マギレコRTA ワルプルギス撃破ルート脳筋傭兵チャート   作:スパークリング

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Side.七海やちよ タイムリミット

「久しいのう。して、こんなところに何用じゃ? やちよ」

 

 参京院教育学園の地下水道で、行方不明になっていた百恵と久しぶりの再会を果たした。

 本当なら喜び合いたいところなのだけど、この状況……おそらく彼女は――。

 

(みんな走って! 逃げるわよ!)

 

 仲間の魔法少女全員に念話を飛ばして全力でこの場から離れるように指示する。

 ここで百恵と相対するのはあまりにも危険! せめてウワサの所まで行かないと全滅する!

 私は隣で戸惑っている環さんの手を引いて駆け出した。

 鶴乃とフェリシアは百恵のヤバさがわかっているから指示が来た瞬間に奥の扉に一目散。佐倉さんも察してくれたみたいで駆け出してくれていた。

 

「えっ、えっ!? なんですかやちよさん!?」

「余裕がないから手短に説明するわ。あの子が来たせいで状況は最悪なの。だからとにかく逃げるのよ!」

「え、さっきの子ってそんなに危ないんですか?」

「危ないなんてそんな生易しいもんじゃないわ。彼女こそ、神浜最強の魔法少女――星奈百恵なのよ!」

「ええっ!? あの子がですか!?」

 

 本当なら百恵を初めて人に紹介するときは楽しくってしょうがないのよ。だってみんな、絶対に百恵の容姿と実力のギャップに驚くんだから、今の環さんみたいに!

 だけど今回ばかりはそんな微笑ましいやり取りは最悪の宣告に他ならない。

 だって――。

 

「これ、お主よ。他人の顔を見るなり逃げ出すとは酷いではないか。傷付くぞ」

 

 ついさっきまで後方にいたはずなのに、気が付いたら逃げる先である奥に続く入り口の前で笑顔で仁王立ちしているような正真正銘のバケモノなのだから。

 

 百恵は魔法少女特有の固有能力を持たない珍しいタイプの魔法少女。

 だから「どうやって移動したのか」という問いの答えは単純明快。

 ただその足で走って回り込んできただけだ。それも私たちが知覚できないようなスピードで。

 

「ふぅ。さて、後は任せてお主らは下がって天音姉妹の治療をするがよい」

「……はい。御武運を」

「うむ。お主らもよく耐えたの、誇るとよいぞ」

「感謝、致します」

「すいま……ゴホッゴホッ!」

「もうよい喋るな。休むがよい」

 

 黒羽根たちは百恵の言うことを素直に従って、負傷した天音姉妹を連れてこの場から立ち去った。これでこの場には私たちと百恵だけになる。

 

 ……ああ、やっぱりそうなのね。

 信じたくなかったけど……あなたはそっち側の人間なのね、百恵。

 

 色々聞きたいことはあるけれど、それは後回し。

 タイムリミットが30分を切ってしまっている以上、ウワサを倒すことを何よりも優先しなければならないのだから。

 

「……久しぶりね、百恵」

「うむ、久しいのう。どうじゃ? 今からゆっくりお茶でもせんか?」

「悪いけど時間が押しているの。だから話は用が済んだらたっぷりさせてもらうわ」

「そうか。ならば先程のこちらの質問に答えてもらおうかの? こんな辛気臭いところにみんなして何用かの?」

 

 あくまで態度を崩さず笑顔で圧力をかけてくる。

 ここで素直に帰ればきっと見逃してくれるでしょう。百恵はそういう子だ。

 だけど……!

 

「私たちはその奥にあるものが目当てなのよ。だから来たの」

「そうか……。のう、化かし合いはやめようか。急いでいるのじゃろう? 用件を言え」

「……そこをどいてちょうだい」

「それは出来んなぁ――ほう?」

 

 交渉が決裂したことを確認するや否や、真っ先に動いたのは佐倉さんだった。

 

 ほぼ不意打ちに近い形で武器である槍を百恵に投擲する……が。それが貫いたのは固いコンクリートの地面だけだった。

 

 少し体を傾ける。

 さっきの天音姉妹と違って無駄が一切ないその動きだけで、百恵は佐倉さんの不意打ちを見切ったのだ。

 

「お主よ、見ぬ顔じゃな。市外の魔法少女かの? 良い腕じゃ。ずっとひとりで頑張り続けてきた者の動きをしておる」

「へっ、上から目線でどーも!」

 

 苦々しそうな顔をしながら新しい槍を生み出す佐倉さん。多分彼女は本気で百恵を仕留めようとしていた。仕掛けるタイミングが完璧だったもの。

 悟っていたのでしょう。

 明らかに格が違うから不意打ちするのが得策だと。

 

「残念じゃ。ここで引いてくれれば今日のことは忘れようと思ったのじゃがの」

「ごめん百恵ししょー……こっちも後には引けないんだよ!」

「オレもあの水を飲んじまったんだ。だから先に進ませてもらうぜ、百恵!」

 

 鶴乃とフェリシアはもう覚悟を決めたらしい。……ふぅ。私もいい加減受け入れないとね。

 

 何があったのかはわからないけど、今の百恵は私たちの敵。

 しかもあろうことか、他の人間を巻き込んだ魔法少女の解放とやらに関わっている。

 見過ごすことなんてできない。

 

「……そうか。やちよ、お主も変わらぬのじゃな」

「ええ、変わらないわ。あなたには色々聞きたいことがあるけど……それはあなたを倒してからにするとするわ」

「それなら致し方あるまいな。『マギウスの翼』の(かしら)であるこの星奈百恵がお相手するとしよう。久しぶりに稽古を付けてやる。どこからでもかかってくるがよい」

 

 自らを『マギウスの翼』の頭だということを明かした百恵が獰猛な笑みを浮かべる。

 武器である大剣を出さず稽古を付けると言っているあたり、私たちの命を取るつもりはないみたい。つまり本気だけど全力じゃない。

 でも、それでも悔しいことに百恵に勝てる気がしない……私ひとりならば。

 

 今回はこちらが五人、百恵はひとりの図だ。五人で力を合わせれば……まだ可能性はある。

 おまけにこちらには前衛、中衛、後衛のメンバーが揃っている。即席チームとはいえ、それなりの実力者が揃い踏み。

 ……行ける。

 

「佐倉さん、今回は抜け駆けはなしよ」

「……だな。真面目にやらなきゃいけねーみたいだ」

 

 不安要素である佐倉さんの協力を取り付けられた今、五対一が確定した。

 これなら届くかもしれない、神浜最強に。

 

(鶴乃とフェリシアは積極的に攻めて、私と佐倉さんが合わせるわ。環さんは援護して!)

 

 百恵に聞こえないように念話で指示を出して、全員が一斉に動く。

 

 鶴乃が先制攻撃の火炎を、そしてそれにフェリシアが続いた。鶴乃の炎を盾にして攻撃を打ち込む気ね。

 百恵の視界が火炎で遮られるタイミングを見計らって佐倉さんが百恵の後方に回った。私も佐倉さんとは逆回りに移動する。これで三方向を取った。

 いくら百恵でも体がひとつしかない以上このコンビネーションを捌ききれない!

 

 百恵の真横まで迫った私はそのまま彼女に槍を――と、ここで不自然なことに気が付いた。

 鶴乃の炎を前にして百恵はなにも構えていない。無防備すぎるのよ。

 もしかして足が竦んだ? いやそんなわけがない! なにかある!

 

 でも気が付いた時にはもう遅かった。

 百恵が小さく口を動かして――フッと微かな音が聞こえたかと思うと、百恵に迫っていた炎がなにかに反射されたかのように軌道を変える。

 その先には……。

 

「えっ!? あああっ!!」

 

 炎を盾にハンマーを構えて突進していたフェリシアがいた。

 直撃こそしなかったものの、攻撃をするために振り上げていた腕に炎が掠めた。フェリシアはハンマーを手放し、両腕を庇って苦しんでいる。

 そんな……息を吹きかけただけで、鶴乃の攻撃を跳ね返したっていうの!?

 

「自分よりも強い敵がピンピンしているにも拘らず、大振りな攻撃を仕掛けるやつがおるか愚か者! そこで少し頭と腕を冷やせ! まずはひとり!」

 

 文字通りのフレンドリーファイアによってフェリシアを撃墜した百恵はそのまま直進する。

 前提である炎の壁が破られてしまったがために連携が崩れた。私と佐倉さんの動きが無駄に終わる。

 そして直進する百恵の次のターゲットに選ばれたのは……。

 

「え?……あ」

 

 鶴乃だった。

 きっと今、なにが起こったのか理解できなかったのでしょう。

 百恵に放ったはずの攻撃がありえない動きをして味方(フェリシア)を焼いたのだから。そして次の瞬間には、百恵が目の前に迫ってきていたのだから。

 先制攻撃を仕掛けて様子を伺っていた鶴乃は驚きのあまりその態勢のまま固まった。百恵を前にして、一瞬とはいえ無防備になった。

 なってしまった。

 

「予想外の出来事に驚く気持ちは分かるが、戦闘中に隙を晒すとは何事じゃ! 緊急時の対応に難あり!」

「いっ!?」

 

 ゴチンッ!

 擬音ではなくリアルでそう聞えてしまう百恵の鉄拳が鶴乃の頭に炸裂した。

 

 脳味噌をぐちゃぐちゃに掻き回されるほどの衝撃があると定評のある百恵の鉄拳制裁を喰らった鶴乃は千鳥足になって尻餅をつく。

 ……意識はあるみたいだけど駄目ね。

 鶴乃もしばらく戦線を復帰することはできそうにない。

 

「ふたり目じゃ! 次は――」

 

 鶴乃を轟沈させた百恵がこちらを振り返った。

 

「――お主にしようかの?」

「うおっ!?」

 

 次の瞬間には、すでに彼女は佐倉さんの構える長槍に器用に乗って彼女の耳元で囁いた。

 もはや瞬間移動に等しい速度で接近された佐倉さんは驚きながらも槍を振りかざして百恵を引きはがす。が。

 

「おわっ!?」

 

 なぜか佐倉さんの体がなにかに引っ張られたかのように、武器を持つ腕からバランスを崩す。

 よく見ると佐倉さんの槍に青いリボンのようなものが巻き付いていた。

 

 それは百恵の着物の帯だった。

 地面にギリギリ付かない程度に長い彼女の帯がまるで生きているかのようにうねり、佐倉さんの長槍を縛り上げている。

 固有能力がなくとも、百恵には絶大な魔力がある。

 その魔力を使って上手く操っているのだ。

 

 百恵はその帯を引っ張って佐倉さんの持つ槍を掴み、そのまま持ち上げて振り回した。

 槍を握ったまま持ち上げられた佐倉さんは槍ごと遠心力に従って投げ出され……丁度私がいるところに飛んできた! 佐倉さんのみならず私まで狙うなんて……!

 

(チッ、避けろ!)

「くっ」

 

 佐倉さんの念話に従って、彼女を受け止めようとしていた私は緊急回避。

 佐倉さんは槍を地面に突き刺した僅かの間に態勢を整えて槍から手を放し、勢いを弱めつつ水飛沫(みずしぶき)を上げながら踏みとどまり、なんとか無事に着地した。

 私は突き刺さった槍を佐倉さんに投げ、彼女はそれを片手で受け取って立ち上がった。

 

「うむうむ、お主らは優秀じゃのう。結構結構」

 

 ぱちぱちと余裕そうに拍手をする百恵が遠い。

 かなり上手く行ったはずの私たちの連携をいなしただけでもおかしいのに、その勢いのまま決して弱くないふたりの魔法少女を戦闘不能にしてしまった。

 

「おっと」

 

 そんな百恵がなにかに気付いたように声を上げた。

 いつの間にか突き出していた手に握られているのは、桃色の矢のような形をした魔力弾。

 

「星奈……百恵さん!」

 

 鶴乃とフェリシアを庇いつつ、環さんが左腕のクロスボウを構えていた。

 

「お主、ようやく私に話しかけてくれたのう。お主も見ない顔じゃ。市外の魔法少女かの?」

「はい。環いろは、と言います」

「うむ。私は星奈百恵という。しがない傭兵をやっとるよ。まぁ、今は訳あって『マギウスの翼』の頭をしとるのじゃがの。あと、こんななりじゃが来年には成人するぞ」

「えっ」

 

 百恵の自己紹介に私の隣にいる佐倉さんが素の声を漏らした。

 環さんは事前に知っていたからか、特に驚いた様子はない。

 

「鶴乃ちゃんとフェリシアちゃんから話は聞いています。ふたりのお師匠様……なんですよね?」

「まぁそうじゃな。何回か稽古付けてやった仲じゃ」

「ならどうして! そのふたりを傷付けられるんですか!? その魔法少女の解放は……あなたを慕っている鶴乃ちゃんとフェリシアちゃんを傷付けてでも、こんな誰かを不幸にするようなやり方をしてまで、成し遂げないといけないことなんですか! フェリシアちゃんに至っては……あと30分足らずでウワサの被害を受けてしまうんですよ!?」

 

 ……驚いたわ。

 まさか環さん、百恵を説得するつもり? 変なところで肝が据わっている子だとは思っていたけどここまでとは思わなかったわ。

 

 だけど案外有効かもしれない。

 「訳あって(・・・・)『マギウスの翼』の頭をしている」と百恵は言っていた。つまり何か事情があるということ。

 思えば百恵が『マギウスの翼』に所属している状況がそもそもおかしい。

 百恵は完全中立を宣言していたし、どこの組織にも所属しないとも言っていた。今の百恵はその約束に背いた行動をしている。

 そこを突いて紐解いていけば……もしかしたら百恵の抱える事情を解決して、こちら側に引き込めるかもしれない。

 

 そんな希望が見えたのも束の間、百恵は目を細めて環さんを見据えた。

 

「若いな」

「え?」

「お主は若いな。人間としても魔法少女としてもじゃ。じゃが良い瞳をしておる。……今の私には(いささ)か眩しすぎるくらいにのう」

 

 そう語る百恵の目は……ひどく悲し気だった。

 

「答えを返そうか。確かに私はお主たちとは戦いたくはない。お主が庇っているふたりは、私にとって手塩にかけて育てた大切な教え子たちじゃ。なにも好き好んで不幸にしようだなんて思っておらん。このやり方だって、私は納得してはおらぬよ」

「それなら……」

「じゃがのう……もう、私には時間がないのじゃ」

「え?」

「お喋りはここまでにしようか。お主、回復術士であろう?」

「え……な、なんで……」

「数多の魔法少女を見てきた私にはそれくらいすぐにわかる。私のテストから落第したそのふたりを癒してやるが良い。もうお主らに興味はないからのう」

 

 まるでこれ以上環さんと会話をすることを嫌ったかのように話を切り上げた百恵は、再び私と佐倉さんに向き直った。

 

「さて、続きをやろうか。今度はこちらから行こうかの?」

 

 そう言った百恵は両手で耳を塞いで大きく息を吸った。――いけない!

 

「全員! 耳を塞ぎなさい!」

「――――――――ッ!!!」

 

 私がちょうど耳を塞いだ瞬間、とんでもなく甲高い音とともに地下水路が揺れた。

 そこら辺にある水溜まりが震え、天井に張っている水滴全てが地面に落ちる。百恵が咆哮を上げたのだ。しかも魔力を目いっぱい込めて!

 百恵の腹の底から出た雄叫びはそのまま衝撃波となり、魔力によって形成された弾幕が地下水路の壁に反射して津波のように襲い掛かる!

 

 場所の性質を利用したその攻撃は二段階に効力を発揮する。

 まずは単純に轟音による聴覚に対する攻撃。両耳を必死で塞いでも頭に響くような咆哮だ。

 もし直で受けてしまえば気絶は逃れない。鼓膜も破れてしまう可能性もある。そしてそれが過ぎればこの魔力弾の雨だ。

 

 ただ腹に力を込めて叫ぶ。

 場合によっては自分の声すらも凶器に変えてしまうのが星奈百恵という規則外な魔法少女なのだ。

 

「くっ」

「なんだよこれ! さっきの笛姉妹の攻撃が可愛く思えちまうぞ。おい、あいつの攻撃手段はコレなのか!?」

「そんなわけないじゃないの! 手加減してアレなのよ! しかも多分思いついたからやっただけで全然本気じゃないわよ!」

「滅茶苦茶が過ぎるぜオイ!」

 

 ぶーたれながらも必死で私と佐倉さんは百恵の攻撃を回避し続ける。数は多いけど狙いが定まっていない、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる理論の無差別無作為の雑な攻撃だ。ちゃんと見れば避けることはできる。

 ちなみに環さんたちがいる方向には魔力弾が一切行っていない。本当に彼女たちに手を出すつもりはないみたいだけど、そんな調整ができるくらい余裕を持っていると見せつけられているみたいで嫌になる!

 

「よくぞ全部躱しきった! 凄いのう! さて、今度はそちらじゃ。どこからでもかかってくるがよいぞ」

 

 魔力弾の雨は一分もしないうちに上がった。だけどその一分がとにかく濃かった。

 私たちが無傷で乗り切ったのを見て百恵は嬉しそうに笑っている。構えを解いて隙だらけだし、完全に遊ばれている。

 こっちは必死だっていうのに……!

 

「チッ、舐めやがって。上等だ、そんじゃあアタシと遊んでくれよ!」

 

 凶悪な笑みを浮かべた佐倉さんが百恵に向かって駆ける。

 一直線のわかりやすい軌道。そんな方法で攻撃をする理由は大きく分けて三つ。

 

 ひとつ目は、単純に経験が足りていないパターン。

 場数を踏んでなく、戦闘経験が浅いゆえに動きが洗練されておらず単調な攻撃しかできない場合だ。だけど佐倉さんはなかなかのベテラン魔法少女だ。だからこれはない。

 

 ふたつ目は、小細工をする必要がないパターン。

 まさに百恵がこれの典型で、自分と相手に明確な実力差があって真正面から倒せてしまうような力がある場合ね。

 だけどこれにも該当しない。いらだっている様子の佐倉さんだけど、百恵が格上の存在だっていうことは認めているはずだから。

 

 ということは……もうひとつしかない。

 

 百恵を貫こうとしている佐倉さんの長い槍。

 当然百恵はそれを掴もうと手を伸ばす。またさっきのように振り回す気なのでしょう。

 

 だけどその槍が百恵の手に触れる瞬間……バラバラになった。いや違う。

 あの長槍の柄の部分、実際には小さな棍たちが鎖で連結されている。

 そうか、佐倉さんの本来の武器は槍じゃなくて、多節棍だったのね。

 

 真の姿を見せた佐倉さんの武器は、それを取り損ねた百恵を取り囲むように展開され、一気に百恵に向かって収束させていく。

 そのまま縛り上げるつもりだ。

 

「能ある鷹は爪を隠すとはよく言ったものよ! お主はまさにその鷹じゃな! 速くて力強いところもぴったりじゃ! じゃが甘いぞ!」

 

 当然百恵も佐倉さんの取った行動に罠が仕掛けられていることは分かり切っている。にやりと笑った百恵は佐倉さんとの間合いを詰める。……そうか。

 

 このまま近づいてしまえば多節棍は百恵のみならず佐倉さんも巻き込んで拘束してしまう。だから佐倉さんは攻撃を中断せざるを得ない。

 加えて今の百恵は超近距離特化型の魔法少女。間合いに入ってしまえば、その剛腕が火を噴く。

 

 私以上の魔女との戦闘回数を誇る経験からなる冷静で的確な判断が、攻めと守り、どちらにも有効で最も効率の良い選択を弾き出している。

 そうよ、百恵がただのパワー馬鹿ならこっちはこんなに苦労はしないのよ。

 

「む?」

 

 しかし佐倉さんに近づいた百恵が怪訝そうな顔をした。

 なぜなら目の前の佐倉さんは拘束するための攻撃をやめてないばかりか、百恵と距離を置こうと動いていなかったのだから。

 まさに目と鼻の先まで百恵が迫ったところで……佐倉さんの姿が消えた。

 これは……!

 

「! しもうた! お主の魔法は『幻覚』か!」

「今更気が付いても遅いってーの! 油断したな神浜最強!」

 

 今まで私たちが見ていた佐倉さんは魔法で作られた幻覚だった。

 おそらく魔力弾の雨から逃げているうちにこっそり作り出して物陰に隠れていたのでしょう。佐倉さんは二重の罠を仕込んでいたのだ。

 実際には遠く離れた場所にいた本物の佐倉さんが鎖を引っ張る。すると百恵に向かっていた鎖たちが一気に百恵に纏わりついて縛り上げ、ガチガチに拘束してしまった。

 

「おお? おおおっ!」

 

 そしてそのまま宙に浮かされる。これで……道ができた! 今ならうわさの所に行ける!

 

「鶴乃! フェリシア! 行けるかしら!?」

「お、おう! なんとかな!」

「まだちょっとクラクラするけど大丈夫だよ!」

「なら環さん、ふたりを連れて今のうちに行きなさい! 私と佐倉さんはここに残るわ!」

「! はい!」

 

 残り時間はあと20分。

 意外にも百恵との戦闘が始まってまだ10分しか経っていなかった。とはいえ痛いタイムロスであることには変わらない。

 あと20分、大丈夫。

 鶴乃とフェリシアは強いし、環さんも着実に強くなっている。だから大丈夫。

 

「はっはっは! いやぁ、参った参った! まさか私が拘束されてしまうとはのう!……じゃがのう!」

 

 ギチッ……ギチチッ……パチッ!

 金属が割れていくような小さな音が耳に入ってきた。……まさか!

 

「マジかよ……! クソッ!」

 

 佐倉さんがさらに鎖を引っ張って拘束を強めるも、小さくなにかが千切れていくような音は連鎖的に増えていく一方。

 そして百恵を縛る多節棍が少しずつ動き始める!

 

「チッ! 急げてめえら! もう保たねえ!」

 

 佐倉さんの顔と声に焦りの色が見え始め、なにが起こっているのかすぐにわかった三人は一気に走り抜け……ウワサへと続く通路に足を踏み入れた。

 これで目的は達成した。でも……!

 ギチッ……ギチギチギチッ……! パチチッ! パチッ!

 

「ぬぅんっ!」

 

 バチィッ!

 ひときわ大きな金属音が聞こえると縛っていた鎖がはち切れ、自由の身となった百恵が着地した。

 腕や肩、首をコキコキと音を立てて回している。

 

「ふぅ。久々に力を込めたのう。全く、油断したわい。お主よ、あんなに強いのに固有魔法が『幻覚』とは私も見抜けなんだ。随分と欲張りが過ぎるのではないかの?」

「アタシだってな、この力はあんまり好きじゃねえんだ。でもアンタに勝つためなら、形振り構ってはいられなくてね」

「なるほど、それは実に賢明な判断じゃのう」

「んで、良いのかいアンタは。あの三人、行っちまったぜ?」

「ああ、よいよい。私が行ったら私がウワサをうっかり壊してしまいそうじゃしな。行かない方がマシじゃろうて」

 

 まぁ……たしかにそうね。

 今まで見たウワサはかなり大きなものが多かったし、そんなウワサがいるところで百恵が暴れたら、そのウワサも巻き込まれてしまいそうだもの。

 

「ふう。まぁ、これ以上の戦いは無駄じゃ。お主らがここに残るというのであれば、私はもう手出しはせんと約束しよう。不覚にも負けてしもうたからな、ご褒美じゃ」

「……わかったわ」

 

 私は武器の槍を消した。

 さすがに変身は解かないけど、これでもう戦う意思がないということは伝えられたと思う。

 

「いいのかい? アイツを信じて」

「大丈夫よ、百恵はつまらない嘘を吐かないから。それに……仮に戦いを続行したとして、勝てるの?」

「……チッ」

 

 舌打ちした佐倉さんは武器こそ仕舞わなかったものの構えは解いた。物分かりが良い子で助かるわ。

 百恵に同じ手は通じない。

 一度手を晒せばすぐにその対策をしてくる。一発逆転の手も百恵が力任せに破ってしまったし、もう私たちの手札で百恵に勝つ手段はない。ここはあの三人を信じて待つのが得策。

 

 さて……戦いは終わったことだし、色々問い詰めてやりましょう。

 環さんが問い詰めていたことを掘り下げてやるわ。

 

「聞きたいことがあるの」

「なんじゃ?」

「あなた……なんで『マギウスの翼』のリーダーなんてやっているの?」

「なんじゃそんなことか。依頼されたから、じゃよ。白羽根と黒羽根の子たちにのう」

 

 嘘おっしゃい。あんなに完全中立にこだわっていたくせにそんな言い訳が通用するわけがないでしょうに。もっと他に理由があるはずなのよ。百恵が完全中立を破ってでも、『マギウスの翼』に手を貸している理由が。

 さらに問い詰めてやろうとした……その時だった。

 

「……うっぷ」

「百恵?」

「ごばっ……がほっ、がほっ……」

「百恵!?」

 

 突然、百恵が口から大量の血を噴き出して崩れ落ちた。

 白い戦闘着が彼女の血で赤く染まる。

 

「おい、どうしたアンタ!? なにがあった!?」

 

 これには佐倉さんも驚いて心配している。

 でも、私はそれが比じゃないくらいに驚愕している。もうどうすればいいかわからなくて唖然としてしまうくらいに。

 

 こんな姿の百恵を見るのは初めてだ。

 いつも強くて、頼りになって、そしてかっこいい百恵しか見ていなかったから。

 

 あの神浜最強が……今まで私たちを圧倒していた百恵が、こんなに弱り切っているだなんて!

 

 我に返った私は百恵の元に駆け寄って百恵の肩を掴んだ……そして鳥肌が立った。

 百恵に触って最初に抱いた感想が、『硬い』だったから。

 

「百恵、見せなさい!」

 

 そこから私はすぐに百恵の異変に気付いた。

 なによ、このアームカバーは! こんなもの、無かったはずじゃないの! この下に何を隠しているのよ百恵!

 

「ならん! 見るな!」

 

 アームカバーを取ろうとする私だけど、なぜか百恵は抵抗をし始めた。

 どうしても見せたくないって言うの? でもそうはいかないわ! 何が何でも見てやるんだから!

 

「お、おいおい、なにやってんだアンタ!?」

 

 突然の私の行動に佐倉さんが驚いているけどそんなのどうでもいい!

 本当なら簡単に私を引き剝がせる力を持っているはずの百恵だけど弱っているからか、思ったよりも全然力が入っていない。

 そんな百恵を押さえつけてアームカバーを取る。その下にあったのは……!

 

「……っ!」

「な、なんだよこれ……アンタ、なんで……」

 

 私は絶句し、佐倉さんは口に手を当てて目を見開いている。

 

 かつて細くも力強かった百恵の腕、それが……今や骨と皮だけになってしまっていた。

 そのまま裾を上げると……それは肩の所まで続いてしまっている。だからか。肩を掴んだ時に硬いと感じてしまったのは。

 私が見ない間に百恵の老化は……遂に髪だけでなく、こうして体にまで影響が出始めてしまっていた。

 

 死へのカウントダウンが目に見える形で始まっている。

 

 そういえば百恵はさっきの戦いの中で、一度も武器を使っていなかった。

 単純に使う必要がないからだと思っていたけど……もしかしたらあの巨大な剣を満足に扱えないほど弱くなってしまっていたからだとしたら……!

 

「げほっ……ふーっ、ふーっ……見られてしもうたか。最後まで隠し通そうと思ったのじゃがの……」

「百恵、あなた……」

「もう大丈夫じゃ、治まった。じゃから放せ」

「放すわけないじゃないのバカ!」

 

 なにが治まったよ全然解決になっていないわ。

 こうなったら意地でも百恵を――連れて帰ろうとしたところで、緑色の光線が飛んできた。

 

「ハイハイ、ストップ。もうそこまででいいカラ」

 

 そして聞こえてくる誰かの声! 敵の増援!?

 百恵の惨状に気を取られすぎて気が付かなかったわ。

 

 光線を躱すために百恵と距離取った隙に、その第三者が百恵を抱きかかえていた。

 第三者はまるで警察官のような帽子を被った、緑の髪の毛と瞳を持った魔法少女。この子……見覚えがある。

 

「まさかあなた……アリナ・グレイ? 若手芸術家の?」

「アリナのこと知ってるワケ?」

 

 肯定したということは間違いない。

 炭化させた生き物で描いた死者蘇生シリーズなどを手掛けた有名な芸術家だ。

 覚えていたのは百恵と話題の種にしたこともあるけど、なによりも彼女の作品があまりに気味が悪くて美しいというマイナス方面での印象が強かったからだ。

 そんな芸術家が魔法少女だったなんて……しかも百恵と繋がっていたなんて。

 

「まぁ、そんなのどうでもいいんですケド。全く、アリナの知らないところで死にかけるなんてなにしてるワケ?」

「なはは……すまん、心配かけた」

「アナタは大切なアリナの作品なんだカラ勝手に死なれたら困るんだヨネ。アンダースタン?」

「すまんすまん。ついつい楽しくて、張り切ってしもうたわい」

「エキサイトする気持ちは分からなくもないケド、ほどほどにして欲しいんだヨネ。ま、というワケで百恵は回収していくカラ。ウワサなら好きに壊したら? アリナの興味はもうそこにないし」

 

 ごく自然な流れで百恵を連れて行こうとするアリナは、百恵の仲間のはずなのに守るべきウワサをどうでもいいとかいう異質の存在だ。そしてなにより……このアリナは非常にマズい相手だと、私の直感が訴えている。

 こいつに百恵を連れていかれるわけにはいかない……!

 

「待ちなさい! まだ百恵には訊きたいことが――」

「あーそういうのは受け付けてないし、どーでもいいんだヨネ。じゃあ、シーユー」

 

 アリナの周りで浮かぶルービックキューブのような緑色の箱が閃光を放つ! くっ、視界が奪われてしまった。

 

 ダメ……百恵を連れて行かないで。

 そう心の中で祈ってみたけど、結果は空しいものだった。

 光が止んだ時には百恵もアリナもこの地下水道からいなくなってしまっていた。逃げられてしまった。

 

「百恵……」

 

 さっきまで親友がいた場所に手を伸ばすも、その先には何もない。

 久しぶりに会えたというのにまさかの敵で、しかもあんなに弱っていただなんて。……どうなっているのよ。どうしちゃったのよ、百恵……。

 

 この後、なんとか時間以内にウワサを倒すことができた環さんたちと合流して地下水路から全員脱出した。

 百恵のことを聞かれたけどはぐらかしておいた。

 今教えたところでどうしようもないし、環さんはともかく百恵と関わりがある鶴乃とフェリシアに余計な心配をかけさせたくなかったから。

 ……それがいつか、絶対に分かることだとしても。

 

 ウワサを倒せて、今神浜に何が起こっているのかがわかってきて嬉しいはずなのに、晴れやかな気分になれない。

 そんな私の前に。

 

「久しぶりですね、やっちゃん」

 

 行方不明だったもうひとりの親友――梓みふゆが姿を現した。

 ……百恵と同じく、私たちの前に立ち塞がる敵として。

 

 

 

 

 

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