マギレコRTA ワルプルギス撃破ルート脳筋傭兵チャート   作:スパークリング

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Side.常盤ななか 再起の鼓動

 気が付けば、私たちは戦場に戻ってきていました。

 降りしきる雨の中、北養区にある森の中に。

 

 時間としては数分ほどしか経過していないのでしょうが、数日に渡る長い旅をしていたような感覚がします。

 帆奈さんの『上書きの魔法』によってコピーされ、発動した『心を繋ぐ魔法』。そしてそれはまなかさんの『伝播の魔法』の効果によって拡散され、この場で戦っていた九人を巻き込んで私たちは彼女の全てを知りました。

 

 いつも穏やかな笑顔で私たちを癒して、ずっと手を差し伸べ続けて、数多くの神浜の魔法少女たちを救ってきた神浜最強の魔法少女、星奈百恵さん。

 彼女がどんな人生を歩んできたのか、そしてどんな思いをしながら神浜で活動してきたのか。その全てを私たちは知ってしまいました。

 

 百恵さんが抱えている闇は私の、いえ、この場にいる全員の想定以上のものでした。

 彼女がなにか闇を抱えていることにずっと前から察しはついていましたが、まさかこれほどのものとは思いもしませんでした。

 

 犯罪者の掌の上で何も知らないまま過ごしてきた幼少期。

 最初から魔法少女にするためだけに生み出され、初めて手に掛けた魔女が大好きだったお姉さんで、まだ生まれてもいない妹さん達の命を摘み取って、世界中に散らばっているこの恐ろしい計画を知る者たちを粛正して……ずっと罪の意識に囚われながらもそれを隠して強く振舞って、我々魔法少女を助けることだけに自分の生きる意味を見出していた百恵さん。

 優しくて温かい百恵さんにこんな過去があっただなんて誰が想像することができたでしょうか。

 

「はぁ、はぁ……全部、見られてしもうたのう……」

 

 少し離れたところにある倒れた木の上に、肩で息をしている百恵さんが立っていました。

 龍のような姿ではなく元の人型の姿になって、正気に戻っている様子ですが、いまだにウワサとの融合は解けてはいません。

 

 やはりまだ、百恵さんをウワサの呪縛から解放するには決定打が足りないみたいですね。

 その決定打が一体なんなのかは大方予想はついています。が、我々にはその決定打を打つことはできません。なぜならそれを打つことが出来るのは、百恵さんご自身なのですから。

 

「これで……わかったじゃろう? 私はな、救いようのない人間……いや、人間と呼ぶのも烏滸がましい存在なのじゃよ」

 

 弱々しい声色で、自嘲の言葉を声に出す百恵さんは……笑っていました。

 今までも何度か見た、なにかに諦めてしまっているかのような、力のない笑顔を浮かべていました。

 

「騙していて、すまなかったの。そして殺人鬼で、生体兵器の私なんかのために、ここまで来てくれてありがとう。お主たちが来てくれただけで、私は幸せ者じゃよ。じゃからのう……お願いがあるのじゃ。どうか、どうか私を……」

 

 …………。

 

「私を、殺してくれないかの?」

 

 それは、百恵さんの深層世界から戻ってくる前にも聞いた彼女の願い事。

 

「出来ることならな、私はこのことを隠したまま死にたかった。良くないことじゃとわかっていたのじゃが……せめてお主たちの前でくらい、ずっと格好良い私を見せていたかったのじゃ。誇り高い傭兵として、往生したかった」

 

 …………。

 

「じゃが……結果はこの様じゃ。無様でみっともない姿を晒して、知られたくなかった秘密を知られてしもうた」

 

 …………。

 

「もう耐えられないのじゃ。罪を償い続けるのも、隠し続けるのも、な。じゃがそんな理由で自ら命を絶つのも嫌で……面倒くさいやつじゃよな。じゃから……お主たちの手で、終わりにさせてくれないかの? 私を倒して……『マギウス』の暴走を止めておくれ。私にこれ以上、人を殺させないでおくれ」

 

 そこまで聞いて……私はずっと握りしめていた刀を手に一歩百恵さんに踏み出します。

 

「ななか、あなた」

「私に任せてください」

 

 すれ違いざまにやちよさんに呼び止められますが、私は歩みを止めません。

 百恵さんとの距離およそ五メートルのところで、私は立ち止まって百恵さんの変色してしまっている紫色の瞳を捉えます。

 そんな私を見た百恵さんは薄く笑います。が。

 それはやはり、さっきまでと同じ種類の笑顔でした。

 

「百恵さん。本当によろしいのですか?」

「ああ……もうよい」

「改めてお聞きします。本当に、よろしいのですか?」

 

 二回目の私の質問を聞いた百恵さんの瞳が僅かに揺れる。

 ……やはり、そうなんですね。

 

「私は百恵さんに止められなければ、この手を血で濡らしていた身。ですから、百恵さんが心から望むのでしたら、喜んでこの手をあなたの血で染め上げましょう。ですが……本心でないのなら、話は別です」

 

 百恵さんは、嘘を吐いている。

 もしも本当に死ぬことを望んでいるのなら、私が来た時に浮かべる笑みは、あんな諦めているような笑みではありません。もっと嬉しそうに笑うはずです。

 

「百恵さんが仰ったのではありませんか。私は、神浜で一番理性的な魔法少女なのでしょう? そんな私があなたを感情のままに、あなたに言われるがままに、あなたを手に掛けると本気で思っていましたか?」

 

 私は刀を鞘に戻して、百恵さんに問いかけを続けます。

 

「百恵さん、あなたは……ご自身の本当の気持ちと向き合えますか?」

「……っ!」

 

 百恵さんの顔から笑みが消えました。

 そして何かに耐えているかのように口を固く閉ざして私を睨みつけてきます。が、今の彼女に睨まれても何も怖く感じません。むしろこちらが耐えられなくなりそうなくらいに痛ましい。

 

「ずっとずっと、不思議に思っていたんです。百恵さん、あなたはどうしてさっきから一言も『あの言葉』を口にしないんですか? 私たちのために使い続けてきた『あの言葉』を、どうしてご自身のために使おうとしないのですか?」

「それ、は……」

「百恵さん」

 

 おそらく弁明の言葉を口にするか、話を逸らそうとしている百恵さんを遮って、私は続けます。

 

「確かに百恵さん、あなたはとても普通ではない方法でこの世に生を受けました。人として許されないこともしました。ですがそれがなんだというのですか? そんなことで私たちがあなたのことを嫌いになると、失望すると本気でお思いでしょうか?……神浜の魔法少女たちを舐めないでください」

「っ」

「あなたがお姉さんのつくもさんを、つくもさんが魔女になったとしても好きであり続けたように、私たちもまた、あなたの正体や過去を知ったとしても、あなたのことが大好きなのですよ百恵さん」

 

 これは紛れもない私の本心。

 たとえ百恵さん、あなたが殺人鬼だったとしても、私のあなたに対する気持ちが、尊敬の念が揺るぐことはありません。ですから……!

 

「あなたが愛した神浜の魔法少女たちを……私たちを信じてください。そして、信じていただけるのでしたら……言ってください。たった一言だけでいいんです。『あの言葉』を私たちに言ってください」

「っ!」

 

 百恵さんの口元が動き出します。

 

「そうですよ、百恵さん!」

 

 私に続いて、まなかさんがこちらに歩を進めます。武器は手に持っておらず、素の状態で。

 

「騙していたって言っていましたが……まなかたちに見せていた百恵さんは全部嘘だったんですか?」

「それは……」

「違いますよね。まなかたちが知っている、あの優しくて、力強くて、手料理をすることが大好きな百恵さんだって本物の百恵さんのはずです。まなかたちは騙されてなんかいません! まなかたちはそんな百恵さんのことが大好きなんです! 過去とか正体とかどうでもいいんですよ! ですから、もう帰りましょう。美味しい料理、いっぱいご馳走しますから。教えたいことだってまだまだいっぱいあるんです! ですから……お願いです。お代である『あの言葉』をまなかたちにください!」

「っ!!」

 

 固く閉ざした百恵さんの唇が開き始めます。

 

「色々計算しながら狙い通りになるように行動してたって言うけどさ、それって人間なら誰でもやってて当たり前なことだとアタシは思うんですよね」

「全くよ。むしろ下心なしの善意百パーセントで行動できる人間なんていないと思うわ、百恵先生」

 

 続いてこちらに向かってきたのは葉月さんとこのはさん。やはりこのふたりも武器は持っていません。わかっているみたいですね。

 もう百恵さんと戦う必要なんてないことに。

 武器なんて必要ありません。

 必要なのは、私たちの心からの声だけ。

 

「みんなも言っているけどさ、アタシたちも百恵さんの正体とか過去とかどうでもいいんですよね。知りたいのは他でもない百恵さんの本当の気持ち。それだけなんですよ。論点を逸らそうとしても無駄ですよ。どんだけ一緒に言葉遊びをしたと思っているんですか」

「ええ。百恵先生は私たちに失望されたくて自分の過去を見せたんでしょうけど残念。私たちはそんなことで百恵先生のことを嫌いにならないくらい、百恵先生のことが大好きなのよ」

「あやめをつれてさ、また遊びに行くからさ、戻ってきてくださいよ百恵さん!」

「また一緒に料理をしましょう? だから……言ってください、『あの言葉』を!」

「言ってよ百恵さん! 『あの言葉』を!」

「っ!!!!」

 

 口角が上がり、食い縛っている白い歯が剝き出しになりました。

 

「先生!」

 

 大鎌に乗って飛んできたかりんさんは、私たちに並ぶと大鎌を消して着地します。

 

「わたしにとって先生は、ずっとずっとわたしの憧れで、目指さないといけない誇れる先生なの! 先生がわたしを誇りに思ってくれているように、わたしだって先生のことを誇りに思っているの!」

「かりん……」

「だから! 先生が本当にわたしのことを誇りに思ってくれているのなら! 頼りになると思ってくれているのなら! 言ってほしいの『あの言葉』を!」

「っ!!!!!」

 

 下顎が少し動き始めました。

 

「モエちゃんはワタシを逃がしてくれた時に言ってくれましたね、『よかった』って」

 

 音もなく、梓みふゆさんが私たちの所に降り立ちました。

 

「ワタシ、悔しかったんですよ。いつもいつも、ワタシはモエちゃんに頼りっぱなしだったのに、あんな場面でもワタシの事だけを気にして、全くよくないのに『よかった』って言って……! こんな時くらいワタシを頼ってくださいよ! 同い年の親友じゃないですか!」

「みふゆ……」

「だから言ってください! 今度こそ、『あの言葉』を! あの四文字を!」

「っ!!!!!!」

 

 大きく口角が上がりました。

 あと、少し。

 

「あんたは謝っていたけどさぁ、あたしだってあんたに謝らないといけないよね、セーナ」

 

 姿が見えないと思っていましたが、まさかそんなところにいたとは……。

 木の枝に座っていた帆奈さんが器用に私たちのいるところに飛び降りてきました。

 

「悪かったよ、八つ当たりだったとはいえあんたのこと『才能にも仲間にも恵まれてる』って言ってさ。ふざけんなって思ったよな。本当にごめん」

「帆、奈……」

「でもさ……あたしがあんたの家から出て行ったあの日。あたし言ったよな、なにがあってもあんたの味方だってさ。少しは頼ってくれよってさ。あの言葉は嘘でも社交辞令でもない。あたしの本心なんだ。それは今も変わらない。だからさぁ……言ってくれよ、なぁ。『あの言葉』を、さ」

「っ!!!!!!!」

 

 小さくですが口が震え始めました。

 ……もう少し。

 

「モモちゃん、わたしは今モモちゃんが暴露したこと、全部知っていたわ」

 

 百恵さんから常に名前を呼ばれていた唯一の人物……百恵さんの全てを最初から知っていたみたまさんが小さく笑う。

 

「ごめんね、モモちゃん。モモちゃんの仕事ね、本当はあったのよ」

「な、に……?」

「でもね、わたしが断っていたの。モモちゃんの体を優先して意図的にね」

 

 ……それは初耳です。

 一瞬なぜ百恵さんに説明しなかったのかと問い詰めたくなりましたが、みたまさんが百恵さんをかなり大切にしていたことを思い出して改めて冷静に考えた結果、百恵さんに隠すのは苦渋の決断だったことに気が付きました。

 百恵さんの苦しみを一緒に背負うというみたまさんの誓いは本物だったみたいです。

 

「だからね、モモちゃん。モモちゃんを必要としている子たちはまだまだ大勢いるの! モモちゃんが良いっていう子も、モモちゃんが復帰するのを待っている子だっているの! わたしたちだって、モモちゃんを必要にしているわ! この神浜は、ずっとモモちゃんを必要としているのよ! モモちゃんが要らなくなる時なんて来るはずがないのよ!」

「……ぐ、ぐ……」

「だからお願い……言って。言ってちょうだい、モモちゃん! 『あの言葉』を! 言いたいことはいっぱいあると思うけど、今は『あの言葉』だけ言ってほしいのよ! 愚痴なら後でいっぱい聞くから!」

「っ!!!!!!!!」

 

 口の震えに合わせて、百恵さんの眉間にしわが寄せられ、きつく目が閉じる。

 あと……一押し。

 

「まったく、ずるいのよあなたはいつもいつも!」

 

 最後に百恵さんに語り掛けるのは、やちよさん。

 一番百恵さんの近くにいて、対等な親友同士だった存在。

 

「私たちにさんざん恩を売っておいて、恩返しもさせずに死のうとするなんて。そんなずるい真似をしようだなんて、絶対に許さないわよ百恵!」

「……やちよぉ」

「変なプライドなんて捨てなさいよ! 無様でもいいじゃない、みっともなくてもいいじゃない! 周りに迷惑をかけたっていいじゃないのよ! 私たちの情けない姿なんて、全部あなたに見られているのよ!」

 

 恥ずかしながらその通りです。

 ですから……百恵さん。あなたが感じているのは……。

 

「あなたは生体兵器なんかじゃない! 人間なのよ、百恵! あなたは人間として当たり前のことをしているの! なにも恥ずかしがることなんてないのよ! それにさんざん自分のことを人殺しって言っているけどなに!? 私たちはみんなあなたに助けられた! 救われたの! あなたに殺された碌でなしの事なんて心の底からどうでもいいわ! 私は! 私たちは! 私たちを助けてくれた百恵、あなたのことが大好きなのよ! 私たちがあなたを、用済みだなんて思うことは永遠にないのよ!」

「やち、よぉ……」

「さぁ、言いなさい! あなたの本当の気持ちを! 『あの言葉』を! そして泣きなさい! 無様に、みっともなく、今まで溜めていた分思いっきり泣きなさい! もう我慢する必要なんかないのよ!」

……けて……

 

 微かな声と同時に……百恵さんの口が小さく、動きました。

 

「……聞えないわよ百恵! もっと、大きな声で言いなさい!」

 

 やちよさんのその叫びが引き金となった。

 

 

 

「たすけて!!!」

 

 

 

 決して雨の雫じゃない大粒の涙を目から零して、ついに百恵さんがその平仮名四文字をはっきりと声にして口に出した。

 ようやく、本音を聞かせてくれましたね。

 

「まだ死にたくないのじゃ、こんな終わりなぞあんまりじゃ! もっともっと、私は生きていたいんじゃ! やりたいこともたくさんあるんじゃ! 遊びたいし、おしゃべりもしたいし、料理だってしたい! おしゃれだってやってみたい! 他にも興味があること、全部やってみたいんじゃあッ!」

 

 今まで溜め込んでいたのでしょう、百恵さんの本音が涙と一緒に口から溢れ出す。

 誰にも弱みを見せられなくて、頼ることができなくて、どこか私たちと距離を置いていた百恵さんの内に秘めていた本当の気持ちは、年頃の女の子……私たちが抱いているものと全く同じものでした。

 

「いいじゃないの、全部やれば! おしゃれなら任せておきなさいよ、現役モデルよ私は!」

「阿見先輩だって嬉々として教えてくれますよおしゃれなら! それに料理だったらまなかがいくらでも付き合いますよ! というか正社員でもいいですからうちで働いてくださいよ、あなたが他の店で働くのが怖いんですよまなかは!」

「良いのか?……私なんかが、普通の女の子らしいこと……やっても、良いのか……?」

 

 そんなの……!

 

「当たり前です! 百恵さんだって普通の女の子ではありませんか!」

「……そうか。良いのか……」

 

 私の肯定の言葉を聞いた百恵さんが……柔らかく笑いました。

 涙で顔がくしゃくしゃになっていますが、とても幸せそうで、嬉しそうな……年相応の女の子のように笑いました。

 そして……ここまでの一連の流れが、決定打になりました。

 

 百恵さんの体が赤く発光すると、百恵さんの体の中から真っ赤に燃える炎が立ち上り、天を焼きます。

 まるで百恵さんの体から出て行くように天高く昇っていく炎。やがてそれがすべて抜けると……百恵さんの体に変化が訪れます。

 赤い髪の毛と着物が白くなり、両腕を覆っていた鱗が剥がれ落ちて、私たちの知っている魔法少女の姿に戻りました。つまり……ウワサと百恵さんの融合が解けた。

 

「ふ、ぁ……」

 

 力が抜けた百恵さんの体が傾きますが、いち早くそれに気付いたやちよさんが抱えて事なきを得ました。本当に、百恵さん関連ではやちよさんが最強ですね。

 さて……あとは。

 

 百恵さんから出て行った炎は渦を巻き、再び百恵さん目掛けて急降下。

 しかし、やちよさんが百恵さんを抱えたまま我々がいるところまで退避したため、その炎は百恵さんが立っていた倒れた大木を焼くのみ。

 そしてその炎は少しずつ集約していって……さっきまでのウワサに憑依された状態の百恵さんと同じ人型になりました。しかしその身は炎で燃えていて、どう見ても人間のそれではありません。

 アレが……『神浜最強のウワサ』の正体!

 

「――――――ッ!!」

 

 言葉にならない叫び声をあげたウワサはこちらに向かって……いえ、これは!

 

「みたまは百恵の治療を! 葉月さんとまなかは護衛して! それ以外はあのウワサの相手よ! 絶対に突破させないで! ウワサの狙いは百恵よ!」

 

 やちよさんも私と同じ考えのようです。

 もう百恵さんを苦しませはしません。ですから我々の手で、このウワサを消す!

 

 見たところ、あのウワサは炎属性。つまり水属性の攻撃が有効でしょう。こうなるとさっきまで我々の敵だった天候も味方になります。

 加えて、ここに残っているのは全員ベテランクラスの猛者ばかり。さっきまでの戦いと違って、ウワサ相手に容赦する必要はありませんので倒すことに全力を出すことができます。……と、意気込んだのはよかったのですが。

 

 私たちは『神浜最強のウワサ』を侮っていたようです。

 こちらの攻撃が掠りもしません。動きが速すぎて捉えられないんです。

 それに加えて、ウワサにはこのはさんや梓みふゆさんの幻覚が全く効果を発揮しないらしく寸分も狂わぬ動きで我々を圧倒してきます。

 百恵さんをベースに作られたウワサだけあって、その強さも特級品ということですか……!

 

「厄介ですね」

「ええ。今はなんとかついて行けるけど……」

「ジリ貧でやられちまうぞこれじゃあ……」

 

 誰よりも長く魔法少女をやっているやちよさんも、近接戦闘を実は得意としている帆奈さんも息が上がっています。

 さて、どうしたものでしょうか。

 

「……よい。私に任せるがよい」

 

 困って思案していますと、私たちとウワサの間に白い小さな影が落ち立ちました。……って。

 

「百恵さん!?」

「百恵! どうして出てきたの!?」

「助けてくれた礼じゃよ。皆疲れているじゃろう? じゃから休め。後は私がやる」

「でもあなた体が……」

「ふむ、その体なんじゃがな。妙に調子が良いのじゃよ。じゃから少しくらい無理をしても問題なかろう」

「でも!」

「私が蒔いた種じゃ、ケジメくらいつけさせておくれ。もうこれ以上、無茶はせんと約束するから」

 

 …………。

 

「わかりました。ですが、危険と判断した場合すぐにでも止めに入ります。よろしいですね?」

「うむ、それでよい」

「まったく……わかったわよ」

 

 いち早く私が折れて話を進めたことで折れるしかなくなったやちよさんが引きました。

 悔しいですが私たちではあのウワサには敵いません。ですが百恵さんなら、必ず勝てると判断しました。

 言い切ることができる理由ですか? そうですね。

 

 そんなの……百恵さんが神浜最強だから、ではダメでしょうか。

 神浜最強の魔法少女が、神浜最強のウワサに負けるはずがありませんから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さって、どうしたもんかのう。

 私は自身に取り憑いていたウワサと剣を交えながら困ってしまって笑みが零れる。

 

 いやぁな。私がやるって大口叩いたのは良いのじゃがの……。

 こやつ、結構強いぞ?

 

 私の動きについていけておる。今日の私は結構思うように体を動かせていて絶好調じゃのに大したもんじゃ。これはやちよたちには荷が重い相手じゃ。じゃからなんとしてでも私が倒さないといけないのじゃが……決定打がどうしてもなぁ。

 

 的が小さいせいで全然狙いが定まらんし、向こうも向こうで容赦なく向かってくるから変に近づくこともできん。我ながら面倒くさい相手じゃな。一発でも斬りつければ勝てるのに、当たらんし通らんし厄介なもんじゃ。

 

 じゃが不思議に思うこともある。どうも奴の攻撃には敵意が感じられないのじゃ。

 殺意だけでなく敵意すら感じない。奴から私に危害を加えようとしている感じが一切しないのじゃ。そんな敵と戦ったことなんてないから余計にやりにくい。知らない相手との戦闘ほど怖いものはないから、消極的にならざるを得なくて、ますます決着を付けられん。

 

 とはいえ、早く決着を付けなければ体を壊してしまうし、どうしたものかのう……っとと。ウワサが大剣を斬りつけてきおった。

 全く、いい攻撃じゃ。私じゃなければ真っ二つじゃったぞ? 両手で剣を構えてウワサの剣を受け止めた。じゃがその剣からは相変わらず私に対する害意を感じ取れない。むしろ……なんじゃ? これは……。

 

 弾き返して、私は構えた。少しだけじゃが、感じるものがあったんじゃ。

 吹っ飛ばされたウワサはすぐに体勢を整えてまっすぐに私の元に来る。そして私が剣を掲げると、ウワサもまた剣を振り下ろしてきて私の剣と交差させる。……やはり、そうか。

 

「なぁ、お主はなにを悲しんでおるのじゃ?」

 

 剣を通じてわかった。このウワサはなにかを悲しんでおる。なんじゃ? なにをそんなに悲しんでおる。

 

 ウワサの真意を理解したくなった私は、しばらくウワサの剣を受け続けた。全部動きが直線的で読みやすい。じゃがこんなものじゃなかったはずじゃ。仮にも私をベースにしておるのじゃぞ? こんな分かりやすい攻撃しかできないはずがなかろう。なのになぜ……。

 

|……じゃ|

「む?」

 

 誰かの声が聞こえた。じゃがみんなの声とは違う。むしろ私に似ているような……。

 

|なぜじゃ!|

 

 ウワサの剣が私の剣と交差した時、小さいながらもはっきりと聞こえた。

 間違いない、これはウワサの声!

 

|なぜお主は私を拒む! 私はただ――|

「!」

 

 ウワサを弾き返す瞬間に聞こえた、その言葉を聞いたとき、私は分かった。理解した。

 

「そうか……お主は……」

 

 変わらず、まっすぐに私に向かってくるウワサ。そんな彼女(・・)を見た私は……。

 

 剣を捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 百恵さんとウワサの戦いは熾烈なものでした。

 譲ることなく、隙を見せずに何度も斬り合うことの繰り返し。

 

 互いに相性が悪いのでしょう。どちらも攻撃があたらないし届かない。このままでは……百恵さんの体調が崩れる方が早い。そしてその兆候が見え始めていました。

 いつの間にか防戦一方になってしまっています。ウワサの攻撃を受け止め、返すだけに留めている百恵さん。

 限界が近いのでは? そう思いましたがどうも様子がおかしい。まだ百恵さんには余力が残っているように見えます。それなのに攻撃を受け続けている? いったい何のために……。

 

 百恵さんが本当に危険な状況に陥った時のためにスタンバイしている我々は、いつ均衡が崩れるか注意深く見守っていました。そしてそれは、唐突に訪れました。

 ウワサが百恵さんに向かっていって、あと少しで届くというところで……百恵さんが武器の大剣を手放したのですから。

 

「なっ!?」

「うそ、百恵!?」

 

 まさかこんなタイミングで限界が!? この最悪のタイミングで!

 間に合わないことは百も承知ですがそれでも何とか百恵さんを助け出そうと動く私たち。ですが……肝心の、ピンチに陥っている百恵さんを見て、私は動きを止めました。

 笑っていたんです。

 ウワサに向かって、とても優しくて、愛おしいものを見るような……我々神浜の魔法少女たちを見るような、そんな笑みを浮かべていたんです。

 

 剣を手放した百恵さんは両手を広げると……向かってきていたウワサをふんわりと優しく抱きしめました。ウワサが持っていたはずの剣も、いつの間にか消えています。これは、いったい……。

 

「そうか、お主もそうじゃったんじゃな。お主も、お主なりのやり方で……私を助けようとしてくれていたんじゃな」

 

 な……そ、そういうことですか。

 思えばウワサは百恵さんに向かっていくだけで、剣を向けるのは百恵さんが剣で応戦した時だけでした。つまりウワサは百恵さんを傷付けようとしていたわけではなかった。

 ウワサに取り憑かれていて苦しんでいたはずの百恵さんが無傷で帰ってきて、おまけに体の調子が良くなっていたのはウワサが百恵さんの体に負担をかけないようにしていたから。

 

 そして……『神浜最強のウワサ』は全ての魔法少女を救済するウワサ。

 つまりウワサが百恵さんに憑依していたのは、百恵さんとの相性が最高だったわけではなく、百恵さんの体に入ることで百恵さんの体を安定化させて救おうとしていたから。しかし事情を知らない百恵さんはそれを拒んでしまって、助けを拒まれたことに反応したウワサが暴走してしまった、ということなのでしょう。

 

「なぁ、お主よ。噂のままでは、悲しくないか? どうせならば……本物の神浜最強になりたくはないか?」

|……?|

「今、神浜にワルプルギスの夜が迫ってきておる。このままでは神浜は壊滅的な被害を受け……何人もの神浜の魔法少女たちが犠牲になる」

|…………|

「私ひとりではワルプルギスの夜には勝てん。じゃが……お主とならばどうじゃ?」

|……!|

「私と一緒に神浜最強になろう。一緒に神浜を……神浜の魔法少女たちを助けよう。私ひとりの力ではどうにもできんのじゃ。じゃから……」

|…………|

「お主の力が私には必要なんじゃ。なぁ……私を助けてくれんかの?」

|!!!!|

 

 百恵さんに抱きしめられていたウワサは赤い光の粒子になって、百恵さんの体を包み込んでいきます。少し前までなら阻止しなければならない案件でしたが……今は違います。

 百恵さんは光を受け入れていて、光も百恵さんを祝福しているかのようにゆっくりと百恵さんの体に馴染むような形で入っていきます。

 

 やがてすべての光が百恵さんの体の中に入ると……なにかの鼓動のような音が聞こえました。その鼓動は少しずつ早くなっていくと……赤いオーラが百恵さんの体を優しく包み込んでいきます。

 

 ……ああ、これは……。

 

「懐かしい……このオーラは……」

「ああ……モモちゃん……」

 

 やちよさんとみたまさんが目を細めます。

 そうです。これは私が初めて百恵さんと出会った時に確かに感じて……そして髪の毛が真っ白になってからは消えてしまった、百恵さんの力の波動。

 

 その懐かしい静かなオーラを取り戻した百恵さんの体が変化していく。

 皺くちゃだった腕は元の若々しく瑞々しい綺麗なものに戻り、枯れたような白髪はかつての綺麗な濡羽色に染まっていってそこに赤いメッシュが入りました。

 青と紫の模様が散りばめられた白い和服の戦闘着には炎のような赤い模様が浮かび上がり、変わらぬ大きさの二匹の龍が描かれた大剣を軽々しく片手で担いでいます。

 

 変化が終わった百恵さんが閉じていた瞳を開くと……青い瞳の中に赤い瞳孔が一筋入っていました。そして私たちの方を向いて、にこっと笑った百恵さんを見て、私は確信しました。

 

「よし……行くか」

 

 神浜最強が、文字通り完全復活したのだと。

 

 

 

 

 

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