マギレコRTA ワルプルギス撃破ルート脳筋傭兵チャート   作:スパークリング

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ふたつに分けようか迷いましたが思い切ってひとつでいきます。

長いです。ご注意を。


Side.梓みふゆ 堕とされた希望

「私からも警告しておくわ。……神浜最強を過信しない方がいいわよ」

 

 そのやっちゃんの言葉の意味を、こんな最悪な形で理解するとは思ってもみませんでした。

 

 神浜最強の魔法少女、星奈百恵。

 ワタシたちが手にした最強の武器はまさに諸刃の剣でした。

 

 絶大なカリスマ性とその手腕で一気に『マギウスの翼』を纏め上げたモエちゃんは次々と組織改革を行い、羽根全員のスケジュールをすべて管理し、そして『マギウス』が求めるエネルギーを着実に回収してきました。

 

 羽根たちから敬遠されていた魔女狩りもすべてひとりで秘密裏にこなし、責任者のアリナを満足させるほどの活躍を見せ、停滞していた『マギウスの翼』の業務は以前と比べ物にならないほど回転し活気に満ち溢れていました。

 ここまではワタシの狙い通りだったのですが……。

 

「……また、真っ二つに分かれてしまいましたか」

 

 モエちゃんが来る前もあった、『マギウスの翼』の派閥問題。

 それが今は違う形で起こってしまいました。

 

 まずは『星奈派』。

 こちらはモエちゃんに忠誠を誓い、モエちゃんの手足となって積極的に動く派閥です。

 旧保守派の魔法少女と新参の魔法少女たちが属する派閥で、『マギウスの翼』の八割以上がこの派閥に属しています。ワタシや天音姉妹、おそらくアリナもこちら側です。

 

 それに対抗しているのが『マギウス派』。

 旧過激派の魔法少女たちと、モエちゃんの改革に異議を唱えた一部の新参の魔法少女たちによって構成されていて、最悪なことにこちらは『マギウス』に忠誠を誓ってしまっています。

 そしてアリナを除く『マギウス』……灯花とねむもまた、モエちゃんに対して良い印象を持っていません。

 

 以前まではあくまで『マギウスの翼』だけの問題だったのですが、モエちゃんが来てからはエスカレートし、『マギウス』まで巻き込んだ問題にまで発展してしまいました。

 

 このことはすぐにモエちゃんに報告をしました。

 

 ワタシたちの忠誠と引き換えに『マギウスの翼』のリーダーになるという契約で、モエちゃんはここに立っています。ですので今の状況は、明らかなこちら側の契約違反。

 隠そうかどうかも考えましたが、そんなことをして逆鱗に触れるよりも正直に話した方が得策と判断しました。

 

 だって『マギウス』の計画には、すでにモエちゃんにとって禁忌の存在ともいえるエンブリオ・イブがいます。

 モエちゃんがそれを知ってなお『マギウス』を粛正せずにこうしてワタシたちに協力してくれているのは、この雇用契約に従っているからです。

 そんなモエちゃんにこれ以上嘘を吐いて裏切ってしまえば、今度こそ『マギウスの翼』は『マギウス』ごと壊滅する。

 

 ワタシはそれを恐れて正直に報告しました。

 

「そうか……。じゃが、これで完全に『マギウス』と『マギウスの翼』が分離せずにすむ。私は『マギウス』に嫌われとるし、私もあまり好ましくは思っとらんからのう。『マギウス』との架け橋という本来の私の役目をそやつらが担っていると考えれば、悪いことばかりでもあるまいよ。解放のためには、こういう連中もいてくれた方が都合のいいものじゃ」

 

 どうやらこうなることは分かっていたらしく、至って落ち着いた言葉が返ってきました。

 内容が内容だっただけに即見切りを付けてくる可能性があると危惧していましたが、杞憂に終わりほっとしていましたが……。

 

 書類仕事をしながらそう返したモエちゃんの表情が、一瞬とはいえとても悲しそうに歪んだことを、ワタシは見逃しませんでした。

 

 それから日が経ってまさかの事件が起こりました。

 

 モエちゃんの敗北です。

 

 ウワサを消して回っているやっちゃんたちに対抗するべく現場に急行したモエちゃんですが、なんと敗北を喫したのです。

 

 守っていたウワサが消滅したのは勿論ですが、アリナによって回収されたモエちゃんはかなり弱りきってしまっていて、あらゆる回復魔法を試しましたがどれも効果がなく……。

 結局モエちゃんが完全復帰するまで十日以上かかりました。

 

 それまでの間、なぜかずっとアリナがモエちゃんの部屋で過ごしていました。

 

 他の『マギウス』同様、基本的に自分本位な性格をしているアリナらしくなく、まるでなにかからモエちゃんを守っているかのように付きっ切りでモエちゃんの世話をしながら毎日モエちゃんの絵を描き続けているアリナは、見ていてとても異質でした。

 

 ですが不気味なことに目を瞑れば、アリナの行動は全てモエちゃんを擁護するものばかりでした。

 

 弱っているモエちゃんに回復魔法をかけるための魔法少女を慎重に選ぶように指示を出したのも、実際に回復魔法をかけた羽根たちに箝口令(かんこうれい)を敷いたのも、敗北したモエちゃんを糾弾するために呼び出した灯花たちを一蹴したのも全部アリナでした。

 モエちゃんも『マギウス』の中で唯一アリナには心を開いているらしく、仲良くしゃべって絵のモデルになっていますし、少し不思議なんですよね。

 いったい何がモエちゃんとアリナを繋ぎとめているんでしょうか。

 

「百恵はまさに、『今』を生きているアート。それを勝手に壊されるのはアリナの本意じゃないんだヨネ」

 

 なんとなく聞き出した結果、返ってきたのはそんなセリフでした。

 それだけが果たしてアリナの真意なのかは読めませんでしたが……理由はどうあれ、アリナがこちら側についていることを確認できただけ良しとしました。

 

 結局モエちゃんの敗北は大々的に広まることはなく、ただの噂話として消えていきました。

 真実を知るのは、ワタシとアリナ。そして一部の羽根たちだけ。そこまで抑え込むことができたんです。

 

 でも、肝心な部分は解決していませんでした。

 

 あのモエちゃんが、敗北した。

 

 あの場にはモエちゃんが知らない魔法少女がふたりもいたことは確認しています。

 ですから、初見殺しな技によってモエちゃんが足止めされてしまい、その間にウワサを消されてしまった。そんな戦略的敗北なら一応納得できるんです。

 

 でも、モエちゃんは戻ってきたときにはかなり疲弊した状態でした。

 一週間以上ベッドで寝たきりになって、さらに数日経ってやっと全快しきるくらいにまで弱りきっていたんです。おまけに回復魔法も効果が出ないほどの重症です。

 

 あのモエちゃんを……戦いにおいて無敵に近いモエちゃんを、なにをどうすればあんな状態にさせられるのか、全く見当が付きませんでした。

 

 そんな疑問を胸にしまいつつ、環いろはさんたちを『記憶ミュージアム』に誘うためにみかづき荘にモエちゃんを伴って行った際に、やっちゃんから言われたあの警告。

 

 ――神浜最強を過信しない方がいいわよ。

 

 その言葉の意味をワタシは帰ってからずっと考えて……そして辿り着いた結論に、体が震えました。

 

 もしかしてモエちゃんが……ワタシと同じく弱体化してしまっているのでないか。

 

 あの白くなった髪の毛も、以前と比べて少し小さくなってしまったように見える体も、あの静かながらも強烈な覇気が消えてしまったのも……モエちゃんが弱くなってしまっている証拠なのだとしたら?

 それならあそこまでこっぴどく負けてしまうのも頷ける。

 

「……そんなわけがないです、よね」

 

 ですがすぐに、ワタシはそんな推測を振り払いました。

 

 だってそれなら、あの時灯花の首を刎ねかけた動きに説明がつかなかったからです。

 あの誰の目にも留まらぬ速度で移動し一瞬で灯花の首を捉えたモエちゃんが、仮にワタシと同じ弱体化が始まったとしてもたったの数ヶ月であんなにボロボロにされるまで弱りきるなんて、あり得ないからです。

 

「でもそれなら……どうして」

 

 最初の疑問に戻ってしまいました。

 

 とにかくやっちゃんの警告通り、モエちゃんをしっかり見守ってあげた方がいい。

 最近のモエちゃんはどこか調子がおかしかったですし、それ以前にモエちゃんはワタシの親友です。

 ずっと一緒に神浜の情勢を管理してきた盟友の身に異変が起こっているのなら、ワタシがすぐに駆けつけられるようにしないと。

 

 それからワタシは可能な限りモエちゃんの傍にいました。

 モエちゃんを邪魔モノのように扱っている灯花たちとの間に立ち、なるべく衝突しないように情報を操って、モエちゃんが危険な目に遭わないように細心の注意を払ってきました。

 

 そして……モエちゃんに隠して、『記憶ミュージアム』で鶴乃さん、フェリシアさん、さなさんを洗脳して連れてきたその日。

 

「だーもう、いつまでこんなところで待ってなきゃなんないんだよ。オレたちだって解放のために色々やりたいよな!」

「うん、そうだね。せっかく安心できる場所を手に入れたんだもんね」

「はい。ウワサを使っても魔女を使っても解放に繋がるなら……私、なんでもやりたい……」

 

 わかっていたはずなんです。覚悟はしていました。

 灯花たちの機嫌を取りつつ解放への近道ができると思って、モエちゃんに内緒でこの三人を洗脳してしまおうと決めた時から。

 

 ですが……これはあまりにも度が過ぎていました。

 暗示程度の軽度のものだと説明を受けていたのですが、それ以上の効果を発揮してしまっています。

 それにこの三人は今までワタシたちを邪魔していた子たち。そんな子たちを灯花がただで許すはずがありません。

 間違いなく酷い目に遭わされる。

 それだけは、それだけはワタシも認められない絶対のラインでした。

 

 ワタシも自分勝手に解放に縋ってきた身ですが、最終的にはみんなで解放されることを願っています。

 これまでの『マギウス』たちの命令に従ってきたのも、他人を不幸にしてもギリギリ命までは取らなかったから。誰も犠牲を出さないならと割り切って、今日まで頑張ってこれたんです。

 ですから……このやり方だけは認められませんでした。

 

「モエちゃん、いますか!? 緊急事態です!」

 

 灯花が来るまでまだ少しだけ時間がある。

 それまでの間になんとかしてこの三人の洗脳を解き、そしてモエちゃんに事情を話して『マギウス』の暴走を止めなければならない。

 だからワタシはモエちゃんの部屋に転がり込みました。

 

「どうした? なにがあった?」

「『マギウス』が……一線を越えようとしています!」

「……ほう」

 

 途端、一気に目尻が吊り上がり、怒りの形相に変わったモエちゃんにワタシは全ての事情を説明しました。

 みかづき荘の皆さんに魔女化の真実を伝えたこと、洗脳して利用するように『マギウス』から指示を受けたこと、そして、おそらくこれから三人には恐ろしい命令が下されるということを洗いざらい全て伝えました。

 

「……そうか。わかった。とりあえず、その洗脳された三人に会いに行くとしようかの」

「ではついてきてください! すぐに皆さんの洗脳を解いて阻止しましょう!」

 

 内心凄いことになっているのでしょうが極めて冷静に立ち上がったモエちゃんを連れて、三人がいる部屋に案内します。

 

「皆さん聞いてください。本当に皆さん、このままでいいんですか? 今の『マギウス』が相手では、あなた自身も捧げないといけないかもしれませんよ? 特にやっちゃんの仲間だったあなたたちなら、なおさら酷い目に遭ってもおかしくありませんよ?」

 

 洗脳の度合いを再確認し、モエちゃんにもしっかり見せるためにワタシはこの質問を投げつけました。

 まともな思考ができる人ならどう考えても首を縦に振るはずがない問いかけ。

 それに対してこの三人の回答は……。

 

「いいに決まってんだろ。それぐらいの覚悟出来てるし」

「はい……。いくらでも私を使ってください……。どうせ透明人間ですから……」

「わたしだってなんでもするよ。みふゆや百恵の頼みだったら、もっと頑張るからね」

 

 隣に立つモエちゃんの歯ぎしりする音が聞こえました。

 両手を強く握りしめて我慢してはいますが、その身から溢れ出す荒々しい魔力を通じて激しい怒りの感情が伝わってきます。

 

 モエちゃんはワタシたちにモエちゃんの名前を使った勧誘をすることを固く禁止していました。自分の名前でその人の意思を捻じ曲げることを良しとしなかったからです。

 しかも鶴乃さんと深月フェリシアさんはモエちゃんが可愛がって育て上げた愛弟子たちです。それを差し置いても、モエちゃんにとってこの三人も守るべき対象。

 そんな三人に酷いことをさせようなど、しかもそれを受け入れるように洗脳するなど言語道断。

 

 つまりまた……『マギウス』はモエちゃんの地雷を踏み抜いてしまったのです。

 

「駄目ですよそれは……。そこまでするのは駄目です。皆さん、もう一度思い出してください! 本当の気持ちを……」

 

 すぐにワタシは魔法を使って洗脳を解き始めます。

 まさか、自分の幻覚の魔法をこんな形で使うことになるとは思いもしませんでしたよ……。

 

 フェリシアさんとさなさんの洗脳は無事に解くことができましたが、鶴乃さんだけは一向に解ける気配がありません。

 どうもワタシが思っていた理由とは違う理由で洗脳にかかっていて、なおかつこのふたり以上の強い何かが彼女を落とし込んでいるらしいのです。

 

 ふたりの洗脳が解けたところで……部屋の扉が開く音が聞こえました。

 灯花が来てしまったようです。

 

「ふたりとも暫く洗脳されたフリをしてください! モエちゃん、ここは……」

「うむ、心得た」

 

 ワタシの意図をすぐに汲んでくれたモエちゃんは小窓を開けてこの部屋から出ていきました。今ここでモエちゃんが灯花と会うのは色々と面倒です。

 さらにさなさんがすぐに窓を閉めて、近くの椅子に座ってくれたおかげで特に怪しいところはありません。

 

「ねーねー、まだみんな、洗脳は続いているかにゃー?」

 

 いつも通りの調子で灯花が入って来ました。

 そして遂に……灯花はモエちゃんだけでなくワタシの許容できないラインの作戦を練ってきてしまったんです。

 

「実験も失敗を繰り返して、成果が出るからねー」

 

 その灯花の言葉を聞いて物凄く……物凄く嫌な予感がしたんです。

 

「ちょっと待ってください灯花。鶴乃さんに何をするつもりですか?」

 

 だから問い詰めることにしました。

 その答えは……。

 

「決まってるでしょー? “イブの孵化”が近いんだよ? これ以上は足踏みできないの!

 あとちょっとなのに環いろはたちはウワサを消すし、やめろと言っても全然やめてくれないでしょー?

 最強さんは思った以上に使えないし、

 最近はアリナも計画に無関心になってきているし、

 それならもうゆっくりしてる必要なんてないよねー? パッと終わらせたいの」

 

 さらっとモエちゃんの悪口が出てくるあたり、本当にモエちゃんのことが嫌いなんだなと思いますがこの際は置いておきます。

 今の問題は灯花が連れ出そうとしている鶴乃さんにいったい何をするのかです。

 

「簡単なことだよー? 自称最強さんには、たくさん殺してもらっちゃおーって思ってるんだよー」

「こ、殺す!? いったい何を!?」

「ウワサもたっくさん消されちゃったからねー。くふっ」

 

 それだけ言って……灯花は鶴乃さんを連れてどこかへ行ってしまいました。

 

 少し待つように命じられたので大人しくしていると、30分ほどして戻ってきました。

 とても上機嫌な様子ですがどう考えても碌なことを考えていなさそうなので、こちらの気分は最悪です。

 ですがここで聞けるだけのことを聞いておかないと止められるものも止められませんので我慢して灯花の相手をします。

 

 途中、他の『マギウス』のメンバー……ねむとアリナはどうしたのかという話題になった時に機嫌を損ねてしまって焦りましたけどなんとか持ち直しました。

 

 なんでもねむは今、新しいウワサを作るのに忙しいらしいです。

 しかもそれに並行して、もうひとつ特別なウワサを用意する必要があるらしく、それを作るためのアイデアを捻りだしているのだとか。

 

 アリナはモエちゃんが来てから全くというほど計画への関心がなくなってしまい、ずっと好き勝手に絵を描く毎日。しかもその題材全てがモエちゃんなのだから意味が解らないとのこと。

 

「それでねー? こないだ、そんな同じ絵ばっかり描いて何が楽しいのって訊いたら怒っちゃったみたいでさ? 全然口を利いてくれないの!

 でさ、もうわたくしも我慢できなくなっちゃってアリナをねむの所に連れて行ったんだよ。ちょっとは手伝えってね!」

 

 つまりアリナは今、ねむと一緒にその新しいウワサを作っているんですね……。

 それで結局、灯花ひとりで今後の方針を決めるしかないと。『マギウス』も色々大変なようです。

 

「それで、このふたりはどうするんですか?」

「うーん、このまま閉じ込めていても役に立たないしねー。自分たちの最期くらい、役に立ってほしいかにゃー?」

 

 ……やっぱりただ洗脳して終わりではなかったみたいです。

 ですがそれならやりようはあります。

 

 ワタシはこう提案しました。

 かつての仲間同士傷付け合ってもらった方がいいんじゃないかと。

 

「なんかみふゆ、吹っ切れた感じがするねー」

「はい、覚悟はできました」

「そっか。うん、それならいいや。ふたりの扱いは任せるねー」

 

 そう言って灯花は出ていきました。

 ……なんとかなりましたね。

 

 あとは黒羽根の衣装を手渡して、なにも事情を知らない白羽根の子を使ってやっちゃんたちの所に送り届けてもらえれば、ふたりを無事に解放することができます。

 すぐにワタシは手筈を整え、ふたりを解放しました。

 

 次にやるべきことは、鶴乃さんをどうするのかを問いただすことです。

 先程のやり取りで多少灯花に良い印象を与えられたと思うので、ちょっと聞けば教えてくれるかもしれません。

 

 少し時間を置いて、仕事の進捗や報告書を纏めてからいつも灯花がいる部屋にお邪魔してお茶を飲むこと一時間。

 ようやく灯花から計画の一部を聞き出すことができました。

 

 新しく作ったウワサと鶴乃さんを融合させ、それを使って多くの人を誘き寄せ、そのまま全員殺して一気にエネルギーを補填する。

 そんな、常人には到底思いつかないし、理解したくもない計画を立てていたんです。

 ですがワタシは笑顔を張り付けて対応を続けます。我慢しないといけないからです。今ここで、我慢しないと本当に鶴乃さんが酷い目に遭ってしまいます。だから、じっと座って我慢して聞いていました。

 

 そんな地獄のような時間が終わり、部屋を出たワタシはまた少し時間を置いてからモエちゃんの所に向かいました。

 すぐに向かったりすると怪しまれるからです。

 

 チラリとですが、部屋の外の少し離れた曲がり角の所に羽根の姿が見えました。

 おそらくワタシを監視しているマギウス派の羽根でしょうから、怪しまれないようにするためにも仕事をしているように見せかけ、そして自然な流れでモエちゃんの所に向かわなければなりません。

 

 ですから……モエちゃんに情報を渡すのに三時間もかかってしまいました。

 いつ計画が始動するのかはわかりませんが、なるべく早めに情報を渡したかったワタシにとってはかなりの痛手です。

 

 部屋に入るといつもの調子で仕事をしているモエちゃんがいました。

 平静を装っていますが若干ペンの動かし方が荒いことから、いまだに怒りが鎮まっていないことがわかります。

 

「モエちゃん、『マギウス』たちの計画がわかりました」

「……そうか。して、どんな計画なのじゃ?」

 

 そんな状態のモエちゃんにこのことを伝えるとなると……凄く胃が痛いです。

 ですが言います。言わないといけないんです。

 

 全てを。本当に全てを話しました。

 すると、モエちゃんは魔法少女に変身して乱暴に椅子から立ち上がりました。

 

「わかった、もうよい。ちと教育してくるとしよう」

「も、モエちゃん!? 落ち着いて! 落ち着いてください!」

 

 いつもの冷静で温厚な素顔がすっかり消え去ったモエちゃんは、もはや完全に頭に血が上り切ってしまっています。

 

 かつて灯花がモエちゃんの逆鱗に触れた時も静かに怒っていたのに、今回はかつてないほどに怒り狂っています。

 こんな一面のモエちゃんは見たこともありませんし、知りもしませんでした

 らしくないと思える程の変貌っぷりに度肝を抜かされましたが、このまま行かせるわけにはいかず、必死でしがみ付いて説得を始めます。

 

「今行くのはまずいです! 慎重に動かないと鶴乃さんたちが危なくなるだけですよ! それにモエちゃんがこのことを知っていることは隠しています! あとでこっそり救出に動いた方が安全で確実です!」

「じゃ、じゃが……!」

「冷静になってください! モエちゃんがやるべきことはなんですか!? その怒りを灯花たちにぶつけることですか!? 違うでしょう! 鶴乃さんを無事に救出する! それが本当にやるべきことではないのですか!? 目的を履き違わないでください!」

「!……すまん」

 

 ハッとした表情になったモエちゃんはすぐに変身を解き、力が抜けたように椅子に滑り落ちました。

 ……鎮まってくれたようです。

 

「そうじゃな、取り乱してしもうた。……いかんなぁ。私としたことが、理性が飛びかけるなど……」

「……いいえ、モエちゃんはいつだって正しいですよ。ただ、今回は熱くなりすぎてしまっただけです」

「そうか……。ありがとうなのじゃ」

「感謝されるほどのことはしていませんよ」

 

 いつもの調子に戻ったモエちゃんとこれからのことを話し合いました。

 内容こそ聞くことができましたが、日時がわからず、場所も東側ということしかわからない曖昧な状態。

 これでは変に動いたら裏切りを察知されてしまいますし、失敗すると手遅れになってしまいます。

 

 そこでモエちゃんは、東の取り纏め役である和泉十七夜に連絡を取り、さらにウワサとの融合を解くのに適した魔法を持つ魔法少女の手配をしていました。ここら辺のネットワークの広さで、モエちゃんがいかに神浜で大きな偉業を成し遂げてきたのかがわかります。

 

 今日の所はこれでお開きになりました。

 お互いに『マギウス』……特に灯花に裏切りを察知されないように気を付け、来るべき日に備えます。

 

 事態はすぐに動きました。

 

 計画が始まったのは次の日の夜のことでした。

 唐突に灯花から連絡を受けたワタシは偶然近くにいたモエちゃんに情報を流し、先に大東区の観覧車草原に向かいます。

 そこの古びた観覧車の中がウワサになっていて、そこにウワサの一部になった鶴乃さんが取り込まれています。

 

「シット、アリナは忙しいんですケド」

「もう! まだそんなこと言って! 今日くらいちゃんと働かないと許さないんだからね!」

 

 いきなり喧嘩が始まっています。

 アリナは本当に面倒くさそうな顔していますし、灯花はそんなアリナを見てカンカンに怒っています。

 

 今までアリナは“イブの孵化”に夢中でその瞬間を見たいがために活動していました。

 灯花たちにとっても悪い話ではなく、それに加えて都合のいい固有魔法もあって仲間になったわけなのですが、いつの間にかアリナの興味はイブからモエちゃんに移ってしまい、そのせいで全然アリナが動かなくなってしまった、らしいです。

 ふたりの喧嘩を聞いていて知りました。

 

 最後にアリナが動いたのは確か……『名無し人工知能のウワサ』の時ですね。

 でもあれもよくよく考えてみれば、あそこにはアリナが育てていた魔女がいたから動いただけで、『マギウス』のためじゃないですね。

 一貫して、アリナは自分の興味のあること以外にはやる気を出さないみたいです。ここに来たのも灯花がうるさいから渋々って感じですし。

 

 とか言っている間にやっちゃんたちがやってきました。

 ももこと十七夜、そして……多分余所のチームである三人組を連れて。

 

 多分あの三人が、モエちゃんが手配した鶴乃さんを救出するためにうってつけの面子で、十七夜がそれを纏めているようです。

 

 それにいち早く反応し、そして攻撃を仕掛けたのはやる気がない様子だったアリナでした。

 

「キンパツに透明人間……! アリナの作品を壊したこと、許していないんだカラ」

 

 ですがその理由は実にアリナらしいものでした。

 解放云々ではなく、自分が育てた魔女を壊された怒りが再熱して攻撃を仕掛けただけです。狙いもフェリシアさんとさなさんでしたし。

 

「灯花ちゃん止めて。鶴乃ちゃんに酷いことさせないで……お願い」

「んー……い―――やっ!」

 

 理由はどうあれアリナがやる気を出したことに機嫌を良くした灯花はいろはさんの訴えを笑顔で拒否。

 

「みんなには遊園地で幸せになって貰わないとー。そして帰りたくなくなってー、でも入場待ちはいっぱいいるから強制退場してもらっちゃうの。この世から! その時の感情の起伏って、凄そうでしょ!? とーってもエネルギーが得られそうでしょー!?」

「ほう、それはとても面白そうな話じゃのう?」

「ってうわわっ!?」

 

 聞いているこっちの頭がおかしくなるような灯花のセリフを遮るように青い帯がうねり、それは灯花が立っているところに鞭のように叩きつけられました。

 ……ここで到着しましたか。

 

「是非とも詳しく聞かせてくれぬかの?」

「あー、百恵さんだー!」

「百恵!?」

「百恵さん!?」

「なんで最強さんがここにいるわけー!?」

 

 情報を厳しく管理して、秘匿にしていたのになぜかそこにいる神浜最強の登場に、他の皆さんだけでなく灯花まで驚いています。

 多分、ワタシがモエちゃんに情報を流していたことがバレるのは時間の問題でしょうね。フェリシアさんたちを解放したのもワタシですし、ここにいる羽根たちは見た限りマギウス派ですから。

 

「というか、あなたこっち側でしょ!? 邪魔しないでよ!」

「断る」

 

 バッサリと斬り捨てたモエちゃんはやっちゃんたちの横を通り抜け、先頭に立ちます。

 

「百恵……」

「すまんかったのう。誠に勝手ながら、今回はお主らに加勢させてもらうぞ。ここは任せて、お主らは前に進むがよい」

「そう……ありがとう」

「それからのう……。おそらく彼女は今、とても疲れておる。早く迎えに行って、安心させてやるとよい」

「それって……まぁいいわ。みんな、行くわよ!」

 

 やっちゃんたちが動いたのと同時にそのまま戦闘が始まりました。

 

 ワタシも形だけですが戦いました。

 モエちゃんも分かってくれているからか、わざと威力を緩めた一撃をワタシにぶつけてくれました。はた目から見たら、神浜最強の拳をまともに受けたように見えるはずなのでそのまま気絶したフリをしていましょう。

 

 アリナはまたやる気をなくしたらしく、一歩下がって静観しています。

 

 これでモエちゃんたちが相手をするのは灯花とマギウス派の羽根だけ。そして目的はやっちゃんたちが鶴乃さんを助けるまでの防衛です。

 みんながみんな戦闘に手馴れていますのでそのままずるずると(もつ)れ込み、そして……。

 

「今の元気は20点ぐらいだけど、やる気だけはいつでも満点! 最強を目指す魔法少女、由比鶴乃、復活だー!」

 

 無事に鶴乃さんが帰ってきました。

 これで双方戦う理由がなくなったので戦闘が終わりました。

 

 モエちゃんはまだ怒っている様子ですが、今は鶴乃さんの無事を確認できた喜びの方が大きいらしく大人しくしてくれています。

 ……そろそろ気絶しているフリをやめて起き上がりましょうか。

 

 さて、ここからは今日は体調がいいらしくねむが外に出てきていました。

 どうやら今日の計画で全て完了させるつもりだったらしく、そのお祝いをするためにわざわざ出てきたとか。

 

 そしてこの場にいる全員に向けて『マギウス』たちの目指す解放のやり方についての話が始まりました。

 最終的には誰も魔女にならず、キュゥべえにも邪魔をされない魔法少女のための世界を作り上げること。

 それを果たすためにはエネルギーが必要で、そのエネルギーというのが、ウワサのせいで人々が悲しんだり喜んだりして発生させるエネルギーと、魔女が蓄えていたり魔法少女が魔女化するときに発生させるエネルギーだということ。

 そのエネルギーを大量に集めてフェントホープの地下に幽閉されている半魔女のイブを孵化させ、それと同時にこのマギウスの三人が揃っていることで、それが実現するということ。

 

 より詳しい事情を知っていますから、ここだけ聞けば決して悪くない話です。

 というかワタシは、この話を聞いて協力することを誓い、他の魔法少女たちを集めて『マギウスの翼』を作り、モエちゃんに助けを求めたのです。

 

 ……ですが。

 

「色々と聞きたいことはあるけど、質問はひとつだけでいいわ」

「どーぞ?」

「そんな高尚な思想を持つあなたが、どうして人間を利用したの?」

「言わなかったー? 魔法少女より価値のない人を先に使う方がいいでしょー? 物事にはリスクが必要だから、使えるものは使わないと」

 

 ……なんとなく察しは付いていましたが、本当にそんなことを考えているとは思いもよりませんでした。

 なるほど、それなら旧過激派が『マギウス』に付くはずです。

 今のその発言こそ、モエちゃんが全面的に否定した魔法少女至上主義そのものなのですから。

 ワタシの隣になって静かに話を聞いていたモエちゃんの握り拳がさらに強くなります。

 

「いいよいいよ、説明して損しちゃった。行こう、ねむ。みふゆは羽根たちをお願いね。アリナと最強さんにはあとで話があるから」

 

 そう言って『マギウス』の三人は空間転移の能力を持つ羽根と一緒に立ち去りました。

 

「……私たちも戻るか」

「ええ。それじゃあ、皆さん戻りましょう」

「みふゆ、百恵……」

 

 帰ろうとしたところでやっちゃんに呼び止められました。

 とりあえず羽根たちを全員帰らせ、そしていなくなったことを確認してやっちゃんの話を聞くことにします。

 この羽根たちは言ってしまえばワタシたちの味方ではありませんからね。変に聞き耳立てられて告げ口されたら大変です。

 

「ふぅ……今回はありがとう。あなたたちのおかげで、仲間がみんな助かったわ」

「私からもありがとうございます」

「気まぐれですよ」

「……そうじゃな。今回はどうしても許し難かったから介入した。それだけのことじゃよ」

「話がそれだけなら、ワタシたちは戻りますね。行きましょうか、モエちゃん」

 

 そう言って背を向けるワタシたちに、やっちゃんは待ったをかけました。

 

「ねぇ、いい加減。戻って来ない?」

 

 ……そのやっちゃんの言葉はとても甘くて、そして優しいもの。

 戻るとしたら今が潮時なのでしょう。

 

 これから帰ったとしても、ワタシの居場所はおそらくあそこにはありません。

 灯花とねむをあそこまで怒らせてしまった今、裏切ってしまったワタシに待ち構えているのは針の筵だけでしょう。

 

「……みふゆ、お主は残れ。後は私がやる」

 

 そしてそれはモエちゃんも同じ。

 全く同じ結論に至ったモエちゃんははっきりした声で、全員に聞こえるような声でワタシに残れと言ってくれます。……ですが。

 

「いえ、そういうわけにはいきません。残るとするなら、それはモエちゃんの方です。そもそも、ワタシたちはモエちゃんとの契約をすでに破ってしまっています。ですから……今までありがとうございました」

 

 ワタシからもはっきりと告げます。

 残るならモエちゃんの方だと。巻き込んだのはワタシなのだから今抜けても文句は言わないと。

 

「そうか……ならば、もう少しだけ一緒に頑張ってみようか」

 

 ですが、モエちゃんは拒否しました。

 戻らないと。

 

「そうですね。お供しますよ」

 

 ですからワタシも返します。

 戻らないと。

 

「すまんなやちよ。まだ私にはやるべきことがあるのじゃ。だから戻るわけにはいかん。もう後には引けんのじゃ」

「ワタシもですよやっちゃん。ワタシには責任があります。黒羽根や白羽根の子たちを、そしてモエちゃんを巻き込んでしまった責任が。だから果たさなくちゃいけないんです。みんなの夢を叶えるという目的を」

「みふゆ、百恵……」

 

 ですから……ごめんなさい。

 ワタシたちはやっちゃんの手を取らずに、フェントホープに戻りました。

 

 次の日にモエちゃんに会いに行きましたが、少し体調が優れなかったらしくやりとりはスマフォで済ますだけ。直接会うことはできませんでした。

 

 『マギウス』の三人も出かけていて、どこにもいません。羽根たちもどこかに連れ出されてしまっているらしく、フェントホープに残る羽根たちは数える程度しかいません。

 ワタシになにも言わずに沢山の羽根を連れだしたということは、ワタシの信頼も地に落ちていますね。これはバレていると見て間違いはないでしょう。

 

 そして三日が経ち、昼過ぎに『マギウス』の三人が帰ってきました。

 

(ねえねえみふゆー。今から大事な話があるから最強さんを呼んでくれないかにゃー?)

 

 そして開口一番に放った命令がモエちゃんの呼出し。しかも念話で。

 絶対になにかありますね。

 

 いつもの灯花の部屋に来るように言われましたので、ワタシは信頼できる羽根たちを先に向かわせてモエちゃんを連れて行きます。

 まだ体調が悪そうなので休ませようと思ったのですがどうしても行きたいとモエちゃんが言うので、モエちゃんを背負って部屋まで行きます。

 部屋に入る前にモエちゃんはワタシから降りて、少し咳払いして体調不良を感じさせないようなしっかりとした表情を作って入室しました。

 

「くふふっ、久しぶりだね最強さん?」

「誰にも言わずにどこをほっつき歩いていたのかの?」

「さぁ、どこでもいいでしょー?」

 

 部屋にいたのは灯花とねむだけ。

 

「アリナはどうしたんですか?」

「アリナには席を外してもらっているよ」

 

 これは……意図的に席を外させましたね。

 アリナがモエちゃん側の人間だとわかっているから。

 

「それよりもさー、日は経っちゃったけど改めてあの時の暴挙について説明してくれるかにゃー?」

「それを説明する必要があるのかの?」

「んー? まぁどうでもいいかにゃー。だってもう終わったことだしねー」

「……随分と心が広くなったではないか。では私からの質問にも答えてくれるかの? お主らのやり方についてなのじゃが……」

「くふふっ、慌てないのー。そんなに慌てているとー……体に悪いよー?」

 

 一段と冷えた灯花の声が発せられた途端……。

 

「ガッ!? ゲホッ、ゴホッ……!」

「モエちゃん?……モエちゃん!?」

 

 突然モエちゃんが血を吐き出して崩れ堕ちました。

 

 この弱り方は、あの時と全く同じ。

 モエちゃんが敗北して戻ってきた、あの時と……!

 

「くふふっ、知ってるんだよ? 今の最強さん、とーっても弱くなってるってこと!」

「このホテルフェントホープは僕が作ったウワサだからね。中でなにが起こっているのか、少し力を使えば把握することができるんだ」

「……どういう、ことですか?」

 

 モエちゃんが弱くなっている?

 それはつまりワタシと同じ……いや、だとしてもこれは変です。ワタシはこんな風に血を吐き出したりしませんし……。

 ということはワタシとは全く違う要因で、モエちゃんは弱体化しているっていうんですか?

 

 突然の出来事にあまり頭が回らないワタシはモエちゃんを庇いつつ、灯花とねむを睨みつけます。

 ですが彼女たちはそんなワタシに目もくれずに笑顔で話を続けました。

 

「いったい何をアリナが隠していたのか気になっていたけど、まさか最強さんがこんな欠陥を持っていたなんてねー?」

「本当にアリナが邪魔してくれていたおかげで苦労したよ。君に付きっ切りになって部屋全体に結界を張るなんて思いもしなかったからね」

 

 ……まさかアリナがそんなことをしていたなんて。

 でも……そうか。モエちゃんが弱っている間、アリナがずっと部屋で看病していたのは、このふたりからモエちゃんを守るため。

 

 結界を張ってまでしてモエちゃんの弱体化の真実を、ワタシも含めて誰にも打ち明けずに秘密にしていたんですね。

 

 ――神浜最強を過信しない方がいいわよ。

 

 ワタシの脳裏にやっちゃんからの警告がリフレインする。

 そうでしたか……やっちゃんはこれを警告していたんですね。確かに口に出せませんよ……。

 

「くふふっ、でも今回はしっかり見ちゃったよー? わたくしたちの計画を台無しにしてくれた日の夜に、部屋の中で随分苦しそうにしていたよねー」

 

 あの神浜最強の魔法少女が、戦う度にダメージを負うような体になっていたなんて……!

 

 今日までずっと体調が悪かったのは、モエちゃんが魔法少女の力を使ったから。

 どういうことかはわかりませんが、モエちゃんが魔法少女として戦う度にこうして体調を崩すようになってしまったとするなら全ての辻褄が合う!

 

「だからねー? わたくしの魔法を使って最強さんの周りにあるエネルギーをほんの少し体に悪いものに変換していたの!

 健康な状態なら特別害はない程度だからどうかなーって思ってたんだけど、くふふっ。思った以上に、最強さんの体は脆弱だったみたいだねー?」

 

 近くにいたワタシに何も起きない程度の有害物質を取り込んだだけで、ここまで弱ってしまうほどに体を壊したモエちゃんは肩で息をしながら灯花を睨みつける。

 

 そんな……神浜最強の魔法少女が、こんなにあっさりと無力化されるなんて……!

 

「灯花! ねむ! どういうつもりですか!」

「どういうつもりもなにも、もう神浜最強はお役御免なんだよ。前回の一件で、僕たちは大幅に計画を変えるしかなくなってしまった。そこにこの神浜最強は必要ない」

「だからー、わたくしたちの役に立つようにしちゃおーって思ったんだー。いい考えでしょー?」

「それって……」

 

 まさか……巴さんにやったように、ウワサを宿らせて洗脳しようとしているんですか!?

 弱っているとはいえ、いまだに神浜最強の名に恥じない戦闘能力を誇るモエちゃんにウワサなんてものを宿らせたら……神浜の希望が一気に絶望に変わる。

 もし鶴乃さんと同じようにウワサと融合させて人々の命を奪うような真似をさせたら……!

 

「でもね、どうしても僕たちの都合のいいウワサを作ることはできなかったよ。神浜最強は扱いにくすぎる。本当にどこまでも僕たちの足を引っ張る存在だよ」

「だからねー、最強さんは時間稼ぎ! 最強さんは環いろはたちの相手をしてもらって、その間に本命を呼ぶの!」

「……本命?」

「そうだよ。ワルプルギスの夜を!」

「なっ!?」

 

 ワルプルギスの夜……? あの伝説の魔女を……呼ぶ? この神浜に……?

 

「き、さまら……正気か?」

「あれ、まだしゃべれるんだ。しぶといね」

「そんなやつを、呼んでみろ……神浜の全てが根こそぎ持っていかれるぞ……! そこまでする価値があると本気で思っておるのか!?」

「三日前に終わっていればこうはならなかったんだよー? 最強さんがわたくしたちに盾突いたからこうなったんじゃない。こうなったのも全部、最強さんの我儘のせいだよー?」

「そ、それは……」

 

 身勝手すぎる灯花の言葉を受けたモエちゃんが完全に押し黙ってしまいました。

 

 ……モエちゃんが口喧嘩で負けた。しかも交渉事が上手くない灯花相手に!

 ずっとずっとワタシややっちゃん、十七夜にひなのといった海千山千な相手に対して一歩も引かなかったあのモエちゃんが……! 普段のモエちゃんならすぐに論破できるはずなのに!

 そこまで……弱ってしまっているということですか!?

 

「あなたたちもどうして……!」

 

 ふと思い出して、ワタシは部屋の中で待機させた羽根たちに声をかける。

 彼女たちはモエちゃんを慕っていたはず。それなのにどうして動こうと……なっ!?

 

 違う……フードに隠れているから気が付かなかったけど、この子たちはワタシが声をかけた子たちじゃない!

 

「ざーんねんでした! そこにいる羽根たちはみーんな最強さんに恨みを抱いている子たちだよ! だから味方なんていないの!」

 

 そんな……じゃあ、ワタシが最初に声をかけた子たちは……!

 

「……みふゆさん、ごめんなさい」

「みふゆさんには恨みはないけど、少しおとなしくしていてください」

「なっ、あなたたち!?」

 

 ワタシの体にリボンや鎖といったものが次々と縛りついてくる。

 この子たち……みんな拘束魔法の使い手ですね。

 

「みふゆも悪い子だよねー。内緒だよって言ったのに全部最強さんに話しちゃうんだもん。だからそこでおとなしくしててね」

「く……」

 

 頼みのモエちゃんは弱り果てていてワタシは動くことすらできない。さらに四面楚歌のこの状況。完全に詰んでしまいました。

 こんなところで……。

 

「おの……れぇ……」

 

 地の底から出たような、黒い声と共に、少しずつ、少しずつ、うずくまっていたモエちゃんの体が動き始めました。

 いつの間にか魔法少女に変身していて、その白い和服の戦闘着を自らの口から流す血で緋色に染めています。

 

「え、動けるのっ!?」

 

 それはまともな起き上がり方ではなく、一々体の部位に力を込めて、無理矢理起き上がらせているかのような、そんな不気味な動きにワタシたちは誰も動けず、唖然と見ているばかり。

 

「近づくでないぞ……今の私は、なにをしでかすか、わからんからのう……」

 

 目を充血させて見たこともないような不気味な笑みを浮かべるモエちゃんは、内股で立ち上がりよろよろとワタシに向き合うと……ワタシを縛り上げている数多くの拘束具をまるで紙を破くように両手を使って乱暴に引き千切り、引き裂いていきます。

 その際にモエちゃんの両腕を覆っているアームカバーがびりびりに破け……隠れていたモエちゃんの両腕の惨状が明るみに出ました。

 

「なっ、モエちゃんその腕は……!」

「お主は逃げろ。そして生きるのじゃ」

「え?」

 

 そして……モエちゃんは左手でワタシの体を持ち上げ、右手に持つ久しぶりに見るモエちゃんの武器である大剣の上に乗せます。……え?

 

「しっかり掴まるのじゃ。そして歯を食いしばっておれ、舌を噛むぞ……」

 

 ま、まさか……!

 

「行くぞ……」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「え、まさか噓でしょ?」

 

 ぽかんとした灯花の声の後、ワタシを乗せた大剣が少し後ろに下がった、と思った時にはワタシの体は風を切っていました。

 目の前にある扉を、そしてフェントホープの壁を突き破りながらも一向に速度を落とさず、まるでミサイルの上に乗っているかのように飛ばされるワタシの体。

 

「モエちゃん!? モエちゃぁあああんっ!?」

 

 その恐怖と、残されたモエちゃんに対する心配が入り交じった悲鳴を上げつつ、振り向くと……諦めたかのような悲しい笑顔を浮かべて、投げ飛ばしたワタシを見ながら倒れ行くモエちゃんが羽根たちに囚われていました。

 微かに動いているモエちゃんの口。

 辛うじてワタシはそれを読み解くことができました。

 

 ――よかった――

 

 そう、言っていました。……どうして。

 

「どうして言ってくれないんですかモエちゃん……!」

 

 同じ四文字なのに……どうして言ってくれないんですか。あの四文字を……!

 それが無性に悔しくて、そして腹が立ったワタシはもう一度振り返ります。

 

「必ず……必ず戻ってきます! ですからどうか、無事でいてください! モエちゃん!」

 

 もうフェントホープが小さくなるところまで飛ばされてしまいましたが、それでも……モエちゃんがいるあの部屋をしっかり見て、ワタシは叫びました。

 

 待っていてください、すぐに戻ってきますから……!

 

 

 

 

 

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