」

「はは、かのマギに言われれば箔が付くというものだ」

 

 軽い会話。激しき攻防のなかで生まれる、たった一時の掛け合い。

 力ではなく言葉を交えて互いを理解し合うというのは、なかなかどうして、存外悪くないものだと、スカサハは思った。

 

「そろそろ、終わりも近いだろう」

「……そうだね」

 

 互いに分かっている。

 これ以上戦いが長引いたところで、いいことなど何もない。

 むしろ体力をすり減らしながら互いに消耗戦に持ち越せば、今以上の耽美な時間など感じられないだろう。

 高揚(ボルテージ)最高潮(マックス)。互いの集中力も、パフォーマンスもここがピークだ。

 今を置いて、全てを出し切るタイミングなど皆無。

 故に、次の行動こそがこの戦いの末を決定付けるものとなる。

 二人の考えることはたった一つ。たった一つの同じこと。

 

 己の全てを次にぶつける! 

 

 ──((否。全力以上をッ!!))

 

 ユナンは魔法を解き、砂の巨人を崩した。

 次に細胞の一つ一つに感覚を研ぎ澄ませ、深く呼吸をする。

 感じる、強大な魔力の渦を。ルフが周囲を飛びまわり、この瞬間も絶えず応えてくれていた。

 まるで頑張れと応援してくれているかのように。

 

 それはスカサハも同様であった。

 周囲を紫紺色のルフが羽ばたき、祝福している。

 スカサハの魔力に反応するようにその数は段々と増えていき、遂には視界を覆い尽くさんばかりのルフの奔流が溢れ出た。

 

雷魔法(ラムズ)……」

 

 まばゆい青い(いかづち)を、ユナンは纏う。

 

「刺し穿つ、突き穿つ……」

 

 呼応して、真紅の魔力が渦を巻いた。

 数瞬の静寂。音が消えて、静謐を迎えた世界のなんと美しきことか。

 

 そして、世界は再び動き出す。

 

 

「────雷光剣(バララーク・サイカ)ッ!! 

 

「──── 貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)ッ!! 

 

 

 極光。山岳を消し飛ばし、大陸の地形すらも変えうる極大の雷。

 かつて、七海の覇王と呼ばれた男が振るっていた最強の剣。

 それに抗いしは、最凶の魔槍。

 星の光にも等しき御柱を、その身を貫かんと紅い彗星が天へ遡る。

 

「────ッ!!」

「────ッ!!」

 

 二つの叫び声は、星の音を殺し尽くす轟音によって掻き消される。

 穿つ、と女王は挑戦的に嗤う。

 迎え撃つ、と始まりの魔法使いは笑う。

 宇宙(ソラ)の理すら揺るがす超越者同士の聖戦は、全てを呑む光に包まれて、その決着を迎えた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「……んっ……っ?」

 

 スカサハは目を覚ます。瞳には、夜の帳が映る。

 

「おはよう。よく眠れたかい?」

 

 聞こえてきた声に顔を横に向けると、釣竿の形状をした杖を横に置いたユナンが居た。

 もう既に治療を終えたのだろう、傷らしい傷は何一つ見受けられない。

 そしてそれはスカサハも同じだった。

 

「……そうか。お前ほどの男をしても、私は殺せなんだか……」

 

 絶望も諦観もない。その言葉には、ただ淡々と事実だけがあった。

 あれほどの攻撃を受けて死ねなかった。その事実をスカサハは吟味する。

 しかし未だに生きているというのに、どうしてだろうか。

 晴れ晴れとした清々しさと、胸の奥底がじんわりと熱くなって満たされている感じがした。

 多幸感にも似た感情が、確かに存在している。

 その事に何だか可笑しくなって、小さい笑いが零れた。

 

「来るのが遅くなってごめんね」

 

 小さく呟かれた。

 視線を動かすと、ユナンが隣に膝を抱えて腰を下ろしていた。

 

「本当は、もっと早くこれたんだ。でも、君に会うことに迷ってた」

「……」

 

 スカサハは黙って聞いていた。

 

「でも、言われたんだ。僕に会えてよかったって、そう言ってくれた子が」

 

 星を見上げる。

 

「誰かを不幸にするだけじゃない。より良い未来を歩めるように、この星を見守るって、それがマギだと思うから」

 

 その双眸の裏には、かつてアルマトランを収めていた偉大なる王の姿が浮かんでいた。

 目を背けない。やれることはやる。全てを知った上で何もせず逃げ出すなんて、本当の魔法使い(ユナン)ならしないだろうから。

 それに夢の中とはいえ、この力を教えてくれたアルマトランの王(あの人)にも申し訳が立たない。

 

「その謝罪ではないけど。スカサハ、君の不死性は取り除いてあげたよ」

「……なに?」

 

 ユナンの言葉に、訝しげに返した。

 

「有り得んな。まさかそんなことが……」

「普通ならね。でも、ルフ達に協力してもらって少し無茶をしたんだ」

 

 こほっ。ユナンが軽く咳をした。

 口元を押さえていた掌を見ると、赤黒い血がベッタリと張り付いている。

 

錬金魔法(アルキミア・アルカディーマ)。本来の使い方とは違うのだけど、なんとかなって良かった」

 

 錬金魔法によって不死性を取り除く方法を思い付いたのは、この世界にはいないマギ、アラジンのお陰だった。

 かつて体を乗っ取られていた少女に、アラジンが錬金魔法を使うことでその体を再構築して遺伝子レベルで別のものと置き換えていた。

 ならばと今回の方法はそこから着想を得て、気絶していたスカサハの体に錬金魔法を使用して、魂の部分に根差していた不死性を取り除いたのだ。

 取り扱っているのが魂というだけに、相当にデリケートで緻密、かつ酷い魔力(マゴイ)の消費を強いられたが、10分の格闘の末何とかなった。

 お陰でユナンの内面はズタズタである。補助魔法(魔術)や治癒魔法(魔術)などで外面は取り繕っているが、本当は喋るのも億劫なのだ。

 

「だけど、確かに君の不死性は消したけど、それは呪いが完全に消えた訳では無いんだ。君が人を外れてしまった事までは消せない。つまり……」

 

スカサハは、続く言葉を察した。

 

「殺されなければ死なない、であろう?」

「……うん」

 

 不死では無くなった。だが不老ではある。

 スカサハの根幹にこびりついた呪いは、あまりにも強力で、あまりにも長く張り付いていたから、半ば魂に癒着している状態だった。

 きっと魂ごと破壊すれば、スカサハを完全に殺せただろう。

 しかしそれをする訳には行かなかった。彼女を死なせてはならない、大きな理由が、ユナンにはあるのだ。

 

「僕なら寝ている君にトドメを刺せた。けれど、ごめんね」

「……出来ない理由があるようだな?」

「うん」

「ならば、よい。忌まわしき我が不死性が消えたというだけでも、大きな収穫であろうよ。そして何よりも、お前と戦えた。それだけでも、この邂逅には意味があった」

 

 胸が踊った。幾年ぶりかに。

 先の戦いを思い出して、また体が身震いをする。そしてほのかに熱を上げた。

 あぁきっと、これ以上の愉悦は存在しないのだろうと、どこかで思う。

 弟子を師事している時や、修羅神仏と戦っている時にも感じたことの無い昂りは、きっと他には存在しない。

 

「そう言ってくれてよかった。それでなんだけど、僕がここに来たのは君にお願いがあってなんだ」

「お主ほどの男からの頼み、か。これは聞かない訳にはいかんな」

「ふふ、ありがとう」

 

 笑って、ユナンは隣に腰かけたスカサハを見返す。

 ここからが本題で、ユナンが影の国に来た本当の目的だ。

 

「今よりも、ほんの少しだけ先のことなんだけど。もしかしたら、この星の歴史を揺るがすことが起こるかもしれないんだ」

「……ほう」

「その時に、一人の少女、あるいは少年がきっと立ち上がる。その子は英雄でもなければ、王としての器がある訳でもない、ただの人の子なんだけど。すこし複雑な運命を背負って産まれてくる」

 

 いつかきっと訪れるであろう未来。

 確定ではない。だがしかし、ユナンにはこの世界がそうなのだという確信にも似た直感があった。

 

「辛いことがいっぱいあって、挫けるような出来事もある。きっと一人では耐えられないようなことが、数えるのも馬鹿らしくなってしまう程に降りかかるから。だからその子が頑張れるように、負けないように、時が来たら君にその子の手助けをしてあげて欲しい」

「それが頼みか?」

「うん。出来れば君が、その子の良い教師になってあげてよ」

「儂が、のう」

 

 英雄でもなければ、王の器ですらない。そのユナンの言葉に、スカサハは疑問に思う。

 はたして、自身が教導したところでそのような者に耐えられるだろうか、と。

 自分で言うのもなんだが、すこし、ほんの少々だけ、本当に雀の涙程度にだが自分は厳しいという自覚はある。

 魔法使いの祖を疑う訳では無いが、やはり疑問は感じずには居られない。

 

「大丈夫。きっとその子に会えば、君も気に入るはずだよ」

「……そうか、他ならぬ主の言葉だ。その時が来るのを期待して待っていよう」

「うん! ありがとう。それじゃあ僕は帰るね」

 

 よっ、と声を上げ杖を支えに立ち上がる。

 ハラハラと、尻に着いた土を払った。

 

魔法使い(ユナン)よ、また逢えるのであろう?」

 

 思わず口を突いて出た自分の言葉に、スカサハは少し驚いた。

 よもや、まさかこの身が別れを惜しむとは。

 キョトンとした顔のユナンは、次にはふっと笑って──。

 

「きっとね」

 

 ──ヒラヒラ。

 

 ルフがざわめき、空へ羽ばたく。

 気付けばそこに魔法使いの姿は無くなっていた。

 

「ふむ、まるで乙女だな。はは、我ながらどうして」

 

 静かに笑う影の女王は、空を見上げる。

 きっと、いつか会える。それは先の話かもしれないが、次に会う時は戦いではない別の何かで。

 似つかわしくないと自覚しながらも、そんな事を思いながら夜を眺めた。

 そこには、宝石を詰め込んだような綺麗な星々がキラキラと輝いているのだった。




:補足
・この時代にはまだ核と言った兵器がないからいくつかの魔術はまだ魔法。
・影の国にはスカサハが認めたものしか入れないが、スカサハが願ってユナンが侵入した為影の国に弾き出されなかった。
・おや、おっぱいタイツ師匠の様子が……?

やめて! ゲイボルクオルタナティブの特殊能力で、ボルグを焼き払われたら、闇のゲーム(一方的)で小動物なユナンの精神まで食らい付くされちゃう!(性的)
お願い、死なないでユナン!
あんたが今ここで倒れたら、アルトリアやあの人との約束はどうなっちゃうの?
ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、師匠に捕食(性的)されずにすむんだから!

次回、ユナン死す! デュエルスタンバイ! (大嘘)


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